「大人しく脱がされろ!」
「いやでぷー! 俺は脱がされるより脱がすのが好きなんだい!」
そんな妖しい男同士の会話に、普通の浴衣を着たシェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)は思わず赤面してしまったが、それでもその目はしっかりと2人を追いかけていた。
しかもすでにフィルター装着済みで。
「い、いくら羽目を外せる環境だからって、公衆の面前であんな大胆な…〜っ」
恥じらい逃げている彼を追いかけ、捕まえようとする彼――そしていつしか袋小路に追い詰め、壁にドンと手を突いては「お前を脱がしていいのは俺だけだからな」などと言う――ここまで余裕で創造(想像ではなく)。
気が付いた時には、脚が2人の方向へと向かっている。
「そ、そうよ……これは風紀を正すための追跡であって、別に冬の即売会にスパートかけて同人本のネタ集めとか、決してそんな事はありませんわ」
ならそのメモ帳とペンはとか、言ってはいけない。
撃退士のくせに運動は苦手なはずのシェリアだが、みなぎるなんかのパワーで2人を追跡するのだった。
荷物を置いて家族へ連絡の後、蝶の浴衣に着替える麻生 遊夜(
ja1838)が、部屋の充実している設備を順に目で追っていく。
「タダで貸切たぁ豪勢なこったな」
真意など知る由もなくケラケラと笑い部屋を出ると、ちょうど目の前を亮と光平、それを快足で追いかけるシェリアが横切り、生暖かい目を向ける。
「脱がすやら脱がされるやら、騒がしいな?」
物騒な話とも思ったが、旅先で気が緩んではっちゃけているのだろうと、遊夜は来崎 麻夜(
jb0905)とヒビキ・ユーヤ(
jb9420)の2人を迎えに行く――
「ま、たまにはゆったりし……」
部屋の戸に手をかけたラウール・ペンドルミン(
jb3166)が、顔を横に向けたまま停止する。その様子に「どうした?」と問いかけた早見 慎吾(
jb1186)が視線の行く末を追いかけ、そして同じように止まってしまった。
「温泉に来たよー! 温泉っていったらあれだよね。見えるうなじとか僅かに覗く鎖骨の絶対領域とか!」
「僅かに上気し、汗ばむ肌の艶やかさとか!」
少しは自重しろと言いたくなるような事を歌うように大声で力説しながら部屋へと入っていく、シルヴィア・マリエス(
jb3164)とファラ・エルフィリア(
jb3154)の姿があった。
「やべぇ……のんびりしてぇと思ったのにファラとシルヴィがいる時点でのんびりとか思えねぇ……せめてひとっ風呂だけは浸かっておきてぇえ!!」
部屋に駆け込むラウールがクローゼットを開け、蝶柄の浴衣を取り出す。
「男物も柄が蝶なのか……変わった旅館だな」
危険因子を見たせいか、自然の流れで褌の上に半ズボンをはいてから浴衣を受け取る慎吾。蝶の浴衣に着替えた2人はとにかく急いで、浴場を目指すのであった。
「ラウ達、どうしたんだろ。あんなに慌てて」
すれ違ったのにも気づかないほど慌てて行ってしまった2人を目で追い、東城 夜刀彦(
ja6047)が首を傾げていると、亀山 淳紅(
ja2261)とカーディス=キャットフィールド(
ja7927)を発見して「じゅんちゃーん」と両手を前に突きだし、テテテと駆け寄ると淳紅も勢いよく両手を突き出し、景気のいい音を立てた。
「タダで温泉なうえに、じゅんちゃん達もいるなんて……あれ? なんか妙な予感するんだけど、なんでだろ」
「気のせいやろ。ヤト君も『蝶』の浴衣に着替えるとええで」
「そうだねー、また後で!」
蝶の絵柄に変わった浴衣だなぁとか思いつつ、夜刀彦も部屋へと向かうのだった。
にへっと手を振りながら笑顔で見送っていた淳紅だったが、夜刀彦の姿が見えなくなると自分の固結びの帯を再確認し、おまけにちらちらと覗く足は黒の徳利長ズボンという反則的な準備を澄ませたうえで、その目が戦場で見せるそれになっていた。
「にゃーでぃす君……お互い姿が見えなくなった時から、勝負の始まりやで」
モフモフ黒猫の毛皮(冬仕様)に蝶の浴衣、下着なんて穿いてない。だって猫だもの、裸マフラー一択です――中の人については触れてはいけない。
「ムフーッ、わかっておりますよ。これより我々は――」
お互いに背を向け、反対方向へと歩き始める。
『敵同士や・です』
テーブルに置かれた宿泊案内に最初は興味なかったが、そのうちに「イベント、開催?」とヒビキは気になる文字を発見して宿泊案内を麻夜と2人で分担して手に持ち、テーブルに立てた状態で熟読していた。
そしてイベントを激しく理解し――麻夜がむぅと唸る。
「先輩ならともかく……他の人に見られたり触られるなんて、まっぴらご免だねぇ」
「ん、様子見て、人気の無い所」
指を口元に当てしばらく吊り下げ式の照明を見ていた麻夜だが、やがてヒビキに顔を向ける。
「普通の浴衣着て、蝶のは荷物に入れとこうか?」
こくりと頷くヒビキ。
「ん、遊び終わったら、普通のに、着替える」
そうして2人は普通の浴衣を羽織り、蝶の浴衣は荷物の中へと忍ばせると、遊夜と待ち合わせている布団部屋の前へと急ぐのだった。
目をぎらつかせた蝶の浴衣を着た男撃退士共には一切目もくれず、待つこと数分。
ヒビキが手を振った。
「ん、ユーヤ来た……」
「あ、先輩こっちだよー」
と、2人して手を振ったのだがその直後、お互いに顔を見合わせて、そして再び遊夜の浴衣に目を向けた。
紛れもなく、蝶の浴衣だ。
「すまんな、待たせたか?」
ぶんぶんと2人して首を横に振り「……先輩、それで良いの?」「本当に、その浴衣で、良いの?」と、同じ事を問いかけていた。
意味合いは無論、その脱衣許可証であるそれで良いのかという意味だが、遊夜は何を言っているのだと言わんばかりに肩をすくめる。
「ん? 別に良いだろ?」
手前にあったからという言葉が行間にあるのだが、お互い、言葉のすれ違いは続く。
(確かに他に比べれば派手だったが……)
だがほとんどの者が着ているし、それに老舗旅館のチョイスだけあって下品な派手さはなく、上品な派手さである。決して見た目が悪い物ではないのだが、2人のこの不可思議な態度には首を捻るばかりである。
「そんなに悪いかねぇ?」
麻夜もヒビキも顔を見合わせクスクスと笑い、にっこりと途端に妖艶な雰囲気を纏うのだった。
「そう、わかった」
「ん、理解した」
「さ、早く行こうぜ?」
遊夜が背を向けたその瞬間、ヒビキは布団部屋の戸を開け、麻夜は遊夜の背に抱きつき手で目を隠すと、前に回り込んだヒビキが華麗なタックルで2人ごと布団部屋へと押し込めた。
一番最初に立ち上がったヒビキが後ろ手に、脚で閉めたが少し跳ねてうっすらと開いた戸を完全に閉めきり、施錠。
そして麻夜もヒビキも、するりと浴衣をはだける。
「な、何を……!」
床に目を逸らした遊夜の目に留まったのは、実はそこかしこに張られていたりする『ルール』の紙だった。これでやっと、蝶の浴衣の意味を理解した。
「ふふっ、ここなら邪魔は入らないね」
「さぁ、遊ぼう?」
蝶の浴衣に着替えた2人が艶のある笑みを浮かべ、一斉に襲い掛かる。
(く、別に俺は見られても構わんし、正直逃げてしまいたいが……)
正面のヒビキの顔にまくらを投げつけ、背後の麻夜には布団で死角を作ると、するりとヒビキの後ろに回り込んではその背中を押そうとして、振り返られてしまい浴衣越しに柔らかな膨らみを押してしまう。
だがそれに動揺せず、布団の向こうにいる麻夜へ突っ込ませた。
(こいつらのあられもない姿を、他人に見られるわけにもいかん)
布団を押しのけた麻夜とヒビキが抱きあうように激突しもつれ、倒れこむ。眩しいほどに白い肩や脚を覗かせる様に、遊夜はさらに覚悟を決めた。
「――かかってこい、ヒヨッコ」
セリフはかっこいいが、両手に枕ではいまひとつ締まりがないが――長い長い激闘が今、始まった。
(人のガキ共は元気だな……ま、俺には関係ねぇ事だがな)
目をぎらつかせ獲物を求め彷徨うアホウどもを、恒河沙 那由汰(
jb6459)は死んだ魚の目で見送りながら浴場へと向かうのだが、道中、出会いがしらで那由汰の浴衣は剥ぎ取られた――が。
「へんたーい」
見事なほどに、棒読み。
そして「これで満足か?」と、浴衣を拾い上げ着ないでそのまま浴場へと向かうのだった。
そんな脱がされた程度では無関心な那由汰の身体のラインを貪るように見入っている、産砂 女々子(
ja3059)がいて、そんな女々子を発見し、影に隠れる鳥居ヶ島 壇十郎(
jb8830)。
(女々子の奴も来ておるか……彼奴に見つかったら社会的に即死じゃな、見つからぬよう上手く動かねば……!)
何を上手くなのか知る由もないが、煙管を口に、壇十郎は何かに応えるように力強く親指を立てる。
部屋にこもって数分後、蝶の浴衣を着た中等部くらいの女の子が変わりに出てきた。その手には煙管、背には笈を背負っている。
(ふふん、これで堂々とお触りできるというもの――尻尾でくすぐっているうちに、俺の技が冴える……待てよ?)
動き出そうと思ったが、思い留まる。
自分は今おなごの姿で、しかもここには浴場がある。
もう、答えは1つしかない。
そこまでの道のりは亡者どもで危険ではあるが、その見返りに桃源郷が待っているとなると、迷う事無く走り出していた――
「何とか辿り着いた、か」
嫌な感じに追い掛け回されたが、なんとか女湯の脱衣場に到着した壇十郎。幸いというか、残念ながら誰もいない。
「なんか外がうるさいわね。落ち着いてお風呂に入れないじゃない!」
スッパーンと勢いよく浴場の戸を開けて、雪室 チルル(
ja0220)がのっしのっしと当然ながらあられもない姿のまま脱衣場へとやってきた。
そして腰に手を当てて、コーヒー牛乳をグイッとあおる。
(――そうだ、やはりここは踏み込んではならん)
人が来た事で壇十郎の良心がやっと目を覚ましたのか、すごすごと出て行こうとするがその前にチルルが大声を上げていた。
「あたいの着るものがなくなってる!」
濡れ衣を着せられてはたまらないと、そそくさとその場を後にしようとした壇十郎だが、その後ろめたさのせいで余計に怪しく見えたのだろう。
「お前かー! 簀巻きの刑だ!!」
チルルが全力で地を蹴り一気に距離を詰め、振るわれた濡れタオルは壇十郎の首に巻きつく。トップレベルの撃退士を前に、憐れ、壇十郎はあえなく御用となるのであった。
「あれ、他に誰もいないのに浴衣が……」
温泉にゆっくり浸かってあがってきた桜庭 ひなみ(
jb2471)が、静かになった脱衣場で自分の脱衣籠の隣にある脱衣籠を見て、首を傾げていた。
ひなみが入ろうとした時、腰掛の上に籠が出しっぱなしだったので、所定の位置に戻しておいたその籠には浴衣や下着と共に、チルルのウシャンカがある事を、チルル本人は知らなかった――
簀巻きを外につるし上げに行こうとしていたチルルだが、その前にどことなく怒った顔の女々子とユグ=ルーインズ(
jb4265)が立ち塞がる。
「ダメよ、女の子が肌を簡単に晒してちゃ。ここ一番って時に見せるからこそ、その効果は高まるのヨ。あたしの肌みたいに、ネ」
「そうそう、自分の価値を下げちゃダメよ。好きな人の為にとっておくものなのよ」
長身2人のオネェがお互いの肌を褒めながらも肌論議を語りつつチルルを保護している間に、簀巻きの壇十郎は芋虫進行で逃げ出していた。
「大丈夫ですか?」
良い香りのひなみが心配そうに覗き込むのだが、ちょうどその時、亡者どもに見つかってしまった。走り寄ってくる亡者共の形相に気付かず、ひなみはちょうどよかったと胸をなでおろして歩み寄る。
「すみません、迷ってしまったので――っ!?」
道を聞こうと思った矢先、浴衣に手を掛けられて脱がされそうになり、生来の恥ずかしがり屋が災いして大声を上げる事もできずに、涙目でか細くやめてくださいぃと抵抗するだけだった。
「おい、嫌がってるだろ」
腕をつかんだ地堂 光(
jb4992)が亡者を投げ飛ばし、我を忘れた亡者たちが次々に襲い掛かるも、我を忘れすぎているためいつも通り自然体で、この騒ぎが喧嘩かと思っていた光の前に次々と敗れ去っていく。
「まったく、なんなんだ……しばらく頭冷やしてこい」
亡者達を簀巻きにして光はまとめて(壇十郎含む)肩に担ぎあげると、尻餅をついてしまったひなみに手を差し伸べる。
「大丈夫か?」
「は、はぃぃぃい! ありがとうございますぅぅう!」」
涙ながらに顔を赤くしたひなみがその手を取ると、耳まで真っ赤に染まってしまうのだが、そんな様子に光は特に気づく事もなく、館内に漂うただならぬ気配に眉をひそめていると、耳に新たな喧騒が聞こえてきた。
「クソ、冗談じゃねぇぞ……!」
「何事―っ!?」
悪態をついて逃げ回っているのは円城寺 遥(
jc0540)と夜刀彦だった。男ではあるが、男どもに狙われている。
もっともその理由としてはゲーム的に楽しんでいる者や、女の子脱衣のライバルを減らそうとする者であって、別に怪しい意味合いではない。男の裸体を見るべくという者も少数、居るかもしれないが。
「何がどうなってやがる! やめろ馬鹿野郎ども!」
わけがわからないといった様子で、伸びてくる手を払い、足を引っ掛けて転ばせるが多勢に無勢で、どんどん距離を詰められ、きわどい攻撃が増えてきた。
「何!? 脱がした数で金一封化美味しいご飯でも出るの!? なら負けない――っていうか、なんかすごい勢いで狙われてるんだけどー?!」
一瞬足を止めた夜刀彦だったが、鬼気迫る馬鹿の一念に気圧されしてしまい、反撃するタイミングを逃してしまった。それどころか、足を止めたせいで最悪な形勢となっていた。
「こんなこともあろうかと! いつも空蝉の術を……」
そこでハタと思い出す……身代わりになる物がない!
「ぎゃああ待ってぇええ!?」
「くるんじゃねぇ!」
夜刀彦の浴衣と遥の帯まであと数センチというところで、光の掌底が馬鹿野郎の顎にカウンターで入り、ギリギリで難を逃れる。
「あんたらも大丈夫か」
「ワリィ、助か――」
遙の背後に天上からボトリと黒い影が降り立つと、引っ掛けられた浴衣が上から下まで一気にがばっとはだけた。
何が起きたかわからない遥は呆気に取られ、ひなみは手で目を隠している。
「ふっふっふ……そこに浴衣があるならば、ズバッと参上! 目測を誤ったというのは内緒ですぞ!」
爪をシャキーンと輝かせたカーディスだが、何かを察知して跳躍。夜刀彦も察知したらしく、一目散に逃げ出したところでその直後、カーディスがいたところを中心に深い闇で覆いつくすのだが、当の本人は天井を走って逃げていく。
「ちちぃ! さすがやな、にゃーでぃす君、ヤト君!」
襲ってくる輩以外、脇目も振らずに逃げていく2人を淳紅が走って追いかけていった。
台風一過、とたんに光の周囲では静けさを取り戻し、事態をいまだに飲み込めない遥がぽかんとしていると、その背中に誰かが抱きつき手が伸びてきて、胸板を上から下へと指先で妖しくとなぞられる。
「あらーハルカセンパイ、いい胸板してますねー」
我に返った遥が「やめろ!」と身体を捻って肘で狙うが、一瞬早く離脱したジャック=チサメ(
jc0765)がひらりと後ろへと着地する。
「えー? 合法的に脱がせるとかマジー? なーんて思ってたけど、いいじゃんいいじゃん。ボクちん、燃えてきた!」
ゆるりと反転、その手がひなみの浴衣に伸びたが、一瞬だけ止まって軌道を変更しベレー帽を狙うも、その手は光の手刀によって阻まれると、それ以上ひなみに手を出す事もなくジャックは一目散に逃げていくのだった。
入れ替わりに亮と光平が前を駆け抜け、その後ろではシェリアが執拗に追いかけつつも、光とひなみ、それに半裸の遥の組み合わせでまた何かを思いついたのか、高速でメモ帳に書き込んでは2人を追っていった。光が声をかける暇もない。
今後こそ、平穏が訪れる。
「くっそ、マジで泣きてぇ……」
間違いで脱がされた挙句、変な輩に胸板までまさぐられた遥はパンツ一丁のままでその場でしゃがみこみ、顔を覆う。
「温泉でもゆっくり浸かって、忘れた方が良いぜ。な?」
「……ああ、そうする」
のろのろと立ち上がっては哀愁漂うまま部屋へと向かう遥の背中を見送り、光はどこからか聞こえる喧騒の方へと目を向けた。
「あいつら、騒ぎに巻き込まれてなきゃいいが……」
発煙手榴弾まで持ちだして逃げ切った亮がうろうろしていると、ふわりと良い香りと共に、やや長身だが妙に艶のある歩き方をしている後姿美人を発見、しかも蝶の浴衣だしめしめと、こっそり近づいて一気に脱がしにかかった。
「おお……!」
その背に無駄な肉などなく、細身で引き締まっている――が、ややゴツイ。
「さっきから五月蠅いんだよ、エロ餓鬼が」
振り返った那由汰が、硬直した亮の浴衣をひん剥く。
「社会勉強できてよかったじゃねぇか。あー……だりぃ……」
崩れ落ちる亮を冷たくあしらい、湯上りの那由汰は部屋へと戻る――そんなやり取りを、陰からシェリアが食い入るように凝視しながらもメモを取っていたのだった。
「ああ! ヒリュウさーん!」
智恵の側に飛んでいたゲルダ グリューニング(
jb7318)のヒリュウが憐れ、とばっちりで犠牲となった。目測を誤って脱がされた
だけなのだが、蝶の浴衣がほとんどはだけたヒリュウはしなを作り潤んだ瞳でジッと相手を見つめる。
怯んだその一瞬で智恵が壁に叩きつけ、崩れ落ちたところを理恵がふんじばる。理恵は普通の浴衣ではあるが、単純に女の敵を縛りあげているだけである。
智恵がなんとか防衛しているが、不安で身を寄せ合う理子達の前に君田 夢野(
ja0561)が颯爽と現れた。
「はぁ、この状況でこの面子だって? 何てタチの悪い冗談だ」
「センセイ……!」
呆れ顔を浮かべながらも、新手かと警戒する智恵の後ろに付いて敵に向かい合う。
「……で、どうする? 無闇な犠牲は出したく無いが、そう言っても収まらないだろう?」
ポキポキと指を鳴らしつつ、不敵な笑みと共に足下から上に向かうほど青くなる、赤い炎の様な物が噴き出す。
「覚悟が出来た奴から来い、撃退士のメソッドを教えてやろう」
若くとも十分熟練な撃退士である夢野を前に亡者達は一瞬怯んだが、もはやまともな判断ができないのか、飛びかかろうとする――が、その前に夢野の超音速の一撃が浴衣を剥いていた。
そして智恵が強く踏み込み、身体全体で衝撃を伝えて亡者どもを弾き飛ばす。飛ばされて並んだところを音の衝撃波が突き抜け、次々と浴衣を吹き飛ばしていく。
それでもこっそりと近づこうとする者がいたのだが、身を寄せ合う中学生女子の中からアルジェ(
jb3603)がひょこりと顔を出して
ハリセンで夢野の方へと張り倒すのだった。
「逃すかそこのふくらはぎぃぃ! 抗ってチラめく内腿、もらったぁぁ!」
ズザーッと地面を滑りながら、ひたすらカメラのシャッターを切るシルヴィア。
「羞恥に頬を染めながらご本尊を隠すそのショットも頂き!」
シルヴィアに続き、ファラまでもがエエ笑顔で敗者達の写真を撮りまくっている。
額に汗をにじませる夢野(の太腿)とその犠牲者達を前に、カメラのシャッター音は止まる事を知らない。
そして館内をうろついていたはずのアイリス・レイバルド(
jb1510)もいつの間にか腕を組んで、身を寄せ合っている女子中学生の中に混じって立っていた。
「さて、淑女的に観察に勤しむとしよう」
だが蝶の浴衣を着ている以上はターゲットに変わりなく、隙を突いて狙ってくる者はいるが、そんな輩に対してアイリスは無表情に一歩引き、半身のままで足を止める。
「ふむ、狙うということは逆に剥かれる覚悟の有る者ということだな」
魔の手が触れるという直前――アイリスの瞳は闇よりも濃く深い瑠璃色に染まり、その瞳に睨まれた亡者は停止する。そこにアイリスから生み出された黒い粒子の人型が、異形の翼で容赦なくバラバラに切り刻む――浴衣を、だよ?
アイリスの意識が逸れたその一瞬、視界の端にチョロチョロと動く何かを捉えたかと思えば、いきなり天井からの強襲。
「ニャッハー! またミスりましたか!」
「危なかった―っ!!」
ハムスターが如くチョロチョロとしていた夜刀彦の前に着地したカーディスの爪には、アイリスの浴衣がしっかりと食い込んでいた。
そしてアイリスはというと、黒い下着が一瞬だけ露わになってしまったが、すぐに黒色粒子が身体全体を覆い、黒いスーツを着ているかのような違和感のない保護色の役割を果たしてくれる。
無表情だが、アイリスの冷たい半眼がカーディスを捉えた。
鋭い殺気を感じ取ったのかカーディスは天井に逃げるのも忘れ、踵を返して逃げ出した――が、アイリスはそれを追いかけていく。
「いーやーっ! ねーらーわーれーたー!」
「破廉恥には制裁を、様式美という物だ」
普段のカーディスなら追いつかれる事もないが、パニックを起こしているのかポテポテと逃げ惑うだけではすぐに追いつかれてしまう。
しかも正面からは光とひなみまでいて、どうこうされるわけではないはずなのに足が止まりかけてしまう。
アイリスの手が、カーディスの浴衣の襟をつかんだ。
「別に恨みは無いが、様式美なのだから仕方無しだ」
再び黒い粒子の人型が翼でカーディスの浴衣を切り刻み、裸へとひん剥いた。
しかし。
「フフフ、今日の私もせくすぃー!」
常に裸マフラーの黒猫はしなを作るばかりで、まるで効果がなかった。
「あれ、ゴミついてますよう」
ひなみが黒い毛皮の中に銀色の物があるなと、それを掴んで引っぱった。するとジジーっと音共にファスナーが開かれていく。
その途端、カーディスは背中を隠す様に腕を回し「いやぁあああはれんちー!」と、涙ながらに逃走するのだった。
「ふむ。ファスナーを開けた相手を破廉恥と呼ぶか――淑女的に、もう少し観察を継続してみよう」
逃げるカーディスへ興味の対象が移ったのか、アイリスは逃げるカーディスを追いかけるのだった。
理恵が無事なのにほっとした光はひなみを中学生女子グループに加えて、夢野の横に立ち味方をする。
護られる女子達。ほぼ一方的に脱がされていく亡者達。ハスハス息を荒らげて激写を続けるシルヴィア達。
そんな光景を、微笑みながらも堪能して楽しんでいる女々子。その横ではテディベア片手のユグも見守っていた。
時折、ユグの妖しく美しげな微笑みを向けられた男は、ふらふらとユグに引き寄せられるように歩き、そんな獲物を女々子と共にユグは「この子、背筋が綺麗よね」などと品定めをしながらも剥いているのだった。
そんなユグに、というよりは女々子に真っ直ぐ向かってくる人影が。
「いたぁぁぁ! この雪辱、はらさでおくべきかやで!」
殴りかかりそうな勢いで突撃する淳紅を前に、女々子は妖しく微笑む。
「あーら、あたしを呼んだカワイ子ちゃんは淳ちゃんだったのね。良いわ、お相手してあ・げ・る」
淳紅の目には女々子の伸びる手が見えた。
(ここや!)
タイミングを合わせ、電気を纏った拳でカウンターを狙った――が、当たったはずなのに手応えがない。
「残念ね、あたしに魅了されちゃったのかしらァ?」
それが幻覚だと察知した淳紅は距離を取るべく後ろへ下がろうとしたのだが、無慈悲にも女々子の鞭が淳紅を縛り上げ、転ばされてしまった。
裾から覗くズボンに女々子は楽しそうな顔をする。
「あらあらイケナイ子ねェ。浴衣の下は何も穿いてないからこそ、綺麗なラインが出るんじゃない――ウフフ、忘れられない時間をあ・げ・ちゃ・うv」
「メメコセンパイ、オレさんも手伝いまっすよ」
淳紅のズボンに女々子の手がかかり、湧いて現れたジャックが淳紅を羽交い絞めにする。
「あかんあかん! パンツまで手が――あかーん!」
…………
間近でナニかを存分に堪能して満足な顔の女々子。泣いているのか、顔を覆っている淳紅の裾からは生脚だけでなく、プリッと尻も見えているのだが、心に負った傷がでかいのか、ピクリともしない。その様子に、笑い転げているジャックだった。
終焉が近いかと思った矢先、誰かが廊下の向こうから全力でやってくる。
「やめてくれ! 俺は今パンツはいて無いんだ!」
ミハイル・エッカート(
jb0544)が訴えるも、追撃してくる輩は余計に楽しそうな顔をしていた。
「アラサーおっさんの全裸なんて見たくないだろ? な?」
まるで聞き入れてもらえず逃げ惑うのだが、その前にユグが立ち塞がる。
「頼む、通してくれ。男として守るべきものがあるんだ!」
だがユグの目は浴衣の腰のラインと、くっきりした大臀筋に固定されていて、むしろ両手を広げ向かって行った。
「ミーハーちゃーん、そろそろ観念しなさいな!」
だがさりげなく後ろから近づいたジャックが、ユグをの浴衣に手をかけてするりと脱がす。
するとユグはキャーキャー騒ぎつつ、テディベアを抱きしめて真っ赤になりながらもへたり込んだ。その姿は裸ではなく、ベビードール姿である。
「アタシだって似合わないのは解ってるわ。けど下着くらいは可愛いのつけたいのよ……」
涙目で見上げられたミハイルが、ユグの前で足を止めてしまった。
「助けてミハさん!」
混乱した夜刀彦がミハイルの背に飛びつき、そして飛び退いた時――夜刀彦の手にはミハイルの浴衣が。
ユグの真ん前だけでなく、数人の女性の前でミハイルのご本尊が御開帳されてしまった。
ミハイル・エッカート29歳、男。本気で泣いた。
高そうな皿を鷲掴んで隠しつつ、ミハイルは逃げていくのであった。
こんな惨状を見て、風呂上がりのラウールと慎吾はめまいを覚える。
「なんだこのいつもの光景……い、いや、こんなのをいつものだなんて認めたくないな!?」
慎吾の言葉に頷くよりも早く、ラウールはとにかく激写を続けるファラの襟を後ろからがしっと掴んだ。
「てめぇええらは他人様に迷惑かけんなぁあああ!!」
そしてシルヴィアの襟を慎吾が。
「ちょっと待て2人とも身内以外に迷惑かけるな!!」
しかしその瞬間、シルヴィア達は躊躇する事無く浴衣を脱ぎ捨て惜しみなく裸体を晒す――ように見えた。
「なんだその保護色下着はー!?」
「こんな事もあろうかとってやつだよー!」
「つか、恥じらえよ!?」
慎吾がタオルを投げつけ、そのタオルを受け取ろうとしたシルヴィアの手からラウールが素早く2人を転ばせると足で踏んづけ、カメラをぶんどった。
「こいつは消去だ、消去!」
「ぎゃあああ殺生なぁあああ!! チラが! 腿が! ご本尊がぁぁぁぁ!」
ビッタンビッタンと跳ねるが、ラウールは無視してメモリーの全消去を――とも思ったが、ここに居ない奴の為にと夜刀彦の姿だけは残しておいた。
夜刀彦の画像を慎吾と2人して見ながら、生暖かく微笑む。
「毎回、餌食になると分かってて何故……」
ここまで来てやっと事態は沈静化――合流した光平の前で智恵がヒリュウのじゃれつきによってお代官様プレイされたりもしたが、何とか平和になった。
「一安心か……何とか理子さんは護りきれたかな」
夢野が一息つくと、そっと後ろからアルジェが「本音は?」と問いかける。
「俺だって理子さんのは見たい……!」
緊張と共に口も緩んでしまった夢野は、しまったという顔をして視線を感じるも振り返る事が出来ずに逃げ出した。
ただ夢野は知らない。
理子は顔を赤くしただけで、嫌なそぶりを見せなかった事を。
夢野が逃げ出す際、ずいぶん遅れて到着した修平が突き飛ばされ、アルジェともつれながら倒れ、はだけた胸に顔をうずめたとかなんとか。
「あ、そういえば黒松さん」
「ん?」
ゲルダが唐突に何かを思い出し、理恵をしゃがませて何かを耳打ちすると、途端に理恵は顔を赤くして「まさか!」と嘘くさい否定をするのであった。
「外も静かになったか……」
布団部屋での死闘の末、2人を寝かしつけるのに成功した遊夜はやれやれと、幸せそうな顔をして寝ている麻夜とヒビキに布団をかぶせ、静かに当初の目的である浴場へと向かうのだった。
「危なかったけど、楽しかった―! って、じゅんちゃーん?」
浴場ではしゃぐ夜刀彦だが、項垂れながら湯の滝に打たれている真っ白になった淳紅を発見する。その隣では同じような状態の夢野や修平の姿も。
淳紅は女々子の姿に一瞬だけビクリとするが、女々子はというと湯船を存分に堪能して、満足して出ていくところだった。
首を傾げる夜刀彦が誰かにぶつかり謝罪すると、長髪の男性が「大丈夫だよ」と返してくれた。
「あれ、今の人の声、聞き覚えがある……?」
今の声で夜刀彦の脳裏にはチラチラと黒い尻尾が見えたのだが、浴場にまで響くジャックの「あれー?」という脱衣場からの声に吹き飛んでしまった。
「オレさんの褌がなくなってるっつーか……みんな、パンツがねーぞ?」
かわりにあるのは、浴衣に下着はだめよォという書置きだけだった。
簀巻きにされたまま、外に吊るされていた壇十郎が、ひたりひたりと歩いてくる気配に気づき、目を開けた。
「おお。どこのどなたか存じませんが、よければ解いていただけ……」
「あらァ、壇ちゃんじゃなぁい?」
声をかけたのは、皆のパンツを部屋に届けた後、外をうろついていた女々子であった。
壇十郎の顔から、さっと血の気が引く。
「んふふ、据え膳ってやつかしらァ? 一緒に自然を楽しみましょうねェ」
その日、外では川のせせらぎに混じって悲鳴が響き渡るのであった――
お前は俺が脱がす(真顔) 終