この場にいた面々は話を聞き、少しだけ顔を見合わせる。
「まっ可愛い女の子が困ってるなら必死で助けるのが、男ってモンでしょっ♪」
何となくぶらっと立ち寄っただけで巻き込まれた感のある藤井 雪彦(
jb4731)が理恵にウィンクしてみせる。
「仲直りで御座るか……自分には難しいで御座ろうが、がんばるで御座る」
隠密修行と称して棚の陰に隠れていた静馬 源一(
jb2368)が、ひょこりと顔を出す。忍者ごっこにしか見えないような隠れ方である。
「そなたはいつもそうじゃな……まったく」
こちらも訓練と称し、ソファーの上でヒリュウとじゃれていただけの美具 フランカー 29世(
jb3882)は呆れつつも、立ち上がった。部員だから引き受けたというわけでもなく、やはり基本お人よしなのだろう。
「ふーん。何となくもやもやな気持ちという話ね……あたしには実感出来ないけど。まあ、何とかなるわよ」
話から何となくの推測ができたのか、縫物をしていたグレイシア・明守華=ピークス(
jb5092)は顔をあげると、縫いかけの服を紙バックにまとめた。
そしてその構図の難しさはあまり得意ではないと悟っているので、自分にできる事をやるしかないなと肩をすくめるのであった。
ギシリとベッドが軋み、シャーッと覆い隠していたカーテンが途中まで開けられ、寝起きのアーレイ・バーグ(
ja0276)がカーテンから顔をのぞかせる。
「なるほど。話は聞かせていただきました」
顔は見せているが、カーテン越しでもぞもぞとしている。そしてカーテンを完全に開けきると、寝る前とは服がまるで違う。黒のパフスリーブチュニックに清楚な水色のワンピース。胸の谷間が嫌というほど強調されている。
「任せていただければ、いいのです」
「また無駄に強調する服を……」
「締め付けられると苦しいのですよ。わかりませんよね?」
呆れる明守華の胸に視線を送り、くすりと。そしてさっそうと部室を後にする。半泣きの明守華も続き、続々と皆が出ていくと、理恵とあと1人が残された。
人を避ける様、部室の隅で椅子に座って様子をうかがっていた城里 千里(
jb6410)が、どことなく不機嫌そうに立ち上がる。
「黒松先輩」
「なに?」
「部則、破りましたね」
壁に貼られている部則に視線を送る。部を作る際に、彼が決めたものであった。
それをけっこうきっちり守っているなと思っていた矢先に、これである。正直、やや失望していた。なぜ失望と感じるのか、その理由はなんとなくわかっているが、無論、口には出さない。
「う……」
ちゃんとやってた、そう言いたくもあったが、それができていなかったから今回の騒動があるのだ。自分は悪くないなどと、恥知らずな言葉を口にする気はない。だからそれ以上、言葉が出てこなかった。
「破った罰です。今度こそ徹底的に、隅々まで掃除していてください」
「……わかった」
いつもに比べると明らかに覇気の足りない理恵はのろのろと、掃除用具入れへと向かう。
それを確認してから、千里は部室を後にするのであった。
(行く前に通信機、受け取っておこう)
現場の光景に千里は思わず、心の内でツッコミをいれていた。
(おい、こっそりとか無理だろ!)
周囲に何もなく、ぽつんと立っている平屋。出口も一ヵ所しかなく、窓もびっしりとある。まず見つからないようにこっそり護衛は無理だと一瞬で悟った。
先に来ていた2人はそろいもそろって、窓に張り付き、中をずっと眺めている。きっと今の今までずっと、そうしていたのであろう。
「これは好都合で御座るね、わふ! 囮は任せるで御座る! 今、必殺の! ニンジャヒーロー!」
「折角居るんだから、そこは適材適所よね」
肩を軽く叩かれただけなのにびくっと肩をすくめた源一だが、いい笑顔を浮かべ、会館の中へと突撃する。
「突撃でごーざーる〜」
突如現れた敵に、会館の中にいた猫サバ達は毛を逆立て源一の後を追い掛け回す。
ぐるっと一周し雅達がよく見える位置で止まると、拳を天に向けぐっと握り、その時に備えた。
止まった獲物へ猫サバは一斉に飛びかかり張りつくと、後ろ足の爪でひっかくように蹴り続ける。
(若林殿のご様子は……!)
話に聞いてた数よりもずいぶん多く全身にびっしりまとわり付かれ、ねこきっくはほんのちょっと痛い。だがやはりたいした事の無い攻撃に余裕のある源一は、正面から雅の表情を観察。眉根を寄せ、口を縦に開けている。
猫玉と化した源一が叫ぶ。
「わうわー! 皆様方ー!! 自分ごと敵を討つで御座る−!」
「了解ですよ」
突如、巨大な火球が源一の背後で炸裂し、源一は炎に包まれた――いや、燃えているのは猫サバだけで、源一にはまるで被害が及んでいない。
燃え盛る炎を身にまといながら、源一はさらに雅の様子を見続けた。
眉根はよせたままだが、口元が垂れさがり今度は「とても悲しい」というわかりやすい表情をしていた。すぐ隣の光平もまったく同じ表情である。
もはや、確定であった。
2人の様子を見ていたのは外に皆も同じで、ああやはりなと思っていた。
雅の横に美具が立つと、何気なくズバッと問いただす。
「そなた実は猫好きじゃな」
「む……? 貴女はたしか、フランカー先輩。なぜこんな所に」
ズバリ聞いた事を答えず見事にスルーして、逆に質問で返す。
「雅さんと光平さん……でしたっけ? お邪魔して申し訳ありません。お2人の腕を疑うわけではないのですが、相手の数が数ですので逃げられたら困るということで……範囲攻撃で始末させて貰いました」
ニコリと微笑むアーレイ。
「バーグさんに――城里君に藤井君、それにグレイシアさんまでいるのか。そういえば中にいたのは、静馬君だったな。確か」
「初対面のはず、よね?」
「学園の生徒全員、学年と顔と名前『だけ』は覚えたのだ。むしろ、なぜ私とこれのことを知っている?」
そう問いかけられ誰もが一瞬言葉に詰まったのだが、ただ1人、反射的に口を開いていた。
「あー、あれだ。中本先輩、水くさいぞ」
千里がどういった意図の嘘をつきたいのか、意外と鋭敏に察した光平がパンッと掌を合わせ、頭を下げた。
「いや、俺も手伝いの身分だからさ。誘い受けた時点から頼もうかとも思ったけど、巻き込んだら悪いかなとちょっと思ってたんだ」
「お前の差し金か」
「呼ぶ気はなかったんだけど、ほら、アタッカーいないってわかったら、呼ぶしかないだろ? 連名で頼んでおいたんだよ」
納得しているようで納得していない雅に、こそっと雪彦が耳打ちする。
「とりあ〜えず、2人っきりになってる〜って感じじゃないほうが安心でっしょ?」
「確かに、理恵から変な誤解を抱かれずに済むが……本当に、アレに依頼を頼まれたのか?」
「わかってるクセにぃ〜」
はっきりとは答えずにはぐらかす。元が軽いノリだけあって、嘘は苦手でもこういうのらりくらりとした逃げ方は得意なのだろう。
「怒っていても、第一は理恵殿なんじゃなぁ」
理恵からの依頼である事をほのめかしつつも、美具も雪彦の話に便乗する。
話に加われそうにないと感じた明守華は、残った猫サバを確認している源一がいる会館の中へと。千里はただひたすら、観察を続けていた。
そして話を合わせたものの、事情までは知らない光平。何も口を挟めないでいると、アーレイが上品に微笑みながらも谷間を強調するかのように顔を覗き込みながら、水筒を見せる。
「依頼の関係で他の人は雅さんと話があるので……良ければあちらでアイスティーなど如何?」
その誘いをあっさりと受け、2人で少し離れにあるベンチに座った。
「雅先輩って〜カッコイイしぃ〜可愛いよねっ♪ ボク、先輩の事もっと知りたいなぁ〜」
雪彦が見た目や雰囲気を次々に褒めるのだが反応は薄く、趣味などを聞いてもそのおおよそが「教える気はない」と冷たくあしらわれる。
それでも食い下がる雪彦が、胸ポケットに刺さっている猫のボールペンに目を止めた。
「そのボールペン、可愛いですね〜」
「いいだろう、コレ。数量限定生産品で滅多にお目にかかれない代物でな。見つけた時には歓喜したモノだ」
初めて食いついてきた。そしてそれさえ引きだせれれば、次に聞く事はただ1つ。
「猫は好きじゃないのん?」
聞き洩らしたフリすらできない、ド直球。微笑を浮かべ、雪彦が答えられずにいる雅をそっと後押しする。
「何か思ってて言えないことあったら、ボクで聞きますよ? まったく無関係だし〜王様の耳はロバの耳みたいな? 女の子の秘密は超厳守するし?」
「というかもう、バレバレじゃな」
雅は表情は崩さず、肩の高さまで両手を挙げた。
「そうだ、お察しの通り私はアレルギー持ちだが猫好きだ。そして君らは理恵に頼まれてやって来たのだろう? 相手が猫型だから退治できないとか、そんないらん心配をして。しかもこっそり護衛とか言ってな」
ずばずばと言い当て、腕を組んだ雅は目を閉じる。
「あいもかわらず、秘密主義なことだ。理恵は」
「まああやつは腹グロじゃし、自分の事しか考えておらんし、人使いは荒いし、クリオネだし……」
「違う。一部から言われてるだけで全然あの程度、腹黒なんて言えん。人を利用するが、踏み台になどしないやつだ」
クールな表情はそのままに少しだけ声を荒らげると、達観したような笑みを美具が浮かべた。
「一時の腹立ちで大事な友誼を失うのは人生の損失じゃ。ゆめゆめよく考えるがよい」
「そうそう。心の中で会話できればいいのだけれど、口に出さなきゃ伝わらないよ?」
沈黙する雅。
(もうひと押し、か)
ずっと様子をうかがっていた千里がようやく、動き出す――と、窓が開けられた。
「ほら、治療するからじっとしててよね」
明守華に文句を言われながらも、源一がなるべく遠く離れた窓の向こうから身体を濡れタオルで拭きながら、任務は果たしたと言わんばかりにビシッと敬礼をする
「わふ! 後はお頼み申すで御座る……アレルゲン塗れの自分はクールに去るで御座るよ」
「いや、行く必要はないでしょう」
去ろうとする源一に、千里が制止をかけた。
「アレルゲン相手だと、先輩は知ってて受けている。なら仲間を去らせるというのは違う。そうじゃないんですか?」
そして雅へ睨み付けるような視線を送る。
「若林先輩でしたっけ。あんたはどういうつもりなんですか?」
「私は――」
「紅茶、気に入ってもらえたようで嬉しいです」
かなり上等なダージリンのアイスティーは好評だったようで、にこっと微笑む。
「宜しかったら今度、寮に紅茶飲みに来ませんか? 淹れ立てのおいしい紅茶やケーキを振る舞えるかと。
――ああ、規則が厳しいので応接間でおもてなしということになるかと思うので、そういう心配は無用ですよ」
「それはいいかも。俺、この後またすぐ出発なんで都合が合うかわかりませんから、随時連絡ください」
思ったよりもあっけなく、メアドを交換できてしまったアーレイはやや肩をすかされる。それに、光平の態度と言葉には一切の下心が含まれていないと、感じていた。同性の友達感覚でしかない。
(こいつ、ちゃんとついているんですかね……)
と、そんな事を思ってしまうのであった――
窓の外から掃除に励んでいる理恵の様子を、雅はうかがっていた。
やや不機嫌そうなアーレイが戻ってくるなりベッドへ潜りこみ、雪彦と明守華が理恵に手を向け何かを申し立てるが、理恵は首を横に振り、再び床を拭き始める。肩をすくめた2人はケージの中に閉じ込められているスズと、じゃれあっていた。
美具も戻ってくるなり、定位置のソファーでヒリュウと和気あいあいとじゃれている中、理恵1人だけはずっと掃除を続けている。「罰として掃除を言い渡したんですけど、ずっと続けていたみたいですね。しかも誰の手も借りようともしない――そんな黒松先輩の心の内、聞いてみますか?」
こくりと力強く頷いた雅に通信機を手渡した千里は、もう1つを隠し持って部室へと向かい、雅も追った。
「どうやら反省はしているようですが――あんたは部則を破り、同室の若林雅に迷惑をかけた」
ここでも言い訳はしないし、顔も逸らさない。さらに千里は続ける。
「アレルギーなんて簡単に治るもんじゃないんだ。最良は、あんたが部活をやめるか、彼女と別室になるかだ。どうする?」
「部長としている以上、部員が1人でもいるなら途中で辞めるなんて無責任はしない。そして私の勝手だけど、雅と一緒の生活がすっごく楽しいの。これからも続けるよ」
「どうやって、ですか?」
「雅にまずちゃんと謝って、説明して、2人で話し合ってそれは解決する。どんな解決手段になるかはわかんないけど、それでも絶対に解決してみせる――まあ、そのためにはまず話せる状況になんなきゃ、だけど」
「最初から、素直に教えてくれればよかっただけなんだがな」
いつの間にか戸口で雅が、通信機片手に立っていた。
驚いた理恵は雅に顔を向け、そして千里へと向けると、千里は隠し持っていた通信機を取り出す。それで察した理恵は珍しく頬を膨らませ千里を睨み付けたが、千里は表情を崩さず道を譲り、口を開いた。
「直接どうぞ、『部長』」
くやしそうな表情をする理恵だが、それよりもまずと、歩を進めていた。
「黙っててゴメン、雅」
「もういい。ちゃんと言ってくれれば、こちらだって事前対処ができた、それだけだ。
それと黙っていたが私はな、アレルギー持ちだが猫好きなんだ。だから――」
胸ポケットからスッとマスクを取り出し、装着。そこにも猫が描かれているのは、もはや当然。
「これさえしておけば、よほど毛が飛んでない限りは大丈夫なのだ」
「それだけでいいの!?」
「だけど掃除はしっかりな、部長さん」
「……へーい」
黙っていた自分が馬鹿みたいだとがっくりうなだれる理恵。
「無事解決のようで御座るな」
そこに元気よく源一が戻ってきた。猫の着ぐるみに猫耳、尻尾まで完備して。
「わう。にゃんこをもふもふ出来ないのは残念で御座るけど、自分で我慢してくだされで御座るよ! うなー!」
「そんな事言って、いいのか?」
腕を交差させた雅の眼光が鋭く光る。そして――
「うーーーーなーーーーっっっっ!」
哀れ源一は、猫殺し雅によって褒め殺しならぬ撫で殺される羽目になる。
すっかり雅の膝の上で骨抜きにされた源一は、小さな疑問を投げかけた。
「なんで黒松殿は若林殿の猫好きに、気づかなかったんで御座ろうか」
「……理恵はな、人とすぐ打ち解けるようでいて、人の事には無関心なんだよ。私でもまだ同居人と呼んでもらってるくらいで、誰も友達と呼ばないからな。初めて関心を寄せたのがアレなんだが――アレは絶対に無理なんだよな」
つまらない事を喋らされた腹いせか、再び、地獄の極楽が開始されるのであったとさ。
というわけでバレました 終