●一面のサンポポ畑となった牧草地前
依頼を受けてやって来た撃退士達は中本 修平に案内され、問題となっている牧草地へと案内された。
そしてあまりにも見事な黄色一面に、思わず感嘆の声をあげる。
牧草地を見慣れている人ならばまだともかく、そうでない人間にとって、学校にあるような並みのグラウンド2つという土地はあまりにも広大で、それが全て黄色の花に覆われているのだ。無理もない。
真っ先に我に返ったのは比較的感銘が薄かった、ロード・グングニル(
jb5282)であった。
「ひっれー……チマチマしてたんじゃ、めんどくせぇだけだな」
「そうだな、迅速な殲滅が必要か」
バイクを手押ししていた里条 楓奈(
jb4066)も比較的、立ち直りが早かった。バイクを用意していただけあるのか、広さの想像はついていたようにも見受けられる。
「普通のタンポポなら、綺麗な光景ではあるのですがね」
「そうですね。ですが何が起きるか解らない、これは天魔の花。何か起きてからでは遅いのですね」
「もちろん、それは承知してますよ。まあ、攻撃はないだろうという予測ですが……少しは気を付けないとね?」
リオン・H・エアハルト(
jb5611)が苦笑すると、織宮 歌乃(
jb5789)もどことなく寂しげながらも微笑んで返す。
「しかし面白いね、こんなサーバントもいるんだからさ」
薄く笑いながらバイクから手を離し、一見するとタンポポにしか見えないサーバントに、しゃがんでそっと手を添えた紅織 史(
jb5575)。
「一見すれば間抜けなサーバントなんだがな」
(だがこれが攻撃可能になれば、一気に脅威となる。その実験段階と見るべきか)
楓奈の危惧は撃退士であればだいたいの者が辿り着く先で、皆が一様に同じ事を考えていた。
「……可哀想、とは思いますが、だからといって見過ごす訳にはいきません」
「そういうこったな。ワリィけど、車貸してくれや。ちょっといじっても良くて、走れそうなやつ」
ロードが修平にそう頼むと「じゃあちょっとウチに戻りますか」と返され、2人してきた道を歩き出す。
「と、少し待ってください」
2人が歩き出すその直前に、サンポポから手を離した史が呼び止めて立ち上がると、皆を一瞥する。
「提案なんだけど、刈る場所は随分広いからお互いの狩る場所が重なったりしないように割り当てしないかい?
縦に5等分、協力し合う人がいるなら隣り合うように配置だね。後は自分の部分が終わったら他の人の部分も手伝う感じで、どうかな」
「私はいわずもがな、アヤに賛成だ。全面的に信頼してるのでな」
さも当然という楓奈の態度に史がニコリと微笑んで、感謝を伝える。
「私も同じように、エリア分担を提案しようと思っていましたからね」
地図を取り出していた歌乃が4本の線を書き込み、簡単に等分して自分の名前を書き込んだ。
「私はもちろんアヤと組む」
「そうだね、楓。2人してバイクを使おうって話をしたのだしね」
史と楓奈も自分の担当を示すよう、その地図へと記した。
「では自分は、乗り物を使うわけでもないので各自の進路確保をしながら自分の担当をこなしていくとしましょうか」
アサルトライフルを構えたリオンに、歌乃が火炎放射器をその前に差し出す。
「お役にたてられれば良いのですが、お使いになりますか。リオン様」
「ありがとうなのですよー。織宮さん、お借りしますね?」
「どういたしまして。
さて、修平様。私にもバイクを一台、貸していただけませんか?」
「了解です。ではウチに行きましょう、グングニル先輩、織宮先輩」
3人が住宅に向かうのを見送りながら、楓が「さて」と自分のバイクの横に座り込む。
「少し無茶な走りになりそうだし、しっかりメンテしなければな」
座り込んで弄り始めた楓奈の後ろから、史が覗き込んでその横顔を見つめた。
「いつもみたいに、任せてもいいかな?」
「もちろんだとも。アヤのバイクもしっかりメンテしておくよ。念入りに、な」
横を向き、近距離で微笑みかける。
2人の空気に近づけないリオン。1人そうそう牧草地へと踏み込むのであった。
「さて、一足お先に始めませんとね」
「あ、すまないけど6m間隔くらいで一直線に道を作る手伝いをしてもらえないかな? 思ったよりもサンポポが不ぞろいでバイクでこの上は走りにくそうだから、走り抜ける部分を確保したいんだ」
顔をあげた史がリオンの背中にそう話しかけると、リオンは振り返って「構いませんよ」と火炎放射器を構え承諾する。
「自分の役割は全体の進行調整のつもりですからね。それが効率よいのならば、お手伝いさせていただきますよ」
「すまないね、ありがとう――じゃ、メンテは楓に任せて道を作るとするかな」
指に陽のリングをはめ、プレイヤーで音楽を聞きながら鼻歌混じりに、史も牧草地へと踏み入れるのであった――
「この車を使ってください。かなり古くてボロいですけど走る分には問題ないですし、へこませたりしても全然問題ない車なんで弄ってしまってもいいですよ」
「悪いな。それと、接続できそな工具とかあるか?」
「すぐ近くにこの地域唯一の整備工場がありますんで、そこに色々ありますよ」
すぐ近くと言いながらも、歩くには遠そうな距離の建物を指さす修平。田舎ならではの感覚だ。
車に乗って整備工場を目指すロードを見送り、それから歌乃へと向き直った。
「お待たせしました。バイクですけど、あそこにある中型のオフロードを使ってください。場所が場所だけに、オフロード仕様の方が走りやすいでしょうしね。それと、メットはこれを。兄のではないけど兄の部屋にあった、女性用フルフェイスです」
「ありがとうございます。使わさせていただきます――では、行ってまいります」
フルフェイスのシールドを降ろしエンジンをスタートさせると、赤くしなやかな長い髪をたなびかせ、颯爽と駆け出すのであった。
火炎放射器を構えたリオン。構えてから少し動きを止め、一旦銃口を降ろす。
「火炎放射器……ふむ、使う時の決めセリフってありましたよね?」
腰だめにまっすぐ構え直し、コホンと咳払いひとつ。
「ヒャッハー」
数あるセリフの中、掛け声とともに荒れ狂う炎が一直線に吐き出され、次々とサンポポがただれ、枯れていく。
効果のほどは抜群で、人1人分以上の幅で6mほどの道を作り上げた――が、効果のわりに本人は浮かない顔をしていた。
「……うん、キャラじゃないね」
「私もそう思いますよ、リオンさん」
しゃがんだまま、5つの光る玉を低空で撃ちだす史にまでそう言われ「ですよね……」と短く返し、燃やしながら歩いていく。
「うん、陽のリングでもだいぶいけるね。こっちならどうかな」
陽のリングをしまうと、代わりに血色の大鎌を取り出し、駆け出すと低い構えから横にひと薙ぎ。青白い炎のような刃が、次々と範囲内のサンポポを焼き尽くす様に刈り取る。
横への範囲は陽のリングよりは広いものの、直線距離で言えば半分にも満たない。
「道を作るならば、リングの方が効率的だね」
2人は延々と繰り返し、道を作るだけでも40分ほど消費していた。
残り1本をという段階にまで来た時。
「スレイ、我らが通る道を作ってくれ、頼りにしているぞ」
楓奈の声と共に、黒色の鎧に覆われた馬のような四肢をもつスレイプニルが駆け抜け、最後の道を形作っていく。
「待たせたな、アヤ。メンテと準備が完了した」
牧草地の入り口付近で楓奈が大きな声でそう伝えると、ふむとリオンが顎に手を当てた。
「どうやら自分のお手伝いできる部分は、終わったようですね。担当エリアに戻らせていただきますか」
「うん、ありがとう。こちらが終わったら手伝いに行くよ」
去っていく背中に手を振り、史は急いで楓奈の元へと向かうのであった。
史とリオンが道を作っている間、バイクに乗って戻ってきた歌乃。自分の担当エリアの前で一旦バイクから降りると、その身体から緋色の粒子が立ち込め、それが真紅の獅子を形作る。
そして指に挟んで符を1枚取り出し眼前に構えた。
「お願いいたします……!」
歌乃の言葉に応え、符から焔と化した獅子がサンポポ畑を疾走。獅子の通った後にはその身を焦がされた、無残なサンポポが残るだけであった。
「では、行きますか」
バイクにまたがり、穂先を地面すれすれの右下がりにしたランスを脇に挟むと、がっちりベルトで固定する。
そして、正面のサンポポ畑を見据えた。
「映画に出る騎兵のように、颯爽といければよいのですが……」
大きく呼吸――バイクを加速させる。
純粋な攻撃行動ではなく、バイクの勢いに任せた当てるだけの行動に威力が足りないかもしれないという不安を抱えていた。だが相手がサーバントであるならいけるはず、そう考えて歌乃はサンポポ畑へと突撃する。
十分に速度の乗った穂先が、地面すれすれを水平に移動し、サンポポに突き抜け、なぎ倒していくのであった。
(これなら行けます……!)
乗り物がバイクではあるが、物語に出る騎兵のような突撃の仕方に、純和風育ち故に憧れを抱いていた歌乃は、穏やかな性格なれど軽い興奮を覚えていた。
黄色い花弁を巻き上げながら、陽光を浴びて艶っぽく、鮮やかな綺麗な赤い髪をたなびかせるの歌乃は、心地よさそうにサンポポ畑を駆け抜けるのであった――。
「もう始めてる、か」
車の後ろに大剣を横に寝かせて固定できるよう工具を使い、簡易農機のようなモノとして改造を施したロードが走らせながら呟いた。
予定では15分くらいのつもりだったが、移動時間、それに使えそうな工具のチョイスに実際の取り付け作業時間で遅れに遅れ、1時間近くかかってしまった。
決して、サボっていたわけではない。
一見すればそんなキャラに見えるが、実際はその真逆。人から見えないところでこそ真面目に動くのが、彼の性分である。
ロードはそのままゆっくりと改造した車で、サンポポ畑に乗り込む。そして車両を転がすような速度で、ゆっくり、慎重にサンポポの上へと乗り上げらせた。
驚くべき事と言うべきか、当然というべきか。サンポポは車が乗りあげても、真っ直ぐ、天に向かっていた。
車から降りたロードが金具をいじり、固定した大剣の位置を下げてサンポポの根元に当たるよう調整する。
そして再び乗り込むと、静かに発進させた。
「タイヤがいまいち噛まねーし、でこぼこも激しいか……速度は出せねぇな」
上りで90キロまで速度を上げたかったが、まるで氷の棘山を走るように、進むには進むがという速度で上りきってしまう。
そこでUターンをして今度は下り始める。
「400mでこの速度、か……1分以上――いや、下りはもっと早くから減速しなきゃなんねぇから、もう少しかかるとしてこんなもんか」
滑るというのがわかった以上、慎重に速度を調整していくロード。意外なほど繊細で緻密であった。
下りきる100m手前から徐々に減速し、端に着いたところでまたUターンをする。それの繰り返しである。
「ちっ。ここだけで30分以上かかっちまいそうだな……前に付ければよかったか」
「さて、サンポポの一掃といこうか。アヤ」
「そうだね、この方法で手早く刈れると良いのだけど」
2本の道で2手に分かれた2人。バイク同士、淡桃色をした金属製の糸でつながっていた。糸の高さは、地上からおよそ10センチほどのところで固定してある。
「気をつけて走ろうね。何かあったら困るしさ」
ただ気遣ったそれだけの言葉で、2台のバイクは同時に動き出す。
互いにやや外向きを意識し糸を引きつつも、最初は緩やかに、そして次第に速度を上げていく。
張られた金属の糸によってサンポポはその首を落す――が、併走で糸の緊張を持続させるのは、完璧な平らではない地面の上ではさすがに難しく、緩んだ拍子に刈り取りきれないものもあった。
だがそれでも、ほとんど刈り取れてはいる。
折り返しまで行ったところで停車させ後ろを振り返り、上々と呼べる結果に楓奈は微笑を浮かべた。
「流石はアヤ考案の作戦だな。上手くいったな」
「ま、ここまではね。だけど効率を追及すると正確さに難が出る場合もあるし、と」
そう言って、ちらほら見える刈残しに指を向ける。
「なるほど……スレイ、私のミスのフォローになる。すまぬが頼んだぞ」
焦りながら申し訳なさそうに、自分の相棒へ頼む楓奈。それを見ていた史がクスリと笑っていた。
「それにしても2人で走るのは、依頼だとしても良いものだね。また一緒に行こう? 次は2人で個人的に、さ」
「そうだな……今度、久々にツーリングに行ってみるか。2人でな」
こうしてそれなりの効率で作業は進むのだが、各々予想よりも手間取り、結局3時間をほんの少し超えてしまう結果で、サンポポ刈りは幕を閉じたのであった。
依頼が終わり、楓奈と史はそのままバイクで一足先に帰っていった。むしろ2人だけで、もう少し、走りたかったのだろう。
歌乃はというと、来た時と違い味気のない牧草地を、憂いの眼差しで眺めていた。
(戦いはなくとも、虚しさはあるものですね……」
そしていつしか、揺らすべき相手のいなくなった風に、声を――歌を乗せるのであった。
綺麗で、切ない、寂しげな想いがただ広いだけの大地へと、向けられる。
その歌声を、聞いていた者がいた。
(いい音がすると思えば……いい歌じゃねぇか)
プレイヤーを止め、目を閉じて車のシートに身を沈めると、彼女の切なる想いに耳を傾けていた。
「ところで。ここら辺では最近、天魔がらみの事件が多いとか」
リオンの問いかけに、修平は頷いていた。
「なにか、小さい事でも構いませんが、気になったりすることはありませんか?」
「気になる、か。始まりが1年前なら、関連性を疑うんですけどね。友人の『神の声』というやつに」
それが誰の事か。関わった事のあるリオンには察しはついていたが、時期がずれすぎていると、修平と同じ結論に到達していた。
「どうしてそんな事を調べるんですか? そんな依頼もないのに」
「いえ、ちょっとした好奇心……かな? 連続して起こるというのも気になりますしね」
「そちらは日本各地を渡り歩くんですから、こんな田舎の小さな事件を気にしてたら、身が持ちませんよ?」
変な気遣われ方にリオンは苦笑し、人差し指を自分の口に押し当てニコリと微笑んだ。
「なに、関わった『縁』という奴ですよ。きっとこれからも、ね」
『初夏のサンポポ刈り 終』