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マスター:京乃ゆらさ
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/09/03


みんなの思い出



オープニング

 十和田湖西北岸、滝の沢キャンプ場に程近い山中。
 男――フジワラは、多少突き出た台地のようになっている斜面に寝転がり、自然の空気を目一杯吸い込んだ。
 周りにあるのはどこまでも高い青空と、何もかも透き通る湖と、全てを包み込んでくれる緑。そしてこれぞ山々の神秘というものなのだろうか。カラッとした暑さは清々しく、いつまでも森林浴を楽しんでいたくなる心地良さがあった。
「ツジ、おぉいツジぃ」
「……はい」
「アレ出せアレ。あのーなんだ、アレだよアレ!」
「……弁当ですか」
「ちげえよバカ。あの〜……アビ……じゃなくてオビ……でもなくてほら!」
「と言われましても」
「ああぁ? わぁかれよクソ! ったくよぉ……副官だろうがよ、お前は」
「フジワラ様がそうと決められたのでしたら、そうでしょう」
 フジワラが舌打ちして上半身だけ起き上がる。ツジが持っていた荷を引っ手繰ると、中をガサゴソと漁ってようやく目当てのものを発見した。
 じゃーん、と効果音が響きそうな勢いで取り出したそれは、銀紙に包まれたまん丸の――
「コレだよコレ!」
「おむすびですか」
「っははぁ、そうそうオムスビ! あれだろ、ニンゲンはこういう所でコイツを喰らうんだろ? で、近くでウサギを取っ捕まえてソイツも焼いて一緒に喰らう、と。ま、今はめんどくせえからウサギはいらねえけどな!」
 慎重に銀紙を剥がし、中から現れたのは海苔も巻かれていないまっさらのオムスビ。フジワラが勢い込んでそれにかぶり付――かんとした瞬間。
「あ」
 ぼとりと。オムスビが崩れて白い米が地に落ちた。長い、沈黙。フジワラが辺りを見回すや、ひょいぱくっと落ちた米を素早く口に放り込んだ。
 ジャリジャリと、土の感触がした。
「……なぁツジぃ」
「はい」
 いつもと変わらぬ、素っ気無さ過ぎる返事。なんというか、見られて笑われるのもアレだが、普通にスルーされるのもそれはそれでイラッとした。
「もうちっと何かないのかねぇ、こいつは」フジワラが嘆息して残りのオムスビを詰め込むと、咳払いして続けた。「あー、もういいや。お前、先行してあっち行って報告してこい。『こっちは滞りなく進んでオリマス。到着は明日の日が落ちた頃を予定。ご安心クダサイマセ、ゴシュジンサマ』ってな」
「はい」
 ツジがやはり平淡な答えを返し、斜面を下りていく。フジワラはそれを見届けると、億劫に腰を上げてディアボロ連中の方へ向かう。
 20体前後の木偶人形達。彼らはこちらに注目する事もなく、ただ思い思いにフラついていた。大将が死んだ事でどこかイカレたのだろうか。
 フジワラは肩を竦め、虫でも払うように腕を振った。ぐしゃあ、と間近にいた食屍鬼――グールの頭が弾け飛んだ。
「行くぞ、お前ら。さぁて、めんどくせえお使いのついでにちぃとばかり遊んでいくかねぇ」
 フジワラが歩き出すと、ディアボロ達は大人しくそれに追従して山を下っていった。

 ◆◆

 青森市、撃退署。
 そこにおそらく同じ集団と思しき情報が、相次いで舞い込んできた。
『北上してくる集団がいる』
 第一報は、十和田湖に程近いゴルフ場でレジャーに勤しんでいた会社員からだった。つまり小川原湖から南下して十和田湖を通過したのち、再び北上を開始した事になる。
 先の決戦において損傷し、透過状態である事すらままならないのか。その集団は、物見遊山にでも来たかのようにのんびりと登山道や、遊歩道等を通っていたらしい。もしもそのまま道沿いに進んだとしたら弘前市、もしくは青森市にまで到達しかねない。そして第二報。
『食屍鬼や儀仗兵のような骸骨と、指揮官のような男がいる』
 ただの群でなく、小集団だ。
 そこで片倉花燐――撃退庁東北支部より青森市撃退署に出向してきていた東北支部副司令は、弘前・青森両市郊外に防衛線を敷くよう命令した。さらに敵集団に近いであろう撃退士達にはその付近の安全確保を優先させ、ついで敵集団へ最初に接触させる役に久遠ヶ原の撃退士達を使う事を決定する。
 久遠ヶ原の学生――もとい撃退士。不安がないわけではない。が、青森県全域に広がりつつある敵残存兵の掃討もせねばならない現状、駒に余裕はない。だからこそ、無理矢理にでも信頼して、使う。それが最善なのだ。
 ――それに。
 最悪、第一班が全滅したとしても影響は少ない。無論、敵集団を殲滅、あるいは敗走させる事が成功するに越した事はないけれど。
 そうして片倉花燐の命令を受けた通信士が、慣れた手付きで久遠ヶ原への回線を開いた。


リプレイ本文

「めんどくせえなぁお使いってやつは」
 頭の後ろで両手を組み、フジワラはのんびり舗道を歩く。空は生憎の曇り。ついてくるのは気持ち悪い木偶人形。これで気分が良い訳はなく、ここまでは何とか我慢できたが、まだ行程は半分残っていると考えると限界だった。
「あ〜、ちょっくらサボっちまうかねぇ」
 左右を確認する。多少拓けた平野に点在する民家。パッと見、冥魔の監視はなさそうだ。
 よし。フジワラがこっそり逃亡――せんとした時、前方に木が倒れているのが見えた。丁度道を塞ぐ形だ。
「んぁ?」
 立ち止まった、瞬間。左右の民家から、殺気が膨れ上がった――!

●奇襲効果
 道を挟んだ左右の民家に伏せた4人は、逸る心を抑えその時を待っていた。
「いい加減にしてほしいよね」
「残党の活動?」
 屋根に伏せて身動ぎしないアルクス(jb5121)に、光坂 るりか(jb5577)はSAW8の銃身内部を拭きながら返す。口を尖らせこくと頷くアルクスを見ると思わずわしゃわしゃしたくなるが、我慢だ。
「きっと着実に敵を減らしていけばここに住む人は少しずつ幸せになっていきますよ」
「幸せかぁ。そしたらいっぱい褒めてもらえるよね!」
「当然です」
 そんな未来を思い浮かべ、頬を緩めるアルクス。
 一方で久遠寺 渚(jb0685)と織宮 歌乃(jb5789)は、民家の壁に寄りかかって敵を待つ。何を考えているか解らぬ歌乃。渚が沈黙に耐え切れず、しかし話題もなく目をぐるぐるさせていると
「渚様」
「ひぃん! はははいっ!」
 しょぼん。悲鳴を上げられた事に若干凹む歌乃である。渚が「違うんです!」などと弁解せんとした――その時、敵らしき陰が、遥か道の先に見えた。
 しぃっと口元に人差し指を添える歌乃。渚が言葉を呑み込み、胸を押える。
 敵集団は無警戒に道なりに歩いてくる。まるで襲撃してくれと言わんばかりだが、今それを疑っても意味はない。万一誘いだったとしても、結局街に接近されれば襲撃せねばならないのだから。
 唾を飲む伏勢。心臓が早鐘を打ち始め、顔が妙に熱を帯びた。敵が民家の横に差しかかり、ふと立ち止まる。
「んぁ?」
 敵の惚けた声が聴こえた、刹那。4人が、一斉に躍り出た。
「け、蹴散らします!」「紅蓮の獅子、参ります」
 今までの焦りを発散するように真先に突っ込む渚。敵足元に魔法陣が展開されるや、避ける間もなく空間が炸裂する!
「ま、まだまだいきます! 接近する人は気をつけて!」
「了解だよ!」
 耳を聾する轟音。重なって広がる魔法陣。アルクスが屋根から跳び降りて敵群に突っ込むと、次の炸裂の直後に敵群へ飛び込んだ。
 小声で何事か唱えると同時に発動する氷の夜想曲。間近に迫っていた食屍鬼がばたりと倒れる。左、骸骨兵が剣を振り上げ――タァン、と何かが破裂したように敵を吹っ飛ばした。るりかの銃撃か。アルクスが心の中で友人に感謝しながらさらに敵を眠らせ、素早く外へ退避する。
 追ってくる骸骨兵。敵背後で3度目の爆発が起る。爆風に煽られた敵がつんのめり、直後、新たな衝撃が空間を引き裂いた。
「祓いませ、炎」
 轟音の合間に響く、清流のような歌乃の声。幾度目になるかも定かではない紅光が溢れ、自分達ですら顔を覆って粉塵から目を守らざるを得なくなる。
 アルクスが何とか眼前の骸骨兵を大鎌で引き裂いた時、今度はやや離れた所から大音声の警告が届いた。渚、アルクスが咄嗟に伏せた、瞬間。
「――駆けろ、真弾砲哮!!」
 斜め後ろから、圧倒的な力の奔流が突き抜けた。

 伏勢が奇襲を開始した時、フジワラは集団先頭にいた。それは悪魔を戦闘から引き離しやすい一方
「よし。このまま俺が前からディアボロに圧力をかけて奴からさらに引き離す」
「私は手筈通りに。フジワラ、と言いましたか。情報ありがとうございます」
 御影 蓮也(ja0709)、諸伏翡翠(ja5463)、蘇芳 更紗(ja8374)が同時に倒木の裏から飛び出した。フジワラは奇襲された後ろの集団を見ている。この隙にと蓮也が駆け抜け――、重すぎる斬撃が、蓮也の胴を薙ぎ払った。
「ッ……」
「おいおい、流石の俺も無視されると泣いちゃうよ? あっちはあっちでお楽しみなんだからよ、こっちも楽しもうぜ」
 いつの間にか、フジワラに踏み込まれていた。蓮也が敢えて耐えずに吹っ飛ぶ。更紗が眉を歪めて前へ出る。続いた翡翠が1秒を惜しんで敵へ話しかけた。
「諸伏翡翠、と申します。貴方はフジワラさん、ですよね」
 蓮也を追う敵。蓮也が地を転がるのと大剣が振り下されるのは、ほぼ同時だった。土塊が爆発したかの如く舞い上がる。蓮也が距離を置いて立った。敵が大剣を蓮也に向けたまま、言う。
「おうよ、フジワラさんたぁ俺の事だ。っははぁ、よぉく知ってんな、嬢ちゃん。俺の噂が出回ってんのかい? 照れるねぇ、抱かれたい男No1なんて」
「いえ、全く」
「えぇー」
 井戸端会議のような声色で話す翡翠達。盛大に白煙が上がる戦場を更紗が見つめ、視線をフジワラに戻す。蓮也が動かんとすると、敵は舌打ちしてそれを牽制した。
 翡翠が目を細めてそれを見て取る。
「……面倒でしょう、色々と気にかけないといけないのは」
「ん?」
「いっそ見捨てては? 己の為すべき事を為す。それが冥魔の摂理でしょう」
「アー……そうしたいのは山々なんだがなぁ。そこはほら、色々あんのよ」
 解ってくれるか嬢ちゃん、と敵がわざとらしく泣き真似する。その瞬間、中空から砲弾の如く飛び出した何かが敵群へ着弾した。さらにもう1発。翡翠の背後から男――命図 泣留男(jb4611)が飛翔する。
「伊達ワルじゃねえな、どこで死ぬかも決められねえ騎士様はよ。そんな奴ァ、この俺のノワールな美しさが容赦なく貫くぜ!」
「ああん?」「えっ?」
 敵味方ぽかんと見上げた空を、泣留男が駆け抜ける!
「迷うな! 俺のエンプティ・ブラックがお前に正解を教えてやる!」
「……何だ、ありゃあ。嬢ちゃん」
「……正解。『貴方の鎖』を壊したいのでは?」
 翡翠の言葉に目を丸くした後、呵々大笑するフジワラ。そして大剣を道に刺し、蓮也に目配せした。
 蓮也が慎重に悪魔の様子を探りつつ敵群の方へ走る。翡翠、更紗が2人で悪魔と対峙する形となった。翡翠が胸元の黒瑪瑙を握り締め、口を開く。
「ところで、下の名前はあるんですか?」

●目的
 屋根にべったりと伏せ、るりかは黙々と銃撃し続ける。
 戦場を眺め、目標を定め、銃口を向け、引鉄を引く。体全体で衝撃を吸収して銃を抑え、着弾を観測し、銃身を点検後、次のアウルを込める。ひたすら繰り返される作業をこなし、しかしるりかは機械でなく人として戦っていた。
 それは欠点になり得ると同時に利点ともなり得る、才能である。
「……漸く煙も晴れてきましたか」
 やっと戦場全体が見渡せるようになってきた。敵は既に半数以上が無力化している。さらには泣留男や蓮也まで掃討戦に加わったのだから後は時間の問題だ。
 フジワラ。まだ戦闘には発展していないようだ。るりかが深呼吸し、骸骨兵に銃口を向――けるより先にアルクスの背後に忍び寄っていた食屍鬼を吹っ飛ばした。再装填。アルクスが敵2人の挟撃を何とか受けている。その1体を撃つ。着弾衝撃で仰け反った敵へアルクスの大鎌が吸い込まれた。1体撃破。
「……」
 我知らず安堵の息をつき、るりかが別の敵を探した――その時、フジワラが動いた。

 敵中を駆け回って渚が敵を呪縛すれば、蓮也が何かをぶつけるように全力で敵を引き裂く。アルクスと歌乃が確実に敵を削っていけば、るりかの銃撃は的確な支援で損傷を減らす。奇襲から立ち直る余地さえ与えず、彼らは敵群を攻め続ける。
「ヘイ、無邪気な死神。随分翼が傷付いてるぜ」
 地に立った泣留男――メンナクがアルクスに背後から近付く。思わず攻撃しそうになるアルクスだが、味方と気付いて曖昧な笑みを返した。メンナクが「人は俺を心優しき堕天使と呼ぶ」などと呟きつつ、口角を歪めて手を翳す。
「この俺の輝きで身も心も蕩けちまいな!」
 ぱぁぁ。痛みは和らいだのに、アルクスは何故か心に傷を負った気がした。
「……あ、ありがとうっ。後1歩、頑張らないとねっ」
「ハ……この黒騎士とのシンクロ率400%だぜ、死神」
 サムズアップするメンナクだがその腕に食屍鬼が齧りついてくる。その敵を、蓮也が一撃の下に地へ叩き返した。
「時間勝負なんだ、早くやるぞ」
「あ、あ、も1発おっきいのいきます!」
 戦場に響く渚の声。直後、幾本もの剣が舞うように敵を斬り刻んだ。そこに合せて蓮也達が突っ込んでいく。
 ともあれ順調に掃討していく一行。が、全てを殲滅するより先に、フジワラは動いていた。

「名前、ねえ。どうもピンとくるもんがねえのよ。何かねえか、いいもん」
「……剣豪の名はどうでしょう」
「そうそう! ムサシとか何とかいうあれよあれ」
「そうですね」
 翡翠は考える振りをしながら敵を観察する。舗道に刺したままの大剣に寄りかかりウンウン唸っているフジワラ。翡翠が更紗を見る。
 まだ大丈夫。時を稼ぐ事さえできれば8人で囲める。そうすれば戦っても勝負になる筈だ。
「……この辺であれば……南部氏や津軽氏の武将……」
「ほー、ナンブとかいうのもいんのか」
 ――も、ですか。
 翡翠が目を細め、しかし何事もなく話を続ける。
「東北全体で言えばもっと有名な伊達、最上、片倉、色々いますよ。剣豪という括りなら上泉信綱でしょうか」
「ノブツナ! そうだよそういうのだよ。ケンゴーショーグンとかもいんだろ? っははぁ、そうなると迷っちまうな」
 無邪気に笑う敵。翡翠が僅かに緊張を解いた――直後。
「後で考えといてくれよ、嬢ちゃん。じゃ、こっちもやるか」
 お前の遊戯に付き合ったのだから俺にも付き合え。そう言わんばかりに、敵は大剣を引き抜いた。
 更紗が前に出て盾を構える。敵が大胆に踏み出してきた。翡翠がやや横にズレ、村雨を顕現せんとした瞬間、敵が巨躯を揺らして一足で踏み込んだ。
 激しい剣戟音。瞬きの間に敵と更紗がぶつかり合っている。翡翠が側背へ回り込んで袈裟に斬り下す。腕で止める敵。咄嗟に後退する翡翠だが遅い。敵の強烈な視線が翡翠を射抜いた。圧倒的な死の感覚。翡翠が敵の目を見上げ――身を投げ出すように盾ごと突進した更紗が、敵を押し込んだ!
「下がれ。乙女を護る事こそ真の男勤め、婦女子への攻撃はわたくしが総て受け流す」
「っ、ありがとうございます……!」
「さて。動いたからには……その引き出し、幾らか抉じ開けさせてもらう」
「っははぁ、いいねいいねぇ! もーっと頑張ってくれよぉ!!?」
 更紗の突進に歓声を上げたフジワラが再び肉薄する!
 巨体から繰り出される豪剣。一撃ごとに確実に追い詰められる更紗。袈裟斬り。盾で弾く。横薙ぎ。退きながら受け、盾で払って距離を取る。その腕を狙って伸び上がる白刃。咄嗟に腕を庇いつつ当身するが、敵はびくともせず受け止めただけだった。
 斬り込む翡翠。敵が受けもせず更紗を蹴飛ばし一閃した。パッと紅が散る。翡翠がさらに踏み込む。合せて左拳で殴りかかる敵。紙一重で下へ潜り込み、渾身の力で村雨を振り上げた。手応え。胸を裂かれて笑うフジワラ。ぞくと、悪寒が駆け巡ると同時に翡翠は後ろへ倒れ込んでいた。鼻先を豪剣が掠めていく。
 追撃せんとした敵を、今度は更紗の戦斧が襲う。甲高い金属音。噛み合った刃越しに敵の眼光を覗き見、更紗が反射的に盾を顕現した。直後に斬撃が――こない。
 いつの間にか敵側面に忍び寄っていた歌乃が、疲労激しい翡翠に代って太刀を突き出していた。
「んー惜しい。もっとなあ、捨て身の何かが欲しい訳よ。ゾクゾクするやつ。解る? 解んねえか」
「でしたら」刀身が紅に輝き、歌乃の呪が紡がれる。「これは如何です」
 目を見開いた敵を祓魔の炎が呑み込む……!

●駆け引き
 静寂。
 爆炎が吹き荒れた後に訪れたのは奇妙な間だった。いや。
「残念でした、とかやるつもりか? 馬鹿が、バレバレの狸寝入りはやめろ」
 近付いてきた蓮也が、白煙に呼びかける。煙の中から笑いが漏れた。
「そういう演出の方が恰好良いだろ。解ってねえなあ」
「で、お供の数は随分減ったがどうするつもりだ」
「ああん? 早いな……」
 白煙が風に靡き、不敵な笑みを浮かべたフジワラが露わになる。火傷と裂傷で傷付いてはいるが、まだ闘志は有り余っているようだ。
 敵がディアボロの方を見る。丁度、渚の炎が最後の食屍鬼を土に還したところだった。フジワラが肩を竦め、嘆息する。
「あーあぁ、まーた怒られちまう。程々でやめるつもりだったのによぉ」
『お前は何らかの――ガイアの命令に従ってるようだが』
 と、手の空いた泣留男が意思疎通を図る。敵が頭痛に耐えるように額に手を当てた。
『煩え普通に喋れ!』
「おっと、この俺の言葉がまた罪を重ねちまったか」
「おい嬢ちゃん、あいつどうにかしろ」
「お前は目立つ事しか考えてねぇみたいだ。何故ここで戦った。陽動じゃなきゃあただの時間潰しだ」
「あ? んなモン俺の勝手だろうが」
『そんなに目立ちたければこの黒騎士のようなアダルティズムを纏えばいい!』
「いちいちソレで喋るなクソ! アー……頭痛くなってくるぜ」
「では退きますか?」
 微笑して翡翠。その言葉とは裏腹に構えは戦闘を続けましょうとでも言うよう。蓮也、更紗が前後から挟み込み、翡翠、歌乃がやや離れて注視する。そのうち渚、アルクス、るりかが休む間もなく接近してくるや、遠巻きに半包囲した。
 フジワラが1歩前へ。負傷激しい更紗が気丈に正対する。歌乃が援護できる位置へ。渚が神具を振って八卦陣を展開するが効果はない。敵がさらに1歩。蓮也が腰を落して脚に力を込める。アルクスが闇を操り敵視界を塞がんと考えた時、敵が不機嫌そうに舌打ちした。
「あーあぁ、めんどくせえ。俺は決闘がしたいんだよ。ま、せいぜい5人までな。それ以上は雑になっていけねえ。クソ、この後怒られないといけねえしよ、散々だぜ」
 拗ねた子供の如く愚痴り、進むフジワラ。更紗が立ち塞がるが、敵は構わず歩き続ける。限界まで粘り、しかし最後には道を譲ると、敵は若干機嫌を直したように笑った。
「はぁ、どっかでまた木偶どもを探してくっかねえ……」
 億劫そうに独りごち、去っていくフジワラ。
 8人はその背をじっと見据え、見えなくなると漸く息を吐いた。
『敵集団』の北上は阻止できた。が、指揮官の行動を阻害する事はできなかった。いや殺し合いに至らなかった点だけは敵の意思を挫いたとも言える、が。
「……ともあれ報告だな。そして付近の調査を依頼すべきだろう」
 奴がどこに向かったのか。
 蓮也が端末を取り出し撃退署にその件を告げ、一行は引き上げる。

 ――しかし、弘前市に程近いこの地点から徒歩1日圏内には、結局何の手掛かりも見つからなかったのである……。

<了>


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:4人

幻の空に確かな星を・
御影 蓮也(ja0709)

大学部5年321組 男 ルインズブレイド
弱きものの楯・
諸伏翡翠(ja5463)

大学部4年151組 女 ルインズブレイド
屍人を憎悪する者・
蘇芳 更紗(ja8374)

大学部7年163組 女 ディバインナイト
未到の結界士・
久遠寺 渚(jb0685)

卒業 女 陰陽師
ソウルこそが道標・
命図 泣留男(jb4611)

大学部3年68組 男 アストラルヴァンガード
撃退士・
アルクス(jb5121)

高等部2年29組 男 ナイトウォーカー
撃退士・
光坂 るりか(jb5577)

大学部8年160組 女 ディバインナイト
闇を祓う朱き破魔刀・
織宮 歌乃(jb5789)

大学部3年138組 女 陰陽師