「あの女が真正面から……チッ、悪羅悪羅ソウルがうずきやがる」
舌打ちをするメンナクこと命図 泣留男(
jb4611)が現場に着くなり、正面へと急ぐ。
「こうやって、正面から出てくることそれ自体が最大に欺瞞かもしれないな……裏を読ませて、そのまま表? 警戒しすぎもよくはないか……?」
並走するアルジェ(
jb3603)が懸念を口にする。
「ふっ……ガイアが俺に囁くぜ。ポーンやナイトではなく、狙うはキングだとな」
走りながら、しばしの沈黙――メンナクの言葉がようやく、自分の懸念に対しての物だと気が付く。
「優一が狙いか……?」
大振りの白い扇子を手に取り顔の前にかざすと、相対している優一と涼子の間へ投げつけた。2人が大きく退き、その間へ割り込むアルジェ。
「優一、伏兵がいるかもしれない。裏や署内の警戒を頼む」
「――わかった」
素直に油断なく退く優一を、涼子が追おうとする。だがその進路をアルジェが塞ぐと、足を止めた。
その隙に、通りきれなかった署員共々署へと下がっていく優一達。
メンナクの手から小さな光が生み出され、優一へ吸い込まれていく――と、優一の足の傷が塞がっていく。
「いいか、俺は見ての通り清らかなる癒し手……怪我なら俺が癒してやる、だから恐れるな!」
阻霊符を輝かせ、優一の影を強く踏み込むとビシッと影へ指を突きつけた。
「闇に潜む魑魅魍魎が、お前達を見ているかもしれない――熱きシンパシーで乗り越えろ」
何を言われているかわからない署員達だが、言葉を反芻していた優一だけは何となく分析できた。
「つまり、ダークストーカーがいる可能性も考慮して、お互いに影を警戒しつつ守りを固めてどうにかしろと」
「フッ……それとガイアが囁くには、あの女が射止めんとしているのはキングやクィーン――お前らの伊達ワル力に期待してるぜ?」
ぐいっと、携帯番号と緊急時に召喚せよと走り書きしてあるメモを渡し、一定の距離を保とうとするアルジェと涼子の元へ走り出す。
「認めはしない! お前の悪しき誘惑、この俺の伊達ワル力で雲散霧消!」
「あたし、参上です〜!」
人のいない野球場から人のいる街道へ動き出したサーバント達へ、頭にライトを装着し、光纏の光が7色に変化し続けている森浦 萌々佳(
ja0835)が駆け込む。
ヤタガラス達と燈狼の視線が一斉に萌々佳へと向けられる――が、セレナイトヴァルキュリアだけは目もくれず、フレイルを避難誘導に来た署員へ向け、振るおうとしていた。
「被害は、増やしません〜!!」
署員を包み込むアウルの翼――それがフレイルを受け止め、萌々佳が一瞬だけ苦悶の表情を浮かべ膝が落ちそうになる。
だが、踏み止めて笑みを作り直した。
(同時襲撃なんて性格悪いですよ〜! 戦えない人達も闘ってるんです! その意志消させはしません〜!!)
その意志の強さが、踏み止まらせてくれたのだ。
それと。
(あなただけには絶対負けません〜!!)
セレナイトを睨み付け、モーニングスターを握る手に力が篭っていく。
萌々佳へと突撃してくるヤタガラスが1匹、空中でパッと羽を散らし、地面へと崩れ落ちた。
そしてその直後、建物の影に身を潜める人物が。
(確かにこの雪で見えにくいが、当たらないほどではない)
闘争心が沸き立ちながらも冷静さを保ったまま影野 恭弥(
ja0018)が分析、またも飛びだしてはヤタガラスを撃ち落し、影へと潜む。
「さっさと片付けて、撃退署のサポートに回らないとね」
アルベルト・レベッカ・ベッカー(
jb9518)が小声で呟き、唇を湿らせるとアサルトライフルで署員を狙ったセレナイトに鋭い一撃。
直撃してたたらを踏むが、それでもお構いなしにフレイルを再び署員へ振るおうとする。一切、撃退士に目を向けない。
「あたしは、みんなを護ってみせます〜!」
先ほど肩代わりした傷が少しずつ癒えてきた萌々佳が、またもアウルの翼で署員に当たるはずのフレイルを受け止め、短く呻くも、足を止めずに前へ出る。
目の色を変え、萌々佳へと飛びかかる2匹の燈狼――高速で飛来してきた棘付の鉄球がその身体をくの字に曲げさせると、2匹をまとめて吹き飛ばした。
1匹はピクリとも動かず、もう1匹は立ち上がろうとしたところをレベッカが確実に仕留める。
「勇ましいものだわ」
モーニングスターを振り回し先陣を駆け、燈狼やヤタガラスを引き付けながらも署員とセレナイトの間へ割り込もうとする萌々佳に、レベッカは関心しきりであった。
3匹目のヤタガラスを撃ち落し物陰に潜む恭弥だが、その背筋に冷たいものが走り身をよじる。その直後に、脇腹が裂ける感触。
背を預けていた建物の暗がりから鋭く黒い錐が伸びているのを見るなり、痛みに顔を歪める事もなく、その身を黒く染めると淡々と錐の根元に銃口を突きつけ、引き金を引く。
弾け飛ぶ黒い物体。
頬についたそれを手の甲で拭い、何事もなかったかのように次の標的を求め、離れてきた味方との距離を縮めるのであった。
3度、セレナイトのフレイルが署員に向けられるが、その先端を横から伸びてきた鉄球が弾く。
「やられちゃいなさい〜」
セレナイトとの間に割りこめた萌々佳が振り返り、追いすがる燈狼へ縦に振り下ろす。
鉄球に押し潰され、新たな肉塊へと変えられた燈狼の横を通り抜けるヤタガラス。いつの間にか萌々佳の7色に輝く光纏が消え去っていた。
「……そこ!」
ヤタガラスではなく、その通り過ぎ去った後の建物から伸びている影へレベッカが狙いを定めて撃つ。
抉り取られるアスファルト――と思いきや、その上に覆いかぶさるように身を潜めていたダークストーカーが、破裂する様に弾け飛んだ。
レベッカを通り過ぎ、急上昇を始めるヤタガラスだが、恭弥の銃弾によって虚しくも散っていく。
1匹が遠吠えを繰り返し、その姿がぼんやりとはっきりしないものとなった燈狼がレベッカに飛びかかってくるとアサルトライフルで迎え撃つ。
しかし手ごたえがなく、その牙が襲い掛かってきた。
「この距離ならこれかしらね」
アサルトライフルからトレジャーウィップに持ち替え、後ろへと下がりながらも縦に打ちつけると、燈狼が地へと平伏す。そこにまた持ち替えたアサルトライフルを撃ちこみ、仕留める。
そしてその距離から、署員へ疾走する燈狼の頭部を鋭い一撃で貫くのであった。空を飛ぶヤタガラスも同様に、撃ち貫かれる。
鉄球とフレイル、それが空中で衝突しあう。
再び激突かと思ったそこに、セレナイトの視界を妨げるようなレベッカの一撃が。
空を切り地面を叩くフレイル。その隙に回り込み、背中へと鉄球をめり込ませる。
「まだまだですよ〜」
さらに脇腹へと打ち付け、身体をくの字に曲げさせるが、まだその動きを止めようとしない。
(しぶといな)
ヤタガラスを全て撃ち終えた恭弥が対戦ライフルをどっしりと構え、狙いを定めた。
(これくらいなら――当たる)
戦車を思わせる激しい轟音が空気を震わせ、くの字だったセレナイトがのけ反るどころかそのまま地面へ叩きつけられるように後頭部を打ちつける。
「鈍器の力、自分で味わいなさぁ〜い!!!」
高速で振り下ろされる鉄球がセレナイトの顔面にめり込み、アスファルトを陥没させる。
さすがにそれっきり動かなくなったところで、やや驚愕している署員と住民へ笑顔を向けた。
「大丈夫ですか〜?」
身を挺して署員を護ったその姿は、紛れもなくヒーロー。いや、女性であるからヒロインとして映ったであろう――
「一瞬で終わらせてやるぜ」
やってきた署員により状況を知り、人々が避難を開始する駅前広場の、放置されている車の影に身を潜めているラファル A ユーティライネン(
jb4620)が不敵に笑う。
「一瞬かどうかはわかりませんが、手早く数を減らしていきたいところですねー」
着物を襷掛けにし、髪を首の後ろで1つに括った澄野・絣(
ja1044)もその隣で、弓を手に待ち構えていた。
(とりあえず状況を変えるには、真宮寺涼子かサーバントのどちらかを素早く撃退しないといけないのか……真宮寺涼子が時間稼ぎに来ているのだとすれば、サーバント撃退を優先かな……? 難しいところだけど)
一抹の不安を抱えながら永連 璃遠(
ja2142)が、近くを通りかかった署員にその旨を手短に説明し、それから2人とともに遮蔽物を経由して、気づかれないように前へと進む。
やがて駅前広場に姿を現した、ヤタガラスに大燈狼。
確認するなり阻霊符が光り輝き、ラファルが身体の偽装を解除。余分な装備も解除し、より身軽でより戦いに適した形態へと移行する。
もはや敵との距離はそれほどないと悟ると、一気に躍り出た。
「このラファル様が来たからには、てめえらの好きにはさせねーぜ」
3方へ散らばる動きを見せる大燈狼。
その動きを先読みし、甲高い音を立てて飛来する絣の矢が大燈狼の足を止めさせる。
もう1匹には璃遠が距離を詰め、白色の鞘から曲刀を抜刀すると、アウルの刃が大燈狼の行く手を阻む。
その間にラファルが、敵陣の真っただ中にまで移動していた。
「俺式ロケットアーム『ヘカトンケイル』、展開!」
ラファルの背中から無数のロケット推進式メカアームが出撃し、大燈狼もヤタガラスもまとめて拘束する。
ただ、距離を保っていたエメラルドヴァルキュリアだけはその範囲に入る事が無く、淡々とボウガンを向ける――署員へと。
「させませんよー」
後方で敵の動きに注意を払っていた絣がいち早く気づき、署員の前に壁となるように動きだす。
放たれたボウガンの矢は扇状に拡がる。
「おらよっと!」
「う……!」
身をよじったラファルを掠め裂傷を作り、かわし損ねた(というよりはかわすと住民に被害が出ると思った)璃遠の肩に深々と突き刺さった。
そして署員に突き刺さる――その前に、花吹雪が如きアウルを纏った絣が立ち塞がり、その腕で矢を受け止める。
「つっ……!」
だが残った矢が署員の足へと突き刺さり、痛みに耐性が無い彼らは大声で苦悶する。
腕から血を流しながらも、絣がエメラルドを睨み付けた。
「ここから先には行かせませんよー」
「つーか、とっととやられとけ! 俺のブライトネスフィンガーは百万CDだぜ!」
ラファルの掌から輝く超高圧のアウルが放たれ、束縛された周囲の敵を薙ぎ払う。
ヤタガラスがことごとく蒸発するように消え去り、大燈狼がその身に焼けただれたような痕を作り上げる。
「おら、もういっちょだ!」
さらにもう一周。
焼けただれた痕をさらになで斬りにされた大燈狼達は、2発目に耐え切れず、ずるりとその身を2つに分けるのであった。
何もさせずに一方的にまとめて終わらせる。理想的な状況である。
残されたエメラルドが横へと移動し、ボウガンを構える。だがその移動を遮る形で、矢が地面へと突き刺さった。
足を止めたその隙を、璃遠が見逃さなかった。
(距離を取られたら厄介なら……!)
アウルが脚部に集中――爆発的な加速で一気に懐へ飛び込むと、本来は戦う事を好まないため控えめな闘争心を沸き立たせ、銀の刃を一閃させる。
易々と翠玉の鎧を斬り裂き、肉へと到達するがそこまで止まり、血を流しながらも距離を取ろうと退くエメラルド。
(距離は取らせませんよ!)
退く速度よりも早い速度で踏み込み、抜刀。ボウガンごと腕を切り落とす。
それでもまだ足を止めないエメラルドだが、常に回りこむように移動していたラファルが横からぬっと現れた。
「はい、ごちそーさん!」
古びた刀を高々と振り上げ、肩から足まで一刀両断にするのであった。
そして絣が璃遠へ向け――いや、璃遠の影へ向けて矢を放つ。
甲高い音を上げる矢が、影に潜んでいたダークストーカーを射抜き地面に縫い止める。もがき苦しむその姿を見下ろしながら、ラファルが足を振り上げた。
「とっとと、くたばれってんだよ」
一定の距離を保ちつつ、距離を詰められそうになると徹底してカウンターでさせずに膠着を図るアルジェ。2発ほど攻撃を貰っているが、それはメンナクがきっちりと癒していた。
「お前の過去に何があったかは知らないが、護ると言った以上、好き勝手はさせない」
目的を探ろうと、言葉を投げかけ続けるもやはり無視される。時折視線を逸らしてアルジェの視線を誘導させようとするが、警戒済みである。
そしてアルジェは耳からだが、メンナクはというと、その意思そのものに直接語りかけていた。
(また俺の伊達ワルぶりに見とれにきたのか?)
反応はしてこない。
(だがこの俺のピュアソウルは、小細工を弄するオンナを受け入れない)
心なしか、表情を崩さぬ涼子の眉間にシワがある。
(すまないな……せめてクレバーに抱きしめてやろうか!)
耳からの情報は意識的にシャットアウトできるにしても、意思への語りかけは聞き流すしかない。そうするには、何とも言い難いほどの言葉の連続。
そのためか涼子の動きは苛ただしげで、いつもより精細さを欠いていた。
だからこそ、アルジェ1人でもなんとかなっているのだろう。
ただ。
「お前は何を躊躇っている?」
先ほどからずっと、涼子の攻撃が消極的なのを感じ取っていた。
「俺という黒騎士の悪羅悪羅ソウルに惹かれたのなら、来いよ」
両腕を広げるメンナクを一瞥し、アルジェに視線を合わせると、その唇が動く。
「……お前らは元とは言え天使様。なぜ人類に加担する。
そんなやつらなぞ、見限ってしまえば楽だろう」
「種族など、関係ない。護りたいから護る――全てを助けることはできずとも、目の前にいる者を見捨てるなどしない」
険しい顔をする涼子。
両腕を広げていたメンナクが、サングラスのブリッジに指をかける。
「例えこの身が天使でなくとも、俺はソウルに耳を傾け、迷い子を護るのが使命なのさ」
「そんな事をしても、見返りなぞないというのに……!」
唇を噛みしめる涼子だが、車の接近する音に気付き、後ろへと目を向けた。
車から身を乗り出した恭弥の銃口が、涼子の後頭部を狙う。
それに反応できた涼子がかろうじてナイフで受け流すが、もう1台、ラファルの運転する車が突っ込んでくる。
地を蹴り、ボンネットの上を跳躍し身をひるがえした。
(……やはり手札が足りなかったか。まあいい)
着地と同時に繰り返されるレベッカと絣の追撃に退きながら、全力で後退を開始する。
(1ヵ所だけは被害が出せた。これでここはさらに手薄となる――頭に退場してもらうのは無理だったようだが、まだ時間はある)
次の算段を考えながら去っていく涼子の背に、メンナクが仰々しく腕を天にかざす。
「お前らの目論見、俺のソウルがお見通しだぜ? 次こそはクレバーに抱きしめたくなるようなオンナになることだな!」
【神樹】顔をあげて前を向け! 終