●質問も終わり
「ゴメンみんな、あとはよろしく!」
黒松 理恵(jz209)は片手を小さく挙げ、返事も待たずに廊下を駆け出すのであった。
「ふんむ。乗りかかった舟じゃ、さっさと終わらせてたまり場にでも使わせてもらうかの」
(召喚獣 のしつけにも、ちょうどよかろうてな)
何故かくまーの着ぐるみの美具 フランカー 29世(
jb3882)が、口元にもふっと手を当て笑みを隠していた。むろん、着ぐるみなのでそんな必要もないが。
「そうですね、手早く片付けますか。まあこれだけ人数がいれば、何とかなるでしょう」
リオン・H・エアハルト(
jb5611)はツカツカと、何もせずただ眺めているだけの中本 光平の横に近づいて肩に手を置いた。
「申し訳ありませんが、もう少し端の方に行ってもらえますかね? できれば作業中、猫の確保と監視をお願いしたいのですが」
「ん、猫なら任せろ!」
嬉々として猫ベッドを静かに持ち上げると、教室の角へ移動する。
床に置いてあったダイスを拾い上げた地堂 光(
jb4992)は、ダイスを眺めながら独り言のように呟く。
「ラヴい空間とか、さっぱりだ。ペットに関しても、俺は何も飼っていないしな。
幼馴染の所に猫はいるが、あれはペットではないか……確か使い魔とか言ってたな」
「あらー、私と同じ趣味な人なのかしら♪」
いつもキワドイ姿の雁久良 霧依(
jb0827)が興味惹かれたらしいが、光は一瞥し、違うんじゃねぇかなとぶっきらぼうにあしらう。
「挨拶遅れたけど、中等部3年の地堂 光だ。よろしく頼む」
「大学部1年、雁久良霧依よ。よろしくぅ♪」
挨拶という言葉に、ハッとしてリオンも続けた。
「すみません、遅れましたね。高等部1年、リオン・H・エアハルトです」
「くまーの美具じゃよ。よろしくなのじゃ」
口々に挨拶していく中、女子に強い警戒心を持ち、あまり集団が得意でない城里 千里(
jb6410)がやや遅れ気味に口を開いた。
「城里 千里」
無愛想な顔で端的に名前だけを伝え、すぐに口を閉じる。その言葉は投げやりで、同じ学園生だというのにどことなく距離を感じさせる。
そしてもう1人、自己紹介をしていない者がいた。沙 月子(
ja1773)であった。
光平に――否、猫に視線が釘付け。皆からの視線を感じてやっと気づいたのか、皆に向き直ると真顔で宣言した。
「猫への愛なら負けません! 生粋の猫好き、スナハラです。よろしくお願いします!」
自分の家の猫を思い返していたのか、猫を抱くように胸を押さえ、頭を振って悶えていた。本人の言葉通りに、生粋の猫好きなのだろう。
「さあ、猫2匹を飼っている猫命の私としてはまず、網戸が必須です! それと二段ケージにお出かけ用ケージ、それと段ボールを持ってきて重ね、猫タワーを作って爪研ぎも置く。猫トイレ用ゴミ箱に消臭剤、そして餌の入れ物。蓋ができて猫が開けられない、密閉容器ですね!」
「出入り口には逃走防止のバリケード、と言ったところでしょうか」
「そいつの設計図はくまーに任せるのじゃよ。それと室内でも十分に遊べるように、壁際を登れるよう箱物で足場を設置、天井付近には板をぐるっとまわして、猫の通り道を作ろうと思うのじゃ」
「それじゃあ私は過ごしやすい空間作りかしらぁ。学園内の不用品情報もあるから、おねだり交渉しちゃってくるわ♪」
「じゃ、運ぶの手伝います。力仕事は男の仕事なんで。
その後、外の花壇でもやってくるか。快適空間の配置とかそういうの、俺はよくわからんし」
頭を掻きながら、光は霧依の後を追って行く。
「では美具さんの必要な物をお教えください。網戸購入のついでに買ってきますよ」
「任せたのじゃよ」
はなっから誰かに頼む気だったのか、メモをピッ切り取ってリオンに手渡す。
「私はもちろん、猫用品を買いに行かせていただきます」
「……ついでに首輪も、お願いします。俺はちょっと黒松先輩の事で気になることがあるんで、そこをちょっと重点的に動きますから、作業には関与できないと思うんです」
「けれど大事な事、そうならいいんじゃないかのう」
(美具も力仕事をする気ないしの)
ぺろりと、着ぐるみの中で舌を出す。提案も監督もするが実作業はしない――それが彼女である。
「スミマセン……じゃ、隅の方で作業してますんで」
ノート型PCを片手に、教室の隅に座り込むのであった。そこで教室の戸が開かれる。
「冷蔵庫、ゲットよん♪」
戸に手をかけたままの霧依と、胸ほどの高さの冷蔵庫を軽々と持っている光がいた。冷蔵庫をとりあえず教室の
「最初渋ってたのに2人して奥に消えてった後、やたらすんなりくれたけど……何してたんだ?」
「それがお姉さんの交渉よ♪ さあ次に行きましょうか」
意気揚々として、霧依と光は再び廊下へと。実に頼もしいものだ――そう感じさせる。
「ふむ。思った以上に手早く済みそうですし、急ぎましょうか」
リオンの言葉に美具も月子も頷き、動き出すのであった。
「戻りました!」
大き目の箱や買い物袋をひっさげ月子が戻ってくるなり、光平に白黒で鈴のついた首輪を渡した。
「頼まれ物ではありますが、つけておいてくださいね」
「逃がさないようにすることと、逃げないことは別ですから。万が一に備えておいても損はないでしょう」
カタカタとPCをいじりながら、モニタから目を離さない千里が首輪の意味を伝えた。
月子は二段ケージを組み立てると、クッションを配置。そして首輪をつけ終えた光平の前に、ドンと構える。
「完全室内飼いをする心構えをお教えしましょう。初めて来た場所は落ち着かないので猫のためにも狭い場所から慣れてもらいます」
ヒョイッと猫を抱きあげ、ケージの中のクッションへと猫を移しロックをかける。
「まずはこのゲージの中に生活に必要なものすべてを用意しましたので、作業が終わるまで出さないで下さい」
引き離された光平だが、意外にも月子の話をちゃんと聞いていた。猫好き同士はわかるのかもしれない。
「野良なら初対面の人にも警戒します。猫は頭がいいのでトイレは同じ場所でします。そしてきれい好きですから1日1回、必ずお掃除してあげてくださいね」
月子が心得を延々と話している間にリオンも帰ってきて、室内にソファーベッドを置いて外側から網戸の設置を始める。
とはいえ溝にはめ込むだけだったので、作業はそれこそ一瞬だった。
「リオン殿、手はあくかのう」
窓から身を乗り出す美具。
「ん、手伝いますよ」
教室へと戻ってきたリオンに図面を見せ説明すると、理解したリオン。
箱物を並べ、そして天井付近の壁に金具で板を固定。後ろから腕を組んで眺めていた美具が目を細め、平行を見る。
「オーライオーライ、ストーップストーップ。うむ、どうかの――いでよ、ヒリュウ」
美具に呼び出されたヒリュウはまっすぐ棚の上へと跳んで行って、そこに腰を降ろす。
「うむうむ、いい景色じゃな」
視覚を共有したのか、ゆっくり縦に頭部を動かすのであった。
「次はそこの引き戸周りに、柵の設置をよろしくなのじゃよ」
「わかりましたよー」
「それくらいの高さの物でもあれば、まっすぐ逃げられることはあるまいて。あとは部員の心掛け次第じゃな」
「それはもっとも、か……」
心掛け、という言葉に少しだけ作業の手を止める千里。そして真横にいる美具に声をかけた。
「俺が言う事でもないけど、あんたは作業しないんですね」
「テイマーの訓練じゃよ」
ほっほっほと胸を張って笑う美具に誤魔化された感がなくもないけど、千里はそれ以上言及しなかった。代わりに、立ち上がるとちょっと先生の所に行ってきますと、教室から出ていったのであった。
「ただいまよーん♪」
「結構そろったな」
校内を駆けずりまわって、使えるけど不要な物をおねだり交渉で手に入れた結果、冷蔵庫だけでなく、洗濯機、テレビとDVDプレイヤー、テーブル、テレビ台にレンジなど、1人暮らしでもできそうなほどの物がそろっていた。
「カーテンも買ってきたから、かけちゃうわね」
見た目はどちらかと言えば不真面目だが、てきぱきと動く霧依。可愛い柄で、遮光性の高いカーテンを備え付ける。外からは人影すら見えないようなカーテンである。
「それとベッド――」
「ソファーベッドなら、一応要望に応えれない事もないかな? これなら人がいないときとかに、横になって寝る事もできますから、リラックスできますよ?」
自分が運んで来たソファーベッドを指さしたリオン。
「いいんじゃないか?」
そこはあまりこだわっていない光が答えたが、霧依が唇に人差し指を当てて笑みを形作る。
「実は交渉で手に入れてるのよ。どうせならちゃんとしたベッドでしたいしねぇ♪」
ノックと共に数人の男達がベッドのパーツを運んではさっさと組み立て、霧依にいい笑顔で頭を下げるとすぐに去っていった。
あっという間に完成したベッドに、ギシリと霧依は横になる。ただでさえ色っぽい彼女がさらにエロ――いや、色っぽく見える。
「猫ちゃん抱っこして一緒に寝られたら、最高でしょ♪ 私もペットちゃん達とここで寝かせてもらいたいし、ね」
後半は聞こえないようにこっそりとだけ。ベッドから降り、窓から見えにくい隅の方へと移動させ、それを囲むように手際よくレールと淡いピンクでフリルが一杯ついた素敵なカーテンを取り付ける。そして布団や枕もカバーは、ピンクにハート柄。
「ふむ、自分はこっちのソファーベッドを使いますか」
「俺もそうさせてもらう。せっかく関わったんだ、たまにここを使わせてもらうつもりだからな」
「それは、自分も同じですね。せっかく自分達も部室作りに手を貸したわけですし……利用させていただきますよ?」
まだ色々心得を聞いている光平へと言葉を投げかけるが、耳には届いていない。
「発情期の声は大音量ロックに引けを取りませんので、空き教室で飼う前提なら避妊手術をオススメします。
それと、猫は頭さえ入ればするっと抜け出しますし、ちょっと慣れると引き戸なんかも開けるようになります。ですから部屋の鍵は必ずかけて、授業中はケージに入れて置くのがおすすめです」
「ケージに、か」
ケージに目を向ける光平。だが中の住人は、いたって平和そうだ。
だが月子の目がきらりと光る。
「檻に入れるのは可哀想? いいえ、猫にとってどこよりも安全な場所で核シェルターみたいなもの。猫のプライベートルームと考えるといいです。
なぜなら人が夢中になって遊びすぎて、猫が体調を崩すということも珍しくありませんので、猫だけの空間も必要なのです。愛してやまなくて、常に触っていたいのも分かります。けど必要以上に構わないのも大事です」
光平が小さく拍手し、得意満面な月子であった。
「あっちはあっちで語ってますね……と、これ位は置かせてもらっても大丈夫でしょう」
自分が使うつもりでいる本棚を組み立て、設置する。そして気づけば、霧依の指示に従って光が他の物の配置も終わらせていた。
美具はというと――ヒリュウと、何かじゃれてる。
「あとは外の花壇ですね」
「手伝ってくれ。猫草と、今の季節に合う花も買ってきて外に置いてあるからな」
出て行こうとすると、何やら小冊子を抱えた千里にばったりと正面から向き合った。
「ああ、猫の名前を決めないと」
「そうだったな……」
ポケットからダイスを取り出した光が、ダイスを掲げる。
「俺、6で美衣」
「自分は1を希望、シャーリー」
「私はリエリ、2番ねぇ」
「では私は4番で、しいたけのしーちゃん!」
「くまーは5をもらっておくでな。名はチャベス」
「じゃ、3を貰いましょうか。第14族元素のすずにしますかね」
各々が決まると、ダイスを弾いた。
放物線を描き、床を数度転がったのちに止まったマス目は――3。この瞬間、すずに決定した。
「たっだいま!」
息を切らせた理恵が戻ってくる。
「おかえりなさいですよー。少し外の花壇をいじってきますね」
「ん、了解」
リオンは入れ替わりに外へ。霧依はベッドにうつぶせになり、目を閉じていた。
「これでシャワーもあったら最高なのよねぇ」
「ん、できるよ? 簡易式で狭いけど、そこの点検口の上ならちょっとの工事で済むのがね業者に頼んどくわ」
「いいわねぇ♪ 私も入部するつもりなのでよろしくよ、部長」
霧依の宣告に、理恵はしぶしぶわかったと答えた。
「中本と黒松は付き合っているのか? だが、中本があの調子ではな……」
色恋に口出せるほどの経験もない光でさえも、光平が抱く理恵への関心の低さに苦笑いを浮かべていた。
「そうね、あの調子じゃあね……しかも、付き合っていないし」
ハアと肩を落とす理恵の肩を軽く叩き、光も外へと向かうのであった。
「先輩、いいですか」
小冊子を差し出した千尋は、理恵の回答も待たずに言葉を続けた。
「これは飼い方についてまとめたものと、勝手に考えた部則です」
ペラリとめくると、毎日清掃塵一つ残すなとか、活動時はジャージ洗濯は必ずと、2つしか書かれていない。
「書かなくても当然守ってもらえるモノは、あえて書きませんでした。それと先輩。さっきの人、猫アレルギーだろ」
沈黙が答えとなり、ふうとため息を吐く。
「少なくとも部活を続ける気なら、ルームメイトにも気を使わないといけないですよ」
「うん、まあわかってる」
「小さな命をとりまく世界の責任は、全て受け皿である飼い主が負わなきゃならない。細かいことは小冊子にしといたので、勉強したければしてください」
小冊子には教師談など、色々な人の話が載っていた。ルームメイトの事も出されてしまって真剣な眼差しの理恵を前に、千里はそっぽを向いた。
「別に外見を着飾るだけが可愛さじゃないだろ。動物の世話をしっかりできる女の子は可愛いぞ?」
(そう、この部屋と同じだ。外面だけ揃えてもいつかは破綻する。むしろ大変なのはこれからだ――ちゃんとするつもりなら、俺もできる限りは手伝うか)
「ふふーん。ありがとね、城里君。でも大丈夫、ちゃんと世話するよ。多分、コー平はあんま見てられないから、ね」
「あ、これ使うといいよ」
それは猫がプリントされた、携帯灰皿。月子は驚き、光平の顔を見た。
「鼻が利くからな。さっき空気清浄機とかネットで注文してたみたいだし、ここはカーテンもあるし――でもま、ほどほどにな」
それじゃと腰を上げる光平は、小冊子を眺めている理恵の所へと向かう。
そして月子は何となく、理恵が光平に恋をした理由を察したのであった――
『しいくらぶ部室魔改造計画 終』