「目標確認。遮蔽物なし。位置修正よーし」
森田良助(
ja9460)は銃身を立て看板の上に置き、銃床を肩付けして狙いを定める。敵――山男はこちらに気付いていない。狙うまでも、なかった。
「撃ちます!」
発砲。銃身が跳ね上がると同時に敵がアウルの銃弾を喰らって仰け反った。ナヴィア(
jb4495)が闇の翼をはためかせ飛び立つ。竜見彩華(
jb4626)の呼び声に応え敵のほぼ真上から光が溢れた。
「スレイプニル、急ぐよっ!」
中空から悠然と姿を現す召喚獣。敵が臨戦態勢を取った時、物陰から焔・楓(
ja7214)が飛び出すや大音声で叫ぶ。
「一般の人はその場で隠れてるのだ! だいじょーぶ、あたし達が来たからには敵に好き放題させたりなんかしないのだ!! いっけー!」
勢い任せに放たれた封砲が、敵を巻き込み一直線に突き抜けた。
●優先順位
「この幅で2体相手は面倒だ。1体ずつ誘い込むぞ」
内なる闘志を隠しきれないとばかり御影 蓮也(
ja0709)の体から力が立ち上る。蒸姫 ギア(
jb4049)が億劫そうに首を回した。
「あの大男達、飛んで頭突きしてきそう。ギア、駄菓子屋の店先でそういうゲーム見た」
「何を言ってるのか知らんが」風雅 哲心(
jb6008)が闇の翼を顕現させ「さっさと滅するぞ。ディアボロなんぞに付き合ってられるか」
こく、とRobin redbreast(
jb2203)は屈んだまま頷き、瞬きもせず山男を見つめる。誰に言うともなく独りごちた。
「路地の奥に羆はいるみたいだけど、情報にあった黒い雲はどこかな」
「阻霊符は」
手許の符を見せ、道路に触れるロビン。蓮也が首を振った。
「それにあの肉達磨、本当に肉達磨か? 実は肉に見えるそれが軟体生物だった、とかありそうだが」
蓮也が懸念を示した時、道の向こうが騒がしくなった。
楓の声がここまで届く。敵があちらを向いた。逡巡する暇はない。ギアと哲心が空へ飛び出す。ロビンが影から影へ移って近付くや、閃光弾を撃ち出した。
「任務だからきちんと殺してあげる。そうしたら多分自由だよ」
自由って何なのか、知らないけれど。
溢れるアウルを体に纏って接近する蓮也。ロビンの閃光弾を喰らってこちらを向いた敵へ、勢いままに拳を振り被る。
「挨拶代りだ」
拳に練られた力が6mを駆け抜ける。まともに腹に殴打を受ける敵。が、構わず敵はにじり寄ってきた。蓮也が防御を固める。ロビンが斜め後ろにつく。摺り足。敵が腰溜めから腕を振――!?
――速い!
伸びる張り手。胸。防げない。蓮也が敢えて吹っ飛んで勢いを削ぐが、それでも衝撃は臓腑にまで達している。閃光を放つロビン。敵が蓮也に追撃せんとした時、中空、白い蒸気が噴出した。
「蒸気の式よ、石縛の粒子を孕み彼の者を石と成せ!」
『――■■!?』
中空で逆立ちしたような姿で敵を飛び越え、八卦陣を展開するギア。敵が石化――しなかった。ギアが眉を歪めて蒸気符を構える。
「これだから筋肉馬鹿は嫌いだ……」
「状態異常が効かねぇなら」ギアよりさらに上、哲心が降下する!「力で思い知らせてやりゃあいいだけだ!」
渾身の刺突を繰り出す哲心。気付けば、眼前に敵の巨体があった。根元まで巨躯に埋まった刀。敵を蹴って飛翔するが、その脚を敵が掴む。蓮也が鋼糸で敵を削るが止まらない。敵は哲心を掴んだまま思いきり地に叩きつけた。
道が割れる。骨の砕ける音が響く。敵がさらに哲心を振り回し――ギアとロビンの術が敵を貫いた。
よろめく敵。その隙に哲心が敵の腕を斬り裂き脱出する。蓮也が肉薄して敵意識を自らに集中させた。
が。
「……、随分気に入ってくれたようで」
路地の入口にいた山男が、のそりとこちらへ近付いていた。蓮也が息を吐いて腰を落す。
「敵は俺が引き付ける。その間に魔法で頼む」
2体の山男の前に1人立ち塞がる蓮也。低空からはギアと哲心の攻撃が続くが、強靭な肉体を前に一撃でどうにかできる状況ではなかった。
ロビンは看板の後ろから秘かに敵を狙い――そこに、声が響いた。
「いない……情報にあった黒雲が、路地にもいません!」
それは逆側で交戦している筈の良助の、屋上からの警告。素早くロビンが視線を巡らせる。阻霊符は発動中。看板の裏。夕闇の影。敵が壊しかけた瓦礫の間。いない。ロビンが空を見上げ――見つけた。路地の傍、こちら側のビル3F、窓際。人間が襲われている。
ロビンが壁に沿って駆ける。
「ビル3F、雲発見。あたしが行くね」
「了解」
敵を誘い出す安全策でなく、より迅速に危険に飛び込むべきだったかもしれない。ロビンは冷静に分析しつつビルへ。そして階段を上る間際、振り返って道を――蓮也を見てみた。
彼は、肉達磨は2体とも俺の獲物だと言わんばかりに薄く笑っていた。
●余勢
楓の封砲が収まらぬうち、彩華の召喚獣は全容を現していた。
中空で棹立ちになって猛る獣。その脚が大気を蹴り、瞬く間に敵頭上に位置取った。
「やっちゃいなさい!」
吼える獣。宙に生じる稲光。前脚が振り下されるや、雷の暴風が路地を貫く!
「やったか!」
「そーいうのは言っちゃダメなのだ……」
「それに」ナヴィアが低空を滑って山男へ突っ込む。「あの体格ですぐ死んじゃ期待外れよ」
勢いままに槍斧で刺突を繰り出すナヴィア。肩口に食い込むが、敵は物ともせず斧を掴んできた。ナヴィアが宙で踏ん張り力勝負に持っていく。重い。敵の筋肉が盛り上がり、一気にビルに叩きつけられた。
壁が崩れ、砂塵が舞う。頬を伝って口元に流れた血を拭い、ナヴィアが笑う。
「少しは楽しませてくれそう」
「うー、あたしも交ぜるのだ! 必殺のぉ……!」
敵背後に楓が突っ込む。ナヴィアが槍斧を払って敵を振り切った。猛烈に回転させた楓のトンファーが下から敵腰部へ伸び上がる!
「スマ――ッシュなのだぁっ!」
渾身の一撃。手応え充分。これなら山男とて無事では済まないだろう。楓が敵を見上げ――楓の顔程もある拳が、脳天に打ち下された。
視界が一瞬で暗転し、地に叩きつけられる。続いて敵が楓を踏み抜かんとした時、スレイプニルの体当りが巨体を吹っ飛ばす。楓が立ち、パンと自ら頬を叩いて構えた。視界が揺れ吐き気がする。だがたったこれだけで見学する訳に、いかない。
「ちゅぎ……」
呂律が回らない。しかし楓は無理矢理言葉に出し、気合を入れ直す。
「ちゅぎは、こっりのばんらのだ!!」
「……いい、貴女すごく面白いわ」
楓の意気にナヴィアが呼応する。むしろ楓と戦いたいくらいだが今はディアボロだ。
空陸から山男に攻め寄せる2人。彼女達にスレイプニルが追いつくや、先行して敵へ突っ込んだ。
敵が真正面から突進を受け止める。刹那。
――タァン。
俯角に撃ち下された弾丸が、呆気なく敵の頭を撃ち抜いた。
「今!」
「これれっ、おわりなのだぁっ!!」
楓とナヴィア、2人の攻撃が肉の壁を突き抜ける!
『――■■……』
巨体が傾ぎ、地響きを上げ倒れ伏す。彩華が小さく拳を握り、そして道の向こうの班に目を向ける。
その時、良助の警告が耳朶を打った。
良助が6階建てのビル屋上の扉を開け、外に出た時、そこには7人の一般人がいた。隅に固まり、息を殺して震えを抑えんとしている。誰1人パニックになった者はいない。それは、この場で一般人ができる最大の戦いに他ならなかった。
そして彼らは、その戦いに勝利している。良助が息を整え微笑みかけた。
「もう大丈夫です。僕達が来ましたから!」
柵を蹴破り屋上の縁へ。うつ伏せに横たわり、銃口を下に向けた。楓達が戦闘している姿を認め、瞑目して深呼吸。
落ち着いてアウルを練り、瞼を開ける。引鉄に指をかけ、息を吐いた。
敵の頭に合せ――撃つ。ヒット。良助が立ち上がる。表は大丈夫だろう。後は情報にあった羆と黒雲だ。
良助が路地に面した縁へ移動し、下を覗き――そこで初めて、気付いた。羆は路地にいる。……黒雲は?
「黒雲がいません!」
路上の味方に聞こえる声で警告し、良助は敵を探す。いないいないいない。焦りが生まれかけた時、ロビンから発見の報が届いた。向こうのビル3F。こちら側に窓がない。勘で壁を破壊するか。いや危険すぎる。
「任せるしかないか……気をつけて下さい!」
良助が羆を狙わんと約15m下の路地を見る。羆は、山男を倒されたからか表に出ようとしている。場所によっては角度が深すぎて狙えない。なら。
「高い、なぁ。……でも!」
絶対的な敵背後を取る。
その為に良助は怖気づく心を奮い立たせ、銃を構えたまま屋上から飛び降りた……!
山男2体が道全体を塞ぎそうな勢いで圧迫してくる。蓮也はその圧力を何とか往なしつつ防戦に徹していた。
――掴まれさえしなければ致命傷はない!
蓮也が耐えれば耐えるだけ、ギアと哲心は攻撃に集中できる。
半身ずらして張り手を躱し、自ら後退して体当りの勢いを削ぐ。敵1体が中距離から何かを投擲してくると腕で受け、突っ込んできたもう1体を鋼糸で払って退かせた。
「こっちは早いトコ本丸にかかりたいんだがな!」
哲心の斬撃。敵が受けるや、カウンター気味に裏拳を振るう。躱しきれない。哲心が吹っ飛ばされ、代ってギアの術が山男を貫いた。
着実に敵を殺しつつあるが、後一歩足りない。その一歩を埋めたのは
「こっちも叩き潰してやるのだー♪」
敵1体を屠り、余勢を駆って背後から襲い掛かった楓、ナヴィア、召喚獣だった。まさに猛攻。その嵐は瞬く間に敵の力を奪い、そして
「貴方達はもうお呼びじゃないわ」
ナヴィアの槍斧が敵を両断するのと、蓮也の鋼糸が山男を縊り殺すのは、ほぼ同時だった。
●イテキ・ホサリ・ノ
――あの子達、迷子かな。こんな狭い所で、窮屈で。だから……怒ってるんだ。
ロビンは階段を上りながら敵の事を考えた。怒っている、いや泣いているのかもしれない。ここはどこだって。天魔の都合で生み出され、こんな所に放り出されて。
――どんな気持ちなのかな。
想像もつかない。仮に想像できたところで、殺す事に変りはないのだけれど。
薄暗い踊り場を駆け抜ける。と、不意に階上から悲鳴が聞こえた。3Fに辿り着くや、自動ドアを蹴破り押し入った。
中にいた一般人――11人か、彼らが怯えた瞳を向けてくる。ロビンは魔導書を構え、饐えた臭いの漂う室内を見回した。長机やソファ、棚があり、床には紙と、死体が散らばっている。窓際には、1人を捕獲している黒雲。
「……」
迷子なの?
訊こうとして、やめた。どうでもいい事だ。
敵が人間を呑み込む。ロビンが閃光弾を放った。浮遊して直撃を避ける雲。気付けば呑まれた筈の人間は雲の真下に倒れている。敵がロビンに肉薄してきた。パイプ椅子を敵に蹴飛ばすが、敵は意識すら向けない。横に跳ぶ。脚に喰らいつかれた。溶けるように熱い。閃光弾。敵が一旦離れ、頭上から襲ってきた。体を丸めて転がる。床が溶けた。至近から閃光弾を浴びせて距離を取るや、流水の大剣を顕現させた。
「大丈夫、安心して。すぐに殺してあげる」
心なしか敵の密度が薄くなっているような気がする。ロビンは大剣を下に構え、低姿勢から踏み込んだ。
呑み込まんとしてくる敵。ロビンがそのまま雲に突っ込むや、鋭い呼気と共に大剣を振り上げる!
『――……』
声無き声が大気を震わせ、ロビンを覆わんとしていた雲が晴れていく。ロビンは大剣を収め、口の中で呟いた。
「ばいばい。もう迷い込んだらだめだよ」
その羆は大きく、しかしどこか幼子のようだった。
「熊なのに可愛くない……」一旦地に降りたギアがぼそっと呟き、誰にともなく言い訳する。「べ、別にギア、可愛い物好きとかじゃ、ないんだからなっ」
「ギアさん……墓穴掘ってます……」
仕方ないなぁと付き合う彩華である。
羆が雄叫びを上げ、ぬっと路地から出てくる。狭い所で1人ずつ戦う必要もないのか、あるいはそんな事を考える事すらできないのか。
「ディアボロが山の神なんてな。皮肉が効いてるよ」
腰を落し鋼糸を握る蓮也。刹那
――ガァン……!
アウルを増大させた銃弾が、羆の後頭部を射抜いた。
「今ですっ!」「一気に畳み掛けるぞ!」
銃撃――良助の合図に合せ、蓮也と楓が敵に接近する。ギア、ナヴィア、哲心が飛び立つや、敵を前後で挟むように空を駆けた。彩華のスレイプニルがいち早く敵へ攻め込む。
突進。羆は真正面で受け止め、凶悪な牙を突き立ててくる。胸部に鮮やかな紅が走った。ナヴィア、蓮也が空陸から斬りかかる。ナヴィアの槍斧を掴み、ぶん回して蓮也にぶつけんとする敵。が、それを掻い潜った蓮也が敵足元を狙って肉薄する。敵が蓮也を捕獲せんとがっぷり四つになって組み付いた。
蓮也の背に両腕を回し、腕力に任せて絞め殺さんとしてくる羆。骨が軋む。臓腑が悲鳴を上げた。が。
「っ、ハ……仕留めろぉ!!」
蓮也が敵の腕を両手で押え付けて叫んだ瞬間、5人と1体が集中した。
「これ以上はやらせねぇぜ――雷光纏いし轟竜の牙、その身に刻め!」
急降下と共に大上段から振り下した哲心の斬撃が羆を斬り裂く。楓が敵脇腹を突き上げた。ギアの蒸気術が羆を石化するや、自由落下に任せたナヴィアの真上からの薙ぎ払いが蓮也すら巻き込みかねない勢いで敵を削った。そして
「スレイプニル、そっ首今だら!」
主の命令に応えるべく、棹立ちになった獣がその蹄を振り下した……!
『――■■……』
石化が解け、羆がどうと地に落ちる。解放された蓮也が息を整え、己を掴んでいた腕にもう一度触れた。
「破壊衝動、か」
「……主の怨念を受けて生れたのかな。自分を、止められなかったのかな……」
もはや動かぬ羆。あんなに恐ろしい姿だったけど、やはり子供だったんだと彩華は思った。
「憎いのは愛してるから? なのに手に入らないと思うから?」
きっと作ったのはヴァニタスだ。だってこんなに苦しんでるから。
彩華はこの件に関わる全ての『犠牲者』に、祈りを捧げた……。
<了>
帰途、彩華はとある店に寄り、それを買った。そして
「これ。あげます」
「……ギアに?」
ギアが包みを開くと、中には何と掌大のぬいぐるみが鎮座しているではないか。円らな瞳。可愛い口元。ぽっこり太った体型。これぞまさに熊!
「かっ、かわ……っ!?」
「かわ? 何です? 可愛い?」
「か、可愛くなんてないんだからなっ! で、でも仕方ないからギアが引き取ってやっても、いい、かも」
彩華は今日の羆がトラウマになりかねない1人の純朴(?)なはぐれ悪魔の心も、救ったのだった。
ロビンは独り、羆の死体を見下していた。じき処理班が来るだろうから、その前に。
迷子の子達を、見ておきたかった。ただ、なんとなく。
「……、おやすみ」
なでり。羆の大きな頭を小さな手で撫でると、ロビンは音もなくこの場を去った。
だから気付かなかった。毛に隠された羆の首筋に、紋様のような何かが刻まれていた事に……。