リング上へカメラのフラッシュが集まる。
「記念撮影だ」
阻霊符を輝かせたトラウィス(
jb9859)が手にしていたデジカメを、百合子へ放り投げる。
『このまま、悪は正義の前に屈するの――』
『HEY! てめェがザコを数匹倒した程度で、でけぇ顔してるって小物か! 大したもんだなぁオイ!』
会場を埋め尽くさんばかりの濁声が、響き渡る。
実況席の横、洗礼された軍用マスクの男がマイクを取り上げ、シェインエルに指を突きつけていた。
その男をシェインエルが見下ろすと、突きつけた指を折り畳み中指を突き立て、あからさまな挑発をする。
『上から見下ろしやがって! 今からてめェをマットに沈めて、逆に見下ろしてやるぜッ!!」』
(勢いでやってはみたけど、ひっどいなコレ……)
自己嫌悪に陥りそうになる、幸宮 続(
jb9758)が、その言葉は止まらない。
『何とか言ってみろ、コラァ!!』
言葉を返さぬシェインエルだがその態度に好印象を抱いたのか、手でクイッと招く。
続が投げ捨てる様にマイクを実況に返すと、跳躍する――すると3つの影も同時に跳躍していた。
コーナーポストに君臨する、4人。
バタフライマスクを着用し、全身、ローブに身を包んだ小柄な人物がクスクスと笑う。
肩の布を掴み、華麗に脱ぎ捨てた。
するとそこには――場違いだけどしっくりくる、体操着姿の女の子。それもでっかく『せなみ』と、名前まで書かれている。
「くっくっく。あたしこそ阿修羅四天王が1人、突撃娘々アルカデス!」
アルカデスと名乗ったのは、瀬波 有火(
jb5278)。決してリングネームを区切ってはいけない。
それとほとんど素顔剥き出しの、マスク。
「阿修羅が四天王――そうだな、鴉とでも。俺は四天王の中で最も外道だ」
鴉をモチーフにした覆面姿の黒羽 拓海(
jb7256)が、覆面から覗くその目でシェインエルを見下ろし、表情に出しはしないが少しだけ呆れていた。
(何を考えているんだ? まあいい。どう見ても作戦行動の一環では無さそうだし、奴の酔狂に付き合うついでに体術の腕を見せて貰うとしようか)
「阿修羅四天王が1人、サイ仮面だ。俺はそう、阿修羅四天王の中で一番の……なんだ?」
首をかしげるのは、サイをモチーフにしたマスクを装着したトラウィスだった。
「……そう、今回一番小賢しい。これでどうだろう」
続が両手とも中指を突き立て、上半身を倒す。完全に、舐めきった態度である。
無論、そんな気持ちなど微塵もないが、見事なヒールを演じていた。
「阿修羅四天王――てめぇに教える名前なんかねぇよ? 俺は四天王の中でも一番の、アウトローだからな!!」
膝に力を溜め、上へ高く跳躍――と見せかけ、渾身の水平ロケットキック。鳩尾を蹴りつけ、たたらを踏ませる事が出来たが、それだけに止まる。
(動きが止まらない……効かなかったのか、効かないのかが問題だよね)
「いっくよ、いっくさ、いきますよーだ!」
足元を輝かせ、アルカデスがコーナーポストから飛び降り高速でリングを駆けまわる。ロープで反動をつけ、どんどん加速を続けるのであった。
「おうっ!」
体勢を立て直しきっていなかった続が加速直線上に交わり、突き飛ばされてマットに膝をついてしまった。
その背中へ、腕を高々と掲げたシェインエルの垂直降下エルボーが襲い掛かる――だがエルボーに鎖鞭が絡みつき、腕を後ろへと引っ張られた。
「鞭は絡めるものらしい……さあ、絡め」
サイ仮面トラウィスがコーナーポストの上で、鎖鞭を引っ張っている。
その隙を逃すはずもなく、拓海が背後から首を狙っての飛び蹴り。それから地に足をつけ、真っ直ぐに掌底を後頭部へ打ち付けた。
(相変わらず、かわす事をしないが、タフだな)
手を止める事無く、腰椎、脇腹へ膝打ち、肘打ちと続き、絡みつくように正面へと回り込むと、腎臓、肝臓、鳩尾へ突き抜けるような拳で続けざまに打ちこみ、掌底で顎を突き上げさせる。
(あまり映えるような技ではないんだが、プロレス的にはどうなんだろうな?)
「突貫突撃エルボー!」
後ろの気配に横へとずれると、超加速したアルカデスが肘を突き出して突っ込んできた。
「首狩り、いただくぜ!」
タイミングを合わせた続が腕を振り上げ、投げつけるようなラリアットでむき出しとなった喉元を刈り取ると、身体が伸びきり、そこにアルカデスのエルボーが深々と突き刺さる。
反動を使い、すぐに離れたアルカデス。
身体がくの字に曲がったところで、拓海が頭を抱え引き寄せると、顔面へ膝を叩き込む。
「お次は足だ」
前のめりになったシェインエルの足を鎖鞭で絡め取ると、続の膝裏へのローキックに合わせ、引き寄せた。
マットに倒れ込む、シェインエルへ容赦なく続が後頭部を踵で踏みつけ、両腕を掲げた。
「ざまぁねぇな!!」
悲鳴やら罵詈雑言、ブーイングが会場に湧き起こる。
『まさしく畳みかけるような、卑怯極まりない連携攻撃! 謎の覆面男はなすすべもなく、マットに沈んだぁ〜!』
(皆、がんばって……!)
リングサイドで地味なフード付きマントで正体を隠しつつも、リング上を眺めている桐原 雅(
ja1822)。ただその目は常にシェインエルから離さず、力量を見極めようとしていた。
(天使相手に真っ向から手合せ願えるんだから、この機会を活かさない手はないよね。
一人で倒せるなんて思い上がってる訳じゃない……でも自分の技量がどこまで通用するのか、相手の力をどれほど受け止められるのかを試したいんだ)
静かに闘志を湛え、全てを出し切る戦いを切に願っていた。
だから共闘は避けた。
ただそれだけでもない。
(ボクは正々堂々な戦い方で挑むんだ……!)
不正や怠惰を嫌う、潔癖な面があるのだ。
そして静かに、登場するタイミングを計るのであった。
「あれで倒れてくれるなら、楽なんだけどね……」
「そうだな――それにしても随分、予想外の所で遭遇するものだ。因果な星回りだな優一」
優一の背後からアルジェ(
jb3603)が涼子に警戒しながらも、そっと近づいていた。
そこに「ちょっと酔ったかも……」と、アルカデスがフラフラと横切る。すかさず百合子が駆け寄り、湿らせたタオルを手渡す。
マスクを外してタオルで顔を拭き、そして冷たい炭酸でノド越しすっきり。両手にパイプ椅子を持って、がっちゃがっちゃとリングへと再び向かうアルカデスであった。
その空気で、アルジェが切り出す。
「そういえば、先日なぜ人間に加担するのかと聞いてきたな。逆に聞くが、人間であるお前はなぜ天使に加担する?」
「人に絶望し、天使様に羨望を抱いた。ただそれだけのことだ」
涼子は思いのほかあっさりと会話に応じ、アルジェは続けた。
「アルは、護る事を叩き込まれた……だが天界には護る必要のある者が、皆無だ」
「人という存在が、いかに脆弱でつまらんものなのか、はっきりとわかるな」
「脆弱かどうか、もうわかっているのだろう?
それに人の文化は面白い。自分の感情を様々な手段で表現する――特に音楽はその極みだな」
返答が無くなってしまったが、それでも言葉を続けた。
「……もしも和解できる日が来れば、1曲、披露してやる」
ざわめく場内。
「歌は――」
もう喋る事はないと思っていた涼子が、口を開く。
「歌は好きだがな……」
『まさかまさかまさかまさかぁ!? そのま〜さ〜か〜!! 立った、立ち上がったぁぁぁぁぁ!!!』
「もう一回、おネンネしてろや!」
立ち上がろうとしているシェインエルの髪を、続が鷲づかみにし、勢いよく鉄柱に叩きつける。
鈍い音が響き、リングが軋むほど揺れた。
「その程度ではまだ動くのだろう?」
合金パイプを持ち出した拓海が、コーナーに頭を乗せて固まっているシェインエルの脇腹へ、紫焔を纏った合金パイプを目にも止まらぬ速さで一閃させる。
脇腹へ深々とめり込んだが、それでもその体勢から裏拳で反撃をしてきた。
「遅いな」
一歩下がりその拳を手で覆い被せる様に下へと払うと、伸びきった腕に飛びつき絡みつく。
肘を極め、そのまま折る――つもりだったが、さすがに折れない。しかも関節を極めたままだが顎を掴まれ、高く掲げられる。
(ただではやられん!)
肘を折るのを諦め、両拳で挟み込むように打ち付ける。その指の隙間からは寸鉄が突き出ており、肘へと突き刺さっていた。
そして――拓海は鉄柱に叩きつけられる。
「……っ!」
衝撃に備えていたとはいえ、一瞬、意識が遠のく。しかも一度で放すわけもなく、もう一度高々と掲げられる。
だがその首に、鎖鞭が絡みついた。
「もっと相手にしてくれても、いいのだぞ」
拓海をマットに投げ捨てると、トラウィスに向けて手をかざす。
「アトラクション」
鉄柱の上から動かなかったトラウィスの身体が、宙を舞う。
身体を回転させると伸びた鎖鞭はシェインエルの腕と身体に絡みつき、トラウィスもそれに巻き込まれ一緒に絡んでしまった。
「かかったな。あいつらは俺ごと攻撃する事に、躊躇なぞしない」
声を大にしてそんな悪人アピールをしつつ、声のトーンを落としてシェインエルに近距離で問いかける。
「流石だな。だがそんなものではないのだろう? 天使の誰か知らないベビーフェイス。遊びに来たのか?」
「そうだな。そろそろ反撃の狼煙と行こうか」
鎖鞭で絡んだままトラウィスをがっちりと掴み、ロープへと跳躍。ロープの反動を使い、そこからさらに跳躍する。
軽い浮遊感に襲われ、さらに上昇を続けると、ゆうに10m近い高さへと到達した。
「リパルション」
そこからトラウィスを下に、超急降下。その勢いのまま、マットとシェインエルの間に挟まれたトラウィスの息が詰まる。
鎖鞭から解き放たれたシェインエルが、悠然と立ち上がる。
まだ起き上がれない拓海。そしてトラウィスも意識はあるものの、しばらく身動きとれそうにない。
「みんな、ここは任せて!」
パイプ椅子両手にリングへと復帰してきたアルカデスがパイプ椅子を開くと、向かい合わせに並べる。
そしてアルカデスが座ると、シェインエルにも座るように促した。
それをまさか、堂々と誘いに乗って向かい合わせに座るシェインエル。
「必殺の!! ひ ざ ま く ら(物理)<シャイニングウィザード>!!!!」
座った瞬間を狙い、膝を蹴上がると顔面へ強烈な膝蹴りを食らわせた。
(完・璧!)
色々確信した次の瞬間、足首をシェインエルに掴まれていた。
そこからのジャイアントスウィング。
リングの中央で旋回すると、すでに逃げ場などない――そう判断した続はどんっと自分の胸を打つ。
「こいやぁ!!」
(ルールの上での戦いでも、紛れもない上位の天使の攻撃……耐えてみせる!!)
盛り上げるためにも、あえて攻撃を受ける事を選択した続に、シェインエルが不敵に笑う。
「おもしろい――ならば遠慮はせん! アトラクション!」
片手でアルカデスを振り回しながらも、空いた手で続を引き寄せ――
「リパルション!」
飛んでくる続めがけ、回転力にさらに力を乗せたアルカデスをミサイルの如く撃ちだす。
超加速のアルカデスミサイルが続の腹部に突き刺さり、2人はそろって場外へのパイプ椅子を、一直線になぎ倒す。
(耐えきった……けど)
すぐに起き上がれそうにもない。
「ふふふ……あたしに勝ったくらいで調子に乗らないでよね……あたしは四天王の中で最もお寝坊さん……」
百合子がやってくると、アルカデスにタオルをファサッとかける。
「お布団しあわせ……ガクリ」
ぽかぽか陽気に、一瞬で眠りにつく。
「ふむ……だいぶ劣勢だな、そろそろ加勢に行くか」
ファントムマスクをつけるなり、アルジェが翼を広げ飛翔、マジカルステッキを取り出すとステッキからテーマソングが流れ出す。
シェインエルへ急降下キックを浴びせ、そこからとんぼ返りで鉄柱の上に着地。観客席からマイクが投げ込まれ、それをキャッチしたアルジェがいつもの無表情ではなく、輝くような笑みを浮かべ、ビシッとステッキをシェインエルに向けた。
「さあ、真打登場よ! 天から零れる星一滴、流星エンジェル・RJ! 煌きと共にただいま降誕!」
ポーズを決め、ウィンク。
「ステキなリリック、魅せてあげる☆ みんな! 私に星屑の力を!」
ステッキを高々と掲げると、装飾だけでなく本体もピカピカと光り出す。
「スターダストぉ! インパクト!!」
振り抜くと黒い衝撃波が一直線に伸び、シェインエルに襲い掛かる。
しかし。
黒い光の奔流が収まった時には、マスクを燻ぶらせながらもシェインエルがアルジェのすぐ目の前にいた。
「まだまだだ!」
打ち下ろすようなラリアットで、アルジェが鉄柱から叩き落される。
『幼気な少女に無慈悲な一撃!』
そんなアナウンスにもお構いなしに跳躍し、マットに横たわったアルジェへと肘を落す――が、アウルの光がアルジェを包み込み、肘落しのダメージはアルジェへと届かなかった。
いつの間にか脇腹を押さえた雅がフード付マントのまま、リングに立っていた。
「桐原 雅――いざ、参る!」
フードを脱ぎ捨てると、白鷹をイメージしたマスクを被った雅が弾けるように距離を詰め、反射的に突き出された拳も華麗なフットワークで揺さぶりかわすと、跳ぶように自分の間合いへと踏み込んだ。
脛への蹴りから、頭部を狙った上段蹴り、からぶらせたところで、本命の中段蹴りが脇腹に突き刺さる。
変幻自在な足技に惑わされるシェインエルだが、喰らう事も構わずに距離を縮めようと前へ踏み出す。
しかし、踏み出した頃にはすでに雅は射程外へと逃げていた。
(パワー差は歴然、掴まっちゃダメだ!)
腕をかいくぐり、跳躍。シェインエルの腕を蹴って身体を回転させると、シェインエルの側頭部へ1発、2発、3発と空中で派手に連続蹴りを食らわせた。
だがそこをバックブローによって叩き落されてしまう――が、すぐに立ち上がる。
(全てを出し切るまで、絶対に倒れるもんか!)
徐々に体の痛みが和らぐのを実感し、追撃を衰える事の無いフットワークでかわすと、鉄柱へと跳んだ。
そしてさらに鉄柱を蹴上がり、太陽を背に、高く飛び上がる。
「む……」
目を細めるシェインエル――その一瞬の隙を突き、身体を激しく回転させて勢いを増した蹴りを、シェインエルの延髄へと叩き込む。
その一撃でずるりと、シェインエルの覆面が剥がれ落ちた。
「いかん……!」
熱くなりすぎてマスクの事を忘れかけていたシェインエルは、顔を隠すなりリングから飛び降りると、一目散に逃げていった。
マスクマンである以上、マスクが無くなってしまえばほぼ当然の行為かもしれない。
いつの間にか涼子も消え去っており、残されたのは雅へと向けられる歓声ばかりであった――
【神樹】悪乗りシェインエル 終