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マスター:楠原 日野
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/11/27


みんなの思い出



オープニング

●ひっそりとした人のいない別荘地
 太陽の光が降り注ぎ、白い壁が眩い室内。
 袖のない服から覗く腕は筋骨隆々なのだが、その顔立ちのせいかやや優男に見える天使が、黒髪の女性から文書を受け取る。
「……そうか、あの方達がいよいよ本格的に動き出すのか。そうなると頼まれていた私の役目もそろそろ、といったところか」
 視線を下げ、さらに読み進めていると、不意に「ほう」と漏らすと、目の前の女性に目を向ける。
「――ふむ、そうか。あそこの引継ぎは、鳥海山で活躍を見せたお前さんになるのか。真宮寺 涼子」
「Ja」
 淡々と、身じろぎもせずに答えた、涼子と呼ばれた女性。黒い服で身を包み、明らかに目の前の天使とは別の存在である。
「あそこは落せば我々にとって有利だが、人間達にとっても重要な地だけあって、守りが固い。そして人間達もずいぶん減っているようで、苦労のワリにさしたる旨みもない――それでも引き受けたのか」
「Ja。大天使様からのお言葉です。私が断る理由には成り得ません」
 やはり身じろぎひとつせず、顔色も変えない。その様子に天使は笑みをもらす。
「あの方の使徒だけあって、お堅いな――だが悪くない。
 まだしばらく私はここに居るが、必要あらば手を貸そう。戦車型の実験にも、ちょうどいいのでな」
 天使にしては珍しく、明らかな格下であるはずの涼子にも、かなり協力的であった。彼女の上司達は自分より格上であるからというのも、あるかもしれない。だがそれ以上に、それだけ、彼女の上司達に義理があるという事なのかもしれない。
 しばらくの沈黙ののち、口を開く。
「それでは1つお願いがあります、シェインエル様。ここへ来る途中、1人の人間を捕え、その時に思いついた事なのですが――」


●仙北
 いまだに戦車型サーバントの進行を受けるのだが、少量なのと、対処の仕方がかなり確立されてきたため、フリーランスの白萩 優一だけで、おおよそ何とかなっていた。
 手の足りない時は従兄弟である中本 光平や、撃退署と、連携して何とかしてきた。だから、優一は仙北の撃退署に入り浸りであるし、撃退署との関係も随分、良好なものになっていた。
 今日も単発で現れた戦車型を処理して撃退署に報告しようとした帰り、夜道で足を止めた。
(……歌?)
 どこからか聞こえる、静かながらも感情的で激しい曲。歌詞が英語で優一にはあまり内容がよくわからなかったが、それでも悲しみや絶望を感じさせる、そんな切ない歌声だった。
 歌声の主を探り辺りを見回すと、不意にドキリとした。
 月に向かって歌い続ける、1人の女性――その姿が、今は結婚してしまった自分の幼馴染の女性と重なって見えたから。
 こちらの気配に気がついたのか、歌う事を止め、ハッとして振り返る。よくよく見ると、撃退署の制服である。
 黒髪のショートで、前髪をあげてピンで固定している女性――見覚えのない署員だ。
「こんばんは――署員と言えど、夜道に女性1人は危ないんじゃないかな?」
「こんばんは。こう見えましても、それなりに自分の身は護れますので――それに危ないと言うならば、今現在の貴方が不審者でしかないのですが?」
 もっともだと、優一は苦笑する。
「撃退署の人なら知っているかなと思ったけど、そうでもないかな。僕は白萩 優一、フリーの撃退士で、今はここの撃退署に入り浸りの者です」
「なるほど。それなら互いに知らないのも、道理」
 頷くと、ゆっくり優一に近づき、手前で立ち止まる。自分の胸に手を当て、優一の目を真っ直ぐに見据える。
「私は――」

「このたび、異動によりここへ配属された御神楽 百合子です。よろしくお願いします」
 署員達の前で、頭を下げた百合子。だが待てどもそれ以上の紹介が、本人からはない。
 百合子の隣にいた男性署員が、コホンと咳払い。
「彼女は、前線とは無縁の撃退署からやってきた人だ。だが非常に肝も据わっており、観察眼もあるという事から、万年人手不足のここに来てもらったわけであって――」
 男性署員の声をかき消す、緊急警報。ここしばらく聞き馴染んだ音であった。
「例によって、農免農道に戦車型サーバントが出現。今回は多数の生物系サーバントも引き連れている模様。映像、出ます」
 1台のパソコンに群がる、署員達と優一。ここでは新人である百合子は1歩引くどころか、押しのけて1番見やすい位置を、陣取る。農道の脇に設置されたカメラからの映像が、モニターに映し出された。
 これまでの記録にない1両の戦車型サーバントに、つい最近確認されたサーバント、燈狼が群がる。そしてこれまた最近見かけるようになった、2羽のヤタガラスが砲塔に留まっている。
「あの戦車は確か、ニージュ――爆発反応装甲を採用しているタイプ、だね」
「爆発反応装甲、ですか」
「そう。簡単に言えば着弾すると装甲の中の火薬が炸裂して、衝撃を相殺するってやつだよ。人類兵器での話だけど、これまでの傾向からいけば、ほぼ間違いないだろうね」
 百合子の後ろでモニターを見ていた優一が、答える。
「ああなってくると、下手に接近するのも、距離を置くのもちょっとね。方法がないわけじゃないけど、ちょっと1人では厳しい数だな」
 百合子を紹介していた男性署員に顔を向け、左手を広げると、右手の指を1本、2本と重ねた。
「久遠ヶ原に連絡いれて、撃退士6人か7人、もしかしたら8人くらい来てもらうよう、頼んでもらえますか」
「了解した。白萩君はどうするんだ?」
「到着次第、僕が現地に運びます。今回のは進攻が遅い分、気持ち時間にゆとりがありますからね」
 そう言いながら、違和感を感じてしまう。
 これまでに比べ進攻が遅すぎる。それに、異色な組み合わせ。
 今までとは何かが違い、何かが動き出している。そんな気配を感じさせた。
「その場に、私も連れて行ってください」
「ダメに決まってるじゃないか。アウルでも発現してるならともかく、ただの一般人は連れて行けないよ」
「ですが、今後のためにも情報収集を専門にする1名が、必要になってくると思います。皆さんは戦闘をしながらでの観察ですから、私の様な戦闘をしないで観察をする者に比べれば、どうしても情報の偏りが生まれてしまいます」
 そんな事はない――そう言いたくはあるが、絶対にないとは、もちろん言いきれない。
「できる時にやるでは、明日に生かすのが先延ばしになるだけなのですから、お願いします」」
 かたくなな態度の百合子に、優一が男性署員に目で助けを求めるが、笑って返される。
「聞いた通りだな。言動や見た目はクールだが、熱血なところがある――まあ、言ってる事は確かな部分もある。うちらの署員ではそんな怖いもの知らずなマネ、提案すらできない」
 んっんと少し間を溜め、真剣な顔を作り上げる。
「仙北撃退署の依頼、そうとってくれても構わない。だから彼女を連れて、向かってもらいたい」
 依頼と言われてしまえば、フリーランスの優一では何も言い返せない。それに進攻が遅いと言えど
 できる抵抗と言えば、苦い顔をするだけである。
「……了解、しました。では僕は彼女の護衛を中心に動き、直接の退治は学園生に任せるとします」


リプレイ本文

(面倒な話だ)
 壁に背を預けニット帽を深くかぶり直し、ガムを膨らませる影野 恭弥(ja0018)。
 撃退署に着いてから聞かされた百合子の同行について、何よりも真っ先に、そう思ってしまった。
「守るのと攻めるの、両方やらないといけないのがつらい所さね」
 そう言いながらも、アサニエル(jb5431)は楽しそうに笑っていた。
「けどその無謀、悪くないさね」
「未来のため、明日を考えられる人は貴重ですからね」
 資料に目を落したリディア・バックフィード(jb7300)が、同意する。
(人類繁栄の為に、計画性を持って行動する必要があるご時世。現実と理想を秤にかけて決断する事……それは権力と立場がある者達のする事です)
 ぱたりとファイルを閉じ、百合子を真っ直ぐに見つめる。
「決断の幅を増やすべく情報を求めるのは、正しい行動です――ですから、出来うる限りの援護をしましょう 」
 ニコリと微笑みかけると、百合子は「ありがとうございます」と、頭を下げる。
「戦場に立つなんて、百合子さんは強い方なんですね〜。あたしも精一杯がんばりますから、一緒に頑張りましょうね〜」
 手を掴み上下に振るう、森浦 萌々佳(ja0835)の柔和な笑みに、百合子は眩しいモノを見るかのように目を細める。
 この間にも黙々と資料を読み続ける美具 フランカー 29世(jb3882)が、あるページで手を止めた。
「圧搾空気砲弾とは気が利いておる。どのみち実包でも目視なんかできんのだから、変な期待をせずに済む」
 今現在の映像を見ながらアルジェ(jb3603)に説明していた優一がモニタから目を離し、美具へと顔を向けた。
「いや。もし実包だったらたぶん、僕らなら咄嗟で反応できる人もいるであろう程度の砲口初速だと思うよ。ただ、確証はないんだけどね」
「なら余計に見えん方がよいの。下手な先入観を持たずに済む、というものじゃな」
「まあそうかもしれないね――それで行くと今回のも……」
 映像を眺めていたアルジェが、指で戦車型をなぞる。
「厄介な装甲だ。通常は1回消費すれば無くなるが……再生とかしそうだな。この装甲の対処法は?」
「距離をとって同じ個所への攻撃。あと魔法系統だとどうなるのか。それしか今の所でてこないね――情報がやはり、ちょっと少なすぎる」
 頼りない言葉だが、仕方ない。
 そして1人、黙々と映像を繰り返し見ていた御幸浜 霧(ja0751)が、手元の資料と交互に目を向け、何かを確信し頷いていた。
「やはり……足りていませんね」
「はいはーい! 蛍光塗料のご到着だよ!」
 元気よく、両手いっぱいに蛍光塗料の缶を携えた雪室 チルル(ja0220)が戻ってくると、署内が慌ただしく動き始める。
「そろそろ出撃、といったところですね。行きましょう」
 霧が車椅子のハンドリムに手をかけ動き出すと、皆も動き出す。
 そして最後に、深く息を吐き出してから、恭弥も後を追うのであった。

 アサニエルが装甲車の中で、塗料の一部をビニール袋へ小分けしているうちに、停車した。
「それじゃあ、大人しくしてるんだよ」
 百合子に一声かけてから、走り出した。
 そして百合子を背負いながら駆ける優一に、萌々佳とリディアの2人が並走する。
「白萩さん、一緒に百合子さんを護衛しますね〜」
「私も、ユリコさんの安全を最優先いたします」
「そりゃ助かる。ありがとう」
 小さく頭を下げ、前を油断なく見据える。
 オレンジ色の街灯に照らされ、うっすらとその輪郭が見え始め、その前にはユラユラと、淡い灯火がいくつもうごめいていた。
「月が見えている割には、敵がよく見えないわね。油断せずに行こう!」
 両手の缶を高々と掲げたチルルが開始の合図になったかのように、淡い灯火の数が増え始め、戦車型も停止した。すでにはっきりと見えるが、いまだに戦車型は主砲を撃ってくる気配がない。
「あれが噂に名高い戦車型サーバントかや。なるほど確かに戦車のようじゃな――美具が囮になるでな、殲滅は任せたぞ」
「お任せあれ」
「言われなくても、だよ!」
「サクサク終わらせるさね」
 そして走りながらも、霧が抱えていた疑問を口にした。
「映像ではヤタガラスは2羽でしたが……資料でも、ここから見る限りでも、1羽――あとの1羽はどこへ行ったのでしょうね」
(すでに1羽隠れているって事か……ダルイ相手だな)
 アルジェの肩口をつまんで、小刻みに引っ張る恭弥。それから顎で、斜面を指し示す。
「上から狙う。できるか?」
「こう見えて、鍛えている」
 恭弥の背中にギュウっと抱きつき、翼を広げた。
「行くぞ」
 声に合わせ恭弥も飛ぶと、その勢いのままぐんぐんと上昇する。1人の時よりはややフラフラしているが飛行しているアルジェに抱えられたまま斜面を蹴り、歩く事が困難な斜面を恭弥が駆ける。
「みなさん、気合入れていきますよ〜!!」
 萌々佳の掛け声が美具、チルル、霧、アサニエルの4人に気合を注入、それが戦闘の合図となった。
「来たれ、ヒリュウ!」
 美具がヒリュウを呼び出すと、1歩前に出たチルルとアサニエルが塗料缶を全力で投げつけた。
「くっらえー!」
 エストックの様な大きな直剣を突き出すと、その先端から白く輝く吹雪の様なものがまっすぐ、空中の塗料缶を貫いた。
 弾かれ、広い範囲に塗料が撒き散らされる。直接的な危害はないからなのか、かわす気配を見せなかった燈狼の中には、透過させる事すら無く、体に付着しているモノもいた。
「ユリコさんはこちらに」
 リディアが優一の背から降りた百合子を戦車の射線から隠す様に立ちながらも、道路の脇に誘導する。
「情報収集を提案した貴女が必ず、情報を持ち帰って下さい」
「はい。必ずや」
 道路の中央で立ち止まった霧が、意識を集中――戦車の真横にある街灯の上を指さした。
「あちらの街灯に、見えませんが生命反応を感じます」
「やはり隠れてるってことかい!」
 袋入りの塗料を投げつけるが、見えていない相手ではさすがに当てようもない。
(まずは見えているヤツからだ)
 斜面に生えている木に足をかけ、身体を安定させるとスナイパーライフルのスコープを覗き込む。
 アルジェが気象やらを述べている気がするが、今の恭弥には聞こえていない。
 そして――引き金を引く。
 まっすぐに伸びた弾は、砲塔に留まるヤタガラスに直撃した。虚を突かれたヤタガラスは、すぐ風景に溶け込む――が、マーキングされたからには無駄である。
 そこに居るとわかっていて、なおかつ感知や視力に優れた恭弥だからこそ、さらに気づく事が出来た。
(姿を消しているのではなく、風景に似せているだけ、か)
 よくよく目を凝らせば、そこに違和感を感じる事が出来る。それに影ができないような話だったが、そうでもない事にも気づいた。
「前のやつらは影にそれほど注意しなかった、という事か」
 恭弥が斜面を滑り降り始めると同時に、激しい轟音。今までいた所の土が激しくえぐれ、吹き飛ばされていった。
「こっちじゃよ!」
 機銃を乱射されるが、ジグザグに移動しながら的を絞らせない美具が吠えると、呼応するようにヒリュウも吠える。
 すると斜面に向いていた砲身が、ゆっくりと動きだす。戦車型の前にいた燈狼が遠吠えをあげると、戦車の砲塔がゆらゆら、陽炎に包まれはっきり見る事が出来なくなってしまった。
 方向を切り替える瞬間、直感的に盾を突き出す。
 直後、激しい衝撃。横に流すつもりが、身体ごと持っていかれる。
「くぁっ!」
 倒れた美具に燈狼が! というタイミングで、空から降りてきたアルジェがタロットを取り出す。
「やらせない……運命の輪、『円盾』」
 美具と燈狼の間にカードを投げつけると、大きな丸い盾のようなものが具現化し、燈狼の胴体を両断――だが両断された燈狼の姿が、掻き消える。
「幻影、か」
「見分けがついても、結構面倒さね!」
 アサニエルが振り向きざま燈狼に反応しかけた。
 しかし足跡がついていない。
 それを確認すると正面に向き直るが、そのワンテンポ分のせいで反応が遅れ、飛びかかってきた燈狼の牙が肩に。
 足跡を見ながら飛びかかってくるそれが幻影か本体か、瞬時に判断をするのはなかなか難しかった。足跡以外の目印であるペンキの付着した燈狼も、そうでない燈狼ともども、陽炎を纏われると目視での識別が実に困難である。
「シマ荒らしは、ここまでにしていただきましょうか」
 肩に喰いついた燈狼の背中に、離れた位置から霧が銃を撃ちこんだ。
 喰いつく力が緩んだ燈狼を投げ捨てるように引きはがすと、霧の後ろから飛んできた光の波が、燈狼を焼き払う。
「当たりました〜」
「後ろ、気をつけてください!」
 多数の燈狼に囲まれていた霧が、声を張り上げる。多数の燈狼が迂回し、百合子達に狙いを定めていた。
「あたし、参上です〜!」
 百合子の側にいた萌々佳がはしゃぐと、一瞬足元から光が上がり光の羽毛が舞い、立ち昇るアウルが七色の光に変化した。それまで迂闊に近づこうとしなかった燈狼が、萌々佳めがけて一斉に動き出す――が。
「数が多いみたいね! それならまとめて薙ぎ払う!」
 白く輝く吹雪が再び燈狼達に向けて放たれ、幻影も実体も関係なしに全て吹き飛ばした。
 残った燈狼へリディアがマライカを撃って足を止めている間に、天へ手をかざしたアサニエルが手を振り下ろす。
 無数の彗星が次々と燈狼達に襲い掛かり、その身体を貫いていく。
「本物がどれかわからないなら、全部攻撃すればいいってね」
 無残に仲間が散っても、他の燈狼達は七色の光を纏った萌々佳を狙い続ける。
「させませんよ」
 その間に割って入る霧。
 飛びかかってくる瞬間、前進しながら身を屈め緊急活性させた盾で顎を押し上げ、すぐ後ろで飛びかかろうとしている燈狼の背を鉄扇で斬りつけようとする。
「それは幻影ですよ。音がしませんからね」
 耳を澄ませていたリディアの言葉通りに幻影ではあったが、数が減らせた事には意味がある。
「そう簡単に通れるとは思わないことね! あたいが相手だ!」
(あっちはいいか――ならこっちを狙うまでか)
 道路に降り立った恭弥が後退しつつも、ちらりと燈狼達との混戦に目を向けたがすぐに戦車型へと視線を戻す。
 ゆらゆらと揺らめいているが、時折見える実像に狙いを定め、牽制の機銃がその身にいくらか当たろうが構わず、弾丸を放つ。
 その直後、装甲が激しく弾ける。
 戦車型は威力に押されるようにのけぞり、直撃した装甲が溶かされていた。
 その隙を狙い、起き上がった美具が山側へと駆け出し戦車型の側面に回り込むと、装甲の施しようがないはずの履帯を狙って、鎖鎌を投げつける。
 だがまさか、である。
 何かが炸裂し、鎖鎌が弾き飛ばされ爆風に押された美具が山の斜面に叩きつけられる。
「ぐぅ……まさか、あんな所でも反応するじゃと? つくづく常識を覆しおるわ」
 すぐに動けない美具の目の前で、戦車の正面装甲がまた弾け飛ぶ。
「少し、逸れたか」
 溶けた装甲を狙ったようだが、わずかにずれていたらしい。ただ、貫通力のある弾が多少なりとも効いたのか、恭弥から距離を取るように後退を始める。
 そして燈狼達との戦いも、終わりを告げる。
 アルジェが直線に並んだ燈狼達に向け、タロットを掲げていた。
「お前たちに相応しいカードは決まった。
 全てを貫く源泉『太陽』、意志有る奔流『力』、斉しく迎える断罪『審判』……討ち払え『サンライトジャッジメント』!」
 タロットから太陽、素手の女性、笛吹く天使が見えたかと思うと、黒い奔流が燈狼達を次々に飲み込んでいった。
「いよいよ本命の登場ね! 全員突撃ー!」
 ひっかき傷が少しあるだけのチルルが駆け出すと、アサニエルも霧も駆け出す。
 しかし戦車型は後退を続けながらも主砲と機銃を放ち、街灯を次々に割っていく。
「特製ランタン、全開!」
 暗がりに対抗してチルルが改造されたソーラーランタンを点け、街灯以上にまばゆい光があたりを包み込む。
 だが見えなくなった一瞬に、戦車型は『音もなく』主砲を撃っていた。
 リディアの身体が宙を舞う。そして地面に叩きつけられ、何度か転がったのちに止まる。撃った瞬間どころか、狙いすらわからない防ぎようもない一撃だった。
 駆け寄った優一が安否を確かめると、何とか意識があった。
 ほっと胸をなでおろすと、声を張り上げる。
「それ以上の深追いは、しちゃいけない!」
 声が届いたのと、進攻の時に見せなかった後退の速度に無理と判断した撃退士達は足を止める。
「今までと、何か違うような……無人じゃ、ない?」
 そうアルジェが洩らすが、確認のしようもなかった。
 そして霧が再び神経を研ぎ澄ませ、生命を感知しようとしたが――首を横に振る。
「……どうやらヤタガラスは何もせず、逃げたようです」

 退けたものの、重い空気のまま撃退署へと帰ってきた。
 恭弥は労う事も労われる事もしないままさっさと学園に帰り、チルルは「悔しい!」と地団駄を踏んでいた。
 チルルを横目で見ながらも、美具はギュッと拳を握る。
「美具も、悔しいの。仲間に怪我を負わせてしまった」
「それでも最初の囮がなければ、これだけじゃ済まなかったかもしれない。気を落さずにね」
 悔しいのは優一も一緒だったが、顔には出さない。幻影しか襲ってこなかったので無傷だから、なおさら。
 そして霧も同じく。もう1羽のヤタガラス気付けたのに、結局逃げられてしまった。隠れて前衛の素通りを狙ってくることを警戒してはいたが、まさか何もせずに逃げ帰るというのは予想できなかった。
 暗い雰囲気を振り払うように、アサニエルが明るく、廊下から戻ってきた百合子にニヤリと笑いかける。
「それで、現場を見た感想はどうだい?」
「怖くはなかったですか〜?」
「ええ、大丈夫です。とても――参考になりました」
 ほんの一瞬、仄暗い笑みを浮かべた気がしたが、すぐに元のやや無愛想な顔に戻る。そこへ蒼い顔をしたリディアが毅然と、百合子の肩に手を置いた。
「お疲れ様です。リスクを恐れず勝ち得た情報です……大事にして下さい」
「はい」
 そして「それでは失礼」とその場を後にするものの、廊下でへたり込んでいた。
「重体なんだから、大人しくしてればいいのに……」
 足元がおぼつかないなと追いかけていた優一が苦笑し、抱き上げると医務室へと向かう――その途中、ゴスロリに着替えたアルジェがなぜか男子更衣室から出てきた。
「あ……御神楽さんに間違えられたか」
 先ほど廊下から戻ってきた百合子から、おおよそ察した優一。
「白萩か。今日のやつら、今までよりも実践的な運用だな……だんだんと何かが動き出しているということ……か?」
「――きっと、そういう事なんだろうね。まだまだ激しくなってくるかもしれないから、その時はまた、頼むよ」


【神樹】何かが動き出す 終


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: 金の誇り、鉄の矜持・リディア・バックフィード(jb7300)
   <主砲の直撃を受け>という理由により『重体』となる
面白かった!:6人

God of Snipe・
影野 恭弥(ja0018)

卒業 男 インフィルトレイター
伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
意外と大きい・
御幸浜 霧(ja0751)

大学部4年263組 女 アストラルヴァンガード
仁義なき天使の微笑み・
森浦 萌々佳(ja0835)

卒業 女 ディバインナイト
その愛は確かなもの・
アルジェ(jb3603)

高等部2年1組 女 ルインズブレイド
怪傑クマー天狗・
美具 フランカー 29世(jb3882)

大学部5年244組 女 バハムートテイマー
天に抗する輝き・
アサニエル(jb5431)

大学部5年307組 女 アストラルヴァンガード
金の誇り、鉄の矜持・
リディア・バックフィード(jb7300)

大学部3年233組 女 ダアト