「自由に遊んで来い――で御座るとな? わふふふふ……」
黒と白、とある小型犬かの如く塗り分けられた機体『黒柴』で、悪い笑みをもらす静馬 源一(
jb2368)。ずいぶんと若いが、これでも軍曹である。
ただし上官泣かせの問題児だったため、此処へと送られてきたのだった。
だがその横にある妖精の羽を模した4枚の通信アンテナが特徴的な、スカイブルーの機体『青星(ブルースター)』のパイロット、クリス・クリス(
ja2083)はさらに幼かったりする。
ABへの特異なほどの適性が見いだされ、下士官相当に当たる特別育成兵として軍研究所に所属していた。そしてその育成第二段階として、教官兼監視役の伊藤 辺木(
ja9371)と共に、配属されたのである。
「重力任せの逆落としで良いんだよね? クリス・クリス。『青星』はっしーん♪」
「一番乗りは拙者でござろう!」
黒柴と青星が発進許可が出る前に飛び立つと、赤をベースに黄色のラインが入った『赤目』の中で辺木が慌ててしまう。
「あ、こらお前達! 俺より先に出るんじゃねぇぇぇぇ」
まずは自分の機体で探知してから――と話していたはずなのだが、やはりこうなった。
(チクショウぜってぇこれ懲罰人事だ! 仕方ねぇだろ! 子供戦わせるとか怒るよ!)
かつて他の追随を許さないほど、熱く書類運びしていた日々を懐かしく思う。
書類のコピーから特別育成兵の存在を知り、抗議した結果がこれだ。
しかもクリス1人でも手が余るのにそこへさらに源一がやってきて、彼の胃が爆発するのも時間の問題。
(……胃袋が爆発して死ぬのって、二階級特進の範囲内かなぁ?)
胃薬を口に含み、辺木は赤目で後を追うのであった。
鮮やかな青色で関節部分のみ灰色な、全体的にスマートなシルエットをした機体――文 銀海(
jb0005)少尉の事実上専用機、変形強襲型試作AB『フォトンライナー』の発進準備が完了した。
「文 銀海、フォトンライナー。出ます!」
単眼が輝き、フォトンライナーが飛び立つ。
「……皆さん、元気ですねぇ」
「まったくだ」
白衣の研究員・鴉乃宮 歌音(
ja0427)が呟きに同意し、深緑色をしたのローブ状の装甲を持つ『セージ』も飛び立つ。
そして最後に、加速せず、重力に任せるかのようにゆっくりと発進した漆黒の機体『D・G』。
一対一を一対多にというコンセプトを実現した試作機だが、分身及びビットを併用する近接戦闘は複雑で、経歴・年齢・階級、全てにおいて謎と言われている零番艦七不思議の彼――間下 慈(
jb2391)自称准尉だけが平然と乗りこなした結果、彼の新しい愛機となった。
幻影作成機能『ゲンガー』システムを作動させ、発動するまで低速で降下しながらもビットを射出し、分身生成機能『ドッペル』で分身を作り出す。
「さて……D・G、出ます」
最大加速で降下を開始するのであった――
「攻撃、来るぞ!」
「わっ危なっ!」
辺木の警告に青星が反応して、飛来してきたビームをかわす。だがかわしたクリスは頬を膨らませた。
「えー? 敵の射程、こっちより上? でも当たらないよ♪」
高速で降下しながらも、4枚の羽根を少し動かして機体の姿勢を変化させて次々飛んでくる攻撃をかわし続ける。
「高速移動中の機体は、少しの空気抵抗で姿勢が変わる……通信用の羽アンテナでの機体制御はボクの得意技〜。
兵装・機体制限解除――ぜ ん ぶ た た き お と す !」
ボタンをぽちっと押すとセーフティーが外れ、ライフルに限界値を超えたアウルが充填される。
「さあ、綺麗な華を咲かせてもらうよー♪」
武器を構えながらくすすと笑うが、その射線を先行する黒柴が横切る。
「ひゃっはー! クリス殿、伊藤殿! だれが多く落とすか競争で御座る! 食べ放題で御座るぞー!!」
比較的大人しくしていた源一だったが、敵を確認した瞬間、ブースター全開で突撃していた。
射線を遮らない様にと一応気遣っているのかもしれないが、最前線で近づいてはドリルひと突き、そして離れてはまた突撃と暴れていれば、意図しなくとも遮ってしまうものだ。
「いやいやいや……静馬さん、それボクの獲物ぉ……墜としちゃだめー!!」
何体か撃ち落していた青星だが、そのうちに遮られているのも構わずアサルトライフルをぶっ放す。
それが黒柴の背に直撃。
「おおおお!? なんで御座るか!?」
「あ、こら青星! 回線開いてんだろ!? 黒柴の邪魔すんな! 黒柴! 独断専行するんじゃねぇぇ!」
錐もみする黒柴へ防衛装置の砲身が向けられる。
「くそ、こうなりゃライフルで遠距離支援……! くあぁ忙しいぃぃ!!」
赤目がライフルとビットで防衛装置を片っ端から潰し、その間に黒柴は姿勢を建て直し、一旦後ろへと下がった。
「うん教官。わかってるよぉ。チームプレイね。チームプレイ……」
「すまんで御座ろう。ちょっとテンションあがりすぎたで御座る」
ちょっとは反省の色を見せる2人――その3機を後方から超高速で抜き去る薄く細い鮮やかな青の戦闘機。
「前に出なければ、やられなかったものを!」
スラスター付近の塗装が剥がれ、光る粒子の軌道を作り出しつつ、最高速に達したフォトンライナーの機体上部からミサイルが一斉に掃射される。
白い筋が辺りを染め上げ、30発のミサイルが火の華を咲かせる。
機体が損傷しながらも前へ出てきたフォトンライナーを追いかけようとする覚醒者がいたのだが、戻っていくフォトンライナーには追いつけない。
「このフォトンライナーに追いつけると、本気で思ったのか?」
後ろから飛んでくるビームの雨を反転と切り替えでかわし続ける。
「ジャマー発動――これよりここは私の監視下だ。見逃しはしない」
セージのローブから不可視の粒子が薄く広がり、漂い始めた。まだ頭すら出していない防衛装置もしっかりと捉えている。
それだけでなく、性能や特性などもモニタリングしていた――敵味方区別なしに。
(フォトンライナー……確か先行量産機『ウィンドミル』の試作型。いいデータが録れそうだ)
ちらっとその目が赤目にも注がれる。
(支援特化機『赤目』。確か単騎での戦闘力が劣るという事で量産が破棄された、ほぼ専用機。盾仕様と他に何か運用目的があると聞くが、果たして……)
さらには黒柴へと。
(そしてあれがマッドで偏った思考のメカニック達によって作り出された『黒柴』。殺られる前に殺れを念頭に魔改造され、扱えるパイロットが彼だけらしいな――貴重なデータにはなりそうだ)
オーバーリミットによる反動で細かい亀裂が入っている青星だが、ナノマシンにより修復されていく。
その様子もしっかりと記録している歌音。
(実に、いい)
誰も見ていないコックピットの中で、薄く笑っていた。
その横を両手にビームサーベルを持った漆黒の機体が通り過ぎ、撃ち漏らしている防衛装置をビットで撃ち落しながらも前線へと躍り出る。
D・Gが2機の分身と複雑な連携をこなしながら覚醒者たちを相手取り、それでも2基のビットが自由自在に動きまわって防衛装置を的確に潰していった。
(彼の機体も興味深いが、それ以上に彼自身も謎が多い――人の事は言えないが)
「拙者も!」
「ボクだって!」
一度は大人しくなったが、敵が散っていく華を見て再びスイッチが入ったのか黒柴も青星も突撃を開始する。
「お前ら、指示を待てぇぇぇ! くっそ、やらせねぇからな!」
赤目の頭部装甲が展開し大量の複眼が蠢きビットが黒柴と青星に追従、敵が撃つ瞬間を予知し、そこを狙って牽制していた。
再び戦闘機形態のフォトンライナーが超加速で突撃し、その道を塞ぐように集まってくる覚醒達。
「邪魔だな、どいてもらおうか……!」
僅かに露出させた頭部のバルカンで道を塞ぐ1体の足を止め、そのできた隙間に捻じりこむように速度を緩める事無く潜り抜けていった。
そして後ろを取ると速度を落とすことなく振り返って変形、腕をかざすと背部スラスター横からミサイルの一斉掃射。
白煙と爆炎が再び周囲を支配し、その煙をフォトンライナーが突っ切って味方の元へと戻る。
『ウロボロス、掃射♪』
「ミサイル、来るぞ」
「避けろ、お前ら!」
同時に探知した歌音と辺木が、それぞれ警告を発する。
飛来してくるミサイルを避ける黒柴、D・G、青星。だが避けた方向へと軌道を修正してくる。
「バルカンで御座る!」
「これしきの事で……っ」
「当たらないよーっだ!」
渋々つけた頭部のバルカンで黒柴が、ビームサーベルでD・Gが、左肩のバルカンで青星が迎撃。
さらにミサイルは後方に位置する赤目、フォトンライナー、セージにまでも襲い掛かる。
「右――いや、正面か!」
「来る方向さえ絞れていれば、どうということはない」
バルカンで撃ち落すフォトンライナーに、軌道を予測してビットで撃ち落すセージ。
そして回避性能の良くない赤目が、それを補って余りある堅さで耐えきってみせた――が、その直後にシステムがダウン。再起動を始めるのだが、そのせいでまるっきり無防備である。
「くっそ、システム復活まで5秒か……!」
『甘い……♪ 硬さだけでは生き残れないよ?』
未登録の識別コードから通信。
煙が晴れ渡ったそこには残された覚醒者だけでなく、美しさと禍々しさを兼ね備えた黒い機体が悠々と待ち構えていた。
「おや、アレは――ふむ、挨拶しておこうか」
その識別コードとフォルムに見覚えのある歌音が、秘匿回線で通信を開く。
「やあ社長」
『やあ☆ お咎めに来たのかな♪』
「そんな野暮な事はしない。予測できる行動だしその理由も理解できる」
AB開発を手掛ける最大手の社長、それが彼、ジェラルド&ブラックパレードである。
つまり彼の願いとは、戦争の長期化――死の商人としては当然かもしれない。
「にしても社長自ら出撃していいのかね? 自慢の機体が落とされても、自己責任でお願いします。
身バレして軍から訴えられても知りませんよ。そんなヘマしないでしょうけど――蒐集したデータください。口止め料に」
『しっかりしてるね☆ いいよ』
あっさり口止め料を承諾し、極秘事項であろうデータを送りつけてくる。あまりにも、あっさりしすぎていた。
『それで満足だねメーン♪ というわけでお手柔らかに……ゆっくり死んでいってね♪』
ジェラルドの乗る『BP』が分身。さらにはその状態からスタンミサイル・ウロボロスが放たれる。
「厄介な兵器をお持ちで……っ」
瞳が発光し笑みの消えた慈が、淡く銀色に輝くD・Gとその分身、ビットを駆使し、これまで以上の反応速度と正確さで、撃ちだされたばかりで展開しきっていない大半のミサイルを切り払う。
「凡人がお相手しますよ」
ビットと分身を自分の背後へとまわし、真正面から戦いを挑む。
BPからもう1体の分身が生まれ、即座にミサイルを撃ちだし、本体と1体の分身からは無数の赤黒いワイヤーが放たれた。だがワイヤーは残影に惑わされ、D・Gに当たらない。
そして通り抜け様にミサイルを切り払う。
「それしきの攻撃で!」
D・Gを潜り抜けたミサイルをフォトンライナーのミサイルがピンポイントで迎撃していた。
爆風に巻き込まれるD・G――するとその存在が、モニターから消えた。
疑問に思わせる暇すら与えず、爆炎の煙幕を利用してBPの死角から音もなく現れるD・G。
「……そこだっ」
ビームサーベルの一閃――それだけに留まらず、後ろに並んだ分身が左右へと分かれ同時にビームサーベルを突き立て、さらにはビットの追い討ち攻撃。
振り返り、もう1本のビームサーベルを縦に振り下ろす。
『お見事……流石です☆ だけどまだ読みが足りませんね♪』
激しい損傷を受けたBPだが、その損傷がみるみるうちに修復していく。
先ほどかわしたワイヤーは黒柴と青星に絡みつき、締め上げながらワイヤーが銀色の光を吸い取っていた。鼓動するたびに、BPの損傷が修復され、もがく黒柴と青星は徐々にその動きが鈍くなっていく。
最初からかわされるのを前提とし、D・Gではなくその後ろを狙い、ダメージを受けた時の修復手段を確保していたのだ。
「このままでは墜ちるで御座るな……!」
「やぁあ、逃げられないぃぃ!」
「2人は死なせねぇ! 赤目を盾兼補修パーツ仕様にしたのはこのためだ! 緊急合体、発動!」
光りの粒子が立ち昇る赤目が、今にも落ちそうな2機へと突撃し、3機が変形。1体の機体へと合体したのだった。
「俺の目が届くうちは、絶対に助ける!」
3機合体した機体の右腕、ドリルの先端がパカリと割れ、大口径の砲門が姿を現す。
「これが俺の信じる監視役の任務だ!」
凄まじいエネルギーの収束――そして空間を埋めんばかりのエネルギーの奔流が次々に覚醒者を呑みこんでいく。
奔流が消え去った後には、すでに敵の反応が全て消失していたのであった――
「いやいや、危なかったね☆」
直撃する前に居たという事実を捻じ曲げ、塔の外へと逃げていたBP。様々なデータが録れたと喜びながら、彼は本社へと帰っていく。
勝敗は二の次――それが彼なのだ。
最下層に到着した零番艦を待ち受けていたのは、凄まじいエネルギーの幕に覆われたフィールドだった。
「やあ諸君、お疲れ様だね。解析は時間がかかると言うし、今のうちに飯でも食うかね」
ミルの誘いに、源一とクリスが喜び勇んで食堂へと走り出す。
「悠長だな、艦長さんよぉ!?」
「待つしかできない時はのんびりしておかないと、胃が持たんぞ曹長――おっと、そろそろ解雇されるのだったか」
「マジで!?」
「そうなれば、うちへ来い。軍属となっているが、それは民間に協力してもらっているのを隠すためだけの話。
ここは私が運営する会社なのだから、軍は何も言えんぞ――無論、あの子らも一緒にな」
それから銀海へと視線を向けた。
「少尉、君もな。愛機を没収されたくないならば、うちへ来い。全力で護ってやるぞ」
「頼もしい、お言葉で……」
緊張気味の銀海の肩を叩くと、飄々とした笑みを崩さないミルも食堂へと向かう。
通路で慈とすれ違い、声をかけていた。
「君の戦い方は実に老獪で、決して才能では埋めきれない熟練した匂いがした――実際、何歳なのだ?」
「ぴっちぴちの21歳ですよー」
予想通りの答えに肩をすくめ、手を振って後にする。
そして食堂で優雅に紅茶を飲みながら報告書らしきものを作成している歌音の姿。
とても敵地のど真ん中とは思えない光景こそが、零番艦の日常であった――
敵が強くなれどこちらも強くなる。そして誰もが誰をも死なせない、それが彼らの強みでもある。
そして訪れる一時の日常――果たしてこの先に、何が待ち受けるのか。
【AP】煉獄艦エリュシオン3空、次回へ続く!