病院の入り口の前で、口を開け見上げている並木坂・マオ(
ja0317)。
「何かが潜んでいるのに、今のところは何もしてこない……どういう事なんだろ?」
「どうにせよ、ここにはいたいけな子猫ちゃん達も大勢いるんだ。ほってはおけねぇよなあ」
赤坂白秋(
ja7030)は1人で先に、病院へと入っていった。
青薔薇の花束を持った黒井 明斗(
jb0525)が肩をすくめた。
「置き土産にしては物騒ですね。
熨斗をつけてトビトに送り返したいところですが、いずれ数十倍にして返す事にしましょう」
「やなー。大事なモン傷つけた報いは受けてもらわんと」
怪我を負わされた事のある亀山 淳紅(
ja2261)がその時を思い出し、苛ただしげに足でリズムをとっていた。
「にしても、病院って暇よな……」
「そうですか〜?」
森浦 萌々佳(
ja0835)がニコニコと笑顔のまま首を傾げる横で、誰かと連絡を取っていた龍崎海(
ja0565)が皆に向き直った。
「院長さんや看護師長さんは、全面的に協力してくれるそうです。番号は今、送信します」
「これで色々、都合つけてもらえるや
とにかくー。少しでもほっとしたいのに、ましてや病院なんかに潜まれちゃゆっくり眠れもしないし退治しとくに限るよね、うん。
でも問題は、病室やナースステーションなんだよねぇ……昼間はどうやっても騒ぎになっちゃう。それはちょっと避けたいとなると、やっぱり夜しかないのかな」
「そこらへんは自分にお任せやで!」
我に秘策ありと淳紅がマオに向け、親指を立て突きつける。
自信満々で胸をそらせる淳紅に、「任せたよ!」とマオの正拳が鳩尾に突き刺さるのであった
館内見取り図を前に、海と明斗が『どの地点で生命探知を使うのが効率的か』を話し合っている間、萌々佳はまるで方向音痴の迷子かの様に、うろうろとしていた。
すると萌々佳の、病院から借りた端末が鳴る。
「はい〜?」
「俺だ、赤坂だ。わりぃけど、すぐこっちに来てくれ――」
そんな急を要する言葉を受け、萌々佳はすぐにそこへと向かった――職員用女子更衣室の前へと。
萌々佳の姿に気付いた白秋だが、萌々佳に気付かぬふりをして看護師達との会話を続ける。
「こんな所に美しい花が咲いている……そう思ったが、よく見たらあなただった……
おっと、もちろん君も忘れちゃいないよ。子猫の様な愛くるしい瞳でそんなに見つめられたら、もうほっておけないな――」
注意を引いてる間に萌々佳はするりと更衣室へ音もなく忍び込み、話に聞いた黒い合皮張りの椅子をじっくり観察。
すると視界の中でわずかに不自然な動きを見せた部分へ躊躇なくパイプイスで神速の一撃をおみまいしていた。
「撲殺完了です〜」
更衣室を抜け出すと女の子たちの背を押し、どこかへ行こうとしている白秋の背が目に入った。
「もう少し、明るいところで君達をぐぅっ!?」
「何をしているんですか〜赤坂さん〜」
背中を押さえる白秋に、パイプイスを突き出している萌々佳。その間に女の子達は残念そうな顔をしながら行ってしまった。
「依頼中で、涼子さんのお見舞いも控えているんですよ〜?」
「イケメンなら可愛い子には声かけろって言うだろ? むしろ声をかけないだなんて、失礼ってもんだ」
実際に声をかけられた子達もまんざらではなかっただけにイケメンなのは確かなのだろうが、萌々佳は首を捻らざるを得ない。
(ならなんで1人なんでしょうかね〜?)
それを口にしないのは、優しさであった。
「それにしても助かったぜ萌々佳。
女の子が椅子に何かが潜んでいるっていう怪談話が広まってるって言ってたから探ったが、男子更衣室はこっそり侵入できてもさすがにこの先は踏み込めねーからな」
「踏み込んだら容赦しませ〜ん」
「トイレ掃除はお任せだよ!」
清掃中の札を掲げ、マオがトイレブラシを手に自信満々でトイレへと入っていく。
一見すると黒い物すらなく、ただひたすらにトイレを磨いていくだけであった。偽装とはいえ、やらなければ怪しいからという理屈なのだろう。
「ここの黄ばみがしつこいっていうか、もっときれいに磨こうよ!」
がっしがっしと目的も忘れ、トイレ掃除に情熱を傾け過ぎかもしれない。
そして気が付けば職員用男子トイレは磨き終わってしまった。
「これは外れかなー?」
まるで黒い物もなく、これはダメかなーと思いながら職員用女子トイレへと移動し、清掃を始めるマオ。
「こっちのが綺麗だけど、壁になんか怖い事ばっかり書いてあるなー……ん?」
壁に書いてある恨み節を消していると、ふと便器横に黒いゴミ箱があるのに気が付いた。
そして一瞬の違和感も見逃さない。
強く踏み込み、ゴミ箱横にへばりついていた1匹をこそげ落とす様に踏みつぶした。
「いたいたーっていうか、こんな所に潜むなんて色んな意味で許せないね!」
ぐりぐりとすでに霧散したダークストーカーを踏みにじり、マオはトイレ掃除を再開するのだった。
「5階にホールとかあればなー……なくても歌います? 歌っちゃいます? ということで――!」
広い場所はないかとしばらく5階をうろうろしていた淳紅だが、やがてナースステーションへと突撃する。
「はーい毎度! 歌って元気を運びに来ましたー撃退士でっす★」
注目を集めながらも黒い部分の観察をしっかりしていた。
(とくにいなさそうやな)
安心したのも束の間、やや歳のいった看護師が冷たく感じる視線を投げかけ、淳紅の前に立つ。縦も横も淳紅よりあるため、威圧感が半端なかった。
看護師に若干の恐怖心があるのか、淳紅はたじろぐ。
「その様な話は聞いておりませんが、許可の方はおありでしょうか」
「慰労活動っちゅうことで……ダメ、やろか」
射竦められると、どうしても尻すぼみになってしまう。
これまでに出会ったどんな敵よりも、遥かに今、恐怖を感じていた。
そんな淳紅の頭に、優しい手が置かれた。
「ごめんなさいねー。みんなに伝えてなかったわね。まあこういうの予告ないからこそ、刺激があって面白いのよ」
目の前の看護師よりも年季の入った、思わずさん付けで呼びたくなるような優しげな雰囲気をかもし出す看護師さんが淳紅の後ろに立っていた。
「元気を振りまいてね?」
「……任せとき!」
エレベーターで移動中、5階に到着する前に探知をかける明斗。
病院だけあって大勢の反応はあるが、エレベーターが開いた時、目の前に誰もいなかったことで明斗は海に目配せをした。
「あ、すみません。トイレはどちらですか?」
海が比較的近くにいた人へと話しかけ、意識が海に集まったその一瞬、歩きながら明斗の槍が後ろへ突き出され、エレベーターの扉に張りついていたダークストーカーを貫いていた。
「ありがとうございました――退治できた?」
「ええ。これで先ず1匹です」
「そっか。ところで、トイレは見た事の無い元気そうな女の子が熱心に磨いているそうだよ」
このタイミングで、見た事の無い元気そうな女の子――2人してマオの顔が浮かぶ。
「トイレは大丈夫そうですね」
「うん、そうだね。それと今の看護師さん、更衣室前でかっこいい男の人にナンパされたそうだけど、ふわふわっとした彼女つれだったって」
ナンパという言葉に白秋の顔がちらつき、ふわふわという抽象的な言い方でなんとなく萌々佳を思い浮かべる。
そしてナースステーションからは、たった今、淳紅が出てきた。
「どうやら僕らは個室を中心に動けば良さそうですね」
事前に海と相談して決めた個室の連なるポイントに立ち、気配を探るその前に、淳紅が堂々と個室を開け顔をにょきっと。
「なっ、ベッドの上退屈ちゃいます? 即興コンサート! 聴きに来ませんかっ」
淳紅のお誘いに入院患者は何が始まるのかとほいほい乗ってくれて、他に比べ少し開けているナースステーションの前へと向かってくれる。
そして淳紅が次々に声をかける中で、動きたくはないかなとかで渋る人もいた。
そんなところに、明斗と海が入ってくる。
「有毒性の薬剤を使用し、室内を消毒します。室内から退出願います」
「催し物の間に終わらせますので、ご協力いただけないでしょうか?」
最初からこの手をつかうつもりではあったが淳紅のコンサートと絡めた、臨機応変な対応。それだけでなく、海の目はテレビ裏のある一点をじっと睨み続けていた。
その一点がゆらりと蠢く――が、先に海が動くなと念じると、ダークストーカーは無数の鎖に絡みつかれたような幻影に捕らわれ、動く事を止めた。
渋々ではあったが、その部屋の患者が淳紅に手を引かれ出て行ったところで、明斗が槍を手に取った。
「では、駆逐しましょう」
患者や看護師達を前に1人、向かい合わせで椅子に座っている淳紅がずずーっとお茶をすすり、それから話し始める。
「学園のナースは怖くてなー、脱走しようとすると鬼の形相で追いかけてくんねん! 患者のこと、怪我人やと思ってへん所業ちゃう?」
患者からは「ここもあるある」と、笑いに包まれる。淳紅もにへらと笑い椅子の上に立ち、手を掲げた。
「ほんじゃ、一曲いっくでー! まだ練習不足やけど聴いてください、チャンチ――」
「突然だが! 歌います! 聞いて下さい、『イケメンの歌』」
白秋が割り込み、淳紅が歌いだすより先に即興のバラードを歌いだすと、淳紅の掲げた手がしおれていく。
「1つしかありませんが〜こちらにお座りください〜」
にっこりと笑う萌々佳がお局さんに声をかけ、パイプイスを取り出すと――その目の奥に一瞬だけ本気が見えた。
勢い余ったパイプイスは近くの植木鉢にガッツリと当たり何かが霧散するも、直前で止めたのか植木鉢が僅かに振動しただけで無事であった――さすがは鈍器のプロである。
こうしている間に海と明斗が空き室となった個室での処理も終わらせ、無事に9匹退治する事に成功したのであった。
「つーかーれーたー!」
マオがぼすんと涼子のベッドの上に倒れ込み、顔だけを動かして身を起こした涼子の顔を確認すると、ほっと一息。
「涼子さん、とりあえずは大丈夫そうでよかった――でも、何だかめんどくさい事になりそうだね。大人の人達ってややこしーなー」
ごろりと反転。天井を見上げた。
「助けられた人がいる――それだけで充分じゃん。
あ、そういえば涼子さんはどうやって敵の存在を見破ったの? コツとかあるなら、アタシにも教えてほしいな」
「あいにく、コツはないな。ただ私がシュトラッサーだからこそ、存在を感じ取れるし意思も疎通できるというだけだ」
すまなそうに涼子は伝え、馴れ馴れしくもあるが嫌な感じのしないマオの髪をくしゃくしゃにして穏やかな笑みを浮かべると、マオが突如がばりと起き上がる。
「あ! 学園に戻ったらダドルフさん仕込みの格闘術教えてください。マヂで」
「ダルドフ、様だ」
「ダドルフさん?」
「ダル・ドフ・様」
「ダド・ルフ・さん?」
なんだかもはや刷り込まれきっているのか直る気配がない。
そこに遠慮がちなノック音。
やってきたのは海と明斗だった。
「直接会うのは初めてですね、救出作戦をお手伝いさせて頂いた者です。お元気そうでなによりです」
一礼し、明斗が青い薔薇の花束を花瓶にいける間、海も涼子に会釈した。
「救出に関わっていたから、ちょっと気にはなってたんだよね。一度は様子を見てみようって」
「そうか、それなら礼を言わねばならないな。ありがとう」
青薔薇をいけた明斗が、ほんの小さく苦笑する。
「まあどちかといえば、トビトへの嫌がらせも含めていますけどね」
(そして貴女に、良い奇跡がありますように――)
そう願って、青薔薇を眺める明斗であった。
涼子の部屋に残された1匹はある人物に任せ、3人が帰った後で次に顔を出したのは淳紅だった。
「あ、ちょっと痩せました? 主に胸囲のあたり」
かつて直接やりあって負けた事を根に持ってか、そんな嫌味がするっと出た――が。
「そういうお前は、ちょっと縮んだか?」
「縮まへんから!」
軽い嫌味にまさかの反撃を食らい、声を荒らげてしまうがコホンと咳1つ。
「そういえば学園祭にダルドフさん来とったで。
早くあんたもおいでーな。色んなもん置いてきたんやし走ってきてしもたんやし、走ってとりに帰ったらんと」
ふにゃっと笑い、そそくさと病室を出て行こうとすると、出ぎわにふっと笑う。
「きっと胸大きくなる方法もあるよ」
「背が伸びる方法はなかったのだな」
「やっかましいわ!」
ぷりぷりと怒りながら帰って行った淳紅の後、しばらくすると涼子の眉が不機嫌そうにピクリと動いた。
「そこの夜空に浮かぶ星の如き輝きを持つ君、よかったら今夜――」
「ほら、赤坂さん。ここですよ〜」
ナンパを繰り返す白秋が萌々佳に背を押され、押し込まれる様に入ってくるなり、会釈するそぶりを見せると同時に発砲していた。
その早撃ちは監視カメラの表面をこするように通り抜け、最後の1匹を霧散させた時、すでにその手の銃はシルバーアクセサリとなって手の中にあった。。
ふぅと一息ついてから、改めて涼子に顔を向けてまた、安堵の息1つ。
(ひと月の間音沙汰がなく心配していたが、かわり無いようだな)
そこで「もう良くなったのか」と世間話のように切りだして、それから本題に移る。
「これからどうしたい?
別に深い意味とか、そういうもんがあるんじゃないが……お前が『その後』に何か些細な事でも良い、思ってる事があるなら聞いときたくてな」
「……もっと、人を知りたいと思う。
私は、私の知る狭い世界だけで人を知ったつもりになって絶望した。だから色々な者と話し、関わるようにしていこうとな」
「そうですね〜。私も何度か見かけただけでこうして直接お話するのは初めてですし〜、沢山話しをしましょう〜……」
言葉を続けようとした萌々佳の口が止まり、それからおずおずと続けた。
「涼子さんって、呼んでもよろしいでしょうか〜?」
「構わんよ。そこの廊下でもナンパしていた男は最初から呼び捨てだしな」
微妙に棘のある言葉とジト目を向けられた白秋が、さっと目を逸らす。
お互いの反応は微笑ましく、萌々佳は楽しげだった。
「あとの問題は学園で生活するにあたって、誰かと住む必要があるってことだな」
「え? 誰かと住む必要がある? よし俺と住む――」
「立ち話もなんですから、椅子に座ってください〜」
萌々佳のパイプイスが白秋の膝を強制的に折らせ、短い悲鳴を上げた白秋は椅子の上でと膝裏を押さえて悶えていた。
涼子は微笑み、そんな白秋に顔を近づけると、耳元で囁く。
「私が転がりこんだら、お前が困るだろう? お前がそうありたいと本気で思えるようになったら、また言ってくれ」
顔を離すと、優しく笑う。
「その日まで、私は待つよ。白秋――」
【神樹】彼女のその後 終