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マスター:楠原 日野
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/11/02


みんなの思い出



オープニング

【恋路十六夜】
 十六夜浮かぶ空の下、月明かりを受けてもなお、君は十六夜の色を映し出す。
 やがて朝露に濡れ、朝日に十六夜色の肌を晒すは山葡萄。酸っぱく、ほのかに甘くなれ――


 満月よりも少し優しい光を地上に落す、十六夜。
 地上では上下に揺れる花舞小枝の色をした、櫛の髪留め。
「ふむ……今日はここで一夜を明かすとしようか」
 それほど寂れた様子もないのに人気のない街を歩く、ブロンドで軍服姿の女性が比較的大きな建物の脇、坂道を下った所でぽっかりと口を開けている地下駐車場の出入り口を見上げて言った。それから、後ろを振り返る。
 上る時は躊躇いがちだった月も、今や堂々とその顔を見せていた。
 月へ手を伸ばし、人差し指と親指で輪を作るとそこから覗く。
「これで2度目の月か。この不毛な命の、唯一の癒しだな」
『ちょっと悪魔側の数が増えつつあるようでね。君がもう少し本気で間引いてくれると、崩れかけた均衡が盛り返せるんだけど』
 そんなお願いを受け、どこに潜み、どこに出るかわからないディアボロを狩るために放浪の日々を、もう長いこと続けている。
(どうせもう人のフリをして人前に出る事もできんのだろうし、時間潰しにはなるが……)
「つまらん日々だな」
 櫛に触り、この櫛を贈って来た主の顔を思い浮かべる。
 気に入らない相手だと思いながらも、口元に僅かな笑みが浮かんでいるのを彼女は知らない。
 そこへ吹き込んでくる風が彼女の髪を揺らし、そして地下駐車場に流れ込んで、地下駐車場に溜まっていた空気を押し出した。その途端、彼女の笑みは消え、険しい目を駐車場に向ける。
「血の臭いか」
 月明かりすら拒絶し、完全な暗闇に支配されている駐車場に目を凝らしながらも弓ではなく腰の剣を抜いて、ゆっくりと地下駐車場に踏み込む彼女――その目の前に、いきなり気配が現れた。
 風切り音に合わせ、咄嗟に剣で受けようとしたが、その鈍い風切り音と見えなくとも圧倒的な質量の気配を感じて、受けるのではなく流した彼女の足元でコンクリが砕け散った。
 多少の夜目が利く彼女の目にはコンクリにめり込む巨大な斧と、そしてそれを使う、小柄な赤い帽子の人影が確認された。だが形こそ人だが、気配は人のそれではないと、剣で薙ぐ――が、その姿が忽然と消えていた。
「撃退士が使う瞬間移動に近しいものか、超高速移動か……どちらにせよ、この駐車場内程度の距離は一瞬にして詰められるという訳だな」
 床に落ちた壊れたランタンを蹴飛ばし、遠のいた気配を追いかけようとしたが別の方向から来る気配に横へと逃げ、太い柱の影へと移動する。
 そしてそこに、震える人の気配。
 暗闇に目がだいぶ慣れてきた彼女は、その震える相手の顔に覚えがあった。
「フィアライトの息子、スズカか」




 ほんの数時間前、斡旋所の手伝いをしていた真宮寺涼子の前に、スズカが数人と共に顔を出していた。スズカもまだまだ戦闘初心者のようなものだが、スズカの周りにいたのは戦闘どころか今回が初依頼なのではというような顔ぶればかりである
 そして顔ぶれとスズカの手にある依頼書に、涼子は思わず眉をひそめてしまった。
「そのメンバーで行くのか?」
「うん、まあ。復帰後初めての依頼で、このくらいの依頼なら大丈夫かなって」
 一般人の退避が完了した都市で、住民が戻れるかどうかの安全確認。2、3日はかかる調査依頼だが、純粋な戦闘依頼と違い何か発見した場合は無理せず退治しなくともいい、というもの。
 確かに危険度は低めで、練度の低いメンバー構成でも問題ないものである。難易度も普通以下とされている。
「お前自身はもう『大丈夫』なのか?」
 戦闘の負傷により恐怖を抱いたスズカへ涼子がそう投げかけると、スズカは「大丈夫だよ」と言うだけであった。
 見た目からは確かに大丈夫そうではある――が。
「……緊急時の連絡用として、斡旋所の番号やらの登録もしてあるだろうが、ついでに私のも登録をしておけ。混乱した頭でどこに連絡していいのかわからない場合、まず私を思い浮かべるくらいには、頭に刷り込んでおくんだな」
 登録しておけと言いながら、涼子の手が霞み、スズカの懐からスマホを取り上げるとほぼ強制的に登録して、返す。文句を垂れるスズカだが、今回の仲間達がそろそろ行こうと声をかけてきたので、涼子への文句もそこそこに転移装置へ向かうのであった。
(大丈夫、か。口で言うには簡単だが、いざという時がどうかは別物だからな)
 ただの一般人に過ぎなかった涼子は最初、教育係であるアルテミシアによって死の淵を何度も垣間見せられた事で、無理に慣らされていった時の事を思い出して、頭を振った。
「何事もなければいいのだが」
 最近、東北の地でサーバントもディアボロも活発になりつつあることが気がかりな涼子は、窓の外へと目を向けるのであった。




「震えているのか……いまさらながらに死への恐怖を知って、動けなくなったか。もしくは血飛沫が舞う様子に臆したか。
 戦地でそれは、役立たずどころか足手まとい以外の何者でもないぞ。足を引っ張る者がいた方が慎重になり生存率が高くなるとはいうが、それは能力が不足している者というだけであって、ただのお荷物は戦地に必要ない」
 スズカへ厳しい言葉を投げつけ、そして敵への気配に感覚を研ぎ澄ませて身構えているが、追撃が来ない。
(ターゲットの位置が把握できない時は、不要に狙ってこないのか)
 この間に、駐車場内に目を巡らせ、地形と倒れている5人の人影を確認しておく。目が慣れてきたとはいえ、かなり濃い闇に倒れている人間の安否まではわからない。
 敵の影も見つからないのは、同じように柱の陰か柱に隠れているのだと推測できた。
「数も不明で、どこに隠れているかもわからんか……足も速く、ここから離脱するのも容易ではないな。私だけならまだともかく、スズカも連れてとなると厄介すぎる」
 すでに彼女の中では、スズカを助けると言う選択肢が自然と選ばれていたが、彼女自身、驚きもしない。
「連絡をするより他ないが、お前がその様では状況を正確に伝えられるかは怪しいな。携帯とやらを渡せ、私が状況を伝える」
 渡せと言っておきながら、涼子同様にスズカの懐に手を突っ込んでは携帯を取り出す。それでもスズカは山葡萄の色をした櫛を握って、震えているのであった。
 スマホを手にした彼女は意外と慣れた手つきでアドレスを開くと、どこに誰に連絡すべきか探っていると、涼子の名前を見つけてそこで指を止めた。
「真宮寺か。これは都合がいい――」



リプレイ本文

 目的地が近づくにつれ月の光すらも遮る建物が増え、あまりの暗さに天羽 伊都(jb2199)が溜め息交じりの言葉を吐く。
「暗視下の戦闘とは厄介だね……殲滅が優先との事だけど、救助者も放置は出来ない。嫌な敵だよ、全く……」
 黒夜(jb0668)が「生き残ってるヤツら、無事だといいが」と、抑揚のない声で少しばかり不吉な事を口走る。
(死んでいないなら、それで上等だとは思いますけどねえ)
 そうは思っても口には出さないエイルズレトラ マステリオ(ja2224)。
「無事という状況でもないでしょうし、急ぎましょう。
 ただ、おそらくは負傷者を救助して動きが制限されている所を狙ってくるでしょうから、そこは気をつけませんと」
 ソーラーランタンを手に先頭を走り、状況から推測する黒井 明斗(jb0525)の言葉に、新田 六実(jb6311)は薄暗くてもわかるほどに顔を蒼くして、キュッと唇を噛みしめる。
 六実の様子に気づいた高瀬 里桜(ja0394)がその肩に両手を置いて、少しだけ力を込めた。
「きっとスズカくんは大丈夫だよ、六実ちゃん」
「……うん」
 六実が小さくだが頷くと、里桜の手は六実の両肩を一度だけ叩いて、離れていった。
 聞いていた通りの建物を見つけ、地下駐車場に向かうための坂道を下っていく途中、六実の手に少しばかり弱々しい光が浮かび上がり、周囲を緩やかに照らし始める。
 両の瞳を金色に輝かせ、大鎧が黒く染まっていく伊都が「そうだ」と、なにか思いついたように口を開いた。
「どこかで防衛拠点をって話だけど、壁際――それもできればスズカ達に一番近い四隅がいいと思ったんだけど、どうかな」
「――と、僕も思いはしたんですけどね。ですが、動けない負傷者が一番まとまっている中央付近である方が、救助する時のリスクが減りそうなんですよねえ。四方八方から狙われるリスクも上がりますが、動けない者を優先しておくべきでしょう」
「少しスズカくん側に寄って壁まで光で照らせば、後ろからってのも気づけると思うの」
「あの、それと……壁、は無理だとしても、柱を背にすれば何とかなりませんか……?」
 それでも伊都は眉間に皺を寄せて「うーん」と唸っていた。その様子に肩をすくめるエイルズレトラの懐では、阻霊符が淡い光を放っていた。
「五体満足にもかかわらず戦場で怯えて動けないだけならば、そちらから来てもらうべきでしょう。僕は甘やかすつもりありませんので」
「あー……それもそうだね」
 伊都は納得する様子を見せたそのあと、「そうだよね」と小さく連呼し、何かに憤っているようにも見えた。
 駐車場の入口へと到着するなり、六実は大きく息を吸って、呼びかける。
「スズカちゃん! 助けに来たよ!」




 トワイライトの弱々しい光を手に六実が踏み込んだ瞬間、真っ先に動いたエイルズレトラが、六実に向けて縦に振り下ろされる巨斧を横からステッキで突きこんで軌道を逸らす。
 六実のすぐ横でコンクリが弾け飛び、六実が目を細めた時にはすでにレッドキャップがその場から消えていた。
(ふむ、先に敵を倒すようにですか……なるほど……)
 暗闇の中、音もなく一気に迷う事無く詰めてきたレッドキャップの厄介さに、出発前に言われていた事はこういう事かと納得していた。
「そこだろ」
 レッドキャップが離脱する前に、黒炎の刃を護符から浮かび上がらせ、遠ざかっていくレッドキャップのいる暗闇に向かってゴーグルをかけた黒夜が投げつける。
 黒く輝く三日月の刃が闇に閃き、光の届かぬ奥の柱付近で、パッと燃え広がり断末魔と共に消えていった。
「当たれば倒せる程度、みてーだ」
「つまり耐えて殴ればOKってことだね! 耐えるのは任せて!」
 里桜が自信満々に胸を反らす真正面にまた、忽然と姿を現すレッドキャップの前に明斗が躍り出る。
 浮いた盾が巨斧と明斗の間に割り込み、ほとんどの勢いを削ぎ落させると、明斗は斧を肩で受け止めていた。鈍い痛みが少しだけあったが、動くのに全く支障のない打撲程度であった。
 体勢の崩れたレッドキャップが引き返す前に、白銀の槍で明斗はその顔と呼べる部分を貫いていた。
「攻撃時は身をさらすもの、来るのがわかっていれば打つ手はいくらでもある」
「もっともな話だな。お荷物さえなければだが」
 明斗に賛同したのは聞き覚えのない声だったが、六実が少しだけ驚いた顔をしてみせたかと思うと、さらに驚きの表情を見せた。
「あ――スズカちゃん!」
「声が届くほど、冷静でもあるまい。先にするべき事をしたほうがいい」
 スズカの横のアルテミシアが冷たくも正論を述べるが、六実はそれどころではないとスズカに駆け寄り「スズカちゃん!?」と声をかけるが、固く閉じられた瞳は開かない。
「アルテミシアさん、ちょっとスズカくん担いで来てください!」
「ふむ……まあよかろう。そのかわり、露払いは任せたぞ」
 スズカを脇に抱えたアルテミシアが、後をついて走り出す。その横には常に六実がいて、スズカへと声をかけ続けていた。
「要救助者、はっけーん!」
 見た目か弱そうな里桜が負傷した新米撃退士を首に回し、両肩で担ぎあげると、やはりそこでもレッドキャップは狙っていた。
「やらせないから!」
 咄嗟で振りぬいた伊都の腕が、コンクリをも砕き並の撃退士を一撃で屠る巨斧を受け止め押し返し、すかさず直刀でむき出しとなっている腹を一刀両断にする。
 斧の一撃を受けた腕を振り、拳の感触を確かめる伊都だが「よし」と頷いていた。
 ――そんな伊都の目が、今にも事切れるのではないかという負傷者とスズカを交互に向けられ、そしてスズカに留まる。
「君は幸運だよ、怯える間があるんだから。他の人なんて怯える間も無く最期を迎える人なんてザラだからね。
 帰ったら天魔被害者と対面してみると良い。もしかしたら君は戦える様になるかもね」
 明るくお調子者な伊都ではあるはずだが、その言葉には確かな棘があり、憤りを感じさせる。厳しい言葉ではあるが、それが自分達の世界だとよくわかっているだけに、皆は何も言わない。
 目的となる中央よりやや左側の柱付近に六実がトワイライトで光源を設置すると、里桜が負傷者を柱に背を預けるように降ろす。その負傷者の横へアルテミシアもスズカを降ろした。
 すぐさま六実がスズカに呼びかけるも、たいした反応が返ってくることもなかった。
「お2人にはここの防衛と援護射撃をお願いしたいんですが、できますか?」
「構わんが、私はおおっぴらに手を貸すわけにもいかんので、ここへ襲ってくる奴らを振り払う程度のことはしてやろう。
 射撃については、そっちを頼れ」
 顎で指し示した先にはスズカがいるが、ありありと怯えているスズカを一瞥して、エイルズレトラは深い溜め息を吐いた。
「スズカ君、君を戦友と呼べる日はまだ遠そうですねえ。君はまだ五体満足でしょう」
 ステッキの先端をスズカの額に押し当て、顔をあげさせると、その目を真っ直ぐに見つめる。
「選びなさい。
 一般人として僕らに保護されるのか、撃退士として依頼を果たして学園に帰還するのか。
 戦場では、生を望む者は泣き喚いて死に、死に臨む者は戦い生き残る――マステリオ家に伝わる、ご先祖様の言葉です。戦場に居るのであれば、生を望むだけでは駄目です。死に臨む覚悟を持って生きなさい」
 クルリとステッキを回して肩に乗せ、身をひるがえすと、闇の中に駆け出していく。
 エイルズの後を追おうとした黒夜は足を止め、首だけを動かしてまだ震えているスズカに顔を向けた。
「……ウチは最初、死にたいから戦場に出てた――矛盾してるが、痛みを感じるのが怖かった。
 だがウチを庇うヤツらがいて、そいつらが傷つく方が怖くなった。ウチは紙防御だから庇われるのは珍しくねーが、それでも目の前で血飛沫舞うのは怖い」
 闇に顔を向き直し、ぽそりと「今でも怖い」とスズカに向けたのかわからないように呟く。
「……おたくがどうして震えてるかなんて、ウチには分からねーがな」
 そして黒夜はゴーグルをかけ直し、闇に消えるのであった。
「スズカちゃんっ、スズカちゃんっ!」
 膝立ちになってスズカの肩をゆすり、懸命に名前を呼び続ける六実だが、あまりの反応のなさに「しっかりして!」と堪らず、まだわずかな膨らみにスズカの横顔を押しつけるように抱きしめた。
 コンクリが砕かれる音や仲間の短い呻き声、そして断末魔が響く地下駐車場だが、それでもスズカに少し早まっている心音を聴かせ、まるでそこだけが静かになったようである。僅かずつだが、スズカの震えが収まっていく。
 そしてスズカの耳元に、そっと。
「大丈夫、大丈夫だよ。ボク達がついてる、だから落ち着いて……スズカちゃん、言ってたでしょ? あの人達に認められたいって。
 このままじゃ、認められるどころか見捨てられちゃうかもしれない。そんなのイヤでしょ? 頑張って……!」
 そこでようやくスズカは目を開け、弱々しく「だけど……」と漏らすと、周囲を警戒しながらも事の成り行きを見守っていた里桜がスッと手刀をかざす。
「撃退士が戦場でうじうじするなー!」
 スズカの脳天に、チョップが綺麗に振り下ろされた。
「撃退士っていうのは一般人からみたらヒーローなの! ヒーローがそんなうじうじしてたら、しょうがないでしょう!
 そりゃあスズカくんにだって、色々事情があるだろうけど、それは戦場にもちこまない! 反省するのも、凹むのも、ごちゃごちゃ考えるのは戦いが終わってから! 怖くたって歯食いしばって立ち上がる、どんなピンチも乗り越える、それがヒーローでしょうが!
 まずは目の前に倒れてる仲間を救う為に、全力になりなさい!」
 里桜の広げた両手からアウルの力こぼれ出て、それが周囲の仲間達に纏わりつく。
 レッドキャップが六実とスズカを狙って一直線に跳んできたが、その巨斧の根元を籠手の付いた細腕が受け止めた。
「厳しくも甘いな。お前らは」
「色々と、許せないだけですよっと!」
 アルテミシアの籠手で斧を受け止められたレッドキャップを、伊都が屠る。それからやっと少しは目に力が戻ったスズカを、金色に輝く目で見下ろした。
「学園にいる生徒はたくさんいるけど、それでも俺達の絶対数は少ない。天魔の脅威に曝されている人々からすれば、極めてね。
 君もその事を肝に銘じておくといいよ」
 震えの収まったスズカから六実が離れ、コンステレイションゴーグルの暗視を作動させるて立ち上がる。
「スズカちゃん、ボク行くね。まだ助けなきゃいけない人がいるから」
「僕がご同行しましょう」
 明斗が六実と共に、暗闇の中へと。
 伊都と、里桜と、アルテミシアに守られる中、スズカものろのろと立ち上がるおであった――


 一番近くで倒れていた2人はエイルズレトラと黒夜が拠点にすんなりと運べたが、比較的近いもう1人の負傷者の元へとたどり着くなり、左右から次々とレッドキャップが襲い掛かってくる。
 それでもランタンを床に置いてかわすエイルズレトラには、柱の影にもいないかと目を走らせるほどの余裕はあった。時折、引き返していくレッドキャップへ無数のトランプを投げつけ貼りつかせ手はその動きを止めたりもする。
 だがエイルズレトラの足が倒れていたレッドキャップに引っ掛かり、そこを運のいいレッドキャップが斧を振り下してきた。遅れたエイルズレトラは左肩から左太ももまでを切り裂かれてしまう。
「少しばかり当たっただけで、相当な深手にはなってしまいますか――ま、死にはしなかったんで問題はないのですが」
 その間に黒夜が負傷者を担ぎ上げた。
「待ってろエイルズ。近い奴だけ運んだら討伐開始するから」
 担ぎ上げて機動力の落ちた黒夜へもレッドキャップが襲ってきたが、エイルズレトラがばら撒いたトランプから手足が生え、トランプの兵団がレッドキャップにたかっていく。
 さらに狙ってくるレッドキャップへ霊符を向けようとしたが、霊符を構えた腕に斧の刃が食い込む。
「……ちっ」
 斬りおとされまいと力の方向に任せて腕を振りおろすが、それでも傷口はぱっくりと開いて血が次から次へと溢れ返っている。
 そこをもう一体が迫りくる――が、そのレッドキャップの頭部が、矢で射ぬかれた。拠点に目を向けると、スズカが弓を構えている姿が。
「スマン、フィアライト。助かった」


「急いでください、敵が狙ってますよ。皆さん、柱のすぐ近くにほぼいると思ってください!」
 生命探知で感じ取る事の出来た情報をハンズフリーのスマホを通して叫ぶ明斗は、負傷者を担ぎ上げる六実の側でレッドキャップの攻撃をしのいでいた。
(位置さえわかれば来る方向は絞れますが――まとまってこない現状では、範囲でまとめてというのは無理そうですね)
 所々に設置されたトワイライトでできあがった光の道を引き返していく六実。それを狙うレッドキャップへは六実の周囲に浮かび上がった無数の手が縛り上げ、それを明斗が槍で突き刺す。
 その直後を狙ってやってきたレッドキャップの斧が六実を襲い、盾で受け止めた六実だがその威力に押され、盾ごと地面に叩きつけられてしまう。
「あう……!」
「やはり数が多い……すみません、大丈夫ですか」
 機を失いかけたが、六実が明斗から差し出された手を掴むと、温かな光が流れ込んで痛みが和らいでいく。
「大丈夫です、助かりました」
 そして拠点に負傷者が全員運び込まれ、里桜の周囲に優しい風がふわりと漂うと、怪我をした者達の怪我が癒えていく。血が止まるなりエイルズレトラと黒夜は残敵の掃討に向かっていった。
 救助者がいなくなり、後はただ倒すだけとなると、もはや負ける要素など何一つないのであった――




 安全が確保されただろうと言う頃合いに、アルテミシアは「それではな」と言って立ち去ってしまった。スズカへとくに何も言わずに。
 スズカはというと、傷ついた六実へ「ゴメン」と繰り返すばかりである。結局、黒夜のために射た一矢以外、何もできずにいたスズカ。その恐怖心がぬぐえていないのは、明白だった。
「ウチを救えて、役に立った。それだけでいいんじゃねーか」
「そうだよスズカちゃん。時間をかけて乗り越えていこ!」
(――なんて悠長なことは言っていられないんでしょうけどねえ)
 六実のかけた言葉に、エイルズレトラが内心で溜め息を吐いていた。
 負傷していた撃退士達が目を覚ますと、真っ先に伊都が「もう大丈夫だよ」と安心させる。スズカの様にならず、これからも戦い続ける事を願っての声かけだった。
 命に別状がなくて安堵した里桜がホッと胸をなでおろし、そして何とか立ち上がって弓を射るまではできたスズカへちろりと目を向け、それから十六夜を仰ぐ。
(あの子は私を最後まで信じ続けてくれた。だから私はヒーローであり続けるよ)




【一矢】少年、克服す?  終


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:6人

『三界』討伐紫・
高瀬 里桜(ja0394)

大学部4年1組 女 アストラルヴァンガード
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
鉄壁の守護者達・
黒井 明斗(jb0525)

高等部3年1組 男 アストラルヴァンガード
撃退士・
黒夜(jb0668)

高等部1年1組 女 ナイトウォーカー
黒焔の牙爪・
天羽 伊都(jb2199)

大学部1年128組 男 ルインズブレイド
Survived・
新田 六実(jb6311)

高等部3年1組 女 アストラルヴァンガード