5機の主力ABが立ち並ぶが、その中央がぽっかりと1機分のスペースが余ったいた。
そこには本来、郷田 英雄(
ja0378)大尉のABがあるはずだったが、今はもう、そこにはいない。
しかし、重苦しい空気を纏っているのはメカニック達ばかりで、パイロット達はそれほどでもなかった。
(大尉。君の死は無駄にしない)
特殊な固定装甲で防御性能は少し低下したが、少し耐久を増してマイナーチェンジを果たした『ソードエンプレス改』の中で静かに待機している、とっくの昔に悲しむ心を忘れたアルジェ(
jb3603)少佐だが、弔いの気持ちくらいは持ち合わせている。
ただ、持っているだけであって感慨まではない。
「これは戦争ですから、こういう事はよくあるんですよね」
ここでは坂井 隼と名乗っている仁良井 叶伊(
ja0618)も、世間話のようにそう話す。民間のテストパイロットのわりにはサバサバとしていた。
彼もまた『アーク・シルフィードR』の後継機『アーク・シルフィード2』を素体に、拠点防衛仕様へと変更された『アーク・シルフィード2G』の中で待機していた。
「死ねばそれまでなのだが、な」
黒で統一されたカラーリングに、紅いラインが刻まれている『シラヌイ』のレコーダーチェックを入念に繰り返し、アスハ・A・R(
ja8432)は皮肉気に語る。
「冷たい話だけど、そうなんだよね☆」
神出鬼没の死の商人ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)が、黒い球体で、巨大な目の様に射出口が取り付けられている異形の機体『キメラ・ベアード』の中で他人のABを、細部まで興味津々に眺めていた。
「……大丈夫。ごーくんは、きっと生きている」
米田 一機(
jb7387)少尉は確信を持ってそう言い切る。まるで、そう言ってさえいればひょっこり生きて帰ってくるものだと、信じているようだった。
他の機体と連携を念頭に置き、度重なる激戦でのデータ・フィードバックのお蔭で性能は向上している次期主力機候補の機体『量産型アウルブレイカー・改』はその特性上、支援型に近いのだがそれでも逸る気持ちがあるのか、誰よりも先にカタパルトへと向かう。
(……防衛システムってもっと、砲台とかそういうものだと思ってたけど……でも、防衛システムがこれだけ強固っていう事は、この先にこの闘いを終わらせるヒントがきっとあるはずなんだ)
「もう誰1人も欠けずに……終わらせるんだ」
出撃の文字が光る。
「米田 一機、出ます!」
量産型がカタパルトで射出されると、すぐにソードエンプレスがカタパルトに。
「逸るなよ、少尉。アルジェ、ソードエンプレスで出るぞ」
射出が済むと、次々に出撃していく。
「坂井 隼。アーク・シルフィード2G、行きます」
「……出る」
アーク・シルフィード2G、シラヌイと続き、そして最後にキメラ・ベアード。
「良い実験データがとれそうです☆ ブラックパレード商会、最新支援兵器のお披露目と行きましょう♪」
(さて……あまり出すぎないようにしないと、な)
ほとんどの機体が出撃と同時に加速して離れていくのに対し、シラヌイは弐番艦の護衛を理由にあまり離れすぎず、ゆっくり周囲の様子を伺いながら進行する。
何故ならアスハがこのタイミングでこの艦に来たのは、敵情報収集と次期トライアル予定機のデータを集めるのが真の目的であった。
もちろん、それを表だって言ったりはしていないが、それでも近しい目的だからなのか、それとも商人ゆえの目利きの力なのか、ジェラルドだけはそれを察していた。
「この機体は、戦場の頭脳です☆ だから前に出すぎず、ぼちぼちと動くからね☆」
「……ああ、そうか」
お互いの腹を探り合いながらも、戦域を覆いきるジャマーを展開し、弐番艦の周囲を2機はぐるぐると巡り続ける。
装甲と武装を追加したために可変機構が省略されてしまったアーク・シルフィード2Gだが、それでもその加速力は健在で、この広い空間を駆けていた。
すると不意にAIが警告を鳴らす。
直後、視界の隅にビームが見えたかと思うと、それは直撃せずに空間ごと捻じ曲げるディスト―ション・フィールドにより、軌道が逸れて目の前を通過していった。
「あそこですか――サイズも大きく、何もないだけあってこの距離からでも目で見えますが、レーダーより外なんですよね」
機体を正面に向け、また飛んできたビームを両肩後部の可動式アームで保持しているシールドで受け止め、弾くと、ほぼ目視で狙いを定めてリニアカノンを放つ。
それが当たるよりも先に動かれ、外れるてしまうが、今度は撃ってくるタイミングに被せ、動く先を狙って放った。
フィールドで防衛システムのビームの軌道は逸れ、今度こそリニアカノンは直撃する――が、動きが鈍る事無くこちらから距離を取るように離脱しようとする。
「逃がしませんよ」
前進し、防衛システムの左右を撃ち続け逃げる先を封鎖しながらも、腹部の小型ビットを射出。そしてこちらへ向って突進してきたと感じたら後退して距離をなるべく保ち、正面からの撃ちあいを続けるのだった。
「少尉、索敵は任せた」
「了解って言ってる傍から4時方向!」
ソードエンプレスが反応し、両腕の手甲から伸びた高周波ブレードの刀身にビームコーティングが施され、それでビームを切り払い霧散させる。
「この機体にビーム攻撃は……効かない。少尉、索敵機を護れ!」
「それは任せて!」
レーダーで見なくとも、一機の目にも防衛システムの姿がはっきりと見える。アサルトライフルで頭部をピンポイントで撃つが、たいして効いているようにも見えない。
「寄らば斬る、道を開けさせてもらうぞ」
ソードエンプレスが跳躍しブレードを振るうも、到達する前に横へと移動されてしまい、届かないところから逆にビームブレードを振り下ろされてしまう。
だが地に着くと同時に回り込むような移動で、システムのブレードを回避する。
「その巨体でなかなかの加速性能のようだが……小さい分こちらの方が早い。簡単に捕らえられると思うな」
システムは当たらないソードエンプレスを目標から外し、量産型に向かっていった。
自分が狙われている事に一瞬の恐怖を抱くが、それでももう、今更その程度に怯んでいられない。
「稼働臨界まで性能を引き出せれば……今の僕なら……!」
一機の意志に応えるかのように量産型のカメラアイが輝き、真っ直ぐに伸びてきたビームを量産型が分裂して左右に分かれ回避し、それぞれが腕を狙う。
「まだ……まだ、僕の限界はこんなもんじゃない!」
咆えるとさらに量産型が1機増え、3機とソードエンプレスがシステムの移動先を限定していくのであった。
キメラ・ベアードの全身に取り付けられたシールド装甲が、ビームのシャワーによって小さな穴だらけとなるのだが、それすらもすぐに塞がってしまう。
「ごめんね☆ こいつは味方支援機であると同時に、継続戦闘能力に特化しているんだ♪
それに支援機だからといって、火力が低いわけじゃないんだよね☆」
キメラ・ベアードの『目』が開き、ミサイルが装填される間に、後方からライフルが飛来し、横を掠めてシステムへと跳んでいった。
(初撃の反応は悪くないようだが、2発目の反応は鈍いのだった、な)
味方の交戦記録を逐次仕入れていたアスハが、シラヌイに僅差のタイミングでもう1発、少しだけ軸をずらして撃つ。
予想通りに1発目はかわされるが2発目が直撃し、弾が盛大に弾けた一瞬の怯みに合わせて、ジェラルドが狙いを定めた。
「特殊衝撃弾『ウロボロス』、発射☆ ぽちっとね♪」
ミサイルが幾重も発射され、それら全てシステムへと飛来し爆炎と轟音をあげて揺るがす――が、直撃も構わずに前へ進み距離を詰めると、これまでよりも太いビームをキメラ・ベアードに浴びせる。
激しい衝撃がキメラ・ベアードを襲う。
「しばらくシステムダウンしてもらおうと思ったんだけど、復帰が異常に早いって事は対策済みって事かな☆ そのシステム、学ばせてもらいたいね☆」
そこそこの損傷を受けても、なお余裕を見せるジェラルド。損傷がゆっくりと再生を始めているからだけではなく、いざという時に備え、小型ビット・通称『モスキート』を飛ばしていたのだ。
モスキートがシステムに張りつき、銀色の光を吸い上げると、キメラ・ベアードの破損個所もほんのりと銀色に輝き、みるみるうちに修復していった。
そんなキメラ・ベアードの横を全速で通り過ぎ、一直線にシラヌイのいる方へと向かっている。
接近されたら手甲で払いのけるつもりで身構えたシラヌイの少し手前でシステムは止まると、砲身を開き、シラヌイの遥か後方を狙い撃った。
太いビーム砲が弐番艦を揺るがす。
「逃げ回るだけと聞いていたが、旗艦を狙うだけの知恵はあるのだな」
次弾が撃たれる前にありったけの弾を撃ち続けるシラヌイに、キメラ・ベアード。だが単体では何度でも復活できると知っているからか、全く意にも介さず砲門にエネルギーを集約させていく。
そして放たれる直前、アスハは舌打ちするとシラヌイを跳躍させ、その射線を塞いでいた。
シールドを構える暇すらなく、モニタいっぱいに広がる光の奔流。
(我ながら馬鹿な真似をしたな――この機体に要求された運用を満たせないとは、腹ただしい限り、だ)
コックピットを直撃し、形は何とか残っているシラヌイだが、すでに応答はない。
「こちら弐番艦なの。攻撃を阻止してほしいの」
緊迫した空気をなんとか纏った通信に、一機だけが「今そちらに向かっています!」と返し、一機とアルジェ、それと隼が直線上の軌道を取りつつも弐番艦へと急ぐ。
キメラ・ベアードが禍々しい赤紫の鈍い光を全身に宿し、赤い触手のようなモノが絡みついたミサイルを叩き込むも、システムはまだ止まりはしない。
砲門が再びエネルギーを集約し始めた時――そいつはやってきた。
「邪魔すんじゃねぇぇえ!」
超高速で飛来してきたそいつは、自身の胴体を隠すほど大型のランスを速度を殺さずにシステムの頭部へと突き刺し、ひしゃげてしまったランスを手放して、システムの肩から全力で弐番艦めがけ弾丸の様な跳躍を果たす。
右腕が肩からなく、大きなぼろマントで機体の右半分を隠し、ツインアイだった頭部は半壊して隻眼になっているが、紛れもなくそれは、自爆して応答が取れなかった英雄の『紫電』であった。
どう見ても天魔側モデルであろう不恰好なブースターを背中にいくつも装着し、限界以上の加速にもはや機体は耐えきれず小爆発を繰り返しているが、それでも地に着地すると、マントもブースターも左右の内側に仕込んでいたナイフすらも捨てて再び、跳躍する。
「飛べぇええええええ!!」
しかし、気合虚しく直前で失速――
「あの馬鹿、生きて……!」
マウ艦長が立ち上がると、首にぶら下げていた指輪がリンと鳴る。
その瞬間、紫電の隻眼が輝き、金の粒子がバーニアから噴出され飛距離が少しだけ伸びて、弐番艦の甲板へと滑りこむように胴体で着地する。
英雄が紫電から降りると、格納庫へ向かう――それに、マウまでもが。
「格納庫はパイロットの仕事場ではない!」
メカニック達が何やらわめいていたが、構わずに試作中らしい武装強化支援戦闘機を『雷霞』と命名して乗り込み、命令を待たずして出撃しようとした。
その前に、息を切らしたマウが潤んだ目で英雄を見上げる。
「預け物、受け取りに来たぜ――終わった後でな!」
雷霞が出撃し、一機の量産型を見つけるなり「少尉! アレをやるぞ!」と叫んだ。
「わかったよ、ごーくん!」
「ならばあとは任せたぞ、少尉」
量産型とソードエンプレスがシステムの背を駆け昇り、高々と跳躍。
「弐番艦、お願いします」
「おっと、巻き込まれるのはごめんだからね☆」
横へ離脱する隼の言葉に反応し、キメラ・ベアードも離脱、その直後に弐番艦の主砲『ダンテ』が発射され、恐るべきエネルギーの濁流が3体のシステムを呑みこんでいった。
その濁流の上でソードエンプレスが巨大な一振りの大剣と化し、そのブレードには全ての空間を断つフィールドを纏う。
そして包み込むように展開した雷霞を量産型は装着すると、大剣の柄となる部分に両腕を通し、剣と一体となって濁流で荒れた地に降り立った。
しぶとくも生きている3体のシステムが、融合して互いの損傷を埋めようとしている。
降り立った合体機から2体の分身が出現し、左右に回り込ませ、一機は正面から大剣を構えた。
「僕達の力で悪しき空間を断つ――名づけて! 断絶雷牙剣!」
掲げた大剣に雷の様なエネルギーが降り注ぎ、大剣は長大な光の柱となる。
「やぁぁぁあああってやるぞぉぉぉおおおお!!」
それが振り下ろされる寸前、融合したシステムが横に逃げ出そうとした――が、2門のリニアカノンが吹き飛ばし、押し戻した。
「大人しく、やられて下さい」
「華々しく散るのも、華だよ☆」
さらにはミサイルが降り注ぎ、一瞬だけでもシステムダウンを引き起こさせる。
――その一瞬で、ケリはついた。
振り下ろされた光の柱は融合したシステムを、一刀両断したのであった――
(うん、今日もいい収穫だったよ☆ 君の死はボクが無駄にしないから♪)
シラヌイも回収し、アスハが集めたデータをちゃっかりと頂いていたブラックパレード商会の社長はホクホク顔で、弐番艦を後にする。
1機で互角以上の戦いを繰り広げる事ができた隼は、アーク・シルフィード2Gを感慨深げに見上げていたが、視界に入った量産型へ少し嫉妬を向ける。
(元になってしまったとはいえ、エースとしての血が騒ぐな……)
戦場を駆けていた昔を、ひっそりと思い出すのであった。
扉の前で廊下をうろうろしているマウだったが、やがて意を決して英雄の部屋へと入っていく。
それを目撃した一機は今こそチャンスと、シャワー室へ。
(今なら大丈夫だよね)
服を脱ぎ捨て、シャワールームの扉を押そうとした時、不意に抵抗がなくなり、かわりにほんのり柔らかいモノをタッチする。
驚く一機の前には、まるで驚いた様子を見せない青い髪のツインテール、黒瀬通信官がいた。
「小さいは小さいで――じゃなくて! ご、ごめん黒瀬さん!」
「ん。米田少尉、ご活躍おめでとうなの」
ぺこりと頭を下げ、何事もなかったかのように横を通り過ぎ去る。
一機の脳裏に、ロリと英雄にからかわれる未来が見えるのであった。
「さあ。楽園へ参ろう……お兄様」
と、そこで目を覚ます。
この時期になると何故か見るこの夢は何かあるのではと、修平へ連絡する口実にこじつけるアルジェだったとさ――
でかいだけの敵など、もはや敵ではない。それだけの力がもう十分に備わっている彼らはまだまだ険しい先へと進むであろう。
負けるな人類よ!
【初夢】煉獄艦エリュシオン陸4 次回へ続く!