「DELPHI、出撃のタイミングを計ってくれ」
『イエス、マスター』
エクリプスのコックピットで、皇 夜空(
ja7624)が独立型支援ユニットへと命令する。
「あ、あのぅ……私も出なきゃ、だめですかぁ?」
高感度センサー搭載のエンハンスド・オウルアイのパイロット、緋桜 咲希(
jb8685)がおずおずと申し出るのだが、深緑色で背部のウィング特徴的なベッセリュングから、神司 飯綱(
jb9034)の「当然だ」と言う無情な返事が返ってくる。
「パイロットなら、腹をくくるのだな」
「あうぅぅぅ、オペレーターでよかったのにぃ……」
(シエル――近くにいる、の?)
シャッテンと呼ばれる機体の色と同じ、漆黒の宇宙へと目を向ける、ゆかり(
jb8277)。
「艦ごと落とされては、オペレータでいた方がよかったとすら申せなくなります。お辛いでしょうが、よろしくお願いします」
梅之小路 鬼(
jb0391)に気遣われながらもそうお願いされては、咲希もこの場は黙って耐えるしかなかった。
(こんなところで消えるわけには参りません……頼みましたよ、黒揚羽)
「動きが重たい……けど、とにかくやらなくちゃ」
いつもの愛機が連続稼働の無理がたたり現在調整中の為、その代替機として与えられたジルドレに乗る夢前 白布(
jb1392)がその感覚の違いに、違和感を感じていた。
艦が大きく揺らぐ。
(そうだ。不満とか言ってる場合なんかじゃないんだ)
『マスター。あと4秒後に2秒ほど弾幕が途切れる瞬間があると予測されます』
「わかった――ナイトヘーレだ、エクリプス、出るぞ」
エクリプスが発進すると、次々と動き出す。
「夢前白布、ジルドレ。アイ・ハヴ・コントロール……行きます!」
「黒揚羽、梅之小路 鬼。出陣いたします」
「ゆかりいきま〜す♪」
「やれやれ……ベッセリュング、神司。出る」
5機がほぼ一斉に飛び立つ中、オウルアイだけがまだ動かない。
「あのぅ、やっぱり行かなきゃぁぁぁぁあ!」
無情のカタパルト強制射出。虚空へと飛び立たされるのであった――
飛び立った直後、堰を切ったようにビームの雨が再び降り注ぐ。
(さて、給料分は働かないとな)
「歓迎してくれるのはありがたいが、少々手荒だな!」
フィールドがベッセリュングを包み、全ての攻撃が遮断され、皆の安全地帯を作り上げながらも行く。
「みんな、行っちゃってください」
アウルを溜めながら、シャッテンが艦に当たりそうなビームを撃ち落していた。
「ひぃ……こ、こんな中に飛び込めっていうんですかぁ? 無理、ぜったい無理ですよぅ」
臆して下がるオウルアイだが、そのスナイパーライフルは的確にビームの雨を撃ち落し、本人に自覚はないかもしれないが結果的に艦への被弾を押さえていた。
そこをエクリプスが先陣を切り、突入する。
「多少の無茶は承知の上だッ!!」
エクリプスから多数のミサイルが発射され、ビームの雨の中を遡っていく。
飛び交うミサイルを自らの目で誘導してビームをことごとく撃ち落しながら、上へ下へ左右へと、天も地もない宇宙を縦横無尽に動き回り、ひたすら前へと突き進む。
「怖くない、怖くないぞ……これしきのビームの雨、怖くなんかあるものかーッ!」
ステルス機能を働かせたジルドレが最大加速で、その堅牢な装甲と耐久性、そしてナノマシンがなせる自己修復機能に物を言わせ、ただ愚直に小細工なしで最短距離を進んでいく。
「皆様が切り開いてくださった道、使わせていただきます!」
黒い揚羽がジルドレの背後を駆け抜け、そしてベッセリュングが援護する形で撃ちあっている弾幕の中へと飛び立つ。
人型へと変形し源氏の小手と呼ばれる武骨な手甲でビームを弾くと、日本刀のようなフォルムをした武器・滅影丸を構えつつ、手近な敵へと肉薄し水平に振るう。
飛び散る火花――回転式の刃が敵の装甲を削り、さらに押しつけて胴体を一文字に斬り捨てた。
「この刃、止められるのならば止めてみせよ!」
「3時方向、敵集団確認。11時方向、広い範囲に分布しつつも多数確認。9時方向に小数を確認しましたぁ。艦への距離が近い、3時方向への集中攻撃をお願いしますよぅ」
元オペレーターだけあって淀みなく伝達する――が、次の瞬間には半泣きである。
「ううぅ、ブリッジクルーに戻りたいですよぅ」
3時方向に一番近いジルドレがステルスを解除、人型へと移行すると赤い光に包まれた。
「ロック、ロック、ロックロックロックロックロックロック…………ッ!」
15基60門のミサイルランチャーが一斉に開く。
「オープンッ、ファイアァァァーーーーッ!」
無数に飛び交うミサイルが幾重もの筋を作り、漆黒の宇宙を白く染め上げたかと思った次の瞬間には、凄まじい爆炎。
荒く息を吐く白布。体表から吹き出ていた赤い光も、収束していった。
そこを狙って生き残った覚醒者が距離を縮め、長大なビームサーベルを引き抜き振りかぶる。バルカンで牽制しながらも後方に退き、シールドを構えるジルドレ。
だがその振りかぶった腕の肘が、振り下ろされるより前に吹き飛んだ。さらに腹部、頭部と貫かれ、沈黙する。
漆黒の宇宙に、不気味なほど紅く光る眼。
「見える! 自分にも敵が見える!」
ようやくシステムが稼働し、動く度に残像がぼんやりと見えるシャッテンがアサルトライフルを構えたまま、はるか遠くから誰かを捜すように向かっていた。その周囲には分身体まで同行し、艦への攻撃を撃ち落す。
それでも多勢に無勢、焼夷弾を撃ちながらも後退するジルドレへ次々に集まっていく。
「させませんっ!」
「無視しないでもらいたい! フィールド全開!」
ベッセリュングのアサルトライフルによる弾幕を背に、上から強襲をかける黒揚羽の滅影丸が1体を頭部から股にかけて両断して通過、そこにフィールドを纏ったベッセリュングが突撃してきてはまとまっている敵を押しのけ、蹴散らしていく。損傷箇所が悪かったのか、中にはそのエネルギー量に負け、そのまま爆散するモノまでいた。
リロードが完了したジルドレが再び赤い光を纏い、砲門を開いたその瞬間、機体が大きく揺らぎ弾き飛ばされる。
超長距離からの狙撃――それに気が付いた時、未確認コードからの通信回路接続を確認した。
『久しぶりだな、人類の諸君。流石はLastHopeと言われるだけあるようだな』
若干くぐもった音声。それに顔を青ざめたのは、白布だった。
「そんな、何で、どうして……?」
「0時方向と11時方向より、何かが接近中ですよぅ。片方の識別コードはこちらのものですけどぉ、応答ありませぇん」
その何かが両陣営を突っ切る形で通過。その際、その機体を追随する残像から無作為にビームが飛び交い、覚醒者の何機かが落とされる。
エクリプスとオウルアイも狙われたのだが、どちらもかわしてみせた。
「あの機体、見覚えがあるな――」
虹色に輝く粒子を纏うそれ――かつて夜空も作戦を共にした事のある機体・虹孔雀だった。所々損傷がひどく、それを分厚い虹色の粒子が覆っているだけなので、今は虹孔雀・壊と呼ぶべきであろう。
それだけでなく、黒く禍々しくありながらも、どことなく美しいフォルムをした機体――それはカラーこそ違えど紛れもなくABの開発を手掛けるMSI社往年の名機と言われた、旧世代AB『ディアブロス』の改造型であった。
そしてそれは伝説的な戦果を残したと言われる者が愛用していたのだが、とある任務で突如反応が消失しパイロット共々MIAとなっていたのだ。
それが今、目の前にある。
「何であなた達が『そっち側』にいるんですか――――君田さん! シエルさん!」
問いかけに反応が返ってこない。通信は一方通行のようであった。
『だが、お前達にその名が真に相応しいか……ここで試させてもらうぞ!』
ディアブロが円を描くように移動を開始しながら、狙撃を開始する。その狙いはこれまでの雑魚と違い、シビアな精度を誇っていた。
手甲で払うものの、徐々に機体の反応が追い付かなくなってくるエクリプス。
「かわしきれん――DELPHI、システムを発動させる」
『イエス・マスター。EXAM、システムスタンバイ……』
エクリプスのありとあらゆる所から光の粒子が立ち昇り機体が輝き始めると、ディアブロの狙撃への反応が一段以上、早くなる。
「目標発見! 此よりミッションを開始する!」
それまで後衛を維持していたゆかりのシャッテンが、前へと――いや、虹孔雀・壊へ突進していく。漆黒のはずの機体から、金色の粒子が立ち昇っていた。
「この瞬間を待っていたんだー!」
敵も味方もなく、射程に入った物を全て片っ端から攻撃する虹孔雀・壊を更なる加速で追かけていった。
「あんな攻撃、かわせませんよぅ――!」
咲希が泣き言を言った直後、モニター一杯にビームが映し出され、直撃。声にならない悲鳴を上げる咲希だが、コーティングによってそのビームを完全に散らすのであった。
だが、俯いた咲希の肩の震えは止まらない。否。全身が震えていた。
その直後。
「あハ……穴だラケにしちャッテいいノカな? いインダよねェ、攻撃しテキたんだモんねェ!!」
顔をあげた咲希の表情は、狂気に満ちていた。
それまで消極的だったオウルアイが覚醒者を蹴りつけ機体を泳がせ、零距離で腹部にスナイパーライフルをしこたま撃ちこむ。
「穴、アナ、あナぁ! 穴だラケになッチャエェ!!」
笑いながら撃ち続け、爆散する前に機体を蹴りつける。
爆散。他の覚醒者の目がくらんだところを、またも突進するのであった。
円を描くディアボロの移動先にちょうどベッセリュングが入ると狙撃するのだが、フィールドの前にかき消される。
無駄とわかったのか銃を捨て、拳で殴りかかってくる――が、それを蹴りで突き放す。
「ベッセリュング! その力を見せつけてやれ!」
瞬時に変形し、その機首に取り付けられたフィールドを纏ったシールドで突き刺す様に突撃。
「まだまだ終わりではないぞ!」
繰り返し突進。そして待ち構える黒揚羽の元へと、ディアボロを押し付ける。
「これで……!」
振りかぶった滅影丸で、肩から脚へと斜めに斬り伏せた。
だがそこは流石と言わんばかりに、上半身だけでも前に倒し、致命的な損傷だけは避けると手近な覚醒者に取りつく。
『ほう、中々……だが、ここから先は更に厳しいぜ。お前達に乗り越えられるかな?』
そう言い残すと、空間に開いた穴がディアボロ達を包み込み、それが消えた頃にはディアボロの姿も消え去っていた。
シャッテンが追う虹孔雀・壊の尾が開き、機体が虹色に輝きだすと、その動きがさらに鋭敏なものへと変化する。
と、そこで突如、全員のモニターにデータが表示される。それは紛れもなく、虹孔雀・壊とそのパイロット、シエル・ウェストの状態を示すものであった。
数字は酷く歪で、虹孔雀が扱うナナイロ粒子が異常値を示し、逆にパイロットの生命状態がひどく低い。
ナナイロ粒子の自己防衛による、暴走――しかも危険な状態だというのが、はっきりとわかる。
そしてデータの最後にゆっくりと浮かび上がる、メッセージ。
『タ ス ケ テ』
「任せて、シエル!」
虹孔雀・壊に肉薄するシャッテン。そこに多数の尾から放たれ、収束された七色のレーザーで撃ち貫かれた。
「ゆかりさん!」
鬼が叫ぶ――が、貫かれたシャッテンの姿は宇宙空間に霧散し、掻き消えただけであった。
虹孔雀・壊の四肢が、アサルトライフルにより貫かれる。その直後、下から分身を引き連れたシャッテンが四肢を失った虹孔雀・壊を取り押さえ、その手を胸部に突き刺して動力を貫く。
ナナイロ粒子が霧散し、虹孔雀・壊はその活動を停止した。
「目標完了♪ 帰還する♪ やっほシエル、生きてる?」
「……ありがとう、ゆかり」
か細く弱々しい声だが、はっきりとシエルの礼が聞こえる。
「御守り致します。ゆかりさん、ご友人をお救いできて、よろしかったですね」
動かぬ虹孔雀・壊を抱き、分身と黒揚羽の護衛を引き連れ、シャッテンは艦へと帰艦する。
後方の戦域に目を向けた鬼――出撃前に見た冴木少尉の、違和感を感じるような表情が脳裏にちらつき、不安に駆られる。
「気になるのなら、行け」
「――大丈夫でしょうか」
「気にするな」
「……ありがとうございます」
余裕を感じさせる夜空の言葉に感謝しつつ、シャッテンの着艦を確認した直後、梅の花吹雪が舞う黒揚羽が後方の戦域へと急ぐ。
(まだ……間に合う!)
「そろそろケリをつけさせてもらおうか」
「あナだらけニナッチャえェ!」
オウルアイの乱射に合わせ、エクリプスのミサイルオロチが飛び交う。ただしそれは、大きく外から生き残った敵達を包み込むような軌道だった。
悠々と回避される――しかし回避されたのではなく、回避させているのだ。
エクリプスの直線上に、全ての敵が重なった。
「ロンギヌス、発動!」
ソニックグライダー形態へと移行したエクリプス。船首部分に当たるシールドの先端がカシャカシャとスライドし、根元には花緑青色の結晶が纏わりついていた。
「ユナイトライズ・ランス・オブ・ロンギヌス――シュート!!」
一直線に伸びるエネルギーの奔流が、次々と敵を呑みこみ、その存在を消し飛ばしていく。
後に残ったのは敵の残骸と静寂――エクリプスのツインアイが、煌々と輝く。
「侵食完了(EndEclips)」
「少尉!」
黒揚羽が着いた頃には、すでに全身がぼろぼろとなったブルーファントムの姿があった。
横を通り過ぎ、敵陣へ飛び込もうとする黒揚羽――が、ブルーファントムによって横へと蹴り飛ばされる。
その直後、空間に現れた腕と刃がブルーファントムの足を切り落とす。
「く……!」
片足を無くしたブルーファントムが黒揚羽の腕を掴み、全力で壱番艦へと放り投げ、その手の長尺な刀・物干し竿も投擲。黒揚羽の胸部へと突き刺さり、来たばかりの黒揚羽を壱番艦へと戻すのであった。
「動かない……!?」
動力を貫かれたのだと悟る鬼。どうしてという表情を、冴木に向ける。
「……生きなさい」
激しい衝撃。壱番艦に縫い止められ、動きを止めた。
「――全機、回収。これより壱番艦は転移する」
「お待ちください、まだ冴木少尉が……!」
「転移、開始!」
空間が歪み薄れていく視界の中、遥か後方でパッと輝く光を確認し、鬼の目には大粒の涙が浮かんでいた。
そして艦長席に腰を下ろした理恵が、帽子を深くかぶり直す。
「さようなら、姉さん……」
圧倒的な数の差をものともせず、圧倒してみせた壱番艦。だがその犠牲は決して小さくもなく、また、衝撃的な事実に打ちひしがれる者もいた。果たしてこれより先、無事に進む事が出来るのであろうか。そんな不安を、誰しもが抱くのであった。
それでも前へと進め、人類最後の希望達よ!
【AP】煉獄艦エリュシオン、次回へ続く!