●零番艦格納庫
「あんなものが遺産とは、笑わせてくれるな――ナイトヘーレだ。エクリプス、出るぞ」
皇 夜空(
ja7624)の独自改造された専用機、エクリプス・VOBオラトリオタングラムの紅いモノアイが輝き、空へと飛び立つなりソニックグライダー形態へと移行すると、およそ人間には耐えきれないような加速で空を駆け抜けていく。
高加速性能を実現させたヴァンガードオーバードブースター(VOB)に増加機構オラトリオタングラムの組み合わせにより、その速度に到達する事ができたのだ。
「またの呼び出しがあったかと思えば、今度は化物が相手ですか……まあ今回は新型機ではありますけど」
カタパルトで発艦命令を待ち続けるのはX字に配置された翼が特徴的な、白地に要所が水色とピンクという試作機風の色彩が施されたシャープな戦闘機形態の機体リーぜ・ファルケで、パイロット仁良井 叶伊(
ja0618)(ただしここでは坂井 隼と名乗っている)がぼやくように呟く。
「戦う今は、我にあり――リーぜ・ファルケ、坂井 隼。出ます」
出撃と同時にハチドリを思わせる機動式ビームガン、ジ・ツイータを展開して飛び去っていくリーゼ・ファルケだった。
「お、もう出撃か……やれやれ」
前回、自爆により機体は喪失したがコックピットブロックはほぼ無傷であったため予備機にデータを移植し、交戦記録からさらに挙動プログラムを見直してソフトウェア面での強化を図ったクラインフォルト?(ツヴァイ)。
増設した装甲により対弾性能の向上、フレーム構造見直しによる強度向上が図られたため、機体重量も大幅に増加して機動性は劣悪となっているため、それを少しでも改善しようと最後の最後まで手を加えていたが、元整備士の向坂 玲治(
ja6214)准尉はコックピットに向かう。
「まったく、手当が幾らあっても足りないな……向坂、クラインフォルト?。出かけてくるぜ」
言葉とは裏腹に、気楽そうな様子でカタパルトに向かうクラインフォルト?は重そうに空へと放り出されると、EWACとECM、それにECCMを起動させるのであった。
「お掃除の時間かしらァ?」
ひょっこりと格納庫に顔を出した掃除のオネーサン黒百合(
ja0422)が頭の三角巾をとると、高級羽毛布団なんて敵じゃないモコモコ・モフモフと至高の肌触りをした猫型――いや、クマ型ロボット、ユリ・クマ2へと近づいていく。
黄色い外見に背中のリボンがとてもぷりてぃー。
後頭部の給油口らしい部位に、整備士が素手で黒百合特製薬液を注ぎ込んでいた。
「あらァ、気を付けた方が良いわァ。その薬液、触れただけで皮膚が蒸発しちゃうからねェ♪」
胴体背部のシリンダー状コックピットに黒百合が搭乗すると、ユリ・クマ2に挿入され、ユリ・クマ2の顔の液晶パネルにはやる気を示す顔文字が表示される。
「エリュシオンのアイドルユリ・クマ2ちゃんだわァ、今日も頑張って地方巡業にレッツゴーォ♪」
カタパルトには乗らずに格納庫内を駆けだすと、両手を広げて飛び降りるユリ・クマ2。
「いやはや、若い人はみんな元気がありますね」
顔は若いのだが年寄り臭い事を言う間下 慈(
jb2391)は長年の愛機である旧式OBを見上げる。
見た目こそ旧式だが、突貫工事でなんとか最新鋭の技術を詰め込んだ最新版の旧式機、D・S(ドッペル・シェイド)が最終調整に入り、その手にはスカッターキャノンにナイフを無理やり溶接したやや不恰好な銃剣があった。
見上げていた慈はやがて、のろのろと緩慢な動きでコックピットまで登ってはどさりと座ると軽く咳き込み、操縦桿を握った。
「味方が精鋭揃いで逆に緊張しますけど、いつも通り『生き』ましょう」
「うわ、キモっ!」
『そのキモいものを、守れ。各地に散らばった部隊が集結するまでの間で構わん』
「……ええッ、僕、あれを守らなきゃいけないんですかぁっ!? あんなの放置でいいじゃないで――切れてしまいましたか。
やれやれ、まったく。大将が全機引き連れて出動した挙句、誰も帰ってこないとかあまりにもお粗末すぎると思うんですがねぇ」
肩をすくめているのは、少年に見えるのだが少なくとも20年以上傭兵稼業を続けているエイルズレトラ(
ja2224)で、紛れもなく人類である。
今は天魔に雇われている、ただそれだけの話だ。
そんな彼の機体だが、外見上は白と黒のツートンカラーの細身で小型ながらも、人類史上でも唯一無二のレベルで回避性能だけを追求したピーキーな機体、それがマジシャンFであった。
「ま、エース級ばかりの所に単身で突っ込むとか、正気の沙汰ではないわけですが――」
余計ではないはずの装甲も全て脱ぎ捨て変形すると、零番艦へ向けてフルスロットルで突っ込んでいく。
「最高に楽しいショウじゃありませんか!」
後方に幻影を引き連れ、コミカルなトランプの兵隊のイラストが書かれた小型ミサイル、バッド・カンパニーを全機に向けて発射する。
『マスター。前方から多数のミサイル反応あり』
「わかっている!」
目は見開き、口の両端を釣り上げて笑う夜空のエクリプスVOBは馬鹿げた推力で真っ直ぐに飛んでいるのだが、ほんの少しの挙動でミサイルの隙間を縫って過ぎ去っていく。恐るべき空間認識能力に反応である。
リーゼ・ファルケは、周囲に浮かぶハチドリ達がミサイルを次々に撃ち落す――が、撃ち漏らした1発が迫りくる。
「スコーカ・バリア、展開」
分離したシールドが別の生き物のような動きを見せ、迫りくるミサイルを払い落とすと同時にリーゼ・ファルケは急上昇して爆風から逃れた。
「手荒い歓迎ですね」
D・Sの分身達が散弾の面攻撃でミサイルを撃ち落し、漏れたものを本体が銃剣の刃で突き刺し切り払う。決して早い動きではないが、一洗礼されきった老練の業を魅せる。
「おっと、これくらいじゃ墜ちないようにはしてあるんだぜ」
多少は揺らいだクラインフォルト?だが、すぐに損傷個所が修復された。
お返しとばかりにスナイパーライフルを撃つのだが、弾が出るよりも先にマジシャンFは軌道から逃れていて、当たる気配を全く感じさせない。
零番艦の近くからあまり動いていないユリ・クマ2にも飛んできたのだが、その全てを機関砲から出るファンシーなお星さまが撃ち落していく。たとえ撃ち損じても、落ちるまでひたすらに撃ち続けていた。
「きゃはァ♪ みなさーん、触手やら赤血球が襲ってくるわよォ」
警告するまでもなく、いち早くD・Sが遺産に飛び込んでは赤血球を撃ち、銃剣で触手を根元から斬り捨てる。次なる赤血球が外敵を排除しようとD・Sに襲い掛かってくるが、その予想不可能そうな動きがひどく緩慢に見えていた。
(本能に任せた動きは時として厄介ですけど……)
「それに打ち勝つために、人は修練を繰り返してきたのですよ?」
赤血球の棘を切り、零距離で分身が銃をぶっ放して破裂させると次を狙いに行く。
その上を高速で突っ切るエクリプスVOBに赤血球と触手がどんどんと群がっていたが、エクリプスVOBは船首を180度回転させ、前に進んだまま後方を向く。
「まとめて焼き払う! 滅びろ化物ども!」
大きなミサイルを1発、発射――それが赤血球達の目の前で回転しながら、有線式ミサイル30発を散布。夜空の視線にミサイルは応え、その全てが余すことなく赤血球と触手を撃ち落すと再び180度旋回し、加速して飛び去るのであった。
一方、馬鹿にするかのように、わざわざリーゼ・ファルケの正面から突っ込んでくるマジシャンFへ、リーゼ・ファルケも機体下部から正面を向いているジェネレーター直結式のイオンドライブカノン、アル・ウーファーで狙うのだが、トリッキーな回避を見せるマジシャンFには当たる気がしない。
リーゼ・ファルケとマジシャンFが交差する瞬間、ジ・ツイータで回避できる方向を限定し、そこに逃げ込む事を予知して零距離からのアル・ウーファーを放つ――が、直撃したはずのマジシャンFはパッとトランプをまき散らしその場から消え去っていた。
その直後、リーゼ・ファルケの下から衝撃が。
JOKERが描かれたトランプを下部に突き刺しているマジシャンFがその手を離すと爆発し、リーゼ・ファルケが激しく揺れた。
「まだ、この程度でリーゼ・ファルケは墜ちませんよ!」
追撃の仕草を見せるマジシャンFが急上昇し、下からD・Sが放った散弾が通り過ぎ去る。
「横槍失礼します――」
D・Sの中では慈が側頭部に弾丸を撃ちこみ、左目を怪しく緑に輝かせ、その左目を閉じると右目が銀色へと変化し、全身が淡い銀の煙に包まれて、笑みの消えた顔を向ける。
「老兵とその影が、お相手します」
「解析完了♪ お掃除、開始よォ!」
じっくり観察を続けていたユリ・クマ2の頭部が割れ、スケールダウンしたユリ・クマと、どうやって収まっていたか謎な実寸大のユリ・クマ弐号機、参号機、四号機、伍号機が出現する。
さらにユリ・クマ2は各部から怪しげな粒子を放出し、顔の液晶パネルが真っ赤に変化していた。
2機から危険な気配を感じ取ったエイルズレトラだが、口元の笑みはますます強まりD・Sとユリ・クマ2にバッド・カンパニーを撃ちながら突撃していく。
ユリ・クマ弐号機と銃を構えたD・Sが飛び交うミサイルを全て破壊しつくし、辺りが爆風に包まれる中、突っ切ってきたマジシャンFの前に4体のユリ・クマと1体のチビ・クマが待ち構えていた。
丸く可愛い手から凶悪な爪をにゅっと見せ、取り囲んだ5体が一斉にもの凄い手数の拳を繰り出す。
上段中段下段裏拳、様々な角度から撃ちこまれてくる爪をマジシャンFはかわし続けるが、ユリ・クマ2の手が止まった時にはギリギリの状態であった。
そこにD・Sの鋭い刺突。
後方へと大きく退くマジシャンFへ、淡々と慈が警告する。
「そちらは危険ですが、よろしいんですかね?」
その直後、上からエクリプスVOBの突撃を受け下へと押し込まれる。
「誘い込まれてしまいましたか。食えませんねぇ」
「EXAM、システムスタンバイ……ユナイトライズ・ランス・オブ・ロンギヌス、起動!」
夜空の左目に、薄い青色の逆光のキツイ、モノクル状の物が現れ、マジシャンFを突き刺したまま更なる加速を見せるエクリプスVOB。クラインフォルト?の横を通り過ぎ去り、目指すはクラインフォルト?が集中して当て続けた、遺産に開いた小さな穴。
「地球の自由落下というものは、言葉で言うほど自由ではないから――消し飛べ!」
遺産へとマジシャンFを縫いつけると同時にミサイルを全弾発射、そして船首から迸る力の奔流が真っ直ぐに遺産を突き抜けていった。
「侵食完了(EndEclips)」
小さかった穴がぽっかりと大きな穴となり、クラインフォルト?とユリ・クマ2達が通っていった。
内部では無数の神経と呼べそうな細い触手のような物が通さまいと襲い掛かってくるが、金色に輝くユリ・クマ2がトリモチ装置付のクラッカーを大量に撒き散らしてその動きを封じ込めると、派手に暴れまわる。
やがてユリ・クマ2の輝きが失われようかという時、クラインフォルト?も『準備』が整った。
「これで沈んでくれっか、知らねえけどな」
それが玲治から最後の通信――遺産が膨れ上がり、内部から広範囲にわたって爆発する。
撒き散らされる体液の中、リーゼ・ファルケの姿勢を維持していた隼の目に、外に剥き出しとなっている脳幹がつながっている内部の間脳が見えた。
「これで決めます。アル・ウーファー出力全開放――シュート!」
反物質を取り込んだイオンドライブのリニアキャノンが間脳へ吸い込まれるように真っ直ぐ伸びて、間脳が炸裂するのであった――
●弐番艦格納庫
(制御する術が無い物を放置しないで下さいよ……尻拭いの為に来てるわけじゃないんですけど)
メインカラーは黒、サブカラーは白という二足歩行型の機体ネメシスの中で、如月 千織(
jb1803)大尉がスコープを使いやすい位置に調整してから、どさりとシートに座りこむ。
目の前のコンソール――ではなく、まさかのパソコンキーボードが自動展開された。そしてスコープで目標を覗き込み、ゲンナリする。
「遺産なんて無かった。いいね……如月、ネメシス、出るよ」
ネメシスの足が地から離れ、ほんの少し浮遊したまま出撃していった。
「あんなもののせいで地球が狙われたのなら、滑稽な話だな。天魔軍、お疲れ様でしたとしか言いようがない」
両手両脚の手甲と脚甲に大きなブレードが固定された女性型のAB、ソードエンプレス改・ソニックフォームではアルジェ(
jb3603)
少佐が柱状の遺産へ向け、抑揚のない声で合掌する。
ちらりと視線をすぐ隣の郷田 英雄(
ja0378)大尉専用新型機、紫電改へと向けた。
(まだ来ていないのか……また指輪を捜しに行ったか、マウたんと会ってるのか)
気にはなるが緩やかに格納庫から飛び出して地に着地すると、あっという間にその背が小さくなるのであった。
「まいったな。またお守りがどっか行っちまった」
「これ、でしょ」
「お、それそれ――なんでここに艦長がいるんだ?」
さっき出撃命令を出したからにはメインブリッジにいたはずであり、こんな所をうろうろしているはずがない――出撃命令を受けてもこんな所をうろうろしている自分を棚に上げた英雄が首を傾げると、マウは「どうでもいいじゃない」とそっぽを向く。
英雄が手を差し出して指輪を求めてもマウは渡そうとせず、頭を下げるように手でこまねき、両手で紐のわっかを広げて首にかけてやるというアピールを見せる。
どういう事かわからないが、マウの身長に合わせて素直に頭を下げる英雄。
「あ、そうだ艦長。無事帰ったら、チューしましょ……っ!」
それを言い終わる前に、首に通された紐を引かれさらに頭が下がったところで口を塞がれる。
ほんの一瞬だったような気がするが、目の前には目だけ下を向き朱色の頬をしたマウがいて、今起きた事が事実だとはっきり認識する。
「……無事帰ってきて『からも』ね」
踵を返して行ってしまったマウの背が小さくなるまでその場から動けなかった英雄だが、やがてほんのり甘い匂いが残る自分の唇に手を当てた。
そして力強い足取りで格納庫へと向かい、マードックの怒鳴り声も無視して紫電改へと乗り込む。
活力が満ち溢れているが、余分な硬さはなく、適度にリラックスできている――最高の状態だ。
「待たせた。紫電改は、郷田英雄が行く」
これまでよりも装甲の造形を絞り、ややスマートになった紫電改が戦地に赴くのであった。
「ソードエンプレス機……! 3体、2時方向……!」
「了解した」
レーダーに頼らずスコープだけで索敵している千織だが、その方が的確な位置がわかると豪語しているだけあって、ソードエンプレス改よりも随分後方にいるにも拘らず、レーダー外の敵すらも先に察知する。
そしてそれに応えるソードエンプレスも鋭角的な軌道で方向を変え、人型の生物を視界に捉えたと思った時にはすでに目の前にまで詰め寄り、3体を瞬殺し、アースレイドのいる弐番艦に一瞬だけ目を向ける。
(ようやく、隊長が戻ってきたんだ……このまま仕事させずに終わらせるわけにはいかない)
「ダウンした少尉には次回頑張って貰うとして……郷田の機体が間に合えば良いが……」
意識が逸れた隙に次々と上から落下してくる人型だが、それら全てがミサイルの餌食となった。
「わりー。待たせたな」
敵に合わせてジグザグに動いてきたアルジェや千織と違い、ひたすら真っ直ぐに追いかけてきたため追いついた紫電改が機体背面のブースターから派手にミサイルをばら撒く。
それにより人型は地上に降りる前に殲滅され、うねる触手が紫電改めがけて伸びるのだが、紫電改の両肩部から力場が発生し見えない壁で触手を阻み、阻まれた触手にビットが集結しては高圧エネルギーで焼き払う。
だがそれでも出力が足りないのか、動きを止めない触手がビット―を振り払うように回転したその矢先、根元に着弾してそこから落ちていった。
ビットがネメシスへと戻っていき、格納されていく。
「はいおかえり。TB再チャージ――うん? なんか怒ってるみたいですね?」
その言葉は的を射ており、残りたった19本しかない触手が感情を表すかのようにうねり方が激しくなった。だが問答無用でもう1本、根元から撃ち落した。
「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ、なんて」
ついでにもう1本狙いを定めると、トリガーが引かれる前にその触手が根元から弾け飛んだ。
「あた、当たったぁ!」
かなり遠くから聞こえる歓喜の声――スナイパーライフルの限界距離ギリギリでジャミングを出しながら物陰に隠れまくっている機体がいた。
モニターには友軍機『メンカターデ』と出ているが、知らない機体である。
「こちとらラーメンの出前届けに来ただけなのに、なんなんだよぉ!
つーかお前らのせいで出前専門屋台しかできなくて、こちとら商売あがったりなんだ。さっさとこんな戦い終わってくれ!」
生々しい悲痛な叫びをあげる佐藤 としお(
ja2489)――軍属でもなく、傭兵ですらない、ただのいちラーメン屋の店長である。
本店が支配地域にあるため営業できず、屋台で細々とラーメン屋を営み、こうやって戦地にもラーメンを届けてくれる戦うラーメン屋さんは、決して戦いたいわけではないし、自らの意思で参加しているわけでもない。
要するに、ただの巻き込まれ体質というだけだ。
それでもスープの味と並んで火力も天下一品で、メンカターデの援護は強烈だった。
「一気に、決める」
四肢のブレードの先端を前方に集め、錐もみ状に突進するソードエンプレスは刃の弾丸となり逝く手を阻もうとする触手を貫き突き抜けていく。
「もう誰も……アルを捉えることはできない」
紫電改が近づく触手を右手の回転弾倉式グレネードランチャーで押し返し、ポイントを絞った見えない壁で横からぶつける様にして切断すると、ソードエンプレスの後をついて行く。
「終わらせるなら、付き合ってやるよ。リミッター解除、力を貸せ!」
英雄の首にかけた指輪が淡く輝きながらも浮かび上がり、紫電改の全身も輝き始めると、バイザーがツインアイとなる。
弾幕が途切れた隙に人型がネメシスの傍に落ち、腕を振り回すも空を切り、残像を残すほどの瞬間的な加速で後ろに回り込んだネメシスがスナイパーライフルで足を払い転ばせると、銃口をピタリとくっつける。
「零距離、ノンスコ、突スナ……といった言葉もあるんですよ」
発砲――同時に斜めに後退してもう1体の腕をやり過ごし、片足を軸に急旋回、さらに攻撃をかわす。
「回避だけは赤い角付きよろしく、3倍速いんですよ」
そして銃口を人型ではなく紫電改に伸びる触手に定め、手当たり次第に撃ち落して射線が確保されると、紫電改の背面から力の共振を受けたミサイルが一斉に柱型の遺産めがけて飛来していく。
「兄さん、近くにいるな」
アルジェが近くにいるはずの中本修平機のオラトリオに呼びかけ、躊躇する事無く強制合体のスイッチを押した。
オラトリオがソードエンプレスに引き寄せられ、変形拡張したソードエンプレスが手足と胸部を包み込み、ブレードが束となった巨大なライフルを両手に装着して合体が完了する。
複座となったコックピットで「やっと兄さんと1つに」と歓喜の声を上げるアルジェへ、事態が飲み込みきれない修平は何も言えなかった。
紫電改のミサイルが装甲のような役割を果たしていた顔を破壊したポイントへ、エンプレスオラトリオのブレードライフルが放った4本の電磁砲は絡み合い、1本の塊となって遺産を突き抜けるが、穴からは焦げ付いた心臓が見えるものの、まだ脈打っている。
そして再生が始まる――と思った矢先、後方から飛んできた高圧のエネルギー弾が心臓を貫き弾けさせた。
「お前のせいで、出前のラーメン伸びたじゃんか!!」
●参番艦格納庫
ユニコーンをモチーフとした頭部と、見る物に中世の騎士を髣髴とさせる機体、クロムナイツ・コバルトインペリアルではファング・CEフィールド(
ja7828)特務大佐が球状のコントロールスティック、アームレイカーに手を置いた。
「ファング・クロスエッジフィールド、クロムナイツ、出る! 各AB遅れるな」
滑るように格納庫下の海へと飛び込んでいく。
「1秒の遅れが取り返しつかない場合もありますからね。出ます」
御堂・玲獅(
ja0388)技術将校の乗る、汎用機の生存性向上を目的として試作された内の1機、蜃。
防御力・探査性能・耐久力向上に主眼をおかれ過ぎた結果、空中・陸上での機動性に難があり、やむなく水上・水中用に回された経緯がある重厚な機体は海底へと消えていった。
「古代の、遺産……気味悪い……」
白に数本の赤いラインで水中機としては不安になりそうなほど流線的で華奢な機体、ラスト・ダンサーの琥珀色の溶液で満たされた内部でSpica=Virgia=Azlight(
ja8786)少尉が呟く――が、すぐに興味を失ったのかそれとも関係ないと思ったのか、静かに出撃していった。
そして人型ではあるが、単眼で口に当たる部分の無い頭部をした機体、怜悧号改――その目は未来しか見つめず、語らずとも伝わる事があるという意味合いを持っている。
海へと潜り、脆弱な装甲を水圧から守るべく障壁が生成され、余計な装備と最低限を守っているはずの装甲を捨てると、カメラアイが輝く。
「あたしは戦争に鍵をかける者……こんなもの、残しておけるわけないよ」
静かな口調でアサニエル(
jb5431)は決意の眼差しをスライムのような遺産に向け、4機の子機を招集すると鍵をかけるために進む。
――豪華絢爛たる舞台が、幕を開けた。
「敵影多数、みなさんのレーダーとリンク完了。右方向の進軍が若干早いです」
「あたしに任せるさね」
参番艦の傍で全体を把握する玲獅に応え、怜悧号改は4機の子機と編隊を組み、ろくに見えはしないがアサニエルは女の勘で右方向へどんどん加速し、速度を維持したまま前方にフィールドを展開。ゲル状の弾丸を弾きながら、人型ゲルどもを蹴散らしていった。
突出した怜悧号改へ集結しつつあるゲルどもの死角から、クロムナイツのエナジーファンネルが襲い掛かり、そちらに意識を向けさせる。
「水中だ、爆風による攻撃は効き目が薄いだろう――直撃させるッ!!」
背部のロングテール・バーニア・スタビライザーを駆使して別角度から飛んでくるゲル弾を周りこむように回避軌道を取りながら、ボウワ社とノーフォーク社が共同開発したポジトロンライフルを撃ち続ける。
荷電粒子が閃き、人型ゲルの身体が蒸発するかのように散っていった。
おぞましい数の人型ゲルがレーダーに映ってはいるものの、感情を失った生体部品スピカは恐怖を一切感じる事無く、そしてたった一点のみの目標を見据えた。
ビットが進行方向の人型ゲルを相手にし、その横を気づかれる事無く静かに通過して、真っ直ぐに遺産本体を目指す。
「ロックオン……殲滅、開始する……」
右腕部を突き出すと、超圧縮された波動エネルギーが遺産の内部へと転移し、遺産の表面が内部から破裂する。
「雑魚を無視していきなり本体とは、豪気だねぇ――けど、おもしろいじゃないかい!」
「ふん、妥当な判断か。インペリアル・システム起動!」
ランサーを前に構え怜悧号改も遺産を目指し、バックパックバーニアが増設され各装甲がスライドして、装甲基部から強制排気を行うクロムナイツが表面のコバルトコーティングをまき散らせながらも青銀色に輝かせて残像を生み出す。
ファングは眼を赤く輝かせると、ファンネルとライフルの2重攻撃をしながらジグザグに動きつつ掃射接近していった。
その後を追おうとする人型ゲルに、近くの敵をバルカンで牽制していた蜃のミサイルヒュドラが襲い掛かる。
「行かせません……!」
不意の反撃に機体が一瞬揺れるが、すぐにフィールドを展開してシャットダウン。その間に被弾した箇所が修復していった。
「皆さん、頼みましたよ」
何発目かの波動砲が炸裂したところでやっと感知したのか、ラスト・ダンサーに向けて人型になる前のゲルを投げつける。
それを手甲で弾く様に受け流すと、一旦射程の外へと退き、再び自機の気配が薄れるのを待った。
「もう、終わらせるよ!」
その横を怜悧号改が過ぎ、今しがた生まれた人型ゲルへ子機が四方から突進、そして弱ったところでランサーのひと突き。邪魔な1体を確実に排除すると、怜悧号改最大の攻撃である最大加速からのフィールド展開で遺産へとぶち当たっていく。
「邪魔だッ!」
クロムナイツの突き出した拳が人型ゲルに直撃し強烈な閃光を放ち、半分以上削られた人型ゲルを振り払い遺産への射線を確保すると脚を突き出した。
青銀色の脚が、紅く輝く。
「開け、我が道よ――全てを貫けッ!」
クロムナイツの高速機動蹴りが半分めり込んでいた怜悧号改をフィールドごと蹴りつけ、自分もろとも遺産の内部へと押し込んでいった。
「見え、た……」
ラスト・ダンサーを介し、ケーブルでつながったスピカの目には開いた穴から覗く、真珠のような白くて丸い、脈打つものが映った。
その瞬間、ラスト・ダンサーのカメラアイと内部装甲が青く輝き、さらには装甲の表面が琥珀色に輝きだす。
全身の血管を浮かび上がらせ、目を見開かせたスピカは真珠のような物を凝視すると、ラスト・ダンサーの腕を突き出した。
「これで、終わり……」
全ての遺産がその動きを止めた――それを確認すると、動きに警戒しつつも全機補給のための帰還命令が出される。
「ありがとう。助けてくれて」
紫電改では英雄が首に下げた指輪へキスを1つ――指輪と、紫電改から『幸せに、私の愛した人』と、そんな言葉が聞こえた気がする。
かつてこの特殊鋼開発中に変死した、恋人の声が。
英雄が「……ああ」と寂しげに呟くのを聞いたマウ艦長の胸には、締め付けられる想いが広がっていた。
帰投中のD・Sの中で咳き込む慈へ、ミル艦長が「危ない咳だね」と声をかける。
「っ! ……艦長……今の聞こえてました?」
「ああ。私自身まだまだ若いが、この世界は結構長い方なのでね。そんな咳をする奴はだいぶヤバイって知ってるぞ」
「あー……」
慈は掌の血痰を握りしめて隠す。
「大丈夫です! ただの咳ですから!」
地上に転がっている大きな黄色いリボン――そこから黒百合が気を失った玲治を片手に出てくる。
そして見上げ、動きは止めているがまだ形の残っている遺産が視界に入ると、不愉快という顔をしてほんの一瞬だけ素の口調で罵詈雑言を並べ立てた。
その近くで地面がぼこりと盛り上がり、這い出てきたエイルズレトラが身体についた土を払うと黒百合の顔を見て小さく頷いた。
「ああ、聞き覚えのある声だなと思ったら黒百合さんでしたか。それは脱出装置だったのですねぇ」
「あらァエイちゃん、やっぱり生きてたのねェ。さすがは『スモーキー』といったところかしらァ?
そういえば、あの旧き良き名作の続編が出たそうよォ」
「……それは聞き捨てなりませんねぇ。契約終了も近いですし、そろそろそちら側に戻りますか」
そんなやり取りが耳に入ってきた玲治が目を瞑ったまま「大概な話だな」と言葉を漏らし、自分の声で目を覚ました。
「また……なんとか生き延びたか」
目を覚ましたとわかると、ついでで助けただけの黒百合は容赦なく手を離し、玲治は瓦礫に顔面で着地する――
(今回は目標を落とせたとはいえ、捉われすぎてエース級の攻撃に被弾するなんて……)
「まだまだ、精進が足りませんね」
動きを予知して当てるまではできたが、その先が見えていなかったと、零番艦の格納庫で傷だらけのリーゼ・ファルケを見上げて悔やむ隼だった。
「ああ……硬めの麺が伸びちまってデロデロだ……」
弐番艦に収容されたメンカターデの後部シートで、伸びきったラーメンを前にがっくり肩を落とすとしお。
だが捨てるのは忍びないと、ドンブリ片手にコックピットから出て、コショウでもたっぷりかけてスパイシーにしてしまおうと近くにあった黒い粒の山からひとつまみ。
そして麺をすすった。
「あれ。火薬が少し減ってますが、どこに」
千織が気付いた直後、盛大な爆発音が聞こえてくるのであった。
参番艦では、帰投してから高負荷の反動なのかコックピットの中で眠り続けるスピカが強制的に助け出され、医務室へと運ばれていた。
だが途中、研究員風の男によって医務室ではなく研究室に運ばれる。
「おかえり、私の実験体……」
動きを止めた遺産達が震え出した頃、ホログラムであろう大きな人影が各煉獄艦の前に出現した。
古臭くも神々しい衣服に身を包み、そいつが口を開く。
「私は――君らが古代神人と呼ぶ者の残留思念だ――……」
これで終わりか? いやいやそんな事はなさそうだ、人類よ、まだ気を緩めるな!
【偽夜】煉獄艦エリュシオン地上前編 後編へ続く!