避難していく様をぼんやりと見ているスズカに、イリン・フーダット(
jb2959)が歩み寄る。
「同行される撃退士の方だったのですね。
挨拶が遅れました、イリンと申します。よろしくお願いします」
「よろし――あいつ、こないだおいらを襲ってきた奴……!」
見あげるスズカの視線を追うと、駆け降りてくる怨達。そして戦乙女達が舞い降り立ち塞がる。
「おいら達を襲う気がないの……っ!」
「そうであればよいのですが――」
イリンの横を、後ろにいたはずのスズカが飛んで通り過ぎていき、怨達を飛び越えていった。
「スズカさん?! 待ってっ」
新田 六実(
jb6311)の制止も虚しく、スズカは林の中へと姿を消す――すると、小さな翼を広げ、よたよたとしながらも六実もスズカを追いかけて、ディアボロ達を飛び越え林の中へと消えていく。
人々の間から、亀山 淳紅(
ja2261)が駈け出してきた。
「自分が追いかけますので援護と、こちらの方をよろしくお願いします」
「任された!」
脚に力を溜める川内 日菜子(
jb7813)へ、阻霊符にアウルを流していた北條 茉祐子(
jb9584)が手をかざし、力強く吹き荒れる風を纏わせた。
「長い時間は持ちません」
「十、分!」
駆ける日菜子が跳躍し、宙返りをして咆える日菜子の突きだした脚に炎が燃え盛り、怨の胸を強烈に蹴りつける。後ろへと吹き飛ばされる怨の胸の上で、燃え盛る炎が膨れ上がり、怨は音と光だけの大爆発に包みこまれていった。
反動で後ろへと宙返りして着地する日菜子の腕と脚に包帯が絡みつき、裂かれるかのように左右へと引き寄せられ、舌打ちする日菜子が四肢に力を入れ抵抗するが、その包帯から梵字が浮かび上がり日菜子の四肢を黒く侵食していく。
浸食されていく部分から襲い来る焼け爛れる様な激痛に、日菜子が絶叫する。
「うぁぁぁぁぁぁああっ!!」
そこに空から飛来する紫電を纏った矢が包帯を貫き、解放された日菜子が地面に膝をつきながらも後ろを見上げれば、淡紅藤色の燐光を放ち糸状のアウルをクサカゲロウの翅を模したように編み上げた二対の翅で空で弓を構えている茉祐子の姿があった。
膝をつく日菜子の前に、胸の辺りが足の裏型に陥没している怨が赤黒く染まった尺八を振りかぶる――だが振り下ろされるよりも先に白い影が割って入ると、銀色の障壁をかざして受け止める様に弾いた。
弾かれて体勢が崩れた怨の側頭部に白乙女のフレイルが直撃し、横に吹き飛んで地面を滑っていく。日菜子達を見向きもせずに白乙女は怨を追いかけるも、日菜子の時と同じように四肢に包帯が絡みつくのであった。
日菜子の前で、イリンがチラリとだけ振り返る。
「出遅れました。申し訳ありません」
「大丈夫ですか、川内さん」
駆け寄る廣幡 庚(
jb7208)の手から温かな光が流れ込んできて、手足の重くのしかかるような痛みが和らいでいく。
「探知してみましたが、周囲に潜んでいる者はいないにしても、情報収集よりも避難中の方々の護送が優先ですね」
「ああ。理由はわからないが、幸い、ヴァルキュリアはこっちにこなさそうだが、虚無僧は手当たり次第の気配のようでいて、住民狙いのようだからな」
拘束されている白乙女の脇を潜り抜け、胸と頭部が陥没している怨が住民に向かっているが、頭部に紫電の矢を受けて怨が膝から崩れ落ちる。
それと同じくして、梵字が全身に広がりきった白乙女も力なくうなだれ、解放されると地面に倒れ伏すのだった。
イリンが翼を広げる。
「もしもヴェルキュリアの挙動が怪しいものになれば、お教えください。
先ほどは距離的に間に合いませんでしたが、川内さんのダメージと頭上の護りは引き受けます」
飛び立つイリン。庚が日菜子の身体に聖なる刻印を刻む。
「地上で人々の護衛はお任せください」
「ああ、頼む――早々に、ケリをつけさせてもらおうか! 皆は絶対にやらせない、やらせないぞォッ!!」
再び跳躍する日菜子が、黒女王を拘束しようとしていた怨を蹴りつけ大爆発を引き起こし、着地したところでまた包帯が腕に絡みつくが引き千切り、手足に燃え盛るアウルを宿す。
並んでいる2体へ一瞬で肉薄し、刺又で穿たれた跡のある腹部に正拳で貫き、身体をコマの様に鋭く反転させてもう1体の頬に裏拳をめり込ませる。地には円を描く様に、炎のアウルが軌跡を描いていた。
だがその拳に頭部の包帯が絡みつき、日菜子を侵食しようとする――が、その包帯が頭部ごと庚の火炎放射器で焼かれ、そのまま全身に燃え広がったところで日菜子の後ろ回し蹴りで地面を二転三転し、燃えたまま地面に倒れ伏す。
背後から来る気配にふり返り、振り下ろされる尺八を腕で受けて払うのだが、腕に痛みはない。
その怨の背後から怨が飛びかかってくるも、さらにその上にいたイリンの白銀の槍が頭部を貫くのと同時に、黒女王が突きだした刺又から伸びる黒く細い2本の衝撃波が怨の胸を貫いていた。ちゃんと、イリンには当たらぬよう計算された角度であった。
「それより先には行かせません」
茉祐子の声が響き、1体が蒼乙女を拘束している隙にもう1体が人々へと向かうその足を、茉祐子の放った紫電を纏った矢が突き刺ささる。
その一瞬の足止めで日菜子の代わりに腕に受けた痛みを無視したイリンが空から近づき、魔法書から引き抜いた槍状のモノを頭上から投擲して穿つ。
人々の前にまで戻って黒い円形の盾を構えていた庚が、火炎放射器で蒼乙女を拘束している包帯を焼き払い、自由になった蒼乙女は鋭い踏み込みで拘束していた怨の胸を刺し貫いた。
「これで終わらせる!」
炎の軌跡を描き、日菜子の飛び蹴りがレイピアで貫かれた怨の背中をくの字に曲げ、地に付けた足はまたも炎の軌跡を描いて胴体を槍で貫かれている怨の背中を蹴りつけてありえない角度に折り曲げると怨の身体を踏み台にして駆けあがり高々と跳躍すると、先ほど蹴りつけた蒼乙女の傍にいる怨へ炎を纏った脚を振り下ろす。
演出的な大爆発――爆風が収まった頃には、身体全体が地面にめり込んだまま動かなくなった怨が残るのみであった。
地上に降り立ったイリンと茉祐子が、その動きに注意しながらも蒼乙女へと歩み寄る。
「……ディアボロの討伐は貴女方の任務だったのかもしれません。
でも、おかげで住民の方たちが助かりました。お礼を、申し上げま――」
言い終わらぬうちに、蒼乙女の剣先が茉祐子に襲い掛かる。
鋭い踏み込みに反応が遅れた茉祐子だが、その切っ先が肩に刺さる前に不可視の力で押し止められ、その代わりイリンの肩口から血が噴き出した。
「大丈夫ですか」
「……ええ。この程度であれば何とか、ですが」
駆けつけた庚の手から流れるアウルによって、イリンの肩の傷が徐々に塞がっていくが、一度では塞がりきらなかった。
「よくもやってくれたな!」
日菜子が艶のある黒色のレガースを装着すると、肉薄して蒼乙女へと炎の拳を振るうのだが、報告を受けた以上の反応速度を見せる蒼乙女は悠々とかわして距離を取る。
イリンの治療に専念しながらも、庚は黒女王の動向に注意していたが、こちらは蒼乙女と違って襲ってくる様子も見せず、かといって蒼乙女を止める様子もない。
(ディアボロ殲滅後は待機、といったところでしょうか)
それであれば、蒼乙女1体だけに専念すればいい。しかも人々ではなく、明らかにこちら狙いである。
庚はいなくなってから結構な時間が経っているにも拘らず、林の方では激しい倒壊音から、向こうでも何かと戦っていてまだ終わっていない事を悟った。
「住民の方々の護りは引き続き行いますので、助けに行かれたい方はどうぞ」
助けに行きたい仲間への配慮である――が、目の前の敵がまず優先とでも言わんばかりに誰もが蒼乙女と黒女王の動向に注意を払って動こうとしない。
そんな中、茉祐子が林の方へと視線を向ける。
「……酷い怪我を負わなければ良いのですが……」
(あの人は……!)
スズカに追いついた六実がギリギリで視界に捉えたのは、少し前、別の依頼で不審な行動を見せた女性の後姿であった。だが今回は1人で大きな相手を前に怯む事無く、ありえない事に弓矢で押し返している。
敵対する様子を見せないことにほっとしたのも束の間、スズカがもう1匹のテュポンの前に躍り出ると矢を放っていた。
「スズカちゃんっっ」
慌ててスズカの前の枝に降り立ち、聖なる鎖でテュポンを縛り付け動きを止めると、スズカにふり返った。
「スズカちゃんっ、ボク心配したんだよっ?! 1人で先走っちゃダメだよっ」
「え、あ? うん、ゴメンなさい」
何に面を喰らったのか、目を丸くさせたスズカがあいまいながらも謝るのと同時に、テュポンは聖なる鎖を引き千切り前進を再開する。
その足元で軽く息を切らせた淳紅が、短い呼気と共に激しい風を纏わせた両手持ちの槌を振るい、テュポンを激しい風で覆い尽くすと、頭を揺らすテュポンが足を止め、雄叫びを上げた。
「こういう所では空を飛べると便利ですね。お2人とも、援護を頼みます」
目を回しているのかテュポンは目標も定めずに身体を回転させて、短いが太い尻尾で木々をなぎ倒す。
「歌は唯一無二の自分の『武器』ですけど、それだけしか知らないのでは、と。でもハンマーソングというのも中々良いと思いません?」
木の上にいるスズカを見上げながら、二歩だけ下がる淳紅の目の前を尻尾の先端が通過し、帯電した槌をタイミングよく振り下ろして雷を尻尾の先端に当てた。
それに驚いたか、短い雄叫びを上げて正面向きに短く飛び跳ねるテュポン。
「ほら、今なら当て放題ですよ」
言われてから弓を番えるスズカだが、それよりも先に六実の呼びだした隕石がテュポンの背中に降り注ぐ。悲鳴とも取れる長い雄叫びを上げ、ハッとしたスズカが「気を付けて!」と警告する。
テュポンの表面から木の残骸が見えた次の瞬間、木の残骸を四方八方へと次々に撒き散らす。
(タンタ タンタ タンタ タンタ――)
「単純なリズムですね。
攻撃に同じタイミングで当てる事、相手の攻撃にすぐ反応できる様集中する事。理想論ですが、この武器の大きさなら不可能ではない……はず」
飛来物をはっきりと目視せずに、前に進みながら槌をリズムに乗せて上へ下へと振り回すと、木の残骸はしめし合わせたかのように槌によって叩き落される。
「ゲーセンのリズムゲームと同じ要領ですよ」
「弓じゃ無理だよ!」
スズカが叫び、六実もスズカも飛来物の直撃を受けて枝から落ちそうになるが、何とか枝を掴んで留まっていた。
「ですから、一矢で留まるべきではなく、二本目の矢も、育てるべきなのだと、自分は、思う、わけ、ですよ!」
距離を縮めるに従いリズムがシビアになっていくが、それでもこの暴風雨の中、足元にまで到達した淳紅の槌がテュポンに触れると、その途端、火花を散らしてテュポンの身体に電気が走る。
リズムが狂った分、至近距離から残骸を喰らって派手に後ろへ跳ばされる淳紅だが、暴風雨はそれでピタリと止まっていた。テュポンは身体全体を小刻みに震わせ、動かない。
跳ばされた淳紅を、誰かの腕が受け止めた。
「単能ではなく、他も磨くべきというのは確かだな」
淳紅が後ろを見上げると、軍服ワンピースの女性であった。
「スズカちゃん、今だよ」
今度は言われるよりも前に、スズカは矢を番え、六実も再び隕石を呼び出すのであった――
たった1体の蒼乙女だが、怨と比べて格段に素早く、その速度差にまだ馴染めず翻弄されていた――そこに、1本の矢が蒼乙女を貫く。
たったそれだけで、蒼乙女は倒れるのだった。
「やはり、アレの息がかかったモノは使いにくいな」
斜面を飛び降りてくる女性。その後を淳紅や六実が斜面を滑り降り、少し遅れて降りてきたスズカの前に茉祐子が駆け寄っていった。
「怪我はありませんか?」
「ちょっとだけあるけど、ほんとにちょっとだよ」
女性への警戒はあれども、戦闘が終わった気配に短く息を吐いた日菜子がスズカにデコピンひとつ。
「馬鹿な真似はするな――だが、よくやった」
何がいたかまではわからないが、何かと戦っていたのだけはわかる日菜子は、スズカの頭をなでるのだった。
人々の不安な心を庚の暖かなアウルが包み込み、緩和させると、今度は味方のケアをと怪我を治す気ではあったが、これくらいならという話と、何があるかわからないため温存するという事になった。
残った黒女王から視線は外さず、イリンもスズカ達の元へやってくるのだが、一瞬だけ女性に向けられる。
「そちらの方は、どなたでしょうか」
「そうです。貴女は一体何者なんですか? 以前、こちらが保護した天使の子供を引き取りに来たりもしましたよね?」
ずっと聞きたかったのか、六実がそんな質問をするのだが「何者と言われてもな」と肩をすくめられるだけだった。
淳紅がスズカの背中を押して女性の前に立たせると、スズカに耳打ちしながらも、女性の姿を音も光りも出さないデジカメに撮り収める。
「えっと……おいらはスズカって言いますけど、名前を教えてくれませんか。それと、なんでこんなところに……?」
「私はアルテミシア。一部の者はシアと短縮して呼ぶが、好きに呼べ。ここへはある者の頼みで、奴らを退治して回っている」
「自分からも一つ、質問を――貴女は、トビトの関係者ですか」
淳紅はこの地だからというのもあるが、それはきっと一番重要な質問であった。
誤魔化したり躊躇することなく、シアは「Ya」と肯定。その瞬間、撃退士達の穏やかな空気が一変し、緊張感が高まる。
「緊張するな。敵として向かってこない以上は、私は敵とみなさん」
踵を返し、跳躍して斜面を飛び越えると、黒女王がその後を追う。そして一度だけシアは振り返った。
「単能よりも色々使える方が良いのも確かだが、まずは一芸を極めるのも悪くはない選択だ」
それだけを伝え、林の中に消えていく。
――緊張が解けたのは、疎くてトビトがよくわかっていないスズカが六実に質問を投げかけたからだった。
「そういえばさっき、スズカちゃんって」
頬を赤くした六実が「ご、ごめんなさい」と、まず謝る。
「やっぱり男の子だし、ちゃん付けはイヤかなと思って……」
「え、そうでもないよ。父さんとかいつもいつもスズカチャンっ……」
父の顔を思い出して渋い顔になりそうだったが、その前に六実の笑顔を見て気分が安らぐ。
そんなスズカの前に、六実が弓を差し出した。
「ありがとう――今回の行動は褒められたモノではありませんけれど、スズカさんの『強くなりたい』という意思の一端を見せて戴きました。以前の約束通り、この弓はさしあげます」
スズカの手に握らせ、そして手を両手で包み込んだ。
「これからも一緒に頑張りましょうね」
【一矢】少年、想い押さえきれず 終