君田 夢野(
ja0561)はすんなりと、シェインエルの言葉を受け入れた。
「おう、了解し――――ってお前あの時の!?」
シェインエルに気を取られ、振り下ろされた包丁への反応が遅れてしまう。
それが当たる直前、強烈な冷気の突風が夢野の横を通り過ぎて少女を吹き飛ばした。
吹き飛ばされた少女が地面に手を付き、そして驚いた顔をする。
「んだぁ? 身体が動かねー……」
「……油断すると、危ない」
山里赤薔薇(
jb4090)が淡々と告げ、それから視線をシェインエルへと向ける。
「あの天使は敵? 何も聞いてないけど」
「わからないが、あの筋肉に見覚えがある……どうやら討伐対象と敵対しているようだが、直接問おう」
アルジェ(
jb3603)がシェインエルの意思へと直接語りかける。
(なぜいるかは問わない、今のお前はアレの敵か?)
すぐに(そうだ)と返答。天使同士ならではのやり取りであった。
(我々はあの鶏冠達の討滅を受けている、情報と共闘を求める……敵の敵は味方というだろう?)
今度はなかなか、返事が来ない。
すると、動けない少女の横を通り抜け、真っ直ぐに鶏冠男へ向かうアルベルト・レベッカ・ベッカー(
jb9518)がシェインエルに手を振り、声を張り上げた。
「そこのお兄さん! 事情はわからないけど、今は共闘が最善だと思わない?」
「まあ、天界のヤツが人間に手を貸す事は以前より増えているし、逆も多くなっている――とはいえ立場上、直接攻撃に協力ってのは厳しいだろうから、手前ぇの方に飛んできたのを落としてくれるだけでいい。
偶然、側に人間がいたとしてもあまり問題になんねえだろう? いんのは、俺らと手前ぇとアレだけだ。アレは塵に帰るんだ。問題あんめぇよ」
江戸川 騎士(
jb5439)がつまらなそうに淡々と、独り言のように漏らす。聞こえていても聞こえてなくてもいい、そんな感じである。
それでもなかなか応とは言わないシェインエルに業を煮やし、アルジェが持ちかける。
(聞きたい事があるんだろう? この状況ではゆっくり話すことも出来ない、あの鶏冠共の討滅を手伝ってほしい。これ以上犠牲者を出さずに状況終了できたなら、貴方の問いに1つだけ答えよう)
それが決め手となったかはわからないが、シェインエルの言葉がアルジェへと届く。
(――あそこにいる男ヴァニタスの銃撃は、着弾点を中心に周囲を巻き込んで爆発する。気を付けろ)
(なるほど、あの砲弾は榴弾のようなものか……厄介だな)
「皆、今回あの天使は味方だ……少なくとも、あのヴァニタスを倒すまでは」
「場所が場所だけに、人間の通り魔や狂信者ではないだろうとは予測していたが……ヴァニスタね」
アレとは言っていたがその正体に驚く事もなく、翼を広げ飛翔した。それに続きアルジェも空を飛ぶ。
「騎士、左右から同時に合わせよう――騎士?」
返事が一切ない。それどころか、自分が知っている彼とは少し様子が違っているように見えた。ただ、黙ってアルジェとは反対の空へと向かうので、まるっきり言葉を無視しているわけではないと分かる。
「動き出すぞ」
まったくシェインエルに見向きもせず、ずっと少女の観察を続けていた影野 恭弥(
ja0018)が銃口を向けたまま後ろへ下がると、赤薔薇も距離を取っていた。
そして完全に動き出す前に、恭弥の銃口から弾が放たれ、少女の脚を穿つ――はずが、弾は地面を燻ぶるだけに終わった。
(……?)
それなりには自分の力に自負があり、まさかかわされるとは思っていなかった恭弥が眉をひそめる。
(狙いすぎたか。だが狙いを悟られるようなヘマはしていないはずだ)
今の動きを見て、もう麻痺が解けたのかと夢野は朱塗りのソカットに手を添え、刃が音の白刃と魔性の紅に染まり、その長剣を構え前へ出る。
「かかりやすいが回復も早いのか――色々言いたいコトはあるが……まぁ1つだけ質問したいのでな、悪いがそこの三下2人片付けても待っといて貰えるか!」
『誰が三下だぁ!?』
鶏冠男と少女の声が重なる。
「うっせー! 力あるのに弱い者イジメしか出来ないクズ連中なんぞ三下で十分だバーカ!
違うってんなら、俺らぐらい軽くぶっ潰してみろよ! ほら、来いよ! まさかビビってんじゃないよな? 」
(さて、頭の中までクズ籠なら釣られてくれるだろうが、どうだ?)
声を荒らげさらに煽る夢野だが、その実、とても冷静に2人のヴァニタスを観察していた。
すると巨銃の銃身が夢野へ向けられ、撃鉄が撃針を叩くと同時に、少女が夢野へと突進してくる。
「アトラクション!」
足を止め衝撃に身構えた夢野だが、その砲弾とも呼ぶべき銃弾は軌道を曲げ、シェインエルの上を通過して森を焼いた。
夢野は前へ行こうとする慣性に乗せて、白刃を横一閃。
その白刃に少女は包丁を叩きつけ、そこを支点に跳んで足にかすめながらも刃をかわすと、踵を夢野の脳天へと落とす――が、寸前で夢野は頭をずらし、肩で受け止めた。
突き抜けるような衝撃に膝をつき、少女が包丁を振るおうとしているのが夢野の目に映る。
だが少女は頭をのけ反らせ、飛来してきた黄金の鎌の刃を包丁で弾く、。
そのまま夢野を蹴り、後ろへ一回転して、着地。
そこに恭弥が再び脚を狙ったのだが、今度は間違いなくこちらを見ていなかったにもかかわらず、当たる前に脚を動かしてかわしていた。。
「うっぜーのな。そこどきやがれよ」
後ろにいる人々に目を向け、赤薔薇のフレイヤを握る手に力がこもる。
(好きにさせない。大勢の命がかかってるんだ)
「上空から接近すれば、無視するわけにもいくまい。そうすれば少なくとも保護対象へ照準は行かない」
アルジェが銃身を見つつ飛行するのだが、地をかけるレベッカは見えても、飛んでいるはずの騎士の姿が見えない。気にはなるが、今はとにかく前に出るしかない
「この距離ならどちらも狙える……!」
レベッカが地面に足の裏をこすらせ速度を落し、スナイパーライフルを構えた時には既に必中の弾丸を放っていた。
だが先に、巨銃の上でしゃがんでいた鶏冠男。
ただでさえ下から上へと向けて撃ったその射線である。しゃがまれてしまうと、どうしても銃の方へと当たってしまうし、銃の本体は多少の傷がつくだけで、やはり硬かった。
「どうだぁ! 俺のマグナムはかてーだろぉ!?」
(もっと狙えば、全壊は無理でもあるいは……!)
鶏冠男の言葉を無視し、レベッカはもっとピンポイントで狙える部分を探る。
大きくゆったりとした動きでシリンダーが回り、撃鉄が引き起こされるが、次弾が撃たれるそれよりも先にアルジェが鎖付きの鉤爪を銃身に向けて投げつけた。
鉤爪が銃身を一回転、二回転。鎖が巻きつき銃身を軸にして急転回、レガースで鶏冠男の横っ面を蹴りつける。
「いってぇぇえ!」
「鶏冠か……なるほどチキンハートを表現しているつもりか、とんだ鳥頭だな」
横っ面を押さえてしゃがみこむ鶏冠男を見下ろすアルジェの視線は、鶏冠に注がれていた。
晴れ上がった顔を押さえて立ちあがる鶏冠男が今度は見下ろすのだが、アルジェとは対極的に、顔を赤くしてわかりやすいほどに激怒している。
「うるせうるせうるせぇ! 余裕こきやがって、接近しちまえば怖くねーとか思ってやがるな?
まるっきりその通りだよ、ガキ!」
情けない告白に、アルジェは呆れかえってしまう。
「同じ大砲なら、とある天使の戦車の方がはるかに厄介だよ」
全体を見通しているシェインエルを、ちらりとだけ見て肩をすくめるアルジェ。
――と、アルジェの顔の前に突如、血に濡れた刃先が現れた。
「喋るより、狩れ」
いつの間にか鶏冠男の後ろに立つ騎士がぐりっと、鶏冠男を貫いている直刀を捻じり、鶏冠男が大きな悲鳴を上げるが騎士は容赦無く直刀を持ち上げようとする。
「てめぇらぁ! ぶっとべや!」
口から血をまき散らしながらも鶏冠男が叫ぶと、撃鉄が撃針を叩く。
すると弾が発射される事無く、アルジェと騎士の立っている地点が爆炎に飲み込まれ、2人は吹き飛ばされる。
『……っ!!』
2人は激しい爆炎に焼かれているが、鶏冠男には焦げ目1つなく、平然と立っていた。
貫いていた直刀は騎士の手から離れたため、ヒヒイロカネへと戻ってしまう。
「ちょーしくれてんな、コラァッ! ヤローと幼女はいらねーんだっつーの!」
「なら、私はどう?」
中指を立てていた鶏冠男へ、レベッカがウィンクひとつ。たったそれだけで頭の上で手を叩いて喜んでいる鶏冠男だった。
鶏冠男の反応にフッと少しだけ笑い、必中の弾丸を撃つ。
先ほどと同じく鶏冠男はしゃがむのだが、今度は端から巨銃を狙っていた――それも撃鉄の先端を。
大きいだけあって狙いやすく、レベッカの弾丸は撃鉄の先端に見事直撃し、ぽっきりと折る。こうなってしまえば普通、銃の構造上、まるっきりの無力である。
「俺の自慢のマグナムが、不発だとぉ?!」
「ゴメンね、使い物にならなくしちゃって」
夢野の神速の一撃が見えているのか、高跳びでもするかのように刃の上をひらりと飛びこむようにかわし、夢野の足元へ着地。包丁の刃が夢野の足を刻むが、力んだ足にはそれほど深い傷を負わせることができなかった。
だがそれでも一瞬怯んだところを逃さず、夢野を無視し、赤薔薇の方――いや、その目は人間を捉えている。
赤薔薇の黄金の鎌の刃を一瞬の切り返しのみでやり過ごし、赤薔薇へと包丁を投げつけた。
初手はかわせたが、戻ってきた包丁の肩をざっくりと切り裂かれる赤薔薇。
「痛……くない」
口ではそう言っても決して浅くもない。
少女は邪魔者の意識を逸らすとさらに進む――が、いきなり前のめりに倒れるような前転で転げまわり、少女の頭があった位置に恭弥の銃弾が通過した。
転げまわって、そして振り返った少女。弾は当たっていないが、鼻血が出ていた。
「ちっ、もう限界がきちまったか……こうなったら無視は危ねーなぁ」
「かかってこいよ脳筋」
鼻血をぬぐう少女へ、恭弥が指で招く。
そこへ。
「余所見厳禁ッ!」
夢野のアサルトライフルから声の刃が混じった弾丸が吐き出され、かわされるも少女をその場に留めさせると、再び接近する。と、赤薔薇から突風が吹き荒れ、少女は背中から冷風の直撃を受けて転がるように前へと吹き飛ばされ、夢野の前へとやってくる。
刃を振り下ろす夢野。
包丁で受けて流したところで、少女の脚が射抜かれ腐敗の煙を燻ぶらせるた。
「1発、2発、3発、4発――立て続けにかわされたが、ようやく当たったか。悪いが、あまり手の内は見せたくないんでな」
恭弥が銃を構えると、歯を剥き唸る少女が飛びかかる――だが、銃を構えたのはブラフだった。
「その脚、要らないんだな?」
恭弥はガリっと自分の指を噛み、血を滴らせる。すると血が凝縮し紅の刃を創り上げ、それを少女の脚へと振るった。
危険を察知し足を止めた少女だが、ほんの一歩、踏み込み過ぎていた。
腐敗の始まっていた片足が、どさりと地面に転がる。
「いでぇぇぇぇ!」
短くなった脚を押さえ、転げまわる少女――そこに赤薔薇が両腕を広げ詠唱を唱え、両手に生まれた炎を胸の前で一つにして大火球を作り上げた。
「……ドラグ・スレイヴ」
放たれた大火球が少女を包み込み、少女の悲鳴は爆音にかき消される。
煙が晴れると、全身に火傷を負った少女が横たわり、それでも恭弥と赤薔薇を睨み付けていた。
「くっそ……さぁかざきぃ!!」
「壊れたらおしまい――じゃないんだな、これがぁ!」
レベッカは負け惜しみかとも思ったが、鶏冠男が腕を振り下ろすと巨銃は地へと潜るように消えて行き、今度は腕を振り上げると、まるっきり無傷の巨銃がせり上がってくる。
(武器じゃなくて、ああいうスキルって事か)
ずいぶん派手に焼けたアルジェと違い、身体を少し焦がした程度の騎士が身を払いながら分析する。
――と、そこへ。
「くっそ……さぁかざきぃ!!」
「んだ、桜庭のやつ、ピンチってんじゃねーよなぁ。
まあいい、おめーらとはおさらばだぜ!」
クルリと銃身が方向を変え、爆発の轟音と共に巨銃が空を飛ぶ――嘘のようだが、目の前で起きている事実である。
そして真っ直ぐに恭弥と赤薔薇の間に割り込み、少女はそのグリップに抱きつくと、銃弾の速度そのままにその場から離脱するのであった――
危機が去ったと見るや、恭弥も騎士もそれ以上の興味がなく、さっさと帰っていった。
だがそれ以外のメンバーは、シェインエルに語りかける。
「手伝ってくれてありがとう。あなたは私達人類側の天使様なのでしょうか」
「それは違う、と言っておこう。私は人を殺さぬ、目の前で殺させぬというだけで、人類の味方をしているわけではないのでな」
何が違うのか赤薔薇にはよくわからないが、「そうですか」と持ちかけようとした話を諦めた。
「でも今回は貴方のおかげね――あ、血が……」
レベッカがシェインエルの傷口に触れ、そこにハンカチをあてがって縛り付ける。たちまち血が滲み出るが、それでもないよりはましである。
「すまないな――うん?」
鼻をスンと鳴らす。
「女かと思えば、男か」
「わかっちゃった?」
レベッカのぺろりと舌を出すその仕草はどこからどう見ても女性だが、それでもシェインエルにはバレてしまった。
「匂いでな――どちらであっても、お前はがいい香りがする」
シェインエルの反応に、レベッカは意外そうな顔をするのであった。
「おい、それよりもお前に聞きたい事がある。
理子さんの母親の『美亜』とお前の言う『ミア』が同じなのかと、お前との関係だ。音楽を愛する天使だったそうだが――」
夢野がこれだけは知りたいと詰め寄る。
「音楽を愛するなら、間違いなく私の知るミアだ。
彼女の作り出す音に、俺が勝手に惚れ込んだだけで、彼女の音をもう一度聞きたい――ただそれだけの話だ」
「そうか……」
まだ多少引っ掛かる感じはするようだが、それでもほっとする夢野。
「ではこちらからも問おう――ミアは……死んだのか?」
「そうだ。娘を助けようとして力を使い果たしてな。
心残りはあるようだが、それでも今は安らかに墓で眠っている」
約束していたアルジェが答えると、シェインエルの表情が沈む。
「……使ってはいけない力を、使ったという事か」
沈んだ表情のシェインエルだが、その目にはチロリと仄暗い炎が。
すると踵を返し「さらばだ」と、速やかに立ち去るのだった――まるで、それ以上の質問を避けるように。
シェインエルが去った後、人々の感謝を受けるのだが――逃がしたヴァニタスの事を思うと、晴れ渡っているのに、頬を撫でる風が冷たく感じるのであった――
シェインエル、人を助ける 終