●戦闘が始まる少し前
「何やら不穏ですねぇ。おいでなさい、ハート」
不穏さを微塵も感じさせないエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が、異世界への門を開いてやや小型のヒリュウを召喚する。
スズカの横に速度を落とした百目鬼 揺籠(
jb8361)が並走すると、背中を叩いてから頭をわっしわしと撫でつけた。
「なんかまたえらい依頼引き受けたようですねぇ。
まぁ、なんとかなりますよ。1人じゃねぇですからね」
「戦場は常に流動します。その時自分のできる事を全うできれば、役割をその都度変えるというのも1つの考え方です」
後ろでは銀色の髪を揺らす御堂・玲獅(
ja0388)がスズカの背中に手を添えていて、言葉と共にスズカの背中を押すのであった。
そういう流れなのかと背中を両手で突き飛ばしてきた神ヶ島 鈴歌(
jb9935)へ、不意を喰らったスズカが抗議の意味も込めて振り向くのだが、全く悪気のない鈴歌のほわっとした雰囲気に毒気を抜かれ、さらに服の端から見える包帯が痛ましくなってしまって何も言えない。
首をかくりと曲げ、スズカにどうしたのと目で尋ねる鈴歌だが、一向に何も言ってこないのでくわえていたサンドイッチを口の中に収め飲み込む。
「ちょっと斬り刻まれ毒を浴び、押し潰され、力の奔流に飲み込まれてしまったので、重体なのですぅ〜。
ですから戦闘前にスズカさんに課題を……私はこの通り怪我で動きにくく、一度の攻撃も受ければ死にますぅ〜♪」
だいぶ盛っているにしろ、ちょっと前まで重体であった事には変わりない。もう状態はいいのだけれども、走りながらのサンドイッチはそれなりの理由あっての事であった。
「なので……課題は、死ぬ気で私を守ることですぅ〜♪」
「おいらが!? まだ全然強くないよ!」
「弱くても……出来ることはあるのですぅ〜!」
横にまで並ぶと肩を掴んで頭を下げさせ、耳元に口を近づける。
「ついでに魔法の言葉も教えておくですぅ〜♪」
何事かを囁く鈴歌――スズカが「それだけ?」と意外な顔をするのだが、鈴歌は笑顔を作るだけであった。
離れて観ていた城里 千里(
jb6410)だが、案外と気持ちに余裕のあるスズカへ多少の安堵を覚え、そしてもう1つの依頼の事を思い浮かべていた。
(それとなく面倒を見てほしい、ね――金欠だから報酬アップは嬉しいんだが、スズカはなんなの? 実は御曹司なの?
ま、理由がわからなくても報酬分はきっちり仕事するさ。ワー、俺社畜)
かなり近いところで大きな倒壊音がして、皆が表情を引き締め速度を上げる中、先を走っていたエイルズレトラが少し速度を落として身体全体で振り返ると、後ろ向きで走りながらスズカへステッキの先を向けた。
「先ずは、何でも良いので今回の戦いを生き残りなさい。そうすれば終わるころには一段、強くなってますよ。
弓、そして陰陽師は、いわゆる中衛に適しています。多少離れても届く攻撃と援護スキルを、戦場を見渡して最も必要な処に投げるのが仕事です」
トンと地を蹴ると、空へと駆け上がっていく。
「大切なのは、視野を広く持つことです」
肩にハートを乗せ、前傾姿勢で風を切るエイルズレトラであった。
そして、足場の状態を確認をしながらのため少し遅れていた霧谷 温(
jb9158)がスズカに追いつき「みんな走るの速いよね」と一声かける。
「さて――『眼』も良くない、『力』も強くない。でも、バカと何とかは使いようってね」
ニッと微笑みかけると、淡い光を放つ弓と阻霊符を手にスズカを追い越していくのであった――
●そして
降下していくエイルズレトラだが、時折、壁でも蹴るかのように空間を蹴って直角に曲がるとその直後、遅れて枝の影から黒い錐が伸びる。
倒壊した樹が折り重なっている中、比較的広そうな所を選んでそこの上へ滞空するなり、手品のように両手いっぱいのカードを出現させる。
「種も仕掛けも無くて、すみません」
両手から滑り落ちるカード――どれほどあるのだと言わんばかりにおびただしい量のカードが樹ごと地面を覆いつくし、締め上げて次々に破壊していく。
霧散する黒い影を確認しつつも、エイルズレトラは自分の腕にも纏わりつこうとしているカードを払いのけ、後ろへと跳ぶ。
「まったく。本当にこいつは扱いが難しいですねぇ」
木端が散らばってはいるが、更地のように平らになった地面へと降り立つと引き寄せる様に腕を振って「こちらへ早く」と指示を出す。
「丸見えって怖いけど……あの影っぽいのにやられるよりはまし、かな」
温の言葉はそのまま皆の代弁なのか全員が更地になった『安全地帯』へ入るなり、揺籠はそのまま『セレクイーン』(以降、白女王)へと突進する。
(確か、光を当てると逃げるとか聞いたが……)
ペンライトで揺籠の行く先の物陰を照らすと、照らされたダークストーカーはすぐに光から逃げ出して別の影へと移動する。
とはいえそれで照らしきれるわけでもなく、枝の影から次々と黒い錐が揺籠を襲い掛かる――のだが、全く別の方向から次々と飛んでくる矢が的中していく。
目を向けた千里の先には跳びながらも弓を構えている着物の男が見え、そして枝葉の中に消えていった。
「今の奴が前にお前が会ったって男か?」
スズカが頷くと、千里は渋い顔をする。
(何あの戦闘イケメン……悪魔側の関係者か? まあそれはいい。あとだ)
「移動先にこいつを照らせばそこそこ効果はあるから、場の空気に慣れるためにも最初はこいつを使ってけ。
何しろ『当てる』だけで簡単だ。弓を当てるのとはわけが違う」
スズカへ千里がペンライトを投げ、温が「さらに絞りやすくしようか」と地面すれすれまで屈むと輝き始め、温を中心に眩い光が下から横倒しになっている樹木を下から照らす。
強い光は小さな影を飲み込み影すらも作らせず、地面に落ちた影もなくなった今、炙り出され、うようよいたダークストーカー達が一斉に少なくなった影に集まっていく。
「ダークストーカーの始末は任せました。フィアライトさん達が後ろにいるお陰で、俺らは邪魔されずにあのでけえの狙えるってぇわけですぜ……ッッ!」
咆哮を上げながら、揺籠が高く飛び上がった。
揺籠が滞空している間に、スズカへとエイルズレトラは顔を向けた。
「あのお嬢さんは近づけさせませんので、スズカ君はここに侵入する可能性のあるダークストーカーから守りつつ、自分の出来る事をしてください――このように」
1デックのトランプを生み出したエイルズレトラの手から一斉にカードが投げられ、それぞれの影に突き刺さり黒いモノが霧散していった。
エイルズが安全地帯の一番前までと移動し、そして身体を捻じって一回転した揺籠は鬼火のような紫の炎の軌跡を描き、鮮やかで美しくも派手な蹴りの一撃を執拗に男を追いかけていた白女王が気配に気づいて振り返った時、その横顔を揺籠の脚が激しく揺らす。
「もう少しだけ、広くしておきましょう」
周囲に目を走らせた玲獅が比較的広くて影の少ない地点を選び、走り出した。
浮遊する楕円形の盾で影から襲い掛かってくる錐を弾いて流し、いくらかの擦り傷を作りながらも目標地点へ到達すると、合わせた手からこぼれる様に燃え盛る劫火が生み出され自身を中心に渦巻き、辺りを燃やし尽くす。
「危ねぇですぜ」
揺籠の警告が飛んだ直後、激しい破壊音に倒壊音。灰で泥濘が少しマシになった安全地帯にいる玲獅を狙ったかのように、折れた木が迫ってきた。
身を低くしたままの温が矢を番える。
「俺達の武器ってわりかし普通じゃないんだよね」
燐光の舞う弓から放たれた矢は枝も葉も容赦なく払いのけて真っ直ぐに樹の中心を捉え、一瞬押し返して倒れてくる角度を強制的に変えさせた。
折れた枝が鈴歌とスズカの頭上にまで飛んできていたが、それは途中で軌道を変えて地面に落ちる。
(俺って完璧に雑用係だよな――ま、目立たず騒がず雑用雑用)
両手に銀色の銃を手にしていた千里は肩をすくめ腕を垂れ下げると、感覚を研ぎ澄ませて周囲に動くモノの気配を探り始めた。そして温へ頭を下げた玲獅も、周囲の生命反応を探知しながら白女王へと走り始める。
「あー。いるな。しっかりと安全地帯に入ってきた木と枝に何匹か」
おおよその位置を指でさしたのち、千里は揺籠を狙い撃つ――が、それはその足下の影から伸びる錐を撃ち貫き、追う様に放たれたもう一発が影に潜む本体を撃ちぬいた。
「それじゃ、狙ってみましょうかぁ〜」
闘争心を高めた鈴歌が水の様に透き通る刃の大鎌を振りかぶり、力を一点に集中すると強烈な踏込と共に衝撃波が真っ直ぐに樹木ごとダークストーカーを貫いていく。
「今のように、狙って当てるだけですぅ〜」
狙って当てるだけ。
そう言われても、練習の時とは空気が違いすぎる。それに外してしまった時、もしかしたら誰かに当たってしまうかもしれない――そう思うと、弓を引く事すらできない。
そうこうしているうちに、比較的固くなっている泥濘を選びながら槌を引き付けてかわしていた揺籠が、不意に足が何かで固定され、かわしきれないと判断して槌の一撃をその場で踏ん張って耐えきり、口元から血が滴り落ちるが口を開く。
「当たるにこしたこたねぇですが、当たんねぇでもいい、撃ちなせぇ。そこに矢がくることが、何もないより相手を動きにくくさせます」
揺籠に叩きつけた反動で反転し、さらに大きく槌を振り回した一撃が襲い掛かろうとしていたのだが、それがみえみえだったのか温が踏み込もうとした足へ矢を放ち、踏み込ませずに足を横へと滑らせた。
そこへ揺籠が足で掬う様に薙いで白女王を転倒させると、スズカへと笑ってみせた。
「背後から撃たれるのはごめんですけど!」
駆け付けた玲獅が盾を構えたまま警戒しながらも、揺籠の腹部に暖かな光を送りこむ。
多少は緊張が解けたかなと感じた鈴歌がスズカの両肩を掴んで木へ向けさせると、その背中に指をそっと押し当てた。
「背筋を張って、思いっきり弓を引いて、あの影を見て……大丈夫、スズカさんなら出来るですぅ〜……」
言葉に合わせてスズカは弓を引き、そして教えてもらった魔法の言葉を鈴歌共々、口にする。
『絶対に、大丈夫だよ!』
一矢は陰が引きつけてるかのように、吸い込まれていった――
スズカの様子をしばし窺っていたエイルズレトラだったが、その目を正面へと向けた。
「後ろは大丈夫そうですね。お行きなさい、ハート」
愛らしい仕草のハートだが、その動きは主人同様まさしく俊敏であり、小馬鹿にするように白女王が振り回す槌をわざわざかいくぐりまとわりつくと、今まで狙っていた揺籠からハートへと標的を変え、白女王は執拗に槌を振り回す。
(足運びは確かに速くなってるかもだけど、それでもまだ驚異的って程じゃないか。標的はなにかしら注目を集めたら、変更するみたいだね)
観察していた温が、そんな推測を立てていた。
白女王の影から伸びてきた錐を、玲獅が盾で叩き落した。
「周囲から集まって彼女の影に5匹ほど潜んでいますので、今、炙り出します」
玲獅の身体から眩い光が迸り、白女王の影が消え去ると、5つの黒い塊がそこにあった。間髪入れず、上から降ってきた矢がそれら全てを射抜く。
(着物の男もあいつの硬さに攻めあぐねているか)
そうとなればやる事は1つだと、千里が特殊な弾で白女王を狙い撃った。白女王の兜から嫌な臭いと白い煙が立ち昇り始めるのだが、白女王の目が千里達を捉えた。
そしてかざされる、手――
「みんな、散らばって!」
もしかしたらと警戒していた温の警告に、千里はスズカと鈴歌の襟首を掴んでは抛り、自身もその場から横に跳んだ。
その直後、地面から茨のような蔓が伸びて絡み付き合い、締め上げる。
「ガラ空きですぜ、お嬢サン!」
朧月のような淡い光を纏っている揺籠が身体を反転させるように捻ると脚を大きく振り上げ、白女王の頭部へ浴びせる様に踵を落して衝撃を内部へと伝えると、兜は割れ、銀髪と無機質な顔が赤く染まっていく。
その無機質な顔から、刃が飛びだしてきた。
びくんと身を震わせたかと思うと、白女王は泥濘に倒れ伏すのだった。
「暇でしたので、そのついでですよ」
白女王の倒れた後ろではステッキから抜き放った刃を、己の顔の横を後ろへと突き出しているエイルズレトラの姿があるのであった。
白女王が倒れた瞬間、辺りに漂っていた言いようのない嫌な気配が減っていくのがなんとなくわかる。
だが安全地帯外にいる鈴歌は大鎌を一瞬で二度振り、スズカの横にある枝ごとダークストーカーを切り裂くと、目を大きく丸くさせたスズカが泥濘に尻餅をついてしまう。
そんなスズカの鼻先を、鈴歌は指でつついた。
「学ぶ心があれば万物が師になるですぅ〜♪ これからも頑張ってくださいですぅ〜」
「やあ、どうにも助けてもらった形になってしまったね。感謝しておくよ、撃退士の方々」
木から飛び降りてきた着物の男が、まだ尻餅をついているスズカに手を差し伸べた。
「あの……何故この様な場所に……?」
鈴歌の問いに、スズカを引っ張り起こした男は肩をすくめ「ま、仕事の一種かな」と、はぐらかすような言葉。とはいえ、仕事の一種という言い方であれば撃退士も一緒である。
(どうにも手を抜いてる感がありやしたけどねぇ)
戦闘中に男の動きを観察していた揺籠だけが感じていた、違和感。
「いい腕してるよね、おじさん……ところで、何であの影の居場所、分かったの?」
周囲の気配を探っていた温が口を開く。
「観の目とでもいうのかな。動き出す瞬間を感じ取って、狙っただけさ」
(それが本当なら、とんでもない観察眼なんじゃないか?)
そうは思っても、千里は口に出さない。玲獅も何か思うところがあるようだが、口には出さずに自分の治療を優先し、エイルズレトラはそれほど興味がないのか、スズカの頭の上に手をかざすと、そこから紙吹雪がこぼれた。
「ぱらららすったったー。スズカは、LVが1上がった――この調子で、強くなるんですね」
「うん――大丈夫。魔法の言葉を覚えたから」
鈴歌と目を合わせ、力強く頷き合うのだった。
「さてと。まだちょいと見て回らないとならないので、ここいらで失礼するよ」
男は柔和な笑みを浮かべ踵を返すのだが、一瞬だけ、白女王の骸へ下げすさむような視線と下卑た笑みを浮かべると、樹を蹴り駆け登ってはそのまま森の奥へと姿を消すのであった。
戦闘へあまり積極的ではない参加の仕方に、辺りを探る様な動き――鈴歌が「様子見でもしている……?」と漏らすのだが、それを明確に答える事ができる者は誰もいなかった。
だが温が白女王の骸を見下ろして、思う事はただ1つ。
(なにかまだ、ありそうだよね)
【一矢】少年、己の役割思考す 終