翼のような背面の推力偏向スラスターと、脹脛側面の推力偏向スラスターの他、全身に多数のスラスターを装備したAB『エクリプス』がカタパルトへ。
「ナイトヘーレだ。エクリプス、出るぞ」
ナイトヘーレ――皇 夜空(
ja7624)が淡々と告げると、デブリ群へと射出される。
「兄さんのようにはいかないでしょうけど、僕なりのやり方を見せてあげましょう――マーナガルム、発進します」
イアン・J・アルビス(
ja0084)の乗る4足歩行型AB『ハティ』の改造機『マーナガルム』が滑走路を駆け抜け、宇宙空間へと跳躍する。
続けざまにレーザーガトリングガンを携えたAB『鵬挙』がカタパルトへ。パイロットは若干11歳の少年、楊 礼信(
jb3855)であった。
「……僕と『鵬挙』の初陣か。皆の脚を引っ張らないように、頑張らないといけないな」
(それに、地球でもがんばってるんだしね)
地球でABに乗って頑張っている、大切な人の顔を思い浮かべると自然と笑みがこぼれる。これから命のやり取りが待っているというのにもはや、怖くない。
「楊 礼信、鵬挙。出ます」
平常心で、礼信の鵬挙が飛び立つ。
(今日も誰1人、欠ける事無く生き残ってみせます)
笑顔を護るために天魔側を抜け、人間側についた悪魔・ユウ(
jb5639)中尉が今日も誓いを繰り返す。彼女にとって、共に戦う仲間が――いや、この艦にいる全員が家族なのだ。
だから、誰も亡くしたりはしない。
「ベネボランス、出撃します」
試作型AB支援機『ベネボランス』が出撃する。
そして共に生き延びる事を考えているのが、もう1人。
「まだ始まったばかりであります、こんなところで終わるわけには、いかないのであります」
黒くあるが孔雀を思わせる独特なフォルムの、特殊粒子炉搭載機『虹孔雀』の中ではシエル・ウェスト(
jb6351)が指を鳴らしていた。
「その通りよ。まだまだ道のりは、長いんだからね」
冴木少尉の『ブルーファントム』が虹孔雀の横を通り抜け、滑走路から跳躍して飛んでいく。それの後を追い、虹孔雀がナナイロ粒子の尾を引き飛び立った。
そして全身を鎧で覆った戦乙女が如き決戦仕様の『ラ・ピュセル』が、ゆったりとした動作でカタパルトに。
ラ・ピュセルの中では、夢前 白布(
jb1392)が目を閉じ呼吸を整えていた。
(守るべき未来は『今』なんだ。決して遠くにあるわけじゃない――だから、今エースになる。
そして守った未来を地球の皆に手渡すんだ。どんなに強い敵が立ち塞がっても、きっと突破してみせる)
目をゆっくり開く。発進の合図だ。
(そして、僕達の最後の希望を掴んでみせる!)
「夢前白布、ラ・ピュセル”ワルキューレ”……行きます!」
無数に浮かぶデブリ群の中、常にフルバーニアという恐るべき速度でデブリを蹴り、直線的かつ鋭い立体軌道で駆け抜けるエクリプス。
「これで!」
ラ・ピュセルが手榴弾を投げつけると破裂し、蹴られて流れてきたデブリに向け無数の破片が降り注ぐ。
自らには当たらぬようエクリプスはデブリを後ろへ蹴り続け、飛び交う破片とデブリの中を進み続けた。
「障害物は排除だ」
虹孔雀がグレネードランチャーの甘果とビットの酸果で、運よく逃れたデブリを撃ち落してく。
「道が開けると、楽なものね」
デブリやボウラー以外に警戒しつつ、ブルーファントムが3人を追う。
「ここはまだ僕の出番じゃないですね」
追いかけながら常にデブリの動きを観察している、礼信。
「少し、速度差がありすぎますかね。仕方のないことですが」
本来なら速度こそが長所であったハティ型のマーナガルムは、思いのほか速度が出ていなかった。生存性を高めようと装甲を積んだ事で、速度が低下してしまっているのだ。
無論、その分防御力が上がっているので仕方のない対価である。
そして一番遅れているのは、TB隊を引き連れた支援機であるベネボランスだが、誰よりも広範囲のレーダーではすでに敵を感知していた。
「LS起動、各ABとのリンク開始」
リンクスステムが起動し、データーの相互通信が行われ、共有化を果たす。
「……完了。皆さん、リンクの確認をお願いします」
「こちらナイトヘーレ。システムは正常に作動した――まずは狙い撃つ。ミサイルオロチ、全弾射出」
30発のミサイルが射出され、それは生き物の如き動きでデブリを避け、デブリに扮したディアボロ『ボウラー』へ次々にピンポイントで直撃する。自立誘導ではなく、画像誘導のためなせる業である。
もちろん、そのぶん夜空の負担も並ではない。だからこそ独立型支援ユニットを搭載しているのだ。
『マスター、左方より接近。ナックルの使用を提案します』
「わかっている」
変則的に飛んできたボウラーを、受け流す様に超振動の裏拳を叩き込み、弾く。弾かれた先に待ち構えていた鵬挙のビットが、撃ち貫いた。
「レーダーじゃすぐ横のデブリと見分けつかない場合もあるんだ。点じゃなく、面攻撃開始!」
レーザーガトリングを最大角にまで広げ、広範囲にわたって攻撃する。
凄まじい連射性能を誇っていて、範囲を広げれば扱いにくくなるものだ。それでもしっかりデブリとボウラーを狙い、味方には一切当てないという高い命中精度があってこその芸当を、披露していた。
そんな最中でも、ボウラーとデブリの観察をかかさない。
「……デブリの動きは、玉突きを利用しているだけ。いくら複雑に見えても法則性はあるはず――ならば、それを見切れば十分に戦いようはある」
すっと飛んできたデブリを横にかわし、不自然な挙動で飛んできたデブリ――ボウラーを狙って撃ち落す。
「皆さん、警戒してください。まだ距離はありますが、膨大なエネルギー反応を探知しました」
皆のレーダーにも、その反応が映し出された。
「どう考えても、指揮官機でしょうね。
見分けがつきにくいくらいでボウラーは思ったほど数もいませんし、この際、TB隊の皆さんにお任せしてしまって僕達は指揮官機を狙いましょうか」
「そうですね。ついでにデブリの処理もお願いしましょう」
「ではTB隊の隊長さんに私が、位置情報等伝えましょう。
そのかわり、指揮官機との直接戦闘はお願いしますね――ジャマー展開、ビット最大数射出」
ベネボランスを中心に、不可視のアウルがフィールド全体を覆い尽くす。10基のビットとTB隊を引き連れ、常に周囲へ気を配る。
「雄人さん、その場で停止してください!」
TB隊員の1人を名指しで指示を出すと、停止した隊員の目の前をベネボランスのアサルトライフルの弾が通過。直撃コースだったデブリを粉砕する。
「ここは心配いらないな――人の力を増幅するマシーンだ。
お前はそのために作られた。人の心を、悲しさを感じる心を知る人間のために……」
はっきり敵と呼べる強大な存在が控えている先を、夜空が見据えた。ほんの微かだが、紅い機体が見える。
「行くぞ『侵食(Eclips)』」
真っ直ぐに加速する。
周囲の空間ごとデブリを凍結させたラ・ピュセルが、赤い機体を睨み付けた。
「ここからはもう短期決戦だ――勝利の未来を見せろ。ヘブンズヴォイス、起動!」
「短期決戦、上等でありますな。ハイパーモード!! 桜花爛漫!!」
虹孔雀が煌びやかな尾、光子ガトリングガン『桜火』を広げ、黒色の機体は艶やかな光沢を帯びる。
デブリの間断を縫うように黒一色の世界が、七色の光の尾によって染め上げられていった。
「早いわねぇ」
「僕らも行きますか、マーナガルム」
イアンに応える様に、マーナガルムのエンジンが吼える。
「援護は任せてよ!」
ビットを引き連れ、鵬挙も目指すのであった――
「この距離からなら、一気に行ける」
ジーン機に狙いを定め30本のミサイルを放ち、先ほどよりも鋭く高速で飛来するミサイルに紛れ、エクリプスが爆発的な加速で一気に距離を縮める。
「そんなもんが、なんだい!」
8本の触手の先端から広範囲にわたって拡散ビームが放たれ、ミサイルが次々に撃ち落される――が、エクリプスは距離を詰め切らずにデブリを蹴って急制動をかけると、8本の矢のような光弾を放ち後ろへ下がる。
触手が2本潰され、本体にも1本突き刺さる。だが、少し浅い。
「く……そんな程度、効かないよ!」
「こちらも同じですね。当たっても効かなければ、どうということはないのです」
拡散ビームの雨にさらされながらも装甲に物を言わせ真っ直ぐに距離を詰めた、マーナガルム。ジーンが反射的に小型のミサイルを撃つが、イアンも同じように反射的に圧倒的な数のミサイルで撃ち落す。
そして残ったミサイルがジーンの機体を激しく揺さぶり、近距離からのミサイルにビームを照射する触手の先端が、使い物にならなくなっていた。
もちろん、狙ってみせたのだ。
「さぁ、殴り合いといきましょうか!」
イアンがコックピットで吼えると、ジーンの確かな視線を感じた。
「上等じゃないかい!」
触手を鞭のようにしならせ、マーナガルムに叩きつける。
だがメインである拡散ビームにすら耐えたその装甲の前には、児戯に等しい。そんな攻撃など一切無視して、4本脚を押しつけそのまま加速。大きなデブリに組み伏せる。
「こんなもの……!」
「逃げ出すのは難しいと、僕は思いますよ」
装甲が固く重い4本脚でデブリに貼りつけるよう組み伏せてしまえば、イアンの言う通りに抜け出すのは至難であった。ましてやジーンのScarlett Greedは、戦闘機の様な平たい形状。
手も足も出ないとは、このことである。
「さらに、こんなものもあるんですよね」
尻尾の先端を見せる。それはナイフさながらに、鋭かった――もうこうなると、一方的にメッタ刺しである。
ただ、尻尾の動力では一撃一撃が非常に軽い。だからこそ何度も刺すのだが、なかなかラチが明かない。
そこへ。
「横に避けろ、イアン君」
夜空からの通信。
瞬時にジーン機から離れたマーナガルムの横を、ソニックグライダー形態となった最高速のエクリプスが超高速で過ぎ去り、その先端がジーン機のコックピットに突き刺さる。
そこからさらに爆発的に加速し、ジーン機ごとデブリを突き抜け、2つ、3つとデブリを貫いて、4つ目にしてやっと突き刺さって停止した。
完全に沈黙した、ジーン機を縫い付けて。
「浸食、完了」
(この気配……もしかして!)
「エミナ――エミナ・スチムなの!?」
レッドシェイドから感じた気配に、思わず冴木が叫ぶ。
「久しいな、冴木。私の相手はお前か?」
エミナの名前に、一同が一瞬、恐れおののく。
(かつて冴木少尉よりも才ありと言われていた彼女に、どこまで太刀打ちできるかわからないけれど――)
「エミナ・スチム……お前の相手は僕だ!」
焼夷手榴弾を投げつけ、辺りを焼き尽くす――前に、レッドシェイドが恐るべき速度でラ・ピュセルとの距離を詰め縦切りからの、一歩踏み込んで横切り。
それを横に後ろにとかわしたラ・ピュセルが、お返しにとランス型のハルバード『ユニコーンホーン』の4連突き。機体を少し捻るだけでかわすレッドシェイドへ、横から鵬挙のレーザーガトリングは襲う。
それは距離を開ける事で、かわしてみせた。
「ここでも私は足止め担当っと」
鵬挙の陰からぬっと姿を現した虹孔雀の桜火が火を噴き、レッドシェイドの周囲にあったデブリを次々と弾いてその挙動を妨害しようとする。
そして後ろからブルーファントム。前からはラ・ピュセルが距離を詰める。
「どれ。お前達はかわせるか?」
レッドシェイドの両腕が、掻き消える。
「後ろです!」
ユウの警告に2人が反応。後ろを見るよりも早く、なんとなくの感覚で斬撃をかわしてみせた。
(腕だけを空間転移……!?)
ブルーファントムの後ろにあるレッドシェイドの片腕に、目を見開く白布。
「まだ終わりではないぞ」
8基のインプアタッカーが飛来。それが2基ずつに分かれて4人を同時に襲う。
「このくらい!」
当たれば沈むラ・ピュセルは、余裕を持ってかわす。ブルーファントムはやや危なげなようにも見えるが、攻撃そのものは物干し竿で受け流していた。
鵬挙に関しては耐え忍んだ、としか言えない。そしてアタッカーの攻撃をかわす、虹孔雀。鵬挙に回っていた2基まで合流し、さらに追撃をかける。
だが虹孔雀は幾重もの残像を見せつけ、まるっきり的を絞らせない。
「舐めてもらっては困る。この機体が虹たる由縁をお教えしましょう」
尾が二重に増え、そして2機の虹孔雀が七色尾を引きながら飛翔しているのが、全員の目に映った。
そのうちの1機から、ビームが放たれる。それにインプアタッカーがまとわりついてビームを降らせると、小爆発が起こった。
「ふん、その程度か――」
だが虹孔雀からビットの残骸が出てきた瞬間、息をのむエミナ。
その僅かな隙を見逃さない。
「いっけぇー!」
機体の計器が振り切り、高火力となったガトリングガンがエミナに直撃した。それにビットも交え、まとわりつかせる。
「悪くないが、その程度では私を倒せんぞ」
「左舷より敵機接近」
ユウの声がエミナの脳裏に直接届く。
(左?)
敵からの声だというのに、エミナは思わず反応してしまった。意識がビットに向いていたせいもあるが、異常とも言える反応速度が仇となった。
最大級のチャンス。
ヘブンズヴォイスの超演算が『完全なる未来予測』を打ちだした。
「僕は、皆を護れるようなエースになるんだーッ!」
コックピットへユニコーンホーンが突き刺さる未来の見えた白布が叫び、トドメの一撃を繰り出す。
――だがしかし。
完全なる未来予測をさらに上回る、エミナの反応。未来をほんの少しだけ変えてみせた。たった数cmの移動で、コックピットへ突き刺さるはずのホーンが、ほんのわずかに逸らされる。
こうなると、途端にラ・ピュセルがピンチである。それを見越して、虹孔雀が電磁ネットをレッドシェイドへ放った。
絡みつくネット――だがレッドシェイドはもがく事もせず、ただじっとしていた。
「……悪くはないのが育ってきている、か」
やっと流れてきたエミナの第一声。死んではいなかったようだが、通信のかすれ具合から機体への損傷は十分大きいものだと伺わせてくれた。
「だがそれでも、まだ足りん――もっと精進しておくのだな」
ゲートが開き、レッドシェイドを包み込む。
「待ちなさい!」
冴木の制止も虚しく、ゲートが消え去った時にはすでにレッドシェイドの姿も消え去っていた――
全機の撤収が始まったが、白布だけは動かず、MIAとなった尊敬する先輩へ語りかけていたのだった。
(先輩……僕はここで頑張っています)
強敵エミナ・スチムを1人もかける事無く、撤退させることに成功した壱番艦。それでも太陽への道のりはまだまだ長く、険しい。
負けるな! 人類の希望達よ!
【初夢】煉獄艦エリュシオン、次回へ続く!