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マスター:楠原 日野
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/01/05


みんなの思い出



オープニング


 この日、『今後の指針表明』という名目の下、鳥海山を拠点とする天界軍の主だった者達がと一堂に会していた。
「皆、集まりましたね」
 菫色の修道服を纏う鳥海山のナンバー2、ヴィルギニアが一同を見渡す。
 その後方、事務机の向こう側ではクルクルと回した椅子の上でトビトが座っていた。見た目は人間に換算して8〜9才の男子程度。だが、彼の瞳には見た目とは不相応な知性の輝きが窺える。
 室内中央、応接セットのソファを一人占有するのは武人の風格を持つ巨漢の天使、ダルドフ。
 対面には陰鬱な影を背負う痩せこけた魔術師風の天使フェッチーノが座り、少し離れところでは天使エゲリアがスツールに腰掛けて足を組んでいた。
 壁際に目を向ければ、主だった使徒達の姿。
 身を乗り出し、視界に捉えた男性陣を真剣に吟味している女子高生、鏡国川 煌爛々(ありすがわ きらら)。
 姿勢よく微動だにせず。内巻きショートの髪と不機嫌そうな面立ちが印象的な真宮寺涼子。
 腰に刀を下げる目つきの悪い男は、六万秀人だ。
 他にも数人の天使と使徒たちがこの場に在する。
「では、始めます」
 ヴィルギニアの凛とした声に、一同の注目が集まる。
 わざわざ全員を招集した理由は、今後の指針の最終確認の為。だが、説明された内容は一同が予想する内容の半ばで打ち切られた。
「それだけか? それでは簡潔過ぎはせんか?」
 切り込んだのはダルドフだ。その顔に浮かんだのは不満ではなく、純粋なる疑問。下された命令は攻略目標と日程のみ。これでは不安になるのも仕方ない。
「こちらの意図をギリギリまで隠す為です」
「そうは言うがな…」
 言いたい事もわかる。けれど、一軍を預かる以上は次の段階で描かれる絵を見ておきたい。
「お二方には高尚な思惑があるのですよ。お任せしておけばいいのです」
 口を挟んだフェッチーノから卑屈な笑みが洩れる。本心が透けて見える態度だが、トビトは何ら気にした様子も無い。
「ありがとう。僕の部下は物分かり良くて助かるなぁ。ねぇ、ヴィルギニア?」
「そうですね。皆、聡明でとても助かります」
 子供の様な見た目と態度から部下から舐められることも多いが、鳥海山を落としたトビトの頭脳と指揮は本物だ。また、そのトビトが直々に招聘したヴィルギニアも、相応の『何か』を持っているに違いない。
「質問がなければ、これで閉幕とします。人間は私達に比べ脆弱ですが、冥魔の軍勢を退けたと言う事実もあります」
 くれぐれも足をすくわれぬように。
 ヴィルギニアが恭しく頭を下げ、場は幕を閉じるのだった―――。



「もう十分、そろったのか?」
「JA」
 天使・シェインエルを前に、真宮寺 涼子は淡々と答える。
「そうか……楽しめたか?」
「Nein。楽しむ事が目的ではありませんので」
 相変わらず堅苦しいと、苦笑してしまった。そんな天使の苦笑など気にせず、涼子は「後は」と続ける。
「できれば、あそこの戦力状況を知りたいです。あそこにいた署員だけなのか、それともただ散らばっているだけなのか――それを確かめさせてください」



 今日も仙北撃退署には、嬉しくない知らせが届く。
 流通の上で重要な仙北にとって重要な生保内発電所に、戦車型サーバント等が突如出現した、と。生保内発電所は、仙北市内から目と鼻の先。かなり深いところまで侵入された事実に、緊張が走った。
「この前の例から見ますと、透過で地に潜りながらの侵攻、といったところでしょうか」
「そうとしか考えられないけど、どうして今まではそうせず、今回はそうしたのか――それに、出現しただけで何もせず待機しているのは、何が目的なのか。
 どうにも、敵の攻め方が変化している気がしてならないね」
 白萩 優一の言葉を御神楽 百合子は黙って聞いていた。
 そして他の角度からの映像を確認していた優一の眉が、どんどん険しくなっていく。映像の端を指さして、百合子の顔を見た。
「これってカラスですよね」
「そうですね。見たところ、普通のカラスかと思われます」
 足が2本しかない。
「いることは別に珍しくないんですが、ちょっと数が多すぎる気がする……」
 建物の縁に群がって留まっているカラス達。小さな映像の小さな標的だが、優一はついと指を横に滑らせながら一つ一つ確認していく。
「――やっぱり、いた」
 小さくてわかりにくいが、足が3本のカラス。奇形のカラスという可能性が否定できないわけではないが、ほぼ間違いなくサーバントのヤタガラスであろう。
 それも探し出すと、ずいぶん数がいる事に気付いた。
「何が狙いなんだ――奴らには攻撃能力がほぼないってのはもうわかってるのに、見つけてくださいと言わんばかりに、姿も隠さずいる。戦車も、特に動きを見せない」
「それでも退治せざるを得ませんね。できれば、どちらもですか」
 今のところ被害を出していないが、サーバントである以上、退治は当然である。
 しかし今回は数が数。カラスとヤタガラスの見分けつつも、いったい何匹いるかわからないヤタガラスを逃がさないで退治となると、ちょっとやそっとの人数では無理な話だ。
「戦車は交戦を始めれば反撃してくるだろうし、そんな状況でヤタガラスを捜しつつというのはちょっと無理あるね」
「加えまして、ヤタガラスの傾向として戦車型の撤退を確認した後で撤退する模様です」
 これまでに作った資料に、そう書いてある。
「つまりは戦車型を退治する前に、ヤタガラスを退治しなければなりません。そしてヤタガラスを退治しようとすれば、きっと戦車型も黙っていないでしょう」
「つまりは同時に始めて、なおかつヤタガラスを退治しきるまで戦車を倒してはいけない、と」
「そういうことですね」
 百合子の説明に、優一はある疑惑が思い浮かぶ。
(誘導されている気がしなくもない――が、それしかないか)
「僕が阻霊符使い、撃退署の署員総出でヤタガラス捕獲、退治。そしてその間、かなり大変かもしれないけど戦車達を相手にしてもらうのは、久遠ヶ原の生徒に任せよう。彼らの方が特殊な状況に慣れてるだろうしね」
 正面切っての戦闘だが、すぐに退治してはいけないと言う枷。そして今回は戦車だけでなく、以前にいた音をかき消すサーバント、蝙蝠猫と、見た事の無い地べたを這いつくばっている黒い、人影の様なサーバント――ダークストーカと名づけられたそれがいる。
 それでも彼らなら、何とかできるだろうと思っていた。
「問題は耐えてもらう時間、か。10分くらいかかるか……何か画期的な方法でもあれば時間は短縮できるんだろうけど――まずはとにかく、現場に急ごう」
「私は今回も、見させていただきます。ちゃんと遠くからですけど」
 双眼鏡を手にする百合子のマイペースぶりに、優一は頭を振りたくなってしまったが、ぐっとこらえて署員達に声をかけるのであった――


リプレイ本文

「ああ、よく来てくれたね」
 優一が出迎えると、美具 フランカー 29世(jb3882)が何かを思い出したのか、忌々しげに呟く。
「敗れたままでは、年も越せぬからな。
 あやつら、何が目的なのかはわからぬが……」
(不穏ですねぇ〜……でも、今は目の前のことを何とかしましょう〜。
 白萩さんを信じて耐えてみせますよ〜……!!)
 署内を見回す森浦 萌々佳(ja0835)が顔の前で、キュッと拳を握る。
 同じく署内を見回すのは、常に眠そうな目だが辟易していた九十九(ja1149)。
(やれやれ厄介……どころか、こうも条件が厳しいのは参ったねぇ……)
 そしてやや不機嫌そうな表情を見せるイシュタル(jb2619)が、エイブラムスを睨み付けていた。
(……試されているような感じで、気に入らないわね)
 イシュタルの感じている事は、ほぼ誰もが感じているに違いなかった。少し唇を噛みしめている優一も。
「どうした、何か気になることでも?」
 アルジェ(jb3603)辺りを見回してから、優一を指で招いた。
 しゃがんだ優一の耳元で「……百合子の事か?」と、はっきり尋ねる。
「……まあ、少しというか、疑念がなくもないというか、だね」
「まだ数回一緒になっただけだが……敵だけでなく、アル達も分析されているような――そう感じる気もする……確信は無いが。
 今回も話を聞く限り、自然な流れだが……どうにもそれが『整いすぎている感じ』もあるな」
「そう、なんだよね…」
 不安げな優一の胸を、軽く握った拳で小突く。
「全ての可能性を否定しないのがうまく立ち回るコツだ……お互い頭には入れておこう、杞憂で済めば笑い話で終わる」
「だね。とにもかくにも、今日は頼んだよ」
 アルジェの頭をポンと叩くと、外へと向かう。
 その背中を目で追い、それからハンドサインの打ち合わせを始める。
 本能的な行為により一時的にその場を離れさせ、普通のカラスと分け殲滅を容易に――と署員達に進言していた御幸浜 霧(ja0751)も、それに加わる。
 一通りの打ち合わせの後、九十九が口を開いた。
「うちは確実に時間短縮図るために、ヤタガラス対応にまわるさねぃ」
「それは助かります。吉報をお待ちしておりますね」
(他にも気になる点はありますが……それはその時になってから、ですね)
 モニターの向こうのカラス達に、車椅子の霧は目を細めていた。露骨すぎる、ヤタガラスに向けて。
「とにかく、急ぎましょうか〜……あ、すみませーん、ライトお借りできませんか〜?」
「そうですね。いつまで待ってくれるか、わかりませんから――
 それと皆さん、発電所への被害を抑えるためにも、決して発電所を背にしないよう、お願い致します」
「ん……そうだな。了解した」
 皆が動き出す中、ふつふつと闘志ではない何か――知りたいと言う欲求――いや、知りたいと言う強迫観念と言ってもいい。そんなものを抱きつつ、美具も動き出す。
「我らは試されている――ならば出来ることをしようではないか。
 撃退士は事態を推理するのは苦手だが、事態に対処することはお手の物だからの」


 撃退士の姿を見るなり、エイブラムスが動きを見せた。
 狙いを絞らせようと戦車の真正面にいた萌々佳が手を前に突きだし、銀色の障壁に覆われるのとほぼ同時に、激しい衝撃を受ける。
「きゃぁっ!」
 受けた萌々佳が、受け止めきれずに押し返され、地面を滑っていく。
 地面を滑る萌々佳を「大丈夫ですか」と霧がすぐに立たせ、ジグザグに走りながら距離を詰めていく。
 それに続き森の斜面を駆けるアルジェが、タロットを構える。
「いでよ、ヒリュウ!」
 ヒリュウを呼び出し、警戒しながら駆けだす美具。
 と、少し先を走っていたイシュタルが4枚の翼を広げ、地を蹴った。そして金色の刃を形成した白銀の槍を、突き出す。
 その瞬間、奇妙な叫び声が響き渡った――のも束の間、耳の痛くなるような高音がその叫び声を遮った。
 出会いがしらの一撃をまともに受け絶命したコウモリネコから槍を引き抜き、イシュタルは口をパクパクとさせる。
(もう声が届かないのね)
 ハンドサインでこのままコウモリネコを狙うと告げ、砲身の向きに注意しながら追いかけていった。
 走る霧にエイブラムスの機銃が、後を追いかけるように向きを変えた。
 左右に振って走り続ける霧だが、方向を変え、これから向かうであろう先に機銃が放たれる。
(読まれた!?)
 足を止めようとするが、止まりきれずに弾の雨の中へと踏み込んでしまった。
 左腕と足に小さな傷がいくつもつけられる。
 だが多少の被弾があったとはいえギリギリ踏み止まり、後ろに跳んでいた。
 傷は浅い――と、自分の傷を確認するよりも早く、霧の手に拳銃が。
 そしてアルジェの正面にできた影へ、発砲。その弾が影から伸びた切っ先に当たる。
 脚を貫く前に弾かれ、切っ先は影へと引っ込んでいく。だが今狙われたばかりのアルジェは動揺する事無く、冷静に目を出来る限り細め、フラッシュライトを焚いた。
 ほんの一瞬だが、アルジェの影が消え失せ、そこに黒く平べったい円形のダークストーカーが映し出される。
 一瞬とは言え、身を隠す影が無くなったダークストーカーは、すぐに木々から伸びる影へと向かう。
 だが、追いきれない速度ではない。
 アルジェがタロットから小さな『太陽』を具現化させて、放つ。
 太陽がダークストーカーに当たるが、ほんの少し動きを止めただけですぐ影へと逃げ込んでしまった。
(魔法攻撃の効きが悪いのか……それとも威力不足なのか、か。だが姿さえわかれば、当てるのは容易いな。それと森の中は奴ら相手には分が悪そうだ)
 再び主砲が、誰かに狙いを定める。
 自分が狙われていると悟った美具が引き寄せる様に左手を振ると、ヒリュウがエイブラムスとの間に割って入りこむ。
 身を縮こまらせたヒリュウが少し後ろへ押し戻され、美具の腕にもほんの少しの痛みがあったが、それでも受け止めきってみせた。
(このために備えてきたのじゃからな、これくらい……!)
 ひたすら耐える事を前提とした装備で足を止めずに、突き進む。突き出した盾に機銃の小さな抵抗。
 足にもかすめていくが臆することなく、さらに前へと。
 美具だけではない。萌々佳も、霧も、アルジェもひたすら戦車との距離を縮める。
 その間何度も、木々の影に交差した影からダークストーカーが顔をのぞかせてはいた。
 だが後ろから光を照らし、色の濃い影を常に正面に捉えるようにしているおかげで、その刃を容易にかわす事が出来る。萌々佳のお手柄と言えよう。
 それに加え、霧が影の様子を常に気にかけ、必要とあらば拳銃を撃ってダークストーカーによる足止めを阻止する。
 比較的読み通りに事を進めている一方で、当ての外れた部分もあった。
(まともに、やりあう気がない……?)
 コウモリネコを追い回していた。
 しかし、槍の届く範囲に追い詰めようにも戦車の射線をまたぐように逃げ回られ、射線を気にしなくてはいけないイシュタルにとっては攻撃できるチャンスそのものが乏しい。
 逃げては追って、射線を回避してまた追って――その繰り返しであった。
 美具の硬さを学習したのか、エイブラムスが主砲で次に狙ったのは最初に戻って萌々佳だった。
 また手を突き出し銀色の障壁を広げるが、やはり受け止めきれずに身体ごと弾き飛ばされる。
 が、すぐに起き上がって次に備えながらもひたすら前へ出る。その肌に擦り傷を作りながらも、今はただ、ひたすら耐えるしかない。
(まだまだ、がんばれます〜)
 ほぼ囮に近いが、それのおかげで皆がエイブラムスとの距離を縮めていた。
 距離を詰めれば詰めるほど、かわしにくい機銃。
 避けながら突き進む霧の左肩をかすめ、鎖骨に浮かぶ桜の入れ墨のような紋様が破れた服の隙間から覗かせる。
 アルジェが少し離れた位置からタロットの『戦車』を具現化させると、エイブラムスめがけて突進、当たった――その直後、爆散。
 アルジェ自身に爆散の被害は及ばなかったのだが、表情を変えずとも内心、苦々しく感じていた。
(やはり、仕込んでおったようじゃの……じゃがな、今回は前回の様にいかんぞ)
 唐突に伸びてくる影からの攻撃を防いだ盾を握る手に、力がこもる。
 エイブラムスまであと6メートルという所で、霧が手をかざした。
 かざした手から燃え盛る劫火が生みだされ、振り下ろすと炎は軌跡を描き、エイブラムスの周囲を丸ごと燃やし尽くす。
 燃え盛る劫火の中、エイブラムスは狙いを定める。とっさに淡い紫色の光を放つグラニートシールドを取り出す霧。
 激しい衝撃が盾から伝わり、光が鱗粉の如く緩やかに飛散した。
(かろうじて、止められましたか……!)
 盾の影からエイブラムスを伺うと、炎によるダメージはあまり感じられないが、所々くすぶっている。
 その様子を前に声こそ出ないが美具が自信たっぷり、豪胆に笑い飛ばした。
 声が届かなくとも、はっきりと嘲笑が聞こえてくるような笑みに恐慌したエイブラムス。
 機銃が上へと向けられ、掃射された。
 空を飛ぶもの――イシュタル――ではなく、逃げ惑うコウモリネコの身体に小さな傷が無数につけられていく。しかし、それで死ぬほどではない。
 だが動きが止まってしまえばその一瞬を見逃すはずもなく、イシュタルの槍に貫かれるのであった。
「あとひとつ」
 1匹だけでは効果が出ないのか、範囲が狭いのか、すでに声が出る。
 一度地上に降り立ちコウモリネコを睨みあげると、再び飛び立つ。
「今のうちですね〜」
 光を纏ったモーニングスターを振るうと、光が波となってエイブラムスに襲い掛かる。
 履帯に当たったその直後、やはり爆散する。
 その爆発が近くにいたアルジェを巻き込もうとしたその時、盾を構えた美具がその間に割り込み、アルジェの代わりに爆風を受け止めきってみせた。
「美具が守ってみせるから、皆、怯む事無かれじゃ!」
「頼もしい限りですね」
 そう告げた霧へ不意に主砲が向けられたが、火がくすぶっているエイブラムスは動きが鈍く、余裕でかわせる。それにアルジェの手から放たれた黒い光の靄を纏い、さらに的を絞らせにくくしていた。
 そしてかわしざまに、影から出てきたダークストーカーに1発。
 それから目の前にいた萌々佳のモーニングスターが、黒い肉片を飛び散らせ押しつぶす。
「やっと当たりましたね〜がんばりましょう〜」


(さて、と。あちらさんの為にもさっさと終わらせるかねぃ)
 建物の正面に立ち、目を閉じる。
「この眼差しは百里を見通す風にならん。力願うは方神を翔駆せし白き風の神――風伯」
 九十九を中心に、四方へ風が吹く。そして返ってきた風を感じ取り、数える。
「10……20……44。こっち半面に44匹の生物がいるさねぃ」
 射程をギリギリまで生かし、発電所の半面にいる全てカラスの数を把握する。
 道端にコイン等光物を散りばめる優一と署員達。
 それから一度離れ林に身を潜めると、ヤタガラスに操られているであろうはずのカラス達が不自然なほど光物に集まってくる。
「カラスのふりをするあまり不自然さが目立つ、そんなところさぁね」
「知恵は高くないのかな」
「一気にケリをつけるかねぇ」
 ばっと飛び出す九十九が駆け出すと、優一がのろのろと姿を現す。
(動くのはずいぶん辛いが、これくらいなら!)
 大きく息を吸う。
「散れ!」
 優一が咆えると、カラスが一斉に飛び立つ――かと思いきや、飛び立っていないカラスが何事かと優一を見ていた。軒並み足が3本、ある。
「知恵でお前らの負けさねぃ」
 長大な和弓を構えた九十九が、次々と大量の矢を撃ちだす。矢の暴風雨は、反応の遅れたヤタガラスに降り注いだ。
 逃げる隙間の無いそれをかわすべく飛び立とうとするヤタガラスだったが――遅い。
 カラスのふりをしたがために、まんまとおびき寄せられたヤタガラスの群れは、ほんの一瞬で全滅するのであった。
 その時間は――当初の予定を大幅に縮め、5分もかからなかった。
「終了さねぇ――こっから間に合うかねぃ」
 走り出す九十九は、連絡を入れるのであった。


「う〜……早く〜早くぅ〜……!!」
 萌々佳が声を漏らし、自分の傷を押さえる。その言葉がみんなの祈りに近い。
(受けに徹しすぎたか……!)
 すでに何度も回復を繰り返してしまっている、美具。自身のスキルだけでなく、霧からも受けている。
 そこへ――連絡が入った。
 待っていたとばかりにイシュタルが桜花霊符を取り出し、戦車に狙いを定めた――が。
「待ってください! この場にヤタガラスが身を潜めています!」
 霧が声を荒らげる。報を貰うと同時に、生命探知で調べていたのだ。
「なら、どうしますか」
 霊符を構えたままのイシュタルが問いの言葉を口にした時、霧の言葉がサーバントにもわかってしまったのか、戦車が全速で後退を始める。すでに履帯が切れているにもかかわらず『車輪が回っている方向に動く』と言った感じに、戦車ではまずありえない現象である。
 それでも追いかける動きを見せた霧と萌々佳それぞれに主砲と機銃を浴びせ、耐えているその隙に速度どんどん増していく。
 全力の後退を始められると、撃退士と言えど生身の脚では追いきれるものではなく、何とか到着してみせた九十九も含め、ただ呆然と、見送るしかない。
 倒し方がはっきりとわからなかったダークストーカーの大半も戦車に張り付き、生き残ったコウモリネコも砲塔に乗ると、撃退士達を嘲笑うかのような、甲高い雄叫びをあげるのだった――


「そうか――まあ、退けただけでも良しとしようよ」
 連絡を受けた優一が携帯を閉じる――と、その首筋にちくりと痛みが。
「逃げられました、ね」
 後ろから、百合子が首に爪を浅く突き立てていた。その手をやんわり払いのける。
「ええ。しかも目的も分からずじまい、という感じですね」
 今度は手を握られ、掌に爪を立てられる。怒っているのかなと、優一はその手を振りほどかずにいた。
 それから百合子はヘアピンを取り、髪を下ろすと――鋭く冷たい目つきで優一の顔を睨む。
「それは結構。こちらにとって実に都合のいい話だ」
 それはどういう事か、と口に出そうとしたが言葉が出ない。それどころか頭がくらくらして、ストンと腰を落してしまった。
「楽しくはなかったが、様々な情報に感謝する。人間は傷1つ負わす事無く解放しよう。
 が、我が主君の方針で殺しはしないが、お前にはしばらく離脱してもらう」
 太ももに忍ばせておいたナイフで、顔色一つ変えずに優一の肩に突き刺し、捻じる。
 何度も、何度も。


 その日、両肩がなんとかつながっている状態の優一が血だまりの中で発見。
 御神楽百合子が忽然と姿を消し、かわりに山中で『本物の』御神楽百合子が保護されるのであった――





【神樹】耐えろ!   終


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: 万里を翔る音色・九十九(ja1149)
重体: −
面白かった!:3人

意外と大きい・
御幸浜 霧(ja0751)

大学部4年263組 女 アストラルヴァンガード
仁義なき天使の微笑み・
森浦 萌々佳(ja0835)

卒業 女 ディバインナイト
万里を翔る音色・
九十九(ja1149)

大学部2年129組 男 インフィルトレイター
誓いの槍・
イシュタル(jb2619)

大学部4年275組 女 陰陽師
その愛は確かなもの・
アルジェ(jb3603)

高等部2年1組 女 ルインズブレイド
怪傑クマー天狗・
美具 フランカー 29世(jb3882)

大学部5年244組 女 バハムートテイマー