●君田 夢野(
ja0561)の誘い
海に誘われ、理子が返信したちょうどその時、メールを受信した。
その文面を見て、信じられないと目を見開きながら、しばし硬直。そして、エヘヘと笑うのであった。
「すみません、お待たせしましたか!」
「いや? 今日はのんびり、カンタービレといこうか」
息を切らす理子を前に、夢野は笑う。
(……そう、最近の俺は戦ってばっかりだ。たまにはのんびり楽しもう――今日だけはセンセイという立場も忘れ、親しい友人として)
学園にも友人はいるが彼らは皆、戦友。純粋に平穏な日常を共有できる友人は今の所、理子だけなのかもしれないなと理子の顔を見ながらそう思っていた。
「寒くはないか?」
「大丈夫です、これくらい」
地元の人間だけあってその言葉は確かなのだろうが、それでも夢野は理子の首に赤いマフラーを巻いた。
「風邪は治っただろうが、ぶり返すわけにもいかないしな――さて、今日の目的や予定はなにかあるかい?」
「あ、いえ……買おうと決めてるものは何もないですから、センセイの欲しいものを一緒に見るって感じですね」
理子らしい返答に「ならゆっくり見て回ろうか」と、2人してのんびりと歩きながら、コートや帽子を見ては、柄がいいとか、色が変だとか、ごく平凡だが貴重な日常を味わっていた。
理子の好みが反映されたやや黄土色のダッフルコートを着て、昼食は温かい物をと提案すると、理子の勧めで豚汁など汁物食べ放題という、一風変わった所を選んだ。
いいところ見せようと、理子の分は夢野のおごりである。
「地域特性って言うんですかね。学校行事で野菜育てて収穫、それを汁物にして食べようっていうのがあって、その流れでこういう店がちょくちょくあるんですよ」
「へぇ、なるほどね。そういえば理子さんは――」
とくに他愛のない話だが、それでも語る事は尽きない。この平穏な時間を、少しでも長く、共有したいという想いがあるから――
●いつもの櫟 諏訪(
ja1215)
「ん、今日も千尋ちゃんかわいいですねー? 服、よく似合ってますよー?」
猫耳フード付きのワンピースに二―ソックス、いつもの髪飾りと逆サイドの撫子柄バレッタの藤咲千尋。会うたびに言われる事だが、いまだ照れてしまう。
「さ、千尋ちゃんに似合う服を探しますよー?」
だが歩き出してすぐ、千尋が足を止めた。
「あれならあったかそうだし……すわくんに合いそう……すわくん、アレ着てみて!」
店先に飾られた、ボタンと縫い糸が白く飾り気がありながらも落ち着いた紺色のコーデュロイシャツ。千尋はそれをじっと見ていた。
言われるがまま「わかりましたよー」と手を引きながらシャツを手に取ると、左右の棚を見回しながらベージュ色のケーブル編みタートルネックセーターと、暖かそうな赤と黒のシャギーチェックスカートを選び、試着室へと向かう。
そしてくるりと、入れ替わるように千尋の背を押した。
「まずお先にどうぞですよー。これとか、千尋ちゃんによく似合いそうですよー?」
少し驚いたものの、千尋は「ありがとー!」とウキウキしながらカーテンを閉める。着替えている間に、諏訪は毛糸素材の前開きポンチョを手に取っていた。
「ど、どうかな?」
「うん、やっぱりよく似合いますねー? 可愛いですよー?」
追い打ちをかけて照れさせる諏訪だが、ここからさらに。
「まだ冷えますからねー。これなんかも合わせましょうかー?」
先ほどのポンチョを肩にかけ「似合ってますねー」と付け加える。
「つ、次のデートでこれ着るね!! 次はすわくんの番だよ!」
赤い顔をうつむかせながら、入れ替わってぐいぐいと諏訪の背中を押す。抵抗する事もなく試着室に入ると、すぐに着替えてカーテンを開いた。
「ん、着てみましたよー? どうですかー?」
「すわくん似合ってるよ……カッコいいね!!」
嬉しそうに笑う諏訪は千尋の頭に手を置いて、なでる。
「2人で選んだ服を着てデート、楽しみですねー?」
「自分は鶏雑炊にしますけど千尋ちゃんはどうしますかー?」
「わたしお好み焼き!!」
運ばれてくると、諏訪は一口食べて「おいしいですねー」と言うと、雑炊をすくったレンゲをふーっと冷まして、千尋に向ける。
「はい、どうぞですよー?」
「あの、あーんは周りの目が……えーと……」
(毎回その笑顔には逆らえないー!!)
覚悟を決めてはむっと頬張ると、お返しとばかりにお好み焼きを諏訪に向けた――が、千尋の逆襲は不発に終わってしまったという。
のんびり小物を見て回っていると諏訪が、2組の手袋を手に取った。
「あ、この手袋色違いでお揃いなのですねー? せっかくですし一緒に買いませんかー? 今日の記念日に」
もちろん答えは1つだ。
「お揃いの手袋、嬉しいな!!」
●水無瀬 快晴(
jb0745)と天王寺 伊邪夜(
jb8000)が幸せだった時
到着するなり、ダッシュする伊邪夜。いきなり走り出すのではと危惧していた快晴だが、注意し損ねてしまった。
案の定、転ぶ。慌てて駆け寄ると、伊邪夜は目に涙を溜めていた。
「……うー、痛いんだよ」
「お前は〜〜、しっかり前を見て行動する事! とりあえず治療するから移動! 服は後回し!」
両腕でしっかりと抱きあげ、そのまま人ごみをかき分ける。
「みゅ? これは恥ずかしいんだよ。大丈夫なんだよ、カイにぃ!」
「いいからっ」
人が全くいない外の休憩所で伊邪夜をベンチに座らせ、伊邪夜の正面にしゃがみ込むと、すりむいた膝の状態を診る。
はたと赤くなった伊邪夜はスカートを気にして足を閉じるが、快晴は「痕は残らないな」と、真剣な表情で手早く消毒してバンドエイドをペタリと貼りつけた。
「まったく。軽い傷で良かったけど、歩けるのは歩けるね?」
「もう、だいじょぶなんだよ。ありがとうなんだよー」
「じゃあ、行こうか。今度はゆっくり落ち着いてね」
(どうせ、伊邪の荷物持ちなんだろうけど、ね)
きょろきょろしながら先を歩く伊邪夜の背中を見ながら、ふぅと息を漏らす。
「どれがあたしに似合うかな、なんだよ?」
「こっちのが良いんじゃない? そっちは似合わない訳じゃないけど、なんとなく伊邪と色が合わない気がする」
「うーん。でもどっちも欲しい、なんだよ」
結局、両方を持ったまま物色を始める。
ただ、そこがメンズコーナーで、黒を基調としたシックでカジュアルなものを見ながら「アレでもない、コレでもない。うーん」と悩んでいた。
不意にピンときて微苦笑を浮かべる。
「俺のはいいから、自分の選びなさい」
そう言って聞くはずもないかと肩をすくめると、淡いピンク系の手袋に目が留まった。
(伊邪に、似合いそうだな)
それを手に取ると、こっそり店員に「クリスマス梱包で」と頼むのであった。
「買っちゃったんだよ」
嬉しそうに購入した袋を見せる伊邪夜へ、寒くなったので食事ブースへ行こう誘うと、水筒でココアを注ぎ、湯気だったそれを快晴に差し出す。寒くなってきた、という言葉があったからだろう。
「わざわざ持ってきたの? ――うん、美味しいね」
笑顔を浮かべる快晴に、もう1本の水筒からホットレモンを注ぎ、少し冷ましながら飲んだ伊邪夜が「あったかいんだよ」と、笑顔を返すのであった――
●3人そろった亀山 絳輝(
ja2258)
「よし! 行くぞ! 我らが戦場へーー!!」
「姉ちゃん、財布リビングに忘れてたで」
淳紅が財布を放り投げる。受け取った絳輝の顔は、何とも複雑である。
だが幸音が嬉しそうに頬を染め、いつもよりほわほわしているのを見ると、テンションがガツンと上がっていく。
「おーっし、幸音、こっちに背中向けて……そう、腕はまっすぐおろしてな――うん、サイズも悪くなさそうだ」
自分の物よりも、妹が優先。もちろん、弟も優先だ。
「ほれ淳紅、お前もそんな顔してるな。これとか可愛いぞ、合わせてやるから背中向けろ背中!」
「いや、姉ちゃんそれ女物……話聞け! 人の話聞けー!!」
荷物持ちの役かと少しぐったりしていた淳紅を、無理にでも方向転換させようと肩を掴む、少し鼻息の荒い絳輝。
「お姉ちゃん、これ似合うの」
後ろから服の裾を引っ張られ振り返ると、ヒラヒラした可愛い服を持った幸音の姿が。
「い、いや、幸音。私はそんなヒラヒラしたのは……」
「そんなことないわ。偶にはこういうちょっとフリルがついたのも、可笑しないやんなー?」
幸音と顔を合わせ、2人そろってかくりと首を傾げる。
「そ、そうか? かわいいか……? ならちょっと、着てみるか」
そわそわしながら、幸音からそれを受け取って試着室へと向かう。その間にも淳紅と幸音、お互いの服選びは続く。
「幸音、おいでー。このポンチョ、色合い的にも幸音に合うと思うわ――あーでも向こうのダブルのコートも捨て難いな……」
「お兄ちゃん……こういうのも似合うと思うの」
そして絳輝が試着室のカーテンを開けると、上半身裸の修平がそこにいた。中学生男子特有の、細くて色白な身体。
しばしの沈黙。
絳輝が目をパチッとさせると、一言。
「……ありがとうございます?」
「お礼やなくて、謝りなさい」
姉の後頭部にツッコミを入れる弟。そしてあわあわと赤くなりながら「ご、ごめんなさいなの」と代わりに謝る妹。見事な連携であったとさ。
「いや、すまないな。荷物持ちまで手伝ってもらって……」
「いいんですよ、本来そういう役目で来てたはずなのに海ちゃんが着くなり『各自自由行動!』とかで、みんなばらけちゃって」
理子に気遣ったというのを、修平は知らない。
「直接会うのは夏以来だが、弟から話は聞いてるよ。大層ピアノが上手い子だと、楽しそうに話していた――幸音、この毛糸の帽子はどうだ? いつもはリボン多めだが、このぽんぽんがついたのも可愛いぞ? 」
とてとてと、やや修平を避けるように回り込みながら、帽子をあわせる幸音。絳輝がうんうんと、頷く。
「またよければ家にも遊びに来るといい。妹も声楽をやっているからな、きっと喜ぶ――淳紅も何か……彼女からもらったものがある? 生意気な」
そんな事を言いながら、何かに目を奪われた絳輝が、それを手に取った。
修平も見慣れた、五戦譜が描かれたマフラー。丁寧に音符まで譜ってある。
「これ、可愛いの……」
「なら3人お揃いで買うか――こっちには3人まとめて巻けそうなロングバージョンもあるし」
3人分のマフラーと1本のロングマフラーを手に、店の奥へと消えていく。
その間に忽然と姿を消す、淳紅と幸音。決して近くないイベント会場から、2人の透き通るような歌声がここまで響き渡る。
「なんだ、2人して行ってしまったか……ん、雪か」
空を見上げる絳輝。そして修平の顔を見た。
「ちょうどいい……修平、付き合ってくれたお礼だ」
クリスマス梱包されたそれを、差し出す。中身は黒地にシンプルな赤い模様の入った、手袋。
「ありがとな。手はピアノにとって命だ、大切にするんだぞ」
●帰り際に
「雪――」
理子が見上げ――地面の不陸に足を取られ、転びそうになる。とっさに理子の手を掴んだ夢野。
「気をつけないと」
「す、すみません……」
謝りながらも、握られた手と夢野の顔を交互に覗き見ていた。掴んでしまった夢野はというと、空いた手でポケットからピンクの小袋をを取り出し、その手にそっと握らせた。
「まあ、でかいのは無理だが……ちょっとした小物だ」
中を開けると、トランペット型のチャームが。服用の小物を見ていた時に、こっそり買っていたようである。
それを両手でギュッと握りしめ「ありがとうございます、センセイ」と、笑顔を浮かべる理子だった。
まだ誰もいないバス停で、不意に千尋がぎゅうっと抱きついてきた。
「今日は誘ってくれてありがとね!! 最近重たい依頼が多かったんだけど、元気を充電できたよ」
「それはなによりですねー? 千尋ちゃんが元気になったら、自分も元気になりますねー」
そして降り出してきた雪に紛れ、2人は口づけをかわす――
バス停に向かう途中で雪が降りだし、伊邪夜が手に息を吹きかける。それを見た快晴が、先ほどの手袋を差し出した。
「はい、どうぞ」
目を丸くした伊邪夜が中身を確認し「わー、手袋なんだよ」と、嬉しそうに手にはめる。
それから伊邪夜は淡桃のストールを自分の首に巻きつけ、クリスマス用にと内緒で買っておいた濃紫のストールを快晴に向けた。
「どうぞなんだよ♪」
「え? 俺にも? ……有難う」
そして2人は、色違いのストールを首に巻きながら、笑顔を向けあうのであった。
●主役は遅れて登場! 雪室 チルル(
ja0220)
「とうちゃーく! 狙うはふわふわでもこもこっとした上着っ! お目当てめがけて、突撃ー!」
雪にも負けず、とりあえず直感に任せて飛びこんだ店で少しでもいいと感じた物は片っ端から手に取り、試着室に飛び込んでいく。
鏡の前でにらめっこを続ける事十数回。結局買わずに、次の店に狙いを定め再び突撃。大人向けな店ではあったが、まるで意に介さず直感で物色していた。
「これだっ!」
試着したままカーテンを開けると、若干きわどい、ミニスカサンタ服のチルルがいた。
確かに、ふわふわな飾り、もこもこっとしたデザインではあるが――まず間違いなく、着て歩くための服ではない。でもそんな事は関係ないのだ。
サンタ服とセットで売られていた白い大きな袋に、さっきまで着ていた服を詰めていく。
「じゃ、ありがとね!」
上機嫌で通りに出ると、一斉に人の視線が集まる。白い大きな袋を背負い、赤いリボン付チョーカー、背中が大きく開いたきわどいミニスカサンタ。明らかに、浮いている。
じろじろと見られているが、自信ありげに堂々と歩く。
(これはあたいの選んだ服装が、すごく似合ってるからだ!)
ウシャンカを探して歩いていると、つい最近知り合った顔が、向こうから歩いてくるのが見えた。
「こんにちは! 戦車戦を見て得た情報は、何かの役に立ったかな!」
チルルの姿を前にしても顔色ひとつ変えない百合子が、小さく頷いた。
「ええ。行動パターンが見えてきましたね。今後の対戦で行動予測の元となるでしょう」
「へー。なんで前線まで赴いたの? 観察担当の撃退士にでも任せる手もあったし、百合子が専門家だからという理由だとしても、少し弱い気がするんだよねー?」。
少しの間、百合子は沈黙――そしてゆっくりと口を開いた。
「正直に言いましょう」
先ほどよりも冷ややかな、仄暗い視線がチルルに向けられる。
「私自身は、貴方達を信用していません」
突然、風の音が強くなった気がした――敵意にも似た感情。それを感じ取れた。。
百合子はチルルの横を通り抜け、雑踏の中へと消えていくのであった。
残されたチルルの背筋には、冷たい汗が流れていたという――