「ようやっと子供らを戦いに出さなくてよくなって、赤目も改修できたと思いきや……有名人襲撃とかなにそれ聞いてない」
軍に解雇されたどさくさに紛れ持ち出した『赤目』に適当なパーツで改修を施し、生み出された『五色』のシステムチェックを急ぐ伊藤 辺木(
ja9371)の泣き言に、間下 慈(
jb2391)が苦笑する。
「長く戦場にいれば、こういう事も多々ありますよ」
辺木とさして変わらぬ歳のはずだが、落ち着いた体の慈はすでに出撃準備が整っていた。
乗っている機体がABではなく、何度もアップデートされてはいるものの本来ならアウル非覚醒者用の機体、それも『旧式OB』であるがゆえ、チェック項目が極端に少ない。
武器もバイヨネット風に作られた、ロングライフルにナイフを溶接しただけの物しかない――それでも彼は強かった。
逃げ回って生き延びてきたわけではないのが、装甲に刻まれた歴戦の傷痕が物語っている。
「データを見る限り、敵は一撃離脱を好み、格闘戦には乗ってこない様ですね。ただ零番艦が回避できない以上、遮る役は必要になります」
「そんなら、お前さんに任せるかねぇ。機体特性的に、うってつけだろ」
廣幡 庚(
jb7208)の分析に、もともと整備班だっただけに慣れた手つきで『クラインフォルト』の最終チェックをしている向坂 玲治(
ja6214)が言うと、庚から「そうですね」と返ってくる。
リンクシステムと飛行への変形で、かろうじて実用レベルの運動性ではあるものの、その分、耐久性を追求した特化機――その名も『玄武』。まさしく防衛にはうってつけである。
そして玲治のクラインフォルトもそれに近しいが、EWACやECM、ECCMによる支援能力を主眼に置いたうえで、攻撃能力も高水準を保っているというのだから、支援型の電子戦機としては相当高ランクの機体であった。
玲治と庚の話を聞いていたのか、艦長からの通信も『頼むぞ庚』から始まり、続く。
『天は白いのを、旧式は縁ができている幽鬼を相手に時間を稼ぎ、その間に雑魚の掃討をよろしく。
こういう時に一番怖いのは、手強い1機よりも手数だからな』
「ああ――時間を稼ぐのはいいが、別に、あれを倒してしまっても構わんのだろう?」
両腕に黒くて武骨な大振りのブレード、『禍ノ生太刀』が取り付けてある『天』のパイロットゆかり(
jb8277)の不敵な発言に『やっちめー!』とノリのいい返事。
「それじゃあ撃墜数多かった方が後で奢るってことで♪」
宇宙での暴走で判明した、『ナナイロ粒子の意志』との同調を目的に作られた機体『アンドレアルフス』のシエル・ウェスト(
jb6351)が、ゆかりへそう持ちかけたところ、ゆかりはフッと笑う。
「ならボーナスキャラは1匹で10匹分な」
「え、ズルイ!」
一時は粒子の意志に飲まれ自我が崩壊しかけたシエルだが、今はここまで安定している――それにゆかりは安堵していた。
「よっし、チェック完了。五色でどこまで抵抗できるか……まあいいや、出たとこ勝負だ! 突出をとことん後悔させてやるぜ!」
言うが早いか、合図も待たずに格納庫内部で飛行を始め、五色は出撃する。
「心強い戦友がいると、気合いも入ります――間下 慈。さあて、今日も生きますか」
出撃と言うニュアンスではなかったような口ぶりだが、五色の後を追って旧式OBも飛び立つと、続々、出撃していく。
「シエル・ウェスト。アンドレアルフス、いっきまーす!」
「ゆかり・F・セイエイ! 未来を切り開く!」
「廣幡 庚、出撃します」
「まぁ、昇給した分だけの仕事はすっかね。俺、出ますよっと」
巨大なシールドとガトリングを両腕に搭載した、全体的に部位が太く、ゴツゴツとした重騎兵のようなフォルムの赤い機体。
遠目には赤い鉄塊程度にしか見えないその機体のシールドやボディには、人類軍だった事を示すマークが描かれていたが、×のマークで上書きされていた。
紛れもなくそれは、かつて人類側で隊を率いていた隊長・一川 夏海元少尉の専用機『エインヘリアル』であった。
「足掻くねぇ、お前ら。涙ぐましいが――俺ぁ、人類の希望とやらにゃ飽き飽きなのさ。行こうぜ旦那ァ。全てを終わらそう……」
真ホワイトシェイド(以降・真白)のインプアタッカーに紛れるように、エインヘリアルは降下していく――
「うぅわ敵さん沢山いらっしゃる……」
シエルがげんなりとした直後、ゆかりにマードックから通信が。
「お前さんのそれは、生体エネルギーを馬鹿みたいに食うからな。早々に死にたくねぇなら、ハイパー化は使うなよ?」
「了解! ハイパー化!」
天の全身に、金色の線がまるで血管の様に浮き出て、禍ノ生太刀にも浮き出ていた。
「目の良さなら、こっちも自身あんだ。激突前に情報丸裸にしてやるぜ」
(つっても電子戦なら向坂さんの方が上だわな……だが俺のマシンも索敵能力はちょっとしたもんだ)
出撃と同時にアウルジャマーを展開し、索敵を開始して味方と情報を共有するクラインフォルトを見つつ、辺木の五色は反対側へと移動して、漏れてしまう部分を補う。
「索敵完了……まずは出鼻を挫く! 頭部フレームオープン、全複眼展開……予知システム起動!」
頭部が開き複眼が蠢くと、青・赤・黄・白・黒と名の通り多彩な彩だった五色は金色の粒子を放出し、砲門の全てが開く。
「ハイパー化発動、スペシャルウェポン、起動……ミサイルオロチ、30機ロックオン!
雑魚どもをこれで――蹴散らせぇぇぇっ!!」
粒子を纏ったミサイル30発が一斉に飛び立つ。
敵までの距離はまだずいぶんあったが、機体のセンサーはセンチ単位で捉えているのと予知機能の併用で射程すらも無視して、無理やり当てにいった。
「あの軌道なら、こちらから撃てば突破できる隙間もなくなりますね」
変形した玄武が鈍重ながらも横へと移動すると同時に、遅れてミサイルを一斉掃射。
そのミサイルを迎撃しようと上からビームの雨が降り、ビームとミサイルの暴雨の中、旧式OBとアンドレアルフスがスイスイと泳ぐように進んでいく。
「ちゃぷちゃぷかき分けてーっと」
「やー、昔に戻った気分です。リハビリがてら、少し暴れますよっ」
ミサイルの爆煙に紛れ、撃ち漏らしの覚醒者へと肉薄する旧式OBは正確に容赦なくコックピットに銃剣を突き刺し、蹴り捨てる反動で反応の鈍いもう1体を貫く。
旧式OBが離脱すると、入れ替わりにアンドレアルフスが一直線に突撃、圧縮粒子機関砲『アスター』を撃ちながら敵陣を真っ直ぐに止まる事無く最高速で駆け抜けていった。
「心強い戦友がいると、気合いも入ります――温まってきたところで、挨拶にいきますか」
ビームの雨と敵をスルリスルリと潜り抜け、どんどん上昇していく旧式OBであった。
突出してきたインプアタッカーと、零番艦だけを狙うつもりか真っ直ぐに降りてくる覚醒者――そのどちらもがあっさりと両断される。
「自分の愛馬は凶暴だぞ」
天が次の獲物を求め見上げたその時、真白のグラビティボムが目の前を通過し、零番艦へと落ちていく。
だがその前に「やらせません」と玄武が立ちはだかり、亀の甲羅が如く強固なフィールドがそれをシャットアウト。自分の攻撃がまさか完全に止められると思っていなかったのか、立ちすくんだ真白へと天が斬りかかり、剣同士がぶつかり合い火花を散らす。
「レーダー波長の解析は終わった。少し目を瞑ってもらうぜ」
クラインフォルトから大量のチャフやフレア、それに各機のダミーバルーンが放出され、敵を困惑させる。その困惑の隙を突いてアサルトライフルで狙うのだが、画像が若干乱れた。
(敵のジャマー?)
その直後、ガトリングによる弾の嵐が襲い掛かる。
「花火見せろよ、テメェの燃料でなァ!」
ガトリングを放つエインヘリアルが突進しながらも、前開きのスカート状装甲から小型ビットが出現、クラインフォルトをさらに追撃する。
アサルトライフルが着弾し火を噴いて爆発するも、クラインフォルト本体は小揺るぎもせず、全てを受けきった。
「小さな要塞の名は伊達じゃ無ぇんだよ」
そして真白とエインヘリアルめがけて、ハンドグレネードを投げつける。
その爆風で2機が分断され――エインヘリアルへ天が斬りかかり、急降下してきたアンドレアルフスが真白を後退させまいとビットと弾をばら撒く。
そしてアンドレアルフスの装甲がばらけ全身が輝き始めると、七色をした孔雀の尾が形成され、さらに加速すると後を追うような幻影までもが生み出されていた。
「装甲なんて有って無いようなものなんでね!! 全力全開!! 狙えるものなら狙ってみなさいな!!」
真白は完全に翻弄されていた。
「海で戦ってる彼のためにも負けられないのでね!!」
あまりの当たらなさぶりに、真白の中でサドは唇から血を滲ませるほど噛みしめていたのだった。
「おお、あっぶねー……止めてなきゃ、首がぶっ飛んでたぜ」
太刀がシールドを切り落としたが、エインヘリアルの腕の半ばまで潜りこんだところで止まっていた。そしてお返しと言わんばかりに零距離でガトリング掃射――その前に天が離れたところで、エインヘリアルは後ろから直撃する。
「ちょっとゆかりさーん? 何処でそんなナイスガイ捕まえたんですかー?」
「拾った――く……」
吸われ続ける生体エネルギーでゆかりの意識がそろそろ危険な状態になりつつあった時、暖かな光に包まれた。
「まだ動けますね、ゆかりさん」
零番艦に当たりそうな流れ弾をその身で防ぎつつ、玄武から伸びた光が天へと注がれ。ゆかりの力が戻っていく。
そして天とアンドレアルフス、エインヘリアルと真白のバトルは続くのであった――
「バルカンだからって、馬鹿にすんじゃねぇ! カスタム品だぞ!」
ミサイルのチャージ待ちの間、バルカンで応戦する五色。確かに落とせはするのだが、複数に絡まれると分が悪い。
数機がまとめて斬りかかりに来て退いていると、その敵陣の真っただ中にグレネードが投げ込まれ爆発、そこにクラインフォルトがシールドの先端をコックピットに打ち付け、貫く。
「雑魚は雑魚らしく、やられとけ」
「おっしゃ、もう一発!!」
五色のミサイルオロチが再び一斉掃射され、盛大な花火が煌々と輝く中、旧式OBがゆっくりと降下していたファントムシェイド(以降、幽鬼)へと辿り着いていた。
どれだけの数に囲まれようとも全ての攻撃をかわし、死角から放たれたビームすらもエネルギーコーティングされた銃剣で切り払う。
忘れてしまいそうなほど昔に培っていた、潜在能力を限界以上にまで引き出す感覚を取り戻し、幽鬼と斬り結ぶ。
「前回はどうも!」
「無事に救助されたようだな」
「ええ、お陰様で――相方さん、血気盛んですね。苦労されてるようで」
世間話のようにのんびりと会話しながらも、斬りあい、撃ちあう。
ただし幽鬼というだけあって、時折その攻撃は直撃せずに透過したりもするが、慈はそのお返しのように周囲の雑魚を盾にし、常に止まる事無く気づかれぬように誘導していた。
「――そういえばふと思い出したんだが。
昔、お前を見たことあるな。今と全く同じ姿で……何者だ?」
「僕は……ただの老兵です」
幽鬼と真白の位置が縦に重なる――その瞬間、超速で一気に距離をとると助走をつけて更なる加速で急降下。
「(艦長より)綺麗なお肌が自慢のね!」
幽鬼が反応するよりも早く、神経を研ぎ澄ませて銃剣を自身の加速に乗せ、幽鬼の後ろ、真白へめがけ投擲していた。
透過をみこし、ジャックを狙ったふりをして無警戒のサドを狙った――それが慈の狙いだった。
ただ少しの計算違いは、それを瞬時に理解したジャックが「もう、俺の役目は必要ないな」と自虐的に笑い、透過せずに受け、貫かれたまま高速で降下していくのだった。
「当たれぇぇぇぇ!」
絶叫するサドだが、アンドレアルフスの後を追いかけるばかりで一向に当たる気配がない。
(へ……勝算もないくせに人類の希望だなんだと、根拠のないこと言われて愛想尽かして、終戦に導く強大なこいつらに手を貸したってのに……)
「馬鹿は俺だったってか」
守るべき者すら殺めてまで進んだ道に迷いはないが、自分の行動が正しかったのか――それが見つかっていない夏海のエインヘリアルも、満身創痍だった。
刻まれた部分は徐々に塞がっていくが、両腕とも斬りおとされてはもはやとるべき道は少ない。
「自分が! 自分達が! 撃退士だ!」
最後の悪あがきと、斬りかかってくる天へ身体ごとぶち当たるつもりで距離を詰めるのだが、斬りかかってくる天が急激に止まった。
その直後、上からの激しい衝撃。
幽鬼を貫いた銃剣が真白をも突き抜け、絡み合った2機がエインヘリアルすらも巻き込んだのだった。
「戦友の支援を受け、戦友に支援をせよ……老兵からのアドバイスです」
(戦友か――会えるかわかんねぇが、向こうであったら謝っとくか)
落下を止めるだけの力も残っていない。しかも自爆装置もすでに作動している――夏海は静かに目を閉じた。
だが諦めの悪い真白はもがき、抜け出そうとしていたが、そこへ抱きつく形でクラインフォルト。
「んじゃま、仲良く自由落下を楽しもうぜ」
内部エネルギーが異常に高まり自爆の前兆を見せていて、五色が助けようと動くが、まるで追いつけない。
「くっそ! 俺じゃ子供しか救えないって言うのかよ!!」
辺木の悲痛な叫び。それに混じり、情けなくも、もはや何を叫んでいるのかわからないサド。
だがジャックは、穏やかな笑みを浮かべていた。
「これだけ強くなったなら、俺の役目は終わりだ……一川。お前らは、生き残れ」
幽鬼の腕が消え、空間でつながった腕はクラインフォルトとエインヘリアルのコックピットをむしり取って零番艦の上へと投げ捨てる。
そして人類の勝利を願ったジャックは、サドと共に高エネルギー帯の中へと消えていった――
「……作戦終了。全機帰投せよ」
嘘のように静かになった艦内で、ミルが告げる。
「各機、よくやってくれた。一網打尽にしてくれた慈と、零番艦へ全く被弾させなかった庚は特にな。
玲治は――そうか、気を失っているだけか。赤いののパイロットは、とりあえず部屋にぶち込んでおけ」
ゆっくり息を吐きだし、シートに深く座り込むと、若干艦内が揺れた。
(また辺木あたり、うっかり弾頭の火薬でも踏んで爆発させたか……ま、それはいい)
「さて人類の希望の諸君、先に進むとしようか――」
ジャックの願いどおり強くなった人類はサドをも圧倒し、さらなる強敵が待つであろう先へと進む零番艦。
だが人類よ、まだ並んだだけだ。まだ終わったわけではないぞ! さらに突き進め!
【初夢】煉獄艦エリュシオン空4 次回へ続く!