●座敷童は見ている
「黒松。お前何やってんだ?」
宿帳記帳しながらやれやれ全くって顔してやがるこいつは、地堂 光(
jb4992)ね。お前さんの今履こうとしているスリッパにも、画鋲があるが?
「いって! にゃろっ、こうなったら犯人を意地でも捕まえてやる!」
「黒松、とりあえず、見せてみろ」
どれどれ、宿帳をちょいと拝見……城里 千里(
jb6410)か――おいおい、見せろって画鋲の事じゃねーだろ、理恵っち。オメーの足の裏……そうそう、そうやって足あげて見せてやるんだよ。
有無を言わさず靴下を脱がされて照れてやがるけど、なんだ、表情は殺してるけどオメーさんも絆創膏貼りながら照れてるんじゃねーか。
初々しいねぇ。
「ん? アニス、エニス……何もない所じっと眺めて、何やってるんだ?」
「何か見えるのか?」
「座敷童さんとかの伝承があるんでしょうか?」
お、そこの女。なかなかに鋭いな。
北條 茉祐子(
jb9584)、か。入ってくるなり「落ち着いていて、懐かしいような感じのする旅館ですね。私は好きです」って言ってくれただけの事あるぜ。
「伝承では小豆物が好物らしい、菓子折りの中にある。高級金平糖もあるぞ? なんか情報聞けるか?」
千里ってやつの言葉にゃガキ2人とも、首を横に振るしかねーな。
さすがに俺っちの今の力では、声を届かせることまではできねーし……おや、あいつも見えてる……? いや、ガキの視線を追っただけか。
「……この世界にまだ不思議なモノが息づいている――」
急に、鼻歌混じりに足取り軽くなりやがったこいつはと……レティシア・シャンテヒルト(
jb6767)ね。俺っちみてーのがまだいるってのが、そんなに嬉しいかね?
「古くからある老舗旅館には大抵……いるっ!
そう。昔から今まで営業できているなんて、世知辛い昨今ではあり得ない。だから居るんだよ……座 敷 わ ら し が !
わらしが客が減るような悪戯をするわけが無い、他の何かだ」
嬉しい事、絶叫してくれるじゃねぇか佐藤 としお(
ja2489)よう。
でも俺っちにコンタクト取りてーのはわかっけど……
「ここには何がどれだけ居るのですか? 貴方はどうして欲しいのですか? 協力してくれないだろうか?
どうか私達の声を聞いてください!」
狸の置物に向かって頼まれても、俺っちは力になれそうにもねぇ……
「やや、座敷童さんか!?」
「違います」
深森 木葉(
jb1711)って言ったか? ここでまっ赤なべべ着てりゃ、そう思われてもしゃーねーな。
その隣の白内しずり(
jc1528)ってのだって相当、ワラシってるぜ。
「ん……しずり、も……ざしきわらし、さん、に……まちがえ、られた、こと………ある、ですよ?」
やっぱなー。
着物着て人形みてーな雰囲気出してりゃ、そら思われるってもんだ……なんか、ワラシ―ズが俺っちを見ているような……気配を感じているってより、もしかして時折うすぼんやり見えてるとかか? 目がちょくちょく合うぜ。
いいねー。後で部屋にでも行ってみるか。
お、ずいぶん真剣に悩んでる顔してんのがいるな。ええっと飛鷹 蓮(
jb3429)?
この手のクールキャラは、俺っちみたいのを滅ぼそうとかいうんだぜ、きっと。横にいるのはユリア・スズノミヤ(
ja9826)だな。
「座敷童が居る旅館、か……座敷童が嫌がらせなどするだろうか」
「うみゅ、座敷童ちゃんが悪戯なんてホントにするかにゃ? 蓮はどう思うん?」
「個人的に……してほしくないな。可愛らしい印象が強いものだし」
前言撤回。
いいやつ。
「その場所に居るも居ないも座敷童ちゃんの心次第なんだから、きっと裏があるはず! 表があるように!」
ドヤ顔で何言ってんだ、こいつ。いやでも、俺っちの味方ではあるんだろう、うん。
「悪戯ねェ……まァ、天魔の連中の仕業でしょォ」
お、そうそう。そうだぜ、黒百合(
ja0422)さんよぉ――でもどう見ても顔に、面倒な事柄は他の人達に任せて楽しみましょうかァって書いてあんぞ。
よく見ると、そんな面したのがちらほらいるぜ……さっきから「イイ雰囲気ですね」って連呼しまくってる瑠璃堂 藍(
ja0632)とか、「天魔にしてはする事がちゃちい気がしますね」とか言ってる雫(
ja1894)ちゃんとかよぉ。
柳田 漆(
jb5117)なんて、ジャージで地酒ぶら下げてやがる。温泉浸かって一杯やるつもりだぞ。
お、藍ちゃん気をつけな。
ガラス張りの内戸、おあつらえ向きに指が入るだけの隙間が開いてたら、つい引手じゃなくそっちに手を入れて開けようとするだろ?
はいアウトー。
「本当に、イイ雰囲――ッ!」
両方から閉められて指挟まれるとか、地味にイテー。集中しすぎて回り見てないと、こうなるんだよなー。
ん?
なにやらゲルダ グリューニング(
jb7318)の目がキラリと、怪しい光を放った気がするぜ。
「何か起こってる怖いよー」
白々しいってセリフで、涼子に抱きついたみてーだが、腰回りに腕を回して、スカートを引っ張ってやがる様な感じがする。
まあ引っ張られてるのは本人も分かってるみてーだから、そりゃ、スカート押さえるわな――あ、ゲルダっち引き剥がされた。
「何が起こっているのか調査して解決するのが、お前達の役割だろう?」
至極まっとうな正論だ。カメラ持って舌打ちしてる場合じゃねーぞ、ゲルダっちよ。
さっきからトリモチとトラバサミなんて懐かしいもんを黙々と仕込んでる、細身で全員黒ずくめの可愛らし―顔とカッコした燐(
ja4685)とか、見習えよ。
お前らが玄関から動かないうちに、どうやら旅館を一周して仕掛けてきたみたいだぜ?
「ん。こんだけ、仕掛ければ……どこかには引っかかるはず……あとは待つだけ……ちょっとなら、温泉……いっても、いいよね」
お前もか!
いそいそと温泉に向かっちゃってまぁまぁ……何もしてないよりかは、いいけどよ。
ん? なんか外を歩いてるのが今、居たような……ああ、見た目のわりに随分歳くってるエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)ってやつか。
まずは調査とか、感心感心。
なんか言ってるな……おや、この旅館は確か。真宮寺先生、複雑な気持ちでしょうねえ……? 口の動きからするとそう呟いてるみてーだが、やっぱり涼子ってのはあの時のか。ま、女将が気にしねーなら気にしても仕方ねーさ。
どうやらまじめに取り組んでるのもいるみてーだし、ちょっくら旅館の中がどうなってるか見て回るかねー……丁度いい、こいつらの後をまず追っていくとしようか。
こいつ見た事あるな。前に皿で隠しながら全裸で全力疾走してたミハイル・エッカート(
jb0544)って奴だ。子連れできてんのかとか思ったが、考えてみりゃ―ガキの方はクリス・クリス(
ja2083)ってんだから、親子じゃねーな。
ミハ公が鍵を開けた途端、クリスちゃんが飛びこんでった。
「わぁ……雰囲気のある旅館♪」
「何!? もしかして同室だと?」
クリスちゃんが鍵持ってねーから、そうだろうな。
「そろそろ女性としての恥じらいを持って欲しいが、10歳児ではまだ無理か……」
いやミハ公が男性として全くの意識外って可能性もあんじゃねーの? ところで、お前さんの背中にトリモチくっついてんぞ……お、クリスちゃんが気付いて指摘したな。
「これが問題となっている悪戯という奴か」
いや、ちゃうで。
「クリス、対策の準備はしてきたか?」
「うん。ちゃんと退魔グッズ持ってきた―おすすめは学園長ブロマイドと、大吉のおみくじかな」
笑いながらミハ公に押し付けるあたり、効果があると思ってないだろ。つか、ミハ公さんよ、なんなのそれ。安産祈願、交通安全、合格祈願とかいろんな御守りとか、ニンニク首にぶら下げて。
ちょっとどころじゃねーくらいに勘違いしてる?
「ご飯の前におフロー。みはパパは先に食べててね」
だってよ、ぱぱ。頷くのはいいけど、その手にある皿と食塩の袋がすげー気になる。
もう少しこっちのみはパパに、ついてってみるか――おや、あの部屋少し開いてるし、声がする。ああやって閉めきらないのはうっかり仲居の羽田の仕業だな。
どれどれ――あーと、あいつは確か逢見仙也(
jc1616)とかってやつだ。
羽田が出てったけど、ずいぶんと酒と料理を運ばせたなぁ。
「これ、経費で落ちるかね」
その心配はまあともかく、なんかこの部屋少しキラキラしてるように見えるぜ。なんていうか、こう、糸みてーなもんが張り巡らされてるっつーか……床もテープが張り巡らされてやがる。
お、そのテープが盛り上がって、童モドキ……いや、なんか俺っち童モドキって言うのも癪だから、前髪で隠れてわかりにくいけどこいつら顔がないんでカオナシって呼ぶか。とにかく、カオナシが姿を現したぜ。
テープが盛り上がったおかげで、仙也もこいつらの存在に気づけたっぽいな。
「やあ、こんにちは――で、さよなら」
指を動かしたかと思うと、空気中にキラッと光ったモンが一瞬見えて、カオナシが首なしになっちまった……
血が出ないってのも不思議な生きモンだが、とにかく首と胴体がわかれたカオナシを拾って、持参のゴミ袋にぽい。知らない人が見りゃちょっと猟奇的だろうが、いい感じじゃね?
無くなった部分にテープを仕掛け直して、そんでまた部屋の中央に戻っては酒と飯、か。満喫もしてるみてーだが、ちゃんと仕事もしてらぁ。
問題はここから動く気が薄いって事だが。
うぉっといけねぇ、置いてかれる。めんどくせぇからミハ公、背中に張りつかせてもらうぜ。
「む……何やら体が重くなった、これが憑りつかれるというやつか」
お札を振り回しても駄目だっつーの。
おや、あんなところに神棚なんかなかっただろ。
目の前では蓮が手を合わせているからには、もしかしてさっき女将と話してたのは、あれを設置していいかって話か。ちょっと近くで見てやれ。
「軽くなった――やはりお札が一番効くとみえる」
そうじゃねぇよ、ミハ公。ま、ともかく神棚神棚。
「これで少しは力が戻るだろうか」
おお、俺っちのためのか! 照れるじゃねえか、コノヤロウ!
確かに俺っち達は、信じてもらえる事で力を戻せたりするからな。こいつはいいね。
「あ、こちらに座敷童さんのお供え物おかさせてもらっていいんですか?」
茉祐っちか。ありがたいねぇ、お供えだなんて……チョイスがいちごオレバナナオレ、たい焼きってのがまた微妙な感じもすっけど、こいつは椿をあしらった簪か。いいねいいねー、俺っちこういうの大好きだぜ。
優しい子じゃねぇかい。
「あ、お供えするところある!」
手を合わせてた茉祐っちがびっくりしてっけど、この声は確か「へぇー、これが旅館」とか言いながらきょろきょろ歩いてたナツメ・デルタ(
jc1339)の声だぜ。
「座敷童サンに塩せんべいあげたら、その一年無病息災でいれるんだよね」
ちげーよ。
どっから聞いたその情報!!
けどまあ、俺っちこのせんべい好きだぜ。こっそりと2枚失敬。
「あれ、減った?」
はい、1枚は俺っちの口に。もう1枚は――おら、そこにカオナシがいるぜ。砕いた塩せんべいかけたから、お前らでも存在よくわかるだろ。
「あ、あれが座敷童サン!?」
「私にも見えるなら、あれが敵です!」
おお、茉祐っちの手から細い糸が――カオナシが一瞬にしてバラバラ。可愛い顔して、撃退士ってコエー。
「背後にずっといたのかもしれんが、誰かが振りかけた塩せんべいのおかげで気づけた、というところか。
本物の座敷童が俺達の為に、ここに居るというメッセージをくれたのかもしれん――感謝したいところだ」
なかなか蓮は鋭いし、いいこと言ってくれるぜ。あ、部屋に戻るのか? じゃあなー蓮。
「後をついてきたけど、仕掛けてこなかったというのはやっぱり仕掛ける場所は選んでるのかな。旅館の人の話だと、悪戯の多くは玄関、食事の間、温泉だっていうから」
ほー、ナツミのなっちゃんってば、そんなこと調べてたのか。
「……あれは、なんでしょう」
ん?
青ざめた茉祐っちの見た先には――なんだあれ。
これも悪戯なのか、電気が消されたそこの直線廊下を、ひたりひたりとよつんばで歩く生き物。よくよく目を凝らせば、人型に見えるが……ブリッジしてよつんばで歩く人間なんか聞いた事ねぇよ。
しかもなんだか、大きな口にギザギザのでっけー牙――ひえぇ、もの凄い勢いでこっち来た!!
「きゃぁぁぁぁ!」
茉祐っちの手からまた糸が! うお、後ろにビョンって跳んだぁ!
「おいおい、あっぶねーな。俺だよ」
その声、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)か。ブリッジから二足歩行に切り替わって、顔も元に戻ればようやく一安心。
「ちょーっと、ビーストモードの試験してただけだっつーのによー。やっぱ今日って日は温泉にでも行って、だらだらするに限るってか」
いや、だらだらするのはどうよ。
つーか今のはビビらすためだけにやってただろ!! なっちゃんは楽しそうだったけどよ。
「あん? 誰かなんか言ったか?」
やべ、まさか俺っちの声が聞こえた? あのくらいの歳ならもうほとんどそんな事ねーハズなのに……もしかして俺っちの力が少し戻ったのか?
ここからはさらに気合い入れねーと、ダメだな。
とにかくこの場はそそくさと逃げるぜ、あばよー!
さてさて食事の間では――ミハ公、やっぱり盛り塩にしてやがる。せめて食塩はやめれ。
「少し、俺には薄いか」
つまんで味噌汁にいれるなし!!
「う!」
「うわ……」
おや、そこかしらから呻き声が。
理恵っちだけじゃねーな、藍ちゃんと雫か。
ああ、椀の底から髪の毛がもっさりとでてきたってわけね。ほんと、イラッとくるぜ。
向こうの椀にはGを味噌汁に入れられたようだが、普通に箸でつまんで捨てると構わず飲んだぞ。すげーなアイリス・レイバルド(
jb1510)ちゃん。
「こいつは……許せない!」
としお君が叫んでるあれは、言えば作ってくれるこの旅館特製の和風出汁ラーメンか。箸で麺を持ち上げたけど、麺じゃねーってわかる黒さだ。
怒ってるところワリーが、すぐそこにいるって……わっかんねーかな。
しゃあねぇ、さっきお願いされたし協力してやんよ。
目を閉じて感覚を研ぎ澄ませてるところワリーけど頭を持って、ぐりっと。
「なんだ――そこに居たか!」
としお君の目が光った気がしたとたん、カオナシが動かなくなりやがった。いや、何かに束縛されて動けなくなった?
「視線を捕捉した。成程そこにいるか」
アイリスちゃん大鎌の一撃! 目の前で自分みてーのが首をはねられるってのもいい気はしねーが、ま、いい事だぜ。
「やはり黒松先輩とかが、狙われやすいみたいですねえ」
おやおや、さっきから色々とデータを取っているエイルズ君。そんなところに潜んでたのか。
まあなんだな、隙のある奴は狙われやすく、隙のなさそうなやつや結構な歳の奴は狙われ無い傾向にあるか。あっちの涼子とか双子の奴とかが狙われない理由は、雰囲気のせいかなんなのか――おっと、またあのガキども見てやがる。
「すみませんが、先ほどから何を見ているんですか」
「あそこに、ときおり子どもが見えるです」
げ、チクリやがった――ま、エイルズ君には見えまい。
「ふむ……生憎、僕には見えないようですが、そこにいらっしゃる何かさん。僕らのお手伝いをしていただけたら、お互いに利があると思うんですけどねえ」
んー……ま、手伝ってはやってるさ。悪戯を未然に防ぐってのは無理だけどな。
たとえば半泣きの理恵っち、今まさに悪戯されようとしてるぜ。その手にある奴で撮影してみ。
「手が勝手に――黒松先輩を撮影しろということですか」
そうそうパシャリと。ほれ、はっきり写ってるだろ。気配はわかりにくいけど、そこにいないわけじゃないからな。
「黒松先輩の後ろに居ますねえ」
「嫌がらせなら、俺にどんとこいや!」
光っちが叫んだ途端、カオナシが理恵っちから目をそらしたな。そんで千里がまっさきになんか符を取り出したけど、奴は床に沈んでく。
「壁抜けは別枠かっ……」
銃を抜いてもワンテンポ遅れた分だけ、間に合いそうにもねーな――なんだ? レティシアが先に何かの袋を投げつけてた。
いい香りが漂うけど……そうか、匂いでマーキングか。考えたものだなぁ。
「今のが偽物、ですね」
静かだが、目に確かな決意が宿ってるね、レティちゃん。俺っちがコケにされてるのがそんなに許せないったぁ、嬉しいじゃねぇか。
「黒松さんばかり、かわいそうです……私が黒松さんを守ります! こちらも気配を希薄にして対抗ですよ!」
このアホ毛の女――川澄文歌(
jb7507)て言ったか、悪戯される側の面してるけど守るときたか。
なんか変な膜張ってるようだが……お、でも意外と効果あるかも? 俺っちですら、どこにいるかよくわからんくなった。
「ありがと――これでちょっとは安全、かな? 今のうちに温泉いただこうっと」
「ちゃんと水着、持ってきたか?」
「え?」
持ってきてねーって面だ。
千里が深い溜め息ついてっけど、気にしてねーぞこいつ。ガキの手を引いて、文ちゃん込みで行っちまった。
「後で行くか……」
「城里さん。これ黒松さんの物なので、返しておいて下さい」
ポッと顔を赤らめて千里に何を渡した、ゲルダっち……あ、ブラってやつだな。
千里の顔が青ざめたかも。しかもなんか温泉の方に顔向けたぞ?
「マーキングしておいた暖簾が、動かされた……見てくる」
「おお行ってこい行ってこい。黒松はよろしく頼んだぜ」
ふむ。俺っちもついてってみよーっと。
あん? 暖簾が確かに男と女逆になってる。
けど問題は理恵っち達が入った後で動かされたのか、入る前に動かされていたのかだな。脱衣場には良くも悪くも、理恵っち達しかいないのか。
外から声をかける勇気までは無いみてーだが、このままじゃ下手すりゃ理恵っち達が湯船に浸かってる男に見られちゃう可能性があるぜ?
「そうなんだよな……」
うお、まさか俺の声が聞こえた?
……いや、今のはぼっちスキルの自問自答が口に出たってやつか。
意を決して、今さっきまで女湯になっていた男湯の扉を開けて踏み込んだ! 大当たり、理恵っちが今まさに千里の手にある物と同じブラを外そうとしている所だ!
……じゃあ渡されたブラってなに?
そういや、値札ついてたな。敵は身内にありか。
よかったな、千里! 寸前で回避できたみてーだし、理恵っち以外はまだ脱いでいなかったから!
あでも、死を覚悟した目だ。
「黒松、こっちは男湯だ」
それが彼の遺言でした、まると。
実際、湯船に誰かいるのかなー……お、いるね。
「あー、温泉にお酒が最高だね……しかもタダ。良いものだねぇ」
やなぎだぁ! って叫びたくなるくらい、すげーのんびりしてる。
でもなんだか湯船に青い糸が見える様な……これはあれか、仙也もしてた糸の結界って感じの奴か。
隙があるようで抜け目がなさそうだから、こいつん所には来ねーな。そもそも女湯での悪戯はよくあるけど、男湯で悪戯ってあんまねーし。気になるのはラファルがなんか温泉にも浸からず垣根の上から男湯覗いてるってことくらいだが。マジで何してんの?
うお、誰かずっこけた音が。石鹸を踏まされたか。
「……こんなの痛くないし。いたずら、全然きかないし……」
でも精神的にはちょっと来たって燐の声だ。
「ひゃう!」
あ、雫と藍ちゃんの声。シャワーの音から察するに、突然水に切り替わったっていう類だな。
「もう許さないわ!」
「我慢の限界です……」
うん、わかるわー。それ。
クリスちゃんの「そーれ、どっぼーん♪」が聞こえた直後、なんかけたたましい音が隣の脱衣場から聞こえてきたぜ。
「あ、ボクのインナーに仕込んだブザーが鳴ってるって事は、誰か動かしたみたい」
なるほど、結構前から温泉に向かったのに今更とか思ってたけど、そういう事か。
2人、恐らく雫と藍ちゃんの足音が脱衣場に向かっていく。
「そこですね!」
「そこですか」
何かどでかいモン振り回している気配、そしてこっちにまで聞こえる鈍い音……うわぁ、音だけ聞いたらよりグロテスクな想像が。
あ、理恵っち達が隣に移動する。千里は……なんか首が変な方向に曲がって床に転がってるけど、大丈夫かね。まあ大丈夫か。
俺っちもそろそろ行こうかなーってミハ公きたー!
やっぱり浴衣即脱ぎ大全裸ー、前隠さずか!! 頭にさっきのお札貼りつけてっけど、セロテープは汗で剥がれるぜ!!
思わず笑っちまったが、もしかして聞こえちまっただろうか。ちょっとショック受けたって顔してる――いやいや、君はド立派だよー。ド立派。ご立派の上位くらいだから、安心しなって。
とにかくこの場から離脱!
「温泉があるのか……ユリア、入るか?」
「蓮、一緒にどーぅ? ふふ☆」
「いや、一緒にではなく……」
頬を膨らませるあたり、可愛らしいねえユリアちゃん。蓮、男を見せろ!
「ああ、いや、混浴はないだろう?」
ソウデシタネ。昔はあったけど、ここ最近はやめたんだった。
おあつーい2人は置いといて、行こ行こ――あ、金平糖。ちょいと失敬して……じゃあなー。
おお、何だこの部屋。手まりに紙風船、お手玉やらと懐かしいモンばかりあるじゃねーか。童魂が燃えるぜ。
「座敷童のサーバントさんはいらっしゃいますか? おもちゃを壊しちゃメッ! ですよ? 散らかしたら、ちゃんと片づけてくださいね?」
木葉としずりの2人、さらにはあのアニス、エニスとか言う双子も一緒に遊んでたのか。なるほどなー。
気をつけなしずり、カオナシがおはじきを――あー混ぜ込みやがった。
一瞬びっくりしてしょんぼりしないでおくれよ……でも捜してる捜してる。あ、でもこの匂いって――
「そこに居ますね」
は! 部屋の隅で見てたのか、レティちゃんよ!
そして上から降ってくる黒百合ちゃん! 子供の前でも容赦なく一突きかよ!!
「情報通りの姿ねェ♪」
それで満足なのか、ヒラヒラと手を振って行っちまったか……レティちゃんも、動かなくなったカオナシを拾い上げ、にっこり笑いながらそのままどこかに行っちまった――なんかこえーな。
「何が怖いんです?」
いや、動揺とかそういうのが見えなくて……って、聞こえてるし見えてるのか!?
「あ、う……いっしょに、あそぶ……です? ……いたずら、より……たのしい、ですよ?」
悪戯は俺っちの仕業じゃねーよ。お供えの効果が、まさか効いてる?
「一緒に遊びましょう。たくさん遊んで楽しんで、疲れたら一緒にゴロンと寝ちゃいましょう。夏だから風邪はひかないよね」
俺っちと一緒に遊ぶって? 最後に俺っちの姿をはっきり見て遊んでくれたガキがいたのは、もう100年も前の話か。
ふ……遊ぶに決まってんだろコノヤロウ!
……寝ちまったか、4人とも。それとユリアちゃんとクリスちゃんも。
なんか途中からクリスちゃんがやって来て、それから童謡歌ってるユリアちゃんが乱入して来て、ついお手玉の撃ち落しに夢中になったりもしたが、たいして不思議がる様子もなかったなぁ。
俺っちが見えてなくても、俺っちがいるのを確信してるみてーに受け入れてたぜ。
いや、でも遊んだなぁ。久しぶりだぜ――人間が友達になろうなんて言ってくれたのも、すげー久しぶり過ぎて、涙がでらぁ。
風邪はひかねーだろうけど、身体は冷やすもんじゃねーからタオルケットをかけて、静かに退室っと……あ、蓮がお姫様を迎えに来たなら、後は心配いらねーな。
おや、廊下を散歩する様に歩くは夏雄(
ja0559)じゃねーか。
なんか饅頭食いながら、ワイワイやってるのを眺めてたっけなぁ。
開いてる窓から流れ込む夜風に足を止めて、外を眺めちゃって、なんかほんのり幸せって感じの気配。
そこにやってくるはずいぶん飲み食いに温泉を堪能していた黒百合ちゃん。なんだそのプリント?
「貴方も撃退士ねェ? エイ君が撮影に成功したから、この姿にピンと来たら退治しちゃっていわァ♪」
「そうか、あれはサーバントだったか……元気だなぁとは思っていたけど……」
情報を共有。うん、大事な事だぜ。
「これこれ、そこの子。
今この旅館は謎の座敷童探しが行われているから、他の子達に座敷童と間違われる前に保護者の元へ言った方が良い。何ならフロントまで案内――」
童パワー全開! 全力離脱!
「ってあれ?」
「どうかしたかしらァ?」
「……気のせいだったかな?」
あぶねーあぶねー。
元々こいつらが鋭いせいもあんだろうけど、どうやら思った以上に俺っちの力が戻ってきてるみてーだな。
んお、さっきのG味噌汁すら動揺しなかったアイリスちゃん。黒い浴衣がセクシーだぜ――なんか、俺っちと視線があっているような?
「正式に請けた以上、依頼の達成を疎かにする訳には行かないからな」
ハッキリ見えているわけではないが、そこにいると分かってるって顔だな。どうやら気にせずにはいてくれるみてーだが、撃退士ってなんなの、純粋な奴ら多すぎ。
でも俺っちの観察眼からすると、アイリスちゃんの目の奥には純然たる狂気が見えた気がするぜ。
「何となく、このゲームで対決しないといけない気がするんです」
お、なんだなんだ?
涼子と文ちゃんが並んで、足で踏む音楽ゲームやってら。どっちもゴリラだ――あ、カオナシが文ちゃんの空踏みしてミスを出させやがった。
とか思ったら、なんか文ちゃんの頭の上に五芒星が浮かび上がって、カオナシが弾かれていったな。そこにすかさず青い羽根の鳥が襲い掛かって終了ってか。
対決も終わったみてーだが、うん、ミス出された分だけちょっと負けてら。
「先生、もしかして昔ゲーマーでした?」
「学生の頃、色々と手を出していたな」
なんだろう、文ちゃんがやっぱりって顔してる――おや、この音はもしかして……?
「火、点けるよ」
「私、花火って初めて!」
漆っちが、なっちゃんの花火にライターで火を点けてる。なるほど、あの歳でも初めてとか言うだけあって、火を点けられるのもおっかなびっくりって感じだ。ありゃ自分で火を点けるのは難しいね。
煙と共に緑色の火が噴きだして、キャーキャー言ってるとか、うん。素直に楽しそうじゃねぇか。
漆っちはそこから自分の花火に火を移して、そこから火のリレーが始まるんだな。紺の生地に蓮柄の着物の蓮から、赤地に百合柄の着物のユリアちゃんに移されて、か。
「ユリア……楽しいか?」
「蓮と一緒だもんにゃ!」
あちーぜ……
「しゃ、でっかいの行くぜ!」
光っちが打ち上げに点火――と思ったが、カオナシが倒してとしおが爆発に巻き込まれた。あれ、でもぴんぴんしてる。
そこに何故か少し焦げてる光っち、怒りの鉄拳制裁! ああすっきりしたって顔してやがるぜ。そう言えば千里と理恵っちの姿見えねーけど、察するに、こういう場は苦手な千里が部屋で首を冷やしている所に、理恵っちが一緒にいるってか。
気を利かせて2人だけにしてるんだろうけど、きっと何もねーぜ。ゲルダっちが目を光らせてるだろうし。
「気ぃ取り直して、もっかいだ!」
再び打ち上げに火を点けて、空に火の華が咲く、か。
「わぁ、綺麗……!」
なんだ燐ちゃん、無表情だと思ったけどそんな顔も出来んじゃねーか。自分で気づいてるか知らねーけどさ。
いやはや、こういう思い出とかっていいもんだねぇ。
あそこの窓から見てるのは夏雄だな。きっといいもんだねぇとか言ってるに違いない。
んで、ニンニク首飾りぶら下げて「線香花火は諸行無常を表わしているんだぜ!」なんてドヤ顔してるミハ公は、気にしない。
木葉としずりが俺っちに気づいて手を振ってくれたが、その拍子に線香花火の火玉がぽとりと。ちょっと泣きそうな顔すると、紺地にナデシコ柄の浴衣、臙脂色の帯の茉祐っちがすかさず新しいのを渡してくれる。おねーさんって感じだぜ。
レティちゃんが線香花火の散り際に目を細めて、そんでみんなをというか、人に目を向ける。ああ、わかるぜ。
散るのは確定なのに短い時間、懸命に美しく咲き誇るその姿は、人のそれだもんな。俺っちも、だから人が好きなんだよな。
クリスちゃんも交えて楽しんでら――俺っちはもう、近づいたらダメだ。
したたかだけど、まだ若くて若干頼りない女将の行く末を見てなきゃなんねーからな。あいつらと一緒に居て、ついて行きたいとか思っちゃ、まだダメなんだよ。
「……口は悪いですが、女将さんを心配する優しい子なんですね」
ぬお、雫! 聞こえてるのか!?
「他の人に知られたく無いのなら黙っていますよ」
あらぬ方向を見てるからには見えてるわけじゃなさそうだが、俺っちの声が僅かに聞こえるか……ま、内緒にしてくれや。俺っちという存在はいるかもしれない、くらいがちょうどいいんだからよ。
「みんなでする花火は楽しいわね……でもちゃんとゆっくり落ち着いて温泉に入りたいわ……」
「それではこの後、皆さんで入りましょう。温泉は何度浸かってもいいものですし、本当にいいお宿ですね」
嘆く藍ちゃんに木葉が提案って、なんだか木葉のが大人びた感じがするね。惜しむらくは、木葉のあの笑顔が本物であればってところか。
ああでも、こいつらにはまた会いてーなぁ……おっと、こんなこと言ってちゃダメだな。しずりに聞こえちまったか、こっちを見てやがる。
「ん……いい、おやど……だから……ほんもの、が……いる、のです、ね。また、あそびに……きたい、です」
チックショウ、嬉しいじゃねえかコンチクショウ!
お前ら、またいつか来いよ!! 今度はゆっくり遊ぼうぜ!!
座敷童だよコノヤロウ 終わりだよバカヤロウ