●圧倒的
「海は嫌いだ……誰もかれもが溺れて沈む」
鋭角的で細身の胴部と手足が特徴的な黒い機体『イス』の狭いコックピットで、九条 朔(
ja8694)が微かに身を震わせる。
「さっさと終わらせよう」
「水中戦は、得意じゃないんですがね」
ぽつりとリオン・H・エアハルト(
jb5611)。ナイフの様に鋭利な先端を持つ長い尻尾があり、左肩には白百合のエンブレムが施されていて、全体的にどっしりとした『ソウル・ビースト』のパイロットである。
「そうも言っておるまいて、リオン殿」
美具 フランカー 29世(
jb3882)の言葉に「そうなんですけどね」と苦笑する。
ソウルビーストに併走している、美具機『ドラゴントゥース』。片目から炎を噴き出す髑髏のエンブレムが施されているレドーム状の頭部に、骸骨のような手足。両肩には長大なミサイルポッドを搭載している。
何よりも特徴的なのは、無人機だという事だ。
パイロットである美具は参番艦から遠隔操作をしている。それもこれも人類の新たな可能性『ニューテイマー』という、遠隔操作を可能とした能力を保持しているからに他ならない。
(それに、相手が相手じゃしの)
大戦の初期に天魔侵攻をいち早く知らせようと、元天魔軍のパイロットである美具は人類に亡命したのだ。
ファーストコンタクトした人間に「地球は狙われているのじゃ」と、そう伝えた時の顔を思い出して顔がほころぶ。
「美具さん?」
リオンに声をかけられ「なんでもない」と返すが、あの時の顔が重なり笑みが収まる気配はない。
「ニヨニヨ展開はいいから、さっさと終わらせよーよ。ボク、やりかけのゲームが気になってしょうがないんだからさ」
紅羽 萌(
jb7264)がスナイパーライフルを装着した『ピンクホーネット』の中であくびを噛み殺し、大きく伸びをする。
「皆さん、戦場でも余裕がありますね……」
そう苦笑する楯清十郎(
ja2990)はガチガチに緊張し、余裕がなさそうだ――というわけでもなく、会話を楽しんでいる節もある。
柔和な顔立ちから温和な印象を感じる青年だが、その機体『ヴォルテックス』は両手両足に円筒状の回転機構を持つ、がっちがちの水中接近格闘用であった。見かけによらずと思うかもしれない、そんな機体である。
「そろそろ最前線ですね。気を引き締めましょう――各TBパイロットへ通達。5機単位で小隊を形成ののち、密集陣形へ。仮にAからJまでのチーム名をつけ、互いに援護しあえるよう周知を徹底してください」
下半身が涙滴型潜水艦状になっていて、ブロック機構という量産が前提とされている『AB107 いかづち』のパイロット里見 さやか(
jb3097)がTBへ指示を飛ばす。
「そーそー。キミら5機でまとまらないと、厳しいっしょ? 雑魚をよろしく」
「Jチームのみ、やや後方に下がり予備兵力として温存。管制は私が担当いたしますので、皆さんは倒す事に集中してください」
「了解しました。さあ、反撃の時間です!」
ヴォルテックスの腕部が唸りをあげ、水流を作り出す。
「了解。速やかに殲滅します」
ブースターを展開し、加速を始めるイス。
「任せたぞ、里見殿……ドラゴントゥース戦闘形態移行開始」
機体が淡く輝き、ミサイルポッドへと集約を始める。
「さて、行くのですよ。美具さん、後方任せますよ?」
ソウル・ビーストが海流に身を任せ、前進を開始。
「紅羽萌、いっきま〜す! ……なんちってね」
「エリュシオンとのデータリンク開始、索敵情報共有開始。TB隊は情報をもとに深追いせず、反撃開始をお願いします」
さやかが索敵情報を全員へ周知すると、美具が動き出す。
「血路を開く! 行くのじゃリオン殿!」
サーペントを中心に、次々とロックされていく。コンソールに稼働限界のカウントが開始されると同時に、アウルの力を存分に受け取ったミサイルポッドが一斉に射出される!
光り輝く30発もの弾頭は1発1発が生き物の如く鋭敏な動きでサーペントに狙いをつけ、迎撃のニードルランチャーをもかいくぐると全てが着弾。辺り一面が小爆発と気泡に包まれる。
「ちぃ……さすがに分散させると落とせんの」
「そこだ」
目視もセンサーもほとんどが使えない中、レーダーだけを頼りに朔はアサルトライフルで狙いをつけ、2発3発と撃つ。気泡が晴れてくると、腹部にくり抜かれたような穴が開いているサーペントが沈んでいった。
「貴様らには水底が似合いだ」
コックピットの中、沈みゆくサーペントに冷ややかな視線を送りながら呟く。
(嫌いな海に沈んでしまえ……!)
そして向かってくる白き悪魔へと視線を合わせると、加速するのであった。
「パワー全開! ねじ切れ、ヴォルテックス!」
四肢の回転機構が高速回転し、巻き起こされた渦を纏った手足でアンタレスに正面から挑む。
ニードルランチャーを腕で払うように受け止め、突き出されたハサミを渦に巻きこみ、引き裂きながら外へと受け流した。そしてがら空きになった胴体めがけ、蹴りを叩き込む。
脚にまとった渦が、引き裂きながら真っ二つに両断。
「水流防壁陣には生半可な攻撃は効きません」
「4時方向、上より来ます!」
さやかの声に反応し、脚の渦が巻き起こした水流に逆らわず機体を逆さにして後ろから振り下されたハサミをかわすと、上下反転したままアンタレスをねじ切った。
海底へと沈んでいくアンタレスに紛れ、うねうねとうごめく物が清十郎のヴォルテックスに絡みつく――が、それをソウルビースト
の尻尾、その先端のナイフで斬ると掌の砲口から弾の飛礫が発射され、ウミヘビを投げつけたサーペントが弾け飛んだ。
その後ろからもう1機が姿を現しウミヘビを射出しようとしていたが、先に腕が破壊される。
「ヒットヒット。おっと、近づいてきたな。へへーんだ、離脱!」
はるか遠くで腕だけを射抜いた萌のピンクホーネットが方向を変え、真っ直ぐに遠ざかっていく。
「卑怯だとか言いっこなしよ♪」
むきになって萌を追撃しようと動いたサーペントの腰関節に尻尾の先端が突き刺さる。
「尻尾にはこういう使い方もあるんですよ」
突き刺した尻尾でサーペントを引き寄せ上半身に絡ませると、アームバルカンの銃口を裂けた箇所に押し付け、連射。サーペントから火が落ち、力なくうなだれる。
「Aチーム、深度140からのアンタレスに警戒しつつBとCの援護。BとCは前方60のサーペント2機にのみ注意を払い、落されないように戦ってくださいね。DとEは右へ集中、FとGは左への警戒、Hは深度70からの不意の攻撃に注意、Jはそのまま後方を警戒していてください」
さやかがTBへ指示を出していると、モニターに追加情報が流れる。
「……! 全チーム集約、それとAB隊は停止、赤羽さんだけはその場から全速での退避を。5秒後援護、来ます!」
「りょかーい、だよ。さやかちん」
全機に知らせは来ているはずだが、瞬時に対応を伝える事で皆の心に余裕を持たせる。
そしてきっかり5秒後に、上から大量のミサイルが降ってきた。かわせなかった者は押しつぶされるように直撃を受け、爆発。
「流石は艦長。良い位置を読んできますね」
「みんな落ちろぉー! とか言っちゃったり」
ミサイルの雨の中、画像補正があると言えど視認が困難な距離から、萌の的確な射撃がミサイルを撃ち抜いて誘爆を誘う。それに巻き込まれたサーペントが、次々にダメージを受けるのであった。
あれほど劣勢であったにもかかわらず、たった6機のABが介入しただけであっさりと戦況がひっくり返っていた。もはやアンタレスは排除され、サーペントの残りも半数を切っている。
だが上からのミサイルも、正面からのミサイルも速度を落とす事無く避け、太刀で払いのける高速の物体――白き悪魔、生嶋凪がいよいよ射程内に踏み込んできた。
誰よりも真っ先に白き悪魔をめざし、射程外から狙い撃っていた朔のアサルトライフルすらもまるで足止めになっていない。
「速い……」
「動きの良いのがいる? あれが指揮官機か」
「間違いなく『奴』じゃな……横槍は勘弁願おうかの」
アームバルカンでリオンの道を作り上げる美具に、強制通信が入る。
「久しい声を聞いたのう。お主はそっちにまわっておったか――なぜそこまでして人に力を貸すのか、理解できんわいのう」
「2つの種族は交わってはならんのじゃ。なぜそれがわからん」
距離を詰めてくるリオンのショットキャノンにタイミングを合わせ太刀を振るい、弾き落しながらも前進を続ける。
「それならばお主、この戦いが終焉を迎えた時にどうするのじゃろうかの。見ものじゃな……!」
朔のアサルトライフルを海流の流れに合わせた上下運動だけでかわしながら、萌のスナイパーライフルを太刀で軌道を逸らし、アームバルカンで弾幕を張り続ける美具との距離をどんどん詰めていく。
「とうに覚悟は決めておるわ!」
海の中とは思えない動き――否、海の中だからこそできる動きを魅せる凪が美具に肉薄する。
「楯さん、美具さんの救援を!」
「任せてください」
割って入るヴォルテックスの清十郎。
「アウルブレイカーパイロット、楯清十郎! 推して参る!」
水流を纏った拳を振るう。
だがそれを防ぐのは危険と直感的に感じ取った凪が初めて足を止め、急上昇ついでに近距離でありったけの魚雷を清十郎に撃ちこんだ。
「くおぉぉぉっ!」
水流防壁陣では直撃こそはないが、近距離の爆風までは防ぎきれはしない。視界が奪われたところで背後にまわった凪が十文字に切り裂き、止めとばかりに太刀を突き立てる。
「清十郎さん!」
振り返ったリオンがショットキャノンを撃つが、その時すでに凪はいない。
「TB部隊、全機上昇後退!」
電磁式の銃、ガウスガンを凪へ向けて撃ちながら後退を続けるさやか。だが凪の進行が止まるはずもない。完璧に狙われているのがわかっているさやかが、焦りを見せる。
「こちら里見さやか、救援を要請します……はわーっ!?」
撃ちながら急加速で後退を続けるが、逃げに集中しない加速ではどんどん距離を詰められてしまう。
「やらせないってば!」
さやかと凪の間を萌のスナイパーライフルが断ち切ると、凪はあっさりと方向を変え萌を追撃。
タイムリミットでスナイパーライフルが通常形態に戻ってしまうが、萌は冷静に凪から距離を取ろうとする。
「鬼さんこちらー、ニャハハ」
逃げる事に重点を置いた萌のピンクホーネットには、凪でもなかなか追いつけるものではない。
自分から狙いが逸れたさやかが安堵したのも束の間、モニターに警告。
「援護、来ます!」
鋭い警告のあと、またも無数のミサイルが上からやってくる。しかしそれをかいくぐりながらも、萌と凪の追いかけっこは止まらない。
「ふむ、小癪じゃのう――ならば刮目せよ!」
多弾頭ミサイルと魚雷を全て適当な方向へ放ち、さらにはMOBY DICKの装甲が剥がれ一層スリムになるとさらに速度が上昇する。
「ちょっと、その速度は反則じゃん!」
萌の機体とてかなりの速度のはずだが、スリムとなった凪の機動兵器はどんどん距離を縮めていく。
そして太刀を振り下ろされる。が、その太刀をピンポイントで朔が狙い撃ち、軌道が逸れ、片腕を切り落とされたはしたが萌の回避はギリギリで間に合った。
「ありがとー、朔ちん!」
「勘違いしないでもらおう。味方が減っても、面倒なだけだ」
「かか、そこから狙い撃つとはやりおるのう!」
今度は朔に狙いを定め、超加速で追いかける。
「スピードが自慢のようだが……生憎と、それはこちらも同じこと」
疾く事に重点を置いたフォルムに、それに見合うだけの加速性能。言うだけの事はあって、凪の超加速でもなかなかに追いつけるものではなかった。
「言うだけあるの――じゃが、わしの勝ちじゃな」
イスが突如揺らぐ。
「メインブースターがイカれただと……? よりにもよって海中で……」
撃たれた気配もない。雑魚どもは高速戦闘について来れず完全に置き去りのはずだった――では何故かと周囲を見回すと、推進力を失った魚雷が海流に流され、機雷の如くそこら中に漂っていた。
「……狙ったか、ホワイトデビル」
忌々しげに怨嗟の声を呻くように漏らす――その言葉も次々に誘爆する魚雷によってかき消され、なすすべもないイスは爆風に弄ばれ続ける。
(ここまで、か。まさかこの私が、こんなところで……)
額から血を流し、足元を濡らす海水の感覚に唇を噛みしめ、そこで意識が途切れた。
「誰か、九条さんの救助を!」
さやかの悲痛な叫び声。
海底へ沈みゆく朔を助けに向かうリオンだが、その行く手を凪が阻む。
「どいてください!」
「かか、力づくでやってみるがよかろう!」
「リオン殿……く、稼働限界が……!」
自己崩壊を始めた自分の機体を、凪へと突撃させる。
「お主はもう退場しておれ」
「くぁ……!」
太刀を受けドラゴントゥースが両断されると、そのダメージが美具へとフィードバックし負荷に耐え切れず美具はその場で崩れ落ちた。
(リオン殿……)
だが凪の意識は確実にリオンから一瞬、外れた。たったそれだけの隙でも、見逃すはずはない。
「負けられないんですよ、こんな所で!」
太刀を掴み、零距離でリミットを解除したショットキャノンで1本折ると、もう1本を尻尾で絡め取った。
そこにピクリとも動いていなかったヴォルテックスが、流れ着く――と、突如太陽の如きオーラに包まれ眼光に光を取り戻し、みるみるうちに損傷が塞がっていく。
「見せてやろう『ヴォルテックス』。気合の入ったマシンとパイロットは、1度や2度破壊されても再生できることを!」
オーラが弾け、不退転の魂で完全に元通りとなったヴォルテックス。再び四肢が唸りをあげる。
「この一撃、確実に当てる!」
水中とは思えない高速の拳が凪機の腕を弾き飛ばし、腰だめに構えていた拳が輝き始めた。
「いくぞ! 必殺! ブレイク・ドーン!!」
海の闇を照らし、闇夜を切り裂く陽光の如く一撃が凪機の胸部を貫く。
そして萌が再びリミットを解除したスナイパーライフルを構え、狙いを定めた。
「こいつで、おしまいだよ!」
コックピットめがけ、トリガーを引いた――
●あれ?
「……はっ、今のは夢!?」
がばっとゲーム機のコントローラーを手にしたまま目を覚ました、萌。新作のロボットゲームを3日ほど寝ずにやりこんでいたら、いつの間にか寝落ちていたようだ。
「さすがに三徹はキツかったか……ボクもまだまだ未熟だねー。まあ3時間位寝てたみたいだし、まだまだ戦えるっしょ」
そう言いながら床に散乱していた栄養ドリンクを飲むと、不屈のゲーマーはコントローラーを握り直すのであったとさ。
【魔法】煉獄艦エリュシオン 海 次回へと続く!