「実に単純明快――それができるだけの力が、俺達にはもうあるのだと各員、自信を持って戦場に臨め」
ファング・CEフィールド(
ja7828)特務大佐が、ユニコーンをモチーフにした頭部を持ち、見る者に中世の騎士を髣髴させるような、全身クロムコーティングを施され蒼く輝く機体『クロムナイツ・インペリアル』の前で、皆にそう告げた。
「自信か。確かに、これとならばどこまでもいける気がする」
1年ほど前から文 銀海(
jb0005)少尉が携わっている『ソリダス計画』によって生み出された最初の機体『ソリダス』。
完全なという意味と、固形のという意味を持つその機体を見上げる。
「とりあえず全部潰して、さっさと前に進みましょうか」
負けるとかそんな恐怖を一切持っていないのか、如月 千織(
jb1803)大尉は黒をベースに白も混じった標準的な人型の機体『ネメシス』へと乗り込む。
本来陸用ではあるのだが、開発陣の好意により水中でも問題ないように動けるネメシスの背には、折り畳み式のスナイパーライフルが携帯されている。
「見敵……必殺……全て、滅ぼすだけ……」
各所に補助ブースターを搭載した紫色のフレームを覗かせる白い軽量二脚機体『タナトス』の盆の窪に当たる部分から、琥珀色の液体で満たされたコックピットへ滑るように潜っていくSpica=Virgia=Azlight(
ja8786)少尉。
「了解です、ファング特務大尉」
真面目一辺倒のリオン・H・エアハルト(
jb5611)は踵をそろえ、敬礼してから、装甲が厚くずんぐりとした『シェル・ビースト』に足をかける。
(言われるまでもないさね)
傭兵のアサニエル(
jb5431)が慣れた様子で、スルリスルリと『怜悧号』に登っていくと、コックピットのシートに座った。
出撃の文字が光る。
「スタンドアップ、怜悧号!」
OSが起動し、内部のモニターとコンソールに次々と光が灯され、頭部のカメラアイが光り輝くと足元から滑り出されるように艦から射出され、水泡を引きながら戦場へと赴く。
「さすが傭兵あがりだけある。行動が迅速だな……さて、行こうか。諸君。
――ファング・クロスエッジフィールド、クロムナイツ・インペリアル、発艦する!」
アームレイカーと呼ばれる球状のコントロールスティックに手を乗せ、蒼き閃光の死神が今、黄泉路へ導くために深き闇の底へと旅立つ。
「ついに……殲滅、開始する……」
紫のカメラアイを持つタナトスは、恐るべき水圧に対して華奢すぎるその身体で深海へと潜っていった。
「天魔、君達にはソリダス計画成功のための礎になってもらおう……ソリダス、出撃する!」
薄い円盤型のヘッドをしたソリダスに命が吹き込まれ、単眼式カメラアイが灯り、己の機体よりも深く暗い、青色の世界へと送りこまれた。
「如月千織、及びネメシス、出ます…!」
旧型の撃機体の向上を目指し開発された試作機だが、それでも古き時代のレバー式のままの操縦桿を握り、ゆっくりと目立たぬように出撃する。
「シェル・ビースト、リオン。出撃します」
(……いきますよ、凪さん)
「シンプルな作戦だ、それ故に看破し難いッ!」
センサーはすでに敵全体を捉え、全天周囲モニターで見える範囲全てに気を張りながらも、まっすぐに駆け抜けるクロムナイツ・インペリアル。
その横に並び立つ怜悧号の前方には障壁がはられ視界こそは最悪だが、それこそがこの速度を維持できる秘密である。ただ本人にしてみると、見えていないが感じる事ができるらしい。
怜悧号は時折、煌々とした照明弾をその場に置いて夜の闇より深い闇を照らしていた。
さらにそのすぐ後にいるのが、全機中、一番華奢で儚そうなタナトスである。
機動力に重点を置き、装甲がないゆえの華奢さはあるが、もともと機体構造は水圧を無視したものであった。だが機体周囲を安定的に球状を維持し包みこむエネルギーの防護幕、E‐PA(エネルギー・プライマルアーマー)によって、どんな水圧にも耐えうる設計である。
それにS‐CAS(スーパーキャビテーション・アーマーシステム)で生み出された気泡により、レーダー波の吸収と言うおまけつきで、水の抵抗をほぼ無視して移動できるのだ。
その3機ほどではないが、両腕の大型杭のビームシールドを前面に構え突き進むソリダス、加減速を繰り返し前に出すぎないよう最善の注意を払いつつ移動するネメシス、その鈍重そうな見た目とは裏腹に意外と加速にもたけているシエル・ビーストも、深海とは思えない速度で走破する。
「さあ始めるぞ――ファンネル!」
クロムナイツ・インペリアルのバックパック、ウィング状のスラスターから漏斗状の小型兵器『エナジーファンネル』を射出、戦場を飛び回り直進してくる覚醒者の死角からビームを浴びせ、一瞬の怯みを見逃さずアサルトライフルの一撃で貫く。
そして止まる事無く直進――と見せかけ、地を蹴って跳ねるかのような急激な方向転換で決して的を絞らせない。
ビームが降り注ぐ中タナトスが突き進み、鉤爪つきの球形で琥珀色ビットを周囲に展開を続け、射程に入るなり右手を向けた。
「……そこ」
右手前方にエネルギーが集約され、方向性を持たせたそれを解放すると、稲妻のようなモノが敵を追い貫き、爆破させる。
まとまっていては危険かと散らばって複雑な動きを見せる覚醒者達だが、どんな動きであってもピンポイントでフィールドを展開した怜悧号が突撃する。
「そら、ストライクってやつさね」
その加速力にその強度で突進の直撃を受けた覚醒者達は、雪でも散らす様にパッと脆く儚く消え、爆散していった。
「怜悧機、3時方向深度+40、敵、2!」
深海では心許ない灯りを頼りにセンサーだけでなく、この距離からすでに肉眼で見えている千織は弾へさらにアウルを籠める。
放たれた一発は高速回転して、軌道すら修正する事無くただ真っ直ぐに突き抜け、怜悧号の下で縦に並んでいた2機の腹部と頭部を穿つ。
「見せてもらおうか、模造ABの性能とやらを!」
ビーム兵器を弾きガトリングの弾幕を展開するが、囲まれていてはさほど弾幕の効果はなく、容易く接近される――が、それも狙いだった。
「この距離!」
腕を振り回し、杭状のビームシールドを突き立てる。
ソリダスの後ろを狙い接近する覚醒者の頭部へ、シェル・ビーストのクローが迫り、腕で防ごうとしてきた。
「残念ですが、本命はそっちじゃないんですよ」
腹部にショットキャノンを押し当て、トリガーを引く。
「さて、いかせてもらいますよ。やりたい事が、ありますからね」
「この戦域は十分だけど――曹長。1人で無理するなよ」
銀海がMOBY DICKと蒼騒への道のりをガトリングでこじ開けると、シェル・ビーストはその身を突き進んでいった。
「大丈夫ですよ。
それよりも気を付けてください。ここの海流は上と海底に激しいのがありますので」
シェル・ビーストがいなくなり、目標が少なくなった覚醒者はネメシスへと、撃ちながらも肉薄する。
飛んでくるビームは左前腕部のシールドで弾きつつ、馬鹿みたいにビームサーベルを振り上げる覚醒者の懐へ潜りこむと、右前腕部を腹部へ掠めるように振るうと、ぱっくりと装甲が切り刻まれ、沈黙した。
突き出た腕部のダガーを、再び腕の中へと収納。
「スナイパーでも近接ぐらい持ってますから」
「潮流……関係、ない……」
タナトスの稲妻が海底へと向けて放たれ、泥を巻き上げながらも反射したそれは思いもよらぬ角度から覚醒者を貫き爆散させる。
そして持ち主を失ったロングライフルを手に取り、右手の稲妻と左手のロングライフルで、視線を向けもせずに全方位感じ取るスピカは様々な角度から敵を狙い撃つのだった。
立体的に動き回りながらも狙撃し、戦域全体の把握に務めていたクロムナイツ・インペリアルには、もはや敵がどう動くかを全て把握し、それまで徹底した中間戦闘を維持していたのだが、方向を変え、直線に並ぶ敵へと真っ直ぐに駆け抜ける。
「雑魚どもにこれ以上時間はかけん、さっさとケリをつける!」
AIの音声が「EXAM SYSTEM、スタンバイ」と告げ、カメラアイが紅く輝き、残像を残していく。
前からビームの雨が降るも、速度を一切落とさず縫うような軌道を取りながら的確にライフルで撃ち貫いていくのであった――
「カカ、1人で来るとはいい度胸じゃのう」
「もう少し視野を広げるっさー、凪」
蒼騒の撃ちだした炸裂弾が空間に消え、それがシェル・ビーストの真横へと現れるが、それが直撃する前に短距離魚雷を当て爆散させると、それの勢いに乗って加速をかけるシェル・ビースト。
さらには辺りを埋め尽くす細かい気泡の中から、かき分けるように怜悧号が姿を現して蒼騒へと向かっていく。
「死に急ぐつもりっさー?」
「あたしは、あたしの存在意義をなくすためにここにいるのさ」
余分な装甲と武器が剥がれ落ち、夜よりもなお暗き深海にカメラアイの光が燦然と輝き、黄金の軌道を残して更なる高速で蒼騒へと突撃するが、突如方向を変え、見えない角度から転移して飛んできた炸裂弾をかわしてみせる。
「凪と同じ直感型ってのは、やりにくいさねー」
「お久しぶりですね、凪さん」
ショットキャノンで視界を多い隠し、そこからのクローで突き上げる――が、死角にも拘らずディフェンダーの腹で受け止めていた。
「我に1人で挑む気かの」
「いえ――」
近距離で放たれた大型魚雷を魚雷で炸裂させるが、その気泡のカーテンを隠れ蓑に、シェル・ビーストの背後へ瞬時に回り込むMOBY DICK。
だがシェル・ビーストは回りこまれる前に、爆発的な加速で前進して距離を取ると振り向きざまに魚雷を撃つ。
「どうしても貴女と戦って勝ちたいと思いまして」
撃った魚雷をショットキャノンで撃ちぬき、爆散させて気泡の目隠しを作り上げると下へ向って加速、MOBY DICKの真下から上に向き直りショットキャノンを撃つ。
かわされて肉薄されそうになるが、撃った反動で機体の向きを変えると前方へ加速して再び距離を取った――つもりだったが、やはり基本的な加速力はまだ向こうの方が上だった。
振り向きざまの一太刀がショットキャノンの先端を切り落とし、シェル・ビーストの腕に食い込んだ。
「そんな戦い方では、いつまでたっても我に勝てぬぞ!」
「……自分1人で勝てるとは、思っていませんよ。だから、勝てる状況を作るまでです」
動きが一瞬でも止まった所へ、実弾がMOBY DICKの肩へ直撃する。
「仲間をやらせるとでも?」
たいして見えているわけでもないのに、狙って肩に当てたネメシス。それだけでなく、ソリダスも駆けつけてきた。
「ジャマー起動、これで逃げられんよ!」
「この程度のハンデで我に勝てると思うたか、たわけめ!」
ソリダスの回避する先を狙い、潮流を利用した多弾頭ミサイルが撃ち込まれる。
大きなミサイルが多弾頭に分かれ、ガトリングの弾幕で撃ち落そうとするが「弾幕薄い……?」と全て落としきれそうにないと判断し、撃ち漏らしを両腕の盾でガードする。
「だが、問題ない! ソリダスは伊達じゃないんだ!」
弾頭を追いかけてきたMOBY DICKの斬撃すらも、両腕で防ぎ、体当たりで引き離すと、後退しようとするMOBY DICKの脚に再び、実弾が直撃する。
「逃げ場なんてありませんよ……!」
「あっちの旗色は悪そうさー」
「お前も余裕など、無いぞ……! EXANに続き、インペリアル・システム併用起動!」
ファングの精神がとクロムナイツ・インペリアルと接続されると、バックパックバーニアが4つに増設され、各装甲がスライドして白銀色に輝く装甲基部から強制排気が行われる。
「D‐WEAPON……および、オーバーロード……発動」
タナトスの白い装甲がスライドし、輝く紫色のフレームから放熱が開始される。そしてスピカのアウルを強制的にタナトスは吸い上げていくと、紫だったフレームは琥珀色に輝き始める。
しかしそれまで感情などないようなスピカの顔も、苦悶に歪む。
「よそ見厳禁さね」
海底を蹴って突き上げるような軌道で突撃する怜悧号の突進を先読みでかわしたそこに、止まって見えるスピカが稲妻とロングライフルで左右の逃げ道を塞ぐ。
ビットとファンネルがさらにルートを狭めると、今が勝機と、クロムナイツ・インペリアルから紅いオーラが迸り、アサルトライフルから長大なサーベルが。
「貴様さえ倒せるのならもう、何もいらない――そうだ! 何一つ! いる物かァァァアアアアッ!!」
最大加速の突進。
2機が交差する。
そしてクロムナイツ・インペリアルの手にはライフルはなく、ライフルのサーベルは蒼騒の身体を半ばまで引き裂いて留まっていた。
「……かつてのエースも、形無しさー。ご褒美に、土産を受け取るがいいっさね」
(悪いっさね、海。そっちで強く生きるがいいさー)
その通信を最後に、蒼騒は――
「――遅い!」
ネメシスのライフルをかわせず、ワンテンポ遅れたところにソリダスの体当たりで弾かれ、MOBY DICKがのけ反った。
「これで終わらせます、凪さん……!?」
クローでコックピットを狙ったシェル・ビーストだが、MOBY DICKが全くの無反応な事を訝しみ、刺し貫く途中で止める。
動かないどころか、機能が停止して沈んでいくその機体を抱き止めた。
「内部反応……意識、ないものと……判断」
中を感じ取るスピカの言葉で、気絶しているものだと皆が理解する。
「どういう事かはわからんが、それが土産、というわけか。それを鹵獲して、各機撤収開始せよ」
ファングの言葉に従い、撤収を始めるのであった――
各機が撤収しそれぞれが自室に戻る中、スピカだけはそのままコックピットの中で気絶するように眠り続け、医療班によって助け出された後、命に別状こそないが療養が必要との判断が下された。
(これが、凪さんか)
ベッドに寝かされた凪の横に座るリオンがその顔をまじまじと眺める。声は聞けども初めて顔を見るのだが、目が離せない。
それがなぜなのか――この時点でリオンは知る由もなかった。
「そうですか。鹵獲できたことで更なる進化ができそうですか。
――人類は止まる事を知らず、やがて彼らも越えてしまう。それがわかっているから、彼らはこちらの模造品を作る。
はたしてこれが良い事なのかわかりませんが……今は考えないでおきますかね」
艦長席で呟くソンは立ち上がると、顔を覆っている海を一瞥し、頬を掻いてしまう。
「あの、津崎さん。そろそろ泣かないでもらえると助かるのですが……」
(お母さん……)
コンソールには渚からのメールが開かれており、その前で海はただただ、泣き続けるのであった。
すでに機体も技量も凌駕してしまった彼ら、果たしてその力はこれから先も正しき事に使えるのだろうか?
【初夢】煉獄艦エリュシオン海4 次回へ続く!