タキシードを思わせる白と黒のツートンカラーの『マジシャン』が空中で静止したまま、脚部が変形。巨大なブースターとなるとマジシャンはアウルで固定した液体金属のマントをなびかせながら静かに、しかしもの凄い加速で空を駆け抜ける。
そしてその中、ぎしぎしと軋むコックピットではエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)がシニカルに笑う。
「さすがはマードック、良い加速ですねえ。一発も被弾しないうちから、もう機体が悲鳴をあげています」
「ええ、本当にいい仕事よねェ…。私も負けてないけどォ…」
黒い機体『マブイエグリ』の黒百合(
ja0422)が頬を吊り上げ、ニィと笑う。
これまでの実験課程で大破した複数のABに、彼女が他の何かと組み合わせて生まれた、魔改造と呼べるハンドメイドの機体――ABが機密の塊であるから無論違法行為であるが、そこが零番艦の強いところとも言える。そのくらいは許可の範疇なのだ。
装甲が極端に薄く内部構造も複雑で、複数のOSと操作システムを併用しているため操作性はすこぶる悪い。こんな機体を扱えるのは制作した彼女だけ、というのも許可された理由かもしれない。
(まさかこんな事になろうとは、ですね)
仁良井 叶伊(
ja0618)――いやここでは坂井 隼と名乗っている――は、迎撃用に開発された可変型限界性能試作機『バサラ』のテストのつもりでここに来ていたのだが、まさかの実戦投与。驚きを隠せずにいた。
「まあ、推挙したのがあの上官ならば、納得ですが」
歴戦のエースで少佐だった頃に殴った上官の顔を思い浮かべ、苦笑せざるを得ない。
「……敵の母艦への攻撃を邪魔しているあの白い機体は愛ちゃんも頑張って倒すの。だから、兄様姉様達は頑張って母艦への攻撃をお願いするの」
猛禽類を思わせる形状のAB『カルラ』で周 愛奈(
ja9363)が息巻いていた。
「まかせるっすよ! 敵陣ど真ん中を駆け飛び『どてっぱら』に風穴あけてやるっす☆」
ニオ・ハスラー(
ja9093)が陽気に、ぐっと親指を立てて応じる。巨大で獣の前足を模した篭手型のドリルを両手につけた全身黄金色の機体『金獅子姫』でそのセリフは、まさしくピッタリだった。
「おらもついてくだっちゃよ。あの艦に旦那さまぁもいるはずだべ」
パイロットである御供 瞳(
jb6018)を巨大化したような、1つのコア機に12の子機で構成されている色黒の美少女(補正有)型巨大ロボ『ダイナガー13』がゲートコアを睨み付ける。
「おめさんがだ、さっさとおらの旦那さまぁを返して降伏するべ。さもないど尻さけっとばすして泣かしてやるがらな」
そう宣言すると、長大なビームサーベルを振りかざし誰よりも真っ先に突撃を開始する。
「金獅子姫!! 行くっすよーーーー!! まっすぐいってどかーーーんっすーーー!!」
ドリルが高速回転を始め、手をはたくように先端をこすりあわせドリルを突き出しゲートコアへ向けてまっすぐに突進。
「速いスピードで飛び回っていれば、簡単に攻撃は当たらないはずなの。 スズメバチみたいに雄々しく戦うの!」
強化型アサルトライフル『バスターライフル』で、はるか先、2人の行く先にいるシュトラッサーを撃ち貫くと的を絞らせないように斜めに移動を始めた。
「一番層の厚いところはァ……いたわねェ」
人型から黒い鳥のような形状へ変形し、シュトラッサーがまとまっている所へめざし、マブイエグリは加速を始めた。
「やれやれ、仕方ないですね――バサラ、お前の力を借りますよ」
漆黒のX型デルタ翼機バサラが、並々ならぬ速度でマブイエグリを追う。
マジシャンがスポットライトを当てたように照らされると、敵の注目が集まる。
しかし狙われているのを肌で感じ、エイルズレトラはうっすらとピエロの様な、楽しいのかそうでないのかわからない笑みを浮かべた。
「さあ、ショウタイムと行きましょうか」
高速で飛行するマジシャンからアウルが立ち上り、レーダーに反応だけが残る残像を生み出していた。
その残像に引っ掛かって、射程ギリギリから白い羽を飛ばしてくるシュトラッサー。その瞬間、確実に外れるという軌跡がエイルズレトラの目には映っていた。彼が名づけた『死線』と呼ぶそれをなぞって、白い羽が飛来する。
見当違いの攻撃を悠々とかわしながら、カード型カッターの特殊な長銃で狙い撃つ。
「どこを狙っているのですかね。それほどまで死にたいのでしょうか」
今しがた騙された敵へ冷ややかな笑みを向けると、カルラが突撃しアームバルカンの掃射でトドメを刺した。
「ほうら、戦場では騙されるとそうなってしまうのですよ――おっと、触れないで頂きますか」
飛来する白い羽を、マントで薙ぐ様に受け流す。
羽を受け流されたシュトラッサーの群れに、大型のミサイルが4発撃ちこまれる。
「あらァ、死にたいようですわよォ…?」
爆風が風で流される前にその中をつっきる、マブイエグリ。ミサイルの効果範囲から外れている1機に狙いをつけ、機体下部から突き出している大型クローアームを引っ掛け、切り裂いた。
「そんな動きで、よくも前線にでてきたものねェ…♪」
「まったくです。せっかくの広い空、もっと空間を広く活用するものですよ」
一方的な攻撃の最中、シュトラッサーはやっと動き出し距離を取ろうとしたが、バサラの方が一歩先に動き出していた。遠方から
のアサルトライフルがその胸部を貫き、何かをさせる前に墜としていく。
「邪魔っす邪魔っす、邪魔っすよー!」
「愛ちゃんが援護するの! 思う存分戦って欲しいの!」
だがもちろんカルラの支援攻撃だけで、金獅子姫の進行を妨げる輩をすべて排除はできない。いや、この場合は運悪く金獅子姫の前に居てしまったというべきだろうか。
「邪魔っするやつはドリル1つで粉砕っすよ!」
ドリルを構え、前を塞ごうがお構いなしに突撃。回避などまるで考えてなどいない。
そんな金獅子姫に白い羽が突き刺さり、小爆発――しかしその程度では止まらないし、その程度で貫けるほど軟な装甲はしていなかった。
「そんな攻撃、金獅子姫の謎装甲の前には無駄っす!」
得意げなニオの声。多少なりとも裂けた装甲が、みるみるうちに塞がっていくではないか。
それでも近づいて来ようとする輩には、アームバルカンでその足を止めるだけで、目もくれずただ真っ直ぐに突き進む。足の止まったシュトラッサーの背後から、美少女ロボダイナガー13が巨大なビームサーベルを水平に薙ぎ、胴体を2つに分けるのであった。
「おめさんがた、旦那さまぁをとっとと返すだっちゃよ!」
叫び、ビームサーベルの出力を自身のパワーコアに直結させる。その途端、巨大だったビームサーベルはさらに太く、サーベルという形状にすらもはや留まっていなかった。
「それ以上は近寄らせん!」
ゲートコアの近くで待機していたサドのホワイトシェイドが右腕を振るうと、黒い小さな球体が金獅子姫に向けて投擲される。
決して早くない速度でそれは真っ直ぐ、金獅子姫の前にまで到達。
「爆ぜろ、グラビティボム!」
サドの命令に従い黒い球体が突如金獅子姫の前で破裂し、雷光を纏った黒煙がその周囲のシュトラッサーごと呑み込んでいく。
熱したアルミ缶に冷水を注ぎ込んだかのようにひしゃげ、潰れていくシュトラッサー達。
――だが。
「そんな攻撃で金獅子姫は墜ちないっす!」
「なんだと!?」
周囲に展開された防御壁が黒煙をシャットアウトし、怯む事無く真っ直ぐに突き進む。自分の火力に自信があっただけに驚きを隠せないサドが一瞬、動きを止めてしまう。
その一瞬で、十分だった。
ドリルを構え、ホワイトシェイドの横を通り過ぎる金獅子姫。
「何!?」
無視された事にも驚き、金獅子姫の通り過ぎ去った軌跡に機体を向けると、その後ろをダイナガー13が悠々と通り抜けていく。
「おめさん、まぬけだべ」
スペシャルなハイパービームサーベルで、その背を斬りつける。油断しきっていたホワイトシェイドは両断こそされはしなかったが損傷を受け、弾くように吹き飛ばされた。
「ぬぉぉぉ!? 人間めが!」
サドを無視し、金獅子姫もダイナガー13もすでに目前のゲートコアへ突き進む。
近づけさせまいと機関砲で弾幕を張るが、無論の事そんなもので怯むはずもない。
ドリルを2つとも正面に構え、アウルが全身を覆い、金色に輝く機体は更なる輝きを生み出す!
「これがあたしの全力全壊!! ごーーるでーーーーーんいんぱくとぉおおおおおおおおおお!!!!!」
止まるどころか加速に乗せて、まるで自身をひとつの巨大なドリルとするかのような金獅子姫がゲートコアの『どてっぱら』に突き刺さる。それでも、止まらない。
「うぉぉぉおおおおおっす!! 貫け、金獅子姫!!!」
気合一閃、それに応えた金獅子姫がドリルをさらに潜りこませ、機体ごとゲートコアに突撃、内部を貫き、途中、黒いクリスタルのようなモノすらも打ち砕く。
そして文字通り突き抜け、見事な風穴を作り上げた。たとえ硬くとも、低火力で動かない相手などただの的でしかないのだ。
「見たかっすよ!」
鼻息荒く得意げな顔でゲートコアを見下ろす、ニオ。その途端、周囲に漂っていた何とも形容しがたい空気のようなものが晴れていくのが目に見えてわかった。
そして沈黙したゲートコアが、小爆発を繰り返す。
「旦那さまぁ!」
風穴にビームサーベルを突き立て傷口を広げると、その中へダイナガー13が侵入していった。
「この俺を無視した挙句、一撃でコアが墜ちただと……!? 小癪な人類め、とんでもない化物を開発したな……っ」
「はっはー、油断はせんと言っていたのに人類を舐めきって油断しきっていたお前らが悪いのだ」
カルラとバサラの援護もあり、ほぼ無傷に近い状態で防衛を続けていた零番艦でミルが得意げにない胸をそらし、不敵な笑みを浮かべる。
「よし、この空域に用はない! 零番艦、離脱!」
ミルの号令で零番艦は後退を開始すると、外周を飛び回り、敵に決して背を向けず攪乱しながら確実に仕留めていたエイルズレトラがつまらなそうな顔をする。
「おやおや、もうショウは幕引きなのですか? もう少し楽しんでいただきたかったものですねぇ」
「意外なほど、弱くはありましたね。これなら歴戦のパイロットと相対した時の方が、まだ張り合いがあったというものです」
機体下部から覗かせた腕のアームバルカンをシュトラッサーに当てながらその横を駆け抜けると、カルラのバスターライフルが胴体を貫く。
「愛ちゃん達のが強かっただけなの!」
そして残ったシュトラッサー達を、マブイエグリが圧倒的な手数でまとめて墜とすのであった。
「それもそうなのかもだけどォ、相手が弱すぎるのよねェ……!」
冷酷で、見る者を震え上がらせるような恍惚の笑みを浮かべる黒百合。その視線は残りの1機――ホワイトシェイドへ向けられていた。
「あらら。雑魚が全部死んじゃって、後は大物しか残ってませんねえ」
「貴様ら……よくもやってくれたものだな!」
部下ごと葬り去ろうとしていた事を棚に上げ、サドが憎々しげに熱く叫ぶ。だがそれと対照的にエイルズレトラは冷めていた。
「悲しいことですが、これも戦争ですからねえ」
「ほざけ! インプよ、行け!」
サドが咆えるとホワイトシェイドから4基の小型ユニットが射出され、それがマジシャンを取り囲むと全方向からビームを同時射出し、逃げ道を確実に塞ぐ。
さすがに全方位からくる死線に、かわす道筋が見いだせないエイルズレトラは当たるのがわかってしまった。その直後、予想通りの衝撃。
「……ああ、食らってしまいましたか。これは……墜ちますねえ」
機体から煙を噴き上げ、落下を開始するマジシャン。そんな状態でもエイルズレトラの笑みはそのままであった。
「マジックショーはこれにて終了、アンコールはご遠慮願います。おしまい」
そう呟いた瞬間、落ちていく機体がいつの間にかトランプに変化し、アウルでできたそれは散りゆくように崩れ去る。
「何……だと?」
「その隙は致命的ですよ」
バサラの漆黒の装甲に赤い輝線が入り、スラスターが炎の様な白銀を噴出。砲身の先にエネルギーを集めながら更なる加速で距離を詰めると、黒い光が収束されたそれが一直線に伸びてホワイトシェイドを呑みこんだ。
「くぉっ、そんな攻撃で!」
機体の損傷など気にせず黒いエネルギーの奔流に逆らい距離を詰めると、ダイナガー13の使っていたビームサーベルよりも長いエネルギーブレードを横に振るった。
しかしバサラは一瞬だけ量子化すると、一瞬で真上へ瞬間的に移動していた。垂直飛行どころのレベルではない、規格外の動きを見せつけた。
完全に虚を突かれたホワイトシェイドの動きが、止まる。
「当たってなの!」
カルラのバスターライフルが頭部を穿ち、たじろいだところにずっと見計らっていたマブイエグリが襲い掛かった。
「出力制限開放――さあ、あなたはどこまで壊れないでいられるのかしらァ……!」
アームクローでがっちりと固定し、零距離からありったけの高出力放電砲を喰らわせた。装甲の硬さなど、まるで関係ない。
そしてクローを離すと、黒き閃光がホワイトシェイドの周囲を駆け巡り、切り刻み続け――離脱。だがそれで終わりではない。
「第2OS起動、最適化――さあこれで沈んじまいなさいよォ…!」
誰よりも最後に動いたマブイエグリが、誰よりも早く黒き閃光が圧倒的手数で再び襲い掛かる!
離脱した頃にはすでに無残な姿のホワイトシェイドではあったが、それでもまだ動いていた。
「機体損傷度、90%以上……! 貴様ら、この屈辱は忘れんぞ!」
怨嗟の声をもらすと、空間にぽっかり黒い穴をこじ開けホワイトシェイドはその場から消え去ったのであった。
「あらァ、逃げられちゃったわァ…。残念。壊し損ねてしまったわねェ…」
撃退できただけでも人類にとっては大躍進だが、それでも黒百合は不満げに呟くのであった――
「旦那さまぁ! どこだっちゃ!」
沈みゆくゲートコアの通路を駆けながら瞳が呼び続け――微かにだがその呼びかけに答える声が聞こえた。
「旦那さまぁ!」
声のしたところにたどり着いた瞳。だがそこは格納庫で、開きっぱなしのゲートからは何かが遠ざかっていくのが見えるばかりであった。
「間に合わなかっただ……待っててくんろ、旦那さまぁ。次こそは必ず助けるだよ」
こうして日本の空は取り戻せた。油断もあったとはいえ、強敵の撃退にも成功した人類。だが寸前で救い出せなかった人間もいる。
先に続く道は果たして天国なのか地獄なのか――それが人類の未来につながる道であれば、立ち止まる事無く突き進め!
【魔法】煉獄艦エリュシオン。次回へ、続く!