●少年の心の行方
(まぁ、力がなければ止めたくとも、といったところなのかしら、ね)
「いいわ。止めたいなら、まぁ、手伝いましょう、か? そうそう、撮影もしておきたいわね。皆さんのスマホとデジカメ全部お借りしてよろしい、かしら」
「設置するなら、手伝いますよ」
矢野 胡桃(
ja2617)に申し出る亀山 淳紅(
ja2261)が、回収の為に不破 怠惰(
jb2507)とアスハ・A・R(
ja8432)に手を向けるのだが、アスハの目線の先は淳紅の額に注がれていた。
「……額には付けない、か」
「付けませんから」
ニコリと笑う淳紅の横を、川内 日菜子(
jb7813)がスズカに向かって一目散に駆け出していった。
「前にもっと強く、咎めるべきだったか……! 私はスズカを拾いに行く。少しの間、あっちは任せた!」
「ボクが援護します!」
少し切羽詰った様子を見せる新田 六実(
jb6311)が弓を構え、そして白い棺桶を引き摺る怠惰も、日菜子の後を追う。
「私も少し、あちらを手伝わせてもらうよ」
風を蹴るように駆ける日菜子へ、一旦は足を止めた怨の包帯が蛇のようにうねりつつ、腕に絡みつこうとしてくる。
「私達はあんた達の戦いに介入すべきではないだろうし、敵対するつもりはない――が、降りかかる火の粉は振り払わせてもらう!」
包帯が手首に巻きついてきたと思った矢先、包帯は無数の光弾と矢で引き千切られ、日菜子はとにかくスズカの元へ急ぎ、有無を言わせず担ぎ上げるとすぐに引き返した。
「前にもあったが、敵中での単独行動は危険だ。よほどの事がない限り、するべきではない」
スズカからの返事はなく、されるがままの様子に日菜子は短くも大きく息を吐き出す。
「……互いが何かの信念のもとで武器を手にして闘ってる。例えば相手が親の仇だったら? 大切なモノを掻っ攫う略奪者だったら?
人の譲れない想いを否定するな、止めたければ己の我を通せ。己の我を通せるだけ強くなってみせろ」
「誰かの何かを変えるのは大変だ。でもそれを成すのは、まず心で、次に力だと私は思う――君の心はどうしたい?」
追いかけてくる気配のある怨へ白い棺桶に設置されたガトリング砲が光弾を吐きだし、近づけさせないようにしながらも、日菜子の後ろを走る怠惰が問いかける。
その問いに、僅かに顔を動かしたスズカの目線が、合流した顔を覗き込んだ六実と重なった。
「スズカちゃん、確かにあの人達を物理的に止めようと思ったらボク達じゃまだ力不足なのは間違いないよ。
でもね、多分あの人達スズカちゃんの事それなりに気に入ってると思う。だってどうでも良いなら話すら聞いて貰えないし、問答無用で攻撃されてもおかしくない」
さっきの怨の動きは、スズカを守るために動いたのではないだろうか。
クイーン達の攻撃が、スズカにまで流れてこないのは、そういうことなのではないだろうか。
これほどの状況でも、スズカから離れるように射ち合っているのではないだろうか。
偶々なのかもしれない。そう思いたいだけかもしれない。それでも、六実はそんな気がしていた。
「だから諦めちゃダメだよ。諦めたらそこで終わっちゃう。でも諦めないならきっと何時か……だから頑張ろう、一緒に……ね?」
「そうだ。1人で背負うものではない」
(全てを背負うものではない、か……背負わせている者の言う台詞ではないな)
苦笑していた日菜子だが「もう大丈夫だよ」と、背中を叩かれている気配にハッとする。
地面に降ろしてもらったスズカは目を閉じ、一度、深呼吸してから目を開く。
「……止めるために、おいらに力を貸してください」
(脆くもあるけど立ち直りやすく、純粋でひたむきな心だね)
眩しいものでも見る様に、目を細める怠惰と日菜子。六実は表情を輝かせると、スズカの両手を取った。
「ボクもスズカちゃんと同じだよ! この前と違ってもう始まっちゃって難しいかもしれないけど、頑張ろう!」
●少年に見せるべき力
「まぁ、いくつかは壊れるでしょう、けど……仕方ない、わね」
離れた位置に設置したスマホ達に、ちらりと視線を向ける胡桃。その間にアスハと淳紅が足を速めた。
「ジュンコウ、合わせるぞ」
「わかりました」
走りながらもアスハは蒼白く発光する左手をかざし、淳紅は足に五線譜を纏い高々と跳躍した。蒼い雨と音の雨がクイーンを中心に降り注ぐ。
だがクイーン達は紅女王を中心に集まり、まず黒女王が槍の石突で地面を小突き、出現した黒い膜のような物がクイーン達に染みこみ、それから紅女王が宝珠をかざと、紅いドーム状の障壁が包み込む。近寄ろうとした怨へ白女王が手をかざし、茨でその動きを封じ込めた。
そして降り注ぐ蒼い光の雨と、音の雨。
それらが障壁に触れ、小さくなってクイーン達に降り注いでいた。
(味方を集結させて能力を上げ、なおかつ魔法的な障壁を展開する、か。動きが、より、人間臭いな。それにさきほどから見ていてが、黒の指揮能力も健在らしいな)
翠女王がアーバレストに球状の物を乗せて動けない怨達に向けて放つと、それは矢よりも遅く、ややゆっくりとした放物線を描いて落ちると、爆散し、怨達を吹き飛ばしていく。
跳んだ淳紅がクイーン達の手前へ着地すると、そこに胡桃が駆け寄ってくる。
「眠り薬をばら撒く、わ」
胡桃がクイーン達の手前で止ると、口の前に寝かせた掌へ息を吹きかけ、そこから発生した眠りを誘う霧が、白女王を中心にクイーン達を包み込む。
「束縛されるのは、あまり好きじゃない、のよ。ごめんなさい、ね?」
機敏な動きを見せた翠女王だけがそこから逃れたが、他の3体はその霧を纏う事となった。
するとすぐに白女王が膝をつき、横たわる――が、黒女王がすぐに石突で顔を殴りつけ目覚めさせる。
「目覚めのキスには過激、ね……ッ」
胡桃が後ろに下がろうとすると足を引っぱられ、ガクリと身を沈めた。足首に違和感を感じ視線を落すと、地面に倒れていた怨の包帯が絡まっていて、そこから梵字が肌を蝕んでいく。
「私とダンス? 今日はお断りしておく、わ。そんな気分じゃない、もの――空駆けよ風。執行形態顕現。特殊選剣:インノ」
歌うような呪文と共に、胡桃の視線の先には純白の両刃剣が現れ、そしてお互いの姿が掻き消えたかと思うと胡桃と両刃剣の位置が入れ替わり、役目を終えた剣が消滅していく。
この間に紅女王の宝珠を中心に花びらのような焔が舞い、それがクイーン達の傷を塞いでいった。
「障壁に回復まで、か。だが、先に狙うはこっちだ」
片手で深い藍色のPDWカスタムを黒女王へ向けて撃ち、傘を広げたまま突進してきた淳紅が傘を閉じて振り回すと、冷気が周囲に吹き荒れ辺りを凍てつかせる。
巻き込まれるように弱っていた怨が倒れ、そしてまたも白女王だけが倒れ、それを表皮を凍てつかせたままの黒女王が叩き起こす。紅のほうは元々効きが浅いのか、すでに凍結も融けていた。
(黒と紅に睡眠は効かんのかもしれん、な。白は効きやすすぎるくらいだが……黒は物魔ともにそこそこ耐性が強く、紅は魔法耐性がやはり高いのか)
観察を続けるアスハは黒女王の刺又の先に黒い力が集約していくのを察知し、腕を振った。
「黒の直線から退避、だ」
だが予想に反して黒の取った行動は槍先を突き出すのではなく、地面を突き刺すように押し当てた――そこから迸る黒い稲妻が大地を駆け巡り、アスハと淳紅、それとできる限り離れていたはずの胡桃の身体を駆け抜けた。
だが3人とも短い苦悶の声を漏らすが、それほど効いた様子はない。
「少しビリッと来ましたが、それほど自分には効きませんよ」
少しだけ得意げな淳紅が和傘を広げ黒女王の視界を塞ぐとともに、そのまま頭部へと先端を刺す様に突きいれる。
そんな淳紅の両腕と両足に包帯が絡みつくも、あらかじめ決めていたかのように淳紅の姿は消え、離れた地点に姿を現すのだった。
「寝てろ!」
突進してきた日菜子の炎を纏った拳が、怨の頭部に打ちこまれ、いともたやすく吹き飛んで他の怨とぶつかりあう。
そこに、六実が呼びだした無数の隕石群が怨達に降り注ぐのだった。これがかわせなかった怨は、その動きが極端に鈍くなる。
「スズカちゃん、狙うなら今だよ」
「うん!」
スズカは矢を番え、怨を相手に1人で燃える拳を振るう日菜子が拘束されるタイミングに合わせて、包帯を狙い撃つ。ほんの一瞬だけ拘束され焼けるような痛みを感じた手を振り、スズカに向け、親指を立てた。
「完璧だ!」
だが日菜子の前に黒い玉が落ちてきたかと思うと、それが爆ぜて破片をまき散らし、日菜子だけでなく、被害に差はあるがほぼ全員にまで届いた。
だがスズカと六実の前には胡桃が凛と立ちはだかり、身体に無数の裂傷を作ろうが怯みはしない。
「邪魔は駄目、ね。仕方ないから私と遊びましょう、か」
胡桃が爆弾を投擲した翠女王へ、生み出された数本の深紅の剣をお返しにと投擲する――が、翠女王の反応が僅かに速く、かわされると直感した、その時。
「ちょっと横になりたまえよ」
帽子を手で押さえながら空から滑空する怠惰の一撃が翠女王の兜を割り、よろけたところを深紅の剣が貫いた。さらには射撃動作直後の硬直を狙っていたアスハの魔銃までもが、翠女王の胸を貫き、そのまま膝から崩れ落ちて地面に横たわる。
(回避はそれなりだが、打たれ弱い、か? その分、火力や範囲は比べ物にならんようだが、敵味方区別なしか)
先ほどの爆弾に巻き込まれ、二度と動く気配のない白女王をアスハが冷たく見下ろしている間、怠惰はアルテミシアと与一に視線を向けていたのだが、肩をすくめた。
「らぶらぶだね。あのお2人さんは、まるっきり私の言葉なんか届かないないみたいだよ」
近づいたり離れたりを繰り返すため距離的な物もあるが、それよりも怠惰の目には2人の間には割りこめないような何かが有るように見えた。
「けど、何もせず見てるだけやと、スズカ君は後悔しそうやね……ま、何度か落胤押されてる自分の言葉はあんま参考になれそうもないんやけど、自分、喧嘩は好きでも殺し合いはやっぱ苦手やしさ。知合いの怖い顔見続けるの怖いし、とりあえず仲裁しにいこかと。
君はどうする?」
淳紅がスズカに問いかけるが、力強く頷くスズカににへらと笑い、淳紅から流れ続ける柔らかい風が、皆の傷を癒していく。
その直後、紅女王の掲げた宝珠から赤い光線がそれなりの範囲に降り注ぎ、光線を受けた者は腕や足を焦がされ、そこからじわじわと肌が焼け爛れていった。
そんな紅女王へ、身を焦がしながらもアスハが右拳を振り下ろすと宝珠が砕け散り、すぐさま紅女王の手からは新しい宝珠が、徐々にだが作り出されていく。
そこへ淳紅が和傘で紅女王の額を突き刺し、横から回り込んだ怠惰の魔剣が鎧の隙間を縫って胸を斜めに貫いた。
それで紅女王を倒したと誰もが確信した時点で、黒女王は翼を生やして大きく跳ぶと、アルテミシアの方へと逃げてしまう。
(優先して狙っていたが仕留めきれないとは、な。生存を優先にするあたり、本当に人間の思考と限りなく近いかもしれん)
「ケリをつける前に、勢力バランスが崩れたか――全力でやりあうわけにもいかんし、ここは引かせてもらおうか」
スズカを一瞬だけ見たアルテミシアがそう告げると、怨達もピタリと動きを止め、木の枝でしゃがみこんでいる与一の元へと引き返していく。
「ま、余計な手出しもありましたから」
「双方引いてくれるなら、こちらもありがたい。恩を仇で返してそれっきりは御免だ」
日菜子の身体から迸る焔が静まっていく。
「おやおや、ずいぶんフィアライト君を気にかけているご様子だね。君達がフィアライト君に優しいのも、彼の在り方に光を感じているからじゃないのかな。
こうして戦って、勝っても負けても後悔しない? 理由はちゃんとあるんだろうけど、失ってからじゃ遅いよ」
首を横に振り「本当にくだらないね」と呟く怠惰への返答は、どちらからもない。だがアルテミシアは真っ直ぐに与一を見据え、与一はそんな視線から逃れるように逸らしているのが、怠惰には答えのような気がしていた。
(温存している節はある、が……あの2人の新しい情報はほとんど見て取れなかった、な。ならばせめて……)
「裏切り者の筈の、胸から痩せる特別講師の名前を口走れる程度には、事情に通じてるそうだな? そこの美人は」
アスハの問いに一瞬訝しむアルテミシアだが、すぐに「真宮寺か」とその名を口にした。
「熊に頼まれ、色々と叩き込んだのが私だからな。交戦経験を積んだ貴重な人材を、アレが切り捨てた事には腹ただしい限りだが……そんな呼ばれ方する程度に馴染んでいるようで、何よりだ」
多少の情報でもとりあえずは満足し、アスハは今度は与一へと顔を向ける。
「天界勢の掃除を優先……随分と上は天使嫌いのようだな? 与一とやら」
だがこちらは「そのようで」と、肩をすくめるだけである。話を聞くにはこちらの方が骨が折れそうだと思った矢先、淳紅が手を挙げた。
「この前の一食分、質問一個答えるとかどうですか。懐怪我させられた分って奴で」
淳紅の言うこの前を思い出したのか、肩を震わせて笑う与一。
「ま、いいでしょ」
「貴方達以外、どれだけの人数がここ最近の喧嘩には集められてるんですか?」
答えると約束した直後だが、与一は顎に手を当てて黙り込んでしまうのだが、やがて3本指を立てた。
「少なくとも、自分以外に3人がいますかねぇ。ちぃっと、ここは正確な数を自分も把握してやいやせんねぇ――おっと、もう帰らせていただきやしょうか。シアさんも、いつの間にかいなくなってますさ」
与一にそう言われ、一同の視線がアルテミシアの居た所へ向けられ、そしていないのを確認して視線を戻した時には揺れる枝のみがあったのだった――
●少年は理解するか
スマホを回収して映像を確認しながら、胡桃は自分が口を出さなかったやり取りを思い出していた。
そして回収を手伝ってくれたスズカへと、ぽつりと。
「まぁ……少しは分かる、と思う、わ。気持ち」
「え?」
「大切な誰かが不幸になるのは、嫌だもの、ね」
キョトンとするスズカからスマホを受け取り、背を見せると「理由なんて、それだけで十分なの」とスズカに言ったのか自分に言ったのかわからない言葉を呟きつつも、無事なスマホを返しに行くのだった。
立ち往生し、言葉を反芻するスズカの頭に誰かの手が置かれた。
「敵に心砕く……嫌いじゃない、が、茨の道、だ。覚悟しておけ、よ」
茨の道がどれほどのものか――少年はまだわからない。でも今、やる事はわかっていた。
「スズカちゃーん、帰ろー!」
手を振り名を呼ぶ少女へ、共に苦難を歩んでくれそうな仲間へ、力一杯腕を振り返そう。
「今行くよ!!」
【一矢】少年、痛感す 終