「ええと……閉じ込められてしまいました……? え、どうすればっ、家には小さい子もいるのに……!」
雪成 藤花(
ja0292)がおろおろとしているのを、肩に優しく手を乗せ、落ち着かせた。
「大丈夫だって。さすがにここで夜を明かすなんてことは――」
金網に指を絡ませていたリディア・バックフィード(
jb7300)が、振り返る。
「……ウサギ小屋で夜を明かす。ありえません」
「いやぁ、まさかそんな、ね……?」
「可愛い女の子だらけで、食糧も豊富なこの密室。脱出する理由なんて何も無いじゃない!」
声を大にして叫ぶ歌音 テンペスト(
jb5186)の後頭部に、理恵の拳がいきなり飛ぶ。
「脱出しないと、困るの。わかる?」
「なんで、脱出しなくてもいいって思っているのが! これが以心伝心というやつね!」」
「声に出ていましたよ」
さっきまでさんざんもふり倒していた五十鈴 響(
ja6602)が、兎を胸のあたりで抱きかかえたまま、歌音にツッコんでいた。
「何か食べ物を持っていらっしゃるのかしら?」
歌音の指す食糧がわかっていないリディアだが、それよりもちらちらと、腕の中で目を閉じている兎を何度も見ては何かに耐えるように、唇を噛む。
歌音はというと。
「美味しそう……」
「美味しそ、う? え、さっき何て言いました?」
「どっちを見て言ったのか、判別付きにくいなぁ……」
苦笑いを浮かべ、拳で歌音のこめかみをグリグリしながら兎を抱きかかえる響に目を向けた。
「ごめんなさい、五十鈴さん。変な事に巻き込んじゃったね」
「いえ、いいんです。元はと言えば私が、この前のリス達が気になって付いてきたのが悪いんですから……でもなんだか窮屈ですね」
苦笑する響。3畳に5人と兎なのだから、当然かもしれない。もっとも、その状況が喜ばしい人物もいるのだが――誰とは言わない。
「ニホンリスが、うちのサンルームに通うようになっちゃったかな。他は……誰か彼かが引き取ったとかって話は聞いたけど」
「文化祭の準備はやる事が山積みです。無事に喫茶店を開く為に時間がありません、迅速に脱出をして時間のロスを最小限に抑えましょう」
リスの話を逸らさせようとしている――そんな気もしたが、正論なので誰も何も言わない。
「でも確かに、このままでは家族も心配してしまいます。とりあえずここに人がいることを何とかアピールしないと」
藤花の腕にも兎が。そしてなぜかその周りにも集まって、鼻をスピスピさせていた。
その様子に、手を伸ばしかけたリディア。だがなんとか拳を握り、胸の前でぐっと堪えた。
(兎をもふるのは、全てが解決してからです!)
目を閉じ唇を噛み、冷静を装いながら携帯を取り出す。
「あ、よかった。ちゃんと携帯持ってたんだね。私は置いてきたからなぁ」
「携帯不携帯では、意味がございませんよ――」
「はっ! もしかしたらこれは、脱出したらお礼のチューがあるフラグ! ヒリュウしょうかーん!」
ヒリュウを召喚すると同時にしゃがんで、床に敷かれている干し草をかき分け床板を剥いだ。
「……あれ」
コンクリートに直面。変な表情で固まってしまった。コツンコツンと、盾でつつく。
「ふ、ふ、ふ、ふ……ヒリュウちゃん突撃!」
コンクリへめがけ、ヒリュウの突進。見事、数cm砕けた。が、まだまだ分厚い。
そこをずっとツンツンしている歌音の必死で哀愁漂う姿に、金網の穴から手が出ないかとがんばっていた響は「早く助けが来るといいですね」と、苦笑するのであった――
部室にあった家電製品を、キャロライン・ベルナール(
jb3415)と共に空き教室へ移動させていた望月 紫苑(
ja0652)が携帯の着信に気付いた。
「はい、リーダさん……ええ。わかりました。今からお伺いいたします」
「どうした?」
「どうにも、兎小屋に閉じ込められたようでして。ちょっと、兎小屋まで迎えに行ってきますね……」
どういう事かはよくわからなかったが、とりあえず「わかった」と頷くと、眠そうな紫苑はフラフラと教室を後にする。
「大丈夫かね……まあいい。とにかくまず色々運ぼう」
「どのようにする目論見かね? 私自身、どうするかわかっていてもセンスがないので、そこらへんは丸投げする気満々なんだが」
雅が堂々と胸を張る様にキャロラインは呆れた眼差しを向けつつ、一旦、手に持っていた椅子を降ろした。
「こっちは動物用設備と空気清浄器など調っているので、ふれあいコーナーに。隣の空き教室は、毛が付くのを防止するのも兼ねて喫茶コーナーにしようと思う」
頷く雅の横、窓へと目を向ける。
「猫とリスに関してはサンルームがあるので、それで隔てればよいと思うのだが――どうだ?」
「ふむ――いいのではないかな」
「ではそのように……」
雅の肩に乗っているヒョウモントカゲモドキのベロリンと、視線が交わる。
視線をそらすと、ケージの中にいるアメリカンショートヘアーのスズとミーシャも、くりっとした丸い瞳でキャロラインを見つめている。
(く、くりくりとした目でこっちを見るな……作業がしにくいではないか……!)
「――そのように、する」
短く、淡々と告げ、再び椅子を持ち上げて逃げる様、後にした。
(可愛さにやられてるなんて、悟られてたまるか――早く戻ってこい、みんな)
「さて、みなさんはどちらでしょうか……」
フラフラとそれっぽいところを歩いていた紫苑の耳が、ピクリと動く。
「ハーモニカとホイッスルの音……? それに、何やら明るい気がいたしますね……?」
ハーモニカがどことなく、た・す・け・てと呼んでいるような気がした。
そして時折ホイッスルと共に、ピッピッピッ・ピーー・ピーー・ピーー・ピッピッピッと、モールス信号のような吹き方になる。
「だれかいませんかー!?」
今度ははっきり、藤花の声――声と音と光のする方へ迷う事無く突き進むと、すぐに兎小屋を見つける事が出来た。
「リーダさん、お待たせいたしました」
「ありがとうございますわ、シオンさん」
カチャンと、当たり前の事だが簡単に内掛錠は外される。針金を探したり、どうすればいいのか悩んでいたのが馬鹿らしいほどに。
「ありがとうございます――ついでにデジカメで写しておきましょうか。これも経験と言えば、経験ですしね」
そう言うと、何枚か写真に収める――この間にも、開いたのに気付いていない歌音はせっせと、20cmほどの基礎コンクリを砕いた下の地面を掘り続けていた。
「テンペストさん、もうそれはいいんだよ」
「え?」
顔を上げた歌音がやっと状況に気がつき、徒労という言葉の意味を噛みしめる。
「ところでさぁ。金網に張り付いて召喚すれば、小屋の外にヒリュウ、出せたりしたんじゃない?」
クワッと歌音の顔に、驚愕が。
「ま、過ぎた事はいいんだけど。そこまで掘っちゃったらしばらく兎小屋も使えないし、こいつらはうちに避難だね。みんな、抱きかかえて」
理恵が伝えると、藤花も響も嬉しそうに抱きかかえ、紫苑は一旦抱きかかえたものの、兎を見るその怪しげな視線にリディアが2羽抱きかかえる。
穴から出てきた歌音が抱きかかえようとすると、それまでのんびりしていた兎は全力で回避し、理恵の胸に飛びこんでいった。
「……まあ、食糧ってさっき言っちゃったしね」
「それよりもお姉様の胸に飛びこんでいった事が憎い……!」
くいっくいっと、理恵の袖を響が引っ張る。
「扉を閉めてくれた兎も捜しません?」
「ああうん、逃げた1羽も皆で捜さなきゃね。大切な食糧……いや預かり動物だからね」
「あ、そうだった……」
こめかみを押さえる理恵とは対照的に、ずいぶんとテンションが上がりつつあるリディアが兎をきつく抱きしめながら、ぴしっと指を立てる。
「餌を置いた罠、それと2人1組の捜索隊というのは如何でしょうか。もちろん、私は紫苑と組みますが」
「そうですね、それがいいのかもしれません。私は足跡を追いかけ、目撃証言を集めてみましょうか。お腹を空かせれば戻ってくるとは思うのですが……でもいい加減な時間で一旦切り上げ、黒松さんのこと心配されてると思いますし、部室へ戻らねばですね」
「あの……」
おずおずと手を挙げ、藤花が何か言いたげにしていた。
皆の注目が、藤花に集まる――そして気がついた。その足元にもう1羽がぴっとりと寄り添っている事に。
「もしや、いつもつけているうさ耳フードやうさぎポシェットのせいで、仲間と間違えられてしまったのかしら……?」
そんなわけないとも思いつつ、しょんもりしている藤花の様子があまりにもそれっぽくて、何も言えずじまいであった――
「戻って来たか。ずいぶん時間を食ったな――それに、何やら人手も増えたか?」
「その……ご縁がありまして。初めまして、五十鈴 響です」
「キャロライン・ベルナールだ。よろしく頼む」
2人が挨拶をかわしている間に、紫苑がふらふらとベッドに向かって歩いていく。
「シオンさん!」
「はっ危ない危ない……」
リディアの声で現実に引き戻された紫苑が、目をこすりながら、なんとかベッドから遠ざかる。
「寝ないで、起きて働いて下さいね……」
「大丈夫、です。乗りかかった何とやら……最後までお手伝いしましょう」
今にも眠ってしまいそうだが、心意気は確からしくテーブルとイスが全然足りないからと、どこかへ借りに出かけていった。足元がおぼつかないのだが。
「あたしも手伝います。もしかしたら『偶然』手と手が重なりあったり、バランスを崩して『偶然』密着するかもしれないけど、全部『偶然』なんで、許してね!」
ことさら偶然を強調する歌音は止める間もなく、追いかけていく。
ついては来たが、いまひとつ状況が飲みこめない響も話を聞くと「わぁ、すてきですね♪」と手を叩き、笑みをこぼす。
「和みますね――喫茶で動物もとなると、紅茶ラテ、如何です? レンジで温かくして泡立てたミルクを紅茶にもこっと乗せて、蜂蜜で猫やリス、兎のシルエットを描くと可愛いと思います♪」
響の腕の中にいる兎に目を奪われていたキャロラインがはっとし、コホンとひと呼吸おいて「今の提案はどうだ?」と理恵の顔を見た。
「いいんじゃないかな? 休憩時間の時にでも練習しようか」
「あの、それでしたらミートパイを用意するのはどうでしょうか。せっかく兎もいるわけですし……」
「バスク地方のシチューもありだな。猫がいるし」
「黒いな、そのネタは」
ブラックジョークを察した雅へ、藤花は誤魔化す様に笑い、キャロラインはしれっとしている。
だが理恵は首を傾げるばかりで、「別にいいんじゃない?」と、わかっていないようであった。
「でしたら、動物と交流できるように動物用のお菓子も作りませんか? 山羊のミルクとか動物が飲んでも大丈夫なミルクも使い、人と動物が触れあいやすい環境を作りたいなと、思います」
「そうだな。触れあいやすいというのは、いいだろう。膝の上で爪を立ててしまうのもいるから、膝の上に乗せるミニクッションも調達してくるか」
「お願い――ところで杉田君はどうしたの?」
「奴がいたら、シャッターチャンスとか五月蠅そうなので、帰らせたぞ」
「あー……」
どういうことなのか、今しがたイスを持って戻ってきた紫苑の後ろの、怪しげな視線でねめ回している歌音の顔を見て納得する。
「シオンさん、イスはこちらに。食事が出来るよう、テーブルとソファーは近づけて下さい。
それと毛が混入しないように、調理場と動物は離しましょうか」
「はい――それでは、調理場の準備は任せてください。紅茶ラテとかの試作もしますね」
「私は動物耳のカチューシャなんかを作っておきますね。その方が溶け込みやすそうですし」
「それじゃあたしは味見役! ぐうぜん、あーんなんかしちゃったりとか……! しかも今夜は可愛い子に囲まれてのお泊りだなんてもう、私は僕は自分は……!」
鼻を押さえる歌音を、理恵が後ろから紐で縛り上げ、袋に詰めると、どこかへ運んでいくのであった。
そして夜が更け、子供のいる藤花は帰らせ、今日の作業はそろそろやめようかとなったところで、真っ先に紫苑がベッドへと倒れ込む。
「ここで寝ても良いですよね……答えは聞き――」
言い終わらぬうちに、すぅとすでに寝息が聞こえる。寝つきの良さに肩をすくめると、リディアもその横に倒れ込んだ――瞬間。
「ちょっ! 重っ……むぎゅ」
「柔らかくて良い匂い……」
寝相はよさそうなのだが、抱きついて寝る習性があったのだろう。リディアはものの見事にがっちりと抱きつかれ、離れる事もままならない。
「うわぁ……あそこは危険そうだから、五十鈴さん、ベルナールさんはそこのソファーベッド使って。私と雅はソッチのソファーで寝るから――それじゃ、お休み」
狭いところに身を寄せ合い、その狭さにクスクスと笑い合いながらも電気を消すと、部室はすぐに静まり返る。
翌朝。
「んむ、リーダさん……おはようございます」
「……おはようですわ、シオンさん」
抱きついたままでも、マイペースな紫苑であった――
それから数日の思考錯誤しながら準備の甲斐もあり、なかなかな集客を見せる。
リスがゆっくりできるようにとミトン型の寝床、布ハンモックのお昼寝処を設置し、お客様に胡桃を撒いてもらう響の案も上手くいった。
調理場と喫茶コーナーを忙しなく動く藤花、響、リディア。衛生面に注意を払いつつ、時折動物達をチェックし過食にならないよう、うまくコントロールしていた。
「そこのはゴミだな? 捨ててこよう」
衛生面に気をつけて、キャロラインが迅速に動く。対照的に紫苑やゆったりと、自分のペースで動いていた。
慌ただしい初日が終わり、片づけをしている時にふと。
「ところで。ここしばらく歌音の姿が見えんが、どうしたのだ?」
「あ」
キャロラインに指摘され、理恵はサンルームにぶら下げてある袋に視線を向ける。リスが上り下りするたびに、カサカサと乾ききっている音がする。
「あー……水に浸けとけば、戻るかな」
「リエさん。終わった後でよいのですが、兎を2匹ほど引き取っても、よろしいでしょうか?」
「ああ、うん。今日からでもいいと思うよ――先生には私から、言っておくからさ」
「ありがとうございますわ。では、今日の所はこれで失礼」
兎を2匹抱きかかえ、図書室へと帰っていく足早なリディア。辿り着くと、2匹を掲げる。
「……貴方達は今日から私の実験動物IIです」
嬉しそうに笑うとそのお腹へ顔をうずめ、ぐりぐりとその感触を楽しんでいた――ところで、戸が開く。
「バックフィールドさーん、先生の許可もらって……」
2人が硬直。
もふり喜んでいるその姿を見てしまった理恵はそっと、隠れもふっ娘の住まう図書室の戸を閉めるのであった――
【文化祭】まさかウサギ小屋で 終