「ああ、この感じ――ワクワクしますねぇ」
敵襲の知らせがあった時点で誰よりも早く、タキシードを思わせる白と黒のツートンカラーの機体『マジシャンIIR』へと搭乗し、幻影システムのアウルを溜めこんでいるエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)。
フリーの傭兵少年だけあって、慇懃な振る舞いに反し、協調性に難ありな彼。出撃命令が下される前に勝手に出撃する。
そして出撃と同時に、装甲を全て脱ぎ捨てた。
「ほとんど止まっているようなモノなんて、楽しくないんですよ――やはり、確かな殺意でないと」
1度空中分解した機体を組み直し、耐久を完全に犠牲にして機動性をさらに極限まで高めた通称『光速の棺桶』は、液体金属をアウルで定着させたマントを羽織り、機雷地帯へ向けて加速を開始するのであった。
格納庫では順に発進準備が整う。
四肢に回転機構を持つ水中格闘機体『ヴォルテックス』。そこに装甲と推進装置を増加し、下がった格闘能力を補うために追加された試作型水中用パイルバンカーを両腕に装着した今は、その強化型『FA(フルアーマー)ヴォルテックス』と呼ばれている。
コックピットではパイロット、楯清十郎(
ja2990)が感触の違いを確かめていた。
(さて、艦長の期待にお応えするとしましょうか)
「FAヴォルテックス、楯清十郎。出撃します」
四肢の回転機構によるウォータージェット推進で、これまでにない高い加速性能を実現させたFAヴォルテックスが海中を突き進む。
「お次はあたしかしら?」
野太くも艶っぽい声の持ち主、御堂 龍太(
jb0849)――だが『メデューサ』の外観は補修に次ぐ補修で真新しい箇所がどこにもなく、整備が完了したとはとても思えなかった。
もともと回避性能を犠牲にしているため、被弾を前提とした機体だけにその姿は仕方がない――だが、言い換えればそれだけ激しい戦闘を、今日という日まで生き残ってきたという証でもある。
(あたしがいるうちは、もう誰も死なせないわ……)
目を閉じると、昔所属していた部隊の隊員達と過ごした日々が瞼の裏に浮かび上がる。そして、皆が散っていったあの日の事も。
グリップを握る。
「御堂 龍太。行ってくるわ」
「機体チェック完了。すぐに出る」
全身をクロムでコーティングし、ユニコーンをモチーフにした頭部を持つ蒼い機体『クロムナイツ・インペリアル』を操縦するファング・CEフィールド(
ja7828)特務大佐が、システムの最終チェックを終え、アームレイカーと呼ばれる球状のコントロールスティックに手を重ねた。
機体の整備に関しては各部を可能な限りユニット化して、内装火器を極力減らした事で容易だったのだが、本人にしかチェックできない特殊なシステムがあるため、やや出撃が遅れたのだ。
プールの前に立つ、クロムナイツ。直立したまま機体がゆっくりと倒れていく。
「ファング・クロスエッジフィールド、クロムナイツ・インペリアル――」
海水に触れるか触れないかのあたりで膝を曲げた。
「発艦する!」
格納庫の縁を勢いよく蹴り、激しい波しぶきをあげ、海面へ鋭角に飛び込んでいく。
「さて、やるだけはやりましょうか?」
リオン・H・エアハルト(
jb5611)の乗る『シェル・ビースト』がゆっくりと歩き出す。
水圧に対抗するため装甲に重点を置いた、ずんぐりとした機体。頭部が無く、胴体の上部にモノアイがあるという、やや変わったシルエットが特徴的であった。
プールの揺れる波を見つめ、青空の下に広がる海を思い浮かべる。
(海は良い……)
だがここしばらく聞くのは波の音ではなく、スクリューの音。機体と機体のぶつかり合う音。炸裂音。そんなものばかりだ。
(静かならさらに良いのに……)
それを取り戻すために、自分はここに居る――操縦桿を握る手に、力がこもる。
「リオン、シェル・ビースト。出ます」
シェル・ビーストが出撃した後、最後の1機の出撃準備が整った。
「久々の戦闘じゃ。腕が鳴るのう」
片目から炎を噴き出す髑髏エンブレムの入ったレドーム状の頭部、骸骨のように細い胴体と手足、そしてビームハルバード1本――恐ろしく男らしい機体『ドラゴントゥース2』。
攻撃性能を限界まで強化した結果、人を乗せるスペースが無いAB。そのためこの機体は遠隔操作が必須であり、それを扱うのが、参番艦特別制御室で先ほど不敵に笑った、美具 フランカー 29世(
jb3882)である。
遠隔操作に長けている通称『ニューテイマー』能力を有する彼女の為だけに、やや広い部屋のほとんどを専用のAB制御システムが占領していた。
このシステムを起動するのに、時間がかかってしまったのだ。
「さあ、時間が惜しい――ドラゴントゥース2、出撃じゃ」
海へと潜ったドラゴントゥース。控えめにとりあえず付いていた装甲が、即座に分離――遅れた分を取り戻す様に、加速を開始するのであった。
誰よりも先に出撃し、機雷の位置情報を伝える事すらせず、さっさと機雷地帯を潜り抜けたマジシャンIIRを待ち構えていたのは、総数50機の模造AB『覚醒者』達。
一斉にハイパーサーベルを手に取り、上から下から右から左からと、次々襲い掛かってくる。とてもではないが逃げ場などないように見えるほど、密な攻撃。
エイルズの手が震えていた――歓喜によって。
「さあ、ショウタイムの始まりです……!」
嬉々として、敵陣の真っただ中へと最大加速で突っ込んでいく。
繰り出し続けられる、サーベルの連続攻撃。1発でも当たれば間違いなく終わってしまうのだが、それでもアクセルは決して緩めず、ただひたすらにスリルを求めるアクセルジャンキーであった。
普通ならば数秒ともつ事無く沈められるものだが、かわす事に命をかける彼の動きは流石と言わんばかりである。とてもではないが考える猶予の無い超高速の中、全ての攻撃を反射だけでかわしていく。
「その程度の攻撃、当たってあげるわけにはいきませんねぇ」
全ての敵がマジシャンIIRに集中している間に、機雷地帯で爆発が起こる。そしてそれはいくらかの誘爆をしたのちに、大量の気泡を生み出していた。
そこから姿を現すFAヴォルテックス。機体の所々が機雷により裂けているが、それがナノマシンにより修復されていく。
「座標転送完了――FAヴォルテックス、これより接敵開始します!」
全身から金の粒子を立ち昇らせ、バルカンを撃ちながら突撃した。その後ろから、短距離魚雷で進行に邪魔な魚雷を破壊しながらも突き進んできたシェル・ビーストもバルカンで援護している。
「足が速いのはいいんですが、この機体……細かい動きは苦手なんですよね――援護しますから、後ろの事は任せてください」
「あらあら、せっかちさんねぇ――どんなに離れてても見つけてあげるわ。お行きなさい」
機雷と敵機の位置情報を艦へと伝えたメデューサから、小型カメラと探知レーダーが搭載された小型ビット(本人はメデューサの目と呼んでいる)が新たに射出される。
実の所、すでに何基かは敵陣の中に潜んでおり、その情報を常にメデューサへ送信しながらも、レーダーの中継点としての役割も果たしていた。その情報を統合、分析する事により、敵影を平面的にではなく立体的にすべて捉えていた。
そしてメデューサからは不可視のアウルが常に出ており、それが敵の動きを少しだけ鈍くしている。
そんなメデューサにロングライフルの一撃――それをシールドで受け止めていた。
「あんた、その程度であたしを落とせると思ってるの?」
背面に取り付けた、ミサイルポッドの砲門が開く。
アウルの力が溢れ、ミサイルポッドだけでなくミサイルそのものも光り輝いている。
「坊や達に、これがかわせるかしら?」
メデューサの背部から、一斉にミサイルが飛び立った。水中故にミサイルは白い煙の尾を引く事が無かったが、水流と気泡で幾筋ものうねりを作って向かって行く。
「海に蛇だと?」
誰かがそう呟いた直後、1機当たり5発ずつのミサイルが取り囲むように襲い掛かり、呟きは悲鳴へと変わるのだった。かわせた者は誰もいない。
「あたしの眼からは誰も逃れられないのよ。ご愁傷様、坊や」
蛇と目から逃れた1機の前にグレネードが投げつけられ、破裂。不意の攻撃に機体が流れ、そこを待ち構えていたFAヴォルテックスが腕を振りあげる。
「当たると、痛いじゃすみませんよ!」
水中での抵抗を減らすために、ガスを排出してその膜で覆われたパイルバンカーの先端突き刺すと同時に、電磁の力で杭を射出。
驚異的な威力に射出速度で機体をあっさり貫きそうだが、ガスを排出する構造上、先端がとても潰れやすいので、1度では貫いたりはしない。
だが潰れやすいという特性を逆手に取り、潰れる事で運動エネルギーの伝達率を上昇させているのだ。
つまりは。
「打ち抜け!」
2度、3度と打ち出すのではなく連続して打ち突けると、覚醒者の背部が盛り上がり、最後の一撃で丸く潰れきった先端が装甲を突き破って頭を覗かせる。
杭を分離し、カートリッジで新しい先端を補給。次の獲物へと向かって行った。
「どこを狙っている。オレはここにいるぞ!」
跳んできたロングライフルを、クロムナイツ自身の移動によって発生した水流に乗せて引き寄せた機雷に直撃させる。その直後、機雷が爆裂する圧力を利用し、さらに加速して距離を縮めた。
「そこか――ッ!」
背中のハンガーからウィスプと呼ばれる小型ビットが射出され、コの字状に変形すると覚醒者の背後に回り込み、攻撃を開始する。
そして背後に気を取られたところで、アサルトライフルを構えた。
「悪く思うな。死を運ぶのが、オレの役割だ」
狙われていると気付いた時には、もう遅い。覚醒者は胴体を撃ち抜かれ、爆散するのであった。
別の角度から跳んできたロングライフルが、クロムナイツに直撃――したように見えたが、それは残像である。
「お前ら如きにこの『蒼き閃光の死神』が落とせると思うな!」
徹底して中距離を保つクロムナイツの横を、4機となったドラゴントゥース2が通り抜け、動きで惑わしながらも敵編隊へと肉薄する。その背後から、シェル・ビーストのミサイルオロチが追いかける。
海流の流れを読み、複雑に蠢くミサイルが広範囲にわたって覚醒者達の死角から次々に襲い掛かる。
「海流ってのは大事なんですよ?」
辺りを気泡が支配する。そこを突っ切ったドラゴントゥース2が分身した3機と共に、1体の覚醒者に詰め寄った。
「1機ずつ、確実にじゃよ」
分身が散り、時間差で右、左から襲い掛かると間髪入れずに下から上へとビームハルバードで斬りつける。そしてトドメと言わんばかりに、正面から突撃してきた本体が貫く。
「クリオネデッドリーカルテットの味はどうじゃ? まあ、もう聞こえておらんのだろうけどな」
狙われて撃たれる前に再び散り散りになると、次の目標を定め、確実に1機ずつ、墜としていくのであった。
常にハイパー化で挑んでいる清十郎は息を切らし、パイロットスーツの薬剤投与システムに作り出した結晶をセット――荒かった息が少しずつ治まるが、脂汗がにじみ出ていた。
「くっ……これがあっても連続使用は流石にキツイ」
絶え間なく消費されていく生命力。確実に命を削っているその行為は、精神をも削り取っている。
投与している間、ほんの少し動きを止めていたFAヴォルテックスに群がってくる覚醒者達。だが慌てず、正面の近い奴へと肉薄し先端の潰れきったパイルバンカーでガードした腕ごと、もぎ取るが如く穿つ。
コックピットに届きはしなかったが、電気系統に異常をきたした覚醒者が動きを止めた。
「操縦者の意識を刈り取る一撃です。そして機体が無事でも動けませんよ」
突き刺されたまま動きを止めたそいつを盾のように構え、包囲を潜り抜けると、追いすがる覚醒者に投げつける。
「そろそろケリをつけましょう――リミットブレイク! ハイパーブレイク・ドーン!!」
パイルバンカーの先端が太陽の様に輝き、海の深淵を切り裂く陽光の軌跡を描きながらひと突きで1機ずつ、片づけていくのであった。
「あらあら、狙われているわね――誰か手を貸してくれないかしら?」
接近戦を苦手とするメデューサが下がりつつ援護を申し出ると、シェル・ビーストが間に割り込み、被弾などものともせずにミサイルオロチにアウルを過剰供給する。
「さあ、海の藻屑と消えるがよい!」
金の粒子が溢れ出るミサイルが飛び交う。
「あたしからも、プレゼントよ」
メデューサからも、再び蛇が姿を現して覚醒者を追い回した。
おおよそがかわしきれずに命中するも、仲間が減った事で空間に余裕ができた覚醒者の中には、飛び交うミサイルをかわす者もいた。
「あたしの眼が……捉えられなかった? フフ、生意気な子ねぇ」
「じゃが、無駄にはせん!」
覚醒者のかわしたミサイルをその背後で切り払い、爆発させると、その気泡に紛れてドラゴントゥース2の分身3機が四方から同時に覚醒者を突き刺すのであった。
そしてミサイルの雨がもたらした気泡の乱流――眼を赤く輝かせたクロムナイツが複雑な機動を描きながらもアサルトライフルを乱射し続ける。
「見える……幾ら隠れようがッ!!」
しかしこれまで中距離を保っていたクロムナイツにしてはやや近すぎたのか、もしくは目立ちすぎたのか。生き残った覚醒者が狙いを定めて一斉に掃射してくる。
だがそれでもファングは落ち着いていた。
「行こう、クロムナイツ、お前とオレは『ここにいる』」
インペリアルシステム作動という音声と共に、ファングと機体が精神的リンク。バックパックバーニアが4つに増え、装甲がスライド。装甲基部から強制排気が行われると、白銀色に輝き始める。
かわしきれないかと思われた攻撃も、白銀の軌跡を描き全てかわすとアサルトライフルがその姿を変え、これまで以上のアウルが込められていく。
複雑な動きの中、覚醒者達の動きをじっくり観察し、その時が来るのを待った。
そしてほんの一瞬、一直線に並ぶ。
「オレは、お前達の『死』だ」
アサルトライフルが発射されると、1本の筋を作り、直線上に並んだ覚醒者を次々に穿いていった――
「もう終わってしまいましたか」
つまらなそうに呟くエイルズが、参番艦に引き上げる仲間達に目を向けていた。
「彼らとの方が、ずっと楽しいんじゃないんでしょうか――」
そしてマジシャンIIRは参番艦に戻る事無く、どこかへと消えていくのであった――
すでに数の差など、ものともしないほどの力を手にしている人類。
だが敵はあまりにも不透明で強大過ぎる。そして妖しく蠢く人類の姿も――それでも負けてはいけない! 人類最後の希望よ!
【AP】煉獄艦エリュシオン3海、次回へ続く!