「とりあえず、先にオメーから死んどけやァ!」
英純が叫び、全てを粉砕する銃弾が真っ直ぐにシェインエルへと跳んでいく。
だが甲高い音を立て、真っ直ぐだったはずの弾は大きく横へ軌道が逸れていった。
「っと、邪魔だぜ」
優の投げた人間を江戸川 騎士(
jb5439)が空中で受け止め上昇し、恐怖でしがみついてくる人間を引っぺがして比較的安全なはずの少し後ろの森へ、投げ捨てるように置いてきた。
「鶏冠頭のお兄さん、私と遊びましょうよ!」
アルベルト・レベッカ・ベッカー(
jb9518)が投げキッスを英純に向けて、優が辿り着く前に移動を開始する。
「私のお相手もお願いしますわ」
英純の高慢そうな気配を感じ取り、鏑木愛梨沙(
jb3903)はほぼ無意識のうちに、口調は嫌いな相手へ向けるものになっていた。
盾を構えながらもレベッカ同様に移動を始め、女の子に弱いという報告を思い出して、嫌ではあるが盾の脇からにっこりと英純に笑みを向けた。
その途端、英純は右手を額に当て、リズムも何もない無様なステップを足で踏む。
「くぁー! いいねいいねェ! 長身カワイコちゃんに、けっこーなボリュームちゃんかよォ!
俺の『すぺしゃる』なマグナムで相手してやんよォ!」
「爪楊枝がよく言うぜ」
逃げ惑う人々に紛れ鼻で笑う香が、少し多すぎるかと間引きのつもりで目の前の人間の首を狙い、包丁を振るう。
だがその行動を空から窺っていた、平均よりもやや小さめなヒリュウが見ていた。
刃が首に当たるという直前、香は腕を止め、腕の振りとは反対の方向に身体を捻る。
人間の腕の脇から伸びてきた貫手が胸のスカーフを掠める程度に留めた。そのまま首を落していれば、胸を貫かれていたかもしれない。
「おや、外れてしまいましたか」
人の影からエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が場違いなステッキをくるくると回しながら斜めに踏み込み、香の側面へと回り込む。
即座に反応しようとした香だが、ダメージになるはずもない投げつけられた砂利を思わずしゃがんでかわし、そこに伸びてきた鞭を後ろに一歩引いて避ける。
(嫌な気分ね……民間人と天使を物のように扱うだなんて……赦せない……赦してはいけない)
「貴女の鬼ごっこ……いつまで続くのかしら? それとも出て来れないの?」
水滴を邪魔と感じたのかゴーグルを外し、鞭を手に収め静かに燃えるケイ・リヒャルト(
ja0004)が挑発すると、香が睨み付けてくる。
そこへ側面に回り込んだエイルズレトラの肩口から小さなピエロが飛び出し、視認していない香の不意を完全に付いた――はずだったが、無理に身体をのけ反らせ、視認外の奇襲すらも避けてみせた。
(聞いていた通りですね)
「あなたは回避に自信がおありですか……その程度で?」
「うっせーよ、チビスケが!」
表情は薄く笑ったまま変わらないが、どことなくむっとした気配で香の肘打ちを、背中合わせになる事で回避する。
「逃げ回ってる一般人を狙わないのですか? その隙をバッサリいきたいんですが」
英純と優の動きにも注意を払いながら、香の周囲を回るようにして挑発しながらも次の隙を伺うエイルズレトラと、高いところで観察を続けるケイへ向け、障害物として利用した人間ごと両断して中華包丁が投げつけられる。
だが観察で投げる動作に気付いていたケイは投げた直後の包丁を撃ち落し、体を横にして自分に投げられた包丁をかわしたエイルズレトラが撃ち落された包丁をステッキの先で踏み砕く。
戻ってきた包丁を受け止めても、これで香の手には包丁が1本だけとなってしまったのであった。
「もう少し、工夫と知恵を絞ってもらいたいものですねぇ」
さらにスリルが減ってしまい、少々残念そうなエイルズレトラは攻め続けるのだった。
(ちっ。ありゃあ当たりそうにねぇな)
香の動きを空から見ていた騎士がスキルによる足止めを諦め、香が気を取られているうちに逃げ惑う人間の襟首を捕まえる。
「邪魔だ。うろちょろしてんじゃねぇよ」
ぞんざいに引き上げ、運んでは安全な所へと置いてくるを繰り返していた。
その間、優を相手するためにその場に残った影野 恭弥(
ja0018)が分の悪い近接戦闘を避けるために、後退する。
「お前が頭か。少し遊んでやるよ」
手に注意しつつ、脚を狙い撃つ。
だがまさか、優はそれを手で受け止めた。無論、当たった箇所が違うだけでダメージとしては変わらず、足を止め血の流れる手を舐め薄く笑うと、恭弥へ向買って全力で駆けてきた。
優が肉薄するよりも早く恭弥は指を噛み血を一滴、地面に垂らす――魔方陣が出現し、太い四肢の黒い獣が次々と口を開けて優に襲い掛かる。
腕を交差し、牙を腕で受け止めながら獣達がそれ以上襲ってこないところまで退くと、懲りずにまた突進。再び生み出された獣達が襲い掛かるが、今度は噛みつかれるより前に範囲の外へと逃げていた。
その間に薄暗い闇に紛れた恭弥が木の陰に隠れ、胴体を狙い撃つ。
それも手で止めた優だが、受け止めた手から肉を溶かし焼く様な煙が立ち上り、皮膚と肉が腐り落ちていく。
「腐敗毒だ。あいつの脚にもこいつをくらわせてぶった斬ったんだがな――あれを治したのもお前か」
「さてね。
だが、なるほどなるほど。姑息とも言えるが理にかなっている――熟練の撃退士というのは、なかなか手に負えん存在だな」
腐敗していく右手と、どこかの木の陰にいる恭弥を交互に見比べ、言葉とは裏腹に笑みが張り付いたままだった。
「どうする、この距離では攻撃する手段がないんじゃないか」
「もっともだな。察している通り、私は接近しないと戦いにすらならんタイプだ」
恭弥の言葉を素直に受け止める優だが、その目は声の出所を探し当てていた。
跳んできた酸の銃弾を腐敗した手でまたも受け止め、痛みはあるはずだがそれでも笑みをさらに強める。
「だがこれは1対1でも2対1でもない……6対3だというのを忘れてもらっては困るな」
英純の1発が愛梨沙に襲い掛かる。
盾を前に突きだし、さらにその周囲が淡い光に包まれ、光に包まれた盾のが強い光を放ち――激しい衝撃。
盾ごと身体が弾かれそうになるが、それでもつま先まで力を込め、決して負けないという意思だけで後ろへと押し戻されながらも倒れずに耐えきってみせた。。
(あたしは大切な人を守る盾を目指す者。そう簡単に負けるわけにはいかないんだから!)
熱風と爆炎が肌をチリチリと焼くが、その程度を気にしていられない。むしろこの程度で済んでくれているならと、怯まずに突き進む。
この間に、英純とシェインエルのどちらも届く距離でレベッカが立ち止まった。
「あなたの戦い方ってスマートじゃないのよ。吹き飛ばすばかりでは美しくないわ」
構えた次の瞬間に放たれた弾丸は、的確に英純の腕を貫いていた。
レベッカはこれで前の様に情けない悲鳴を上げるものだと思っていたが、意外にも腕を押さえ銃の影に身を隠す方を優先する。
それならばと正面は愛梨沙に任せ、見ていないうちに側面へと向かった。
「もっと近くに来てくれないかしら? あなたの顔をよく見たいの」
少しだけ甘ったるい声の挑発――それほど効果を期待していたわけでもないが、にじりにじりと銃の背の影から、鶏冠頭がはみ出てきた。
(本当、女性に弱いみたいね)
呆れる愛梨沙も今のうちにと、前へ一気に進む。
――だが。
「香、盾の裏! 英純、こっちを狙え!」
優の大声が聞こえたと思った時には轟音が響き、それとは別の角度から愛梨沙は背中に衝撃を受けていた。
「うく……!」
衝撃の後に襲い来る、激しい痛み。
前のめりに倒れ膝を突き、背中に手を回して背中に刺さったそれを払いのけると、血に濡れた中華包丁が地面に落ち、続いて湧き出る血が背と腹を伝って地面を赤く染め上げる。
痛みに顔をしかめ、細くした目で後ろを睨み付けると、首を失くして崩れ落ちる人の影と香のにやけた顔が見えた。
「大事な武器を手放していいんですか?」
エイルズレトラがステッキに仕込まれた刀身を抜き放ち、投擲直後の足が止まっている香の腕を切り落とそうとしたが、その手の中から手品のように新しい包丁が出現し、刀身を受け止められる。
手品のように見えるが、決して手品と同じ理屈ではなく、今生み出したものだとエイルズレトラだからこそ見抜いた。
「種も仕掛けもなしというのは、ムカつきますね」
(意識の向け方が足りなかったわ……けど、その距離なら!)
愛梨沙の地に付けた手から魔方陣が広がり、香を足元から照らすと、文字が纏わりつく。
「んだぁ?」
スキルを封じるだけで痛みのないそれに香が気を取られたその隙に、愛梨沙は腕の力で跳ね起きると距離を詰め、聖なる鎖を振り下ろしていた。
(当たって……!)
願いが届いたのか、エイルズレトラの攻撃をかわした香は自ら鎖に絡まりに行く。
「今が好機ね……脚や腕は換えられるかもしれない。だけど……」
少し被害はあったが、それでも騎士による人間の避難が完了したのと、今、香の動きに制限があるのをケイは見逃さない。
腐敗する弾丸を香に撃ち、かわすであろう方向に砂利の飛礫をまき散らす。
避ける事に専念したのか、動きは鈍いがそれでも何とかかわしてみせた香だが、ケイの移動にまで目を向けていなかった。かわりに飛礫よりも顎の下から閃くエイルズレトラの白刃をのけ反ってかわす。
その時すでに、ケイは香の後ろ。
気づいていない香の背後から、零距離で心臓に銀色の輝きを放つ銃口を押し当てた。
「だけど……心臓はどう?」
口の端を吊り上げ、引き金を引く。
輝きを纏った銃弾が、香の心臓を撃ち貫いた――のだが、ケイの脇腹に鋭い痛みが走る。心臓を貫かれた香だが、それでも中華包丁の刃はケイの身を切り裂いていた。
香が自らの胸の傷口に手を突っ込み、どす黒く、ただ鼓動を繰り返しているだけの心臓を取り出す。
「ワリいが、動いてるふりしてるだけで、もうとっくにこいつは必要ねぇんだわ」
地面に自分の心臓を投げ捨て、香は身体を捻り見えていない角度から放たれたエイルズレトラの貫手を服にかするほど寸前でかわして、横っ飛びに距離を取った。
「おや、なかなか素早いじゃないですか。次の目標は、その素早さを活かして敵の攻撃を避けることですね」
手についたスカーフの切れ端を払いのけ、冷やかにエイルズレトラは笑うと、再び前に出た。
愛梨沙が香の訪朝に膝をついた時、英純の巨銃から放たれた弾丸は、恭弥の目の前の木を周囲ごと吹き飛ばした。
かろうじて盾で受け止めたがそれでも腕が痺れるほどの衝撃を受け後ろに飛ばされ、恭弥は足をこすりながらも地面に着地する。
周囲は燃え盛り、身を隠す木も影もなくなってしまった挙句、優の姿を見失ってしまった。
(どこだ)
目で捜した時にはもう、恭弥の両腕は掴まれていた。そして鈍い音が体内を通して、脳まで響く。
痛みに苦悶の表情を浮かべた恭弥はそのまま地べたに叩きつけられ、意識を失ったのか、ピクリともしない。
「協力プレーとか、悪魔側のヤローがするんじゃねぇよな」
人を運び終わり、シェインエルもというところで騎士は手を止めた。こうなった今の優先事項は、優を止める事である。
だがその前に、何かと気に入らないシェインエルへ言葉を投げかけた。
「俺には、俺の打算がある。
ミアの娘らは、傷つき道で倒れていれば困った事に天魔ですら拾って手当てしようとするタイプだ。俺は人間の味方しろとは言わんが、ミアの娘がミアの血を引くことを悔やむようにしなければいい。
それにもしかしたら、天界時代のミアの事を知りたいかも知れんしな」
闇の翼を広げる。
「なんで、助けられとけ」
いつまでも死んだ女に執着しているクソ野郎――と続けそうになるが、その自虐にもなってしまう言葉だけはかろうじて口にせず空を飛び、倒れている恭弥に背を向け香の所へと向かおうとしていた優に、空から斬りかかる。
肩で受け、その身に少し喰いこませて刀身を握りしめた。
「真っ向から受けやがるのかよ」
「丈夫なのが取り柄でな」
退こうにもがっちりと握られ、ほんの少しの硬直時間があった騎士の背中に香の包丁が浅くない程度に突き刺さる。
「ち……けどよ、人のことは言えねーが後ろは注意するべきだぜ」
騎士の忠告にふり返ろうとした優の側頭部へ強烈な蹴りが叩き込まれ、横に吹っ飛んでいった。
普段は黒色の脚甲が純白の光に包まれた脚の恭弥が、両腕を垂れ下げたまま立っていた。意識を失っていたのは、フリである。
「腕を狙ってくるのは、あの天使の様子を見て分かってたさ」
「ゆぅぅうっ!」
立ち上がったところで、英純の肩にレベッカの銃弾が直撃する。
「女ァ! 調子こいてんじゃねぇぞぉ!?」
巨銃が旋回し、横にいたレベッカに照準を合わせ引き金が引かれた。
まっすぐに飛んでくるそれにレベッカは弾を当て空中で爆散させるも、熱風と爆風がレベッカを通り抜けて行き、肌と髪を焦がしていく。
林から山道に落とされた優だが、すぐに身をひるがえして拳を振り上げ回転させると、誰にも目もくれず、全力で反対の森の中へと消えていった。
その直後、英純の銃身が反転し轟音と共に巨銃が空を飛ぶ。
「くっそ、誰も殺せねーとかマジかよ」
悪態をつき香が跳ぶと、エイルズレトラは見上げ命を下す。
「ハート、逃がさ――避けなさい」
空にいるヒリュウに香を攻撃させようと思ったが、凄い勢いで飛んでくる英純の巨銃が目に映り、見た目よりも俊敏に動くエイルズレトラのヒリュウはそれをかわした。
そしてそのまま、2人は遥か遠くへと姿を消すのであった。
しばらく香りの逃げた方向を向いていたエイルズレトラであったが、身体の埃を払い、刀身をステッキに収める。
「無様なほど、滑稽な姿でしたねぇ」
「前にあった時よりも、酷い怪我ね……」
シェインエルの腕に触れ、レベッカの手から暖かい光が注ぎ込まれる。
「お前、ちょっとばかり大人しく監視されてろよ」
騎士がシェインエルの襟をつかむと、今まで動かなかった腕が1本動くようになったシェインエルは、レベッカの手を払いのけ、足と腕の関節を無理にはめ込み、騎士の手を振り払って立ち上がった。
「要らん世話だ。私はお前らの味方ではない」
「んなこたぁ知ってんだよ――やっぱりテメーは気にいらねぇ」
騎士とシェインエルが正面からにらみ合うも、先にシェインエルが目を逸らし、騎士の横を通り過ぎる。
「……手当てには、感謝するぞ。そこの男」
「レベッカ――それが私の名前よ」
「そうか――ではレベッカよ、感謝する」
おぼつかない足取りではあるが、それでもシェインエルは1人で、山道を歩き続けるのであった――
シェインエルの危機? 終