静かだった右の通路に、砲火の音が響き渡る。
――そして再び訪れる、静寂。
通路からふらりと姿を現した、頭部のバイザーが割れツインアイの素顔をさらけ出し、右腕を失った重装甲二脚のAB――郷田 英雄(
ja0378)がずっと乗り続けている『紫電』であった。
「少しヘマった。俺としたことが……とにかくデータは受け取っているな」
改造に改造を重ね、何とか一線を張れている旧式機体が膝をつく――
「ごーくん珍しいね、ヘマするなんてさ」
レールガンが使えればいいと、紫電の右肩に直接付ける応急処置が終わるまでの間、休憩室で腹を膨らませていた英雄へ、米田 一機(
jb7387)少尉が声をかけていた。
指を舐め「こういう日もあるもんだ」と肩をすくめる。
頭部や肩にブレードアンテナを増設して探知性能をあげたり、ソフトや細かい部品等も交換して手足の様に馴染んできた機体ではあるが、非正規品の外付け装甲が古いままで、防御面に関してはもともと心許なかった。
1度のミスで被弾し、そこから連鎖的にダメージを追う事もよくある話である。
(だが、どうにも今日は胸騒ぎがする……)
「慣れない偵察任務などするからだな」
無表情のまま、1人頷くアルジェ(
jb3603)少佐。
「るせぇ。お前の兄貴軍曹殿の機体じゃ、こういう所だと不向きだから行ってやったんだよ」
「あらぁ、怪我したの? たっぷり用意して来たから、今日は特別ご奉仕よ」
雁久良 霧依(
jb0827)の手に現れた、怪しげな金色の液体で満たされた注射器と一体型の銃が英雄の首に押し当てられる。空気の抜けるような音と共に、液体が流しこまれた。
「っつ……えっらいよく効くじゃねぇか。なんなんだよ、それ」
「あらぁ、それはお姉さんだけのヒ・ミ・ツ」
「お前ら! とっとと自分の機体の最終チェックしやがれ! 3人はもうやってんだぞ! それと郷田! 紫電の調整に来い!」
マードックの怒鳴り声が、艦内スピーカーを震わせる。一機は慌ててだが、アルジェと霧依はゆったりとした足取りで格納庫へと向かった。
静かになった食堂でグラスに残った酒を一気にあおると席を立ち、廊下へと姿を消す。
誰もいなくなった食堂のテーブルには、きらりと光る指輪が残るだけであった。
様々なABが並ぶ格納庫――よりも、その外にある一際目立つ大きさのAB『タルタロス』。以前使われていた戦域制圧用超大型機『八岐大蛇』の戦闘データを基に、小型化再設計された機体である。
小型化されても全長30mと、ABとしてはまだ規格外サイズのため、格納庫の外で保管、整備されているのだ。
20門の火砲と多数の機動砲台を搭載したそれは、小型化されてなお、火力は八岐大蛇の上を行く。
それに乗るはもちろん、佐藤 七佳(
ja0030)少尉。
というよりは処理すべき情報量が人間の制御範囲を逸脱しており、生身での制御は不可能であり、そのためにコネクタを介してパイロットと機体を直結して、精神を一体とする制御機構となっている。
その自我が崩壊しやすい仕組みの機構に適性があり、脊椎コネクター埋め込み手術をした七佳にしか乗れないのだ。
タルタロスの内部で目を閉じ、ブツブツと早口で何かを呟いていた。
「All System link……Complete/Generator Drive……complete/FCS Lock release……Complete/All Weapon Lock release……Complete」
言葉のようで言葉ではない――それはタルタロスのシステムチェックであった。それがコネクターを通し、七佳の口から漏れているだけに過ぎない。
「All Device Check……Grenn/AB_SS_Unite2 Tartaros make a sortie」
うっすら目を開くと、すさまじい情報量が頭の中を駆け巡り、そしてやっと格納庫を忙しそうに走り回る整備員達の姿を、捉える事が出来た。
準備が整ったのか、スカイブルー主体で航空機迷彩の『アーク・シルフィードR』から整備員が離れていく。
「最終チェック……オールグリーン。いつでも出れます」
仁良井 叶伊(
ja0618)――ここでは坂井 隼と名乗っている――が、コンソールをなでた。
(このシステム、果たしてどこまで通じるんですかね)
高度な予測能力を有するシステムだが、調整がまだ不完全で、その性能は未知数――なにより、アーク・シルフィードRも限界機動試作機『バサラ』のデータを元に、フレームから開発し直したという次世代空戦型機である。
機体そのものの性能がまだ、未知数だった。
かつて殴った上官から、意趣返しに新鋭機が届いたのである。
元・テストパイロットなだけあって、乗りこなす自信はある――が、いきなりの実戦投与となると、さすがに多少の不安は拭えないでいた。
「それでも、やるしかないですね」
「何の事かわかりませんけど、そうですねェ」
黒い鳥を思わせる様な人型の機体『マブイエグリ改』を自分で整備する黒百合(
ja0422)が話半分に、適当な相槌を打つ。
整備を人に任せず、自分でこなすにはもちろん理由がある。
旧マブイエグリを素体に、量産化の目処すら立っていない最新技術を反映し、各部位もアップグレードを行っているこの機体――今が戦争中だからこそ見逃されているが、違法の塊なのである。
そんなモノを手に負える者もいなく、自分でやるしかないのだ。自分で組み上げたので誰にも触られたくない、そんな気配さえ感じさせるが。
次々と仕上がり、もう間もなく出撃という気配が高まっていく。
(次こそはヘマなんぞしねぇ――見てろよ)
左手の小指に目を向けたその時、英雄の顔が少しだけ強張った。
そこにあるはずの物が、ない。
(飯食ってる時か……)
手づかみの際に汚れるのを嫌い、外して机に置いたのを思いだす。大事な物なのだが、こういうことがままある――最近は特に多いかもしれない。
もう暖気を始めている紫電から飛び降り、マードックの怒鳴り声が英雄に投げかけられる。
「ワリぃな。すぐ戻る」
小さく手で詫びを入れ、まだ続く怒鳴り声を無視して食堂へと走った。
こんな切羽詰まった状況なら誰もいないだろうと食堂の扉をくぐったのだが、今の状況ならなおさら意外だと言える人物がそこにいた。
指輪を光に照らし眺めている、マウ艦長が。
「艦長――」
呼びかけると何故か慌てて指輪を背に隠し、顔を赤くする――が、呼びかけたのが英雄とわかると、とたんに眉根を寄せて緊張を解き、隠した指輪を顔の横に掲げる。
「あんた、またこれ忘れたでしょ」
投げて寄こされた指輪を受け止め、手の中の指輪に1度、目を落とす。それから指輪を乗せた手を、マウへと差し出した。
「……艦長、どうにも俺はモノを失くしやすい。コレ、預かっといてください」
「あたしが預かって、いいモノなの?」
それが大事なモノなんだと分かっているのか、伸ばしかけた手をひっこめ、英雄の目を見つめる。
見つめ返したまま、わずかにだが頷いた。
「戦場で失くしたら大変だからな――ですから」
言葉じりをわざわざ言い直すと、マウが微笑を浮かべ「人の目が無い時は、楽な口調でいいわよ」と伝え、指輪を受け取る。
そしてそれを黄金色に塗装された小さなチェーンに通し、自分の首にぶら下げた。
マウの胸の上でロケットと一緒に並び、指輪は光を反射してキラキラと輝く。
「預かっておくわ……生きて帰ってきなさいよ」
その言葉に返事を返さず、踵を返した英雄は片手を小さく掲げ、格納庫へと走って戻って行くのであった。
格納庫ではすでに全機出撃した後で、紫電だけが今か今かと待ちきれない事を示すかのように暖気の排気で唸りをあげていた。
「カタパルト空いているな。紫電は、郷田英雄が出る!」
狭い左通路の天井付近を飛び交う、小型ビット。コの字の角を曲がったところで、撃ちあいを開始していた。
前を向いて進んでいたアーク・シルフィードRが後ろを向き、反撃の合間を縫って、低く構えたサイドステップで一気に躍り出る。
「捉えましたよ!」
前へ進みながらビットの情報を元に予測していた位置にいた3機の覚醒者へ、1発ずつ狙撃。頭部を破壊。
狙いの定まらない脆弱な弾幕に怯む事無く、背中の可変式ブースターが更なる加速を生む。
真っ直ぐに突っ切りながら、さらにもう1発ずつ。装甲が他より厚いであろう腹部を楽に貫く、大出力ジェネレーター直結式リニアキャノン。
コの字の曲がり角の後は直進が続き、それからまたコの字の曲がり角がある。そんなシンプルな造りがしばらく連続していた。
曲がった先に控えている敵がいる事がままあるが、それでも敵がばらけてくるので、あまり多いとも感じなければ手ごわいとも感じない。
(あまりにも、弱い――自らの力を過信して、成長する事をやめてしまっているのですかね)
脇道もあるにはあったが、そのほとんどが短く、目視とレーダーで確認しながら無視できるところは無視して進み、敵による足止めもほとんど意味をなさずスムーズに進めたおかげで、短時間で工場らしきところへ到着する。
「兵器、工場ですか」
「今はまるで動いていないようだがな」
誰もいないと思っていた所に、通信が割り込んでくる。
「!?」
誰だと訊くよりも先に、アーク・シルフィードの両肩と脚部の放熱フィンが展開し、ブースターから余剰エネルギーが光の嵐として噴き出していた。
そして振り返ると同時に相手の位置も確かめず、リニアキャノンを放ちながらも横へとステップしていた。
「いい反応だ!」
金と青色の粒子を纏った蒼い機体――アースレイドの乗る『ピスケス』がリニアキャノンの描いた軌跡を潜り抜け、距離を詰めようとして来る。
ビットが牽制をするのだが、どの角度からでも手甲で流す様に弾き、振るった拳から跳んできた拳圧によって次々に砕かれていく。
「アースレイド……なぜここに!」
「全てゲートでつながってるんだ、不思議な事はないさ! 中央はまだ来やしねぇから、こっちに遊びに来たぜ!」
「……裏切り者よその魂に問え」
後ろへ下がりながらも様々な大きさの遮蔽物の間を通り抜け、ピスケスのルートを絞りし、調整が不完全でその性能はまだ未知数だが高度な予測能力を発揮するシステムも起動して狙い撃つ。
「俺ならここだ!」
複数の残像がが生み出され、その1つにキャノンは直撃するもすり抜けてしまう。移動速度に極端な差がある為、ほぼ一度きりのチャンスが当たらなかった今、すでに肉薄されていた。
だがまだ切り札が、ある。
「これはどうです」
機体から強い光が放たれ、その光の余波が直撃したピスケスの目から光が消えて膝をつく。
至近距離しか使えないという欠点を持つが、機械相手には絶大な効果を誇るEMPバースト。直撃した機械はほぼ強制艇にシステムダウンさせられる、凶悪な代物である。
「暴力を生業とする軍人にとって裏切りは、その命より重いのです」
動かないピスケスにリニアキャノンを向ける――が、撃つよりも早く再び目に光を宿したピスケスが銃口を上へと払いのけ、レッグバーニアをふかしたローキックがアーク・シルフィードRの両膝を関節からへし折った。
「くっ……復帰が早い……!」
「悪くねぇ手だったが、その手の対策もそれなりにはしてあるんだぜ?」
膝を折られ、床に倒れ伏すアーク・シルフィードRの前に悠然とたたずむピスケス。ちょうどその時、すさまじい轟音とともに、基地が大気ごと震えた。
それにあまり関心は示さないアースレイドだったが、立てないアーク・シルフィードRに背を向ける。
「そろそろ戻っておくか。お前さんもかなりやるようだが、1人じゃ乗り越えられないものもあると覚えておくんだな」
そしてその姿が、空間にぽっかりと空いたゲートの中へと吸い込まれ、消えていった。
残された隼は「まだ脚をやられただけだ……!」と悔しそうに呟くのであった――
進攻開始時刻がアーク・シルフィードRよりもやや遅れたが、右の通路を再び駆け抜ける紫電。
「邪魔すんじゃねぇ」
フォアグリップで照準を合わせ狙撃し、当たり所が悪かろうがよかろうが、ただひたすらに突っ走る。
レーダーで敵が集まってくるのがわかる分、悠長に進んでなどいられない。偵察したおかげで通路の作りを把握し、道順のパターンが予測できるようになったので、袋小路に追い込まれる事もなく、快進撃を続けていた。
だが機体の状態も万全とは言い難く、かわしそこなった攻撃で肩パーツの外装が弾け、所々被弾した様子がうかがえた。
しかも応急処置を施したとはいえ短時間連続稼働による無理がたたったのか、関節部分から火花が見える。
(まだ動ける……!)
機体が沈み、何度か足が抜けるような感覚に襲われながらも、拳で床を殴りつけ立ち上がらせると敵陣を突破していく。
エネルギー供給質へ着いた時には、すでに動けているのがやっとという状態であった。
炉を背にし、近づかせまいと弾幕を張り続ける覚醒者達。後ろからは墜とし損ねた敵の気配がする。
「――やるしかねぇな」
普段不可視のアウルだが英雄の身体から若干、黄金の粒子となって立ち昇る――が、紫電がハイパー化する兆しを見せない。
「どうして動かない!?」
こうしている間に、後ろでは視認できるところまで敵の姿が。
「……くそ、こうなったら!」
特殊機構で最後の大加速。機体が軋み、関節の火花が小爆発に変わるが、かまわず炉へと突撃する。被弾しようがもうお構いなしに両腕を広げ、覚醒者を多数巻き込みながら炉へと押し付けた。
「命の火が消える光ってのは、綺麗なんだぜ」
笑い、自爆システムを作動させるのであった――
「紫電、通信途絶しました」
オペレーターの一言で、ブリッジの空気が重くなる。
マウが胸の上の指輪を握りしめ「そう」と、あっさり短く呟いた。
「これは戦争なの。それはいつか必ず起こる事よ――引き続き、お願い」
中央のメイン通路を進むマブイエグリ改に、タルタロス。
それだけではなく一機の乗るごく平凡なAB『量産型アウルブレイカー』、それの強化計画で生まれた流麗で細身なシルエットの女性型AB『ソードエンプレス』のアルジェ。本人の戦闘データを元に作られたため、実質専用機である。
霧依はというと、本人はいたって色香が漂っているのに全長30mに達する巨大戦車の下半身を持つ、カーキ色の重装甲機体『獅子吼』。頭部が長砲身・大口径の速射砲で、胸には獅子の頭を模った巨大なパーツがあり、両腕にシールドと小口径のガトリングがつけられていて、かなり無骨な造りをしていた。
進軍を続けながらも、一機の頭の中でアースレイドの事がぐるぐると巡っていた。
(潰そうと思えばいつでもやれた。それに基地だって……あの人は、アースレイドは――)
頭を振るのだが、振り払えない。
(確証はない、でも、僕は……)
そんな思考も、すぐに中断される。
ロングライフルのビームが空を切ったのだ。
まっすぐな通路で単純な造りだが、進行速度を合わせている上に敵の方が射程も長く、進行速度に多大な影響を与えていた。
「そのくらいの攻撃じゃ、獅子吼はびくともしないわよぉ〜」
「タルタロスもそれは同様です」
かわす事よりも耐える事に主眼を置いた2機は、被弾をそれほど気にせず、なおかつナノマシンでの修復を施しながら進む。獅子吼に至ってはシールドのおまけつきである。
それと対照的に、前を蛇行して狙いを引き付けているソードエンプレスが殺人的な加速旋回性能を見せつけ、一瞬の急制動、反転、バックステップを駆使して弾幕を回避し続ける。
「この程度でアルは捉えられない」
「さすがはアル少佐だ――でも僕だって!」
レーダーが捉えている敵の中でも、最も前に出ている1機がこちらの射程に入ったその瞬間に、一機はアサルトライフルを撃っていた。
「ああら、お姉さんの距離ね♪ 近寄られる前に潰すわ♪ 」
一機の攻撃でダメージを受けた機体の、次の行動を予測して獅子吼の速射砲が狙い撃つ。
届く距離に入ってしまえばと、2機が撃ち続けていた。すると七佳からの通信。
「味方全機へ、これより一斉砲撃を開始するわ。射線上から退避して」
全機が横へと退避したのを確認してから、タルタロスが前へと突っ切りながら砲門を開く。
「ターゲット確認。フルロック……統合戦術兵装群、一斉掃射!」
30発ものミサイルが白い尾を引き、飛来する。それに追随して、20基の半自律型機動砲台が飛んでいった。
タルタロスの後ろから黒い影が飛び出す。
「やっと出番だわァ」
ずっと後ろで待機していたマブイエグリ改が、ミサイルの影に隠れる様に突進。少し遅れてソードエンプレスもミサイルを追いかける。
黒き閃光は駆けながらも機体の各部位から『メビウスシリーズ』と呼ばれる自立小型ガンポッドを射出、それと同時に自立大型近接格闘用ポッド『ハウンド』を肩の左右に浮かべていた。
「少しだけ、本気を見せるわねぇ」
アウルの供給を上昇させて、最大駆動状態で金の粒子が立ち昇る黒き閃光。
まとまっているところに黒塗りの大型ミサイルポッドを撃ちこむと、25機が編隊を組んでいる中央へ突撃、爆炎の中、反撃の暇を与えずガンポッドとハウンドを展開しつつ、両腕の大型有線式クローアーム『ヘル』でその胴体を鷲づかみにして、握り潰す。
「まだ終わりじゃありませんわよォ……?」
起動していたシステムと別のシステムが動きだし、第二種起動処理完了という文字がモニターに映し出されると、敵が反応を始めるよりも先にまた動き出す。
ガンビットがロングライフルを破壊し、ハウンドが頭部を噛み砕き、ヘルで胴体を握り潰す。これだけの事をしておきながら、爆炎で混乱している敵は誰1人、反応できる者がいなかった。
圧倒的とはまさしく、この事だろう。
「本気で殺し合う気があるのかしらァ?」
ガンポッドとハウンドを集結させつつ、素早く後ろへと後退するマブイエグリ改。
覚醒者の後ろから、様変わりの機体がその後を追って行く。
「なら僕と、遊んでもらえますかねぇ?」
残像を引き連れ、タキシードを思わせる白と黒のツートンカラーな機体『マジシャン』――いや、形状の簡略化が見られるので量産型なのだろう――がカード型カッターを撃ちながら、マブイエグリ改に突っ込んでいく。
「いつか喧嘩ふっかけてみたいと、思っていたんですよ」
液体金属のマントをはためかせ、超高速で飛ぶ光速の棺桶の中でフリーの少年傭兵・エイルズレトラが薄く笑っていた。
かつて共に戦場で味方として立っていたが、ただかわすスリルを求め続けたエイルズレトラは黒百合の圧倒的な攻撃を前に、そっちの方が楽しめそうだと思ってしまったのだ。
フリーである彼にとって、敵も味方もない。己の感情だけが大事なのだ。
そして左右へのステップでカードを回避するマブイエグリの中でも、黒百合が楽しげに、冷ややかな薄い笑みを浮かべていた。
「いいわよォ……じっくりたっぷりいたぶって、きっちりバラして差し上げるわァ」
マジシャンにまとわりつかれるマブイエグリ改の横を、ソードエンプレスが通り過ぎ去ると、敵陣へと飛び込んでいく。
「寄らば斬る……道を開けろ」
手甲から伸びる両腕の高周波ブレードですれ違いざまに肩から足にかけて斜めに斬り裂き、振り向かずに脇からもう一本のブレードを突き出して、背部から貫いた。
すぐ近くにいた覚醒者がハイパーサーベルで斬りかかってくると、ブレードがビームブレードに切り替わり、それを受け止め、払いのける。
「米田少尉、援護しますので前へ!」
自立砲台が一機のABの周囲に浮かび、敵に攻撃をさせる前に援護射撃を行う。
そうしながらも他の敵へ自立砲台で牽制しながら、ロックオンを済ませてミサイルを掃射する。同時多数の思考ができるというのがタルタロスの強みである。
「ありがとうございます、佐藤さん!」
(あの頃の僕とは違うんだ……!)
アサルトライフルでソードエンプレスの背後にいる覚醒者を撃ち怯ませると、走りながらナイフを引き抜き、こちらに向けられた敵の銃身を自分の銃身で押し上げてガラ空きになったコックピットへ、突き立てる。
かつての拙い動きと違い洗礼されたその動きは、ソードエンプレスと比較しても何ら遜色はない。明らかに覚醒者達を圧倒していた。
そして再び戦場にミサイルの雨が降り注ぎ、ピンポイントで敵に直撃させていった。
煙に紛れ、前衛を無視して後衛に陣取る獅子吼を狙い動き出す、無傷ではない複数の覚醒者達。
「あらぁ私をご指名? 黄金獅子の力、受けてみなさい!」
金色に輝き始める獅子吼の速射砲が、避ける方向を予測して放たれた。
避けた先で直撃を受け、木端微塵に吹き飛ぶ覚醒者――それにも怯まず突撃をしてくる。
後退しつつ、両腕のガトリングを掃射しながらもう1発。もう1機が爆発霧散するも、最後の1機がハイパーサーベルを引き抜き、振りかぶる。
それを片腕のシールドで受け止め、もう1つのシールドで殴りつけて引き離す。そこにほぼ零距離の速射砲を放つ。
だがそれが予測されていたのか、横へかわされる――しかし当てるために撃ったわけではない速射砲の反動で、前のめりになっていた上半身を立て直し、後退する獅子吼。熟練された技である。
そこで基地全体の大気が揺れる。そして二番艦から、英雄通信途絶の報せが。
「そんな、ごーくんが――」
一瞬だけ動きを止めた一機のABに、覚醒者が斬りかかる。その背に高周波ブレードが斬りつけられると同時に、コックピットに押し当てられたアサルトライフルが火を噴き撃ち貫く。
「米田少尉、茫然としている――」
「お前ら、そこをどけぇぇぇ!」
暇はないぞという前に、一機は動き出していた。しかも普段の丁寧な口調ではなく、感情をむき出しにした口調で。
(ちょっと前なら動揺してしばらく動けなかったのだが……成長したものだな)
年下ではあるが上官のアルジェが感慨深げに頷き、一機のABと肩を並べ、そして互いの背を預けて敵陣中央で立ち回ると、あっという間に全滅させるのであった。
ほっとしたのも、束の間。
「ほう、ちったぁマシになったか?」
空間のゲートから姿を現したピスケスを見た一同。緊張が走る。
「隊長、貴方の目的はもうどうでもいいです。アルが一発拳骨入れて、マウの前に引きずり出して謝罪させてやるから……お覚悟を」「人の社会に仇なすなら、貴方が人類でも敵です!」
ソードエンプレスが構えるよりも早く、タルタロスのミサイルと機動砲台がピスケスを襲う。それの回避軌道を予測し、獅子吼が高射砲を放った。
しかしミサイルの雨をただ悠然と緩急をつけて歩き、歩くという動作のタイミングに合わせてギリギリで全てをかわしてみせる。高射砲が穿ったそれは、幻影だった。
「僕らは負けない!」
一機が構えたアサルトライフルは撃つという瞬間、すでにピスケスは半身をずらし、撃つより前にかわしていた。
踊りかかるソードエンプレス。両手のブレードで縦横無尽に斬りつけるのだが、その全てが手で刃の無い部分を払われ、一瞬の合間で胸部に拳を叩き込まれる。
「く……まだ足りないのか?」
床にブレードを突き立てて止まったソードエンプレスへ、ピスケスが距離を詰める。
拳と手刀の乱打――生身の人間の動きかの如く流麗な動きに、防戦一方のソードエンプレス。それだけの注意を向けておきながら、きっちりとタルタロスの攻撃も、獅子吼の攻撃も最小限の動きでかわしている。
なによりも、当たったと思えた攻撃が今のところ全て残像しかとらえていない。
(このままじゃ、だめなのか!?)
一機がマブイエグリ改へと視線を向ける。
超高速で動き続けるマジシャンが纏わりついていて、本人もそれを落すのに夢中な様子がうかがえた。
「すごいプレッシャーですねぇ」
1撃でも喰らえば当然墜とされるすさまじい威圧感をかもし出すヘルを、狙っているわけでもないのに当たらないギリギリでしか回避できない、極限の状況。
エイルズレトラの背筋には冷たい汗が流れまくっているが、それに歓喜していた。
直撃したと思っても、それがトランプとなり崩れ落ちる。まだまだマブイエグリ改はピスケスを相手できそうにない。
――前を見据え、一機は覚悟を決めた。
指が震えるが、それでも迷わず乱打の暴風雨に後退を余儀なくされたソードエンプレスの代わりに、暴風雨へと飛び込んでいく。まともにかわせはしない――が、動けなくなるような致命傷だけはギリギリで避ける。
「米田さんの機体のアウル値が上昇しています。これは……!」
何かを察した七佳だが、それを止めさせる前に一機のABはピスケスを掴んでいた。
そして吹き出す金色に輝くアウルの奔流。
「マウ、皆……ごめん」
自爆システム作動の文字が、モニターに浮かび上がる。
「馬鹿やってんじゃねぇ、米田ぁ!」
蒼い光に包まれたピスケスが両腕で抱きこむと、金色の奔流と混ざり合いそれを抑え込んでいくのであった。
一機のモニターには自爆システムの文字のその横に、不発エラーという文字が点滅していた。
「信じてたよ、アースレイド」
引き離す様にソードエンプレスが縦一閃。ピスケスが後ろへと飛び退く。
「少尉、金輪際自爆はアルの前でするな……絶対に」
「ごめん」
そこへ通路の奥から飛行形態のアーク・シルフィードRが。
「強さは……1人だけで作るものじゃない――行くよ、皆!」
合体機構を起動させると、タルタロスが腕部、腰部、脚部へと分離変形し、アーク・シルフィードRが胴体背面部、そして一機のABが胸部と変形して合体すると、頭部がせり上がる。
ソードエンプレスが『セレブレイトソード』という巨大剣へと変形し、宙に浮かぶ。
「少尉! アルを握れ!」
ゆっくりとした動作でセレブレイトソードへ手を伸ばし、掴む。
「お前らの力、どれほどにまでなったのか見せてみろ!」
蒼い光を纏った足で、一直線に合体機『エリュシオン』へ跳び蹴りをかます。押され、後ろへと下がるが直立不動の姿勢は崩さない。
「くっ!」
顔を歪め、胸を押さえる七佳。機体にリンクしすぎてるが故に起きる現象であった。
「……ダメージのフィードバックは気にしないでいいわ。それより目の前の相手に集中して」
「わかったよ、佐藤さん」
ピスケスを、いや、それに乗るアースレイドをしっかりと睨み付けた。
セレブレイトソードから天をも貫く光の柱が立ち昇る。
「稲妻ドライブ、フルバースト! 今こそあの馬鹿を超えるんだ! 一機少尉!」
「これが僕達の……答えだぁあああ!!」
振り下ろされる光の柱をかわそうと動き出したピスケス――その背後から脚を速射砲で撃ちぬかれる。
「情け無用ファイヤーよ♪」
水を差さないという選択肢のない霧依が、ウィンクしてみせた。
そして光の柱に飲み込まれるピスケス。
光が治まった後には頭部と左半身が無く、かろうじてコックピットと右半身が残っている程度だった。
「美味しいところ、いただきますわァ」
ヘルをかわしたマジシャンへ、掴むのではなくバックブローの要領でヘルを当てた。壁に激突するマジシャンはたったそれだけで分解する。
そしてマブイエグリ改のクローアームが、立っているだけに過ぎないピスケスの腕と足をもぎ取り、コックピットを残して完全に破壊するのであった――
通路の奥、巨大な扉の前で弐番艦は停泊していた。
「言っただろ、悲劇を終わらせて『見せる』ってさ」
治療を受けながら捕虜となったアースレイドへ、チョコを投げて寄こす一機。呼吸器が付いていて彼がなんと言ってきたのかはわからないが、一機は頷き、後にする。
入れ替わりで隼と名乗っている叶伊が入ってくると、アースレイドを冷ややかに見降ろしていた。
「……この後の処遇について決めるのは、私ではないです。ですがもし戦場に肩を並べるような場合、おかしな動きを見せれば躊躇わず私は撃ちます」
男2人がそんなやり取りをしている間、マウとアルジェ、それと霧依がシャワーを浴びていた。
七佳はコネクターを人に見せたくないのか、自室へと戻っている。黒百合は――まだマブイエグリ改を弄っているのだろう。
「よかったな、マウ。隊長のために胸部装甲を大きくしたんだからな」
後ろから伸びてくる手を叩き「あの馬鹿のためじゃないわよ」と言って、するりと抜ける。
「あらァ、これくらいにしてあげなきゃだめよぉ♪」
悪乗りした霧依が手を伸ばすが、それもするりと抜けるとさっさと服を着てしまう。指輪のネックレスを首にかけ、シャワー室を出ると一機に出くわした。
「……顔を合わさなくても、いいんですか?」
「いい。少しだけ、休憩を取るって伝えておいて」
表情を作らないマウが心配する一機を置き去りにし、歩調を徐々に早くして自室へと飛び込んでベッドに顔を突っ伏す。
「預かり物、取りに来なさいよね……ッ」
「もう我慢できない……兄さん!」
がばっと布団を抱きしめたところで、目を覚ましたアルジェ。何の変哲もない日本の家屋の一室。
カーテンから洩れる弱々しい光が、夜が明けた時刻なのを知らせてくれる。
「またこの夢か……でも話しかけるのに良い話題だな」
充電中の携帯を手に取るアルジェであったとさ。
手ごわかったアースレイドをも乗り越える事の出来た人類。だがまだこれで終わりではなく、ここからが本当の正念場となるのであろう――だが負けるな人類最後の希望達!
【AP】煉獄艦エリュシオン3陸、次回へ続く!