「スズカちゃん、今行くから頑張って!」
(与一さん、まさか荒療治ですか? )
聞こえるか聞こえないかはわからないが、新田 六実(
jb6311)は無事でいる事を強く願い、その小さな翼を一所懸命に広げ、跳んだ。
跳躍の勢いに少し押され、よたよたとした多少心許ない飛行――飛ぶのがあまり得意ではない六実だが、心許ない飛行でも長屋くらいは軽く飛び越え、ひとつ目入道の頭が道ではなく建物に向かっていくのが見えた。
「建物を抜けていかれたら……!」
「任せろ」
走りながらも黒夜(
jb0668)が阻霊符に力を注ぎ込むと、「ウチは入道に行くけど、他は?」と視線を巡らせる。
「そうだね、僕も行こうか。スズカくんのトラウマをどうにかしなくちゃいけないんだし、弱小撃退士として振る舞って、頼ってみるとするよ」
飄々と狩野 峰雪(
ja0345)は肩をすくめる。
(スズカくんは六実ちゃんがついてれば、大丈夫でしょ。お姉ちゃんは今回、黙って見守ることにするよ!)
六実の背中を目で追い、高瀬 里桜(
ja0394)が、「与一さんの方に行きます」と自分の希望を告げる。
「話してわかりあえるなら、絶対その方がいいし! スズカくんは与一さんを大事に思ってるみたいだし……スズカくんが大事に思ってる悪魔が、悪い悪魔のはずないよ」
「悪い悪魔ではないのかもしれないが、私は与一に。私怨だが、少し借りがある」
私怨というだけあって何かしらあるのか、川内 日菜子(
jb7813)は拳を握り、八つ当たり気味に壁を打つ。
そして表明していないのはあと1人、影野 恭弥(
ja0018)だが、あまり興味も熱もなさそうなその顔で「数の少ない方に」と、これまたあまり興味なさそうに呟く。
(急に与一さん、どうしちゃったんだろう……でも、それよりスズカちゃん……!)
誰よりも急行する六実の目に留まったのは、どうにか動けているスズカの姿。それに安堵はしたものの、与一の攻撃で増えていくスズカの傷に思わず固唾を飲みこんでしまう六実。
地上に降り立つのももどかしげに翼を閉じて、異界へと呼びかける。
「これ以上先は……通行禁止ですよっ」
呼びかけに応え、何者かの腕が次々とひとつ目入道の身体に纏わりついた。
スズカの前へ落ちるように降りた六実は、与一の動きに警戒しながらもスズカへ駆け寄る。スズカと与一の間に里桜が立ち、スズカに当たるはずだった矢が里桜の腕に刺さる。
「てっ……!」
腕を押さえ痛がるも、与一を睨み付けるでもなくニコリと笑みを向けていた。
「こんにちは! あなたが悪魔騎士の与一さんですね? 仲間から話を聞いて、ぜひ会いたいと思ってたんですよー!」
敵意が薄いことを示すために、あえて明るくフレンドリーに話しかける里桜――だが、日菜子が問答無用で与一に殴りかかっていた。
与一は一瞥しただけで、日菜子の燃え盛る拳をかわそうとしない。
日菜子の拳が与一の頬に食い込んだその瞬間、日菜子の頬にも衝撃が走り、殴った本人がたたらを踏んでいた。
(まるで自分に殴られたみたいだ……!)
口に広がる血の味に臆することなく、日菜子は前に踏み込む。
最初の一発こそは受けた与一だが、それ以降の拳は僅かな後退と上半身の動きでかわし、着物の袖に何かが仕込んであるのか、そこで受け止めたりもしていた。
「すまない、高瀬! 話し合いをするのは知っていたが、私はこいつが許せない!
ディアボロを街にけしかけたのは、断じて看過できない」
「別に、取って食おうって訳じゃありやせんぜ。ただあそこに居られると困るから、追っ払おうとしただけでさ」
「殺意を持っていない部分だけは、認めよう。だからコレは私怨に過ぎない」
肩をすくめる与一は、「何をそこまで必死なんですかねぃ」と首を傾げる。
「わからないか? あんたに喧嘩を売っているのだ。撃退士として敵に対してではなく、個人同士としてな」
「売られた喧嘩は買わにゃならんですねぃ。ま、話すだけの余裕はありますさ。そっちのお嬢ちゃんの話くらい、ね」
余裕があると言われた日菜子の拳はさらに激しさを増し、攻撃の手を緩めようとしない。それでも飄々としている与一は、里桜に言葉を促そうと視線を何度も向けてくる。
里桜は日菜子へ自分のアウルを飛ばして纏わせつつも、与一へと言葉を向けた。
「なぜスズカくんと戦っているのか、教えてもらえませんか? わざわざ私達が来るまで待ったり……スズカくんのためかなぁと思うけど、何でそこまでスズカくんを?」
里桜の質問が、飄々としていた与一の顔に僅かな影を落とす。
「……昔々、とある山に物好きな悪魔がいやしてね。その悪魔は近くの寺に住む少年に乞われ、色々戦い方を教えたようでさぁ。
やがてその少年が大きくなり、戦に出向くようになると、その悪魔は天狗とは名乗らずに少年と共に戦場に立つようになった――ですけどねぇ、戦に勝ったその少年はやがて、今まで仲間だった人間に追われる身となり、自害する羽目になったんでさぁ。
その時、悪魔は思ったそうな。人間とは可愛くも愚かだなぁと。それ以来、人間と共にいる時間をこっそりと増やしていった」
「その悪魔が、与一さん?」
肩をすくめる与一。
「でもまあ自分も思うわけでさぁ。関わってしまった少年が、どこまで成長していくのか、その先を見てみたいと」
「だからと言って、いきなりディアボロをけしかけるなど、荒療治もいいトコだ。スズカの先輩として、あんたのやり方を私は否定する!
それに私怨はそれだけじゃない……よくもを私の大事な人を傷つけてくれたな、クソッタレッ!!」
長屋の壁に追い詰め、日菜子の脈動する炎を纏った拳がまたも与一の頬に食い込んだ。
その瞬間に、やはり自分の頬にも殴られたような衝撃が走りたたらを踏み、触れてすらいない長屋の壁にも亀裂が走る。
(どういうことだ、さっきよりは威力が分散されている……反射、にしては本人もいくらかのダメージは貰っているように見える……それに近くにあるだけの壁になぜ亀裂が?)
一瞬のだけ考える日菜子は、拳から吸い取った分で僅かに回復はしているものの、ダメージはだいぶ蓄積されてきた――が、それでも焦げた足跡と陽炎を残して前に突き進む。
「日菜子ちゃん、無理はしちゃダメだよ」
「さて……話はもういいか」
長屋に背を預け傍観していた恭弥がとうとう、武器を手に壁から背を離す。
「あれは敵……倒すのみ」
回り込むように走り出す恭弥は、日菜子の拳を袖で受け止めてこちらへの視界が狭まったタイミングに合わせ、撃つ。与一の肩に当たるが、近くにいた日菜子の肩から同じように血が滴り落ちる。
与一の目が恭弥を捉え、攻撃の間断を縫い天に向けて矢を1本だけ放つ。さらに日菜子の側面に回り込んで恭弥と日菜子を正面に捉えると、正面へ向けても矢を放った。
正面に放たれた矢は放たれた瞬間から放射状に無数の矢へと増えて拡散し、それが恭弥と日菜子を襲いかかる。日菜子は炎を纏った腕を交差し、恭弥はPDWを盾の代わりにする。
正面から飛んでくる矢は、1本1本たいしたことないが、身体のいたるところに突き刺さってくる。そして間を開けず、空から降り注ぐ矢の雨が、さらに2人を貫く。
(さすがにこの距離でカウンターは狙えない、か)
致命傷は避けたが、傷は決して軽くない。
ただの撃ちあいでは分が悪い――そう判断すると、恭弥の行動は素早かった。
「こいつを喰らっても、まだ涼しい顔でいられるか?」
与一に向ける銃口が、光り輝く。
放たれた白銀の光弾は真っ直ぐに、与一の元へ。
与一が日菜子の拳をも受け止めた袖で、その光弾も受け止めようとした。だが光弾は易々と袖を貫き、与一の胸に血の華を咲かせる。そこでまたしても、近くにいた日菜子と、長屋の壁に似たような傷跡が生み出された。
いよいよもって膝をつく日菜子。だが、与一の方とて無事ではないのか、すぐに動けないでいた。
この間に距離を稼ぐ恭弥へ、与一は口から血を滴らせながらも笑みを向ける。
「火力だけで言うなら、男爵どころの騒ぎじゃないでさぁ。分散してなけりゃ、死んでたかもですねぃ」
「どうやら相性は最悪のようだな。もちろんお前にとってだが」
「与一さん、今回はここで引いてもらえませんか?」
たまらず口を挟む里桜へ、胸を押さえたまま与一は頷いていた。
「そうさせてもらいやすかね……。
ですがね、警告しとくでさぁ。ここはもうすぐ、戦地になる恐れがありますさね」
「巻き込まれないように、追い出すつもりだったとでも言うのか……?」
膝をついたまま睨み付けている日菜子へ与一は答えず、「またそのうちに」とだけ言い残して跳躍し、屋根の上を疾走していったのであった。
ふうと一息吐いた恭弥が傷口を押さえ、止血しながらもスズカ達へと顔を向ける。
「さて、あっちはどうなったかな」
黒夜の投げた闇の矢が足が動かせないひとつ目入道の顔に当たり、ひとつしかない目が黒夜に向けられた。すかさず六実とスズカから離れて立ち回る黒夜は、青く鋭い鋼糸で目の辺りを狙って刻んでいく。
ひとつ目入道の伸びる舌が黒夜に向かってくるが、ただ身をよじって舌先をかわすと、鋼糸を放っていた。
「舌の伸びる入道か。他の所も伸びそうだな、首とか」
黒夜の予想に反して舌以外を伸ばしてこないひとつ目入道だが、問題はそこそこ攻撃を当てても全く怯んでいないところだった。やがて束縛していた手が消え、再び動き出そうとしたその足を、植物の鞭が絡めとり、歩かせようとしない。
「まあ動きは止めておきたいよね――スズカくん、次はどうしたらいい?
僕はこんな歳だけど、撃退士としてはまだまだ新米でね。君の指示を仰ぎたいな」
植物の鞭で足を絡め取っていた峰雪に舌が襲い掛かり、見えてはいたが反応を遅らせて、自らの腕に舌を突き刺さらせる。
「おっと、痛い痛い――さあ、スズカ君。どうしたらいいだろうねえ? 戦わなければ誰も守れやしないよ」
飄々とする峰雪の視線を受けたスズカは、すでに与一から受けた傷は六実によって完治していた。
「どうするって……」
「あの入道止めるぞ。難しく考える必要も気負う必要はねー、当たれば十分だ。
当たらなかった時は落ち込むより動け、届く範囲でウチが守る」
黒夜が宣言した直後、舌が偶然にもスズカを狙ったが、その舌に鋼糸が絡みつき短く寸断されてスズカへ届く前に引き戻されていった。
ひとつ目入道と、スズカを観察していた峰雪は、負ける要素が少ないと感じ始める。
(攻撃はそんなに怖くないし、状態異常も良く効く、的もでかい。それでいてタフだから練習相手にはちょうどいい敵かもねえ)
「1人で何でもかんでも出来なくてもいい。仲間と力を合わせて、フォローしあっていけばいいと思うよ」
肩をすくめ、「そのために依頼は複数人で当たるんだし」と付け加え、スズカが動き出すのを待った。
また束縛の解けたひとつ目入道が動き出そうとするが、黒夜が開いたアイスブルーに輝く瞳から飛び交うわずかな氷の粒がひとつ目入道を凍てつかせ、深い眠りへと誘う。
そしてスズカが動き出すきっかけを作ってくれるのはやはり、六実だった。
「スズカちゃん、いけるね? 一気にたたみ掛けるよ!」
純白の弓に矢を番える六実の横顔を見るスズカは、不思議ともう震えがない。むしろ、傍に居る事で安らぎすら感じていた。
峰雪の怪我を見ては、スズカは自分の頬を叩くと矢を番え、六実の横に並ぶ。
「おじさんは攻撃の届かなそうな後ろから足止めだけに専念して、みんな動き回って一緒に倒そう!」
少年ならではの単純さと純朴さで復活の気配を感じ取った峰雪は、「はいはい、おじさんがんばっちゃうよ」と笑みを浮かべ後ろへと回り込んでいた。
黒夜も僅かな笑みを作り、フォローできる距離を取りながらも回り込む。
スズカと六実の視線が合い、どちらからともなく頷くと、スズカは大きな声で学んだ魔法の言葉を叫ぶ。
「絶対に、大丈夫だよ!」
(前衛も回復もなしではやりあいたくはない相手だが、逆に言えばそろってさえいればさほど恐れるほどでもないかもな)
自分に応急手当てを続けながら、1人、帰り道を歩く恭弥。そして誰も見ていないところで頬をほんの少しだけ緩める。
「男爵どころじゃない、か。悪くない褒め言葉だ」
「なあスズカ。こんなに直情的で、撃退士として未熟で、そんな私が一方的にスズカの先輩だと名乗って……そんな資格が私にあっただろうか?」
里桜と六実からひたすら癒してもらっている日菜子は、アスファルトの上で座り込み、項垂れていた。そんな日菜子に声をかけるのは、峰雪だった。
「誰もがいつまで経っても未熟だと、僕は思うけどね。でも君のひたむきな姿が、スズカくんに悪くない影響を与えてきたんじゃないかな?」
「そうだよ。大丈夫、間違いなくおいらにいろいろ教えてくれた先輩だよ」
「……そうか。すまない」
「1つまた、成長できたね」
(そしてスズカくんもね。自分が傷つくのも怖いけど、仲間とか市民の人を守れず失う怖さもある――でも、弱い存在を、自分の持てる力で守ろうと、立ち向かう勇気が持てるといいね)
少しだけ力強さを感じさせるスズカに、目を細める峰雪。
やがて一息ついたあたりで、黒夜が思い出したようにスズカの顔を見た。
「……実は暇だったから報告書を見たんだが、おたくには先輩に教わったことがある。
実践したことも魔法の言葉も、無駄なことなんてないって思ったがな」
「そうだったんだよ、ね。おいらはせっかく色々教わってたのに、無駄にするところだったよ」
しんみりとしそうな気配の中、六実がコホンとわざとらしい咳払いをすると、扇の紋様が描かれたシンプルな握りの和弓をスズカの前に見せる。
「スズカちゃんの全快祝いと、ちょっと早いけどクリスマスプレゼントだよ。
彼と同じ名で驚いたけど、調べたら昔の日本で弓の名手として有名な人の名前らしいよ」
スズカはちょっとだけ驚いた顔をしたが、「ありがとう」と、六実の手を包み込むように握りしめ、笑顔を浮かべる。それには六実の方が驚いて顔を赤くはしたが、手をひっこめる事はしなかった。
依頼としては成功だった。
だが戦いの爪痕がはっきり刻まれ、それは怯えて暮らす人々の目にも止ってしまい、それにすら耐えきれなかった人達は結局、この街から去っていってしまい、時間差はあれど、結果は変わらずだった。
ただ、与一の胸の内を聞けたことは今後、きっと何かに影響を与えるのだろうと、里桜は1人、そう思っていたのであった――
【一矢】少年、克服す! 終