●北海の地へ
目を開けた桜花(
jb0392)は視界に飛び込んできた、どこまで続いてるのかわからないほど長い直線道路、それ以外にないのかと言いたくなるほど一面の牧草地に目を細めた。
街の喧騒など当然なく、車の音もまるでしない。
「懐かしいな。この何もない情景……」
「桜花さんは北海道の方なのですか?」
ボブヘアーを揺らし、おっとりとした雰囲気の紅葉 公(
ja2931)がほんわかと尋ねる。
「ああ、紅葉さん。この地域って訳じゃーないけど、北海道出身なんですよ」
「静かでよい所ですね」
かわいらしい笑顔を向けられ、桜花は身体の陰でこっそり拳を震わせていた。
(っく、これで年下ならドストライクの可愛さだったのに……!)
天魔との戦いを終わらせ美少女美少年の天使・悪魔・人間のハーレムを作るのが人生の最終目標を掲げる桜花にとっては、惜しい人材であった。
「何か不穏当な事を考えている気がするのです」
物静かな葛葉 椛(
jb5587)だが、そんな気配を敏感に感じ取り思わず口にしていた。
「気にするよりも、まず行動した方がいいわよね」
時間が時間だけにそう判断したグレイシア・明守華=ピークス(
jb5092)が、校舎の前で佇んでいる依頼主であろう人物に声をかけた。
「こんばんは、依頼してくれた津崎 海さんよね? あたしはグレイシア・明守華よ。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
若干緊張しているのか、海はおずおずと頭を下げる。
「本当の桜の木は綺麗で美しくて愛でるのに良いと聞いてるけど、それを模して被害を与えるサーバントなんか気持ち悪くてしょうがないわよね。
さあ、張りきって頑張るわよ」
「そうですね、仕事といきましょうか」
胸を張って張りきっている明守華の後ろから、口を開かずにいたリオン・H・エアハルト(
jb5611)が淡々と述べ、アサルトライフルを活性化させていた。
「申し遅れましたね。自分はリオン・H・エアハルトです。案内してくれますか、津崎さん」
「北海道はこれから桜の季節なんですね、津崎さん」
「今年は遅咲きな方ですけど、だいたいこんなものですね。ここら辺が北海道でも、ずいぶん後の方だっていうのもあるんですが」
「そうなんですか。被害が出る前に判ってよかったですけど、満開の時も来たかったです」
坂を下りながら雑木林に向かう最中、簡単な自己紹介を済ませ椛と海がそんな会話をしていた。
ルートは2つあると海から説明は受けたが、さほど時間に追われているわけでもないからと、ややのんびりめのルートを全員選択したのだ。
「時間のある時にでも、また来てくださいよ葛葉さん――あ、あそこです」
海が指を向けた先。地形としては少し出っ張り気味で、やや見えにくいが確かに茶色い風景にそぐわぬ鮮やかなピンク色がチラチラと見えた。
「ここから見る限りただの桜のようにも見えますが、警戒はしておきましょう」
公が阻霊符を取り出し、自身も光纏を纏い『無効化領域』とも呼べるものを展開させる。
「海はここで待ってなさい。今、お姉さん達が退治してきてあげるから」
頼れるお姉さん風に片腕でガッツポーズをとり、表情を引き締めロングボウを活性化させた。
黙ってダンタリオンの写本を手に取る明守華に、招炎霊符を構え狐のような尻尾が具現化する椛。
「一本ずつ狙う、それでいいわよね」
明守華の再確認に皆が頷き、海をその場に残して向かうのであった。
情報で聞いていた通り、見事なほど美しい桜がそこだけを幻想的なものにしていた。そう、それがこの世界のものではないとわかっていても見惚れてしまうほどに。
思わず椛がデジカメで、一枚。
「本当に綺麗です……これで天魔じゃなければなぁ……」
「そうですね」
相槌を打ちながらも公は枝を拾い上げると、桜へ向けて勢いよく投げつけた。
ただの中学生である海の時とは違い、ダアトといえど撃退士である公の投げつけた枝は回転しながらそうとうな勢いで飛んでいた。
だがそれも情報にあった通り、散っている花弁が枝に対して壁のように立ちはだかると、受け止めた――というよりは、一瞬にして切り刻まれた枝は細々とした木端となり、地面に無残な姿で散りばめられてしまう。
「聞き及んでいた通りですね。相手は動かないようですが、特殊な攻撃がないとも限らないので慎重にいきましょう。
サーバントなら、とにかく何とかしないと……ですね」
サーバントと聞き、リオンが口元に手を当てる。
「ふむ、悪魔か天使か。これだけでは把握は出来ないな」
「それもそうですね。この情報は津崎さんの主観の話ですから、情報通りとは限りませんか」
「ええ。なんにせよ、敵ではあるわけだからね。倒すさ。ただ木だから動けない……という思い込みはいけないか。距離は取っておきましょう」
(注意するには越したことはないけど楽な依頼かな? 気は抜かないようにしないと)
油断する気はないがそれでも、相手が動く確率が低く、近づかなければかなり安全である。そう考えるとどうしても楽な仕事、と感じてしまうのも仕方ない。
それぞれ、武器の射程を考えた位置取り武器を構える。
「見たところ狭範囲にしか攻撃できないみたいですけど、花弁を飛ばしたり根などで遠距離攻撃できるかもしれないので、警戒だけはしておきましょう」
「そうね――それじゃ、まずは一矢!」
桜花が気合一閃、矢を一本撃ちだす。
しかしそれは枝の時と同様に、美しくも危険な花弁により無残な姿へと変えられてしまう。
各自もそれぞれ、火の玉や雷の刃を放ったり、本のページを射出したり、銃弾を撃ちこんでみたりとするがそのこと如くが花弁で防がれ、本体であろう木には一向に届く気配がなかった。
「思った以上に優秀な防御壁、というわけですか」
左目を輝かせたリオンは服についている百合のワッペンをいじり、少しだけ唇を噛みしめていた。
「一斉に狙って攻撃を少しまとめてみましょうよ、先輩達」
「そうするのが一番なのでしょうね」
一番若い明守華がそう提案すると、公が素直に頷き一度攻撃の手を止めた。見た目は若いながらもこの中では年長者であり、意外と精神的にも大人びているゆえの余裕だろう。
「可愛い子の意見には、お姉さん賛成」
桜花が空いた手で明守華を抱きしめ、頭をなでる様にほおを摺り寄せ、胸を押しつけていた。
やや過度なスキンシップながらも、意外な事に明守華は普段の尊大な雰囲気はなりを潜め、されるがままである。彼女自身、お姉さん肌には弱いようであった。
「屠る事が出来るのならば、それに従うまでです」
こちらはこちらで、普段は物静かで落ち着いている椛だがやや攻撃的な目つきで桜を睨み付けていた。まるで獣の如くである。
「では皆さん構えてください」
こうと決めると迷わない公は誰よりも率先して動き出す。後衛に陣取っていて皆の状況が把握できる分、号令をかけるのにも都合がいいのだ。
公に続き、皆も構えた。
「では――いきます」
腕を高く掲げていた公が振り下ろすと、その手から眩しい雷が放たれた。
それに合わせ、桜花が、明守華が、椛が、リオンが同時に攻撃を繰り出す――だが6本の桜は舞い散る花弁のすべてをそこへと集結させ、その全てを防いでみせたのである。
「動かない分、意外なほど防御に重点が置かれている、ということなのですかね」
「遠距離が通じないならば……!」
ロングボウをしまうと、打刀をとりだし距離を詰めようと動き出す。
「援護射撃と行きましょうか」
桜花の向かう先にリオンが攻撃を集中、花弁をそこに集約させるとその足元の根を狙って打刀を振るった。
推定されている花びらの射程よりは遠い位置の、根。
だが。
「下がって!」
リオンが声を張り上げた。
届かないと思われている範囲にいるはずの桜花めがけ、花弁の塊が鋭い形状となり襲い掛かる。
「警戒ずみです」
それが桜花に当たると思われたところで、いつの間にか踏み込んでいた椛が桜花に手を伸ばすと、網のようなアウルが桜花を包み込む。
花弁の槍先は勢いを殺され、かろうじて桜花は後ろへと飛び退く事が出来た。
追いすがろうとした花弁をリオンがライフルで押し返す。
「……射程も正確ではない、ということなのね。もしくは生意気にも罠のつもりなのかしら」
胸元からほんの少しの血をたらしつつ、桜花は苦々しく呟く。確実に花弁が散っている範囲より外だったにもかかわらず、花弁で狙われた事に少なからず驚きを隠せないでいた。
海の時はあえて届かないふりをしていた、そう思ってしまいそうな出来事である。
「枝の範囲は危険、と言うことなのでしょうね」
「けれども、今の一瞬は十分過ぎる隙でした」
常に後ろから状況把握ができていた公と明守華は花弁が桜花に集中した隙に、飛来する写本をいくらかの花弁が阻止ししたが、たったそれだけで無防備となってしまった木の本体を、雷とで焼きはらっていた。
花弁での防御が高い分、本体は相当脆いらしくたったの一撃で、悲鳴にも似た音を立て一瞬強く燃え盛り、原型を留めることなくなく崩れ落ちるのであった。
「攻撃と防御は同時にできない、もしくは複数で防御をすると性能が落ちる、などでしょうか」
「連帯と集中を使い分けてしっかりこなせば、どうという事はないってことよね」
「ついで言うならば意外なほど攻防に優れている分、ひどく打たれ弱いみたいですね」
観察を中心としていた3人が冷静に分析すると、1本減った事で防御力が低下した事も含め、先ほどよりも攻撃が通りやすくなり、倒す手順も導き出されて、楽に事は進む。
4人がどれか1本に集中し、誰か1人が無防備に等しい1本を狙い撃つ。順次それを繰り返すだけである。
残り2本という段階になってしまえば炸裂符を持ち出した椛のように、もはや強引な力押しだけで2本とも実にあっけなく散っていくのであった――
●津崎家
時間的に学園へ戻る事が困難になった一同は「せっかくのご厚意ですからね」と、海の厚意に甘える形で一泊する事となった。
「ちょっとおいしい野菜とかくらいしか、自慢できないんだけど」
そう海が謙虚な事を言った。
確かに出された料理こそはごく普通で真新しいものはほとんどない一般家庭の料理ではあったが、これが素材の違いなのかと野菜の甘みに驚き、北海道の食材を十二分に味わう。
「豆腐と名がつくのに、濃厚とか不思議よね」
唯一珍しい料理として牛乳豆腐を食した明守華が、そんな事を呟きながら堪能していた。
「カッテージチーズと呼ぶ方が、やはりしっくりきますね」
「作り方はだいぶ違うけどね」
ドイツ系アメリカ人の父を持つリオンと北海道育ちの桜花だけは知っていて、少し懐かしむように口へと運ぶ。
「ところで海ちゃんとりっちゃん、この後みんなでお風呂に行かない?」
「いいですよ。広いですからね」
「え、わ、私はその……」
海はあっさりと承諾したが、りっちゃん事、矢代 理子は渋る様子がうかがえたが、それでも引き下がらずに桜花が誘うと理子も結局承諾してしまい、全員で風呂へと向かうこととなった。
多少住宅から離れた所にある敷地内の一角に、一般住宅には明らかに似つかわしくないほど大きな露天風呂があった。
男女別に分けられた簡易ハウスの脱衣所に、石を敷き詰めて作った湯船。さすがにシャワーなどの設備はないが、それでも立派な露天風呂であった。
「敷地に温泉があるなんて、すごいですねぇ」
湯船に浸かり 感嘆の声をもらす椛。やや大きめな胸が湯船に浮かぶが、隣に並ぶ海も負けてはいない(理子だけは直視せず、しゅんとしている)。
「受付さえすれば誰でも入れる、無料温泉なんです。ここら辺、何もないからこうでもしないと観光客とか来ませんしね」
「なるほど……静かでいい所なのに、もったいないですね。これであの桜が本物であったならば、もっとよかったのですけど」
桜好きである公がそう漏らすと、椛もうんうんと力強く頷く。
「正面にあるあの木も桜なんですけど、ちょっとタイミングが悪かったですね」
苦笑して首を傾げる海――が唐突にびくんと肩を震わせ、逃げるように立ち上がる。両腕で護るように隠しながら。
「にゃ、にゃにをー!」
「良い反応良い反応。お姉さんに任せたら、もっとイケナイ道に踏み込めるわよ」
いつの間にか海の後ろにいた桜花が見せつける様に堂々と立ち上がり、手をワキワキさせて海に近づこうとする。
「天罰ですっ! そういうのはいけないと思います!」
椛が容赦なくもちこんでいた召炎霊符で、火の玉を魔の手に向かって撃ちだす――憐れ、魔の手はうっすら焦げて湯船に浮かぶ。
「何をしているんですか、桜花先輩。綺麗さっぱりするのは女の子の身だしなみの基本なんですからね」
指をフリフリさせながら桜花の焦げた肌を癒した明守華は、再び珠の肌を磨く作業に戻るのであった。
ただ、こんな目にあいながらも湯船に浮かび、果てしないほどに満天の星空を眺めていた桜花は掴むように手を伸ばす。
「うん、来てよかったな」
「アドレス交換完了。まあメールはあんましないタイプですけど――あ、そうだ。触ってみます? モフモフですよ」
女性陣全員が同じ部屋に布団を敷き詰め、わいわいと楽しんでいた。が、疲れもあるし何よりもまだ少女と呼べる年代である。いつの間にか皆が寝入ってしまう。
そんな中、むくりと海だけ起き上がり電気を消すと、ぶるっと身を震わせ廊下へと出た。
廊下ではリオンが窓から星空か月か、もしくはその両方を静かに眺めていた。
「寝ないんですか?」
「ああ、いえ。少し考え事をしていまして――津崎さんは何故あんなところまで来たのですか? あの先に何かあるのかと見てみましたが、湧水があるだけで行き止まりだったのですが」
問われた海はほんの少しの間考え、ゆっくり口を開く。
「えっと、私だけに語ってくれる神様があそこに行ってみろって。そうすれば新しい出会いもあるだろう、なんて囁いてくれたんですよね」
「貴女だけの神様、ですか」
「こんな事言うと気持ち悪がられるって痛いくらいわかったのに、それでも聞こえるし、従いたくなっちゃうんです。そのおかげで本当に、新しい出会いもありましたしね」
少しだけ弱々しく微笑む、海。その表情からどんなふうに見られたか、察する事が出来た。
「信仰は、人ぞれぞれだと思うのですよ。ではおやすみなさい」
「……ありがとうございます。おやすみなさい」
そして廊下に消えていく海の後姿を、リオンはずっと目で追い、完全に見えなくなってから部屋へと戻るのであった。
(それにしても、神様ね……一体どんな神様なのか。あの桜型にも何の意味があったのだろうかな)
『桜舞い散る天の僕 終』