●貴方を想いて
修平の話を聞いて、海や理子、澄音はそれほどの関心を寄せなかった。
だがアルジェ(
jb3603)だけは別だった。
「また1つ、人の文化だな浪漫の追求はとどまる所を知らない。やはり興味は尽きないな……ふむ、ならば一つ楽しんでみようか」
「身近な所に良いところがあったものだな」
アルトサックスを磨きながら、ぐるりと見渡すアルジェ。
すぐ横に工場の屋根とか2階の部屋があれど、それ以外は閑散としていて、明るければその眼下には牧草地しかない。隣家は近いところでも500m位は離れている。街灯など全くなく、見上げれば月と星と天の川がこれでもかというほどはっきりと見えた。
その場所とは、矢代家の屋上であった。
海のバウロン、澄音の歌声、理子のトランペット。音をいくら鳴らしたところで、文句を言ってくるご近所など存在しない。
4人が音や声のハーモニーで楽しんでいるところに、作らされていた修平が団子を持って姿を現す。
「盛り上がってるようで何よりだけど……」
釈然としない顔の修平に、意外なほど料理をしない同級生女子3人がわらわらと集まり、小さいとか硬いねとか甘すぎるななど、思い思いに団子の批評をくだされる。
労ってくれたのは、アルジェだけ。
「ご苦労だ修平――そうだ、4人とも。これをやろう」
翼を広げ、アルジェは自らの翼の羽を4本、引き抜いた。
その羽根を理子、海、澄音、そして修平へと順に渡していく。
「皆との繋がりの証だ。お守り代わりにでも持っていてくれると嬉しい――今回の趣旨にはぴったりだろう?」
小首を傾げ、そして「それにここに居るという証を残しておきたくてな」とポツリ。
その呟きに修平の顔は曇る。
「なんか不吉な事言ってるね」
「この稼業をしている限り、不測の事態が起きる確率は一般人の比ではない。言いたい事、やりたい事をせずに後悔するより、できる時にやって後悔する方が建設的だろう?」
撃退士なのだから。
だがそんな不安を払拭させるかのように、この1年で少しだけ豊かになった表情は僅かな笑みを浮かべた。
「大丈夫、まだまだ人への興味は尽きない……そう簡単に死んではやらないから安心しろ」
そんな2人を海と澄音が突き飛ばし、狙い通りにアルジェは修平の腕の中へ。
修平が文句を言い、海や澄音はからかうばかり。それを見て苦笑する理子がいる――が、今のアルジェにはそんなことどうでもいい。
振り払われる事の無い腕の中でやや肌寒い夜空の下、そっとその温もりを愛おしく、噛みしめるのであった――
●君を想いて
夜の学校の廊下。いつもならばだいぶひっそりとしているものだが、今日はどことなくその雰囲気が優しく、柔らかい。
窓から差し込む月明かりのせいだろうか――いや、きっと誰よりも愛しい夜科小夜(
ja7988)がいるからかと、風間 銀夜(
ja8746)は1人、頷いていた。
「……兄様?」
こうして誘われたのが嬉しいのか、銀夜の前を跳ねる様に歩いていた小夜が振り返る。
月明かりに照らされる小夜がとても可愛い――否、いつも可愛い。
そんな事を思いながらも、銀夜は窓から月を見上げ「月が綺麗だね、小夜」と笑いかける。
「そう、ですね。あの方も、頷いています……」
暗い隅に目を向ける小夜。小夜の言うあの方が誰なのか銀夜には見えないが、見えないのならどうでもいい。ただ小夜が喜んでいてくれるなら。
あまり歩かない夜の学園を歩きながら「もうすぐ進級試験だね」「大学1年生はどうだった?」などとお喋りに興じる。
「1年間の大学生活は、楽しかったです。2年生になっても、勉強も撃退士のお仕事も、頑張ります」
「楽しいことがいっぱいなら、何よりだよ。兄さんは小夜が楽しそうにしていることがとっても嬉しいし幸せなんだから、悲しいことがあっても、僕に話してくれる?
嬉しいことも悲しいことも、話してくれるだけで幸せだから」
心よりそう思える。小夜の事が大好きだから。
小夜が嬉しそうな顔をして「兄様のお話も、聞かせて下さいね」と、まるで思いは同じだとでも言わんばかりにそう、返してくれた。
屋上には、思ったよりも人がいた。男女であったり同性であったり。
それでも皆に共通しているのは、お互いしか向き合っていない――そんな空気しか漂ってこない。
銀夜と小夜は隅の方へ座り小夜の作った弁当を広げると、銀夜の食がとても進む。何でも美味しいが、この唇でさっくりかみ切れるほどふんわりとした、だし巻き卵は最高だ。
小夜はそんな風に喜んでくれる銀夜が、とても好きだ。
弁当も空になり、少し一息ついたところで小夜を中庭へと誘う。もちろん、断られる事はなかった。
――中庭は屋上と違い、誰もいなかった。とても好都合だ。
銀夜は制服のネクタイを緩める。
「小夜、今日は好きな人に自分のネクタイをあげる日なんだって」
そう言って、当たり前のようにネクタイを差し出した。
「僕は君のことが大好きだ。君が僕以上に大好きな人が出来るまではずっと傍にいたい――その時までは僕が小夜を守らせてください。
そのネクタイを君がつけるまでもう1年あるけど、受け取ってくれると嬉しいな」
ぼんやりとした小夜の目が少しだけ丸くなり、それから涙でも零れ落ちるのではというほど目を細めてネクタイを手に取った。
「兄様の贈り物、とても嬉しいです……大切に使います」
そして消え入りそうなほど小声で「小夜も、出来るなら、兄様とずっと一緒に……」と、伝えるのだった。
抱きしめたい――そうしたくとも、そうはしない。きっと止まれなくなるから。
こんなにこんなにこんなに愛していても、小夜は実の妹なのだ。
生まれ変わったり、例え別の世界になっても小夜に恋し、愛する自信があろうとも――妹なのだ。
だからこれ以上は踏み込まない。今のこの関係を壊したくないから。それでも望みがかなうならば――小夜に大切な人ができても、ずっと傍にいたい。君を想い続けたい。
だからこっそり、心の中だけでも言わせてほしい。
小夜、愛しているよ。この世の誰よりも
●愛して愛されてる
「うーさぎうさぎ、何見て跳ねるー♪ ってやつやな」
屋上でふにっと笑って手で兎のポーズをしてみせる、亀山 淳紅(
ja2261)。珍しく制服だが、ネクタイではなく紅のリボンタイをしているのは、実にらしい。
「それにしても不思議な噂やねー」
「十五夜お月様を見て、どうしようもなくうずうずしちゃうんでしょうね……私が、ジュンちゃんと一緒に居る時みたいに」
最後は少し小声過ぎて、淳紅の耳には届かなかった。
噂は聞いたことあるのか、Rehni Nam(
ja5283)は少し落ち着かない。こちらも制服だが、ネクタイはしてこなかった。
いつも彼女の前では落ち着いていないからいつもと変わらない淳紅が、ぽんと手を打った。
「あ、せっかくやしお団子買ってくればよかったなぁ」
「お団子なら、用意してあるのですよ」
Rehniが振り返り、ベンチの上に置いてあった袋をガサガサと漁る。
視線を外している間に淳紅は、自分のタイを外していた。そして手の塞がっているRehniが向き直ったところで、ずいっと顔を近づけた。
思わず身を強張らせてしまい、顔を赤くするRehni。
(ジュンちゃんの顔がすぐ傍に……何度キスしても、やっぱり慣れないのですよぅ)
「ネクタイを結べばええんやっけ? ん、しゃがまんでも大丈夫、背伸びするから」
そう言って膝を曲げかけたRehniを止め、背を伸ばして正面からタイを襟に通す――さらに顔は近づき、その分、Rehniの顔も熱くなる。
丁寧にリボンタイを結ぶと、へにゃりと至近距離で笑って見せた。
「やっぱ女の子にはネクタイよりリボンよな。可愛い」
顔の火照りが全く取れないどころか「あう……」と短く呻いてはさらに赤くさせて、Rehniはふいっと目を逸らしてしまう。
「……ジュンちゃんは、その……ずるい、のです」
そんなRehniの肩に、のしっとした重みがかかる。
目を丸くしたRehniが、自分の肩に額を押しつけ擦り寄る淳紅の弱々しく感じる肩に視線を落した。
弱々しく感じたのは――震えていたから。
「……お月さんに誓うってわけやないけど、めっちゃネガティブやで……色んな人に一目惚れしてる浮気もんやで……きっと、歌を仕事にできたらそっち優先のどーしょーもない奴になるで……もう、おいてかれんのは嫌や、て、絶対、君をおいて先に逝くで」
震える肩は、止まらない。
甘えるように額をこすりつける。だがそれでも肩が震えたままだ。うつむいているからどんな表情をしているのかも見えない。
ただ言えるのは――答えに怯えている。そう、Rehniは感じ取っていた。
だからという訳ではないが、安心させるためにその首に腕を回して、耳元に口を近づける。
「ジュンちゃん以外、あり得ません……本音を言えば浮気は嫌ですけど、でも、浮気を許すのは女の甲斐性って、誰かが言ってました
それに、私が一番で、最後に私の元に帰って着てくれるのなら、それでいいのです――何より、ジュンちゃんが一目惚れする人って、私も気になって仕方ない人ばかりですし」
ほんの少し笑い、そして今度は少し怒ったように頭を軽く小突いた。
「歌を優先? それがどうしたのです?
そんな事、覚悟の上でジュンちゃんの恋人になったのです。今更言う事なんて、何も無いのですよ。
先に逝く? 大抵の夫婦は、女性のほうが長生きだそうです。大して変わりはしないのですよ」
首に回した腕をほどき、その背を力一杯抱きしめる。
「それに…そう簡単に、私から逃げられると思わない事です。あっちの浅い所だったら、首根っこ引っつかんで連れ戻しますから。
――貴方の居るべき所は、私の隣だって」
淳紅の震える肩は、いつの間にか止まっていた
「指輪まで渡しといて何やけど、愛想つかしたら逃げてもええんやからね」
「誰が逃げるものですか……それに、私は、ジュンちゃんを逃がす心算なんて欠片もないのですから」
Rehniの力強い言葉に、淳紅の方が思わず笑いを漏らしてしまった。涙声のまま。
背が折れそうなほど抱きつかれた淳紅も、お返しにRehniの背中へ腕を回す。
「そっか、そっか……捕まってたんは自分かぁ」
肩に乗せていた額を揚げ、天を仰ぎ見ると「そっかぁ」と声を震わせる。
「……あいしてくれてありがとう」
「私こそ……愛してくれて、愛させてくれて、ありがとう」
もう、上手く言葉が出てこない。だから掠れる声でもう一度「ありがとう」と伝え――あとはもう、この気持ちを伝えるのに言葉はいらなかった。
月が微笑み、無言で多くの愛を語る2人を照らし続けるのだった。
いつまでも。いつまでも。
●ずっと一緒に
ふと、美森 仁也(
jb2552)は変わった依頼を見つけ、足を止めた。そして、だからかと美森 あやか(
jb1451)の顔を思い浮かべていた。
(確かこの日は友人達と十五夜すると言っていたけど、20時頃には帰るだろうし……さて、儀礼服は何処にしまったかな)
思い出しながら、仁也は廊下を歩き続ける――ちらほらと、噂を耳に入れながらも。
……うっすらと目を開け、はっとして時計を見る。まだ23時を過ぎたばかりだ。
自分の姿に少しだけ躊躇しながらカーテンを開けると、まあるいお月様がこちらを見下ろしていた。
間に合ったか――そう安堵して、傍らで幸せそうに眠るあやかを揺り起こす。
「……おにい、ちゃん……?」
ぼうっとした声のあやかに苦笑し、仁也はまだ寝ぼけているあやかの上半身を起こし枕を背中の後ろに置いた。そして月にすら見られたくないと、シーツをたくし上げてその白い肌を隠す。
ぼんやりとしていて、されるがままのあやか。
(寝ぼけている時は相変わらずだよなぁ)
適当なものを腰に巻くと、水を取りに行く。
戻ってきた仁也がすぐ横に腰を掛け、冷たい水を飲ませると、徐々にその目がはっきりとしてきた。
「ごめんね起こして……あのね――」
依頼の事と噂の事を話し、それから少しだけ照れるように頬をかく。
「最近は小さい子達と一緒に参加する事も多かったし、依頼で行動している時はあんまりこう言った事は出来ないからね。
あやかに対する思いは、天にも地にも人にも誓えるから」
仁也の言わんとする事を理解して、あやかも時間を確認――まだ今日は終わらない。
……ただ。
「その話はあたしも聞いたけど……持ち物はお月見の時にハンカチを親友と交換したし……
でも恋だと『日と共に形を変える不実な月に誓わないで』という言葉もあるわ?」
あやかの持ち出した例に、苦笑してしまう。
「シェイクスピアだね。
でも全てを焼き尽くして白日の元に晒す太陽より、姿を隠してくれる夜に道を照らしてくれる月に誓う方が俺には相応しい気がしたから」
その返答を聞いた時、あやかはふんわりと笑った。
「……月は少なくともあたしが生きてる限りは無くならないわよね。
ネクタイは受け取るから……貴方が身に付けてくれる? いまだ体を動かせそうにないから」
頷いた仁也。
少しの間時計の針を眺め、それから再び頷いてネクタイをあやかの二の腕の素肌に交差するように巻きつけ、肘の上で緩く結んだ。
「これで良いかな……疲れている所起こして悪かったね。
起こしておいて言うのもなんだけど……明日、起きれるかな?」
「うん、起きるわ……」
意識はだいぶはっきりしているように見えるが、それでもまだだいぶぼんやりとした口調のあやか。
だから、するっと出てきてしまった。
「ずっとこうでいて欲しい。一緒に眠って一緒に起きて……貴方はあたしの傍に、後どれくらい居てくれますか?」
口から出てきた今まで恐ろしくて聞けなかったはずの言葉で、青ざめ、一瞬にしてあやかの意識がはっきりとする。
だが青くなった瞬間、耳に入った声――
「うん、離れないよ……多分お前の寿命分位は時間は残っていると思う」
仁也がはっきりと答えた。
最近になって力がある程度戻ってきたため、自分の状態を少しは分かるようになったから、ほとんど確信を持って言える。
スッとあやかの心の中が軽くなる。
ずっとずっと、心に引っかかっていた事が今、解消された。
あやかは目元を滲ませ、唇を震わせると「約束ね……」と、はだけるのも構わずに出来る限りの力で仁也にすがりついた。
優しく抱き返す仁也があやかの髪を撫で耳元で何かを囁くと、深く、口づけをかわす。
そして愛を確かめ合う2人に照れたのか、月はその姿を隠すのだった――
それでも月はいつまでも、君らの誓いを見続けるだろう。その命、ある限り。
月は君らの誓いを見続ける 終