●被害者続出?
依頼が張り出される10日前、バレンタイン当日。
「ほう、これを私に献上するというのかね。殊勝な心がけ――」
紙袋を受け取った鷺谷 明(
ja0776)が低く笑い、お褒めの言葉を言い終わる前に女の子がいなくなってしまった。
少しだけ釈然としない面持ちの明だが、紙袋の中から『まいかの』を取り出し薄っぺらな説明書に目を通すと、口元の笑みがさらに深まる。
「ほう……貴方の予想を裏切る展開が待っているとな――これは享楽主義の私としてはぜひとも、拝んでみたいところだ」
そして明は電源を入れるのであった。
「ゲーム、ですか?」
人から人へと巡り、友人から渡されたそれに雫(
ja1894)は首をかしげる。
別に自分もそれほどゲームに関心がある方ではない――が、無料で配布されたというそれに少しだけ興味が湧いた。
手に取り、しげしげと色々な角度から眺め弄っていると、不意に電源が入り、画面にはなめらかで綺麗な女の子達(以外もいるが)のグラフィックが映し出され、その華やかな映像に雫は少し驚いた。
女の子を選んでねとあったので、素直に従い選ぶと、雫はそこからしばらく身じろぎひとつせずに『まいかの』に没頭する。
待ち合わせのためベンチに1人で座っていた浪風 悠人(
ja3452)だったが、さきほど『まいかの』を渡され困惑していた。
どうしたものかと扱いに少々困っていたが、ほんの興味本位で起動させると女の子選択画面にて愕然としてしまう。
(銀髪で無口か口下手な天然っ子がヒロインに居ないじゃないかッ)
「どうし……たの……悠人……?」
顔をあげるとまさしく理想的な、銀髪で愛くるしい自分だけのヒロインがそこにいた。
――そう、非現実なヒロインではなく自分のリアルなヒロイン、浪風 威鈴(
ja8371)が。
ガタッとベンチから落ちそうになりながらも、流れるような神速の動作で『まいかの』を閉じてポケットへと突っ込むと「いやなんでもないよ」と笑顔で誤魔化す。
だが、悠人は知らない。
直接貰ったわけではないが、威鈴のポケットにも『まいかの』があるという事を。
知らない女の子から押しつけられて気味が悪いからと、転々と様々な持ち主の手に渡り、そしてそれは強羅 龍仁(
ja8161)の手に渡った。
だが龍仁にとってゲームとは、かつてピコピコと呼んでいた代物の時代で止まっているため、それがゲームだとよくわからないでいた。
説明書を読んで初めて、ゲームだと理解する。
「今のピコピコは恋人まで用意してくれるのか……」
妙な関心を抱いたりもしたが、だからといってプレイする気があるわけでもない。
くれるというならば貰っておこうかと軽い気持ちでそれを受け取った時、ちょうど電源ボタンを押してしまったらしく、どうすれば消えるのか弄っているうちにスタートする事となった。
「見知らぬ謎の少女からいきなり何かを渡され、そこから始まるのは甘い展開か、もしくは魔法少女の制服でも入っているとかのギャグパートっていうのはラノベのあるあるパターンですよね」
紙袋を手にした湯坐・I・風信(
jc1097)は目の前の少女に説明したつもりだったが、すでに少女はいない。
右を見て、左を見て、後ろを見る――やはり、いない。
女の子を探すのをそうそうに諦め、紙袋に手を突っ込んだ。
「ゲームか……あまり映像系には手を出さない主義なんだけど……」
そういいつつも、説明書も読まずに直感的に電源を入れてはゲームをスタートさせているあたり、凄い慣れた様子であった――
「ゲーム、ですかね?」
袋を開けずに振って中を推測するエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が、正解だった事に満足する。
そして説明書も読まずとりあえず電源を入れる――が、キャラの設定を決めてねという段階ですでに飽きて閉じるのであった。
「電源を入れたら爆発するって方が、よっぽど楽しかったでしょうねぇ」
エイルズレトラが電源を入れたのは、これっきり。後はポケットの肥やしである。
●そして、現在
正式な手順を踏んだ依頼となってしまった事から、涼子が物見気分で集まった撃退士達を前にクオンステーションもどき『まいかの』を見せながら事の顛末を説明する。
「――ということだそうで、回収が依頼となった」
(報復の方法が、なかなかえぐいねぇ……)
柔和な笑みのままに内心、冷や汗を垂らす狩野 峰雪(
ja0345)だが、少女の将来が少し楽しみだとも思ってしまう。
とはいえ、配られて遊んでいる者達は紛れもなく、ただの犠牲者でしかない。できる限り傷つけないように回収しなくてはと、そんな思いが広がる。
「そのような事情がおありならば、回収のお手伝いもやぶさかではありませんね。些細ながらも尽力しましょう」
峰雪はニコリと笑い、飄々とその場を後にする。誰かと協力するなんていう気は毛頭ないとでも言うかのように、誰の顔も見る事無く。
峰雪が去った後、協力するために残る者、興味がなくて帰って行く者と様々であった。
そして涼子の説明を聞き『まいかの』を見たアスハ・A・R(
ja8432)は、数日前に渡された物を今の今までずっと忘れていた。
(そういえば、前にそんな物を貰ったような気がする、な)
静かに踵を返し、我が家に置きっぱなしのブツを取りに戻ろうとすると、ちょうどその噂の『まいかの』がポケットからはみ出ていて説明書を歩きながら読んでいる赤坂白秋(
ja7030)と出会った。
アスハに気付き片手を上げて会釈する白秋へ、アスハは涼子のいる方向に指を向ける。
「それを、向こうでリョウコ女史が回収していた、ぞ」
「涼子が……?」
指の先に涼子を発見した白秋の脳裏に、閃くものがあった。
説明書の舞薗琴乃と涼子を見比べ、その目はみるみるうちに見開かれていく。
「……6歳に設定して……2人でプレイすれば……疑似的に新婚育児体験が出来るんじゃ……!?」
(ああ、そうか……阿呆だった、か)
アスハの冷たい視線に気付きもせず、涼子へ駆け寄る白秋が真顔で両肩をがっしと掴んだ。使徒として相対していた時には見せないような驚きの表情を浮かべほんのりと赤い涼子へ、白秋は伝える。
「やろう。2人で子育てだ!」
「……誰か、石をくれ。煉瓦でもかまわん」
何に使うつもりなのかそんな要求をするのだが、誰も相手にはしてくれない。
涼子の返事も聞かずさっそくゲームをスタートさせる白秋は呼称を呼び捨てで自分の名前を父さんにして、選んだのは落ち着いた雰囲気で青い髪の舞園 琴乃――の6歳である。
「お前に似て美人だな……☆」
『父さん、私は私だよ』
「おおっと、すまねーな。琴乃。お前は高原に咲く一輪の薔薇のような美人さんになるぞ」
すでに成りきっている白秋は娘を溺愛する父親の顔をしていて、涼子の突き刺さる視線なんてものともしない。
そんな様子に、頭を振るミハイル・エッカート(
jb0544)がいた。
(こんな軟弱なゲームに嵌るとは、大和魂は絶滅しつつあるのか……サムライ・ボーイよ、俺が目覚めさせてやるぜ)
今すぐこの場で白秋の手にある『本体』を処分するつもりで銃を抜きかけたミハイルだが、今にも『本人』を処分しかねないほど殺気立っている涼子に気付き、そっと手を戻す。
そして少しばかり強烈すぎるが、乙女のような嫉妬を見せる涼子へミハイルは思わず口元が緩んでしまった。
(仙台で対話した時と、随分変わったもんだ――それともこちらが素なのかね)
あの時に始末することなく終わったのは工作員としては恥ずべき事だと思ってもしまったが、人情には勝てなかった。そしてそれが正解だったのだと、あの時の自分を褒めてやりたかった。
「あれはあれできっといいと思いますし、僕らは僕らの仕事をしましょうか」
「そうよねェ。コワレル前に、コワシテあげなきゃだわァ♪」
場をまとめようとした神谷春樹(
jb7335))だが、薄い笑みを向けてきて同意する黒百合(
ja0422)の言葉の意味合いに妙なモノを感じてしまう――が、ここは久遠ヶ原。結局どんな事になるかもう目に見えているので、何も言うつもりはない。
とにもかくにも、まず誰が持っているのか情報収集という事で電話番号やアドレスなど連絡手段を交換し、各々が動き出す。
その直前に、涼子がふと思い出したように皆へ呼びかける。
「いいか。このゲームは周囲の風景を取り込んで、外なら外のイベントが発生する仕組みだ。このゲームにどっぷりつかっている輩なら、ゲームと恋人気分で外を出歩いている可能性が高い」
「えっと……ゲーム……で恋人……できるの……?」
話を聞いていた威鈴が不安げに、自分のポケットから『まいかの』を取り出すのを見て、悠人の方が驚いてしまった。
「い、威鈴も持っていたのかい?」
「うん……でもなんか……データ解析?……で怖い画像……あるって聞いた……から」
つまりは未プレイなのかと理解した悠人は胸をなでおろすのだが、威鈴に裾を引っ張られる。
――どことなく不機嫌というか、少し頭に血が上っているような気配がしていた。
「も……って言った……やっぱり……悠人も……」
「いやいやいや! 受け取りはしたけど、やってない! 神、いやメガネ――じゃなく、威鈴に誓ってやってないから!」
あたふたとする悠人が威鈴の前に『まいかの』を差し出すと、下から上へ突き抜けるように黒ずんだ紫色の蛇がそれを木端微塵に砕き、悠人の前髪が何本か散った。
脛全体が蜷局を巻く蛇に絡みつかれたようなレガースを装着した威鈴が、振り上げた足を静かに降ろす。
「全部……集める……!」
静かに燃えるような決意を全然秘めきれていない威鈴がずしずしと歩き始めると、悠人は一旦眼鏡が無事かを確認して冷静さを取り戻すと、威鈴の後を追いかけるのであった。
しばらく探し回ったのち、彼女自慢しあっている虚しいグループを見つけ出して威鈴が「欲しいなぁ……」と突然そんな風に声をかけるのだが効果はなく、悠人がどうにか交渉しようとしても相手はあちらの世界に行ったまま、こっちへ帰ってこない。
天に手をかざす悠人だが、彗星がやってくるより先に威鈴の脚が次々と『まいかの』を無残なプラスチックの塊へと変える。
「俺のかなちゃんがぁぁぁぁぁ! 理想で最高、誰もが絶対に恋に落ちる、かなちゃんがぁぁぁぁ!! これだからZ軸の女は!」
「絶対に恋……する?」
「そうさぁ! あんたの恋人だって簡単に心奪われちまうくらい、最高の女性がここに! いたんだよ!」
「悠人はまいかの……しない……もん……!」
口々にゲームの素晴らしさをまくしたてられ、不安に駆られた威鈴が一歩近づくが「寄るなZ軸!」と、突き飛ばされた。
その瞬間、悠人の眼鏡と口からビームが――出そうなほど、怒り狂う。
「ゲーム、より、現実の、妻、のが、いいに、決まってる!」
怒りの彗星群が大地を揺らし、本体も本人も、そして中庭さえも破壊し尽くすのであった――
「恵まれない子供たちに愛の手をお願いします。学校で流行っているゲームの話題に入れない、孤児の子たちにぜひ寄付を」
門の前で『まいかの』寄付のお願いと書かれたプラカードを持って、呼びかけている峰雪。無論、こんな方法で全部集まるとは思ってはいない。それどころか、1つだってくるか怪しいとさえ思っていた。
人間なんてそんな綺麗な生き物ではないと、よく知っている。だがそれでも、これで寄付してくれる子がいて欲しいと願う。
(捨てたもんじゃないって所を、見てみたいもんだねぇ)
柔和な笑みのまま道行く生徒を観察し、反応を見てはいるのだが、ほとんどが何をしてるんだこの人程度の視線しか送ってこない。
だがそんな峰雪は強い視線を感じて意識を前に向けると、そこには大人しそうな黒髪ロングの、やや太めの眉が可愛らしくも印象的な少女、六道 鈴音(
ja4192)が『まいかの』を手に真剣な眼差しを送っていた。
「こちらでいいんですよねッ」
差し出してくる鈴音を、笑みを保ったまま目は動かさず上から下まで観察しては値踏みをする。悪い癖だとは思いつつも、何か思惑があるのではと、峰雪はまず考えてしまったのだ。
だがどう見ても裏などなく、頭から自分の言葉を信用しきっているようにしか見えない。
(きっと心の優しい子なんだろうね)
良心の呵責が彼女を自分の様な人間にしてはいけないと訴え、本当の事を話すと鈴音は「そういうことだったんですか」と、とても素直に理解を示してくれた。
「それならば私も回収のお仕事、引き受けます」
「君は本当にいい子だねぇ」
(いつかきっと、いい人が見つかるよ――もういるのかもしれないけど)
息巻いている鈴音は「それでは」と峰雪を残し、行ってしまった。その背に小さく手を振り見送る峰雪だが、ふと視界の端に僅かながらの違和感を感じてそちらに注目する。
ジャージ姿で楽しそうにランニングしている女性――どこか覚えがあると『まいかの』の説明書を開いて、神林 茜と見比べると瓜二つである。
そして周囲を見ると同じように説明書を取り出して見比べている男子生徒がいて、その男子生徒へ建物の陰から覗く銃口が何かを発射していた。
さらには目立つ所に貼られた『まいかの』次回作進行中のポスターを食い入るように眺めている男子生徒へも、銃口は向けられ、そして何かをマーキングしては陰に溶け込んでいく。
何食わぬ顔で校舎の壁を疾走しながも、獲物を探している黒百合までいる。
(餌撒きにマーキング、それと偵察。なかなかに本気だねぇ)
「すみません、私、そのゲームを回収してるんです。その『まいかの』、バッドエンドにしかならないバグがみつかったので、開発者に頼まれて回収しています。
回収に応じずそのままゲームを続けてもいいですけど、最後は悲しい結末が待っています。苦情は一切受け付けませんから、そのつもりでお願いします」
「えー!? これダメなゲームだったやつぅ? もー、このセンパイ攻略したかったしぃ!!」
灰田が映った画面のままブンブンと本体を振り回すジャック=チサメ(
jc0765)は文句を垂れ流すのだが、突然動きが止まると、本体が手からするりと落ち、地面に破片をまき散らす。
「でもアタイのセンパイにアタック済ませてないから諦めるわぁ。さよなら『まいかの』」
そして無慈悲にチサメは、踏み砕く。
「……やはり、バグがあったんですね」
ずいっと鈴音に画面を押し付けてくるのは、雫だった。
「私好みの選択肢を選ぶと好感度が下がるので、変だと思ったんですよ。
プレゼントで威力の高い魔具や魔装を渡したら不機嫌になるし、買い物に誘われた時も1人で行けと答えたら怒りだしたんです」
「えっと、それは……」
「前に誘われた時に選んだ服が全部似合っていると答えたら『真面目に考えて』と怒ったから、今回は1人で行けを選んだのに……訳が判りませんよ」
大きなそぶりで頭を振り、溜め息1つついて「やっぱり、服よりもプレートメイルを勧めた方が良かったかも」と、相手が怒る理由に見当が全くついていない様子である。
そんな雫に、チサメはちっちっちと指を振る。
「わっち的にそこは、2人で行って置いて帰ってくるが正解だと思うワ・ケ」
「なるほど。それならば2人で行くという約束も果たせて、相手は自分の好きな物を買えるというわけですね」
そんな経験はないけれども、それは違うというのだけはわかる鈴音が必死に首を横に振るのだが、チサメの講釈を聞き入っている雫は気づきもしない。
なんだか徐々に注目を浴びつつある3人の前に、屋上から飛んできた妖々夢・彩桜(
jc1195)が降り立つ。
『どうかしたのか?』
スケッチブックに書かれたその文字を見せられた鈴音が、どう説明しようかなと思い目を閉じて腕を組み、ちらっと片目を開けたその一瞬、彩桜の手にあった本体に思わず声を上げて指さしてしまった。
『ん? これが欲しいのか?』
スケッチブックへ何度も頷く鈴音は本体があるなら話は早いと、回収の件を説明する。彩桜は巾着袋から角砂糖を1個取り出し口に含むと、定型文なのか『ふむ、なるほど』のページを見せ『理解した』のページに飛ぶ。
『そのような事情であれば、協力するのだ』
鈴音に向けられた本体にはチサメと同じように灰田優真が映っており、好感度がそこそこくらいでまだプレイを始めてから日が浅いのがわかる。
運がいいのか案外順調に回収できるなと鈴音が思った矢先、背後から低い呻き声のような笑い声が聞こえてきた。
「なるほどなるほど、なるほど。これを順調に進めて行けば悲劇が訪れるというわけだ――面白い。実に面白いぞ!」
高笑いを上げる明からは、渡す気が微塵も感じられない。それゆえか彩桜が躊躇なく羽子板を振りまわすのだが横へ下へと上手くかわされ、本人ではなく本体に狙いを定めて振り下ろすも、あっさりとかわされてしまう。
「まあ待て、やっとで恋愛度がマイナスから脱出したんだ。100時間ほど相手してこれならば、あと400時間もやればいけるはずなんだ」
「そこまで時間をかけなければいけないもの、なんですね」
感心したように頷く雫へチサメはニマニマとしながら「恋愛に近い道はないって言うしょ」とそれらしい事を言っては「なるほど」と再度、頷かれる。
この間に踵を返し逃げ出す明へ、鈴音が手を伸ばした。
「待ってください! その子が死んでしまいますよ!」
「上好上好。アクションやRPGと違い、弾幕シューティングと恋愛系は死んで覚えるものだ」
絶対に違うと言えることを言い残して逃げていく明。
「誰か回収できなかった人はいたかしらァ?」
その直後に様子はうかがっていたのであろう黒百合が4人の後ろに降り立ち、さっきから明の特徴を箇条書きしていた彩桜がそのページを破り取り黒百合へと渡す。
それだけでなく、屋上でプレイしていた時に同じように屋上でプレイしていた男子生徒達の特長と、名前、狙っているキャラまで書きだして渡した。
受け取った黒百合に、黒い笑みが張り付く。
「ご協力、感謝するわァ♪ 1人残らず処分するから、安心していいわよォ」
スケッチブックのメモ書きを手に、黒百合はベンチに座っている赤い髪で触角が特徴的な『まいかの』の如月 美奈にそっくりな女の子の横へどっかと座る。
読書をしている彼女がそっと赤外線通信で、まとめた画像データを黒百合へと送信する――実は変化の術と雫衣で変装して、自分への反応で持っている人間を選別していた春樹であった。先ほどランニングしていた神林も、春樹である。
そしてベンチの後ろ、気配を消しているのか木の陰とほとんど一体化しているミハイルがライターの火を灯し、己の存在を示す。
「――情報は、そろったな」
「十分かはわかりませんけど、結構な人数は判明しましたね」
本で口元を隠し、3人だけに聞こえるような声で如月な春樹が告げるとミハイルは「ああ」と頷いた。
「夢を終わらせる時が来たようだ」
黒百合が立ち上がると身体を伸ばして骨を鳴らし、ヒヒイロカネから漆黒の巨槍を具現化させる。
「それじゃァ……楽しく回収しましょうかァ♪」
駆け出すと再び黒百合は校舎の壁を走って行くのであった――
男の娘キャラである三枝 めぐるの姿を見かけた男子生徒が声をかけながら後を追いかけ、公衆トイレにまで追いかけていった。
するとトイレではめぐるが柔らかな笑みを浮かべ――口から霧を吹きだす。その直後、身体が硬直した男子生徒は前に倒れ、毒の結界に自ら入っていった。
そしてめぐるは漆黒の巨槍を取り出すと、倒れた男子生徒を柄で強烈に薙ぎ払う。大きすぎる槍は狭すぎるトイレの壁と便器を切り刻み、辺り一面が水浸しとなり、そこに男子生徒は壊れた『まいかの』と共に沈むのであった。
騒ぎを聞きつけたというよりは同じように釣られていた男子生徒が踏み込んだ時、すでにめぐるの姿はなく、辺りの惨状に度肝を抜かれた次の瞬間には、横の壁からすり抜けてきためぐるの槍で後頭部を強打されて、先の男子生徒と運命を共にする。
「きゃはァ♪ 沢山釣れそうだわァ」
「その手にある物を回収させてもらう」
らしくもなく正面からそう宣言するミハイル。当然の様に宣言された生徒は即、逃げ出した。
無我夢中で逃げ回り、ようやく見えなくなったなとほっとしたのも束の間。
「逃げても無駄だ」
位置すら悟らせず暗がりからの狙撃が、無慈悲にも『まいかの』を砕いた。
「悪く思うなよ、少年。ノーマルで健康的男子の未来のためだ。若いうちにリアル女性との対人スキルを磨いておけ――」
それっきり、気配は完全に消え去る。
影から影へ移動し、ミハイルは久しぶりの本業らしい仕事ぶりに口元を緩めるのであった。
そこに聞こえてくる「俺にはその思いに応える事が出来なくてな……勇気を出したのにすまない…友達でいいのなら…駄目だろうか?
次なる目標を発見し、再びまずは正面から宣言するのだが、今度は逃げない。
「ん? 回収? 灰田は……どうなってしまうんだ……その……まぁ……一応告白されてしまったのでな」
龍仁にこれまでと違った気配を感じ取っていたミハイルは、龍仁が幻覚を見ているというわけではなく、ゲームの世界が仮想であるという事を理解していない節があると気付く。
「そうか――ならばその灰田の目を覚まさせるのは、あんたの役目だ。憎まれようとも前途ある若者へ他人に目を向けろと突き放すのが、俺達大人の役目じゃないか」
「――それもそうだ、な。灰田よ、恨んでくれても構わん。友としてお前のためにも、俺はお前と決別するッ」
バキンと音を立てて、龍仁の手の中でクオンステーションもどきは2つに分かれるのであった――
「まったく、こんなおも……じゃない、物騒(?)なものばらまいちゃって……」
メフィス・ロットハール(
ja7041)が手の中で弄んでいた『まいかの』を、上へと放り投げてはキャッチする。アスハが家に帰ってメフィスに回収しているという話をすると、何やら意外と乗り気で一緒に持っていく話になったわけである。
そして白秋を監視している涼子の所へ行くと、メフィスの手から離れた『まいかの』を空中でキャッチして涼子へ差し向ける。
「興味本位だが、プレイの感想聞いてみたい気もするの、だが」
「作りとBGMはしっかりしていて、グラフィックの破綻や背景との違和感もなく、1人で開発したにしては相当な出来だ。到達はしていないので見てはいないのだが、エンディングさえ変更すれば、十分商品として成り立つのではないだろうか」
(やはり、プレイはしてみたのか)
何故かアスハの中で、涼子はプレイ済みという認識だったのだが、間違いではなかったようだ。
涼子へメフィスを妻だと紹介した後、今度は涼子をメフィスに紹介する番なのだが、そこでアスハは少しの間目を閉じて顎に手をかけ、それから口を開いた。
「現役の使徒にして学園の講師になった、胸から痩せるゲーマーの真宮寺 涼子女史だ」
「……おい」
雑というよりは酷い紹介に涼子は抗議の声を上げるのだが、アスハは全く聞いていない。
「……しかし。この手のゲームプレイしてるユーザーが廃人になったとして……誰か、困るのか?」
「少しだけ、困るかもしれん」
涼子の視線が動いた先には「琴乃、お父さんと明日デートに行こうな」と、デレデレしている白秋がいる。
その視線の意味に気付いたのか、メフィスがアスハの袖を引っ張っては「そういう事?」と尋ね、アスハも「そういうことなのだろうな」と頷く。
「なるほどなるほどっと。それなら協力しちゃおうかな!」
そう宣言はしたもののどうすればいいだろうかと首を捻り、説明書に目を通しているうちにパッと目を輝かせ、おもむろにみょんと髪を一房だけ変えると、眼鏡を装着し本まで手にしてドヤ顔でアスハに向き合った。
「どう!? 真似てみれば釣れるかなって思うんだけど!」
「せめて1キャラに絞るべきだ、な。それと、それは触角というより……ただのアホ毛、だ」
(3月に向けてのアプデだなんだ、と偽情報流せば良いような気もする、が。流石に時間が足りん、か)
冷静ながらも、アスハはしっかりとメフィスの珍しい姿を写メっていた。
だが、リアルとは喜劇である。
「そちら、隠しキャラ? 若干のドジッ子属性とか、それも王道ですよね」
風信が釣られた。というより、完全に世界が1つになってしまっているようであった。
「ま、やっぱ一番はミステリアスで高潔ってラノベヒロイン枠の鉄板の琴乃ですよね……そんな彼女が俺の恋人……」
画面に注がれる熱い視線と、荒々しく熱い吐息。
「ああ……愛してるよ……」
恍惚の笑みを浮かべ画面に頬ずりする風信だが、その時ちょうど240時間を経過したのか、琴乃の後ろから何かがずるりと這い出てきた。
「後ろに何かが……ッ、今助ける! 俺は! 本当の意味で! 世界線を超えるッッ!!」
手に収束された薄紫色の光が矢となり、風信はそれを思いっきり画面へと叩き込む。無論、それで世界線を超える事など無くただ本体を破壊しただけである。
無残な姿になってしまった本体に、風信は大地に両手と両膝をついてがっくりと頭を垂らす――が、ハッとして顔をあげた。
「気づけば目の前にこの間の憂いある黒髪美女! あぁ……ラノベみたいな事が二度も。之こそが現実……流石久遠ヶ――!」
風信の腹部へ、黒い焔のような紫の闇を纏った刀身の背がめり込んでいた。
「……何をしている、メフィス」
「え? だって本体の回収、および破壊でしょ?」
「ゲーム本体、な」
指摘されて初めて気づいたのか口を開け、どうしようと目で言ってきているが「放置して大丈夫、だ」と、無慈悲極まりない。
「回収ですか――まあ、提出するのはやぶさかではないのですが、あっさり渡すのも芸がないですねえ」
いつの間にかいたエイルズレトラが、手の中で弄んでいた『まいかの』をするりと袖の中に落とすと、涼子へ視線を向けた。
「そういえば先生、敵味方であった時、貴女とは遊んだ記憶がありませんね。童心に返って鬼ごっこなんて――」
言い終わる前に鋭い涼子の踏み込み。だがエイルズレトラはそれよりも速く動いていた。
「……っち」
次々に繰り出される手をエイルズレトラは目視で確認しながら上半身だけでかわすと、後ろ向きのまま走り出す。
涼子の猛追も、緩急によるものと上下の揺さぶり、いざという時には木に手を伸ばして強制方向転換で己の回避技術を駆使して巧みにかわしていく。
だが突然横から彩桜の羽子板が襲い掛かり、それは涼子の手共々かわす事ができた。しかしそこへさらに「混ぜてもらうわァ」と楽しそうに槍を振るう黒百合、ついでに言うならば木の陰から銃口がこちらを向いている。
「誘いこまれてしまいましたか」
「そういう事、だ!」
4人の攻撃をかわし続け、膨大な集中力と共に体力も削られていたエイルズレトラが漆黒の巨槍をスウェーバックでかわすという判断ミスを犯してしまい、一瞬だけ妨げられた視界の死角から涼子の手が伸びてきて、首根っこを掴まれてしまった。
そのまま地面を引きずられ、連行されていく。
そして白秋の所に戻って来てみると、まだ娘と会話していた。
『お父さん』
「ん? どうした、琴乃」
『……大好きだよ』
次の瞬間、絶叫に近い雄叫びを上げる白秋――冷めた目で見ていた涼子だが、ふと掴んでいた質量がほとんど消えているのに気付き引き摺っていたエイルズレトラへと視線を向けるのだが、そこにはベストがあるだけで、本人はいなくなっていた。
ただ、地面の上に『まいかの』が置いてあり、その上には「またお会いしましょう」と書かれたカードが置いてあるだけであった。
「センパイの娘さん、見せてくださーい」
涼子が目を離した隙にチサメが白秋に近寄り、白秋は自慢げに画面をチサメへと向けると、チサメは折り畳み式ナイフを画面に突き立て琴乃ごと『まいかの』を貫いた。
「琴乃ォォオオオオオオオオ!! 俺の娘がああああああああああああ!!」
ガチ泣きする白秋の瞳が怒りを表すかのように緑の眼光を放つのだが、チサメがしおらしく「センパイのことずっとずーっと気になってて……私じゃダメ、ですか?」と言った途端、空気の抜けた風船のように怒りがみるみるうちに萎んでいく。
拾い上げた本体が、涼子の手の中で砕け散った。
「はい。煉瓦♪」
気を利かせた黒百合がトイレで拾った煉瓦を涼子に渡すと、躊躇う事無く涼子は白秋の額に全力で投げつけていた。
白秋は軽く2mは後ろへ昏倒し、額を押さえて転げまわっている所に涼子は近づいていく。誰もが追い打ちを期待する――が。
「……もっと、私を見てくれないか」
「んぁ? 今、なんか言った――」
転げまわっていて聞き逃した白秋の額に、軽くだが再び何かが投げつけられた。
「あて……」
「余ったから、やる」
それだけを言うと、涼子は白秋(とその他大勢)を残して去っていく。
白秋の側には涼子がたった1つだけ買った、うまいチョコが転がっているのであった――
【MV】彼女ができました 終
●最後の1つ
「おい、そこなる女生徒よ。この画面の輩と同じ顔をしているな?」
明がベンチで読書をしている女生徒に画面を突き出すと、周囲を伺った女生徒はリボルバーを引き抜くと画面を撃ち貫く。
そして変化が解け、銃を構えたままの春樹はほっと一息ついた。
「これで、全部完了と」
後日、掲示板にこのようなお知らせが貼りだされた。
『トイレ、および中庭を破壊した両名とそれに携わった生徒全員に、自戒の意味を込めて破壊王の不名誉称号を与えるものとする』
不名誉とあるが、むしろ本人的には美味しいって思ってるよね? とか囁かれるのであった