●出撃直前
「初陣、か」
着替えながら米田 一機(
jb7387)少尉が小声でもらしたが郷田 英雄(
ja0378)の「やっべ」という言葉でかき消された。
上半身裸のまま、更衣室を抜け出す。
「もう出撃ですよ、郷田さん」
「わりぃ、すぐ戻るからよ!」
シャワー室へとたどり着くと誰かが使用しているようだが、この時間は男性時間。気にせず入ると置いてあった指輪を手に取る。
「あった、あった」
左手の小指に通すと、ジッと指輪を眺める。閉じた左目が、じくりと痛んだ。
「まだ、行けねぇよな……ん?」
ピンク色した何かが床に落ちている。気がついた英雄がそれを拾い上げ、顔の前にぶら下げた。
女性の下着――嫌な予感を覚えたその瞬間、カーテンが開き、そこに居た女性と目が合ってしまった――
「いてて、誰だよあの女……お、できてるねえ。流石は俺達のマードック、今日は奢ってやるよ」
ブレードアンテナを増設し探知を上昇させた自身専用機『紫電』を見上げ、表情を引き締める。
(ま、無事に帰れたらな……)
「郷田、時間が無くなる。急げ」
背面に翼の様なブレードを装着した黒豹型の機体『ライトニングレパード』から、幼き少女アルジェ(
jb3603)少佐が急かす。色々な代償あっての地位であり、この淡々とした口調もその代償のひとつであった。
彼女は昔、明るくおしゃまな子だったらしいが、そんな面影など微塵もない。
「すでに作戦は始まっているんですよ」
佐藤 七佳(
ja0030)少尉がコックピットから、か細い声でたしなめる。
2本の刀と肩に可動型大型スラスター兼シールド、後方には可動式スラスター多数装着した強襲機『天之尾羽張 』。
「時間押してるぜー」
単純にバレットとばかり呼ばれる、全身がひとつの鉄球にしか見えない『バレット・DJ』の中では、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)が『機材』のチェックをしていた。そこはさながら、小さな放送局だと言える。
「なんていうか――みんな、豪胆だな」
和槍・千鳥十文字を装備した、どことなく古風さを感じさせながらも強者の気配を感じさせる『兵衛』のパイロット、榊 十朗太(
ja0984)が苦笑していた。
「僕とは大違いですね」
そうは言いつつも『量産型アウルブレイカー』カスタムを黙々チェックしている一機。
オルム艦長の声が格納庫に響く。
『準備できた者から順次、発進せよ。任せたぞ、諸君』
「あ。じゃあ僕行きますね」
まるっきり緊張を見せない一機がカスタム機を歩かせ、地味に出撃した。
「兄さんが待っているし、急ごう」
一機を追いアルジェのライトニングレパードが駆け出すと、七佳はカタパルトへと移動する。
「佐藤七佳、天之尾羽張。出ますね」
「俺も出ておくか。お先」
あとから来たはずの英雄が2人を残し、一機達を追って先に出る。
「マードック、頼むぜ」
バレットがカタパルトへ移動させてもらうと、砲弾の如く戦場に向けて撃ちだされた。
「……さて、任された以上それを果たすのが武人としての正しいありようなんだろうな。この身に纏うは機械の甲冑、されどその身に宿るは侍の魂、か」
違和感を感じないと言えば、嘘になる。だが肝心なのはその『魂』の方なのだ。頷く十朗太。
「さて、行こうか『兵衛』。我らが前に立ち塞がる敵を、共に打ち砕かんが為に!」
「ハーイ、みんなのDJ、ラファルA.Uだよ。今日もお楽しみ戦闘実況、キラキラコンプリートの始まりだよー♪」
バレットはドラゴンゾンビの背を穿ち、叩き潰して地面へ着弾した。
探知能力の高さを生かし、量産カスタムと紫電は距離を取り広域をカバー。そのデータがリンクしているバレットに逐一、流れてくる。
「おっといきなりお便りだ。ラジオネーム・清く正しくさんから。
今日はやや北の風が強いですね、厳しいですけどがんばりましょう――OK、やや北風かー。さみーよなぁ」
射出された勢いを推進力にし、コマの様にドリルの一本足で不規則な動きで北へと突き進む。
まだ何が起きたのか把握しきれていないヴァニタスを発見。
「よーし、ここで一曲リクエストにお応えしようか。みんな、ビートに乗ってこいよ!」
流れる洋楽に合わせ、軌道を自己修正する弾丸がヴァニタスを弾き飛ばし、戦場に激しいビートをまき散らすのであった。
「兄さん、後は任せろ。戻ったらご褒美を所望する」
「オラトリオ、撤収します! みなさん御武運を!」
逃げる様に去っていく兄を目で追っていたアルジェだが、突如ライトニングパレードを後ろへ跳躍させる。目の前を通過していく白い羽――直撃を受けた建物が爆発し、崩れ落ちていく。
地に足をつけたかと思うと横へ飛び、壁を蹴り、大地を蹴り、跳ねる様に駆け抜ける。
距離を詰め、交差するその瞬間――高出力のウィングブレードがシュトラッサーを一刀両断。少し遅れて爆破する。
「その程度の攻撃では、レパードを捉える事は出来ない」
得意げなアルジェのすぐ後ろから、ドラゴンゾンビが襲い掛かる。が、一瞬でその頭部は風船のように破裂し、なくなってしまう。
「少佐、前に出すぎずその場から9時方向へ移動お願いします」
米田の言葉に、アルジェは頷くのであった。
「とりあえず、生き延びりゃいいんだよ……!」
あまり当たらないレールガンを撃ちながら後ろに下がり、十字路に差しかかった時、すぐ真横にレックスが。
「うぉぉぉぉ!?」
かみつきを大振りなステップでかわすと、十文字の槍がレックスの頭部を貫いた。
「振り回されてるな、機体に」
槍を引き抜き、十朗太が笑う。
「わりぃな。まだ馴染んでなくてよ――ほら、来るぞ。全体的に2時方向へ動かすように意識してくれ」
左前腕部の二連装バルカンを、建物へ向けて連射。軽やかに身をひるがえした十朗太の兵衛が建物の角を曲がると、ヴァニタスの姿があった。
いきなり目の前に現れた兵衛へ反射的にフォークを突き出してきたが、槍の柄で跳ね上げ流れるような動作で胸部を貫く。引き抜いて横へ跳ぶと、白い羽がヴァニタスに刺さり爆発した。
振り返り、目標を確認するまでもなく突進。
「多少装甲は薄いが、敵の攻撃が当たらなければどうと言うことはない! 倒される前に一体でも多くの敵を討ち倒してやるぜ!」
一切の飾りを排した、直刀に近いながらも切っ先は両刃の刀、天羽々斬と布都御魂の二刀を携えた七佳の天之尾羽張が長い直線道路で一気に躍り出る。
「そんなところにいる方が悪いんです」
目指す先には3匹のドラゴンゾンビがいる。だがそれでも構わず、真っ直ぐに突き進む。
天之尾羽張に気付いた3匹だが、もはや口を開ける暇すらなく、顎を、首を、胴体を切り落とされる。そこから横を向くと、翼を広げ始めているシュトラッサーの姿が目についた。
「多少の被弾は覚悟の上……」
ぐっと腰を落し、シュトラッサーへ突撃を開始する。食らう覚悟ならとうに決まっている――わけではない。
「って言いたいけど、やっぱり怖いからもっと早く突破するわ」
二刀には円形の多重魔法陣が蓄積され、背中には光の翼の如き粒子が展開。その瞬間、七佳の周りの景色が歪む。いや、景色が爆発的な速度で流れていったのだ。
攻撃される前に一刀がその腹を貫き、高電圧を流し数瞬動きを止めると、もう一刀を左肩に振り下ろし斬り捨てる。
「流石は我らが少尉。痺れる憧れる戦いぶりを見せてくれる! ここでリクエストいってみようか!」
予測不可能な切り返しで直線上にいる敵を弾き、なぎ倒していくバレット。死ななくとも、動きが止まってしまえば天之尾羽張が一瞬で間を詰めてくる。
常に最大速で間を詰め、反応される前に斬り伏せる。その姿は圧倒的であった。
だがそれほどまでに圧倒であっても、七佳は浮かない顔である。実の所、いつもだ。
(これくらいでは、あたしの正義が見えてこない……)
答えを求め続け、少女は今日も先陣に立つのであった――
「全機通達、全てが範囲に入りました。10秒後、来ます!」
必要最低限の情報を一機が叫ぶ。
『了解』
一機の量産カスタムが範囲から外れるとのとほぼ同時に、全機が中央から最大加速で一気に離脱――その瞬間。
「へーい、一発派手なのいってみよーか!」
通信から激しい旋律のBGMが流れたかと思うと、目の前を光の奔流が突き抜ける。建物も天魔も、砂の城の様に崩れ去り、消し飛んでいった。
「綺麗なもんだな。命が消える光ってのは」
突如モニターに『UNKNOWN』の文字が点滅する。
落下の勢いを完全に殺しふわりと静かに降り立つ、蒼い機体。かなりいじられているが、その外観はアウルブレイカーのそれと酷似していた。
「敵にも新型? 無策で近づくな!」
「つれねーこと言うなよ。近づかなきゃ、味見できねーじゃねーか! 我が守護ピスケスよ、地に流れを作れ!」
拳を地面に打ち付けると、アスファルトが激しくうねり、波紋となって広がっていく。
両足を広げた兵衛に蒼い機体は水切り石の如く間を詰め寄ると、拳を繰り出した。
「おらよぉ!」
(慌てるな、十朗太! 感覚を研ぎ澄まし、感じ取れ!)
目で追えぬそれを己の鍛え上げられた感覚に任せ柄で受け止め、しなりでそのまま横に薙ぐ。
槍を屈んでかわしたところに、バレットがドリルの先端を向け突撃する。
「アポなしの訪問は困っちゃうから連絡いれような、リスナーのみんな!」
掌をドリルの回転に合わせ螺旋を描くと、バレットの軌道を強制的に変え高々と放り投げた。この隙に兵衛が後ろに跳躍したのだが、跳ぶよりも早い速度の正拳突きで吹き飛ばされる。
「こいつはエースだ!」
装填済みの二連装バルカンでありったけの弾をばら撒く紫電。
「う、動きを封じちゃえば……安心できるわね」
足元が不安定だろうと元々浮いている天之尾羽張には意味がなく、再び超加速を超える加速で一気に詰め寄った――が、前に踏み込まれ予定ポイントをずらされてしまった。
掌底が腹部に深々と――とはならず、十字に構え何とかそれを受け止め流すと、勢い余って建物に激突する。
そして蒼い機体は紫電の弾幕をゆうゆうと潜り抜け、距離を詰めてきた。
「誰だてめぇはっ!」
レールガンを捨て、ナイフを次々に繰り出すが、ことごとく上半身の動きだけでかわされてしまう。
「この運動性能では……パージできないのか……!」
大きな激しい衝撃――拳が紫電の胸部に深々と。
「郷田さん!」
「雑魚に用はねぇんだよ」
量産カスタムを裏拳で迎えうつ。
しかしその腕を下から殴りつけ、アームバルカンで上へ跳ね上げるとナイフを抜き、懐へ潜りこんだ。
「悪かねぇ――けどアメェ!」
跳ね上げられた腕の肘と蹴り上げた膝でナイフを挟み叩き割ると、量産カスタムの腹を蹴りつけて引き離す。
「くぅ……!」
「米田少尉、やるぞ」
アルジェの言葉に「はい!」と力強く返す。
量産カスタムがライトニングレパードの頭部に覆いかぶさるようにドッキング。ウィングブレードはツインランサーとなって手に収まった。
「これが、ランスロット零型……」
「出力制御はこちらでやる。この暴れ馬乗りこなしてみせろ、少尉」
その様子をゆっくり眺めていたのだが、突然、動きを止めていた紫電の顔を覆うバイザーが外れ、ツインアイが露出。高らかな排熱音と共に再び動き出す。
「死にぞこないは黙ってな!」
引き抜いた拳を再び繰り出すが、先ほどと違って鋭角的な動きで拳を避ける――だがその動きに戸惑っているのは英雄も同じで、かわす勢いがありすぎて、膝をついてしまった。
「俺の知らない機能があるのか…!?」
秘められた力の片鱗に驚く英雄。蒼い機体も一瞬の戸惑いを見せていた。
そこへ。
「もう誰も、やらせるもんか! ライトニングチャージ!」
高電磁を纏ったツインランスを構え、躊躇なく飛びこんできたランスロット零型。槍先を掴もうとしたその腕は高エネルギーで焼かれ消失し、その身体をも貫いた――はずであった。
「あっぶねぇ……」
何時の間にそこへ移動したのかも謎だが、片腕を失った蒼い機体はランスロットの後ろで膝をついていた。
「くっく、おもしれぇ……米田少尉とか呼ばれてたか――てめぇは俺の獲物だ! 俺の名はアースレイド、この名を覚えておけ!」
その言葉を残し、アースレイドは去っていったのであった――
作戦終了後、完全に安全が確認されるまで出撃を繰り返しほとんどの者が疲れている中、英雄が修平の肩に腕を回す。
「軍曹、昨夜はお楽しみだったんだろ? 聞かせろよ」
「いや、楽しんでませんから……寝不足なのは確かなんで、お先に失礼します」
ふらふらとした足取りで更衣室を後にするのであった。
「元気だな、郷田は。ところで米田はどうした?」
「あいつならシャワ――いけね、この時間は……!」
「ん……マウたんもシャワーか?」
「アル、久しぶりね。今朝の入ったんだけど、さ」
そこに誰かが入ってくる。
「あれ、誰か使ってるんですか?」
「その声は少尉か。どうした」
ブースから出てきたアルジェに、湯気で距離感を間違えた一機が衝突。押し倒して――何故か股に頭を突っ込む形で静止する。
「……少尉、いくらアルが子供とはいえ、湯浴みに突っ込んでくるのは如何なものかね?」
いつもより冷たい視線が注がれ、慌てて立ち上がった一機の顔がふくよかなものの間に挟まれる。
――長い長い沈黙。
それを破ったのはマウの絹を裂く悲鳴。それに驚いた英雄が慌てて入ってきた。
「米田! 死んだか!?」
「あんたも死になさいよ!」
石鹸が額にクリーンヒット。その場で倒れる。
「中佐相手に、堂々と覗きに来るとは見事だ」
「あ、言ってなかったっけ。明日発表されるんだけど、新艦長就任と同時に少将になるのよ――」
(中佐で、新艦長……?)
額を押さえ、英雄はぼんやりと何度もそのセリフを繰り返す。そして床に転がっている一機に冷たいシャワーがずっと、かけ流されていたのであった――
夜中に戸が開いた気配を感じ目を覚ました修平――下着姿でじりじりと近寄ってきているアルジェと目が合った。
「今夜こそ、兄さんの物にしてもらう」
「あのね……僕ら兄妹なんだからダメなんだって。いい加減、目を覚まそうよアルジェ」
――目を覚ましたアルジェ。エリュシオンの艦内などではない、久遠ヶ原にある自室でだ。
むくりと身体を起こすと、携帯を開いた。
「……興味深い夢だったな。兄さん――じゃない、修平に話してみるか」
こうして東京は奪還された――だがしかし、同時に格の違いも見せつけられてしまった人類。
先に続く道は果たして天国なのか地獄なのか――それが人類の未来につながる道であれば、立ち止まる事無く突き進め!
【魔法】煉獄艦エリュシオン。次回へ、続く!