零番艦の甲板の上に立つは、大きな猫型ロボット『猫神』。
「ムッフー……目標はコアにゃ!」
マフラーがチャームポイントな黒猫が、コックピットの中で見えぬ先を見据えた。
「あれを破壊したら、ボーナス出るかにゃ? 艦長」
問いかけられたミルが笑いながら出してやろうと答えると、黒猫――カーディス=キャットフィールド(
ja7927)が小躍りする。
モニター越しでその様子を見ていたオペレーターが、怪訝な顔をしていた。
「お嬢……あれって何?」
「流浪の猫傭兵。黒猫型宇宙人で、故郷では黒猫忍者の上忍らしい――本人曰くだけどな」
天魔がいるからにはいてもいいかもしれないが、胡散臭さ爆発である。
「あと20秒後に本気だすにゃ」
「その間、索敵ですねー」
OB隊に紛れていたが、ほんの少し装甲の厚いOBが飛行形態へと変形する。間下 慈(
jb2391)の『OB改』であった。
次世代量産機を目指して作られたそれは、OBとの外見的違いはほとんどない。
ただそのわりには結局ABのシステムを一部流用する事となり、結局『一般兵では乗れないOB』という、本末転倒な機体である。
そのため廃棄される予定だったのだが、撃退士としての覚醒が遅く、周囲の撃退士に劣等感を抱く慈与えられた。だが本人曰く、自分にぴったりだと、いささか自虐的だが喜んだものだった。
「ジャミング展開。そして探知できた範囲での敵反応を、共有いたします」
OB改から不可視のアウルが、フィールドを覆い尽くす。そして各機のレーダーに、敵反応が表示された。
「ああ、それなりに居ますねぇ。群れなきゃ何もできないんでしょうか」
本人にその意思があるかは謎だが、あからさまな侮蔑を口にするエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)。
タキシードを思わせる外観、そして白と黒のツートンカラー。液体金属のマント型シールドを羽織ったエイルズレトラの愛機『マジシャン?』は一足早く出撃し、零番艦の外周をぐるぐると回っていた。
先代である『マジシャン』は耐久性を犠牲にし過ぎたため、飛行中に空中分解を起こし大破。その遺志を継いだマジシャン?は耐久性を改善――どころか、さらに軽量化され、削りようのない装甲をさらに任意でパージできるようにしたのだ。
「そろそろ始まりますか」
マジシャン?の後を追うように幻影が生まれると、さっさと装甲を脱ぎ捨ててしまう。さらに軽量化され、耐久性はないに等しい。
マントで空気抵抗を減らさなければ、間違いなく先代同様そのうち空中分解するであろう、こだわりの逸品である。
そんなマジシャン?とうってかわって、全体的にマッシブで他のABよりも一回り大きい、リオン・H・エアハルト(
jb5611)の『マローダー』。
見た目通りに耐久性は高いが、運動性は低い。ただ装甲がナノスキン構造のため、ある程度の破損は自己修復できてしまう。おまけに大型のシールドも装備しており、まさしく耐久性に優れた機体である。
「さて、お手並み拝見かな?」
「どんな装甲だろうと、撃ち貫くのみだ!」
黒とオレンジのツートンカラーという警告色で、やや角ばったデザインの『ワイルド・ホーネット』のコックピットでは、川内 日菜子(
jb7813)が拳と掌を打ち付けていた。
「完璧に叩きのめしてやるぞ」
右腕部のパイルバンカーを振り回し、もはや待ちきれないと言わんばかりに飛びだす。その後を周 愛奈(
ja9363)の『カルラ』が追った。
「……愛ちゃんと『カルラ』も頑張って戦うの!」
「さて、僕も行きますか」
OB改が雲に紛れ、姿を消していく。
「こうも視界が悪くては……厄介ですね」
レーダーのみを頼りに、シールドを構えながらアサルトライフルを撃つマローダー。その横を準備できたにゃと、幻影を纏った猫神が通り抜けた。
猫神はすでにその存在が、希薄となっていた。飛行形態になっている事すらも、誰も気づいていないかもしれない。
皆が皆、敵に悟られぬようにひっそりとしている中、とにかくまとまっているところを目指してツッコんでいくマジシャン?。
「その程度の腕で、僕を狙おうとしないで下さい」
シュトラッサーとヴァニタスが入り乱れ、次々と羽型のミサイルやら三又の槍でマジシャン?を狙い続けるが、まるで散歩でもするかのように悠々とマジシャン?はかわし続けた。
そしておちょくるように、わざわざ接近しながらも真っ直ぐに通り過ぎ去るのであった。
そんなマジシャン?に気を取られているから、反応が遅れるのだ。
「愛ちゃんが援護するの! 思う存分戦って欲しいの!」
飛びまわるマジシャン?の後を追うカルラのバスターライフルが、シュトラッサーの胴を撃ち貫く。
「まあ、やる事はやりますよ」
距離を置いて、マローダーのアサルトライフルも、ヴァニタスの胴に直撃していた。それで落とせなくとも、カルラによるバルカンの追撃できっちり落とされる。
そしてやっと反応した敵の間を、ビットで牽制し意識をさらに逸らして潜り抜けていくカルラ。
「……速いスピードで飛び回っていれば、簡単に攻撃は当たらないはずなの。スズメバチみたいに雄々しく戦うの!」
通り過ぎ去るカルラに気を取られると、またマローダーのアサルトライフルをかわせない。
そうやって存分に目を惹きつけているからこそ、余計に動きやすいのが雲に潜むOB改。
さらに拾った情報を次々に更新し、仲間へと送っていく。
「敵位置の座標送ります――さてそろそろ狙いますか」
すでに潜みながら、雑魚たちへのロックオンは全て果たしている。
「アシッド・オロチ。掃射します」
そう宣言すると、OB改から30本のミサイルが一斉に飛び立ち、一直線だったり弧を描いたりしながら、シュトラッサーとヴァニタスが次々と被弾していく。
「なかなか、爽快ですねぇ」
飛来するミサイルをわざわざジグザグに潜り抜け、自由に飛び回るマジシャン?。敵はミサイルの直撃を受けた所が煙を上げ、徐々に浸食されていった。
その爆風に紛れ込み、さらにOB改はゲートコアを探るのであった。
まずは射程順という定石にちなんで、マローダーへと突っ込んでいくヴァニタスがフォークを突き出すが、強化手甲でフォークを払い、意表をついてシールドの先端を頭部に突き立てる。
「シールドにはこういう使い方もあるのですよ」
そして腹部を蹴りつけ引き離すと、カルラのバスターライフルが貫いていくのであった。
「生かして帰さんぞ!」
雲を行くOB改の前にホワイトシェイドが立ち塞がり、長大なエネルギーブレードを振り下ろす。
だが決して接近せずに後ろへと下がり、アシッド・オロチを射出していた。
「強敵遭遇……情報送ります!」
下がりつつ情報を送るOB改に、アシッドオロチを数発受けながらも前へと詰めてくるホワイトシェイド。
「荷が重いですが……やるしかないか」
覚悟を決め、操縦かんを握りしめた時、雲の隙間から黒とオレンジの警告色が飛びだす。
「当たると痛いぞ!」
距離を詰めたワイルドホーネットが、やや反応の遅れたホワイトシェイドにパイルバンカーをぶちこむ。
腐食された腕で受け止められたと判断した時、すでに胴体へと狙いを定めていた。
「零距離……取ったぞ!!」
「取られたの、間違いだろう」
射出されていたインプアタッカーがワイルド・ホーネットの背後を襲い、その機体を激しく揺らす。
「く……まだだ、まだいける! ここは私の距離だッ!」
損傷をしながらも、迫りくるエネルギーブレード。そこにOB改のバルカンがホワイトシェイドの視界を塞ぐようにばら撒かれると、意識の逸れたブレードへバンカーを撃ちこみ、火花を散らし受け止めていた。
横へ流し、距離を取ろうとしたところへまたもインプアタッカーの攻撃が。しかし今度はシールドでちゃんと受け、流す。
それでも距離を詰めようとするホワイトシェイドがブレードを掲げたが、マローダーのアサルトライフルに反応して横へと身体を捻る。
「やらせないって言ったでしょ?」
「小癪な奴め……!」
狙いを変え、マローダーへ突進するホワイトシェイドへチェーンガンで牽制しながら、再びワイルド・ホーネットがバンカーを構える。
不意打ちではない、ほぼ真正面からの打ち合い。無謀とも言える――が、日菜子は楽しそうに笑う。
「分の悪い賭けは嫌いではない!」
分が悪いどころでない賭け。バンカーが虚しく空を切る。
「お前はこれで落ちておけ」
至近距離からのグラビティボム。直撃を受けたワイルドホーネットが爆風に押され、吹き飛ばされる。そして重力場の波が潜んでいたOB改にも、多大なダメージを与えた。
「メインブースターがイカれただと……ッ!?」
「く……まだ落ちませんよ」
半分は削られたOB改。しかしホワイトシェイドの狙いは、マローダーに向けられていた。先にインプアタッカーが纏わりついていたが、装甲と盾でしのいでいる。
「伊達に盾と装甲取りつけてるわけじゃないってね!」
「次は貴様だ!」
そう叫んだ瞬間、彼の目の前をただの偶然だが、マジシャン?が通過していった。狙って通過したわけではなく、本当に、たまたま。
「あの機体……この前のやつに似ている……!」
「サド、俺にも遊ばせろ」
通信にサドが驚いた。
「ジャック! 防衛はどうした!?」
「どうせそれほど重要な物ではないだろ。それにここを狙われた時点で、アレはほぼ落とされたようなものだ。
それなら少し楽しんでもいいだろう? お前も狙いたいのがいるようだしな」
しばしの沈黙。
そして何も言わずサドは、マジシャン?の後を追うのであった。
「連中は早い。この大型マローダータイプでは……追い付けんか」
「まだ――強い反応来ます」
慈の警告にサドへの追撃を諦め、機体限界値を超えてチャージしていたアウルをアサルトライフルに込め、新たな反応に向けて放つ。
それがファントムシェイドに直撃した――ように見え、ぼんやり半透明と化しているファントムシェイドの身体を通り抜けていった。
「無駄玉使ってる場合じゃあないぞ、人類」
周囲に火の玉とナイフがぼんやり浮かび上がり、複数の火の玉が高速でマローダーに飛来し縦横無尽に機体へ体当たりを繰り返す。「く、機体が重くて小回りが……!」
「落とさせませんよ!」
OB改のミサイルオロチが一斉に、ファントムシェイドに狙いを定め飛んでいく。だがそれを、空中に浮かんだナイフをジャグリングして投擲し、次々に迎撃する。
数的にはミサイルオロチのが圧倒的なため、さすがに全部は捌ききれなかったようで数発直撃を受けるのだが、またもすり抜けていく。
「まだまだだ。まだ足りないぞ、その程度の攻撃じゃあな!」
ジャックが叫び、OB改との距離を詰めると空中に浮かんだナイフに裏拳をかまし、OB改に突き立てる。動揺に蹴りつける際も、ナイフを押し込むように蹴りつけ、深々とOB改に潜りこむ。
「落とさせないの!」
フルチャージのバスターライフルがファントムシェイドを貫く――がもちろん、無傷であった。
だがそれでも退くだけの隙はできたOB改。だが小爆発を繰り返し、コックピット内ではレッドランプが点灯、アラームがけたたましく鳴り響く。
「くぅぅぅ……もはやこれまでか」
その瞬間、慈は覚悟を決めた。そして何よりも、彼の中のどす黒い敵意がジャックに向けられていた。
(それだけの才能が有りながらも、人類の敵に回るだなんて……!)
「戦線、離脱します。後の事は……頼みました」
「了解。任せてください」
静かにそう告げリオンが応えると、OB改はファントムシェイドに背を向け――後ろ向きの全速で、突っ込んだいった。
「これが凡人の……僕の……意地です」
OB改が膨らむ。それがどういう意味か真っ先に察したジャックが、なぜか声を荒らげる。
「あほう!」
ファントムシェイドは貫手でOB改のコックピットを貫き――OB改の爆風に巻き込まれるのであった。
「むっふーん。艦長さん、指定の座標に大口径キャノンぶちこむにゃ」
「よし来た」
カーディスの指定した座標を、零番艦の大口径キャノンが薙ぎ払う。ゲートコア近辺にいた3機のシュトラッサーが、不意の攻撃になすすべもなく、大破していった。
かろうじて範囲から逃れていたヴァニタス1機――猫神は機体性能をフルに使いひっそり全速で回り込むと、背後に立ちコックピットを忍刀で穿つ。
「貴様も死にゆく定めだったのにゃー!」
少し目立ってしまった猫神に注目が集まり、ゲートコアに寄り添うよう守っているシュトラッサーからミサイルが撃ち込まれる。
それを肉球でそっと押し、受け流す。
お返しと言わんばかりに浮遊していた毛玉ビットが、にゃにゃー言いながら広範囲にわたって影を凝縮した棒手裏剣を次々に吐き出す。
その間に、猫神は再び己の存在を希薄と化す。
回り込み、回り込み――チキッと忍刀の鯉口を切った。
「猫神よ! 全ての力を出すにゃーーー!」
不意を打ち、機体性能の限界まで加速しゲートコアへ真っ直ぐに突き進む猫神。通り抜け様に鈍い光が一閃し、疾風が切り裂かれる。
「任務、完了にゃ」
忍刀を鞘に納めると、遅れてゲートコアが中心からスライドし、大爆発を起こすのであった――
雲が晴れ空間が元に戻りつつあるのに気付いたサドが、支配領域が解け、天気が本来あるべき姿に戻ろうとしている事を理解した。
つまり、ゲートコアが破壊されたのだと。
「く、貴様は囮か……!?」
「何を言ってるんですかねぇ。勝手についてきたのは貴方ですし、僕は貴方なんて相手にしていませんよ?」
さんざんシュトラッサーとヴァニタスの間を通り抜け、なおかつホワイトシェイドの攻撃すらも悠々と回避していたマジシャン?だが、エイルズとしてはただ、今この瞬間を楽しんでいただけでサドなんてもともと眼中になかった。
「くそう、くそう、くそう! 撤退だ!」
零番艦の甲板に、ワイルド・ホーネットが横たわっていた。
操縦不能になって墜落かと思っていたのだが、吹き飛ばされた先がちょうど零番艦の上だったのだ。恐るべき強運である。
甲板の上で心配そうに声をかけてくれている仲間達に、日菜子は嬉しそうに微笑んだ。
「私にはまだ、帰れる場所があるのだ。こんなに嬉しいことは無いな……」
そしてもう1人。
意識を失っているが無傷の慈をファントムシェイドの手から担ぎ上げ、凍てつく大地にそっとジャックが寝かせる。
「お前らが死んでは、困るんだ。俺達がこうしている意味がなくなってしまうからな――」
そして意識を取り戻しそうな慈が目覚める前に、救難信号を出してその場を静かに去るのであった――
サドは今回もしてやられたりだが、恐るべきはファントムシェイド。だが自爆する機体から慈を助け出したジャックの、いや、ジャックの言う『俺達』の真意とは!?
【初夢】煉獄艦エリュシオン2空 次回へ続く!