●冬休みのお出かけ
旧式ジープの整備をしていたルチア・ミラーリア(
jc0579)だが、たまたまやってきた友人が「よく整備とかできるね」と声をかけてきたので、ジープの下から顔を出す。
「半世紀も乗っているんです、簡単な整備なら自然に覚えます」
堕天してから学園に来るまで、ずっとこいつで旅を続けていた。比喩でも誇張でもなく地球を何周かしているのだから、そういうスキルは必須だ。
当時を思い出し、そして頬を薙ぐ風も思い出す。
「ふむ……せっかくですし、軽くドライブに出かけましょうか」
幌どころかドアすらない、常時フルオープンのそれを見て友人は雪降ってるよというが、構いはしない。
「まぁ、雪なんて慣れですよ。昔の事ですが、雪上戦の訓練も受けましたし」
だから一緒に、と言う前に友人はいってらっしゃいと苦笑いを浮かべて手を振る。
(仕方ありませんね。1人で行きますか)
●色々な奇跡?
(きゃはァ、たまには変わった人を眺めて楽しむのもいいかもしれないわねェ……クヒヒヒィ♪)
百合子の趣味に関しては前、撃退署で噂を聞いていたけども、それほど関心はなかったのだが、たまたまバスから降りた百合子を目撃。
下心が見え隠れしているのにそれが見えてない相手にどこまでいけるのかちょっとだけ興味を抱き、見つからぬよう最善の注意を払いながら、ずっとつけていた黒百合(
ja0422)。
ホテルに入られた時はどうしようかとも思ったが、幸い、窓に面するところが他の建物に向かっていて路地ですらない細い隙間だったし、壁のでこぼこも登りやすかった。
誰かが建物の隙間を覗き込んでくる時もあったが、そこは光を屈折させて物理的に身を隠して、しのいだ。
そして今はガードレールに腰を据え、ハンバーガーをかじりつつも事の成り行きを遠目で眺めているところであった。
理子の手を取り立ち上がる百合子が、柔らかな笑みを向けた。
「ありがとう、お嬢さん。こうして知り合ったのも何かの縁だし、何か奢らせてくれないかな?」
「……何をしている、百合子」
無慈悲な手刀がズビシと、百合子の折れた骨に鋭い一撃。
うずくまってしまう百合子を前に、仁王立ちのアルジェ(
jb3603)が見下ろしていた。
「おおう、アールジェちゃーん……なんでここに」
「なぜって? 今、アルはこの辺りに住んでいる。そしてこの3人は友人で級友だ」
「アルジェちゃん、お知り合い?」
うずくまる百合子を心配して覗き込もうとする理子を、アルジェはスマホをいじりながらも制する。
「ああ……あまり近づかないほうが良い、特に海やすーみーは。この人は、御神楽さん。女専門色魔の変態で……一応仙北署の署員だ。
ところで、優一は一緒じゃないのか?」
「行くところがあるからって、いなくなった」
(ふむ、修平の方へ行ったかな?)
目を離した今がちゃーんすと立ち上がったその瞬間、「百合子お姉さ〜ん!!」と百合子の背中に誰かが飛びついて来て、一瞬だけ顔をしかめるも頬を摺り寄せてきたのが卯左見 栢(
jb2408)だとわかると、涼しい顔をして顎の下を指でくすぐる。
結構な身長差はあるが、百合子のお腹に手を回して身体を密着させる栢は兎の耳のような髪がピコピコと動いた。
「あぁんもう、お姉さんに会えただなんて嬉しい!!
この前は結局流れちゃったけど、今日はこの後予定ありますか! ないなら最後までついてく!!」
「それには私も参戦したいですね――なかなかのサイズ。84のDと82のCとは程よいですなぁ」
海と澄音の後ろから伸びてきた手が2人の胸をすくいあげると、海も澄音も珍しいまでに悲鳴を上げた。
至福顔の東風谷映姫(
jb4067)がこの前、身体で覚えたテクを実践してみせると、正解なのか百合子がサムズアップ。
「中学生でそれだから、将来が実に愉しみですよ」
「何!? 中学生で……私より大きい……だと……」
映姫は自らの胸に手を置き再確認すると、涙をこらえるかのように腕で目元を覆う。
「私の……負けだ……中学生に、負けた……」
ふらりふらりと百合子に近づき、栢ごと後ろから大きく腕を回して抱きつくと胸ををまさぐり、癒しを求めた。
栢は嫌がりはしなくとも不意うちに照れてしまうが、百合子の方は動じる事もなく、左手では栢の頬から耳元にかけて撫で、右手を限界まで広げ映姫のお尻を鷲づかみして、指を巧みに動かす。
「大きさなんて個人差で、特徴の一つ。大きいだけが正義だけじゃなく、小さいもまた正義――目をしっかり開いて、彼女を見てみなさい」
「ほほう……どれくらいあるのか」
「調べてみないとね」
映姫と栢から抜け出した百合子がじりじりと近づき、理子が一歩退いて海や澄音へ目で助けを求めたが、毒牙に噛まれた者は恐れおののき首を横に振るばかり。
アルジェへと視線を移すと、力強く縦に首を振り「大丈夫だ」と断言し、鬼の形相を通り越して無表情で駆けてくる人物へと、視線を向けた。
その視線に誘導され、理子自身も気づいて顔を輝かせる。
「ほら――あまりちょっかいかけると、理子の守護者に滅せられてしまうぞ」
アルジェが海と澄音を下がらせた瞬間、百合子と映姫が冷たく硬いアスファルトに叩きつけられるように転がされた。
そして背中にのしっと膝を乗せ、君田 夢野(
ja0561)が2人の顔をアスファルトに押し付け、この間にアルジェが理子も引き連れて夢野の殺気が届かぬ所まで避難させていた。
理子への想いの分だけ大きく膨らんだ殺意を一言一言、百合子だけに聞こえる声でぶつける。
『全部――まぁ、ぜーんぶ事情は聞きましたよ。ええ。手癖の悪い泥棒猫も居たものですね、しかも仙台署の貴女とは。
自己紹介は……必要なさそうですね。まぁ今、それはどうでもいい。
ただ、一つ言っておきますがね……』
アスファルトへ押し付ける手に血管が浮かび、ゴリッと百合子の頭に音が反響する。
『ヒトの女に手を出すな、次は警告じゃ済ませねぇぞ。
……ま、俺だって穏便に済ませたい。運が無かったと諦めてくれれば、それで矛は収めますが、肩書きが貴女を守るとは思わないで下さい。
そこから先は、もはや私闘であるからして』
さすがに冷たくなってきたのか、限界まで顔をアスファルトから離す百合子が残念そうな溜め息を吐く。
「なんだ、彼氏持ちだったのかぁ……それなら手は出さないと、誓って言えますね」
『じゃ、話は以上です。とっとと別のレディでも引っ掛ける事ですね』
「無論、貴女もだ」
「合点承知ぃ」
百合子への言葉が聞こえていたわけではないだろうが、雰囲気から察した映姫もコクコクと何度も頷くのを確認し、そこでやっと夢野は膝をどけて2人を解放する。
「お姉さぁん、大丈夫!」
「あの、大丈夫ですか?」
栢が夢野を突き飛ばし、なかなか起き上がらない百合子の傍に駆け寄り、終わったようだとアルジェが引き連れ戻ってきた理子が百合子へと声をかける。
ゆっくり起き上がり、胡坐をかいて理子を見上げる百合子に栢は頬ずりし、立ち上がろうにもなかなか立てない百合子が業を煮やしてか、栢の顎をクイッと持ち上げると唇を包み込むように重ねた。
人前だとか中学生の前だとか、そんな事一切無視。ピクンピクンと反応する栢の、驚きに大きく見開いた目がだんだんと熱に浮かされたようにとろけ、ぺたりとその場に座り込んでしまう。
ようやく立ち上がった百合子は、目の前で繰り広げられた大人のキスシーンに棒立ちとなっている理子の頬に触れ、舌の根も乾かぬうちにと思った夢野が、一歩踏み出そうとした。
「会えるうちに恋人さんには、大胆に甘えておいた方がいいですよ」
それだけを告げると、身を強張らせる理子から離れ、栢に手を差し伸べるのだった。
差しのべられた手と、百合子の顔。それから映姫やアルジェ達と順に見比べた栢がふと気が付いた。
(可愛い子多いなぁ)
今更ながらに気付く――が、結局その視線は百合子のみに向けられる。
「でも今日はお姉さんがメイン!」
もう、そういうスイッチが入ってしまっているのだ、仕方ない。
手を取り立ち上がれば、またも百合子を後ろからハグっておく。
やりすぎて嫌われてしまうかもしれないから、自重しなきゃと言い聞かせても、うずうずそわそわ、とにかくとにかく、今はスキンシップしたくて仕方ない。
この前オアズケ食らったのがより一層、拍車をかけていた。
「うん。ま、メインは百合子さんですよね。
今日は口説きのテク、教えてください♪ あ、謝礼はわ・た・しです☆」
そんな事を言いながらも、手は栢とアルジェのお尻をさり気なーくタッチというか、がっつり揉んでるよねと。
「ふふふ……やわっこいなぁ……」
「別にダメだとは言わんが、アルにそっちの趣味はないからな」
身体を回し手を引きはがすと、理子や海の元へ行ってしまう。
なんだか愉快な展開を迎え、そしてもう少し愉快な事になりそうだと、ガードレールから腰を上げた黒百合が自然な足取りで輪の中に入ってきた。
「きゃはァ、なんか愉快そうな事してるじゃないのォ……私も混ぜて欲しいなァ、色々と教えてほしいなァ♪」
いきなりの突撃だが、女の子に関しては寛容な百合子は「可愛い子大歓迎」とあっさり承諾する。
抱きついているほど懐いている栢の前で、他の子を可愛いとか言うと嫉妬されそうなものであるが、その点に関しては栢も問題なく「可愛いねー」と笑うだけである。
そこへ幌なしのジープがウィンカーを上げて止まった。
「もし。撃退士とお見受けするので道をお訪ね――」
ジープから降り、やたら古びた地図を手にルチアが歩み寄ろうとするのだ、百合子に気付くと短い挨拶をかわしてジープから離れず、片手は搭載している消火器に添えていた。
「道ですか? どちらまで」
「いえ、今ちょっと陸路だけで北海道一周をしようかと思っていたのですが――国道の表記すら地図と違っているので、どれがどの道路なのか教えて頂ければあとは大丈夫」
そう言ってコンパスを見せるルチアだが、それこそ不安な気配である。
「まずですね……これがここの道路です。
札幌近郊が通れないから、この道路なりに走って海岸線に出たら、襟裳、旭川、稚内の縦断ルートを通るのが良いでしょうね。標識が出てると思いますから、わかりやすいかと」
「なるほど……そういえば冥魔の支配域があったんでしたね。ありがとうございます」
短く礼を言い、颯爽とジープに乗りこみ行ってしまった。
それから百合子は栢と指を絡めて手をつなぎ、ふんすふんすとやる気満々な映姫、ほくそ笑む黒百合を引き連れて、やっと去っていった。
●嬉しいご褒美
(……よし、第一級脅威の無力化を完了。これで一安心だ。だが慣れないコトはする物じゃないな)
張りつめていた緊張の糸をほどき、背と腰を伸ばすと、夢野は何食わぬ顔を理子達に向けた。
「よー。ショッピングか?」
「いやいや、あたしの参考書買に来ただけだから、行くか、海!」
「そうだね! りっちゃん、また明日!」
ばたばたと、楽しそうに逃げていく2人。
アルジェも何やらメールを確認するなり「急用ができた」と、足早に行ってしまった。
「……なんだか、気を遣われてるな」
「それなら、ご厚意に甘えちゃえばいいんです」
理子が嬉しそうに微笑むと、自ら、夢野の手を握りしめた。
大胆に甘えておいた方が良い――その言葉が、ずっと理子の耳に残っていたのだ。
だって。
「会えて、嬉しい……です。だから今日は、甘えさせてください」
その途端、空いた手で緩んでしまった顔を覆い隠す夢野。
なんとか「わかった」とだけ伝え、その手を強く握り返してやるのだった――
一旦部屋に戻ってとっておきに着替え、おめかしにも気合を入れ直すアルジェは最終便のバスに乗り、再び街へ。
向かった先の公園で優一とすれ違い、頑張ってねと言われる。
外灯の下のベンチに座っている修平へ駆け寄ると、修平は立ち上がり、挨拶もそこそこに手の中で弄んでいたそれを突き出した。
「ああ、これが話に聞く雪の結晶か。期待はしていたが正直もらえるとは思わなかった」
ストラップ状の雪結晶を月にかざすと、目を細めた。
「なるほど、これは……存外嬉しいものだな。私からはこれを贈らせてくれ」
アルジェは自分の首に巻いていた緑と白のマフラーを修平の首にかけると、グイッと引き寄せ、そっと目をつぶる。
「……修平」
片目を薄く開き「今度は不意打ちじゃなくちゃんとしてくれ」と釘を刺し、再び強く閉じた。
肩に強張った手が置かれると、アルジェ自身も身を強張らせ、その永遠とも言える瞬間を待ち続けるのであった――
(ほうほう……ここでこうすれば……)
これだけ女の子を引き連れているにも関わらず、さらに女の子を口だけで上手くひっかけた百合子の口説きテクを、映姫は横で学んでいた。
口説いている間はさすがに身体を離していた栢の目に、ガラスの雪結晶が映る。
(何だっけ……なんか2人の想いがどうとかいうヤツだっけ……ああいうの、買っといたらよかったかもねー)
「それでもまあ今日はイイ日ね! 幸せな日だわ!」
口説いた女の子ごと、百合子を抱きしめる栢は満足そうな顔をし――そしてモジモジし始める。
「お姉さん、そろそろ休憩しちゃいたいかなって」
「オッケーオッケー。じゃあこの人数でも行ける所、散り散りになって探しましょう」
百合子の提案に、栢と映姫が駆け出し、出会ったばかりの女の子もノリがいいのか探しに行く。
そして百合子も行こうとした時、黒百合からホットの缶コーヒーを投げ渡され、受け止める。
「私もちょっと食べたいのだけどォ、いいかしらァ?」
「あれ? 興味なさそうな気配したんですけどね。いいですよ……?」
思うように指に力が入らず、コーヒーが開けられない。
百合子の許しを得たと、怪しいフェロモンを垂れ流している黒百合が百合子の手を掴んだ途端、百合子の手からは缶コーヒーが滑り落ちる。
周囲の景色が歪み、道のど真ん中だというのに誰1人とて百合子と黒百合の姿を認識できない。
そして黒百合は百合子の顎を持ち上げ喉をさらけ出すと、大きく口を開き――
「ごちそうさまねェ、きゃはァ♪」
口元の血をぬぐい、黒百合が上機嫌で去っていった後、その場には干からびたようにカサカサの百合子が横たわり、発見した栢によって病院に運ばれたという。
結局また、オアズケであったとさ。
●数日後
「北海道の空気は冷たいですが――その分、初日の出も実に綺麗ですね」
ジープの幌を毛布代わりにくるまっていたルチアは初日の出を拝むと、ジープを走らせるのであった――
【結晶】百合子に狙われた 終