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マスター:楠原 日野
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/01/27


みんなの思い出



オープニング

●ひっそりした人のいない別荘地
 カチカチと、オフィスデスクでマウスをいじる、優男風にして筋骨隆々な天使、シェインエル。
 天使にしては俗っぽくもあるが、人間界を知るのに一番手っ取り早いからとずいぶん使い込んでいた。
 彼にとって情報の真偽などさほど重要ではない。要は使えるか使えないかだけで、理屈やそう言ったものなど関係ないのだ。
 そこへ髪を下ろした御神楽百合子――いや、真宮寺涼子が音もなく、姿を現す。
「お、お前さんか。メール通り、あの人間は山中に離しておいたぞ」
「Ja。感謝いたします、シェインエル様」
 涼子の顔を見て、シェインエルは苦笑いを浮かべながら自分の顔を指でつつく。
「いい加減、顔のそれ、とったらどうだ? 見ているこっちが痒くなりそうだ」
「Ja」
 頬に手を添え、皮膚をめくっていく――が、その下にも皮膚があった。
 全てはがし終えると、百合子の顔よりもさらにとがった印象を受ける、涼子の素顔が露わになる。
「似せるために変化型のスライム張り付けて、皮膚と肉に戻すなど、よくやれるものだな……人間的に言えば、それは常軌を逸しているというのではないか?」
「これくらいはどうということ、ありません」
 それに、と付け加える。
「すでに人ではありませんし」
「人に紛れていたが、人恋しくなったりはせんのだな」
 冗談かわからぬ言葉に、涼子は眉一つ動かす事もなかったが、それでもいささか気配が強張った。
「人類にもう、求める事は致しません。かつて渇望したこともありましたが、そんなものは無駄だと、絶望を教えられましたので。
 ところで帰ってきて早々ですが、しばらくの間、こちらを離れます。ダルドフ様にお聞きしたい事が出来ましたので」
「ふむ、そうか。今までと変わりはせんと言うことだな……だが、すぐ戻ってこいよ。個人的な用事だが、そろそろありそうなのでな」
「Ja。終わり次第、すぐに帰還いたしますので、よろしくお願い致します」

●ダルドフ(jz0264)拠点
「ダルドフ様」
「おお、涼の字。久しぶりだな――なにやらまた、面倒な事をしているらしいじゃないか」
 剛健質実を絵に描いたような主君であるダルドフを前に、涼子は「性分ですので」と短く答え畳に正座する。
「人のフリをしている間に報告書を読ませていただいたのですが……ダルドフ様は奴らと、正々堂々戦われましたね」
「うむ、なかなかに面白かった」
 その時の様子を懐かしむように目を細め、顎に手を当てながらクイッと、酒を飲む仕草をする。
「美味い酒も飲めたしな」
 そして豪快に笑う。
 そんな主の顔をいつもと変わらぬ不機嫌そうな顔でまじまじと眺め、問いかけた。
「ダルドフ様。私も奴らと正面切って戦いを挑んでみたほうが、よろしいでしょうか?」
(ダルドフ様が正面から奴らと戦いを挑んだ……ならば私もするべきか?)
 そんな事がもんもんと、頭を巡っていた。
 他の誰がしていてもさほど気には留めなかっただろうが、ダルドフが――自分の崇拝する主君がとなれば、別である。
 黙って涼子の目をじいっと覗き込んでから、おもむろに何かを取り出して彼女の手を取り、握らせる。
「ならば、持って行くがいい」
「これは?」
「この国の者は、事に挑む際こうした物を携帯するらしい。お守り、と言ったか」
 手を開けて見ると、どこかの神社で貰ったお守り。
 ただし『交通安全』と書かれていた。
 元人間である涼子には、もちろんそれが交通安全のお守りだという事はわかる。
 だがダルドフが、自分の崇拝すべき方が、やってこい――そう応援している心意気が、まっすぐに伝わってくる。
 だから、答えるべき言葉は1つ。
「Ja。ありがたく、頂戴させていただきます」
「うむ」
 わっしわっしと頭を撫でられながら、グッとお守りを握り締める涼子の表情は、いつもの不機嫌そうな顔ではなく、ほんの少しだけ優しいものになっていた。
 その様子を、物陰から見ている者がいるとわかっていても、涼子はしばらくそのままでいたのであった。


●大滝山自然公園・道川大滝前
 秋田市内からだいぶ離れた所。滝があり、森があり、駐車場として広いスペースがある。しかも大雪で、それなりに積もっている。
 そんなところの、滝のすぐ下、凍てつく川の中で真宮寺涼子は待っていた。
 秋田で事を運ぶと聞き、涼子なりの目論見があって訪れたのだが、フェッチーノ(jz0256)から胡乱な顔をされ「邪魔はするな」と、この地だけ許可を貰ったのだ。
(ダルドフ様を見習って正面から挑もうにも、私は天使の方々のような力は持ち合わせてはいない――ならば正面から正々堂々と、姑息に立ち向かう他はない)
 蠢く木々の影。滝の向こうで爛々と輝く目。涼子の足元から時折のぞかせる、無機物。滝の上流からも何かが見え隠れする。
「そろそろ、始まるか……」


●仙北撃退署
 本物の御神楽百合子。
 誘拐軟禁されていたが待遇はずいぶんよかったらしく、精神的なショックはほとんどないとの事ですでに署員として働いていた。常人であれば、天使に誘拐されたという時点で恐怖に震えてもいいものだが、それこそが彼女の強みなのだろう。
 解放された理由としては、ダルドフの支配下になった時、彼女の様な待遇が約束されているのを広めるためだろうなどとも言われているが、真偽は定かではない。
 撃退士の前で資料を読み上げ、コホンと咳払い。
「そんなわけで、道川大滝前に私に扮していたというシュトラッサー、真宮寺涼子が待っているそうです。
 無論、罠でしょうが放置できるはずもなく、多少こっちの守りが心許ないですが、皆さんお願いします」
 少しだけ微笑んでから、頭を下げる。涼子とはやはり、少し違う。
「現地は大雪で車で向かうのは厳しいですから、秋田市内からスノーモービルにて向かってください。ルートはお任せします。
 モービルなら、切り立った崖も登れちゃったりするんですよね」
 書類を崖に見立て、手で登っていく様をみせる。
「敵はこれまでの情報から色々予測が立ちますし、どんな手で来るのかはかなり察しがつくと思います。
 が、真宮寺涼子の能力がまだはっきりとわかりません。面識ないのですが、白萩さんと言う方がおっしゃるには爪で2回刺されただけで、立てなくなったそうです」
 血だまりの中で発見された白萩優一だったが、今は意識を取り戻し会話できるレベルである。
 ただしその両腕はいまだ動かす事が出来ず、この先も動くかはなはだ怪しいのだが。
「それを元に色々想定し、挑んでください。お願いいたします」


リプレイ本文

●仙北市市内の病院
 病院の個室で、両肩が動かない優一は雪の降る外をじっと、眺めていた。
 と、そこへやや控えめなノックが。
「どうぞ」
 許しを得て入ってきたのは優一もだいぶ見知った顔、アルジェ(jb3603)だった。表情はいつもと変わらず無表情に近いが、どことなく怒った気配を感じる。
「注意しておくといっていたのに、甘すぎるぞ……いつもの危機回避能力はどうした」
「面目ないね。油断していたつもりもないんだけど、油断してたみたいだ」
 一瞬だけ止まって、肩に視線を向ける。
 すくめようとしてすくめられなかったのだろうが、不思議とその目は穏やかだ。
「ちょっと似てる人と重ねた部分もあったから、かな。それと、意識を意識的に外すのが得意なのかもしれないしね」
 真宮寺 涼子としての顔合わせは短かったが、そんな印象を抱いていた。
 何よりも潜入行為をする以上は、そんな方面に特化しているのだろうと、動けない身体でずっとそんな事を考えていた。それを言葉に出さずとも、アルジェには伝わったようである。
「それはそうと、挑戦されたそうだね」
「情報収集は終わったから、顔見せのつもりなのかもしれないな」
 雪の降る外へと、視線を向ける。
 外――というよりはずっとその先に。
「随分なめられたものだ」
「なめていないからこそ、万全の罠を張って待っているともとれるけどね」
 そこは承知しているという様に、頷く。
「まぁ、向こうからでてきてくれるというなら、たとえ罠だとしてもそれに乗ってやるのもいいだろう?」
 それについてはもっともだと、優一は何も言えない。
 時間だと踵を返し、病室から出て行こうとするアルジェが振り返らず、伝えた。
「随分としてやられたんだ。せっかくの好機、少しくらいやり返してやるさ」


●仙北撃退署
 秋田ほどではないが、雪が降りしきる仙北の市内をラグナ・グラウシード(ja3538)が歩き、撃退署へとたどり着く。
 頭と身体についた雪を払い落し、頭を振って髪に滴る水滴を振り払う。
 どこ行ってたんやと、白い防寒着の亀山 淳紅(ja2261)が問いかける。
「うむ、ホームセンターで買ってきた」
 靴底の、着脱可能な滑り止めを見せるラグナ。実は近所の地方色が強いコンビニでも売っているんですけどねと、近くで聞いていた御神楽 百合子は思ったが、ここは黙っておく事にした。
「なんや、普通にスパイク付の靴でもええやんな」
「ですがそれは便利そうですね」
 淳紅と同じように、白い防寒着に身を包んだカーディス=キャットフィールド(ja7927)。
 さすがに黒猫の着ぐるみは今回、脱いだようだ。だが、かわりにゴーグルにマスクと、雪対策はばっちりであった。
「どうということもないですねぃ。なくても、射撃するぶんには」
 スナイパーヘッドセットを付けたまま十八 九十七(ja4233)が、通常の物よりずいぶん短いショットガンのチェックを入念に行っている。姿恰好は普段通りであった。
 射撃がメインだからというのもあるが、今回はそれ以外に目的がある。
「手札を明かし、情報を得る事が役目ですの。今回、九十七の目的は」
「せやなぁ。それも大事なことやんな」
「未知なる使徒だ。色々と情報を確かたいものだからな」
 淳紅とラグナが九十七の言葉に頷いているが、九十七は内心舌を出していた。
(建前ですけどねぃ)
 ショットガンをヒヒイロカネに戻し、漏れそうな笑みを手で隠す。
 そこで署内に、冷たい風と雪が吹き込んだ。
「すまない、遅れたな」
 病院から戻ってきたアルジェが、駆けこむ。その頭と肩には雪がまとわりついているが、あまり気にした様子でもない。
 ただ、それが気になった百合子が風邪ひきますよとかわりに払い落とし、頭をタオルで拭いていた。
(私も雪まみれだったのだがな……)
 百合子の行動を見ていたラグナが、そんな事を思っていた。尊大な態度のわりに、そういう所は実にナイーヴだったりする。
 もっともラグナの時にしなかったのは、百合子自身、女の子の方に興味があるというだけなのだが。
「蝙蝠猫対策に、ハンドサインや記号メールについて統一認識しておかないとな」
「音で音を消すとかっていう奴やな。ほんま、やな奴やで」
 喉を押さえ、嫌そうな顔で舌を出す淳紅。
 周辺地図に目を落しながらカーディスがこんなのはどうでしょうかと、ハンドサインを提示する。
「インカムで連絡は取り合えるでしょうけど、やはり妨害された時の対策は必要ですからね」
「うむ。連絡手段は色々あるに越した事はないな」
「ですねぃ」
 提示されたそれは簡単で実に分かりやすかったのか、それはそのまま採用されたのだった。
「さて、そろそろ行かねば痺れを切らすやもしれん――私は裏林道を行こう。正々堂々、正面から臨ませてもらう」
 作戦がどうであれ、それがラグナのこだわりである。
「自分も正面からやな。あまりややこしいのは、あかん」
 防寒着の上から、黒い雨合羽を着る淳紅。
「アルも正面から行こう。この中では一番面識もあるし、サーバントについても詳しいだろう」
 後ろから百合子に抱きつかれていたアルジェが、その手をするりと抜ける。
「山道ルートから、滝の上に行かせてもらうですの。九十七は。ええ、はい」
「私も山道から回り込ませてもらいましょうか。伏兵や罠の可能性もありますし、その対処の為に」
 九十七とカーディスもルートの表明を済ませると、いよいよ出発の時。
 5人が、では行こうと出入り口へ向ったその背に、心配顔の百合子が声をかけた。
「気をつけてください。体験した情報は確かなものですが、資料を作ったのも現場で見ていたのも使徒ですから、これまでの先入観で挑まない様にしてくださいね」


●秋田大滝山自然公園
(ほんま視界悪いやんな……)
 ゴーグルの奥で目を細め、秋田市からずっと、凍てつく空気と頬に当たって地味に痛い雪をかきわけながら、スノーモービルを走らせていた。
 仙北市から秋田市へと輸送してもらい、そこから大滝山へと向かっていたのだが、仙北の雪でも驚いたものだったが秋田市はさらに驚くほどの大雪に見舞われていた。
「これは確かに、この乗り物が無ければ進めなかったな!」
 道中、雪で動けなくなった車を横目で見ながらも、ラグナは走らせる。
 だが彼らは知らない。それが雪で動けなくなったから乗り捨てたものではなく、秋田市襲撃のために緊急避難を余儀なくされ、足並みをそろえるためにその場へ置いていったという事を。
「おっと、ここから分岐ですの」
 T字路に差し掛かり、減速。3人と2人に分かれ、それぞれの道にハンドルを切る。
「それではみなさん、御武運を」
 カーディスが片手を上げると、アルジェも片手を上げ応える。
 そして、それぞれがそれぞれの道を進むのであった。

 滝が見え始め、誰かが立っているなと認識できたあたりで、カメラを設置しようと淳紅はモービルを停止させた。その間ラグナとアルジェは減速したものの、ゆるゆると前進していた。
 そのついでにと、ラグナはスマートフォンにハンズフリーで会話できるヘッドセットを接続し、その感度を確かめる。
 ふと木にカメラを括り付ける作業をしていた淳紅が手を止め、目を閉じる。
「……歌? なんやか、悲しい歌声が聞こえる気がする」
 風の音かとも思ったが、歌声には人一倍敏感な淳紅には、確かに歌声が聞こえていた。どんな歌詞かまでは聞き取れないまでも、その声に含まさっている感情が、意識せずとも流れ込んでくる。
 だがいまはそれよりもと、作業を進める。
「オッケーやで……ちゅうても、この雪で見えるか不安やけどな」
 設置が完了したとみるや、2人がモービルに乗ったまま加速を始める。
 円形の複雑な形をした図形楽譜を展開し、淳紅がモービルから降りて慌てて後を追う。その懐では阻霊符が淡い光を放っていた。
 一足先に、涼子の姿をはっきりと確認した2人。そしてその真横では戦車型のサーバント、それもゲパルトタイプが川底から押し出されるようにせり上がってきた。
 アルジェは減速を開始したが、ラグナのモービルはさらに唸りを上げ、その速度を増した。微動だにしない涼子へ向け、真っ直ぐに突っ込んでいく。
(奴の武器はナイフと銃だという……モービルの破壊には不適)
 そして川岸から跳ぶというタイミングで、ラグナは飛び降りた。
 暴走したモービルは、そのまま涼子へと飛びかかっていく。
(強力な技を使うか、かわすか……さあ、どうする!?)
 些細な情報も見逃さまいと、優雅に着地したラグナが地に膝をつけ、事の成り行きをじっと睨みつけていた。
 直撃するかというタイミング。そこでやっと、ゆったりした動作で髪をかするかというほどすれすれでモービルの下を潜り抜ける。
 そして通り抜けていったモービルのガソリンタンクへ、後ろも見ず少しばかり大型な銃で的確に撃ち抜き、爆発、炎上させた。
(かわすか、なるほど)
 これで1つ情報は手に入ったとラグナは満足し、立ち上がる。
 ツヴァイハンダーを抜き放ち、切っ先を向けた。
「これは失礼したな、名も知らぬ使徒殿!」
 聞いてはいるが、それでも知らぬと煽ってみせる。もっとも、涼子の顔色は何も変わっていないが。
「我が名はディバインナイト、ラグナ・ラクス・エル・グラウシード! 誇り高きディバインナイトの名に賭けて、私は貴様を滅ぼそう!」
 言い終わらぬうちにラグナの身体から金のオーラが立ち昇ると同時に、涼子も動いていた。
 ツヴァイハンダーを地面に突き立て、盾をゲパルトに向けると激しい衝撃。それに一歩も引かず、今度は銀色の障壁が一瞬だけ広がる。
 盾とサバイバルナイフが、せめぎ合う。
 それも一瞬の事で、涼子が後ろへ飛ぶとその前を具現化されたタロットの絵札が通過した。
 距離が開き、再び対峙する。
 そこに白い息を吐きながら、淳紅がやってくる。
「お招きおおきにです。亀山淳紅いいます、よろしゅうお願いします―♪」
 名乗られても、やはりなにも答えない涼子。ラグナが肩をすくめる。
「まったく。戦の作法がなっていないものだな」
 さらにその言葉が引き金となったのか、蝙蝠猫が4匹が滝の中から姿を現し、ざわめく木々から影が動き出す。
 その途端に、風の音が消え、代わりに高音が辺りを支配する。
(やはりいたようやね……!)
 声に出したつもりだが、自分の言葉が耳に届かない。
(これが音を消すっちゅうやつやな……実に不愉快な能力やで)
 キッと蝙蝠猫を憎々しげに睨み付けると、掌に紅色の大きな火炎球を生み出し、真っ直ぐに放り投げる。
 視界も悪く、当たるかの自信は少なかったが、それは1匹の口に当たり頭部ごと燃やし尽くした。
 だがまだ3匹いる。
 淳紅は使徒よりも、この不愉快な高音を発する蝙蝠猫を狙い、駆け出す。
 一方、ライトを点けたモービルに乗ったままアルジェは周囲を走り回り、影に注意しながらもゲパルトへ具現化したタロットの絵札を投げつける。
 こちらも雪で見えづらいし、モービルの上からで当てにくいかとも思ったが、相手がでかいだけに実に当てやすい。ただ砲塔の駆動部分を狙ったのだが、わずかに逸れ、硬い装甲をへこませる程度で終わる。
 当たる直前、ほんの少しだが後退されて狙いが逸れたのだ。
(あのタイプには爆発反応装甲はないのか。だから、知恵が回るのか……)
 表情は変えないが、内心では臍を噛む思いで旋回する――その瞬間、シートの真下から黒く、剣の様に鋭い物が突き出るとアルジェの脇腹に突き刺さる。
(……っ!)
 そしてその剣に引きずり降ろされる様に、モービルから雪の上に転がり落ちる。
 勢いで転がっていたが、すぐに脇腹を押さえて立ち上がると、モービルの真下、黒いベルトに何かが蠢いていて、モービルが岩場に当たる直前、それは燃え盛るモービルの炎が生み出した影に向かって、さっと離れるのが見えた。
(思い違い……? あれは影に潜むのではなく、自身の色に近いモノに潜むのか……)
 血を流すアルジェが気がかりではあったが、ラグナは目の前の涼子に集中し、ツヴァイハンダーを構えていた。
 と、突如地を蹴り降りしきる雪の中へと姿をくらましながら、神々しい天使の翼をその背に生やし、飛翔する。
(ここからならば、どうだ! 砕け散れッ、リア充!)
 リア充かはともかく、ラグナの恨み辛みをツヴァイハンダーに籠め、涼子めがけ急降下。
 だがそこに、横から激しい衝撃を受け横へと吹き飛ばされる。空中で体勢を立て直し、水飛沫を上げながらも足から川へと着地する

(今のは砲撃か。この悪天候で、なんたる命中精度だ)
 激しい衝撃だったものの、強固な肉体を有するラグナにとって比較的軽傷で済んだ。それでも攻撃のチャンスを潰された恨みの眼差しを、ゲパルト・自走対空砲に向けるのであった。
 そこで耳に付けたインカムから『声』が聞こえた。
「こちらそろそろ到着です。皆さんもう少しの辛抱ですよ」

 視界の悪い中、自らの感知で補いながらも山道を駆けるカーディスのモービル。九十七もその後ろを追う。
「返答がありません。もう交戦して音の妨害にあっているのでしょう」
「ならもっと急ぎますの」
 後ろから追い立てられるように距離を詰められるが、カーディスは落ち着いていた。
「急がば回れといいますか、ゆとりを持つことは英国紳士の嗜みですよ――それに」
 カーディスの身体を緑色の炎がツタの様にまとわりつき始め、リボルバーを引き抜く。
 そして木々の間で蠢く影に、発砲していた。
「こちらにも潜んでいるみたいですからねぇ。これくらいがちょうどいいでしょう」
「戦闘は避けたいですがねぃ。できれば」
 ショットガンで木々ごと影を撃ち貫く。ハンドルに手を添えたまま、本体を動かす事でポンプアクションを済ませる。
「それに罠も今のところ察知できないですの。2人しかいない点も考慮しやが――した方がいいですの」
 いい直しが少し気になったが、2人しかいないのも急ぎたいのも、確か。そうですねと考えを改めたカーディスは、前方を塞ぐように現れた蝙蝠猫へ、ツヴァイハンダーの切っ先を向けモービルを加速させた。
 胴体を貫く感触が手に伝わり、衝撃を流す様に引きながら後ろへと蝙蝠猫の死骸を投げ捨てる。
 そしてやっと滝の上部が見え始め、そこに大きな塊が2つ、川を挟んで並んでいるのが確認できた。形状まではわからないが、それが戦車型であると踏んだ。
「……罠はないです、ええ、はい」
「それならあれを処理すればいいだけですね」
 狙いを定めたカーディスはフルスロットで駆け出す。砲塔が崖の下に向いていたのと、モービルの音が途中から全く聞こえなくなったため、戦車型はカーディスの接近に気付けないでいた。
 何より、もともと隠密を得意とするのだ。
 ツヴァイハンダーの切っ先を寝かせ、戦車型にぶつかる勢いで突撃。
 その切っ先は戦車型の首とも言える砲塔の駆動部に深々と突き刺さり、ハンドルを切って突き刺さったまま進行方向へと払い抜けた

(死にやがれぃ! このクサレ■■■野郎ぉ!)
 あの下に未知なる使徒がいるのかと思うとテンションが上がり、九十七の中の狂気が溢れだす。幸いにも声はかき消されていたので、そのセリフは誰の耳にも届かなかった。
 ショットガンから小瓶が発射され、それがもう1両の戦車の後頭部的な砲塔の後ろに当たると、中に入っていた液体金属が小瓶を突き抜け、その装甲に突き刺さりつつも煙をあげる。
 だがそれとは別に装甲が自ら爆裂し、さほどのダメージにはなっていないように見えた――が、そんな事はお構いなしにもう1度ショットガンを放っていた。
 ばらけた弾が無傷の装甲に当たり次々に爆裂させるが、煙をあげていた箇所にも直撃し、内部より溶けた装甲に風穴を開けた。
 そして砲塔が旋回を始める前に、カーディスのリボルバーの弾がその風穴に吸い込まれるように消えていくと、身を震わせた戦車・エイブラムス型は全身を震わせたかと思うと、白い塊となって崩れ落ちるのであった。
(水中に敵は……)
 目を凝らし、感覚を研ぎ澄ませて川の中の伏兵を探るが、そんな気配は感じ取れなかった。
(この2両だけで十分と思っていたのですかね。もっとも、こちらも1人でしたらここまで簡単にいかなかったでしょうが)
 川岸の崖っぷちから滝の下を見下ろすと、涼子がこちらに背を向け、ラグナへ向けて発砲しているのが見えた。真後ろの影から次々と伸びる切っ先を避け駆けまわるアルジェに、逃げ惑う蝙蝠猫に火炎球をしっかり当てていく淳紅。
 対岸では九十七がPDWに切り替えつつも、涼子の変哲もない戦いぶりにやや落胆の表情を見せていた。
 制圧完了したと知らせるなら今かと、ペンライトを点滅させるカーディスであった。

(声……歌が聞こえへんいうんは、最っ高に不愉快や! 静かにしろッ)
 滅多に近づいてこない蝙蝠猫だが、回避行動すらも不得意らしく距離を詰めなくとも淳紅の火炎球がいとも容易く直撃する。そして生命力そのものも低いのか、ただそれだけで絶命していた。
「よっしゃ……! 声も出るようなったわ」
 嬉しそうにひんやりとする唇をひと舐め――と、崖上の点滅が目に入った。
「カーディス君、やったんやな」
「ええ。こちらはいつでも大丈夫ですよ」
 目標をラグナと対峙している涼子に定めた淳紅が、その隙を窺い続ける。
 アルジェはというと、前回の教訓を生かし正面に影が来るように身をひるがえすと、影から伸びる切っ先に合わせ腕に裂傷を作りながらも3本爪のクローを被せるように突き出す。
 爪先が地面に突き刺さると、地面が奇声をあげ破裂するような音と共に黒い物体が霧散する。それほど威力を乗せた1撃ではなかったが、あっさりと影に潜んでいたダークストーカーは死んだのであった。
「物理には弱い、という事か……魔法生物のようなものだし、当然かもしれないな」
 追撃が無い事に安堵し、ゲパルトへと視線を向ける。その際、ちらっと崖上の合図が視界の隅に留まった。
(どうやら、そろそろ決め時のようだな)
 少し息を切らせながらも、タロットを構えるアルジェだった。

「ぬうぅぅぅ! この程度の攻撃で倒れてやるわけにはいかんな!」
 涼子が背中を預けているゲパルトの機銃を、盾で防ぐラグナ。盾で覆い隠せない部分に機銃が当たりはするが、アザを作るだけでその強固な肉体にはたいしてダメージになっていなかった。
「そろそろ終わらせる」
 その機銃を背に、身を低くした涼子がラグナへと距離を詰めようとする。
「足下注意やで!」
 淳紅の言葉が聞こえたかと思うと、強風が涼子の足元から川の水ごと噴き上げた。ただそれよりも一瞬早く、身体ごと横に滑らせてかわす。
 ラグナに気を取られているようでいて、しっかりと淳紅の動きも察知していたようである。
 そしてもちろん、アルジェの行動も。
 機銃を撃ちながらもゲパルトの砲塔が旋回し、今まさにタロットを投げつけようかとしていたアルジェに合わさった。わかりやすい照準に、アルジェは反射的に飛び退く――が、その砲身から弾が出る事はなく、かわりに着地した瞬間、足の裏から鋭い切っ先が突き抜け、地面に縫い止められる。
「く、やはりまだいたのか……!」
 動けなくなったところで、改めてゲパルトの砲身がアルジェへと。
「やらせるわきゃねーだろが、ボケナスがよぉ!」
 滝の上からは届かないと跳躍し、空中で九十七の銃口から、龍が焔の吐息を吐き出すかのように超高温の焔が吹き出す。その反動で後ろに弾かれ滝の中へ飲み込まれるが、その絶大な焔の形に圧縮されたアウルがゲパルトを飲み込み小爆発を繰り返させる。
 火のように見えるが、あくまでもただの濃縮されたアウルには火炎に強い戦車型にも致命的なダメージを与えていた。
 だが惜しくも、一歩及ばず。
 動けないアルジェへ無情にも主砲が火を噴き、アルジェが宙を舞った。
(ダークストーカーの警戒が、甘かったか……)
 薄れゆく意識の中、ぼんやりとそんな事を考え――地面へと落下する。
「許さんぞぉ!」
 激昂するラグナが大剣を振り下ろし、ナイフを身構えた涼子が避けようと一歩引いたところで淳紅の歌声が響く。
「Canta! ‘Requiem’」
 一瞬にして涼子の足元に血の色の図形楽譜が広がり、死霊の手が無数に生み出され涼子を愛しむように絡みつく。
「もらったぞ、名も知らぬ使徒殿!」
 これまでの経緯から避けるであろうと踏んでいたラグナは振り下ろしきらずに大剣を止め、資料の手に束縛されている涼子の腹部へと横に薙ぎ払った。
 それは涼子の腹部に深々と――誰もがそう思っていたが、ナイフの腹を身体に密着させ大剣の刃の直撃を免れていた。
 それでも勢いだけは殺せず、水平に横へと飛ばされ派手な水飛沫を上げ、川へ沈んでいった。
(今のうちやな……!)
 この間に黒い雨合羽を脱ぎ捨て、雪に紛れるような白い防寒着をここで披露する。
「本気の刃には本気の魔法を――命を焦がす歌、聴かせたりましょう!」
 崖の上のカーディスに目配せをする淳紅が、フラフラと立ち上がった涼子へ手を振るうと、川の中から針のように尖った土がいくつも生成された。
 無数にあるそれを、身体を捻りながら後退しかわし続ける。
 とそこへ、全身に闇を纏ったカーディスが崖の上からヨルムンガルドを構え、涼子の背中めがけて発砲していた。
 だが。
 カーディスの存在に気づいていたのか、後ろを振り返り身を少し捻って射線からギリギリで逃れる。
(ばれておりましたか。崖上のサーバントと意思でもかわしてましたかね)
 一撃目はかすっただけで終わったが、慌てず素早くもう一発。
 しかしそれすらも、ナイフで弾かれてしまう。
(物理的な攻撃にはめっぽう強いですね――)
「絶対に倒すんや!」
 気合を入れた淳紅がこちらへ振り替えるその一瞬を狙い、姿が掻き消えたかと思うと涼子の背後へ瞬時に移動していた。
「ダルドフのおっちゃんに、約束忘れんといてなって、伝えといてなーッ」
 これが別れ際のセリフと言わんばかりに、決死の覚悟で服を掴もうと手を伸ばす――が、その手が服を掴む前に淳紅は両肩と両足を貫かれていた。涼子の『黒い服』から伸びた、刃のように鋭いモノによって。
 そして淳紅を嘲笑うかのように、ダークストーカーが涼子の背中から顔を覗かせていた。
(服に潜んどったか……っ)
 ぐらりと倒れ込む淳紅の鳩尾へ、涼子の強烈な肘打ち。そこで淳紅の意識はプツリと、途切れてしまう。
「おのれ……!」
 大剣を振りかぶり涼子へと詰め寄ろうとするラグナ。そんな彼に銃口を向ける涼子。
「効かん!」
 銀色の障壁を瞬時に展開し、涼子の攻撃を完全にシャットダウンするが、足を止められてしまった。
 この隙にフラフラだったはずの涼子が俊敏な動きでゲパルトの側へと移動すると、手を添える。そしてゲパルトが機銃をラグナに向けて掃射する。
「それも効かんと知っているだろう!」
 あいも変わらず、多少のアザを作りつつも盾で防ぐラグナだが、異変は突如として起こった。
 それほど傷を受けたわけでもないのだが、意識が薄れストンと膝が落ちてしまう。
(どうした事だ!? 動け、私の身体よ!)
 意識は何とか保っているが、身体がまるっきり動かず、力が入っているのか入っていないのかすらわからない。
 そこへ。
 川底の影から無数に突き出された黒い刃が、ラグナの身体へいくつも突き刺さる。
 その様子を滝壺から立ち上がった九十七がこんな状況にもかかわらず、じっくりと観察していた。
 個人的な目的――涼子の技術を盗むために。
(手札をなかなか全部明かさねーなぁ。弱ったふりまで見せて、小癪すぎんぞ。
 それにアレの攻撃に脳震盪の様なモンを起こさせるのが含まれてるとして、あれが触れてる間にはそいつにも同様の能力があるってのかぁ?)
 こうなってくると敗北を考慮し、もう無理はできないと拳を握って頭の上で回転させる。
(撤退ですか。それも無理ありませんね)
 崖の上のカーディスが九十七のハンドサインに頷き、モービルで急な崖を下り始めた。
 九十七がPDWを構えるより先に、涼子が全身血まみれのラグナへと距離を縮めナイフを振りかぶる。
 間に合わない――誰もがそう思った時、もう動けないかと思っていたラグナの右腕が伸び、振り下ろされた腕を掴んで止めた。
「この私が、これしきで止まると思わないで貰いたいな!」
 傷だらけだが、強靭な身体は黒い刃で皮は裂け肉に突き刺さっても、致命傷にまではならなかったようだ。加えて、持ち前の体力で気絶しないように耐えぬいていた。
 九十七のPDWとカーディスのヨルムンガルドが涼子を狙い撃つが、飛び退いてあっさりかわされる。だがその隙にラグナは立ち上がり気を失っている淳紅とアルジェを担ぎ上げ、全力で淳紅の残してきたモービルへと走り出す。
「殿は九十七に任せなねぃ! ヒャッハー! くたばんな!」
 げらげらと下品な笑い声をあげ、PDWを撃ち続けじりじりと後退をする九十七へ涼子が手をかざすと、1匹のダークストーカーが宙に舞い、大きく膨れ上がると九十七と涼子の周囲をすっぽり覆い隠す。
(なんねぃ!?)
 声を出したつもりだが、また自分の声が耳に届かない。
(まだ蝙蝠猫も潜んでやがったかぁ!?)
 一瞬の動揺――暗闇の中、すぐ目の前に涼子の顔が差し迫る。
 涼子へ気を取られたその一瞬で、四方から伸びてきた刃が九十七の四肢を縫い止め、がら空きとなった鳩尾へ身体がくの時になるほど重い拳が叩き込まれ、九十七もその場で昏倒してしまった。
 そんな暗闇の中を音もなく高速で突っ走る物体――カーディスが大剣を構えモービルで突撃すると、気づくのに遅れた涼子は肩口をえぐられながらも身を捻り、勢いを流しきれずに身体を回転させ川へと倒れ込む。
 そして気を失った九十七を脇に抱え、そのままモービルで走り去っていったのであった――

 うっすらと目を開けた淳紅が、がばっと起き上がる。
「あたたたた……」
 止血はされているが貫かれた傷口を押さえ、へたり込む。涙目で横を見ると、血に濡れたアルジェと九十七も目を閉じてガードレールに背を預けていた。
「私達的に重体というほどではありませんが、重傷には変わりありませんから大人しくしていた方がいいですよ」
 アルジェの傷口を確認していたカーディスが、淳紅へと穏やかに諭す。
「この屈辱は忘れんぞ!」
 雪降る空に向かってラグナが叫んでいるのを見て、敗北したのだと悟った淳紅。唇を噛みしめ、ごろりと雪の上に大の字に寝っころがって空を見上げた。
 空が、視界が――滲む。
「悔しいなぁ……っ」
 呟き、腕で目を覆い隠す淳紅であった――



【神樹】ダルドフ様を見習って   終


依頼結果

依頼成功度:失敗
MVP: −
重体: −
面白かった!:3人

God of Snipe・
影野 恭弥(ja0018)

卒業 男 インフィルトレイター
歌謡い・
亀山 淳紅(ja2261)

卒業 男 ダアト
KILL ALL RIAJU・
ラグナ・グラウシード(ja3538)

大学部5年54組 男 ディバインナイト
胸に秘めるは正義か狂気か・
十八 九十七(ja4233)

大学部4年18組 女 インフィルトレイター
二月といえば海・
カーディス=キャットフィールド(ja7927)

卒業 男 鬼道忍軍
その愛は確かなもの・
アルジェ(jb3603)

高等部2年1組 女 ルインズブレイド