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マスター:楠原 日野
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/12/30


みんなの思い出



オープニング

「あいつら、遅いな……」
 少女らしいほっそりとした自分の腕ではない、やや毛深い腕の時計を見て独りごちる、冷ややかな印象を受ける黒髪の少女。
「そろそろ帰ってくるとは思うんだが……どれ。ここは少し、占うとするか」
 そう言うと少女は腕を掴んで持ち上げ、顔の高さにまで手を持ってくる。
「来る
 おもむろにがっちりと握られた拳の指を一本つかんで、ためらうことなく曲がらない方向へと折り曲げた。
 ぼきり。
 短い悲鳴。それでも少女は続ける。
「来ない」
 ぼきり。悲鳴。
「来る」
 ぼきり。悲鳴。
「静かに」
 少女が人差し指と親指で男の喉を、ぐりっと。
「優!」
「おや、おかえりだ――」
 優と呼ばれた少女は振り返り、そして激しく落胆の色を見せた。
 名を呼んだのは、背の低い鶏冠頭の男に肩を借りている、赤髪で長身だが片足の少女だった。しかも全身が焼けただれているのを見て、優は口を大きく吊り上げて満面の笑みを浮かべるが、冷たいその目は笑っていない。
 男の手を離す。
 ごろりと、全身の関節が反対の方向に曲がり虫のようにピクピクと痙攣する男を無視して、黙ったままその2人の前に立つと、2人の肩をつかんだ。
 鶏冠男より背が高く、赤髪の少女より低い彼女だが、その彼女へ鶏冠男も赤髪の少女も変わらない表情を向けていた。
 怯えを含んだ目である。
「待てって、優。天使のやろうが邪魔してだな……」
「撃退士ってやつらも来て――あぎゃぁ!」
 鈍い音とともに、鶏冠男と赤髪の少女の腕が抜けたように垂れ下がる。
「人殺しに慣れてこい。それが私達に言われていたことだろう?
 なんで出会ったからと言って、天使とか撃退士とやり合ったあげく、惨めな姿で帰ってきてるのかね」
「邪魔してきたんだ、やり合うなんて……ぎひぃぃぃ!」
 優が赤髪の少女の傷口に指をつっこみ、ひっかき回すと、ようやく止まりかけていたはずの血が再び、ボトボトとあふれ出す。
「口答えしない――まあいい。とにかく治してやるから、とっとと新しい脚を選べ」
 傷口から指を抜かれた赤髪の少女はぐったりとしながらも包丁を投げつけ、それが部屋の隅で物言わなくなった女の脚を切断した。
 その脚を優が拾い上げ、少女の傷口にあてがうと、ウジュウジュとミミズのような繊維が幾重もお互いの切断面に絡み合い、やや太めだった脚は引き締まった脚へと変化する。
 そして赤髪の少女は鶏冠男の肩から離れ、両足でしっかりと立った。焼けた皮膚がぽろぽろとはがれ落ち、その下からは綺麗な肌をのぞかせる。
「クソ……あの野郎め……」
「香。お前が感覚回避に頼りすぎているのと、油断があったからそうなったのだと、ちゃんと理解しろ。
 そうでなければ今後も、同じことを繰り返すぞ」
「わかってるって、優」
 香と呼ばれた赤髪の少女は拗ねた子供のような顔をする。
「さて英純。詳しく――」
「優、名前で呼ばれるのは嫌だって言ってんだろぉ?」
「そうか。で『坂崎英純』、何があったか詳しく話せ」
 英純は顔をしかめ尖らせた口を開きかけたが、優の冷たい目で睨まれとたんに萎縮してしまう。そしてぽつりぽつりと、起こったことを話し始めるのだった――


(どうしたものだろうな)
 山林を走らせる湿地車の上で、天使シェインエルは胡坐をかいたまま晴れていた空を眺めていた。
 晴れていたと言うだけあって、今はすでに重い雲が幅を利かせており、暖かな日差しは完全に消え失せ、やや冷たく感じた風が一気にだいぶ冷たくなってきた。
(先に登った者達の捜索など頼まれはしたが、さすがにそこまで面倒を見るつもりはないのだがな)
「だが逃走した方向と、私の向かう先が一緒だからな……面倒に巻き込まれたかもしれん」
 避けて行けばいいのではとも思ったのだが、わざわざ遠回りするのは天魔の戦争に無関心な彼でも癪に障るのである。
 ポツリと、鼻に水滴が当たった。
 道の先から雨がこちらに迫ってくるのが見えるが、人と違い、雨を気にする必要もなく突き進んでいく。
(どうせ撃退士共に話が回っているだろうから、タイミングによっては素通りできるんだろうが……)
 走ってこちらに向かってくる集団が見えた時、ああやはりこっちの方面にいたかと素通りを諦めて湿地車から降り、敵に備え大きく息を吸い、全身に酸素を行き渡らせる。
 先頭を走っていた少女が「助けて下さい」と抱きついてきたその瞬間。
 重くて鈍い音。遅れてやってくる激しい痛み。
 両腕の肘から先が、だらりと垂れさがる。
「ぬぅ……リパルション!」
 引き剥がすつもりだったが、それよりも先に少女は左足で右に踏み込むとシェインエルの脇をすり抜け、すり抜け様にシェインエルの膝関節を手でつかみ、ただそれだけで関節を外し、的確に靭帯を痛めている。
 踏み込んだ足を軸に身体を反転させて、片膝をつくシェインエルの後ろに立って見下ろす。
「本当に情報社会は便利なものだな。おかげでお前の情報を調べる事が出来たし、力のありようも推測できた。両腕が上がらなければ力の方向性や集約があまりできないのだろ?」
 淡々と語る優は横を通り抜けようとした人間の首を掴み、麩菓子でも握り潰すかのように首の骨を砕き、みちりと肉をはぎ取る。
 一瞬にして目の前で人が殺され、人々の足は止まってしまう。すると今度は首が2つ、飛んだ。
「いい様だな、天使野郎!」
 後ろから駆けてきた香が中華包丁の血を振って拭い落とし、嘲笑する。
 そして進む事の出来なくなった人々が後ろへ引き返そうとするが、遥か後方から空を飛んでくる巨大な物体が道を塞ぐ。
 到着するなり轟音が鳴り響き、シェインエルのすぐ横にいた湿地車が木端微塵に吹き飛んだ。
「さすがだぜぇ優!」
「まだ両肘と片膝を破壊しただけだ。動かなくなるまでそういう言葉を使うな、油断を招く」
 飛んできた巨銃の上の英純を一瞬でたしなめ、そして優は目を細めて林道より少しだけ小高い脇の林を見上げた。
「そら、やはりお出ましだぞ。予想よりは早いが、撃退士様ご一行のご到着だ――英純は中距離から後方の奴を狙え。香はどちらもフォローできる地点で、向かって来たのを相手に。
 いいか、人間や膝をついているこれを上手く使え。それと強さを体感する程度で、深追いはしないからな」
 握る仕草で指関節をペキペキと鳴らし、優が近くにいた人間の頭を掴み撃退士に向けて投げ飛ばすと、その影に隠れるよう一直線に駆け出した。
 膝をついたままのシェインエルへと英純の巨銃は狙いを定め、香は縮こまっている人間へ中華包丁をちらつかせ戦場にばらけさせると少し身を低くし、人に混じって撃退士からの射線を封じる。
 そして膝をついたままのシェインエルは――憎々しげに歯ぎしりをするのであった。
(コケにしてくれるな……!)
 撃退士に助けを求めず、彼は片足で立ち上がると振り返り、銃身を見据えて咆えた。
「私はこんな所で死ぬつもりはない!」


リプレイ本文

「とりあえず、先にオメーから死んどけやァ!」
 英純が叫び、全てを粉砕する銃弾が真っ直ぐにシェインエルへと跳んでいく。
 だが甲高い音を立て、真っ直ぐだったはずの弾は大きく横へ軌道が逸れていった。
「っと、邪魔だぜ」
 優の投げた人間を江戸川 騎士(jb5439)が空中で受け止め上昇し、恐怖でしがみついてくる人間を引っぺがして比較的安全なはずの少し後ろの森へ、投げ捨てるように置いてきた。
「鶏冠頭のお兄さん、私と遊びましょうよ!」
 アルベルト・レベッカ・ベッカー(jb9518)が投げキッスを英純に向けて、優が辿り着く前に移動を開始する。
「私のお相手もお願いしますわ」
 英純の高慢そうな気配を感じ取り、鏑木愛梨沙(jb3903)はほぼ無意識のうちに、口調は嫌いな相手へ向けるものになっていた。
 盾を構えながらもレベッカ同様に移動を始め、女の子に弱いという報告を思い出して、嫌ではあるが盾の脇からにっこりと英純に笑みを向けた。
 その途端、英純は右手を額に当て、リズムも何もない無様なステップを足で踏む。
「くぁー! いいねいいねェ! 長身カワイコちゃんに、けっこーなボリュームちゃんかよォ!
 俺の『すぺしゃる』なマグナムで相手してやんよォ!」
「爪楊枝がよく言うぜ」
 逃げ惑う人々に紛れ鼻で笑う香が、少し多すぎるかと間引きのつもりで目の前の人間の首を狙い、包丁を振るう。
 だがその行動を空から窺っていた、平均よりもやや小さめなヒリュウが見ていた。
 刃が首に当たるという直前、香は腕を止め、腕の振りとは反対の方向に身体を捻る。
 人間の腕の脇から伸びてきた貫手が胸のスカーフを掠める程度に留めた。そのまま首を落していれば、胸を貫かれていたかもしれない。
「おや、外れてしまいましたか」
 人の影からエイルズレトラ マステリオ(ja2224)が場違いなステッキをくるくると回しながら斜めに踏み込み、香の側面へと回り込む。
 即座に反応しようとした香だが、ダメージになるはずもない投げつけられた砂利を思わずしゃがんでかわし、そこに伸びてきた鞭を後ろに一歩引いて避ける。
(嫌な気分ね……民間人と天使を物のように扱うだなんて……赦せない……赦してはいけない)
「貴女の鬼ごっこ……いつまで続くのかしら? それとも出て来れないの?」
 水滴を邪魔と感じたのかゴーグルを外し、鞭を手に収め静かに燃えるケイ・リヒャルト(ja0004)が挑発すると、香が睨み付けてくる。
 そこへ側面に回り込んだエイルズレトラの肩口から小さなピエロが飛び出し、視認していない香の不意を完全に付いた――はずだったが、無理に身体をのけ反らせ、視認外の奇襲すらも避けてみせた。
(聞いていた通りですね)
「あなたは回避に自信がおありですか……その程度で?」
「うっせーよ、チビスケが!」
 表情は薄く笑ったまま変わらないが、どことなくむっとした気配で香の肘打ちを、背中合わせになる事で回避する。
「逃げ回ってる一般人を狙わないのですか? その隙をバッサリいきたいんですが」
 英純と優の動きにも注意を払いながら、香の周囲を回るようにして挑発しながらも次の隙を伺うエイルズレトラと、高いところで観察を続けるケイへ向け、障害物として利用した人間ごと両断して中華包丁が投げつけられる。
 だが観察で投げる動作に気付いていたケイは投げた直後の包丁を撃ち落し、体を横にして自分に投げられた包丁をかわしたエイルズレトラが撃ち落された包丁をステッキの先で踏み砕く。
 戻ってきた包丁を受け止めても、これで香の手には包丁が1本だけとなってしまったのであった。
「もう少し、工夫と知恵を絞ってもらいたいものですねぇ」
 さらにスリルが減ってしまい、少々残念そうなエイルズレトラは攻め続けるのだった。

(ちっ。ありゃあ当たりそうにねぇな)
 香の動きを空から見ていた騎士がスキルによる足止めを諦め、香が気を取られているうちに逃げ惑う人間の襟首を捕まえる。
「邪魔だ。うろちょろしてんじゃねぇよ」
 ぞんざいに引き上げ、運んでは安全な所へと置いてくるを繰り返していた。
 その間、優を相手するためにその場に残った影野 恭弥(ja0018)が分の悪い近接戦闘を避けるために、後退する。
「お前が頭か。少し遊んでやるよ」
 手に注意しつつ、脚を狙い撃つ。
 だがまさか、優はそれを手で受け止めた。無論、当たった箇所が違うだけでダメージとしては変わらず、足を止め血の流れる手を舐め薄く笑うと、恭弥へ向買って全力で駆けてきた。
 優が肉薄するよりも早く恭弥は指を噛み血を一滴、地面に垂らす――魔方陣が出現し、太い四肢の黒い獣が次々と口を開けて優に襲い掛かる。
 腕を交差し、牙を腕で受け止めながら獣達がそれ以上襲ってこないところまで退くと、懲りずにまた突進。再び生み出された獣達が襲い掛かるが、今度は噛みつかれるより前に範囲の外へと逃げていた。
 その間に薄暗い闇に紛れた恭弥が木の陰に隠れ、胴体を狙い撃つ。
 それも手で止めた優だが、受け止めた手から肉を溶かし焼く様な煙が立ち上り、皮膚と肉が腐り落ちていく。
「腐敗毒だ。あいつの脚にもこいつをくらわせてぶった斬ったんだがな――あれを治したのもお前か」
「さてね。
 だが、なるほどなるほど。姑息とも言えるが理にかなっている――熟練の撃退士というのは、なかなか手に負えん存在だな」
 腐敗していく右手と、どこかの木の陰にいる恭弥を交互に見比べ、言葉とは裏腹に笑みが張り付いたままだった。
「どうする、この距離では攻撃する手段がないんじゃないか」
「もっともだな。察している通り、私は接近しないと戦いにすらならんタイプだ」
 恭弥の言葉を素直に受け止める優だが、その目は声の出所を探し当てていた。
 跳んできた酸の銃弾を腐敗した手でまたも受け止め、痛みはあるはずだがそれでも笑みをさらに強める。
「だがこれは1対1でも2対1でもない……6対3だというのを忘れてもらっては困るな」

 英純の1発が愛梨沙に襲い掛かる。
 盾を前に突きだし、さらにその周囲が淡い光に包まれ、光に包まれた盾のが強い光を放ち――激しい衝撃。
 盾ごと身体が弾かれそうになるが、それでもつま先まで力を込め、決して負けないという意思だけで後ろへと押し戻されながらも倒れずに耐えきってみせた。。
(あたしは大切な人を守る盾を目指す者。そう簡単に負けるわけにはいかないんだから!)
 熱風と爆炎が肌をチリチリと焼くが、その程度を気にしていられない。むしろこの程度で済んでくれているならと、怯まずに突き進む。
 この間に、英純とシェインエルのどちらも届く距離でレベッカが立ち止まった。
「あなたの戦い方ってスマートじゃないのよ。吹き飛ばすばかりでは美しくないわ」
 構えた次の瞬間に放たれた弾丸は、的確に英純の腕を貫いていた。
 レベッカはこれで前の様に情けない悲鳴を上げるものだと思っていたが、意外にも腕を押さえ銃の影に身を隠す方を優先する。
 それならばと正面は愛梨沙に任せ、見ていないうちに側面へと向かった。
「もっと近くに来てくれないかしら? あなたの顔をよく見たいの」
 少しだけ甘ったるい声の挑発――それほど効果を期待していたわけでもないが、にじりにじりと銃の背の影から、鶏冠頭がはみ出てきた。
(本当、女性に弱いみたいね)
 呆れる愛梨沙も今のうちにと、前へ一気に進む。
 ――だが。
「香、盾の裏! 英純、こっちを狙え!」
 優の大声が聞こえたと思った時には轟音が響き、それとは別の角度から愛梨沙は背中に衝撃を受けていた。
「うく……!」
 衝撃の後に襲い来る、激しい痛み。
 前のめりに倒れ膝を突き、背中に手を回して背中に刺さったそれを払いのけると、血に濡れた中華包丁が地面に落ち、続いて湧き出る血が背と腹を伝って地面を赤く染め上げる。
 痛みに顔をしかめ、細くした目で後ろを睨み付けると、首を失くして崩れ落ちる人の影と香のにやけた顔が見えた。
「大事な武器を手放していいんですか?」
 エイルズレトラがステッキに仕込まれた刀身を抜き放ち、投擲直後の足が止まっている香の腕を切り落とそうとしたが、その手の中から手品のように新しい包丁が出現し、刀身を受け止められる。
 手品のように見えるが、決して手品と同じ理屈ではなく、今生み出したものだとエイルズレトラだからこそ見抜いた。
「種も仕掛けもなしというのは、ムカつきますね」
(意識の向け方が足りなかったわ……けど、その距離なら!)
 愛梨沙の地に付けた手から魔方陣が広がり、香を足元から照らすと、文字が纏わりつく。
「んだぁ?」
 スキルを封じるだけで痛みのないそれに香が気を取られたその隙に、愛梨沙は腕の力で跳ね起きると距離を詰め、聖なる鎖を振り下ろしていた。
(当たって……!)
 願いが届いたのか、エイルズレトラの攻撃をかわした香は自ら鎖に絡まりに行く。
「今が好機ね……脚や腕は換えられるかもしれない。だけど……」
 少し被害はあったが、それでも騎士による人間の避難が完了したのと、今、香の動きに制限があるのをケイは見逃さない。
 腐敗する弾丸を香に撃ち、かわすであろう方向に砂利の飛礫をまき散らす。
 避ける事に専念したのか、動きは鈍いがそれでも何とかかわしてみせた香だが、ケイの移動にまで目を向けていなかった。かわりに飛礫よりも顎の下から閃くエイルズレトラの白刃をのけ反ってかわす。
 その時すでに、ケイは香の後ろ。
 気づいていない香の背後から、零距離で心臓に銀色の輝きを放つ銃口を押し当てた。
「だけど……心臓はどう?」
 口の端を吊り上げ、引き金を引く。
 輝きを纏った銃弾が、香の心臓を撃ち貫いた――のだが、ケイの脇腹に鋭い痛みが走る。心臓を貫かれた香だが、それでも中華包丁の刃はケイの身を切り裂いていた。
 香が自らの胸の傷口に手を突っ込み、どす黒く、ただ鼓動を繰り返しているだけの心臓を取り出す。
「ワリいが、動いてるふりしてるだけで、もうとっくにこいつは必要ねぇんだわ」
 地面に自分の心臓を投げ捨て、香は身体を捻り見えていない角度から放たれたエイルズレトラの貫手を服にかするほど寸前でかわして、横っ飛びに距離を取った。
「おや、なかなか素早いじゃないですか。次の目標は、その素早さを活かして敵の攻撃を避けることですね」
 手についたスカーフの切れ端を払いのけ、冷やかにエイルズレトラは笑うと、再び前に出た。

 愛梨沙が香の訪朝に膝をついた時、英純の巨銃から放たれた弾丸は、恭弥の目の前の木を周囲ごと吹き飛ばした。
 かろうじて盾で受け止めたがそれでも腕が痺れるほどの衝撃を受け後ろに飛ばされ、恭弥は足をこすりながらも地面に着地する。
 周囲は燃え盛り、身を隠す木も影もなくなってしまった挙句、優の姿を見失ってしまった。
(どこだ)
 目で捜した時にはもう、恭弥の両腕は掴まれていた。そして鈍い音が体内を通して、脳まで響く。
 痛みに苦悶の表情を浮かべた恭弥はそのまま地べたに叩きつけられ、意識を失ったのか、ピクリともしない。
「協力プレーとか、悪魔側のヤローがするんじゃねぇよな」
 人を運び終わり、シェインエルもというところで騎士は手を止めた。こうなった今の優先事項は、優を止める事である。
 だがその前に、何かと気に入らないシェインエルへ言葉を投げかけた。
「俺には、俺の打算がある。
 ミアの娘らは、傷つき道で倒れていれば困った事に天魔ですら拾って手当てしようとするタイプだ。俺は人間の味方しろとは言わんが、ミアの娘がミアの血を引くことを悔やむようにしなければいい。
 それにもしかしたら、天界時代のミアの事を知りたいかも知れんしな」
 闇の翼を広げる。
「なんで、助けられとけ」
 いつまでも死んだ女に執着しているクソ野郎――と続けそうになるが、その自虐にもなってしまう言葉だけはかろうじて口にせず空を飛び、倒れている恭弥に背を向け香の所へと向かおうとしていた優に、空から斬りかかる。
 肩で受け、その身に少し喰いこませて刀身を握りしめた。
「真っ向から受けやがるのかよ」
「丈夫なのが取り柄でな」
 退こうにもがっちりと握られ、ほんの少しの硬直時間があった騎士の背中に香の包丁が浅くない程度に突き刺さる。
「ち……けどよ、人のことは言えねーが後ろは注意するべきだぜ」
 騎士の忠告にふり返ろうとした優の側頭部へ強烈な蹴りが叩き込まれ、横に吹っ飛んでいった。
 普段は黒色の脚甲が純白の光に包まれた脚の恭弥が、両腕を垂れ下げたまま立っていた。意識を失っていたのは、フリである。
「腕を狙ってくるのは、あの天使の様子を見て分かってたさ」

「ゆぅぅうっ!」
 立ち上がったところで、英純の肩にレベッカの銃弾が直撃する。
「女ァ! 調子こいてんじゃねぇぞぉ!?」
 巨銃が旋回し、横にいたレベッカに照準を合わせ引き金が引かれた。
 まっすぐに飛んでくるそれにレベッカは弾を当て空中で爆散させるも、熱風と爆風がレベッカを通り抜けて行き、肌と髪を焦がしていく。
 林から山道に落とされた優だが、すぐに身をひるがえして拳を振り上げ回転させると、誰にも目もくれず、全力で反対の森の中へと消えていった。
 その直後、英純の銃身が反転し轟音と共に巨銃が空を飛ぶ。
「くっそ、誰も殺せねーとかマジかよ」
 悪態をつき香が跳ぶと、エイルズレトラは見上げ命を下す。
「ハート、逃がさ――避けなさい」
 空にいるヒリュウに香を攻撃させようと思ったが、凄い勢いで飛んでくる英純の巨銃が目に映り、見た目よりも俊敏に動くエイルズレトラのヒリュウはそれをかわした。
 そしてそのまま、2人は遥か遠くへと姿を消すのであった。
 しばらく香りの逃げた方向を向いていたエイルズレトラであったが、身体の埃を払い、刀身をステッキに収める。
「無様なほど、滑稽な姿でしたねぇ」




「前にあった時よりも、酷い怪我ね……」
 シェインエルの腕に触れ、レベッカの手から暖かい光が注ぎ込まれる。
「お前、ちょっとばかり大人しく監視されてろよ」
 騎士がシェインエルの襟をつかむと、今まで動かなかった腕が1本動くようになったシェインエルは、レベッカの手を払いのけ、足と腕の関節を無理にはめ込み、騎士の手を振り払って立ち上がった。
「要らん世話だ。私はお前らの味方ではない」
「んなこたぁ知ってんだよ――やっぱりテメーは気にいらねぇ」
 騎士とシェインエルが正面からにらみ合うも、先にシェインエルが目を逸らし、騎士の横を通り過ぎる。
「……手当てには、感謝するぞ。そこの男」
「レベッカ――それが私の名前よ」
「そうか――ではレベッカよ、感謝する」
 おぼつかない足取りではあるが、それでもシェインエルは1人で、山道を歩き続けるのであった――



シェインエルの危機?  終


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: God of Snipe・影野 恭弥(ja0018)
 奇術士・エイルズレトラ マステリオ(ja2224)
重体: −
面白かった!:5人

胡蝶の夢・
ケイ・リヒャルト(ja0004)

大学部4年5組 女 インフィルトレイター
God of Snipe・
影野 恭弥(ja0018)

卒業 男 インフィルトレイター
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
208号室の渡り鳥・
鏑木愛梨沙(jb3903)

大学部7年162組 女 アストラルヴァンガード
RockなツンデレDevil・
江戸川 騎士(jb5439)

大学部5年2組 男 ナイトウォーカー
風を呼びし狙撃手・
アルベルト・レベッカ・ベッカー(jb9518)

大学部6年7組 男 インフィルトレイター