タァン。
接近するBWの頭を正確に射抜いたのは矢野 胡桃(
ja2617)の弾丸だった。
「命中」
「やりましたです!?」
影山・狐雀(
jb2742)が喜色満面に訊くが、その時にはBWは体勢を整え、盾を前に掲げて突っ込んでくる。ケイ・リヒャルト(
ja0004)が梓弓に光矢を番え、BW――の後方を見据えた。
「残念。まだまだBWは遊び足りないみたいよ」
「ザハークの残党のようだけど……随分と血気盛んね。早めに――」
他の敵よりBWの脅威を大と判断した巫 聖羅(
ja3916)。BWがいよいよ指呼の間に迫り、天羽 マヤ(
ja0134)とサガ=リーヴァレスト(
jb0805)が左右に動き出した瞬間、中空に出現させた炎弾を解き放った。
「潰してあげる!」
「私が引き付けますっ」
瓦礫を跳び越えBWへ向かうマヤ。付かず離れずの位置から敵背後へ回らんとした時、BWの大剣が宙を薙いだ。ぱっくり裂けるマヤの左腕。衝撃波か。BWがマヤに肉薄する。
「った、思ったより速いですっ!?」
眉を歪めたマヤが跳躍からの兜割りを叩き込む。盾で受けたBWが間髪入れず大剣をぶん回してきた。仰け反って躱す。そのまま後転して距離を取るが、そこに殺到してきたのは、4体の敵だった。
「っ!?」
「悪い子……順番も守れないような子はお仕置きね」
ケイの光矢が石像鬼を穿つ。じっと敵群全体を観察していた蒼桐 遼布(
jb2501)が地を縮めて4体へ突っ込むや、勢いままに石像鬼の顔面へ馬上槍を捻じ込んだ。
「負ける訳にはいかない……折角町が活気を取り戻し始めたんだ……!」
石像鬼――ガーゴイル。硬い。遼布が槍を払って敵を弾き、龍鱗剣を顕現させた。マヤが素早く後退してBWと相対する。
突出していたBWを攻め切れなかった。が、それはまだ戦闘が振り出しに戻ったに過ぎない。であれば。
「急いで、でも慌てずに避難を! 余裕のある人はいない人を確認して。あいつらはギア達が抑えるから! ……べ、別に心配してる訳じゃなくてギアは同族がぐだぐだ暴れるのが嫌なだけなんだからなっ!」
周囲に呼びかけるなり駆け出す蒸姫 ギア(
jb4049)。その声に、まだ退避してなかった人がバラバラと町へ駆けていく。狐雀が敵と逃げる人を交互に見やり
「僕が空から退避状況を確かめるのです。敵はお願いしますっ」
狐雀が飛翔して遠ざかる。黒狼が追おうとし、ケイの牽制射に縫い止められた。ぐる。唸り声が低く響く。
「場違いな客には」
敵群の右に回り込んでいたサガが、影に飛び込むが如き姿勢で肉薄する!
「お帰り頂こうか!」
●2つの戦い
「動けない人、困ってる人はいますかー?」
翼を羽ばたかせ眼下を見る狐雀。
田舎とあって20mも浮けばかなり見通せる。おかげで大まかな捜索はすぐできたのだが。
――上からだと半壊した建物がもっと悲しく見えるです……。
景観を乱すそれらの圧倒的な違和感に、狐雀は目を背けた。と、その瞬間、瓦礫の間で何かが動いた気がした。子供かもしれない。そっと、しかし迅速に降下し声をかける。
「助けに来たのですー。よければ顔を見せてくれないでしょうか?」
「だれ?」
か細い声。少女だ。狐雀が中腰になって待つ。
「僕は影山狐雀なのです。君は何ていうんですかー?」
「こんちあき」
「ちあきちゃん? は何かしてたのです? こっちに来てお話しませんか?」
おずおずと陰から出てくる少女。何かを探していたのか、両手が真っ黒だった。
「探し物です?」
「まえださん」
「知ってる人?」
「ぬいぐるみ。とかげの。ぱぱにもらったの」
「それは大変なのです! どの辺で落したか判りますか?」
少女がこの辺一帯を指差す。その中には、今まさに敵と戦っている辺りも入っていた。
苦笑する狐雀。ひとまず少女を町に戻し、1人で探すべきか。狐雀が少女に告げた、次の瞬間。
全身を焦がす熱波が、付近を駆け抜けた。咄嗟に少女を押し倒して伏せる狐雀。敵の方を見る。白焔。距離は50m程か。射程が長すぎる。狐雀が少女を抱えて町まで一気に飛ぶと、地に下して目線を合せた。
「僕が必ず前田さんを連れ帰りますので、ここで待ってて下さいー!」
白焔の長射程を目の当りにし、沈黙が場を支配する。が、それを打ち砕いたのは
「――眠れ」「万能蒸気の力にて絡みつけ歯車の鎖……ギアストリーム!」
サガとギア、2人の詠唱だった。
2人が左右から敵群へ突っ込む。石像鬼がサガを見る。黒狼がギアに標的を変えた。2人は敵へ真直ぐ向かい、衝突――寸前、力を解き放った。
氷の夜想曲と呪縛陣。2種の力が展開されると同時に、敵頭上へ炎球が放たれる。ふわっと投げ込まれたそれが
「此処は人の領域よ。貴方達も還るべき処へ還りなさい」
ぱちんと。聖羅の合図と共に爆散した。
大量の炎が降り注ぎ、朦々と土煙が立ち上る。その煙へ、遼布が突入した。狙いは石像鬼。ブレスを吐かれる前に押し切ってやる。狭い視界。運が良ければサガとギアの術にかかっているだろう。
「各々の場所を乱さない。それだけでいいのに……!」
乱した者は――討伐される。遼布が僅かに眉間を寄せた時、突如眼前に影が現れた。石像鬼。狙い通り。遼布が馬上槍で薙ぎ、防いだ敵へ刺突を繰り出した。それも防ぐ敵。連撃でもダメか。遼布が舌打ちした瞬間、敵の胸が膨れ上がった。拙い!
「防御! ブレス!!」
叫びつつ屈む遼布。その背を撫でるように、おぞましい何かが駆け抜けた。
見上げれば煙がすっかり晴れている。遼布が下から敵を突き上げる。同時に
「眠りも束縛もされないならば、力で以て叩き潰すのみだ」
サガが右腕を振り下すと、闇より深い逆十字が敵を貫いた。
「……逃がさない、よ?」
敵の火焔が辺りを舐める。胡桃はその熱を肌に感じ、しかし冷徹にゆっくりと目標へ銃口を向けた。
敵――白焔は命を削って攻撃しているのか、より小さくなっている。発砲。マーキング成功。銃床を肩にしっかり当て、狙いを定める。敵から伸びた焔帯が今度は戦場を舐めていく。胡桃はその行方も確かめず、ただ敵だけを見続ける。
――集団戦闘が1番得意なのは……1番『弱い』人間、だよ。
ギアが横合いから白焔へ接近するや、八卦陣を展開した。石化した焔が力なく地表へ墜落する。小さく息を吐く胡桃。上着の袖を捲り、石ころとなった敵を見据えた。
――だいじょぶだいじょぶ。
タァン。
動く事もない人形、もとい石ころに、引鉄を引いた。
「……撃破」
胡桃は砕け散った白焔を確認すると、周囲に目を向けた。
●傀儡子達の行く末
戦闘は押し返すまでいかずとも町に近づける事はなく、真正面からぶつかっている状況と言える。狐雀は慎重に瓦礫を乗り越えつつ、戦闘を眺めて表情を暗くした。
BWを引き付け続けているマヤの負担が大きい。やはり初撃で集中攻撃できなかったのが響いている。自分が遊軍として加わればと考え、頭を振って否定した。
あれも戦いなら、こっちも立派な戦いなのだ。
「とかげ……」
陰を探し歩く。轟音。探す。剣戟音。探す。敵の唸り声。探す――ふと、石段のようになった所に何かが見えた。手に取って確かめる。
果たしてそれは、ぬいぐるみだった。ぽっこり太った風体。まん丸で黒目がちな瞳。まさにトカ、ゲ?
「う、うーん」
いやおそらくこれに違いない。狐雀が早速踵を返し――気付けば、10m程にまで迫った黒狼が、いた。
黒狼が体勢低く飛び出した、刹那。
「どこに行くつもり? 犬なら少しくらい我慢できないの?」
光弾が、敵を穿った。
サガとギアの術は黒狼1体を絡め取っていた。土煙が晴れてそれを確認したケイは、覚醒している方へ肉薄するや散弾銃をぶっ放した。
黒狼が咆哮を上げ突進してくる。遅い。半身で躱し、擦れ違い様に発砲。敵が悲鳴を上げ後退――と思えば足元に入り込んできた。咄嗟に蹴りを放つケイだが、その白い脚に敵は喰い付いた。
鋭い痛み。紅い唇を噛んで堪え、双剣に持ち換える。赤の剣を逆手に持ち
「大人しくなさい、犬」
敵頭蓋へ、振り下した。
敵が体を痙攣させ白目を剥く。ケイはもはや動かぬ敵の顎を掴んで引き剥がした。が、その時、眠っていた方の黒狼が不意に動き出すのが、視界端に映った。敵の先には――狐雀。
息つく間もなくケイが拳銃を抜く。遠い。発砲。失敗。銃把に左手を添え正面に構える。1つ息をつき、引鉄を引いた。命中。ケイがゆっくり黒狼へ近付いた。
「手間をかけさせるんじゃないの」
敵がこちらに牙を剥く。撃つ。突進してきた。腕で往なしてすれ違う。
手負いの獣も、そうと解っていればやりようはある。ケイが敢えて脚を曝して構えると、敵が釣られて喰い付いてくる。それを、ケイが撃ち抜いた。
体を投げ出すように倒れ伏す敵。ケイはその骸を一顧だにせず、狐雀に微笑んだ。
「っとに、硬い……!」
遼布の刺突とサガの逆十字を受けて尚、石像鬼は生きていた。
敵の鉤爪。まともに喰らう2人。敵が調子に乗って再び深く息を吸い込んだ――刹那、一条の光が敵を貫いた。
「これ以上はた迷惑なブレスなんてさせないわ!」
聖羅が杖を振り翳すや、雷光が敵を打つ。傾ぐ敵。その隙を逃す2人では、ない。
「残念だけど、ここは君らが帰ってきていい場所じゃないんだよね」
遼布の馬上槍が敵胸部を貫く。サガの炎剣が敵の腕を両断した。敵が怒り狂って遼布の肩に牙を突き立ててくる。聖羅の雷光が正確に石像鬼のみを穿つ。牙が緩んだ瞬間、遼布が敵を蹴り上げ無理矢理引き剥がした。そして
「終りだ」
サガと遼布、2人の斬撃が宙の敵を粉砕した……!
退いては鋼糸を放ち、押しては躱してBWと位置を入れ替る。何度目になるかも判らぬ交錯を経て、マヤの疲労は限界に達しようとしていた。
「は……ぁ……少々、張り切り、すぎましたかね……」
BWを押し切れなかった。だが石像鬼を野放しにする訳にもいかなかった。だからBWを引き受けた。短時間でBWを撃破するには火力が足りなかった。だから引き付ける事に集中した。BWもまた、それに乗った。
――遠目にはコレが小隊指揮してるように見えましたけど。
本当は指揮なんて柄でなく、存分に戦いたかったのか。あるいは具体的な指揮などなくとも連携できると思っていたのか。どちらにしろ後は1vs1でBWを上回り続けるしか道はない。「分断した」と言えるのは、相手も同じなのだから。
マヤが踏み込む。BWが宙を払う。衝撃波。屈んで躱し頭から跳び込んだ。下から鋼糸を振り上げる。敵が盾で押してくる。弾かれた。頭上から迫る大剣。横転。立ち上がらんとした時、BWが突っ込んできた。
地を削る下段からの斬り上げ。胸に朱が走る。後退して距離を取――れない。拙い。鋼糸で牽制。盾で弾かれる。大剣が煌き――刹那、剣筋がブレた。肩口を裂かれつつ退くと、敵は盾を構えて右斜め後ろを見ていた。何かが飛来する。盾で受ける敵。援護射撃。胡桃だ。
――どうやら私の勝ち、ですね。
マヤが蛸頭を見据えた。敵が銃弾を無視してマヤに向き直る。炎弾がBWを貫いた。聖羅か。敵が構わず踏み込み、袈裟に斬り下した。唸りを上げて衝撃波が迫る。
半身で受け、マヤが鋼糸で薙ぐと、がら空きになった敵の首へ吸い込まれていく。そして
――今度は心優しい蛸として会いましょうね。
縊り切られた蛸頭が、地に落ちた。
マヤはそれを見届けると、精根尽きたように意識を手放したのだった。
●歌と椎茸
無事撃破した事を町長に報告すると、町民はこぞって撃退士達を持て囃し、そのまま椎茸パーティに移行した。強靭な精神である。
盛り上がる町民の間を抜け狐雀が少女を探すと、父親らしき人に抱えられた少女がいた。
「あの、これっ」
「ふわぁ、ちあきのまえださん!」
ぱぁっと目を輝かせて前田さんを受け取る少女。父親が頭を下げた。
「申し訳ない。これは私が買ってやった物でしてな、大切にしてくれるのは嬉しいんですが……」
「危なかったですけど、でもそういう大切な物が、将来の財産になると思うのです」
「そう、ですね」
幸せを噛み締める父娘。狐雀はそれを眺め、意気揚々と瓦礫撤去へ向かった。一度気絶したマヤも目を覚まし、元気に作業しているらしい。負けてられない。
それに、と狐雀はご褒美を思い浮かべた。
「労働は椎茸料理をもっと美味しく頂く為の調味料なのです」
「全くディアボロの管理はきちんとしてほしい……!」
ギアは元同胞たる悪魔への愚痴を呟きつつ、町の周りを飛翔して巡回する。
多くのディアボロが野に放たれたとすれば、他にも近くにいるかもしれない。そうなるとまた迷惑になる訳で。
「これだから……」
手慰みに蒸気符を弄っていると、少しずつ心のモヤモヤが晴れてきた。ともあれ早く安全を確認してしまおう。ギアがさっと町の周囲を回る。敵影なし。
嘆息して町に降り立つと声――歌声が聴こえた。ギアが吸い寄せられるようにそちらへ歩いてみると、そこには。
――the sunny……parade……
陽気な町民に囲まれ、ケイは雰囲気に身を委ねるように口ずさむ。
ここの人は良い意味で自分勝手だ。ネタさえあれば勝手に自分達で盛り上がってくれて、過度に何かを要求してきたりしない。それが、心地良かった。
「アカペラもいいけれど、誰か弾いて下さる方はいないかしら?」
「おう俺やったらげっちょ! 家がらギター持でぐっから!」
「おま抜げ駆げせなだら! ネエチャン、俺も持でぐっから!」
我先にと争う男2人である。ケイは彼らの後ろ姿を楽しげに見つめ、歌を再開する。
どこかほっとする旋律。この町に相応しい、憂鬱を吹き飛ばす歌詞。それらを声に乗せ、ケイは気ままに歌う。
鈴のようなケイの歌声が町に響く。そのうち椎茸の香りが溢れてきて、何度目になるか判らぬ宴が始まった。
<了>
「あむあむ……ん〜、おいひい!」
聖羅は出汁で煮た椎茸を味わいながら、町の北へ向かっていた。というのも
「この甘辛出汁がまたじんわり染み出ていい感じ。お土産に分けてもらおうかな。バター焼きとかもいいかも」
というのも、何故敵が山沿いから町に来たのか。何かが、引っ掛かった。
偶然。そう言い切って町で寛ぐ事もできる。が、仮に徒労に終ったとしても調査しておかねばと、聖羅の勘が言っていた。
「はぁ〜幾らでもツマめる……じゃなくて」
咳払い。水を飲んで気持ちを切り替え、聖羅は地面を観察する。先程の5体のものと思しき足跡が続いていた。慎重にその跡を辿っていく。北へ、北へ。
フラフラした足取りのそれを暫く追っていると、いつの間にか足跡が大量に増えていた。足跡というより踏み荒らした跡と言える程に。
やや戻ってみると、二手に分かれている場所があった。南と、西。西の方は少し先で跡が消えている。
「この辺りに潜んだ?」
気配はない。どこかへ行ったのか?
どちらにせよ可及的速やかに敗残兵を殲滅せねば。聖羅はざわつく胸を抑え、帰途についた。