「お、おぅふ。ディアボロが滅茶苦茶いるで御座るなぁ……」
岸の右側にいる佐藤 としお(
ja2489)の後ろから覗き込む静馬 源一(
jb2368)の声は、膝と同じように震えていた。
「こりゃまた、沢山いるね〜。作戦目的が陽動って事だけど、こりゃ本気で行かないとヤバイね☆ おや、膝が笑ってるよ?」
「こ、これは武者震いで御座るよ!」
肩をすくめたエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が地を蹴り空の階段を駆け上がっていくと、堤防の上を川上へ向け走って行く。
そして静かに様子を伺っていた鳳 静矢(
ja3856)は単身で飛びこむエイルズレトラの背中に焦点を合わせ、難しい顔をする。
(時間を稼ぐのが目的ではあるが――速やかに総数を減らし可能な限り戦果を挙げ、1人あたりの負担を減らしてヴァニタスとやりやすい状況を作りあげて此方に注意を引く方が、隠密部隊も動きやすく、最善か)
「これはこれで、1つの駆け引き、かね……出来るだけやるとしようか」
スコープを覗き込んだとしおが、後ろへと後退しながら1発。一番近いスカイアメーバの一部が少し弾け飛び、源一が手にした光の十字架を投擲し、突き刺さった。
身を震わせているアメーバのその横をエイルズレトラが通り過ぎ、ドゥームフロッガー(死蛙)の口から吐き出される水鉄砲を軽いステップで容易にかわしてみせる。
アメーバが纏わりつこうと身体を薄く伸ばし広げてくるが、その前にエイルズレトラの手から零れ落ちるおびただしい量のカードが逆に包み込み、巻き込まれた死蛙達も動きを止める。
跳躍する静矢が鋭い呼気と共に振るった紫の刀刃が、震えているアメーバを両断して四散させた。
「まずは1匹――これだけ打ちこんで、やっとか」
静矢に舌が振り下ろされるも刀身で受け、少しだけ肩を痛める程度に抑えた。
主人をも包み込もうとするカードから逃れたエイルズレトラは、香を見下ろしながらも前進するのであった――
(始まった、な。陽動とはいえ……土産ぐらいは貰って行こう、か)
香を見据えるアスハ・A・R(
ja8432)は、白銀の銃を片手に皆となるべく足並みをそろえていた。
「遊んであげるから来なさい!」
雨野 挫斬(
ja0919)の身を包む濁った赤い陽炎に誘われ、死蛙もアメーバも集まりつつある。迫りくる敵を前に、雪ノ下・正太郎(
ja0343)の身体が蒼い装甲で包まれていく。
「我・龍・転・成、リュウセイガー! 悪よ、どこからでもかかってこい!」
跳躍するその横に翼を広げた江戸川 騎士(
jb5439)が並び、空から英純を見おろすと――鼻で笑う。
「随分お粗末になったじゃねぇか」
「うるせぇぇぇぇぇぇ!!」
英純の絶叫に興味を惹かれた挫斬が目の片隅にその姿を捉え、つまらなそうに口を尖らせた。
「なーんだ。ワゴン並みって聞いたから期待してたのに随分小さいのね。
まぁそれでも人並みよりは大きいけど、大きいだけじゃ女は満足できないわよ?」
挫斬が死蛙の身体に糸を絡め肉を切り裂き足を止めさせると、アスハの魔銃から放たれた弾丸が胴体を貫く。そして真上に飛ぶ騎士が総譜から小さな音符を生み出し、射出した。
それだけの攻撃を受けつつも、死蛙は動きを止めずに挫斬を目指して飛び跳ねるのだった。
死蛙よりも目の前のアメーバに狙いをつけたリュウセイガーは、銀色に輝く穂先が二股の槍で突き刺すと、その柄に絡みつくアメーバが腕からリュウセイガーの身体に侵食していく。
「これしきで!」
闘気溢れるリュウセイガーは力任せにアメーバを振りほどいたその直後、腹部に強い衝撃と突き抜ける感覚に、よろめいてしまう。
「おっしゃあ、めぇい中!」
撃たれたと理解したリュウセイガーだが、不思議と痛みはない。その代わり、真下にまで来た挫斬が脇腹に手を当て、短く苦悶の声を漏らしていた。
だがすぐに薄い笑みを浮かべ、リュウセイガーへとウィンクする。
「頑張りなさいな、男の子。お姉さんにいいとこ見せて」
「す、すまな……すみません! 許さんぞ!」
挫斬の色香にドギマギするリュウセイガーがそれを悟られないように、ビシリと英純達に指を向けた。
「だとさ、優」
優という名前に、英純に向けたはずの指がついっと横に移動して優に突きつける。
「優……!? 大津のプロレス会場で天使から聞いた、牧瀬さん殺害犯は貴様かっ!!」
叫ぶリュウセイガーへ大きく体を広げたアメーバが再び襲い掛かろうとしていたが、対岸からとしおの狙撃とアスハの魔銃の弾が交差し、破裂するのだった。
「この後の戦いを考えると、なるべく数を減らしときたいね!」
「そうで御座るな!」
死蛙の振り下ろされた舌を、半身になってかわした源一が舌へと十字架を撃ちこみすぐにその場から離脱すると、静矢が死蛙の横で刀身水平に振るう。
「せっかく引き出してくれた隙だ、無駄にはせん。こうして確実に減らしていくのが、まず先決だ」
(それもある、が。チャンスを逃さない事も大事だ、な)
敵が全体的に両岸へ寄りつつある――もう少しだと言い聞かせ、アスハは機をうかがい続ける。
外周から単身で敵陣へと踏み込んで、四方から伸びる舌をかわしつつ、死蛙とアメーバを次々にカードで縛りつけていた。だがその目は相変わらず、香に向けられている。
「存在自体が許せませんねぇ。折角ですので、この場で滅びてもらいますか」
「カリスマレスラーを殺したようだが、ずいぶんすっきりしたんじゃねぇの? どうせ圧倒的だったんだろ。その間、そっちの粗末なもんぶら下げてるやつが何してたか知らねーけど」
「粗末じゃねぇよ!」
過剰な反応を示した英純のマグナムが挑発する騎士へと向けられ、身体をのけ反らせるが肩に焼けつくような痛みが走る。
(豆鉄砲でもこのくらいの距離は届くってか。しかもでかブツよりも連射性能は上か)
「粗末じゃない? だったらアナタの大きいのでアタシを満足できるかどうか試してみましょ? 遠距離からチマチマじゃつまらないわ。こっちに来てアナタの大きいのを至近距離で撃ち込んでよ」
挫斬は死蛙の舌を円形の盾で受け止めつつも、肩をすくめて首を振る。
「これだけ誘われても来ない意気地なし? ご立派なソレは飾りかしら?」
そこまで言われてやっと、英純が中洲から川へと足を踏み入れた。
挫斬に死蛙とアメーバが集まり、対岸では突出したエイルズレトラに襲い掛かろうと集まった死蛙とアメーバがカードで動きを止められている。そして今、英純が中洲から離れようとしている――
(今、か)
腰を落すアスハの姿が掻き消え、中洲のすぐ横に姿を現す。包帯から燐光が漏れるかざした左手が蒼く輝き、上空から蒼い光の雨が降り注ぐ。
両腕で頭を隠して光雨を耐え忍ぶ優。しかし香は、ほんのわずかな着弾のずれの隙間をかいくぐっていた。
雨が降りやみ、服は穴だらけで身体中から焦げるような臭いを漂わせてはいるが、優は両足でしっかりと立っている。香はというと当たった様子はまるでないのだが、鼻から血を流していた。すでに能力の限界である。
「逃げ場がないようなものですらも避けるとか、ますます許せませんねぇ」
優を無視し、香のすぐ後ろにエイルズレトラが立つと、カードを突き刺す。内部での爆発によろめく香が包丁を水平に振るうも、ほんの少し頭をのけ反らせるだけで空を切る。
その香の横、アスハの姿が瞬時に浮かび上がると香の背中の空間を圧縮し開放。動きが鈍くなった香は避ける事もできずに川へと吹き飛ばされ、動けなくなったのかそのまま川に流されていく。
舌打ちする優が、流される香と挫斬を目指していく英純を順に睨み付ける。
『折角、悪魔を騙して力を得たのに。本当は香や英純、こいつらが足手まといだと、このまま死んでしまえばいいと思ってるんだろ――』
いつの間にか姿が見えない騎士の悪魔そのものの甘い囁きに、優は唇の端を吊り上げた。
「その通りだな」
流される香を放置して、優はアスハに掴みかかろうとしてくる。アスハは咄嗟に、蒼焔を纏う藍色の包帯を巻いた右腕を突き出していた。
鈍い音が脳裏にまで響き、鈍痛が襲う。それでも腕を振りほどき、川へと身を投げ流れに任せて一気に下り始める。
だが優が指をさすと、それまで挫斬を狙っていたはずの死蛙達が一斉に長い舌をアスハへと叩きつけてきた。
「ぐぅ……!」
川底に叩きつけられ、ハンマーのような一撃が4発――意識が一瞬にして刈り取られ、川に浮かんだアスハはそのまま流されていく。
そして優が香を追いかけるエイルズレトラに指を向け、エイルズレトラにとって屈辱的な言葉を叫ぶ。
「当たらないなら、そいつは無視をしろ。狙いを一点に定めて一斉に襲い掛かれ!」
その指示に従い、複数の死蛙が挫斬へ向けて口を開け、消化液の水鉄砲を吐き出す。
「私以外全員男の子だから、服が溶けたら目の毒よね」
そうは言うが一斉射撃されてしまえば、1本くらいはかわせてもほとんどがかわせない。円形の盾で受け止めるが、飛び散る酸が腕を肩を爛れさせる。
挫斬を空から覆いかぶさろうとするアメーバへ、リュウセイガーの槍と源一の投げつけた光の十字架が突き刺さり、活動を停止させた。
「キャハハ! 来たわね! いい男! んじゃどちらか逝くまで遊びましょ!」
挑発を続ける挫斬へ向かって走る英純のマグナムは赤く輝き、挫斬とリュウセイガーへ狙いを定めると赤黒い弾丸を発射するが、その弾丸は空中であらぬ方向へと軌道を変え、空へと消えていった。
「邪魔はしないで欲しいんだけど?」
「アハハ! 今よ! 纏めて吹き飛ばしちゃえ!!
としおがやってやったという顔をして、挫斬を狙うために並んだ死蛙へ向け「ドドーンと行っちゃてー!」と発砲。鋭い弾丸は次々と死蛙の胴体を突き抜けていく。
「ここが狙い目……か」
としおの前に移動した静矢が紫の刀身を振るうと、刀身から紫炎の鳳凰が一直線に飛び交い、次々と死蛙を飲み込んでいく。さらに鳳凰が彫りこまれた鞘の柄に手をかけて距離を詰め、強い光を放った次の瞬間には紫雷が閃き3匹の死蛙が両断されていた。
数を減らした事への満足感も束の間、としおが勢いに押されのけ反ると額から血の華を咲かせ、今度は英純がやってやったという顔をする。
額からは血が溢れ出てくるとしお――がばりとのけ反った身体を戻すと、英純を睨み付ける。
「……ってーなっ! マジで全開で行くぜ……」
「きやがれってんだよぉ!」
距離を測るとしおに中指を立て狙いをつけるのだが、弾けるよう移動で距離を詰めてきたとしおがゼロ距離でマグナムの撃鉄に銃身を押し当て、破壊する。
「これで緊急離脱もちっちも出来なくなったでしょ?」
「なめんなぁ!」
それでもとしおに狙いをつけるのだが、そこに矢が突き刺さり紫の鳳凰が飛び舞う。さらには弾丸の暴風雨が英純の鶏冠頭を、イソギンチャクへと変貌させていった。
「……狙撃が得意なのは貴様だけでは無いと言う事だよ」
「ここも再生出来るのかい?」
としおの声と静矢の厳かな声は英純の耳には届いておらず、情けない悲鳴を上げる英純へ挫斬が糸を振るうのだが、その糸は立ち塞がる優の腕に絡め取られる。
肌に鋼糸が食い込みはするも、引き裂けはしない。
そして動きが止まってしまった挫斬へ、優が抱きついて耳元で囁く。
「お前は私に近いモノを感じるな」
問い返そうとする前に、挫斬の全身は軋み鈍い音が連鎖的に鳴り響く。遠のく意識の中で、優の「壊す感触がたまらんな」という言葉を耳にするのであった。
「貴様ぁ! リュウセイガァァァパァァァァァンチ!」
半歩踏込み、蒼い炎を纏った拳を優の胸へとめり込ませた――はずだが、少女の外見からは想像もつかないほど身体は硬く、まるで鋼鉄を殴っているようだった。
リュウセイガーへアメーバが纏わりつき、それを振りほどこうとしているうちに舌の一撃。それと優が指先に引っ掛ける様にしてリュウセイガーの装甲ごと肉をえぐり取る。
「く……なんだ、この痛み……!?」
傷口が増えたわけでもないのに、身体は何度も傷の痛みを伝えてくる。繰り返される痛みに、いつしかリュウセイガーの意識が薄れていった――
優が死蛙の死体から肉を引き千切ると英純の股間に当て、見るも無残だったそこが元に戻っていく。
麻痺が解けたにも拘らず、無視をしろと言ったエイルズレトラに当たらぬ包丁を振り回し投げている香を一瞥する優の目は冷ややかだった。
香が気配を消していた騎士に後ろから羽交い絞めにされ空を舞うと、いよいよ優の口からため息が漏れる。
「時間を稼がれ過ぎた。あれは置いて、とっとと逃げるぞ」
「折角、ヴァニスタにまでなったのに、今も他の奴らのお荷物になっている自覚がないのか? ほら、優の目を見ろよ。お前、いらないってさ」
脇腹を包丁で刻まれながらも、言葉巧みに香の意識を逸らさせて優達からさらに引き離しつつも頭から川に叩き込む――だが、騎士も血を流し過ぎていた。
そこにダメ押しで舌の一斉攻撃を受け、意識を失いかけたところを死蛙に丸呑みにされるのであった。
「隙ありで御座ろう」
立ち上がる香へ源一の疾風をも切り裂く一撃が通り抜け、喉がぱっくりと開く。
香が何かを言おうとして口を開き、手を伸ばすのだが、その首の後ろにカードが突き刺さる。
「これにて幕を下ろさせていただきます」
エイルズレトラの抑揚のない声――カードは潜りこむと破裂し、それが落ちて水飛沫を上げ、川は赤く染まるのだった。
「香ぃぃぃい!」
「叫んでないで行くぞ」
優に蹴りつけられた英純が拳を握りしめながらも、マグナムを生やすのではなく、2人の足元からワゴン車並のリボルバーが地面からせり上がり、腹に響く轟音と爆炎を上げ冗談のようだが2人を乗せて飛んで行ったのであった。
そのすぺしゃるなマグナムが飛ぶ時、しっかりと狙われていたとしおは距離を取っていたものの爆風を浴びて何処までも転がり、そして止った時にはピクリともしない。
(時間も頃合いで御座るな)
源一がホイッスルを吹き鳴らす――
「一瞬気を失ってた!」
「もう少し減らしたいものだったが、仕方ない……」
としおは起き上がると、流されているアスハを回収しに行き、その後ろを護る静矢。
倒れていたリュウセイガーも目を覚まし、気を失っている挫斬を担ぎ上げては空を飛んでいく。だが今なお闘志に溢れるその目は、遥か彼方へと向けられる。
「ヤツは――許さん!」
(コケにされたという点では僕も一緒ですけどね)
傷だらけの騎士を回収するエイルズレトラは、今回、自分が無傷だった理由に腹を立てていた。香の事などもう、頭の中にはない。
「陽動は成功で御座るが、なんとも後味の良くない結果で御座ったな……」
【魂刃】お楽しみはこれから 終