「うぉ!? 街中でいきなり物騒なもの出すんじゃねェよ!?」
獅堂 武(
jb0906)が思わず叫んでしまうが、戦車は聞く耳など持たないと言わんばかりに迫ってくる。
戦車よりも、シェインエルが見据えている先が気になった雪ノ下・正太郎(
ja0343)・ユウ(
jb5639)・黒羽 拓海(
jb7256)・アルベルト・レベッカ・ベッカー(
jb9518)の4人が一斉に振り返った。
角を曲がっていく少女が、チラリとだけ見えた。
(上手く逃げたか……しかし、あのプロレス天使が意味も無く街中で暴れるとも思えんが……尋常な雰囲気じゃないな。事情を聞く為にも、一旦迎え撃つしかないか……)
シェインエルに向き直る拓海が黒百合をあしらった鞘を手に握りしめ、静かに内なる闘争心を燃やす。
(今の人影は……いえ、まずは目の前の天使とサーバントを何とかしないといけませんね)
記憶の隅に引っ掛かるものはあったのだが、それでも記憶の引き出しから情報を引き出せなかったユウは戦車の砲塔へと意識を戻し、阻霊符に力を流し込む。
正面へ向き直るのにさらなる時間を要したレベッカだが、その目には確信めいたものが見え隠れする。
(今の逃げた少女はきっと、以前見かけた事のあるヴァニタス……それなら、彼が激昂しているのは彼女のせい?)
レベッカの結論を裏付けるかのように、正太郎が「まさか、少女って優か?」と、ヴァニタスの名を口にする。
「でも、今はこっちを止める事が先決ね」
「その通り。それに奴らがバトルしたら、街が大惨事だ。それは避けないと――我・龍・転・成、リュウセイガー!!」
蒼き装甲を纏い、リュウセイガーが闘気を発しながら構えたその時、エストックのような細く鋭いクリスタルの剣身を持った2mの大剣を振り掲げる雪室 チルル(
ja0220)。その頬を大きくぷっくりと膨らませ、眉根を寄せていた。
「性懲りもなく、わけわかんないことしてるわね! あたい、激おこ!!」
白い軌跡を描いて突き出された刀身から放たれたエネルギーは、大気を凍らせるかのように白く輝きながら吹き荒れ、氷結晶を生み出しながら突き進んでいく。
「何してやがるのか、吐かせてやらぁ!」
この間に武が右手の人差し指と中指を伸ばして残りの三指を閉じて刀印を結び、横に切る――その刹那、武の足元から風が巻き起こり、それがチルル・リュウセイガー・拓海・レベッカの脚に風が絡みつく。
「私の力もお使いください」
ユウの手からこぼれる光が拓海の脚へと移り、拓海の脚が仄かに輝きを放ち、溢れ出るアウルが地についた足から光の波紋を作り出す。
チルルの生み出した吹雪を追って、リュウセイガーと拓海が駆け出す。
「久しいな。突然暴れ出すとはらしくない。何があった?」
「お前には関係のないことだ!」
拓海の言葉にシェインエルは叫び返し、吹雪が戦車を飲み込む前にシェインエルは両手を突き出した。
「アトラクション!」
その途端、シェインエルの方向へ吹雪は軌道を変えて横を通り過ぎ、空を凍てつかせるだけに終わった。そこに「あぶねぇ!」と武の警告。
咄嗟にチルルは大剣を氷結晶で覆うと、激しい衝撃が氷結晶を粉々に砕き、チルルの腕や足の骨がきしみ圧力に吹き飛ばされそうになるが、足の裏を地面に擦りつけ耐えきった。
レベッカとユウが交差し、ユウは建物の陰へ、レベッカは自動車の陰へ向かい、「やったなー!」とチルルが前へと進む。それに遅れて武も走り出すのだが、ギクリとする。
「やべぇ気配がしやがんぞ!」
主砲を撃った直後だからまさか来るとは思っていなかったが、こちらに向けられていた機銃が横一閃に見えない弾を大量に吐き出す。
拓海は何とか地面へと伏せるのが間に合ったが、リュウセイガーは反応が間に合わないと判断した瞬間、短い呼気と共に筋肉を締めた。
最初の1歩がほんの少し遅れたユウの足に少しかすめ、反応が遅れたも見えない弾を狙って弾を発射し、軌道を逸らせて身を翻すもレベッカの左肩と腕が血を噴き出す。それでも苦悶の表情を一瞬浮かべるだけで、それぞれ建物と車の陰に隠れるのだった。
そして警告を発した武は右手の刀印を左手の鞘印に納め、大きく広げるように抜刀すると自身の周囲に透明の小さな盾を広げ、それを貫いた弾は幾分かその勢いを弱めるが、それでも武は殴られるような衝撃を体で感じた。
顔をしかめ歯を食いしばる武。薄く開いた目には、盾が僅かながらに反射した弾が、装甲を炸裂させる戦車の姿が映っていた。
「いってェけど……装甲が削れたってんなら安いもんだぜ!」
車の陰に隠れたレベッカは左肩と腕に目を落すと、左手を握った。
「まだいけるわね――お返しよ!」
痛みに耐えつつもボルトハンドルを引き、車の屋根の上から狙撃銃の銃身を覗かせ狙いをつけると、戦車の前面へ向けて発砲。装甲が炸裂する。
(ダメかしら……?)
装甲が炸裂した煙に目を凝らすレベッカは、その硝煙に混じって薬品的な色の燻ぶる煙を見つけ、再び車の陰に隠れて移動しながら、呼びかけた。
「彼女はもう行ってしまったわ! これ以上は無意味よ」
「お前らが来た事でアレも透過できん! まだ間に合う!」
レベッカの声でも、シェインエルは静まる気配がない。
「脚を少々痛めてしまいましたが――」
建物の陰ではしゃがんだユウが脚に手を当てていたが、その顔を空へと向けると、闇夜の色をした翼を広げた。
屋根の上すらも飛び越え、上昇するユウ。砲身が上を向こうとするが仰角の限界なのか、機銃共々ユウを狙うのを諦めたところへ、轟雷の如く響く銃声。
ユウの手にある銀色の拳銃から放たれた紫電と黒き霧を纏った豪弾は、戦車の主砲を貫いた。砲身が炸裂する事無く地面に転がり落ち、砲身は極端に短くなる。
狙いがユウに向いていたその間に、拓海が一気に戦車を蹴上がり抜刀。シェインエルの首を狙うが、シェインエルの首に筋肉が一段と膨れ上がり、刃が潜りこまない――そうなると拓海は見越して、斬撃が風を切るより先に戻し、軌道を変えたもう一撃を叩き込んだ。
「生半な攻撃が効かんのは知っているからな。俺とて前と同じではないぞ!」
肘の裏を狙い繰り出された刃はやすやすと潜りこんだ。
パッと広がる赤い血飛沫。だがそんな攻撃あったかと言わんばかりに腕を曲げられ、刃を挟み込まれて引き寄せられると、体勢を崩した拓海の脇腹へ水平に倒した手刀がめり込んだ。
苦悶の声を漏らし、身体をくの字に曲げる拓海。
(だが、隙だらけだぞ……っ)
拓海の作り出した隙に、跳躍したリュウセイガーが戦車の上へ着地して、シェインエルに一歩よりさらに半歩分踏み込むと同時に、拳を捻じりながら突き出した。
「憎しみに目を曇らせるな、お前と優が戦えば牧瀬さんのように無辜の民に害が及ぶ――それは見過ごせんっ!!」
蒼い炎を迸らせる拳がシェインエルの横隔膜を穿ち、シェインエルは半歩の衝撃に耐え切れずに吹き飛ぶ――はずだったが、1歩後退しただけでその場に留まり、痛みを吐き出す様に鋭い息を吐き出す。
そして拳を振り上げた。
「リパルション――アトラクション!」
振り上げた拳はハンマーのようにリュウセイガ―の肩へと叩きつけられ、力任せに押し潰されたリュウセイガーは戦車の装甲に叩きつけられ拳に挟まれる。
リュウセイガーは装甲が盛り上がる感触を感じ、直後、焼けつくような痛みに襲われた。
「がは……っ!」
転がり、戦車から振り落とされたリュウセイガー。横に飛ばされた拓海は車の屋根の上に着地する。
シェインエルはというと、リュウセイガーを叩きつけた反動と自身の斥力と引力で上空高くまで一気に跳んでいた。ちょうど、真上にいたユウの前にまで。
動向には気を向けていたが、まさか一気にこの高さにまで詰め寄られると思っていなかったのか、反応が遅れたユウの首に腕が引っ掛けられ、シェインエルを軸にくるりと一回転させられる。
「リーパールーション!」
回転し勢いをつけた状態に斥力の力を合わせ、シェインエルはユウを地上へ向けて投げつける。多少の減速はできたが、抗いきれぬ力にユウはチルルと激しく接触し、転げまわった。
胸が詰まり、呼吸ができない。
だがそれでもユウは戦車の射線から外れなければと意識していただけあって、呻くよりも先に、再び飛翔していた。
その直後、短くなった主砲から火が噴き、着弾まで少し間があったが、ちょっと咳き込んでいただけで大剣に氷結晶を纏わせていたチルルに直撃するのだった。
そしてやっと息を吸い込んだユウは上昇しながらも主砲を正面から撃ち、完全にその砲身を破壊するのだった。
主砲の直後に降り注ぐ副砲の弾も大剣で受け止めたチルルは、上を向いてぶんぶんと振り回しながら叫ぶ。
「このー! 降りてあたいと戦え―! こそこそと何か探ってる臆病者ー!」
「この間にこっちを止めさせて貰えっかな」
戦車にだいぶ近づけた武が符でも投げるかのように刀印を斜めに振りおろすと、出現した魔方陣が飛翔し、戦車の前面へと吸い込まれ爆発を起こす――が。
「あっれ、全然効いた気配がねーんだけど!? もしかして火とか爆発にツエ―のか!?」
慌てる武だが、サーバントではあるが、見た目からすればそりゃそうかもしれねーなと、今更ながらに思ってしまった。しかしそれはまるっきり無駄というわけでもなく、戦車は爆発に押されて進行を止めたのだった。
そこへ黒い弾丸が、酸で焼け爛れている装甲に直撃する。
黒色のオーラを纏ったレベッカが、同じ箇所へもう1発。それでも戦車の装甲は突き破りきれていないが、身を潜め手移動するレベッカが再び声をかける。
「貴方もあのヴァニタスも、ここで何をしていたというの?」
落下してきたシェインエルが戦車の上に着地すると「探し物を頼まれただけだ」と、初めてまともな回答をしてくれた。時間の経過もそうだが、戦車が止まってしまったのと、上空から見渡した事でもはや追いつけないと思ったのかもしれない。
しかし、腕をレベッカの声がした方へと向けた。
「探し物ついでに暴れてんじゃねェ!」
武の数珠がシェインエルの腕に絡みつき、レベッカから逸れる。しかし武には機銃が向けられていた。
「やべ……!」
再び味わう痛みに歯を食いしばり、反射した弾がさらに爆裂装甲を反応させて削り落す。武を狙ったその機銃も、上空からの黒き紫電の弾丸に貫かれ、原型すら留めないほどにひしゃげた。
「これで少しは安心できますね」
上空のユウが戦車の後方へと降りていく。
車の屋根から跳んだ拓海が、シェインエルへと蒼雷を纏う一太刀を浴びせ数珠が絡んだ腕に食い込ませた。そこから蒼雷が弾け、シェインエルへと流れ込むのが目にも見えたのだが、シェインエルは動きを止める気配がない。
至近距離で拓海とシェインエルの目が交差し、拓海が再び距離を取る。
「……もしかして、さっきの娘は人間じゃないのか?」
「そうだ。優とかいうヴァニタスだったのだが――」
「だからといって、暴れていいという道理なんて、ない!」
立ち上がるリュウセイガーの突き出した掌から、蒼い炎の塊が真っ直ぐに撃ちだされ、シェインエルの額に直撃したそれは衝撃波となってシェインエルをのけ反らせる。
「とにかく、落ちつけコノヤロー!!!」
お前に言われたくないと言われそうなチルルのかざした両手に氷結晶集約し、それが1本の鋭く細くも美しい突剣が生み出された。そして弾丸のように真っ直ぐに跳んだチルルは、のけ反って無防備となった胸へと、美しく儚いが、極限まで研ぎ澄まされたその突剣を突き入れる。
刺されながらも、シェインエルは踏み出して拳をチルルに向けて突き出していた。
「アトラクション!」
さらに深々と突き刺さるのも意に介さず、至近距離で引き寄せたチルルの鳩尾へと拳を突き立て、チルルの小さな身体を振り回しながら戦車の上へ斥力と共に叩きつける。
「あにゃっ!」
拳と炸裂に挟まれ、悲鳴だかよくわからないモノをあげると、チルルは戦車の上からウシャンカを押さえたまま転げ落ちていくのであった。
チルルがそのまま転がっていく戦車の後ろで、履帯が炸裂する。
「もう止まって下さい」
炸裂音の後に聞こえたユウの静かな声が、戦場に静けさを取り戻させようとしていた。
「そうだ、静まれってんだ――よ!」
数珠を戻した武が戦車にピタリと肉薄し、紅炎を迸らせながら鞘から引き抜いた刀で、これまで散々穿ってきた一点に刀を突き入れる。
手応えを感じた武だが、戦車はまだ崩れ落ちる気配を感じさせない。
しかし、シェインエルの戦意が急速にしぼんでいくのが、誰にも感じ取れた。
「……もう、間に合わんか。後退しろ」
怒りは収まったようにも見えるが、苛立ちは隠せていないシェインエルが歩道に落ちているジャケットを引力で引き寄せ、低い声で告げると、戦車はダメージがかなりなものなのか、本当にゆっくりと後退を始めるのだった。
ユウが顔だけをシェインエルに向けたまま地面で横になっているチルルを抱き上げると、車道側に跳んで道を開け、車の屋根の上では拓海が刀を収めた。
「ここで何をしていた? 当ても無くうろつく性分には見えんが――探し物とやらのためだけなのか」
「トビト様が頼まれたから、近場にいる私に話が回ってきただけの事だ。もっとも、ここは意味がなかったがな」
(トビト『が』か……さらに上からの指示というわけか)
「別件だけど……最近天界の動向が少し気にかかるのよね。貴方の行動もそれに関係しているのかしら」
スッと、車の陰から肩を押さえながらレベッカが姿を現す。
「きっとそうなのかもしれんし、別件かもしれん。私はあまり深くは関わっていないから、そこまでしか知らんがな」
「なら、優がここにいたならば冥魔勢もお前と同じ物を探しているのか?」
変身を解いた正太郎が前に一歩出る。
「だろうな」
シェインエルの短い返事は、もう結構遠くから聞こえていた。
完全に冷静さを取り戻してくれていないのか、こちらとの対話を面倒と思っているような節がある。その証拠に、彼は一度たりとも振り返らず、戦車を止めてまで会話しようとしてくれない。
(もうちぃっとばかし、質問できる時間が作れてりゃよかったんだけどな)
これ以上は質問するのも厳しいかと武が思っていると、レベッカが自分の口に手を添えて、大きく息を吸い込んだ。
最後に、これだけでも伝えようと。
「その服、とても似合っていると思うわよ」
その一言に反応を期待していたわけではない――が、シェインエルは拾い上げたジャケットを高々と掲げて振って応えてくれた。
少しだけ嬉しそうなレベッカとシェインエルを、正太郎は見比べる。
(彼ならきっといつか、わかりあえる――そんな日が来ると、俺は信じる)
太珀の疑/トビトのお願い 終