玄関の暗がりから外を窺うと、シャツを脱ぎ捨て筋骨隆々で逞しい上半身を露わにするシェインエル。
百合子が懸念を伝えると、リディア・バックフィード(
jb7300)は小さく頷いた。
「警戒するのは敵の戦力・策謀の総てです……ただ、陽動にしても警戒すべき戦力です。油断せずに状況を見極めましょう」
リディアの言葉にアルジェ(
jb3603)が強く深く頷いた。
「百合子達の懸念は尤もだ。
あの使徒は闇討ちや不意打ちが多い。戦車が川中を移動できる所から見て、こちらが本命だろう」
地形図の川をなぞりつつ、撃退士達を見回す。
「こっちはアルとあと1人、探知が出来る者――いれば1人来てくれ。2人で警戒する」
「ならコンクリートジャングルに生きる孤高の騎士たる俺が、姫を御守りするとしよう」
命図 泣留男(
jb4611)がサングラスのブリッジをクイッと持ち上げながら一歩前へと出る。
「助かる、命図」
「俺の事はメンナクと呼んでくれ」
「そうか。よろしく頼む、メンナク――さて、時間が無い。百合子、来てくれ」
アルジェが百合子を連れて建物の奥へと向かうと、泣留男――メンナクもその後を付いて行く。
「時間、か。確かにそうだな」
直刀を引き抜く、黒羽 拓海(
jb7256)。
(ここを落とされれば仙北は敵の手中……人数的にも厳しいが、何としても押し返す。意図が読めんだけに不気味だが、後ろは仲間に任せよう)
柄を握る手に力がこもる。
「足滑らせないようにしないとなあ」
しゃがんで路面を睨んでいたカイン 大澤 (
ja8514)が立ち上がる。
「あの金髪野郎を押さえるのも割と大変だな。地面が悪い」
「それなら大人しく帰ってもらうよう頼んでみるば〜い」
阿岳 恭司(
ja6451)が止める間もなく、ふらりとシェインヘルへ向かって歩き出す。顔を見合わせた3人も、続いて暗がりから出るのであった。
「堂々と現れる分だけやりにくいな、仕事だからやるけどさ」
カインのぼやきに「それが狙いか、もしくは何も考えてないかだな」と、拓海が靴裏のスパイクの感触を確かめながら答える。
少し離れて、リディアがシェインエルの様子を伺っていた。
「おっちゃんごめんなさいねー。今日はもう閉店やけ、入れんとよー」
パタパタと手を振る恭司。
「それにこの時期にそげな恰好は寒かろー。特製ちゃんこ鍋御馳走するけん、今日の所は帰ってもらえんかねー?」
「折角、こうしてきたのだ。楽しんでからでなければ、帰れんよ」
「そうね、あかんね……あかんのやったら……」
突然、覆面・チャンコマスクを被った恭司がファイティングポーズを構えた。
「ここから先には通すわけにはいかないな! 私のプロレス技を受けて見――」
「アトラクション」
地を蹴った恭司ことチャンコマンが、かざされた右手に引き寄せられる。
「ってえぇぇ!? 何じゃこりゃぁぁー!」
「させっかよ」
カインが回り込みながら、アサルトライフルで頭部を狙い撃つ。それを避けようともせず、額で受け止めたにもかかわらず、ほんの少し血が滲むだけだった。
構わず、引き寄せたチャンコマンに向かってラリアットをあわせようとする。
(まずは対象での引き寄せですね)
観察を続けていたリディアが目を狙い、発砲。さすがに目を狙われると避けるしかないのか、顔を少し動かして再び額で受け止める。
だが、チャンコマンから目が切れた。
空中で身を捻り繰り出された腕をかいくぐると、捻った反動で踵を鼻面へと叩き込む――その前に、左手がチャンコマンの身体に触れていた。
「リパルション」
弾かれるチャンコマン。四肢を使い、しっかりと着地する。
「敵ながらなんなんだあの能力……天使よりプロレスラーに転職すればいいんじゃいか……?」
(まるで磁石みたいな……あ、あれ? 私の覆面めちゃくちゃ不利じゃ……)
「右手で引き寄せ、左手で反発、なのだろうか――まだ不確定だがな」
分析をしている拓海の目が、シェインエルの目と合わさる。そして、かざされる右手。
拓海の身体から闘気が立ち昇り、咄嗟に刀を地面に突きさす。
「……ッむ!」
多少引き寄せられる速度が落ちはしたが、雪とアスファルトをえぐり、刀ごと引き寄せられていく。
その間にもシェインエルのこめかみにカインの銃弾が当たるのだが、少しの流血などまるで意に介していない様子である。
さらにリディアの妖蝶がその視界を妨げようとするも、空いた左手であっさり払われ、頭を振って頬をぴしゃりと叩く。
(朦朧は、効きそうになさそうですね)
引き寄せられていく拓海が、地面から刀を引き抜き、自ら飛び込むように地を蹴った。
加速する身体。
顔の横で真っ直ぐに構えた刀を右腕に突き刺した――が、その切っ先は皮を突き抜けただけで、貫くまでには至らない。
(硬い……!)
「お供も連れず、1人で正面からとは恐れ入る。流石は一騎当千の天使様だな」
「面倒事は嫌いでな」
手を組み大きく上に振りかぶると、叩きつける。
しかしそれよりも一足早く刀を引き抜き、数歩後ろへ下がってハンマーの如き腕をかわしてみせた。空を切ったハンマーが地面を叩き、周囲を軽く沈ませる。
頭を狙って刀を水平に振るおうとした拓海だが、右の掌が自分に向いた瞬間にピタリと止めた。
「リパルション」
弾かれる瞬間、見えないほど細い赤紫色のワイヤーがシェインエルの身体にまとわりつく。だがそれも皮を裂くだけで、それ以上食いこみはしなかった。
しかし、狙いはそれではない。
「お前も飛べ……!」
弾かれる身体でワイヤーを引き寄せると、シェインエルの身体も宙を舞う――いや。自ら飛び、身体を捻りながら両足をそろえた蹴りで拓海を追う。
空中でワイヤーを解き、先に地に降り立った拓海が刀を抜き放つと、右手を峰にそえ足を受け止めて横へと受け流す。
地に足をつけ、再び対峙するシェインエル。
「右でも左でも、か。迂闊な先入観を抱くべきではないな」
「便利そうな能力ですね。使い方を教えて下さい」
後ろから銃撃を繰り返すリディアへ、ちらっとだけ目を向ける。
手をかざし跳んでくるアウルの銃弾を減速、やがて弾き返す。反発までのタイムラグがあったので悠々とかわし、銃撃を繰り返す。
「その能力なら、攻撃が防がれるのは想定内です」
(でも、連続での使用は出来ます……?)
今度は弾く事もせず身を硬くし、その肉体で止めた。ただ、それほどダメージになったようには見えない。
だが肝心なのは威力ではなく、今は手数での妨害ですと頷いていた。
「思い出した――お前はもう一度、これで吹き飛んでみるか? アトラクション」
顔の前にあげた右手で何か丸い物を掴むような動作をすると、後ろへサイドスローの要領で何かを投げる仕草をする。
「無視すんなよ」
その腕へ黒鉄の大剣をカインが振るい皮膚に食い込ませるが、すでに何かを投擲した後だった。
見えない何かが飛来している――これまでにも感じた気配に、リディアは大きく飛び退いた直後、何かが地面をえぐり、爆散させる。
「戦車型と同じ砲撃ですか……」
(ですけど、能力のパターンは見えてきました。引き寄せと反発は交互にしか使えないようですね)
距離を詰めたカインがバックエルボーを大剣で受け流すが、力で負けて少したたらを踏む。
「やっぱりフェアプレーじゃかなわないか」
大剣を納め古びた1対の布が両手首に巻かさると、右拳が前に来る構えを取る。
(手を汚さず自分は傷つかずで、勝てる相手じゃないか)
「ここでぶっ殺せないだろうが、トラウマだけは植え付けてやる」
貫手の右ジャブ。それで目を狙い、反応して手で防ごうとするというのを見越して、左足ですくいあげるような金的蹴り。これにも反応して足を閉じられる。
それも織り込み済みで、筋肉に弾かれ振り下ろした足の反動で薄氷が割れるほど地を蹴り、右の飛び膝蹴りを鳩尾へと狙った。
それすらも筋肉の鎧で防がれるのは、承知していた。
だから迷わず、右手の親指を目に突っ込むように顔を掴みに行く。
それもギリギリで指を入れられるのだけはかわすが、カインの右手はがっちりと髪と耳を掴み、自分の身体を引き寄せて鼻面へ頭突きを繰り出した。
それでも余裕の笑みを崩さぬシェインエルが、拳をカインの腹へ。横に流そうと左腕で拳を押すが、びくともしない。
身を捻り、脇腹を掠める。それだけで、抉り取られたのではと思うほどの痛みが走る。
それでも離れようと膝を砕かんばかりに蹴りつけ、後ろへと跳んだ。
(やっぱり力が足りないか……俺の一撃こいつに確実に通るのは……黄金の獣……の奴の拳なら……いや)
「リパルション」
カインが引き離され、今度は駆け寄ってくるチャンコマンへと手をかざす。
「アトラクション」
「来たな! チャンコマン48の必殺技の1つ! 強火のクソ力〜!」
それを待っていたとチャンコマンの身体から闘志が溢れ出し、黄色く光り輝く拳を構え地を蹴った。
「チャ〜〜ンパンチ!」
その拳をかわさずに正面から受け止め、その手が覆面へと伸びる。
「リ――」
「貴様が弾き出すこの瞬間を待っていた!」
腕をつかむと後ろへと回り、両腕と両足をホールドする形で極めてみせた。
「カボ・スペシャル!
私の推測が正しければ貴様のその能力! 目標に手をかざす事で効果を発揮すると見た!
ならば! 同時に手足の関節を極めて動きを止めてしまえば……! 先ほどの様に私を吹き飛ばせるかな!」
「ふん――熱くさせてくれるな!」
極められたはずの腕を力で強引に振り払うと、逆に掴み返し上下を反転させて腹に腕を回す。そして駆け出し、高々と跳躍――地面へ突き刺さんばかりの勢いで、叩きつけた。
周囲が陥没するほどの威力だが、今のチャンコマンに痛みなどない。
むしろ戦いのゴングが今と言わんばかりに、燃えあがっている。
「忘れないでもらおうか……!」
距離を詰めていた拓海が、紫焔を纏った刀で一閃。神速で放たれたその剛撃が首の皮を裂き、少し喰いこんで止まった。
ダメージは一応あるのだろうが、刀を掴んで悠々と立ち上がり拓海へと振り返った――その正面に、カインが。
(俺じゃこいつの筋肉を貫くほど腕力が足りない……なら!)
「くたばれよ」
黒い闇を纏った三日月蹴りを、肝臓と心臓を蹴り潰すように叩き込む。
それすらも受けきり、腕をしならせた裏拳。一歩下がるカイン。鼻面すれすれを拳が通り過ぎていく。
当初の目的を忘れたのか、3人がシェインエル共々撃退署から少しずつ離れていった。
様子を伺っていたリディアがメールを受け取り、自分の足元に発煙手榴弾で煙をまき散らし、視認されないように撃退署の裏へと向かう。
目的を忘れたシェインエルの脅威はもうほぼないと判断し、メンナクの声を聞いた拓海も裏へと向かった。
その直後、サイレンが鳴り響く。
「敵の増援ですね。すぐに向かいますので、耐えて下さい」
シェインエルとの戦いが繰り広げられる直前、メンナクは署員の前で大仰に腕を拡げていた。
「俺達の悪羅悪羅ぶりで……奴らに一泡吹かすのさ! そのためにも、力を貸してくれ!」
アルジェが「サーチライトで裏を照らしてくれ」と付け足す。
数人には武器っぽいものを持たせ、撃退士風に見せかけつつ、川や木々を照らしてもらう。
これ見よがしなのは『挟撃はすでに読めている』と思わせるためである。
川岸で目を閉じていたメンナクが、ピクリと反応した。
「感じる……俺の猟犬が如き嗅覚が、バッドスメルを捉えたぜ」
「来たか」
メールを送信し、アルジェが屋上から翼を広げ飛び立つ。そしてメンナクが打ち合わせ通り、腕を高々と掲げる。
「来やがったぜ……今宵のダンスの相手がよ!」
拓海へ伝えると、辺りにサイレンが鳴り響く。
土手を駆けあがってくる気配を感じ取り、メンナクが後ろへと跳びながら光の羽のようなものを生み出し、それへ投擲する。
闇に光る刃が羽を弾き、姿を現した涼子がメンナクとの距離をどんどん詰める。だが空から降り注ぐ水弾の弾幕に、方向を切り替えた。
自分へ来るのかと思った署員が情けない声をあげる――が、顔を確認するとすぐに切り返して署を目指す。
「ひるむな! 俺達の伊達ワルソウルがあんな奴に負けるはずはない!」
うろたえる署員達へ檄を飛ばすと、我に返り打ち合わせ通りに建物の中へと避難する。
「今迄の傾向から、これ位あからさまなら挟撃は読めるぞ」
(とはいえ、単騎で乗り込んでくるとはな。考えれば隠密行動なら当然か)
空から決して近寄る事無く、弾幕を張り続けるアルジェ。メンナクとの立体的な十字砲火にもかかわらず、涼子にはまるで当たらない。
そこで次の一手を。
(まんまとひっかかったなレディ! さて、これから続く増援に耐えられるかな?)
「増援も手配してる。もうしばらく耐えればこちらの勝ちだ」
メンナクが脳へ直接呼びかけ、アルジェが直接伝える。半分はブラフでしかない。
それを感じ取ったのか涼子は動揺する様子を見せず影を渡り歩くような移動から、身を低くして一直線に撃退署の横を目指す。
「なら先に通らせてもらう」
疾走する黒い影に、水弾と光の羽を撃ち続けるのだが、恐ろしく低く速い涼子には当たりはしなかった。
まっすぐに建物の横、光が届かない所にある非常階段へと向かう涼子。鉄柵に触れるかという所で、闇から伸びた白銀が闇を押しとどめた。
そして続く銃撃に、涼子は大きく飛び退く。
「ここから先は通れませんから、お帰り下さい」
闇から姿を現す、刀を構えた拓海と銃を構えたリディア。
「お前がダルドフの使徒か。奴はどんな調子だ?」
問いかけるが、語る口などないと言わんばかりに無言の涼子はじりじりと下がり、後ろへ駆け出して川へと飛び込み――そしてそれっきり、姿を現す事はなかった。
はっと目を覚ましたチャンコマン――いや、恭司は陥没した冷たい地面に大の字になっていた。自分の上に重なって、カインが気を失っている。
闘気が消え失せ意識を失う直前、カインを叩きつけられた挙句、シェインエルに押し潰された事までは覚えていた。
「くやしかー……しっかりフォールばとられたけんねー……」
そして再び、意識は闇の中へと。
「元気か、優一」
「ああ、アルジェちゃんか――この前はチョコ、ありがとう」
見舞いに来たついでにと、涼子の襲撃について話す。すると優一の顔が曇った。
「……狙いは本当に、それだけだったのかな?」
川から上がった涼子が、山中でずいぶんと機嫌の良いシェインエルと合流する。
「失敗したようだな――私も少し熱くなりすぎて目的を忘れていたのもいかんのだが」
「いえ。1つ仕込んできましたので、結果としては上々です」
前髪の雫を手で払い、冷たい視線を仙北の方角へ向けるのであった――
【神樹】不自然な強襲 終