「戦乙女ってみんなおんなじ姿じゃなかったっけ……」
ずいぶん小柄なボーンヴァルキュリア(以降、戦乙女と表記)を前に、藤村 蓮(
jb2813)がぽつりと漏らす。
「聞いてねえよ、こんなの……なんで――なんで君が……!」
蓮の脳裏に浮かんだ「助けに切れくれてありがとう」と笑顔で言ってくれた少女の顔が重なり、蓮は武器を抜く事すらできずに、ただただ唇を噛みしめるだけであった。
「心の無い抜け殻に閉じ込められた魂……ふふ、歪んで、狂って、とても苦しそうですの。
翼と遁甲で空から状況把握をしておくつもりでしたが……皆様も蓮もこの程度で弱みを見せますの?」
紅 鬼姫(
ja0444)はクスリと笑い、急降下する。
「ふふ……残念ですの……」
微動だにできない蓮に迫るフレイル――鬼姫が蓮を蹴り飛ばし、フレイルを避けさせると黒銀の翼を模した二刀を抜刀して距離を離す。
それと入れ替わりに、槍を持った戦乙女が鬼姫の顔と脚を狙い突いてくるが、首を傾げ、そして足元の槍先を踏みつけ地面に食い込ませた。
「先日の戦闘で、鬼姫の代わりに負傷して下さった方がいらっしゃいますの――お礼に鬼姫が然りと殺して差し上げますの」
自分へ明らかに敵意を向けている戦乙女を前に、翡翠 龍斗(
ja7594)は今にも笑みがこぼれてしまいそうだった。。
「どうやら生前の記憶を元に、向こうから相対する相手を選ぶようだな」
「では散開してもついて来てくれる、ということですね」
言うが早いか、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が駆け出すと、龍斗も駆け出す。
「弱みを見せられないなら〜ちょうどいいですね〜」
にこにこと、こんな状況でも笑みを絶やさない森浦 萌々佳(
ja0835)へと向かってくる戦乙女――萌々佳の口が「ごめんなさい」と形作り、踵を返して走り出す。
散っていく撃退士達の後を追う、戦乙女達。
途中、弓を手にした秋姫・フローズン(
jb1390)の横を通り過ぎ去っていった。
弦に矢尻をただかけただけの秋姫は、正面のゴリラと見まごう如き筋肉質で、大柄な戦乙女を前に小さく会釈する。
「お久しぶり……です……ね……」
『……まさか……敵として……戦う事になるとわ……な』
秋姫の中のもう1人、修羅姫の言葉に、秋姫は頷く。
「今……止めてあげます……」
『ああ……世話になったからな……』
「『あの時の……恩返し……だ(です)!』」
秋姫の言葉と修羅姫の言葉が重なり、戦乙女が秋姫へ詰め寄ってくると秋姫は後ろに飛び、弦の矢を引く。
「『遺言は……もういいですか……?』」
「大丈夫なん?」
「ええ、大丈夫です。撃退士としては新人かもしれませんが、こういうのは慣れっこのなので」
一見すると線が細く気が弱そうに見えるヴァルヌス・ノーチェ(
jc0590)の落ち着き払っている様子に、亀山 淳紅(
ja2261)は「なら任せたで」と、戦乙女ともども森の中へと消えていく。
残されたヴァルヌスの姿が翠と漆黒のメタリックカラーが特徴的な人型マシンへと変貌する。
『ここで育ったから、ちょっと張り切ってるんです』
仙台での大規模侵攻直前にそう言って笑う、同期の少女。終わったらアイスを食べに行こうねと約束していたが――少女は帰ってこなかった。
「もしかしたら、向こうに立っていたのは自分だったかもしれない。ボクは運が良かっただけだ」
ボウガンの矢が放たれ、足元に磁場を形成してジグザグに動き回り、単調に放たれる矢は木に刺さるだけだった。
「動きが単調過ぎる、彼女じゃない。相手はただの骸、ボクの手で、止めるッ……!」
正面にその姿を捉え、ボウガンの矢が放たれる前に苦無で射出口を潰す。
「ニューロ接続、アウル最大!!」
淡い翠光を放ちながら輝くヴァルヌスが直剣を戦乙女に振りおろす。
肩から潜りこんだ刃は、腕と胸を斬り裂き、柄から手を離し、力なくうなだれる彼女を優しく抱きしめると、唇でそっと額に触れた。
「ボクの体に触れて、この翠が好きだって言ってくれたこと……忘れないよ。
――正直、どうでもよかった。ボクは悪魔だ。自らの欲求に従って生きればいいと思っていた……でもこれでハッキリとわかったよ、ブチのめさなければならない相手がさ」
ギリッと、天を仰ぎ睨み付ける。
「このツケはいつか必ず、その命をもって払ってもらう……!」
すでに戦乙女の身体には、何本もの矢が貫いていた。
だがそれでも構わず愚直に前に出てくる戦乙女――秋姫の後ろが密集した木々によって塞がれた時、両の手に片刃の斧を持つ。
『交代だ……!』
「お願い……します……!」
身体の自由を修羅姫に明け渡した途端、前へと踏み込むと体重を乗せ粉砕する様な重い一撃で脚を叩き斬り、身体を回転させた。
『円舞・木端双刃』
遠心力に身を任せ、もう一本の斧で残った脚を刈り取った。
「これで……最後です……【円舞・雀蜂二閃】」
ほぼ同じ高さになった戦乙女の顔と正面から向き合い、秋姫に斧から白色の双剣へと持ち替え、強く大きく一歩踏み込んで躊躇する事無く首へと突き刺す。
そこから身体を回し引き裂くと、その勢いのまま今度は2本とも首に突き立て腕を交差し、首を引き裂いた。
吹き出す血飛沫が秋姫に降りかかり身体を赤く染め上げるが、全く意に介さず頭を拾い上げ、そっと抱きしめた。
「……ありがとう……ございました」
フレイルを構える戦乙女を前に、萌々佳のいつもの笑顔は消えていた。
戦乙女の顔には、見覚えがある――以前、依頼で助けた人だった。
「以前、あたしの戦友が言っていました。ヒトだったものを殺してでも人を護る――だから……!」
襲い掛かるフレイルを銀色の障壁で受け止め、受けに徹する。
障壁が出せなくなると腰を落し、フレイルを槌で受け止め後退する事無くその場で踏みとどまる。身体に浸透する鈍器の衝撃は脳にまで響くが、それでも萌々佳はかわさず、踏み止まり受け止めていた。
(この痛みも、この人が受けた痛みに比べれば……!)
身体で受け止めフレイルの先端をしっかりと脇に挟み込むと、鎖でつながった槌を大きく振り回し、戦乙女のそれよりもはるかに重い一撃を叩き込む。
「その苦しみも悲しみも全て、砕きます……!!」
地べたに叩きつけられた戦乙女へ、萌々佳は躊躇する事無く渾身の一撃を頭部に叩きつけ地面ごと陥没させた。
――しばらく肩で息をしていた萌々佳だが、身体の痛みは徐々に和らぎ、かつて助けた人だったモノを見下ろす。
護れなかった事はたくさん。救えなかった幸せはたくさん。
――それでも進む事はやめない。
護るべき人達がたくさん。救うべき幸せがたくさん。
「でも、貴方達のことは忘れません。貴方達への悲しみも忘れません。
全てを背負って戦い、護っていく、それが私の望む姿だから――」
踵を返し、ポツリと「……許さない」と呟き、振り返る事無く萌々佳は去っていく。
その背に1つ、新しい悲しみを背負って。
追ってきた戦乙女と相対する龍斗から滲み出ている感情は、酷くどす黒い殺気だった。
「自ら化物になった……感想はどうだ? 最高の気分だろう?」
そういう龍斗の口元には、笑みすら張りついている。
「小さい頃、姉や弟が世話になったな。化物の身内は化物と言いきって、さんざんな目に合わせてくれたのだからな」
龍斗の内なる化物が目覚め金髪朱眼へと代わり、黄龍を纏う。
感情が先走ったのか不用意な一歩を踏み出し、腹部にフレイルが直撃し地面を滑り倒れ込む龍斗だが、ゆっくりと起き上がった。
「踏み込みが足りんよ。この程度では、俺の命には届かん」
フレイルの長さを実感した今では先ほどと違い、寸で見切り、戻り際の死角から襲い来る先端すらもかわしてみせる。そしてその持ち手を、足で地面に縫いつけるように踏み砕いた。
「昔はそうだったよな?
不都合があるとヒステリックな声を上げては、近くにある長い棒を振り回していたな。腐った魂でも、生前の記憶は残るか」
「衝撃波の射線に気を付けますの」
どこからか鬼姫の声が聞こえ、黒い衝撃波がチラリと見えた龍斗は戦乙女の顔を蹴って跳躍し、木を蹴り反転、武器を捨てて飛びかかってくる戦乙女の懐へ一気に飛び込んだ。
顔を殴りつけ地面へ叩きつけると、戦乙女の身体が跳ね上がる。
「俺の逆鱗に触れた意味、その身で思い知れ」
四肢で着地し下へと潜りこんだ龍斗が、腕と脚のバネで螺旋状に真っ直ぐ跳んで、その身体を何度も何度も穿つ。
「化物が化物に滅ぼされる気分はどうだ?」
すでに肉塊に等しい戦乙女から応えはなく、最後の閃脚でその肉塊すら弾け、消滅した。
「因果応報――お前に救済など、与えるものか。永遠に虚空を彷徨え」
言葉を吐き捨て、天へと向けて言った。
「むしろ感謝する。俺に復讐の機会を与えてくれた事をな――」
冷めた雨が、彼のどす黒い感情を徐々に和らげてくれるのだった。
「蓮……何をしてますの?」
なんとかその場で踏みとどまる鬼姫が後ろで倒れたままの蓮に声をかけるも、反応はない。
「知り合いだから何ですの? 今は敵ですの」
「紅さん……」
顔をあげる蓮の前には、2人を相手する鬼姫の姿が映り、ほんの少し槍先が鬼姫を掠め、服を裂く。
「ふふ、その強さがあの時にあれば……貴方は死なずに済んだかもしれませんが……たらればでは生きていけませんの。
だからこそ、殺すんですの。想い寄せる方がこの様に侮辱されて弄ばれるだなんて、許せませんの」
その言葉と、裂かれた服から覗く肌から滲み出る血を見て、蓮はのろのろと立ち上がり武器を手に取った。
「どうにも、ならないのかよって……どうにも……!」
これが戦いというものだとわかっていてここに来たのだと、何度も反復し、鬼姫の横に並んでフレイルを跳ねあげる。
蓮が加わった事で鬼姫は目の前の1人のみに意識を向け、槍の一撃を横にかわし、追随する二撃目を跳んでかわすと、その頭に鋭く重い一撃を食らわせ、ふらつかせた。
「次なる生への安らかな夜を……」
戦乙女の背後に着地した鬼姫は容赦なしに、首を切り落とす。
そして酷く息を荒くしフレイルをかわし続けている蓮へ、顔を向ける。
「想いは蓮自らの手で、連れて帰って差し上げるべきですの」
頭を後ろに振ってフレイルをやり過ごした蓮が反撃しようとするも、戦乙女と目が合ってしまい、一瞬その動きを止めてしまった。
そこに襲い掛かるフレイル――
(死にたく――ないッ)
ギリギリでその意思が勝り、戦乙女の首に刃を突き立て、手と肘に伝わる嫌な感触に顔をしかめ目元が熱くなるが、それでも振りぬく。
転がり落ちる頭――その顔に「ありがとう」と言ってくれた時の笑顔が見えた気がした。
その瞬間、口を押え木陰へと駆け出していた。
嗚咽と嘔吐を繰り返す蓮の背中を、鬼姫がさすり続けるのだった。
逃げながらも、淳紅は振り返るとその手から激しい風の渦を巻き起こす。
戦乙女の足が止まるとすぐに淳紅は距離を縮め、拳に魔力を宿しその胸の鎧を砕いた。
「さっさとええ男掴まえて、こんな仕事やめて専業主婦なって、ドレス着てやるんやってきゃんきゃん言うてたやないですか。
その変な鎧、似合いませんよ」
この地の依頼で知り合った、年上の女性撃退士がそんな事を力説していたなと思い出して、くすりと笑う。
炎の槍の火種を多数感知し、淳紅の歌が響く。
「Io canto ‘velato’.」
足下の図形楽譜から五線譜の帯が2本伸び、手の前で交差したそれで放たれる前に火種を握り潰した。すでにそれほど、魔力に差があるということなのだろう。
ほんの少しだけ火傷した手で再び、魔力を帯びた拳で胸を殴打し、下がらせた。
「君に 届け サヨナラ!」
淳紅の歌がヘッドセットを通って周囲に浮かぶクジラがスピーカーへと変化し、物理に変換された魔力の衝撃波が胸を一直線に貫通する。
前のめりに倒れる戦乙女を淳紅は正面から受け止め、無表情だがどことなく安らかな表情に、へにょっと笑う。
「顔が残ってよかった。家族の元へ返してあげられる――サーバントとしてじゃなくて、この人として見送ることができる」
降りだす雨が、淳紅の火照った手と、心を冷ましてくれる――
追いかけてくる戦乙女と正面から向かい合い、そこで初めて誰なのか、理解した。
「君は……」
仙台侵攻が始まる少し前。
少女のように華奢な新米ナイトウォーカーの少年が、あまりの緊張に青ざめていた。
そんな少年の緊張をほぐしてあげようとマジックを見せたところ、まるで太陽の様な、眩しい笑顔を浮かべてくれたその少年が自分と同じ中学3年である事に驚き、同時に、わずかに自分よりも背が高い事に悔しがったりもした。
ただあまりにも儚げな様子に、つい自分達と一緒に行かないかと提案したが――少年は寂しげに微笑み、足手まといになりたくないと言った。
結局、自分の方が大怪我をしてしまい、後に病院のベッドの上で、同行させなくてよかったと胸をなでおろしていたのだが。
「……ああ、死んでいましたか。やっぱり」
真っ直ぐに向かうと、足下から広範囲にわたり木々が突きだしてくるが、その先端を蹴り、当たるどころか足止めにすらなっていない。
「……まるでトビトの劣化コピーみたいな技ですが、その手の技は既に見切っているので、当たる気がしませんねえ」
言葉通りまるで当たる様子がなく、木々の先端が見えた時にはすでに前へと踏み込んでいた。
ほとんど無造作に距離を詰め、無数のカードをばら撒くとそれが戦乙女に纏わりつき束縛すると、指に挟んだカードをためらう事無く鎧の隙間や眼に突き立て、破裂させる。
両足がもげ、眼球は抉れ、そして抉れた眼孔へ指でカードを捻じりこむと、頭部が跡形もなく消し飛んだ。
ただ黙って死骸を見おろし佇んでいると、天からポツリと、雫が落ちる。
「……おや、親切ですねえ。僕の代わりに、泣いてくれるのですか」
降りしきる雨の中、7人が無言で集まっていた。
それぞれが想いを巡らせ、言葉を口にする気にはなれなかった――が、淳紅が突如、手から雷の矢を放ち『空間』が地面に落ちる。
擬態が解け、姿を露わにした八咫烏の目の前に淳紅はしゃがむ。
「お前さんが何を考えてこれ作ったかは知らんけど、悪意を感じへん程、自分らも鈍感ちゃうよ。
――いつか、その覚え悪い頭と曲がった根性叩き直しいくで。覚悟しとけ、くそがき」
にふと笑う淳紅の前をカードが横切り、八咫烏の頭部に突き刺さった。
「……いつかしばき殺しますよ。トビト」
エイルズレトラが吐き捨てると、八咫烏の頭部が破裂する。
更なる重い空気に包まれたその時、いつもの笑顔を浮かべた萌々佳が戻ってきた。
そして笑顔をさらに強め、皆の顔を見回す。
「帰りましょう〜私達にはまだまだやるべきことがありますから〜」
【神樹】不揃いの戦乙女 終