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マスター:楠原 日野
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/03/20


みんなの思い出



オープニング

 山梨県大津町にある県立産業展示交流館――そこでとある女子プロレスの興行が行われていた。
 今一番精力的かつ規模が大きいのではないかと一部のファンに囁かれているプロレス団体の、花形レスラー・パワーグラップラー牧瀬の控え室に思いきりのいいノック音が響く。
 付き人がドアを開けると、目を丸くして口を開けたまま固まってしまった。
 ドアの先にいたのは、女性にしては比較的背の高い付き人よりも頭一つ分大きな金髪の男――むろん、その程度の事で驚いたりはしない。
 こんな業界だからこそ目がいってしまった、その体つきから目が離せないでいた。
 服の上からでもわかるほど筋骨隆々ではちきれんばかり……ではなく、むしろそのサイズにどれだけ詰め込んでいるんだと言わんばかりにみっちりと詰まった、一切贅肉のない鎧のような筋肉。それでいて、しなやかさも備えている――彫刻でしか見たことのないような、完璧な筋肉の付き方であった。
「師匠はいるか?」
 ドアの影で見えていなかったが、その声で牧瀬が立ち上がる。
「シェインエルかい! 久しいね!」
 牧瀬が知っているならと、付き人は避けて金髪の大男・天使シェインエルを控え室内へと招き入れた。
「用事があって近くまで来ただけだったのだが、師匠がいるという話を聞いてな。顔を見せにきたのだ」
「律儀な男だねぇ。
 それとその師匠って呼び方も、照れくさいからやめな。あんたのほうがあたしなんかより、ずっと強いってのに」
「基礎を教えて貰い、志も教えて貰った。強さなど関係なしに、私は敬うべき相手には敬意を払い続けるだけだ」
 天使とは思えないような発言だが、彼にとっては天使も人間も変わりないのだ――悪魔にだけは、思うところがあるけれども。
 それに彼が能力以外で戦う術を探していた時に、その方向性を示してくれた相手。敬うには十分すぎる。
「そっかいそっかい、それはそれでいいさ――にしても、あいかわらず惚れ惚れしそうなくらい見事な筋肉してるねぇ。もうちょっと話していたいけど、すぐ試合だからその後にでもまたおいで」
「承知した――客席で見させていただこう」


 人が誰もいなくなった控え室に響く、ひときわ大きな歓声と拍手の嵐。
「試合が終わったか」
 人のいない控え室で、パイプイスに腰をかけてぽつりと呟く1人の少女がいた。そして少女だけではなく、壁際には無言でたたずむ人の姿をした異形の何か。
 だがここに『人』はいない。
「まったく、香め。造れるし意味のないものだとしても自分で心臓を引っ張り出して傷口広げるとか、馬鹿にもほどがあるぞ。パーツの形成適合化は結構疲れると、あれほど言っているのに……」
 腹が立ったので心臓を造って埋め込んだが、胸の大穴は放置してきた。それ故にヴァニタス・桜庭 香はしばらく痛みに耐えながらも、ふさがるまでは安静にしていなければならない。
 傷口を治してやれば自分がここに来なくても済む話ではあったのだが……そんな理由で、ヴァニタス・優はここにいる。
 壁際の自分の趣味とはほど遠い化け物達を一瞥すると、ため息が出てしまった。
「なにが『ルシフェル様が興味を持たれた実験ならば、ルシフェル様の次に強く美しいこの我めが協力して差し上げるのは道理だろう』だ、あの脳筋め。
 こいつらが今後どれほど役立つかは知らんが、そう言うならお前がやれ。自称、ルシフェル様の次に強く美しいご主人様めが。
 ――ま、私としても試してみたいことはあったからちょうどいいか」
「誰だ、お前さんは!」
 優が出入り口を見ると、牧瀬の付き人が身構えていたが、その後ろの牧瀬は落ち着いたものである。ファンが控え室で待っているというのはよくある話だから――という程度の認識だからだろうが。
 立ち上がる優は牧瀬や付き人の半分ほどしかない細さの両腕を、大きく広げる。
「やあやあ、待っていたぞ。そんな廊下じゃなんだから、入りたまえ」
 2人の腕をとり、引きずり込むように後ろへ無造作に投げ込んだ。
 予想もしていなかった膂力に抵抗することもできず、2人は壁際にたたずむ異形のモノへと叩きつけられる。
「そっちのは要らんから喰ってしまえ」
 その途端、異形のモノは付き人の両肩をつかみ頭部らしき部分が縦に割れると無数の鋭い牙をむき出しにして、付き人が悲鳴を上げるよりも先に頭からかじりつく。
 血が床を汚すことはなく、異形のモノは音を立てて吸い上げている。まるで魂を吸い取るかのように。
 こんな異常事態でも牧瀬は意外と落ち着いたもので、躊躇することなく優の首へとその丸太が如き豪腕を振り回す――が、優はそれを柳のように細い腕で、しかも片腕で微動だにすることなく受け止めた。
 そして左手で牧瀬の首をつかむと牧瀬の足は床から離れ、牧瀬の体がぶらぶらと揺れる。
 牧瀬は自分の首に食い込む優の指を引きはがそうとするのだが小指1本すらも引きはがせず、優の体を何度蹴っても体幹をぶらす事もできない。
「ふむ、人間のトップアスリートですらもこの程度か。参考になったよ。
 人間をやめた甲斐が、あるというものだな」
「バ……ケモノ、やろうがぁ……」
「そうさ、人などもうやめた化け物さ。
 さて。そろそろ観客もまばらになった頃合いだろうし、こいつらを行かせなければならないのでな」
 優の指がさらに食い込み、肉が裂けて血があふれる。
「何か最後に言い残す言葉くらいあるか?」
 牧瀬は口を何度か動かし、それから優を睨みつけた。
「プロレスは、最強だ」
「そうか」
 鈍く不気味な音が響き牧瀬の体がビクンと震え、それっきり動かなくなる――と、そこにちょうどシェインエルが戸口をくぐり、この有様に目と口を見開いていた。
「何だ、面倒なのがいたものだな」
「キサマ――全ての悪魔がなんて偏見はないが、ミアのみならず師匠までも……やはり、お前等悪魔は許せん!」
 シェインエルへと牧瀬を投げつけ抱き留めることを見越して距離を縮めると、思惑通りに抱き留めたシェインエルの片足を握り潰してぶん回し、抱えたまま受け身をとろうともしないシェインエルを床へ叩きつけた。
 モルタル仕上げの床が破片を飛び散らせ、数センチ陥没する。
「行け、マンイーターども。ホールにはもうそんなに多くの人間はいないだろうから、目撃者も残さず全て喰らって集めてこい」
 優の号令に壁際でたたずんでいたマンイーター達が一斉に動き出し、次々と廊下へかけだしていく。
 立ち上がるシェインエルの闘志溢れる目に、優が肩をすくめた。
「ほらほら、私なんか相手にしてていいのか? お前が味方する人間様の魂が危ないぞ?」
「勘違いするな。私は立ちはだかる者以外敵と見ていないだけなのと、お前等悪魔とその使いが嫌いなだけだ。
 それに、お前は会場にいなかったから知らないのだろうな」
 シェインエルの不敵な笑みに優は首を傾げる。
「物好きな撃退士達が数名、観客席にいた――ほうら始まったようだ」
 廊下から聞こえてくる激しい音を聞きながら、牧瀬を床に寝かせたシェインエルは折られた片足でもしっかりと両足で立ち、改めて優を見据えた。
「さあ、私達も始めるとしようか」


リプレイ本文

「牧瀬さんに控室に来るように誘われるやなんて夢みたいや! こら急いで行かなな!」
 黒神 未来(jb9907)が控室へと急ぐ――と、こっそりと手を離した阿岳 恭司(ja6451)と與那城 麻耶(ja0250)、スタッフに声をかけていた雪ノ下・正太郎(ja0343)、それに「探究探究」と口遊んでいる神雷(jb6374)がばったりと出くわした。
「阿岳先輩が言っていたデート先がここだったとは思いませんでしたが、考えてみればここなのは当然でした」
「当然、とは?」
 首をかしげる神雷。
「牧瀬さんだけんねー。あの人には昔、お世話になったからばーい」
「そなん? ほなら、もしかするともっと前に会ってた可能性もあるっちゅうわけや。昔、空手にレスリング、シュートボクシングとそれなりんとこまで色々やって、新境地のサッカーで進学してた時にスカウトされた事あんねんな。
 そん時は『考えておくわ』で断ってたんやけど、その後も結構何度か来たんよ……今にして思えば、何ちゅう勿体ない事をしとったんやろ」
「あー……それは勿体ない」
 当時を思い出して悔しがる未来と、その悔しさがわかる麻耶が一緒になって悔しがる。
「よくよく見覚えのあるメンツがそろってますね」
 さらには苦笑いのような物を浮かべている浪風 悠人(ja3452)までもが、そこに集う。
 そして悠人が、こんな時でもきっちりとも持ってきている学生証をスタッフに提示し撃退士である事を証明すると、通路の右奥が牧瀬の控室だと聞かれ控室につながる通路前へと案内された。
 この先に「まさか」が待っているとも知らず――




 ――もはや状況の説明は必要なかった。
「相手はあのパワーグラップラー牧瀬だぞ! そう簡単にくたばるわけがない……くたばるわけがねぇんだ!」
「……絶対に許さへんで」
 いきなり飛び出すのではと正太郎は思ったが、意外と冷静な2人。
 恭司が鍋型の覆面を被りチャンコマンへと変身し、未来は一歩下がると左手で髪をかきあげると、左眼からは赤い光が迸っていた。。
「ヒートしてる時ほど冷静に――やったな」
「そうだ。クールにブチ切れろ、それが牧瀬さんの教え!」
 安堵した正太郎が正面を睨み付ける。
「お前ら、覚悟しろ! 我・龍・転・成っ!! リュウセイガー!!」
 青龍をモチーフにした装甲を浮かび上がらせ、正太郎はリュセイガーとなりて闘気を迸らせた。
 通路の奥でたった今、殺された誰かを悔しげに見つめていた悠人がエキサイティングな試合を見た後の興奮も手伝ってか、珍しくも険しい目つきをすると眼鏡を外し、青い半透明のオーラを身体から迸らせると阻霊符が輝きを放ち、「これ以上、被害は出させません」と、マットブラックの超大型拳銃を手にぶら下げる。
(この奥には牧瀬さんが……後ろの会場にも人が……)
 ここを通せば、惨事は免れない。しかし一刻も早く奥へ行きたい――麻耶が導き出した答えは1つ。
「全部まとめて! ぶったおすっ! レスラーの誇りにかけて、おまえ達は逃がさない!」
 制服を脱ぎ捨て『美ら海の女王蜂』姿となった麻耶が、「いくぞおらー!」と声を張り上げた。
「こっから先は行かせないし……これ以上誰も死なせやしない……!」
 意気高揚したチャンコマンとリュウセイガ―の2人が、迫りくるマンイーターの前へと躍り出ようとすると、その背中がポンと叩かれた。
「お2人ともがんばってー」
 神雷が叩いた背中に烙印が浮かび上がり、そこから漂う風が2人に纏わりつく。
 飛び退く様に後ろへと下がる神雷が金色に輝く瞳を狐の面で隠し、恐ろしげな雰囲気を漂わせる武骨な一対の双剣を両手にぶら下げるのだった。
 咆えるチャンコマンは自身の体内に気が満ちていくの感じ、それを一気の放出させる。
「強火のクソ力〜〜〜〜!」
 次いでリュウセイガ―が咆えると、その拳が白く輝きだす。
 躊躇する事無く2人は距離を詰め、怒りの鉄拳を振りかぶった。
「唸れ鉄拳! ロケットチャンパンチ!」
「突きぬけろ! 俺の拳よ!」
 踏み込んだ足が床のコンクリートをまき散らし、繰り出された拳が先頭のマンイーターにめり込むと、その後ろにいたマンイーターの腹にもくっきりと拳型の痕を刻む。
 そしてチャンコマンがしゃがむと、背中を片手で飛び越えて前に出た麻耶が浴びせ蹴りをマンイーターに当てる――と見せかけて、縦に割れる様に口を開いたマンイーターの手前に脚を振り下ろし、顔を近づけて口から霧状の何かを吹きかけて緑色に染め上げた。
 一方、リュウセイガ―は後ろ手に手を組み、そこに足をかけて前へ跳ぼうとする未来に合わせて押し出す様に肘の力だけで投げつける。
 弾丸の如き未来が左目の赤い軌跡を残しながらも、膝を開きかけの口に叩き込んで怯ませると、頭部に交差した手を置いて体を反転させると、するりと影に潜りこむかのようにマンイーターの後ろへと着地する。
 腋下に頭を入れ、胴体に腕を回してクラッチさせるとマンイーターを引っこ抜くと、後ろの床へ滑るように後頭部から落とす。コンクリートは砕け、突き刺さるように陥没した。
「どないや!」
 渾身の一撃にマンイーターは、もはやピクリともしない。
 未来がバックドロップをかましたその後ろへ銃で狙いをつけた悠人だったが、注意を払っていたそのすぐ横のドアが開こうとするのに気付き、気づいているのが自分だけだと判断した悠人の行動は素早かった。
「勝手ですがフォローお願いします――ごめん、黒神さん!」
 謝罪して北斗七星が彫られた両刃の剣に持ち替えた悠人は雷を投げつけながらも、ブリッジ状態の未来の腹筋を踏み越え、前へと跳んだ。小さく「あてッ」と呟くも見事な体幹を持っているだけあって、未来は揺るぎもしない。
 開き始めたドアに向いたマンイーターが雷に打たれ、降り立つ悠人が煌めく刃を振り下ろして両断すると、ドアに体当たりをかまして無理やり閉める。
「今は危険です! しばしお待ちください!」
 しかし1人で敵陣の中に飛び込む形になってしまった悠人へ、2匹のマンイーターが口を開き掴みかかってくる。
 そうなると読んでいたのか、麻耶が1匹の背後から膝裏を蹴り膝を折れさせると、味方の間をすり抜け距離を詰めていた神雷が掴みかかろうとしていた片腕と、開いた口の片方を双剣で切り落としていた。
「させん!」
 そこへさらにリュウセイガーが大きく開いた両手を前に突き出すと、龍の三本爪のような形状の蒼い炎が2匹同時に襲い掛かり、片腕を失くした1匹は握り潰されるように全身を蒼い炎で焼き尽くされ、もう1匹は胸部に抉られたような深い爪痕を刻まれる。
 神雷のすぐ横にいた1匹が口を開くが、交差した二刀で口を閉じさせず、横に流して反対の方向へと身を滑らせた。
「人型は良いですね――斬り甲斐があります!」
 その声だけで居場所を判断したのか、顔らしき部分を緑色に染められた1匹が口を開く――が、その口をチャンコマンが両手でつかんで無理やり閉じさせる。
「その口は閉じとけ! 斬り甲斐だけでなく、プロレス技もかけやすいのが貴様らの敗因だ!」
 口を閉じさせて背後を向けたチャンコマンが肩に担ぐようにマンイーターの顎を乗せ、両足を前にぶん投げた。引き寄せられたマンイーターは前のめりに倒れ込み、全体重を乗せた尻餅による衝撃はチャンコマンの身体を通って肩から突き上げ、マンイーターは顎を砕かれる。
 そのマンイーターがチャンコマンからの肩から逃れ、尻餅をついた状態になると、背後から首に当たる部分に麻耶の細い腕がまわされ片腕にも細い腕がまわされると、脇で首を絞め腕を極める。さらにはフリーになっている片腕の手首さえも掴んで極めていた。
(せっかく牧瀬さんが呼んでくれたのに……!)
 ゴキゴキと鈍い音が聞こえるが、そんな事では麻耶の気は全く晴れない。
 極めていた手首だけから手を離し股から手ですくいあげて、そのままの体勢から頭部を下に向けたマンイーターを持ち上げる。
「レスラーなめんなぁ!」
 脚に指を食いこませ跳び上がると、自分とマンイーターの重量がかかる足をチャンコマンと同じように前へとぶん投げて、全ての鬱憤をぶつけるかのようにマンイーターを垂直に床へ叩き落す。
 コンクリートが砕ける音、頭部の砕ける音、首の折れる音、腕の砕ける音、脚が壊れる音。
 それらが廊下に響き渡る。
 フィニッシュ技を決めた麻耶だがその体勢だとすぐには動けず、そこを狙ってマンイーターが口を開くも間に割って入ったリュウセイガ―が両腕で開かせるように受け止めた。
 牙がほんの少し腕に食い込むが、まだかすり傷である。
「お前の力はこの程度か!」
 リュウセイガ―に叱咤されたからでもないが、動きが止まった所へ、悠人が背中でドアを押しのけた反動で前に踏み込むと下から煌めく刀刃を跳ねあげて、開きっぱなしの口を切り落とした。
「蹴り殺したるわ!」
 顎から切り落とされた1匹の背後から、鮮やかなステップで距離を詰めた未来が延髄に蹴りをいれ、蹴り足を反動で地面に戻すと軸足にして身体を反転させると、今度は後ろから迫ってきている1匹へ今まで軸足だった方で側頭部を蹴り上げる。
 不意打ちとなったせいなのか綺麗にハイキックが決まり、いい状態に体勢の整った未来が後ろを振り返って、顎の無い1匹の胴体に両腕を回して脇に頭を突っ込んだ。
「こんなんで、うちの怒りが収まると思わんことやな!」
 再び、見事なバックドロップを決めた未来。その未来の上をチャンコマンがまたぎ、叩きつけられたマンイーターの胴体に腕を回すと床から引っこ抜いた。
「普段は使わん、とっておきだ。お前の墓標にお前自身、なるがいい!」
 マンイーターの身体を高々と振り上げ跳び上がると頭部を膝で固定し、まるで杭でも打つかのように床へ脳天から叩き落すと、見事な墓標が出来上がる。
 その墓標が倒れたところへ、未来と麻耶が視線をかわして腕相撲のようにお互いの手を掴むと足を床から離して、マンイーターの首めがけて2人は肘を落とすのであった。
 未来のハイキックにより身体が泳ぐようにのけ反った最後の1匹へ神雷が帯電した双剣で腹部と首に突き刺すと、雷を一気に流し込んだ。火花がスパークし、身体を小刻みに震わせたマンイーターは棒立ちとなってしまう。
「阿岳様を仕留める為の新技なんですよ♪」
 チャンコマンへ狐の面を付けたままニッコリと笑顔を向ける神雷だが、当のチャンコマンは「死んでしまうぞ……」と至極もっともな事を言い、片膝をつく。吹き出していた気が枯れ果てて、蓄積したものが今になって襲い掛かってきたのだ。
 動けぬマンイーターへ向き直る神雷は、ちょっとだけ不謹慎なのかもと思いながらも喜んでいた。
(阿岳様にステゴロで負けた為、プロレス研究に来た甲斐がありますね)
 腕を交差し、双剣を腰のあたりで鞘に収めているかのようにして構える。
「やっぱり、実戦が一番良いですよね!」
 床を踏み抜く踏み込み――気づけば双剣はすでに振られており、太刀筋の付いたマンイーターの身体は時間差で崩れ落ちるのであった――




 マンイーターが全て動かなくなった直後、控室から盛大な破壊音と振動が響き渡り、麻耶と未来、それにやや足取りがおぼつかない覆面を取った恭司と、変身を解いた正太郎が控室へと急いだ。
 神雷はのんびりとした足取りで向かい、悠人は先に他のドアをノックして「もう大丈夫ですよ」と声をかけてまわる――悠人が押さえていなければ、きっと犠牲者が出ていたに違いない。
 4人が踏み込むと、床は血で汚れ壁には人が通れそうなほどの穴が開き、風が吹き込む控室で、天使シェインエルが動かなくなった牧瀬を両腕で抱きかかえていた。
 泣き出しそうになった麻耶は踵を返し、廊下へと引き返していく。冷静にと言っていた未来だったが、カッと頭に血が上った。
「あんたが――!」
 だがそんな未来を恭司が腕で制する。
「お前がやったにしては、首の痕が細すぎる」
「ここで何が起きたんだ」
 落ち着いている正太郎だが、内心としては冷や汗が出ている。一戦終えたばかりで疲弊している今の状態で、天使を相手にするのだけは避けたかった。
「――優とか言うヴァニタスが……」
 それだけで、今到着した神雷ですらもおおよそ察する事ができた。
 そして敵意すら湧いて出ないほど落ち込んだように見えるシェインエルの背中には、正太郎は少しだけ安堵する。
「さっきの奴らも、その優ってヴァニタスの仕業か」
「そうだ、な。主が実験の手伝いを申し出たシワ寄せだ、などと聞いてもいない事をべらべらと喋っていた――きっと不満がすぐ口に出るタイプなのだろうな」
(実験……? 人を食うだけじゃないっていうのか)
 なにかしらの実験であるというのは、わかった。それだけだが情報としての価値は十分あるし、それに天使との戦闘を避ける事ができたのは正太郎のお手柄かもしれない。
 遅れてやってきた悠人が目を閉じ、牧瀬へと黙祷を捧げる間に、振り返ったシェインエルが牧瀬を未来に渡すと、壁向かって歩き出す。
「アレと、アレの主のどちらとも、私は貸しがある。お前ら――邪魔をするな」
 確かな怒気に気圧され誰も動けなかったが、恭司が同門の背中に言葉を送った。
「これは1人のレスラーとして、昔牧瀬さんの世話になった人間として言わせてくれ。
 お前のフォームに見覚えがあっただけだから余計な詮索はしないが……私は1人のプロレスラーとして、牧瀬さんが絶えず言い続けてきた遺志を受け継ぐつもりだ。お前がどうかは知らないが、その遺志だけはどうか……忘れないでやってくれ……」
 グッと拳を握る。
「プロレスは……『プロレスは最強だ』」
「最強の格闘技は『居合い』です。譲りません」
 そこまで牧瀬に思い入れがあるわけでもない神雷が、そう呟いていた。
 シェインエルの背中が少しだけ、笑ったような気がする。
「プロレスとはあたしの事、己こそが最強だと思え――か」
 声が幾分柔らかくなったシェインエルは「さらばだ」と片手を上げると、壁をすり抜けて去っていった。


 ちょっとトイレと言って駆け込んだ恭司だったが、トイレでは壁に額をこすりつけ、嗚咽を上げていた。
「貴女とはもう1度リングの上で闘いたかったし、また鍋囲みながら話したいこともたくさんあったよ。だから勝手に逝くなよ……ファンもみんなも……置いていくなよ……」
 壁のタイルが砕け、額が切れて血を流しても、恭司の涙は止まらない。
「なんで最強のはずのあなたが……ひよっ子だった私より先に行ってしまうんだよ……ッ」
 そんな恭司の嗚咽を、トイレの扉の前で麻耶はただただ、黙って聞いているだけであった――




【魂刃】プロレスは、最強だ  終











 逃げる優がポツリと漏らす。
「人間にしか勝てない程度か……使いにくい回収機だ――」


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 蒼き覇者リュウセイガー・雪ノ下・正太郎(ja0343)
 おかん・浪風 悠人(ja3452)
重体: −
面白かった!:4人

バカとゲームと・
與那城 麻耶(ja0250)

大学部3年2組 女 鬼道忍軍
蒼き覇者リュウセイガー・
雪ノ下・正太郎(ja0343)

大学部2年1組 男 阿修羅
おかん・
浪風 悠人(ja3452)

卒業 男 ルインズブレイド
チャンコマン・
阿岳 恭司(ja6451)

卒業 男 阿修羅
永遠の十四歳・
神雷(jb6374)

大学部1年7組 女 アカシックレコーダー:タイプB
とくと御覧よDカップ・
黒神 未来(jb9907)

大学部4年234組 女 ナイトウォーカー