(久々の依頼が東北とはね……)
行く先を眺めていた田村 ケイ(
ja0582)が理子達に向き直った。
「力不足かもしれないけど、よろしく。綺麗な音色のオカリナ、楽しみにしているわ」
「はい、よろしくお願いします。新入生歓迎だけでなく、みんなにも楽しんでもらえるようなら、嬉しいです」
「新歓か……後輩を出迎えるためにも、少々頑張らねばな。聞く限り、聞いていたほど簡単な仕事ではないようだが、大丈夫か」
アルドラ=ヴァルキリー(
jb7894)が目を薄く閉じ、横長になった瞳でマグノリア=アンヴァー(
jc0740)を見据える。
「ええ、大丈夫ですわ。ワタクシの力をもってすれば、たやすきことですの」
「ふむ……まあいい」
何か言いたげだったアルドラだがそれ以上は何も言わず、かわりに神谷春樹(
jb7335)へと視線を移す。
「こちらは即刻終わらせる。それまではよろしく頼むぞ」
「まかせて。皆が頑張るんだから、僕だって頑張らないと」
「私も頑張るとしようか。大規模作戦を除けば、久々の戦闘だ。既知の相手とはいえ、油断しないようにしなければな」
盾を手にして、久しぶりに男子制服に袖を通し、髪も後ろで1本に束ねているアルジェ(
jb3603)に、理子は少し驚いた顔をしていた。
「アルジェちゃん、男の子みたい」
「ん? ……ああ、男子制服の方が動きやすくてな。アルの防御方法はパリィと言って、攻撃を受け止めるのではなく、受け流して回避するものでな。動きやすい服装は必要だが――あまり大きな盾は必要ないんだ。
それに足を使った機動戦闘をよく使うので、大きな盾は邪魔になる。もともと専攻はルインズだしな」
「理子さんにはまだ難しいことかもしれないが、覚える気があればそのうち自然と覚えるさ」
アルジェの説明に君田 夢野(
ja0561)が口を挟むと、アルジェは夢野に人差し指を向けてその身体をつついた。
「今日はゆめのんバリアがあるから、存分に頼るといい」
「いや――確かに危ない場に出ることは心配だが、今日は理子さん自身で臨んだことだ。俺は遠ざけるのではなく、力を貸す方に回るつもりさ」
(まあ本当にヤバくなれば、全力で護りきるまでだ)
くるりと背を向ける夢野。皆の生暖かい視線にくすぐったさを感じて、目を閉じてしまう。
「さあ、行こうか」
「いいか、理子さん。撃退士の戦い方ってのは力と力じゃない、力に対して知恵で戦っていくんだ。敵の強さは時に弱さを覆い隠し、俺達はそれを暴く為に奇計を尽くす。
例えば――こう!」
正面には1匹ずつと聞いていたはずの燈狼が2匹。その足元の草地を、夢野が撒いたペンキが濡らした。
草をかき分け、2匹の燈狼が向かってくるが、かたや脚がペンキに染まり、かたやペンキが付着しない。
「理子さんの先輩たちが見つけ出した、常套手段だ。こうしてしまえば本体と幻影の区別は容易い。それと、こんなのもある」
夢野を中心にまばゆい光が広がり、やや薄暗い森の中、木々たちの影を生み出す。そしてそれは燈狼の影も同じように生み出すが、やはり1匹だけにしか影はない。
「ヤバくなったら回復を飛ばす。まずは理子さんなりの戦い方を見せてくれ」
夢野の練り上げたアウルが理子の身体を包み込み、それが理子を護る力へと変わる。
「はい、センセイ」
まだいざという時はセンセイと言ってしまう理子だが、夢野がいるとは言え、初戦闘。さすがに今は言い直すだけのゆとりがないのか、細身の剣を振り上げて、燈狼へと向かっていく。
(たどたどしくて危なっかしくはあるが……彼女の望みとあらば、甘やかすのではなくてそれを護るために全力を尽くだけだ)
理子の攻撃はやはり空振りに終わり、牙が襲い掛かる――が、夢野のかき鳴らしたギターの音色が衝撃波となって牙と理子の間に割り込み、燈狼が怯んで距離を取った。
(来る前、しこたま練習した甲斐があったな……)
理子の横から幻影が襲い掛かるが、それは夢野の音色によってかき消され、一歩踏み出す理子が下に構えた剣を斜めに振り上げる。
反応した燈狼がかいくぐるように身を沈めるが、途中で止めた剣の軌道が振り下ろしに変化して燈狼の頭部を叩き斬るのであった。
「――ごめんなさい」
物言わぬサーバントに謝る理子の背を見る、夢野。
(性に向かないが、センスの方は案外あるのかもしれないな。まあそれでも音楽で抜かれはしても、まだまだ撃退士としてはセンセイでいられるか)
「ともあれ、よくやった。この調子で行こうか、理子さん」
「――シッ!」
唇に指を当て、ケイが手をつきだして優一と春樹の足を止めた。その直後、進路から少し逸れた茂みの中でじっと身を潜める。
それなりに長い時間待ち続け、ようやく森の中を歩くそいつの姿を視認できた。
「……2体、いますね」
「どうします、白萩さん」
「もう戦っている間にもう1体来られたら、厄介すぎる――ここはやり過ごそう。1体の時だけ狙って、2体同時はどうしてもって時だけだね」
そして3人はまだしばらく、身を潜めるのであった――
「先制はいただきますのよ!」
銀の紋を持つ黒い弓でマグノリアが放った矢は、影でできた猛禽となって白乙女に刺さる。
(様にはなっているようだな)
マグノリアを横目で見つつ、アルドラの姿が森の闇に消えていった。
「今日はアルが壁役をするから、攻撃は修平……よろしく」
前に出たアルジェが翼を広げわざわざ低く飛ぶと白乙女達と肉薄し、フレイルの一撃を脚甲で蹴りつけ横に流し、別方向からくるフレイルを盾で受け止めきらずに腕ごと盾で振り払う。
だが、次々とフレイルは襲い掛かってくる。
「む、流石に集めすぎたか、これはなかなか骨が折れる……!」
修平の撃った弾が白乙女の肩に当たり、一拍遅れたフレイルは頭を後ろにそらしてやり過ごした。
しかし盾を持っていた腕に衝撃と、痺れるような痛みが走る。衝撃に身を任せ身体を回転させたアルジェは、腕にフレイルを当てた白乙女の側頭部を蹴りつけると、踏み台にして横に跳んだ。
「こちらも予定が入っているのだ、すまんが大人しく沈んでおけ」
アルドラの声が、盛大な火花となって荒れ狂う。
弾け、悪魔の力を示す様に黒く燃え盛る火花の嵐が白乙女達を包みこんでいくと、炎の中に倒れていく白乙女が3体――身体を燻ぶらせながらも、1体がアルドラに突っ込んでいく。
「そこまで見られていては潜む事もできん」
木々の間を駆けるアルドラを執拗に追い続ける白乙女。さらにアルドラとの距離を詰めようとする。
が。
「そっちには行かせない、『塔』!」
アルジェの手から放たれたタロットが塔を形作り、それが白乙女達の前を通過する。その瞬きのような一瞬で、すでにアルドラは闇に溶け込んでいた。
アルドラを見失った白乙女の足が止まったその直後、氷の錐が1体の腹部を鎧ごと貫く。
「ワタクシの一撃、受けきれまして?」
ニタリと笑うマグノリアの言葉は、氷の錐に貫かれた白乙女の耳にもう届く事はなかった。
あと1体――そう思って周囲に目を配った修平だったが。
「修平! 後ろだ!」
アルジェの鋭い声。振り向いた修平にフレイルが迫っていた。
だがそれが届くよりも一瞬だけ早く、アルジェは修平へ身体ごとぶつかり、修平はフレイルから逃れる事ができた。しかし代わりにアルジェのネクタイが千切れ、ボタンが弾け飛ぶ。
修平がアルジェを引き寄せると、はだけた胸を隠すように顔へ抱きつかれ、よろめきながらも不安定な体勢で修平は狙いもろくに定めず渾身の力を込めた一撃を、白乙女に向けて撃っていた。
「ふむ、思ったより楽に仕留めることができたな。中本――とアルジェよ、あとは任せる。材料を確保した後に戻るがいい」
今の一撃で白乙女が動かなくなったのを確認するなり、アルドラは方向を変えた。
「マグノリア、ついて来い」
(よく狙って、と)
ログジエルを構えたまま、茂みから抜け出す春樹。遅れてやってきた1体のテュポンに気付かれる前に走り寄り、届く距離で発砲する。
銃口からは炎の槍が放たれ、それがテュポンの目と思わしき付近に当たった。
短い尻尾を振り回して木々をなぎ倒すテュポンだが、わざわざ当たってやる必要はないと春樹はそのステップで避難する。目の周りで燃え盛る炎が視界を妨げ、春樹の姿を全く追えていない。
「自然現象の炎は効かなくても、それだけチラチラしてたら見えにくいよね」
そして木々の間から発射された弾がテュポンの巨体を支えるその脚に当たり、肉が爛れる異臭を放つ白い煙を燻ぶらせる。木の陰から腕と銃だけを突き出したケイが再び、木にその身を隠す。
「今のうちにたたみ掛けましょうか」
「そうだ、ね!」
木々を駆けあがっていく優一が空中で一回転し、テュポンの頭部へ突き刺すような蹴りを放ち、屈服させるかのように顎を地面へと叩きつけさせる。
その隙に春樹がまた駆け出すと、距離を詰めて白狼の彫られた鞘から刀を抜き、鋭い踏み込みと共に燻ぶる足へと突き立てた。
再び上がる雄叫び――春樹と優一がステップで距離を取ろうとするが、テュポンの身体から木の木端などが勢いよく撒き散らされる。
木を背にしていたケイは、背中の後ろで感じる衝撃のリズムに合わせ、タイミングよく腕を突き出して春樹に向かって飛んでいく木端を撃ちぬき軌道を変えさせる。
だがそれでもまだ繰り返される攻撃はとうとう、下がりながら避けていた春樹の肩や脚へ石が直撃した。
「くっ……まだ回避のリズムが覚えきれないかな」
距離が近いためより一層タイミングはシビアだが、飛来するリズムを読みながらも春樹は避け続ける。
攻撃が止んだと思ったその次の瞬間、地面に顎を乗せたままテュポンは大口を開けた。
またなにかしらの攻撃かと春樹が身構えたその横を銃弾が通過して、口の中に吸い込まれる。今度こそ悲鳴のような雄叫びを天に向けて上げる。
「そうはさせないわ……己の体内で爆発させててちょうだいな?」
口を開ける瞬間を狙っていたケイ――ただ、狙っていたような誘爆がなかった事に少し、肩をすかされた気分になった。だがそんなことよりと、癒しのアウルを練り上げ生成した銃弾を銃に込めて春樹を撃つ。
春樹は肩と脚の痛みが消えていくのを感じ取り、ケイに目を配り「ありがとうございます」と一言告げて、優一の蹴りでのけ反ったテュポンに再び肉薄すると、そのむき出しとなった腹へ深々と刀を突き立てた。
そして刃を抜いて下がると同時に、手を突き出した。
「これで倒れてくださいよ」
手や腕から黒い、三日月のような無数の刃が浮かび上がり、それが次々とテュポンの身体を切り刻んでいく。
テュポンがのたうちまわり、弱々しい雄叫びを上げ――それきり動かなくなった。
「恐竜みたいな外見してるし、お腹と口の中は柔いのかしらね」
カタが付くと木の陰から姿を現すケイが、しげしげとテュポンの死骸を眺め、それから自分が盾にしていた木を見ると、木に木が突き刺さっていた。
「当たる物によっては、結構痛そう」
「そうですね。幸い、僕は石だけでしたが、それでも結構な衝撃でした……でもリズムをだいぶ覚えましたし、結構大雑把な攻撃ですから、次はもう少しうまくかわしますよ」
「その『次』がお出ましのようよ――それも2体まとめて、ね」
言われるや否や、駆け出す春樹。ケイも再び木から木へと渡り歩くようにして姿を見せたテュポン2体へと距離を詰める。
まず春樹はログジエルで炎の槍をテュポンの目に撃ちこみ、2体ともの視界を妨げると、日本刀を抜き放つ。ケイが撃った腐敗の弾丸によって白煙が燻ぶる脚の関節をいつもほどの精密さはないが狙って、全力で刃を突き立てた。
「大きい体は関節に負担がかかるんだよ」
刃を突き立てられるとそこから崩れ落ちるように地面へと、その巨体が沈んでいった。
「神谷君、気をつけて。後ろの奴が飛ばしてくるわよ」
ケイの警告で身構えた春樹――そこに「待たせたな」と一言。目の前で2体のテュポンが火花に包まれ、大爆発する。
「デカければいいと思ったか、馬鹿者が」
「ワタクシが来ましたわ! もう安心なさって!」
やや息を切らせつつもマグノリアが弓に矢を番え、参上――その脇から出現したアルドラが、テュポンには見つからないよう影へと移動しながらも、口元に笑みを作っていた。
「ふ……まあまあ似合っているではないか。さあとっとと終わらせてしまおうか」
「そうね、終わらせましょう」
そしてケイは銃口をピタリとテュポンに向けるのであった――
予想以上の早さで人数がそろった事で、テュポンとの決着はあっさりとつき、優一に案内されるがまま、粘土の採取ポイントへと到着した。
「これが、綺麗な音色を生み出すわけね」
「新入生が喜んでくれるといいな」
ケイと春樹が粘土に触れている間、優一はアルドラへ「君のおかげで一気にカタがついたよ」と労いの言葉をかけていた。
そしてアルドラはというと、マグノリアへ値踏みするような鋭い視線を投げかける。だがふっと、緊張した面持ちのマグノリアへ笑みを向けた。
「成長したな。認めよう……証、と言っては変かもしれんが、その弓をくれてやろう。わが友よ」
修平の上着を借りたアルジェは、黙って修平の後をついて行く。
(修平の耳がなぜか赤いな。そういえば、恥じらい……だったか? 試してみるか)
「こ、ここらへんに粘土取れそうな所があるは――」
ずと続ける前に、水に落ちる音でかき消された。
「傷の痛みで、うっかり落ちてしまったな。帰り際、田村あたりにでも癒してもらおう」
驚きふり返った修平の目には、小川に落ちたアルジェ――と、うっすらと透ける修平の上着。
アルジェが視線で気が付いたように、胸の前で腕を交差して隠す。だが試してみたアルジェ自身も、視線に頬が熱くなるのを自覚していた。
沢を揺らす秋の到来を告げる涼しい風だけでは、2人の熱を冷ますのに時間がかかりそうであった。
「理子さん、これくらいあればいいか?」
沢で顔を洗う理子へ、採取舌粘土の袋を見せる夢野。
「大丈夫ですね――あの、ところで……夢野、さん。えっと……2人きり、ですね」
いまさらながらに、頬を染める理子。あまり上手くはない夢野のライトヒールで理子の傷は消え、かわりに制服に残った傷跡から白い肌が見える。
しばらく2人の間に流れる、水の音――生唾を飲み込む夢野は振り返り、やや上ずった声で「さあ、帰ろうか」と言うだけが精一杯だったという。
理子は何か言いたげだったが、ほんの小さな溜め息でそれを流し、静かになった山を見回した。
「みなさん、ありがとうございます」
【新歓】君だけの音色 終