茶器の手入れをしていたアルジェ(
jb3603)が、勢いよく入ってきた海に顔を向けた。
「……どうした? 海、釣りに行ったのではないのか?」
「ちょっとどころじゃないくらい変なのが湧いてて、それどころじゃなかったよ。依頼したいんだけど、いいかな? 出来れば今すぐで。それも、そこそこ人数必要そうなんだけど」
「ふむ、連絡しておこう」
「詳細書いとくね」
味気のない白いメモ用紙に、すらすらとボールペンが走る。
ふと、その手が止まった。
「あ、椛ちゃんも誘おっと。こうやって依頼でも出さないと、なかなか会えないし」
そしてスマホを取り出す、海であった――
空気が綺麗で広々晴れ渡った空の下、池の周りにぞくぞくと撃退士が集まっていた。
(人面魚……何故か懐かしい気がします)
池を覗き込みながら、アリア(
jb6000)はそんな事を思っていた。
「兎も角、さっさと駆除して、池の平和を取り戻しましょう」
そして持ちこんできた網のチェックを、始める。
「なっちなっちなっち!」
竹竿片手に、やたらテンションの高い加具屋 玲奈(
jb7295)が、日焼け止めを入念に塗りこんでいる稲葉 奈津(
jb5860)の元へと駆け寄り、びしっと指を向ける。
「なっち、どっちがたくさん釣り上げていっぱい退治できるか? 勝負だからねー!」
一方的に宣言すると、何を言う暇もなく全力で去っていった。
「レナ! あんたも女の子なんだから、ちゃんとしなさい!」
だが聞く耳を持たない玲奈。ふうとため息をつくと、服を脱ぎながら日焼け止めを塗っていく。
もちろんちゃんと、中に水着は着ている。
「まったく……おかしいわね。水着はちゃんと学校指定なのに、ジロジロ視線を感じるわ」
池の傍らで、水着になるギャル系女子。否応でも、目を惹いてしまうものだ――もっとも、そんな違和感でもすぐに慣れてしまうのが、撃退士の変な、いや、凄いところだ。まさしく『慣れ』なのだろう。
「水着なんてだめだなぁ。由緒正しい日本の魚釣り衣装は、やっぱこれでなきゃね!」
麦藁帽を両手でしっかりかぶり、目をキラキラさせて犬乃 さんぽ(
ja1272)は竿も持たずに「夢と度胸で、大物狙いだよ!」と元気よく、駆け出して行った。
「うわぁ、これが人面魚かー」
「ま、釣りなら任せてもらおうかね。行くのぜ、麻夜」
「はい、先輩。よくわからないから、手取り足取り、お願いね?」
やや長めのカーボン竿を手にした麻生 遊夜(
ja1838)の後を、にっこりと微笑み、太陽の光を気にして木陰に入りながら来崎 麻夜(
jb0905)が追いかける。
「麻生さんも、来てたんですねえ」
池の傍らにいた鈴代 征治(
ja1305)の背後で、黒井 明斗(
jb0525)が池で蠢く、不気味な人面魚へ嫌悪感を露わにしていた。
「やれやれ、生態系を無闇に壊さないで欲しいですね」
「まったくですね。渓流釣りをしていた身としては、許せない限りです」
明斗の言葉に頷いている横を、龍崎海(
ja0565)が通り過ぎて、明斗の肩に手を置いた。
「今回もご一緒ですね、明斗さん」
振り返り、相手が海(カイ)だとわかると頭を下げる。
「こんにちは、龍崎さん。珍しいですね」
「なんというかな。なんとなく縁を感じて……まあ今回はのんびりと。依頼の後に、少し楽しみもあるしね」
「黒井はん」
ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)が、笑いながら手で会釈すると、明斗がまた頭を下げる。
「のんびり興じててもいいよね☆ というわけで任せた」
それだけ言うと本を片手に、ボートへと乗り込んでいく。
言う事も、もっともである。1人あたり4匹釣り上げただけで、すでに100匹。大小さまざまとは言え、この池にまさか1000や2000、いるわけでもないだろう。
だからこそ、というべきなのか。
「龍崎先輩に鈴代先輩。こんにちはです」
「エイルズ君――あれ、餌はイクラのみ?」
「あんなキモいの、正直あまり釣りたくないですから。最初から、ヌシ様狙いでいきます」
片手を胸の前に仰々しく頭を下げ、ジェラルドと同じようにボートに乗って、漕ぎ出すのであった。
この意見も、もっともだろう。だから皆、苦笑するしかなかった。
「ま、依頼だ。とにかくまず、ちょっと普通の魚が釣れた時用の穴を、用意してこよう。天魔の魚だけ、選んで釣れるとは限らないし」
「僕は釣り道具が実家ですから、津崎さんに一式借りてきますか」
2人が動き出すと、明斗も「手っ取り早く、数を減らしましょう」と、場所を求め動き出す。
それと入れ替わりで、月野 現(
jb7023)が池のほとりに立ち、一見すると平穏そうなその景色をぼんやり、眺めていた。その背中に、声がかけられる。
「久しぶりです、現さん」
振り返ると、風になびく髪を押さえ、静かに微笑んで佇んでいる櫻井 悠貴(
jb7024)の姿があった。その姿に、現は目を丸くする。
「悠貴か――こういうところで、出会うとはな」
再会こそは喜ばしい。だが今回のこれはだいぶ気楽な依頼とは言え、それでも討伐依頼。争いを好まぬ彼女だと知っている分、かなり複雑な心境であった。
それならば。
「今日は俺と一緒に動こう。俺がいない所で、無理はするなよ」
そう告げると、悠貴は「はい」と嬉しそうに返事をするのであった。
「はい、これである程度の大きさまでなら大丈夫だよ」
丈夫なテグスに交換した竿をミリオール=アステローザ(
jb2746)に笑顔で渡す。
「んふふー、釣りは経験済み。問題ないのですワっ!」
ぐっと親指を立て、練り餌を多量に握りしめると、「あっちのが釣れそうですワっ!」と、翼の周囲に特殊な力場を作り上げ、島を目指して飛んでいった。
「自分で細工しますので、一式だけ貸して貰えますか?」
「どうぞ!」
楯清十郎(
ja2990)に道具を一式貸し、せっせと海が忙しそうに貸すための竿を用意している。
「糸はネビロス使うとして……これ、借りていいのよね?」
「どう……ぞ?」
御堂 龍太(
jb0849)の服装を見て、海は多少戸惑ってしまったが、案外柔らかい物腰の彼(彼女と言わなければ怒るかもしれない)に笑顔で竿を差し出しだした。
「ありがとう。今日はのんびりさせてもらうわ」
「おかしな話だけど、ごゆっくり!」
海の満面の笑みに、龍太は見た目こそゴツイ体格の男性だが、驚くほど柔和な優しい笑みを返すのであった。
「……海、ここの竹竿、借りるぞ」
「うん。りょーかいだよ、アルちゃん」
登山用のザイルを肩にかけたアルジェが竹竿を手に取り、疑似餌をしげしげと眺め、1つ持って歩き出す。
そこへふらりと、紫鷹(
jb0224)とエイネ アクライア(
jb6014)が顔を出した。
ずんずんと睨み付けるような目で紫鷹が海に近づき、かなり至近距離で顔を判別してから、近づきすぎたという顔をして離れると、咳払いひとつ。
「とりあえず、駆除できればいいんだな?」
「そうですねー」
「それなら拙者、池に飛び込み敵を打撃にて打ち上げる所存!」
ズバッと衣服を脱ぎ捨て、サラシと褌姿へとエイネ。その姿に、見ている方が戸惑ってしまう。
その戸惑いを少し勘違いしたのか「なーに、拙者、故郷では毎日の如く泳ぎ、魚と競い、勝利してきた身……」と、身の上話を始める。
「でぃあぼろか、さあばんとか判らぬでござるが、負ける気はないのでござる。さあ、お楽しみ前の一仕事にいざ行かん!」
全力で池に向かって跳びこんでいく熱いエイネに、ただ腕まくりをして静かに歩み出す冷静な紫鷹であった。
そろそろ十分な準備ができたかなと思い始めてきた頃、礼野 明日夢(
jb5590)と神谷 愛莉(
jb5345)の2人がやって来た。そしておずおずと、銀数珠と祈念珠それらを結んで長くし、テュランウィップに下げた物を手に持った明日夢が、海に話しかける。
「あの、竿はこれなんですけど、小物狙いで行きたいので針はそれに即したものを……」
「あー……それだと小物用の餌よりもラインの方が目立っちゃうから、どうしても大物狙いの餌と針になっちゃうよ」
「え、糸がこの太さだと大物狙い? 仕方ないですね……」
少し肩を落とす明日夢を「ほらほら、やっぱり」と愛莉がその肩を、がくがく揺すった。どことなく親近感の湧く微笑ましい光景に頬を緩めながら、祈念珠の先に大物用の釣り針を針金で器用に固定する。
「それにしても好物、蛙かぁ……あんまり今の時期いないよね?」
「あ、それならね。ちょっと来て」
「おやおや、なになに? なにかあるの?」
ちょうどやって来た並木坂・マオ(
ja0317)が興味を惹かれ、2人を案内する海の後をついて行った。
3人が連れて行かれたのは、池の水が勢いよく排水されている川のある、雑木林。きょろきょろと見回した海が何かを発見し、そこへ移動してしゃがみ込む。
「多分ここら辺に……」
落ち葉をガサガサとかき分ける海の背中に、おっかなびっくりに雑木林の枯れ葉を踏んで歩く首を傾げたマオが「今日のこれって、何の催し?」と、根本的な質問をする。
海の代わりに明日夢が、かなりかいつまんだ説明をしたが、それでも通じたらしく、腕を組んだマオがうんと頷いた。
「へ〜。そーいや、釣りってした事ないや。街中に釣り堀なんて無いしね。あ、でも、縁日の水風船釣りは得意かな。
で、魚のヒトを釣るわけだから、誘き寄せるための餌が必要になるわけだね」
「うん、そうですね。それで好物は蛙と聞いて、今の時期、蛙はあまりいないですよねって話になって――」
「へ? カエル?」
「あ、ほら。いたいた」
楽しそうに海が、掘り起こした落ち葉の下を指さす。そこには集まって固まっているアマガエルがかなり、みっしりいた。
「わー、すごいたくさんいる!」
「……っ!」
目をキラキラさせる2人と対照的に、マオは1歩引き、顔をひくつかせ硬直する。
「これなら、餌に困らないかもですね」
「………っ!」
ひょいひょい掴む3人が信じられないという表情の、マオ。
「ここら辺の沢なら、多分探せばもっといると思うよ。足元とかにもいるかもだし」
「……………っ!」
足をあげ、見てしまうマオ。枯れ葉の間から、蛙の顔がちらちらと見える。
「っギャー! ア、アタ、アタ、アタシ、蛙は苦手ー! 気持ち悪いー!」
もっと気持ち悪いのを相手にするはずなのだが、ただの蛙で叫ぶ。
「ほ、他になんかないの!? できれば人工的なヤツで!」
「ありますよ。蛙に似せたフロッグっていうルアーとか……」
「できれば別の形状でお願いしゃっす!」
差し出されたフロッグを押し返すマオは、目をぐるぐるまわし半泣きである。
「うーん、それならとりあえず戻ろうか。2人はもう大丈夫だよね?」
「はい、ありがとうございました。というわけで、アシュ、行こ! レッツゴー!」
「ああ待ってよ、エリ!」
女の子に振り回される、男の子。海はそれを見ると、どうしても自分に重ねてしまう。
(最近はなかなか、一緒じゃないんだよなぁ……)
少しだけしんみりとしてしまったが、足元を見ながらびくついているマオを見てしまうと、そんな感傷に浸ってる暇じゃないと苦笑し、小屋へと戻るのであった。
「あ、津崎さん」
「椛ちゃん!」
小屋の前で佇んでいた葛葉 椛(
jb5587)に、思わず抱きつく。
「お久しぶりです。津崎さん、釣りが得意だったんですね」
ほんの少し照れながらも、軽く抱き返す。
「えっと……私は全然やったことないので、ご教授お願いしますね」
「釣り? それは知らないけど、冥魔が出て困ってる人が居るのよね?」
いつの間にか柔和な笑みを湛えた鏑木愛梨沙(
jb3903)が、2人の側で立っていた。椛から離れた海が、頷く。
「それならそれを助けるのが、あたしたち撃退士のお仕事よね。でも釣りって知らないから、あたしにも教えてくださいね」
「はい、任せてください――とその前に」
様々なルアーが入ったボックスを開け、蛙ショックからなかなか立ち直らないマオに見せる。そしてひょいと、ルアーのスプーンを渡した。
「これなんかいいかもね」
「ほうほう、このよーな簡単な仕組みで……うーん、どれにしようか迷うなう( ´∀`)――発言っと」
横から覗き込んできたルーガ・スレイアー(
jb2600)が、スマホをいじりながら、どっちの意味でも呟く。
「これをここのフックに引っ掛けて、使うんだ。餌はつけなくていいから、その分の手間は浮くよ。それに、こっちを使えば放置してても釣れるし」
「なるほど。ならばこれを使わせてもらおうか……ルアー? とやらを選択――発言と」
勧められるままにフロッグをつまむと、竿を持って黒い翼を展開し、中央の小島へと向かった。
そして海は3人と共に、和気あいあいと釣り場へ移動を開始するのであった――
中央の小島では先客のジェラルドが読書をしながら、優雅に釣り糸を垂らしていた。読んでいる物は『アウルの人体細胞への影響』などの、文学書ではなく研究論文だが。
大きく、ひと伸び。
「んー……良い天気☆」
その横にずどんと、人面魚が地面に突き立てられる。
「まったく、その通りですワっ!」
顔が怖い、ただそれだけで釣った端から地面に突きさして、見えないようにしていた。透過しないところを見ると、誰か彼かが阻霊符を使っているのであろう。
びっちびちともがき、抜け出そうとする――が、腕に装着したバンカーで殴りつけ、大人しくさせる。
「静かにしてろ、ですワっ」
(ふむ、あそこからは少し離れよう)
空から眺めていたルーガは、ミリオールの範囲から少し離れた所に着地。ルアーを準備し投げ込む、その前に。
「初体験! 釣りに挑戦するなう( ´∀`)っと」
スマホで何やら書き込んでから、ルアーをキャスティング。
「さあ! 釣っちゃうぞー、狙うはヌシ! 大物狙いや!」
威勢のいい事を言ったわりに、座り込んで竿を手に持ったまま、スマホをいじり始めるのだった。
「――お、応援要請。スタミナがないので、ワンパンチ、と……」
「静かでいいぜよ」
ゆらゆら揺れる、水面の毛鉤を眺めている遊夜。
水面に浮かんでいた毛鉤が、トプンと沈む。
その一瞬を見逃さず遊夜が勢いよく竿を引き上げると、40cmほどの人面魚が高々と、後ろへ放り投げだされる。
赤黒い霧を纏い、赤くなった両目を池に向けたまま、砲身の短い黒色の銃を引き抜いた。
頭上を通り抜けざまに、その頭部へと1発。何かが爆ぜる音――ちらっと後ろに目を向けると、頭部を見事に撃ち抜かれた人面魚が横たわっていた。
そして魚そのものだった身体が、ただの肉塊と成り果てる――だが残念な事に、消滅はせず、物体としてそこに残っていた。
「ふむ、なかなか良いトレーニングになるな。だがまあ、めんどうであるなあ」
キャストした針を手元に戻し竿を地面に置くと、腰を上げて肉塊に歩み寄る。
(流石だよね、先輩は。よーし、ボクもやってみよ)
教えられた通り、毛鉤を静かに水面へ落し、じっと凝視――トプンと沈む。
「今だっ」
勢いよく引上げ、遊夜と同じように高々と人面魚を放り出す。その背に黒い骨組みの翼を形作り、遊夜と同じ銃で、一回り小さいそれに狙いを定め、発砲。弾丸は胴体を抉り取る。
「おー、当たった―。でもまだ生きてるかな?」
そこに横から1発。綺麗に眉間を射ち抜いた。
「狙うなら、頭部のぜ」
「ありがとー先輩。連携は大事だね」
クスクスと笑い、麻夜は再び毛鉤を水面に浮かべ、一瞬にして沈む。
もう一度勢いよく引上げようとして、その質量にガクンと前のめりになってしまう。だが竿は引いてしまっている。
勢いよく真っ直ぐに麻夜へと向かってくる80cmはあろうかという人面魚。歯をガチガチさせ、憎しみのこもった眼で睨み付けてくる。
体勢を崩している麻夜の顔に、人面魚の牙が――という寸前で、後ろから伸びてきた腕が麻夜を引き寄せると、人面魚の顎を銃身で打ち上げ、引き金を引く。
「どんな時でも、油断はするな」
腕の中の麻夜にそう諭すと、麻夜は口元を緩め「はい、先輩」と、ここぞとばかりに頭を遊夜の胸にこすりつける。
(へっへー、役得っ)
「スレイプニル、召喚……」
網を手にしたアリアが静かにスレイプニルを呼び出すと、網の端を括り付ける。もう一方は、アリアの手に握られている。ちらっと懐の阻霊符を確認――ちゃんと発動している。
翼を具現化させて、ふわりと跳ぶ。
そしてゆっくりスレイプニルと合わせて、細かくした餌を散布しながら池の上を飛行。小さな餌に、それに見合った小さな人面魚が水面を跳ねたりしながら、我先に餌へありつこうと群がってくる。
それを頑丈な網ですくい上げ、一網打尽にしていった。とはいえもちろん質量はそれなりにあるため、アリアの速度と高度が落ち始めたのだが、何とか墜落する前に小島へとたどり着けた。
「なかなかうまい方法だね」
生命探知で魚群を探っていた海(カイ)が、アリアの刺網漁に感心していた。
「……アレはそれなりに、大きいな。いけるか?」
十字槍を具現化し、池をじっと見据え狙いを定め、突き刺す――確かな手ごたえ。引き上げると、75cmよりもちょっと大きいくらいの人面魚が貫かれていた。
普通の魚と同じように、しぶとくビチビチともがくそいつを、人面魚用の穴まで差し他まま運ぶ。
「龍崎さん、大きいの捕れましたね」
「明斗君は――ずいぶんたくさん釣れてるね」
明斗の後ろの穴では、20〜50cmサイズの人面魚が、釣りを開始して僅かしか経っていないはずなのに、ずいぶんいる。
「それはですね……!」
ぐっと竿を持ち上げる明斗。釣り上げられたワイヤーにはかなり太い針と疑似餌が何本も枝分かれしていて、1度で人面魚が4、5匹は釣れていた。
「サビキ釣りと申しまして、1度に複数釣れるんです。しかも疑似餌で、餌の交換も不要。さらには――」
穴の上で所々針が折れているその仕掛けごと、落す。そして、予め作っておいた新しい仕掛けを付け直すと再び池の中へ。
「高回転高効率作業、というわけです」
「なるほどね。そうすると、あの人も同じなのかな」
海の視線の先には、やたら人面魚に注目されている鮮緑色の光が全身を包んでいる清十郎の姿。その手には一本の竿と、明斗と同じサビキの仕掛け。
「さあ、一気に釣り上げてしまいましょう」
人面魚の群れの中に仕掛けを降ろすと、ガクンと一気に持っていかれそうになるほどの抵抗。ラインも丈夫な物に替えてあるのか、切れはしないのだが、清十郎の身体ごと持っていかれそうな雰囲気である。
深く息を吸い――吐き出す。
「まとめて一気にいきます!」
クワッと目を見開き、歯を食いしばると火事場の何とやら、持っていかれそうだった竿が巻き返し、高々と掲げられる。
「おぉぉぉぉぉお!」
雄叫びをあげ、全身全霊で竿を引き上げた。するとラインを埋め尽くすほど、小さめな人面魚がみっちりと食いついていた。
それを何とか穴の上まで持ってきて――そこで力尽きて、へたり込むのであった。
清十郎が1度で大量に釣り上げたその横で、忙しなく動いているのは征治だった
5本の竿が等間隔に並べられ、地面に立てられている。それの先端がしなると、征治がすぐに反応して引き上げては人面魚を穴の中へ。そして再び餌をつけて、キャスティング。それをずっと、繰り返していた。
だが、タイミングの悪い時というのは、やはりあるモノ。
手が離せないというタイミングで、次がヒットする。
「すみません、手を貸していただけますか」
「うぇ? アタシ? おっけーオッケー。これを引けばいいだけ?」
通りがかったマオに声をかけ、応援を頼む。こういった柔軟性も、大事だろう。
「うわ、キモ。本当に人の顔だし、身体はぎらぎらのぬるぬるだし。これは退治したくなるけど、関わりたくもないって感じ」
「よくわかります、その気持ち――ありがとうございました」
礼を言って竿を受け取ると、針から外して、穴へポイ。
「君達の不幸は僕がここにいることと、食べられないことだね」
そんな征治の頭の上を人面魚が飛来し、穴の中へ。
「ああ、入りましたねぇ」
池の上、ボートからスポットライトを浴びたエイルズレトラが、めんどくさそうに呟く。
「まったく、さっきからこの調子ですねぇ」
ぶつくさとイクラを針につけ、また沈める。
「来た! ……また人面魚ですか。雑魚に用はありませんよ」
ボートを漕いで移動させては、糸をたらし、そして大体落胆に終わる。
「……えーい、面倒くさい! よく考えたら、舟なんかなくても、水の上を歩いたら良いじゃないですか!」
そう言うと舟から降りて、水面をさも地上が如く、ごく自然に歩み出す。
水上を歩いていたのは、エイルズレトラばかりではない。
「一番の大物、ゲットだもん!」
麦わら帽子で意気込んでいるさんぽがロープ付の苦無を投げつけ、足元で群がっている人面魚達を直接狙って釣り上げていた。
しかも宣言している通り、大物を狙って。
「ん、これはでっかい!」
かなりの手ごたえに顔をほころばせ、ロープを引き上げると1m超えの大物が捕れる。
「大物、ゲットー!」
はしゃぐさんぽを尻目に、腕をまくった紫鷹は水上でじっと目を凝らし――おもむろに水中に腕を突っ込む。
「手ごたえ、ありだ」
引き上げた手には45cmくらいの人面魚が握られており、ビチビチと暴れ出す。
「ココを掴むと大人しくなると、てれびで見たんだが……」
手をエラの間に持ち替えてみると、人面魚はだらーんと力なく真っ直ぐに伸び、時折尻尾を何度か振る程度にまでは大人しくなった。
「ふむ、それなりに持ちやすくはなるか――おっと」
陸に向かっている最中、水上で踏み込もうとした足を途中で止めた。
するとそこから人面魚が跳びだしてきては、陸地へと打ち上げられる。
「ちょいさー!」
水面に顔を出したエイネが、掛け声とともに人面魚の横っ面を拳で殴りつけ方向を変えさせると、尻尾をむんずとつかむ。
「ふぁいと、いっぱーつっ!!」
70cmはあろうかという人面魚が、空を舞う。そして陸地に、うちあげられるのであった。
自らが囮の効果は高くかなりの回転率なのだが、時折、陸地からなんとか生還している人面魚もいたりするのだが、そこはどうしようもない。
そんな不可思議光景を、陸地では飽きたから小舟の上にいたルーガが「ひまだから実況でもするなう」と、三脚で固定したスマホから動画配信サイトに生中継していた。
「……あそこは、派手だな」
空飛ぶ人面魚を見ながら、アルジェがポツリと呟く。
「……かかった」
しゅばっと釣り上げ、後ろの穴に。そして再び、キャスティング。
「……いま」
すぐに来たアタリに合わせ、また釣り上げては後ろの穴へ。
「……入れ食いだが、普通の魚だったらよかったのだがな」
「そうよねぇ……」
同意したのは、近くにいた龍太であった。
「でも、のんびりと揺れる糸を眺める……すさんだ心も癒される気がするわねぇ……」
時折、かまぼこなどを撒き餌に使い、のんびりと――竿に反応が。
「あら、来たわね」
クイッと引き上げると、人面魚が真っ直ぐ龍太へ向けて引き寄せられていく。
「キモい顔で近寄るんじゃねぇ!」
一瞬だけ素に戻った龍太が、拳で人面魚を殴り倒してから、はっとする。
「あらやだ、はしたないわね」
ほほほと笑って誤魔化し、餌をつけてキャスティング――すると今までに比べると、ずいぶん軽い引きがあった。なんとなしに引き上げてみると、30cm近いニジマスがかかっていた。
「そろそろ普通の魚も、捕れるくらいになってきたのかしらね」
「そうかも、な」
普通に釣りをしている2人の行動を、じっと見学していた玲奈がそろそろと行動を始める。
(なっちに言っちゃったからには、後に引けないぞぉ〜)
実はまるっきり経験がない。だから見よう見まねでやるしかないのだ。
「えっと、餌をつけて――鞭をふるみたいな感じかなー? 投げるっと!」
勢いよく投げ込む。
「後は待つだけだよね……」
だがなかなか、反応がない。
実は餌のつけ方も甘く、投げ込む勢いに負けて空中で餌が取れているのだが、そこは知る由もない。
「……場所、変えよう」
以後、それを繰り返す運命にある、玲奈であった。
ライバルはというと。
「釣竿、そういえば持ってたわ……良いものかはわからないけど、せっかくだし使おうかしら」
火の玉付の釣竿で色々と試してはいたようだが、餌をつける事すらできない。
いつしか業を煮やした彼女も、池に飛びこみ力技で釣り(?)上げる作業に入るのであった。玲奈よりは釣果があるのは、確かだけれども。
「みんな、凄い勢いでやってるなぁ」
「撃退士ですからね」
海に教えられながらも糸を垂らしていた愛梨沙だが、なかなか反応が来ない。隣の心を落ち着かせてから始めた椛の方は、それなりに反応があるというのに。
「素人ゆえ、ですかね……なかなか来ません」
「これもなんか魚に好かれてるとか嫌われてるとか、よくわからない何かがあるみたいだからね」
「こんな魚に好かれても、嬉しくはないですね……」
小さく苦笑いを浮かべる椛に「まったくだね」と海は笑顔で同意。
「ちょっと、皆さんに習って直接捕ってきます」
翼を広げ飛び立つと、天魔の気配を探りながら直接、若草のような鮮やかな緑色の鋼糸で絡めとり、釣り上げた。
「やはりこちらの方が、性に合ってますかね」
「こっち側にはもういないのかなぁ? アシュ、島に行こう! スーちゃん連れてって!」
「エリ、ちょっと待って!」
飛行したり歩行したり、微笑ましい光景があったりとする中でも、現と悠貴はただ静かに、お互いをフォローしながら普通に釣りで退治をしていた。
「噛まれないように、注意するんだぞ」
「はい」
なんでもないやり取りが、嬉しくもあり、こそばゆい。
「いい空気を、頂いたね☆」
小島でゆったりと眺めていたジェラルドの竿が、かなりの反応を示す。ゆっくりと引き上げると1m超えの、さんぽが釣り上げたのとほぼ同サイズの人面魚が、ひっかかっていた。
「さすがボク、太公望だね☆」
これだけの人数でやるとあっという間で、特に1人で20匹以上釣り上げた征治、清十郎、明斗、アリア、エイネの活躍が大きかった。
1mを超える大物は、さんぽとジェラルドくらいであった。
「ではせっかくだから普通の釣りを楽しませてもらおうか。うみみん教えてくれ」
「海さん、私にもご教授お願いします。出来ればヤマメ狙いで」
手づかみをしていた紫鷹も、海に釣りを教えてもらっている。
「食べられる魚を釣るのが、やっぱり釣りの醍醐味ですよねえ」
征治は征治で、ごく普通に釣りを楽しむ。
「は〜い上手に釣れました〜♪ これ、食べられそうだから調理してみてね」
「ふむ、汁モノでも作らせてもらおうか……」
「これだけ集まって釣りをするんだ。釣って終わりじゃもったいないよね」
結構な数のヤマメとニジマスが捕れ、それを前に海(カイ)と紫鷹が調理を始める。
待ちきれんとばかりに先に、たき火で塩をまぶしただけのシンプルなアメマスに、かぶりつくエイネ。ほっくほくで柔らかな身。
そして日本酒をグイッとあおる。
「ひと仕事済んだ後の一杯は、実に美味いでござるな。新鮮な焼き魚も、くぅー!」
たしたしと自分の太ももを叩いて、感激を露わにする――そろそろ服を着たらどうだろうと、誰か彼かは思っているだろう。
「この為に生きていると言っても、過言ではござらん!」
「すみません、あたしももらってもいいですか? 喉が渇いちゃって……」
「無礼講でござろう! 遠慮せずにぐいっと!」
勧められ、遠慮なしにぐいとあおった愛梨沙が真っ赤になり、1杯でダウン。酒と知らずに飲んでしまった、そんな感じである。
「なっちに負けたぁぁぁぁ! くやしぃぃぃ!」
「1匹もつれなかったレナの方が、ここでは珍しいと思うわね」
号泣する玲奈を前に、呆れる奈津。
「やあ、君が津崎さんかな? よければ君もどうかな?」
「食べます! 椛ちゃんも、一緒にね?」
「はい、せっかくですからね」
顔を合わせ、微笑みあう。
「ああ津崎さん、ちょっとしたお呪いです。ヌシ釣れるといいですね」
清十郎が海の竿に触れ、それではと後にする。
皆でがやがややっている間、離れでは悠貴が現に腕時計を差し出していた。
「あの時直ぐに渡す筈だったのですが……遅れてすみません。髪飾り、大切にしていきますね」
その言葉が言い終わるか終らぬかのうちに、現は悠貴を抱きしめていた。
「……ありがとう。ずっと大切にする」
(どっちとも、なんだろうね☆)
見るつもりはなかったのだが、まだ小島で糸を垂らしていたジェラルドがそんな事を思っていた。
すぐ近くではアリアが流木の陰にヌシがいると睨んで、そこで勝負をしてる。さんぽもヌシを求めて水の上を走り回り――水上歩行の効果がとうとう完全に切れ、水の中に沈んでいった。
そしてその際、ルーガの小舟を激しく揺らしてしまい――スマホが水の中へ。声にならない叫びをあげるルーガだが、この日の実況動画はかなり好評だったらしく、奇しくもここの宣伝に貢献したのであった。
「静かに、釣りができんのかね――不思議な、アタリのぜ」
今までにない、感触――緩やかと思えば、突如力強く引っ掻き回し、凄まじい緩急をつけられる。だが、そこはきっちり冷静に対応し、竿を持ち上げると人面魚とは違った輝きを見せる、銀色の鱗がちらりと見え――そこでばらけてしまった。
「もしかして今のが……」
「ヌシ、だなぁ」
遊夜の後ろに、伊藤が立っていた。
「あそこまで釣り上げた人は、知る限りあんたが初めてだ――釣り吉を名乗ってもいい腕を、お持ちのようですね」
伊藤に変な事を認められ、再び池に目を向けると銀の鱗がゆるりと見え――そして池の深くへと消えていったのであった。
池のヌシもどき釣り 終