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マスター:楠原 日野
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/08/22


みんなの思い出



オープニング

【咲染小藤】
 ほころびは夏が近いと告げる、薄い紫
 それは、変化の兆しかもしれない


「そろそろさ、目障りだと思わないかい。シア」
「急に呼び出したかと思えば、そんなことを言うためか」
 大天使アルテミシアは毅然とした態度のまま、くだらないという意味合いが強く感じられるあからさまなため息をついた。
 目の前には金髪の、少年のようだが異質な気配を漂わせる存在がいるにも拘わらず。
「多少の距離があるし悪魔達の目的がなんなのかもわからないけれども、僕の近くに集まりつつあるっていうのはさ、それだけで許し難いものだと思うんだ」
 相変わらず我儘だな――さすがにそれは口にしない。紛れもなく相手は自分よりも高位であるからには、少しばかりでも顔を立てるだけの配慮は持ち合わせていた。
 それに、近いと言っても同じ東北にいるという程度でしかないし、集まりつつあると言うのも大部隊がきているという話は聞かないからには少数なのだろうと考えると――
「小心者と呼ぶべきか」
「相変わらずシアはハッキリ言うね」
「これでも多少は抑えているがな」
 笑う少年の横で腰ぎんちゃくが睨んでくるが、アルテミシアは全く怯む様子を見せない。
「それで、私でどうにかしろと言う話ならば、言われるまでもないと先に言っておくが」
「ああいや、目障りだけど実際、そいつらがここに来たところで僕をどうにかできるわけがないから、今はいいんだ。
 でもね、最近気になるのは石ころ――いや、撃退士とか呼ばれている人類とさ、仲がよかったりするみたいじゃないか。君含めてね」
 そういう話か……アルテミシアが大きくため息を吐いた。
 深く関わりすぎたため情に流されたダルドフや、人としての感情を全く損なわず、限りなく人類に近い使徒の2人までもが人類に寝返った。
 そのうちダルドフとの縁はわりかし深く、ダルドフに体術の訓練は受けていたがまるっきり素人だった真宮寺 涼子に戦闘のノウハウや感情のコントロールやらを教え込んだのはアルテミシアだった。
 つまり――
「私まで寝返るのではないかと危惧している、ということだな」
 少年が笑いながら「ご名答」と手を叩くが、アルテミシアはまさしくつまらない冗談だと言わんばかりに冷たい視線を投げつけた。
「必要とあらば、人と戦う事もあるし、時には共に戦う事もあるかもしれんが、私は我らが王の為に動き、王の為に死ぬ覚悟もある。王を裏切ることなど、絶対にありはしない」
 はっきりと力強く伝え、そして「ただ――」と続けた。
「王の為にならぬと判断した場合、天界の者といえど私は容赦なく弓を引く。たとえそれがお前であってもだ」
「肝に銘じておくよ」
 アルテミシアに射すくめられても、少年はフフと笑い肩をすくめ、用はもうないと言わんばかりに背を向け、腰巾着がしばらくアルテミシアを睨んでいたものの、少年が歩み出すと、すぐにその後を追いかける。
 唐突に話を打ち切られたアルテミシアは少年と腰巾着の背に冷ややかな視線を向けていたが、やがて踵を返すのであった。

(なにか命じてくるかとも思ったのだが、何もないと言うのも不気味な話だな。埼玉の件で蚊帳の外扱いばかりか、実質囮に使われた事の八つ当たりでもしてくるかと思ったのだが……)
 自室で釈然としない顔をしたアルテミシアの前で、端末がファンとHDを回し始めていた。その横に色違いの櫛が置かれているが、いくつかの櫛は細かな傷があったりするも、半数以上が新品同様であった。
 そっと、今、身につけている櫛に手を触れる。
「つい、これを使ってしまうのだよな……まあいい。いつか使うだろうし、今月の新色を購入しておこう」
 ネットショッピングを利用するというのは相当人間くさいが、人類の情報を手に入れる手段として涼子に教わって以来、その利便性にお世話になりっぱなしだった。
 しかし、速報を見た瞬間、立ち上がっていた。
「ヤツめ……」
 よく見知った街中で暴れる2色の戦乙女と、交戦中の撃退士の生中継――その中にスズカの顔も見つけてしまった。
 知らず知らず足早に部屋を出るのだが、歩きながらもどうするという事ばかり考えている。
(無駄な人類駆逐と破壊活動など、ベリンガム様が望んでいるはずもないというのに……)
 考えれば考えるほど眉間のシワは深まり、ギリィッと歯ぎしりをする。
(止めに入ろうにもサファイアとプラチナは私のヴァルキュリアを真似てアレが作っただけに、アレの命を何よりも優先するヴァルキュリア……私の命で止まるとは思えんし、私が直接手を下せばきっとアレは私が人類に寝返っただなんだとほざく。
 それに私があそこに行けば、私がけしかけたものと思われて撃退士と戦う羽目にもなりかねん。そうなれば戦わなければいけないし、戦わないために説明のひとつでも入れれば、それこそ寝返ったと言ってアレは私を嬉々として処罰しようとする)
「本当に、気に入らんヤツだ……!」
 弓を手に取り腰に剣を差して、そのついでに撃退士からほとんど無理に貸し出された傘も腰に差すアルテミシアであった。


「なんで今まで襲ってこなかったのに、いきなり町を襲ってくるんだよう!」
 蒼い戦乙女へ矢を放つが、これまでの敵とはまるで比べ物にならない回避を見せつけられていた。
 それでも1人ではなく仲間達と一緒だから、何とか太刀打ちできている。すでに3体は倒して、残るは蒼が4体と白金――嫌な予感を覚えたスズカはほんの一瞬の躊躇を見せたが、悪魔の翼を広げ空を飛ぶ。
 その直後、アスファルトから突き出てきた錐の様な枝がスズカの足先をかすめた。
(あっぶな〜……飛ぶのが遅れたら、当たってたや)
 自分の翼が今でも嫌いである――が、好ましく思う悪魔と出会えた事と、その想いを人に肯定してもらえたおかげか、昔ほど悪魔である部分については嫌ではなくなっていたから、それほどためらう事もなかったのだ。
 そんなスズカの弓の肩に近い方側に、矢が突き刺さる。
 驚いたスズカが顔をあげると、建物の上から矢を構えて見下ろすアルテミシアの姿だった。
「なんで……!?」
 青ざめ、口を半開きにしてアルテミシアを見上げるが、その目が自分ではなくヴァルキュリア達を睨み付けているのに気付けたスズカは、さらに弓に刺さった矢尻に、何か書いてあるのに気付いた。
「私と戦いつつ戦乙女を直線に並べろ……?」
 短い文章で、何を伝えたいのかはよくわからない――けど、彼女の言葉を信じてみたかった。
(と言ってもおいらじゃあの人と戦うのも無理だし、アイツラを並べるのも無理だから……)
 力に見合ったできる事をする――自分の役割は決まった。
 矢尻の文字をスマホで撮影し、一斉送信。これだけでみんなが信じて行動してくれるとはさすがに思えないが、それでも自分よりは判断に優れているはずだと、アルテミシアと同様に仲間も信じていた。
 あとは、戦域が広がる可能性が出てきた以上これをしなくてはいけないと、スズカは後ろへと飛んでいく。
「ゴメンみんな! おいら、遠巻きにまだいる人達を避難させてくる!」


リプレイ本文

●選んだ行動は

 メールが届いたのに気づいた新田 六実(jb6311)はこんな状況でメールを確認する暇なんて……と普段なら思うところである、が。
(今、見てほしいって事だよね、スズカちゃんっ)
 空メールに添付された画像を見るなり一度だけ目をぱちくりとさせると、降りてきたアルテミシアへ一瞬だけ目を向けた。
(こっそり手伝ってくれるのかな?)
 自信なさげに首を傾けるが、そんな風にしか思えない。
「スズカちゃんっ、そっちはお願いねっ」
 スズカが腕を上げて応えてくれたのが妙に嬉しく、六実は力が沸いてくる感触を覚えた。
 そして握った拳を突き出し開くと、その手から無数の蝶が突風に流される木の葉の如く舞い、白金乙女を取り囲む。取り囲まれた白金乙女の頭部がゆらゆらと揺れ始め、攻撃の手が少し緩くなる。
「誰ですかまったくもう、戦闘中にメールを送ってくるのは!」
 白金乙女の手が緩くなったからというわけではないが、上体をそらしながら、エイルズレトラ マステリオ(ja2224)は携帯を開いていた。顔のすぐ前を細身の刀身が通り過ぎ去ったが、気にせずメールの画像に目を通す。
 直後、顔めがけてもう一度、蒼乙女のレイピアが襲い掛かる――しかし姿が一瞬にして消えた。
 エイルズレトラの姿を見失った蒼乙女だが、後ろから伸びるケーンの切っ先に合わせて反対の方向へとステップを踏む。
「まあ、きっとそういうことなんでしょうねえ。すみませんが、貴女方のお相手をしていられなくなりそうです」
 蒼乙女の背後で携帯を閉じたエイルズレトラはそう言うなり、アルテミシアに向けて走り出していた。
 そしてアルテミシアの降りた先に一番近かったのは、亀山 淳紅(ja2261)だった。
「あぁ、今回は貴女も敵なんですね」
 言い訳も返答もない。
 あるのはただ矢を番えて、こちらに向けているという事実だけ。
 ゆったりと放たれた矢を、視認してから避ける。
「ちょっと自分の方は貴女の相手をするだけの余裕はないので、エイルズ君と交代します」
 彼女の記憶から読み取ろうかとも思ったが、さすがに額に触れるほど近づく気にはなれなかったし、読み取れるほど彼女が弱い者ではないないなと、淳紅は後ろへ下がった。
 向けられた矢が放たれる――と同時に、淳紅は地面に手を置いてしゃがむ。
 狙いはこれまでよりさらに雑だが、地面から突き出た枝のような錐がアルテミシアの矢を防ぐ盾となり、淳紅の真下からも突き出るはずだったが、淳紅の手の表面に少し刺さった程度で、淳紅の魔力に押されてそれ以上傷がつかなかった。
(あのクソガキに比べたら、可愛いもんやな――それよりも、さっきのサファイアの回避行動はもしかして……)
 手の平の傷を舐め、着信したメールは見なくとも敵の動向を色々と観察をしている淳紅。
 その淳紅へ向かおうとする蒼乙女に、川内 日菜子(jb7813)が行かせまいと拳を振るった。
 だが拳が当たる前に、ステップで一歩下がられてしまう。オマケに、肩口にまできっちりとお土産まで。
「やはり、そうそう当たってはくれないか――しかしだからといって、貴様らの好きにさせるつもりもない」
 肩を押さえながらも、日菜子の鋭い眼光が蒼乙女を射抜く。
 その威圧感は向けられた者にしかわからないだろうが、鬱陶しいほどめまぐるしく動く蒼乙女の足が、止まっていた。
 これでもまだ余裕というほどではないが、気にはなっていたメールを確認する暇ができたと、高瀬 里桜(ja0394)と不破 怠惰(jb2507)が2人同時にメールを開く。
 里桜は首を捻るが、怠惰は「おやおや」と、楽しそうとも嬉しそうともつかない声をあげていた。
「シア君が頼みごとなんて、珍しいじゃないか。彼女が言うなら、これはぜひに並べてみたいんだよ」
「信じる?」
 首をかくりと曲げる里桜。
 怠惰は両手を広げ、肩をすくめた。
「もちろんだとも。力ある攻撃じゃないし、本気で殺しに来てはいないんだろう。
 それに、どうやら私の傘を返しに来てくれたみたいだ。これから殺す相手に、返す傘はないだろうから」
「そっか! じゃあ私だって信じるよ! いい人って聞いてるしね!」
(ダメだったらその時考えればいいし!)
 手をあげて元気に答える里桜の身体にアウルが纏わりつき、それが鎧を形成する。
 アルテミシアに少しばかり注意を向けるが、それ以上気にする事はなく、白金乙女と蒼乙女のみに意識を向けて前に進み、蒼乙女の攻撃を積極的に受けに行くのだった
 そしてこの僅かな隙に、日菜子もメール画像に一瞬だけ目を通すと、目前の足が地面に張りついたように動かないでいる蒼乙女へ、中段正拳突きを突き入れる。
 上半身の動きだけででも回避しようとする蒼乙女だが、ぶれようのない腹部へと右拳は突き刺さっていた。あまり大きくない鈍い音だけが響くが、それは無駄なく拳に力が伝わった証明でもあった。
 前のめりに吹っ飛ぶと後ろへ転がり、動かなくなる。
 それから目に焼き付けたメールの内容を、頭で理解した。
(戦いつつ戦乙女を一直線に並べろ……? どういうつもりだ?)
 アルテミシアを睨み付けるも、エイルズレトラのかわした矢がこちらに向かってきている。
 手で払おうと右の手刀を構えた途端、その矢は地面に刺さるわけでもなく、地面に対して平行に、吸い込まれるように落下した。まるで、当たらないように配慮されたようにも見えた。
 先ほどからエイルズレトラとの一騎打ちを演じている――が。
(力をセーブしているのか? 敵相手に遊ぶような性格ではない筈……ここで倒すのは不本意というコトなのか)
 そこにレイピアの鋭い一撃が飛んできたが、とっさに左腕を盾にして受け止める。剣先は腕の肉と肉の間を通り抜け貫通する。
「日菜子さん!」
 後ろで六実が叫び、放たれた矢が蒼乙女の足元を射抜いてそれ以上前に踏み込ませなかった。
 日菜子は腕に力を込め引くと、蒼乙女を至近距離から睨み付け、足が動かなくなった蒼乙女の手首を右手でつかむと、背負い、地面に叩きつける。そしてその顔めがけて拳を落す。
 腕に突き刺さったままのレイピアを引き抜き、地面に放り投げ捨てる。傷跡から血が流れ腕を伝い、地面に小さな血の溜まりを作るが、日菜子は左拳を握りしめて感覚を確かめながら思い出す。
(それならあのメールも合点が行く……確か、大天使ともなると個人だけの正しさを貫くわけにはいかん、だったか。
 もし彼奴が天界の意志で動くサーバントを『誤って』射抜いたとしたら……)
「もしの話だ、アテにはしないでおくべきだな」
 だがそれでもと、拳を握り直して白金乙女へ向けて駆け出す日菜子であった。

「どーんとこい!」
 息巻く里桜が楕円形の盾でレイピアを捌いていく。
 軌道の逸れた剣先が足や腕を掠めはするが、そんなくらいは気にしない。気にしている事と言えば、アルテミシアからの流れ弾と、白金の範囲に入らない事、それにそろそろ糖分不足なくらいである。
(でも、まだがんばるところなんだから!)
「1匹と呼ぶべきかな? 私が貰うよ」
 禍々しい直剣を振りかざした怠惰が蒼乙女に斬りかかっていくが、やはり。
「やあやあ、全く当たりそうにもないね」
 前に進みながら何度か振っても、振った方向に合わせてステップする蒼乙女。逆に、踏み込んできた蒼乙女のレイピアが怠惰の脚を貫いた。
 腕の動きは見ていたし、攻撃の瞬間はわかったが、身体が追い付いていない。
 何の変哲もないレイピアの一刺しだが、何かに蝕まれるような感触に身体が拒絶を示し、よろけて倒れそうになってしまう。だがその背中に手が触れ、そこからじんわりと優しい温かみが広がる。
「危なくなったら私に任せて!」
「それは頼もしい限りだよ」
 帽子のつばに手を添えて、上下に動かす事で里桜に感謝の意を伝えていると、そこにまたも蒼乙女が踏み込んできた。
 しかしこの踏み込もまた、足元に突き刺さった矢によって阻止される。
「これくらいしかできないけど……!」
 日菜子の時と同じように、少し離れたところで弓を構えた六実が蒼乙女を強い決意のまなざしで見つめている。当てられるとほとんど思っていないだけに、自分の役割をはっきり決めていた。
 スズカが自分のできる事を、決めたように。
(みんなのサポートをするんだ……!)
 この間に怠惰は白い棺桶のガトリングを撃ち、自分へ注意を引きながら横方向に移動。それを追う蒼乙女は弾を撃つたびに一歩ずつステップで退くのだが、次弾を撃とうとする間に2歩以上、怠惰との距離を詰めてくる。
 六実の矢もあるが、それでも確実に、蒼乙女は建物へ向って逃げる怠惰を追い詰めていた。
 そしてとうとう追いつかれ、またも鋭い踏み込みと共に繰り出されたレイピアをかわす事ができず、肩口に焼け付く痛みを覚え、涼しい顔は崩さないがうっすらと額に脂汗を浮かべる。
「ピンチというやつさ――とでも言うと思ったかい?」
 怠惰にしかわからない、不可視の結界が蒼乙女を包み込もうとする。
 しかし、見えないそれの気配を感じ取ったのか、蒼乙女はここでも一歩、後ろへと下がっていた。
「かわされちゃったけど、それも織り込み済みではあってね……おやおや、今日は随分と荒れているね。シア君は」
 肩を押さえながら蒼乙女の目を覗き込んで笑うと、目の前の怠惰を見失ったかのように、蒼乙女は困惑して足を止めた。
 そして怠惰は、視界の隅にアルテミシアを捉えていた――

 下から突き上げてくる錐を閉じた傘で払い、軌道の曲がったそれが淳紅の頬を僅かにかすめる。。
「たいして効きはしないんですけどね、こうも繰り返していると少しは痛いんですよ。さて、そちらの攻撃の効果が自分には薄いということは、自分の攻撃も効果が薄いということなんですよね。
 それにしても、寂しい限りですよ。サファイアが全くこちらに見向きもしないのは、レベル差を感じ取ったからなんでしょうか」
 さっきから観察を続けていると、距離に関係なく淳紅は完全に無視し、近くにいる相手を優先、さらにはその中でもダメージの通りがよさそうな相手から狙っていく、というのが見えてきた。
 それでもちょっかいを出さねば、最初に決めた相手を狙う傾向にあるなとも。
「あと、回避の癖が決定的ですね。あの程度じゃあ、エイルズ君には遠く及ばないですよ」
 目を向ければ、エイルズレトラがアルテミシアの矢をかわしながら、地面から突き出る錐を、まるでそこから出ると分かっているかのように余裕を持ってかわしている。
 淳紅がまた錐を払いのけると、「亀山!」と日菜子の声が聞こえた。
 自らの身体に切り傷を負おうとも、錐の林を駆け抜ける日菜子が白金乙女の前に躍り出る。
 燃え盛る拳を振りかざすと、白金乙女の正面を錐が壁のようにせりだし、護ろうとする――が、足下に魔方陣が輝いたかと思うと、顔の前まで伸びきらずに止まった。
「ぶっとばしちゃえー!」
 蒼乙女と防戦しつつも、里桜が拳を振り上げる。
 それに応えるかのように、烈火の拳は白金乙女の顔にめり込み、蒼乙女に向けて吹っ飛ばしたのであった。
 
 シルクハットのつばを手でつまみ、視線がめまぐるしく動いているエイルズレトラは、さっきから単調な回避しかできていない蒼乙女に1つ、確認したくなってしまった。
「あの蒼の戦乙女はひょっとして、回避特化ですか? 反応速度はたいしたものですが、回避術の基本が全くなっていませんねえ」
「そう言うな。力ばかりが先行している、素人の作品だからな」
 アルテミシアが皮肉気に笑うと、エイルズレトラも薄く笑う。
「ああ、やはりそうでしたか。戦場のイロハも知らない作り手だとは思っていましたが……トビーに伝えておいてください。
 回避特化を名乗るには、回避性能が低すぎる。作り手の回避センスを疑う、と」
 いよいよもっておかしかったのか、アルテミシアがはっきりと笑った。
「伝えておこう――戦場も知らぬド素人が、とな」
 満足を覚えたエイルズレトラは、怠惰の前で足が止まった蒼乙女と、日菜子に殴り飛ばされてぶつかり合った白金乙女と蒼乙女が直線に並んだ瞬間を見逃さなかった。
 ステッキを肩に乗せ、その方向をアルテミシアに示すと、アルテミシアの周囲に光が漂い始め、それが番えた矢尻に収束していく。
「こぉぉぉぉ……かっ!」
 気合一閃放たれた矢が光の直線となり、エイルズレトラに襲い掛かる。
 それすらも余裕を持ってかわし、顔の前を通過していったその光の先を目で追うと、白金乙女の胸を穿ちその周囲の肉をも千切り光の帯の中へと吸い込まれていく。
 遥か先の幻惑に惑わされている蒼乙女は見るまでもなく結果はわかっているが、問題は白金乙女にぶつかっただけの蒼乙女。予想通りにステップで回避する――が、1歩退いたはずの蒼乙女は光の帯に吸い寄せられ、結局、運命を共にするのであった。




「むっちゃん、大丈夫だった?」
「うん、大丈夫だよスズカちゃん」
 戻ってきたスズカの第一声がそれだった事に、六実の顔に笑みがこぼれる。チョコを口に含んでやっと糖分補給のできた里桜は「甘酸っぱーい」と、チョコの感想ではない言葉を発する、
「なんだ。そういうことだったんですか」
 スズカから受け取った矢を見て、画像も確認した淳紅が、戦乙女を倒しただけで戦闘終了した雰囲気になっていたのかを理解した。
 その矢を棺桶ガトリングで砕く怠惰が「そういうことさ」と笑う。
「あんたが手を貸さずとも、私達が力を合わせれば勝てた戦いだった。貸し借りはプラマイゼロだ、覚えておけ」
「そうだろうな。だが早目の殲滅には意味がある」
 アルテミシアが目を向けるのは、撃退士と与一達で写真を撮った事のある風景。地面は荒れたが、その風景はほとんど変わらず残っていた。
「それにしても、わざわざこうして伝えてくれたってことは、その程度には信じてくれてるってことだろう? だから私は信じたい。
 君の為なら、悪くはないよ」
 それに答える事はなく、背中を見せてアルテミシアは歩み始める。
(最後のあの攻撃……引き寄せる対象は選べるようですが、もしもあの時、僕を敵だと認識していたのなら――)
「寸の回避を無効にする……興味惹かれますね」
 楽しげに笑うエイルズはステッキをくるくると回し、アルテミシアと反対の方向に歩き出すのだった。
 アルテミシアの背、それからスズカに目を向けた日菜子。
「スズカ。守るために戦うのか、貫くために戦うのか――決めたか?」
「――うん。信じてくれたなら、おいらも応えたい」
 その答えに日菜子は「そうか」と頷いた。
「今回、人々への被害が出なかったのはスズカのおかげだ。スズカの行動がどちらも守れたのだと、自信の糧にすることだな」




【一矢】少年、信頼す  終


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 烈火の拳を振るう・川内 日菜子(jb7813)
重体: −
面白かった!:4人

『三界』討伐紫・
高瀬 里桜(ja0394)

大学部4年1組 女 アストラルヴァンガード
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
歌謡い・
亀山 淳紅(ja2261)

卒業 男 ダアト
撃退士・
不破 怠惰(jb2507)

大学部3年2組 女 鬼道忍軍
Survived・
新田 六実(jb6311)

高等部3年1組 女 アストラルヴァンガード
烈火の拳を振るう・
川内 日菜子(jb7813)

大学部2年2組 女 阿修羅