格納庫では急ピッチでABの最終調整が行われていた。
特殊な装置を付けた戦乙女を連想させるフォルムの夢前 白布(
jb1392)専用機『ラ・ピュセル』。
細身で純白、頭部が獣の形で特殊な効果はないが猫耳付、背中に翼型のアサルトライフルを装備しているラカン・シュトラウス(
jb2603)専用機『しろがね』。
加速力を生かしたドリルでの白兵戦を前提とした漆黒の機体、整備士からは一号機と呼ばれている蒸姫 ギア(
jb4049)専用機『コスモドラグナー』
加速化および隠密化を図る為、航空機型へと設計変更され機体テストプレイヤーが「嵐に巻き込まれているようだった」とこぼした事からその名を冠した島津 忍(
jb5776)専用機『シュトゥルム』。
尾型のビームキャノン・閃雷を搭載した黒い機体シエル・ウェスト(
jb6351)専用機『彩孔雀』。
腕部と副兵装をオミットし、余剰積載・出力を用いて背面に外部レーダーを追加。T字アンテナ型の頭部を持つ坂本 桂馬(
jb6907)専用機『ペイルホース』。
冴木少尉のブルーファントムが紅蓮の悪魔と戦いを繰り広げているのを、コックピットのモニターから歯がゆい思いで白布はじっと見つめていた。
(憧れの冴木少尉が僕達の為に時間を稼いでいる……人類最高のエースが、命懸けで)
「もう、護られるだけだった僕じゃないんだ」
グリップを握りしめる手に、力がこもる。
「夢前。今から力み過ぎると、戦闘中もたねーぞ」
桂馬の声にハッとして、大きく深呼吸――力みが取れた白布が「すみません」と謝った。
「うむ。成功させるためには感情的であるより、合理的であるべきだ」
いかつい風貌の忍は軍人そのもので、その思考もまさしく見た目通りであった。
「ま、嫌いじゃねーけどな」
煙草に火を点け咥える桂馬。
「その通りであるな。頑張る人間の姿は、実に好感が持てるのである」
「ギア、人間のそういうところが好き」
桂馬の言葉に賛同する白い羽を持つ者と、黒い羽を持つ者。今まさに人類と戦っているはずの天使と悪魔だが、彼らのようなものも少なくはない。
そんな彼らを容易に受け入れるあたりが、天魔との明確な違いかもしれない――そう、ラカンもギアも感じていた。
ギアがまだすぐそこにある、青い、水色の星へと視線を向けた。
「美しい星だ……だからくだらない宝の為なんかで、あの星とそこに住む人々を、ギア絶対に滅ぼさせはしない。信じてくれた仲間達の為にも、この力で地球を護る」
たとえ同族達から逆賊の汚名を着せられようと、あの青き星を護ると誓ったのだから。
「平穏が一番でありますからな。だから――」
戦域に目を向け、頭を振るシエル。
「厄介事を持ちこまないで下さいな……」
『全AB、調整完了。順次発艦願います』
真っ先に白布が射出カタパルトにラ・ピュセルを移動させる。
(もうただの子供じゃないんだ。皆で生きて帰る為にも、全力で戦うんだ!)
「夢前白布、ラ・ピュセル――発進します!」
ハルバードを手に戦乙女が戦場へ向け、飛び立った。
「行くぞ『しろがね』! 天魔共の命を刈り取ってくれよう!」
「コスモドラグナーのギア、でるよ!」
「島津 忍。シュトゥルム、出る――YAHAAAAAAAAA!」
「ふぅ……彩孔雀、出るであります」
「言わなきゃだめかねー? ペイルホース、坂本 桂馬。出る」
こうして全機、冴木少尉が待つ戦場へ発進したのであった――
●前線
「いい加減、墜ちな!」
「貴方如きで墜ちる訳にはいかないのよ……!」
モニターに友軍機の強い反応。その反応に冴木少尉の顔がほころびる。
「人類はまだまだ、成長するって教えてあげるわ!」
(つっても、世界を救うなんざ柄でもない。俺はただ、ここまで共に戦ってきたみんなの魂の輝きを、間近に見ていたいんだ)
クローキングデバイス『ハイドアンドシーク』を発動させ、機体を宇宙の闇に紛れこませながら桂馬は敵機の探知をまず優先し、情報を通信を使い全体へと流す。
「紅蓮の悪魔はどこであるか」
6枚の輝く白い羽を展開して冴木少尉を目指していたラカンのレーダーが、前線から距離が開いたところにいるジーンを捕捉。桂馬の情報も加味し、ジーンが狙えてオクトが集中しておらず数の少ない地域へと移動を開始する。
「先ずは掃除だ……!」
加速力を重視した忍がオクトのデブリ弾に臆することなく正面から回避しながら先頭に出ると、流れてきた探知情報を元にオクトをフルロック。そしてミサイルオロチを射出した。
飛び交う30発ものミサイル――それに紛れるかのように、忍の機体は静かにその存在感を薄めていく。
『そんなの、燃えちゃえー』
2匹の龍が口を開き、広範囲を焼き尽くす。10数発のミサイルがオクトへ届かずに爆発。それ以外のオクトにはしっかりと命中していた。
ただ、威力が分散したため落とすまでには至らない。宇宙に浮かぶデブリに食いつき弾を補充すると、まだ前線にいるTBCに狙いをつける。
「やらせねーよ」
桂馬が吐き出されるデブリ弾の軌道を計算して、マルチロックで半強制的に小分けしたミサイルで相殺。次が来る前にとシオン、白布が前に出る。
「炸裂式チャージショットカートリッジ、リロード。派手に散れ、悪魔の手先共!」
「纏めて燃えてしまえ、全部ッ!」
孔雀と戦乙女から放たれた2人の攻撃は花火の様に次々と弾け燃え広がり、様々な色の華を宇宙に咲かせた。
「1機たりとも近づけさせはしないんだからなっ……天駆けろ、コスモドラグナー!」
紅蓮の炎をかき分け、ドリルを真っ直ぐに構えたギアのコスモドラグナーが突き抜けていく。最大速度で駆けるギアが次々と直線上のオクトを穿ち、敵陣深くへと潜りこむ。
そこに金龍と銀龍が口を開け、待ち構えていた。
「アハハ、すごいすごい!」
「でも紙一重でバーカ!」
コスモドラグナーの両肩に、牙が食い込む。
「うう、ギア負けない!」
「仲間はやらせないのである!」
遥か彼方にいたラカンのしろがねは翼を折り畳むと、そこから2発、ライフル弾を撃ちだした。それは見事に肩へ喰らいついていた金龍と銀龍の眉間に直撃し、肩から引きはがす。
「ふっ、我が相棒はよくできた子なのである!」
尊大に笑ってみせたが、近くのオクトをアームバルカンで撃ち落すと、汗をたらしつつ視線をそらす。
「……弾数が少ないのが、たまにキズであるが」
その相棒にオクトのデブリ弾が直撃――したはずなのだが、純白の装甲は多少のかすり傷を作った程度だった。
「当たれどもダメージが通らなければ良いのである!」
だがやばそうな流れ弾は、しっかり回避。
白いアウルを纏った白布がハルバードでオクトを薙ぎ払うと、ギアよりも前に出て金龍に正面を向けながら銀龍との間に割り込む。
「ここは任せて、冴木少尉をお願いします」
銀龍を引き離す様に牽制で撃ちながら、その背中に張りつくシエル。
「坂本さんも、あちらをよろしくであります」
「ここを押さえれんのか?」
客観的に見て、まだ1対1で勝てる相手ではない――そう桂馬は見立てていた。仲間の力を信じられないとかではなく、常に冷静なだけなのだ。
だがモニターに「私もここにいる」と文字が躍るのを見て、不意に桂馬が唇の端を吊り上げる。
「そうだったな……ならしばらく持ちこたえてくれや。いまオバサンの所から少尉殿を連れてくる」
「うん、ギアに任せて!」
2人の背中を見送る白布が静かに言葉を紡ぐ。
「閨を覆う色無き帳よ、静かの世界に我を隠せ」
闇に溶け込むように、白布のラ・ピュセルの存在が希薄な物へと変化していく。存在が希薄になった分、相対的に存在感が増したシエルの彩孔雀。
だが臆することなく、さらにおのれの存在を誇示するかのように収束していた尾を大きく広げた。
「ハイパーモード起動!! 花咲け、閃雷!!!」
孔雀の様な煌びやかな尾を広げ、黒色の機体は艶やかな光沢を帯びる。そして開かれた尾から広範囲に拡散されたビーム砲がリリーの銀龍に向けて放たれた。
「当たらないよーだ」
「だが分断には成功であります」
鼻で笑うシエルに注意が向かっている間、背後へと回り込む。
『乱用はやめておけよ。廃人になるかもしれねーからな』
マードックの言葉を思い返しながら、深呼吸。そしてメリーを睨み付けた。
「予測演算機能『ヘヴンズヴォイス』起動! 導け、戦乙女!」
白く輝くラ・ピュセルへ次々と尻尾が繰り出されるが、白布の脳裏にはその全ての軌道がわかっていた。
「未来が僕には見えているんだぞ……僕が勝利する未来が!」
「狙い穿て!」
紅蓮の悪魔を射程にとらえたラカンが、桂馬から受け取ったより正確な位置情報よりピンポイントで狙いを定める。それは一瞬の出来事で、ジーンがラカンに気付くよりも先にアサルトライフルが触手を根元から貫いた。
「邪魔するんじゃないよ!」
不意の攻撃に腹を立て、冴木少尉に背を向けラカンとの距離を縮めようとする――が、そこにギアがドリルを構え突撃してくる。
それを垂直降下でかわし、真上に向けて残った6本の触手レーザーを一斉掃射。だが突き抜ける様に駆けるコスモドラグナーの足をかするだけであった。
「冴木少尉、ここは俺らに任せてくれねーか。相手が拘ってんなら、なおさら俺達でやったほうが向こうも動きが雑になるだろうしよ」
「……そうね。それに何か考えがありそうだし、連携の邪魔になりそうだしね」
「あっちのワルガキ姉妹に回ってくれ。使えるもんはエース様でも使わせて貰おう」
桂馬の物言いにクスリと冴木は笑うと「了解したわ」と、3人を残してメリーリリーの方へと向かう。
「行かせるかい!」
冴木少尉を追いかけようとするジーンの船首に、ラカンのライフルが直撃。一歩遅れて後ろに後退したところをギアのドリルが触手を破壊する。
無様な動きのジーンに苦笑する桂馬。
「ほぅら、雑になった――悪いけどあんたの相手は俺たちだ、オバサン」
「お前、うるさいな!」
これまでのデータにはなかった鱗を撃ちだす攻撃をも予見し、白布がハルバードで払いのけ距離を詰めようとすると、メリーは後退しながらも旋回し、リリーとの合流を図る。
だがそこに平和を愛する孔雀が尾を広げ、拡散砲を2人の間に撒き散らすとすぐさまシエルは次の行動に移る。
「カートリッジ、リロード。電磁パルス砲発射!」
撃ちだされた特殊弾が強烈な電磁波を生み出し、リリーの周囲を覆う。ダメージはないのだが、明らかに戸惑いを見せていた。
「画像に、乱れが……!?」
「さぁ、猟兵の時間だ……イエェェガアァァァーッ!」
視界が悪くなったリリーの背後から忍のシュトゥルムが突如姿を現し、バルカンを撃ち動きを制限させていた。翼から鋭いエッジがせり出し、距離を詰める。
近距離からの全速。一瞬で間を詰めリリーにエッジを突き立てると周囲を高速旋回――竜巻に引き裂かれる。そんな奇妙な感覚がリリーを襲い、さながら、嵐に巻き込まれたようであった。
「リリー!」
「お前の相手は僕だ!」
気が逸れたメリーにハルバードを突き出すが、うねるメリーがそれを巻きつくようにかわす。
尻尾に巻きつかれたハルバードから手を離すかどうか。一瞬の迷いが白布の反応を一瞬だけ遅らせた。
「もらった!」
その隙を逃すはずもなく、大きく口を開けた金龍の牙がラ・ピュセルの細い胴体に食い込んだ。
「うぁぁぁぁ!」
ラ・ピュセルの悲鳴の如く、白布が悲鳴を上げる。
「そこまでよ」
ブルーファントムの物干し竿が金龍の下顎を切り落とし、身体の流れた方向へ加速。ラ・ピュセルを抱きかかえる様に離脱した。
「すみません、冴木少尉……」
「戦場では一瞬でも迷っちゃだめよ、未来のエースさん――さ、まだまだ気合い入れて!」
「はい!」
人類最高のエースと、赤いアウルを纏った若きエースが肩を並べ炎をかいくぐり、共に戦い続ける。
そして忍とシエルが猛攻で動きを止めたかリリーの銀龍から目を離し、メリーに向かおうとした――その刹那、忍のシュトゥルムが真横に弾き飛ばされた。
「ぬぅっ!」
突如襲われる横Gに呻きをあげる忍。だが、まだ終わりではなかった。
モニターに映し出されるは銀色の飛礫だった。銀色だった龍が徐々に黒へと変化しながら、銀色の飛礫が増していく。
(鱗の飛礫――データにはないぞ!)
先ほど白布がかわした攻撃ではあるが、忍は知る由もない。なによりもデータにはなく、これまで人類が引っ張り出せなかった引き出しのひとつを覗いてしまったのだ。
アラートがけたたましく鳴り響き、機体の限界が近い――そう思った忍は「私のロッカーの荷物を、家族へ……」と遺言めいた事を呟くのであった。
だが。
「そんな事、ギアさせない! やるよ、ギア達の心を一つに!」
「了解である」
「あいよー」
ジーンと攻防を繰り返していた3機が集まり、各機が変形。それがひとつにつながると、そこからさらに変形し巨大な人型へと変化するのであった。
「天・魔・人、3つの力が合わさって、今理想郷へと到らせる力を――
「三界!」
「合神!」
「アルカディア! ここに誕生!」
胸部に人を示すドクロ、悪魔を示す黒、天使を示す光の輝きに包まれた『光り輝く黒いドクロのマーク』が浮かび上がる。
「的がでかくなっただけじゃないかい! 邪魔なんだよ!」
笑い、ジーンのミサイルがアルカディアに直撃。しかしその程度では揺るがない。
「そんな攻撃でアルカディアは墜ちないのである!」
「人を超え、天使を超え、悪魔を超えたこの姿! この輝き、この光! たかが天魔止まりのお前に消せるものかよ!」
肩のアサルトライフルがもう1発放たれたミサイルを迎撃。その爆風が辺りを覆いジーンの映像に乱れが生じ、桂馬が叫ぶ。
「ギア! この角度から、今だ!」
「わかったよ、桂馬! 全ウェポン、リミッター解除。無限力解放……!」
ドリルが割れ、その中から光の剣が姿を現す。アルカディアが高々と掲げると、天をも貫かんばかりの光が伸びていく。
「この青き星は絶対に渡さない。星をも砕く力――」
『アルカディアァァア、ソォォドォォォォォオ!』
振り下ろされた光の柱はジーンだけでなく、メリー、リリーをも巻き込み、全てを両断した。
「ちちぃぃ、ゲート展開――覚えてな!」
そんな捨て台詞を残し、ジーン達の反応が消滅するのであった――
艦長席にどっかと座り、落ち着いた様子で戦いを見守っていた理恵は安堵して立ち上がった。
「退けたみたいね――これより本艦は転移を開始する。全機、帰艦せよ」
こうして人類は太陽へ目指す第一歩を乗り切った。だがまだ困難は始まったばかり。
先に続く道は果たして天国なのか地獄なのか――それが人類の未来につながる道であれば、立ち止まる事無く突き進め!
【魔法】煉獄艦エリュシオン。次回へ、続く!