艦長に一言をと米田 一機(
jb7387)少尉、キスカ・F(
jb7918)准尉、ヌール・ジャハーン(
jb8039)がシャワー室を目指していた。
だがシャワー室の前にはアルジェ(
jb3603)少佐が佇んでいて、3人を手で制した。
何事かと思った3人だが、シャワーの音に紛れ聞こえるマウの嗚咽に気付いてしまい、無言で頷き格納庫へと向かった。
(マウは、アースレイド隊長に憧憬の念を感じていたからな……この再会はつらい物だろうな)
アルジェはかつて、アースレイドの部隊に居た事があった。そしてマウもオペレーターとして、よく3人一緒で行動していた。
そんなある日、とある作戦の撤退中に殿を務めたアースレイド。2人は無事だったが、隊長であるアースレイドがMIAに。その後部隊は解散、それから今に至るのだ。
(もしそれが兄さんだったら……)
頭を振り、シャワー室の前でじっと待つのであった。
マウが嗚咽を漏らすシャワーブースのすぐ横で、郷田 英雄(
ja0378)は参ったなという顔をしていた。指輪を捜しているとマウが入ってきて、思わず身を潜めていたら――これだ。
「……センチなとこ悪いけど艦長、そこに指輪ない?」
声をかけると、息をのむ声――ブース越しに投げて寄こされる。右手でキャッチ。
「サンキュ。俺のお守りなんだよ」
言葉が返ってこない。頭をかきながら「あー……」と続ける。
「事情は知らないけどさ、艦長が不安がってちゃ艦の皆が不安になるのよ。わかる?
今ここに居る奴らほとんど軍人で、そしてあんたは艦長だ。公私を分けて、もっと凛としておけよ」
返事はないがそれでもわかってくれただろうと、なぜかそこだけは信頼していた。
「それでも不安なら、俺の胸を貸してやるよ」
「……間に合ってるわよ」
もう大丈夫だなと英雄は小さく苦笑し、戸をくぐって格納庫へ。
その直後、シャワー室から濡れた服のままのマウが姿を現し、すぐ目の前のアルジェに目を丸くさせていた。
「……色々思う所はあると思う。
だが今は切り替えろ。今この艦の艦長はマウ、貴女だ――迷えば、皆を危険に晒すぞ」
「大丈夫。もう、ね。今はとにかく、作戦を進めるだけよ」
「――待っていろ。あの馬鹿に一発、ぶん殴って問いただしてきてやる」
アルジェが格納庫に着くと、格納庫は騒然としていた。出撃前だから、というわけでもない。
要塞の如き巨体のため、艦の外に吊るされている戦域制圧用超大型機『八岐大蛇』へ向かって行く、1人の少女の姿。白いパイロットスーツの背中には、コネクト用の端子が付いている。
それよりも気がかりなのは、じんわりと白を染め上げる朱――八岐大蛇を操縦するため、直結制御コネクタを脊髄に埋め込む手術を終えたばかりなのだ。
それでも佐藤 七佳(
ja0030)少尉は自らの足と意思で、八岐大蛇へと。
「行けるのか、少尉」
「身体は動かないけれど、操縦だけなら問題ないわ――それに、私だけ休んでなんていられません」
止めても無駄だろうと肩をすくめ、アルジェも自分のABに向かうのであった。
ABが全機発進した後、最終チェックを終えた八岐大蛇が動き出す。
「機体との接続は良好ね。全兵装ロック解除、出撃するわよ」
「草薙射出。セミオートモードで待機」
5m程の対地対空兵装・浮遊砲台『草薙』が、八岐大蛇の周囲に拡がっていく。20基の草薙が絶えずくまなく移動を繰り返し、全ての死角を補う。
地上では英雄が前回とは少し違った紫電の仕上がりに、満足していた。
「上出来だ、チッタ。帰ったらチューしてやるよ」
(システムは理解している。あとは俺の対応次第、そうだな?)
小指の指輪に目を向け、心中で語りかける。
「こちら八岐大蛇、佐藤七佳少尉。これよりジャミングを展開、および索敵を開始します」
雄大な空を支配する、空中要塞。そこから目に見えぬアウルの波が、フィールド全体を覆い尽くす。
そしてその周囲をキスカの少し手が加えられている量産機が、感謝の意を込め飛行形態でぐるりと周回すると、キスカも索敵を開始した。
(アースレイド元中尉、か……人類を護るためと漠然とした理想で入隊したボクですら、聞き及んだ事のある人物だ)
「そんな人が一体……」
コックピット内で、ポツリと漏らす。
その瞬間を狙ったかのように、モニターの真横からヌッと蒼い機体が姿を現した。直後、機体が激しく揺れる。
「何!?」
姿勢を崩し、量産型は地上へと真っ逆さまに墜ちていった。が、地上に激突する寸前で変形し、四肢をフルに使って着地に成功する。
舞い上がる雪煙――それが落ち着いたころには、キスカの前にピスケスが腕を組んで佇んでいた。
「ッハ。あのまま墜落なんて、白けた真似はしなかったか」
「アースレイド元中尉……」
(思ったほどのダメージはなかったが、足回りの損傷が厳しいな)
苦々しく舌打ちしシールドを構え、様子を伺いながらも語りかけた。
「アースレイド元中尉、その勇名はボクのような一介の軍人でも聞き及んでいるよ」
「ああそうかい」
ゆらりと動いたかと思うと、ピスケスはすでに目の前。キスカは断絶フィールドを展開していた。
拳が機体の顔の前で、留まっていた。さらに言葉を続ける、キスカ。
「でも何故、人間を裏切ったりしたんだ!」
彼の行動に、納得していなかった。
「マウ少将を悲しませて……そんなの、男のすることじゃない! あなたは、いったいどんな理想を以てそこにいる!」
もう少し歳を重ねていれば、違った聞き方もあっただろう。だがキスカ自身、まだまだ若かった。
フィールドを貫かんばかりに拳が押し付けられ、ピスケスの闘気が膨らんでいく。
「お前らは『俺達』のしようとしている事を、理解しようとするな……! ただひたすらに目の前の敵を倒せ、大馬鹿が!」
後ろに飛び退いたピスケスが、腰だめに右拳を構える。
(ボクの声では届かないのか!)
フィールドを解除し、アサルトライフルを前に突きだして突撃する。
「やってやる、やってやるぞ!」
威勢のいい事を叫ぶが、狙いは定めても牽制程度で、決して直撃させようとしない。
(頼む、退いてくれ!)
本来なら銃口すら向けたくないというのが、キスカの悲痛な願いだった。
しかし、目の前の鬼神はそんな事もお構いなしに真っ直ぐ、その拳でキスカの量産機を貫いたのであった――
『ジェネレーターに直撃!? うわあああっ!!』
「キスカ准尉!? 応答願います!」
七佳の必死な呼びかけも虚しく、反応は一切ない。
方向を変え、向かおうとしたその矢先、UNKNOWNと表示されたABの反応がものすごい勢いでこちらへと向かってくる。
正面。蒼い影が空を蹴って駆け上がってくるのが目に映った。
「……! 草薙!」
即座に反応し、本体を庇うように草薙が集結。一斉砲火を開始する。それに合わせ八岐大蛇から試作型統合戦術兵装群『天叢雲』が1つ1つ狙いを定め、火を噴いた。
逃げ場など無いような、密にして面の攻撃――だがピスケスは臆することなく宙を蹴って突き進む。
真っ直ぐに進みながらも、ゆらりと草薙のビームを周りこむようにかわし、多少当たる事もあるが、それでもお構いなしにビームの間隔を縫うようにすり抜けてくる。場合によっては手足を使い、一歩踏み込んで横から押して軌道を逸らす。
「あんな芸当、できるものなんですね……!」
「お前らもできるようにしておけよ、ヒヨッコ!」
手刀が振り下ろされた。
だがそれを阻止しようと草薙が収束し、その威力を半減させる。だが完全に防ぎきったわけでもなく、八岐大蛇の装甲に傷跡が。
「この距離からなら」
ピスケスを草薙が取り囲み、タイミングをずらしての集中砲火。それと同時に七佳は後退していた。
あれほどの数に囲まれながらも、ピスケスは冷静にかわせるものはかわし、手甲で弾ける物は弾く。それでも後退の時間は稼げた。「今のうちに修復を、お願いします」
七佳の言葉で八岐大蛇の外殻から整備用の小型機が飛び出し、修復に取り掛かる。
そんな七佳にピスケスは再び狙いを定め、突撃を開始――が、その間を一筋の閃光が割って入った。
「下がっとけ七佳。そんなバケモン、単体で相手にするもんじゃねぇぞ――目標を捕捉。後方支援から近接援護まで、何でも任せろ。暴れてこい」
すでにバイザーが外れ、ツインアイの紫電が地上で、やや型落ち気味だが長大なレールガンを空に向けていた。
帯電が始まり、もう一発。
「狙いが甘ぇ!」
余裕でかわすと紫電を狙って急降下するピスケスだが、その前にヌールの分厚い装甲をした能力特化型AB防衛戦型カスタムが立ちはだかる。
シールドを構え、初撃を耐えた。反動で退いたピスケスを、見た目よりは速い速度で追かける。
そんな量産型に距離があるにもかかわらずピスケスが手を振り下ろすと、蒼い衝撃波が真っ直ぐに伸びてきた。それをかろうじてではあるが、左右の動きでかわしてみせる。
「重装甲だからって、全く回避できねえとか思ってんだろ。あいにく、てめえと戦うためのカスタムなんだよ!」
正面で構えたピスケスに、ハルバードを突き出す。
「てめえ、何考えてやがる?」
あっさりハルバードをかわされ蹴り足が伸びてきたが、ハルバードから手を離し、シールドでしっかり受け止めた。
「マウたんに、ケジメってもんをとれよ!」
「ゴチャゴチャぬかしてねぇで、来いよ! そのために、俺達はこっちに来たんだからな!」
英雄のレールガンを下がってかわすと一旦距離を置き、両手でかかってこいと挑発。バルカンを撃った瞬間、姿が掻き消えた。
見失ったと気付いた時には、すでに真横から防衛戦型カスタムの頭部を片手で鷲づかみにし、雪原に押し付け引きずり回す。
「好き勝手やってんじゃねえぞ……っ」
引きずり回されながらも腕を蹴りつけ、なんとか逃れる事が出来たが、駆動系に異常をきたす。
「ヌール、下がれ。後は俺がやる!」
「わりぃな、郷田。死ぬんじゃねえぞ」
レールガンとバルカンで弾幕を張りつつも、ピスケスへわざわざ接近していく紫電。接近してきたピスケスに合わせ、両手にナイフを構えた。
「笑わせるな!」
振るったナイフをかいくぐり、その胴体へ拳がめり込む――
(ここだ!)
拳が内部へと到達する前に、外殻の装甲が全て剥がれ落ちる。身軽になった紫電がしゃがみ、剥がれ落ちた装甲の陰からピスケスの腰へとナイフを突き立てた。
「ほう、いいぞ! だが次への行動が遅いぜ!」
ナイフが引き抜かれる前に肘で叩き折り身を沈め、強烈なショルダータックルを繰り出す。
「ぐぉぉぉぉ!!」
破片をまき散らしながら、紫電が吹雪の中へと消えていった。
消えていった先から電磁法の火花が散り、アースレイドに直撃する。
ただ、そこはさすがと言えよう。とっさに伸ばした片腕を犠牲にし、胴体への直撃だけは避けた。
「隊長! なぜ今になってアル達の敵になる! 目を覚ませ!」
吹雪の中から、アルジェの乗る象型のAB『イモービルウォール』が姿を現す。
「俺がどういう奴か、知ってるだろう」
「なら――僕が悲劇を終わらせる」
さらに吹雪の中から、量産型ABが姿を現した。
アルジェと同行中、マウとアースレイドの因縁、そして涙の話を聞いた一機は、神妙な面持ちであった。
「それなら、終わらせてみろ!」
ピスケスの突進を正面から迎え撃つ、一機の量産型。ナイフを取り出し後ろへと下がっていく。
拳や蹴りに合わせ、腕や脛、さらには頑強さを増すためにナイフの腹を挟み、防戦一方ではあるが何とか凌いでいた。
「どうしたどうしたぁ! ちっとは動きがマシになったが、そんなもんか!」
「米田少尉!」
アルの呼び声に、一機はバルカンでピスケスを退けさせると、イモービルウォールへ向けて跳躍。
イモービルウォールが外殻装甲へと変形し、そこへ一樹の量産型がすっぽり収まる。そして鼻の部分がアサルトライフルと一体化、バスターキャノンへと進化する。
「前とは違う曲芸か」
アースレイドの侮蔑にも、一機は反応しない。ずっと、深い悲しみに包まれていたから。
(恐らく何かの為に自らを犠牲にしている彼の――かつての仲間が敵として現れた彼女の悲しみが――僕には痛いほどよくわかるから)
「悲劇を、終わらせる」
そう、また呟いたのは自分への覚悟だ。その意思がABのフレームに共振し、全身がうっすらと輝く。
ピスケスの動きが、ゆっくりに見える――勝負は超至近距離の瞬間、ただ一度だけ。
(一度でいい、耐えてくれ)
一切、動かさない。ただただ、ひたすらに待った。
「まだ終わらねえんだよ!」
「なら……僕が終わらせてみせる」
ピスケスが拳を振りかざす。
「マウの悲しみも、この連鎖も……!」
まっすぐに突き出される拳――今だ。
「いっけぇえええ!!」
(結局、また倒せなかった――だけど、最後の捨て台詞の意味は一体……)
「俺程度で満足するな、か」
呟き、シャワー室の戸を開く――そこにはやはり、バスタオル1枚のマウがいた。
「米田少尉……ッ」
地獄の底から響くようなマウの声に、事態を把握した一機が慌てふためく。
「す、すみません大佐、じゃなくて、少――!」
石鹸を踏み、前のめりに倒れ込んだ一機はマウを巻き込み、シャワー室の床に倒れ込んだ。その際バスタオルがはだけ、谷間に頭から突撃し押し倒す形になってしまっていた。
そこを通りがかった七佳が、珍しく冷たい眼差しを向ける。
「米田少尉……」
「どうかしました――少尉……」
撃墜はされたが生きていたキスカも、呆れたような目を向けるのであった。
「んだぁ? ……基地へ潜入前のお楽しみってか」
ヌールが笑っていたが、基地という言葉にアルジェが反応していた。
(兄さんが見つけた基地……まさか、これが狙いで? これが隊長の答えなのですか?)
遠くへと目を向けていた――その先から、英雄がなにやら色々規制の入りそうな本と水着を片手に、笑顔でアルジェに近寄る。
「アルジェ少佐、軍曹の部屋からこんなものが! 更に何という偶然か、ここに白スクが! ささ、着替えて着替えて」
一眼レフまで持って、白々しいとはこの事だが「偶然だって偶然」と、強調する。
だが、アルジェの反応は違った。
「なんだ兄さん。それならそうと、言ってくれればよかったのだ」
ビシッといつの間にか白スクに着替えたアルジェが、廊下の奥へ消えるのあった――
ハッと目を覚ます、修平。
(夢、か……)
むくりと身体を起こすと、狙いすましたように携帯が鳴る。
送信者名――アルジェ。
修平は恐れおののき、いつまでも、鳴りっぱなしの携帯を眺めるだけであった。
強敵、アースレイドを何とか退けた一向。その地には謎の地下基地が広がっていた。人類を裏切ったのは、これを伝えるためだったのか、それとも己の欲のためなのか。
【初夢】煉獄艦エリュシオン。次回へ、続く!